呉鎮守府より   作:流星彗

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それぞれの準備

 

 ラバウル基地の深山は、茂樹から受け取ったメールを秘書艦の陸奥と確認する。内容としてはパラオの香月を交えて演習を行おうというものだが、これに関して深山は異を唱えることはない。むしろ歓迎すべきことだ。

 

 しかし彼もまた深海棲艦の基地襲撃を懸念している。力を付けることは大事だが、基地を守ることもまた大事なことだ。どちらかを欠けさせてはならない。

 陸奥がリストをチェックし、演習に連れていくメンバーと、基地を防衛するメンバーを振り分ける。

 

 襲撃してくるかもしれない深海棲艦。前回それを行ったという南方提督が見た目は完全に艦娘の吹雪に酷似している。彼女が振るった刀は、どこか天龍が手にしている艤装の刀に似ている。

 恐らくラバウルの吹雪と天龍を基にして深海棲艦と化してしまったのだろうと、想像するに難しくない。

 

 そんな彼女がラバウル基地を攻めてくるとなれば、何の因果だろうか。

 だがここに攻めてくるにしても、他の基地へ攻め入るにしても、陸奥たちのやるべきことは変わらない。

 深海棲艦と化してしまったかつての仲間がそのようなことをするのであれば、

 

(止めるなら私たちしかない。私たちの手であなたを介錯する。これは情けじゃない、私たちが果たすべき一種の責任。吹雪をよく知っている私たちが介錯することで、あなたにとっても意味のある終わりといえるでしょう)

 

 艦娘としての吹雪と長く一緒に活動してきている過去がある。ラバウル基地が開かれた後、それほど時間が経たない中で仲間に加わった艦娘だ。戦いだけでなく、プライベートでも親しい関係を過ごし、時間を基に過ごしてきた。

 深山が新米の提督だった時からの付き合いだったのに、深海棲艦に堕ちたのだから、その心境は計り切れない。

 

 人類の味方だった存在が、人類の敵対者となる。ましてやそれが自分の戦友だったなら、自分の手で終わらせてやることこそ、彼女にとっての救いとなるだろう。

 深海霧島もまたそれに該当する。呉の艦娘たちは彼女と何度も対峙し、倒しているようだが、それでも彼女を完全に滅することができていない。これに関して気になるところではある。二度と復活させないための方法があるのかもしれない。

 

 深海吹雪に関しても、他の誰かが終わらせるのも一つの手ではある。でも、意図してそうするならば、それは楽な道を進むことだ。

 戦場に遅れてしまい、誰かがもうすでに討ってしまったなら仕方のない部分はあるだろうが、できるのにできなかったとなれば、自分の中に僅かなしこりを生むだろう。

 

 他の誰かが成し得てしまった。

 彼女を終わらせてあげられなかった。

 

 そんな風に、どこかで小さな後悔として残ってしまう。それは、とても悲しいことだろう。

 だからこそ、ラバウルの艦娘の誰かが、特に自分が深海吹雪に、そして可能ならば深海霧島にも引導を渡すのだ。

 これ以上の敵対的行為を許すわけにはいかない。今度戦場に現れることがあったならば、永遠の眠りを与えてやる。

 ラバウル秘書艦として果たすべき責務であると信じて。

 

 

 

 茂樹からメールを受け取った凪もまた、演習の提案には乗り気だった。とはいえ、凪たちもまた、今鎮守府から離れるべきかと思案する。

 本土防衛戦から半年が経過したとはいえ、懸念すべき時期というのは間違いない。あれから深海中部艦隊の動きは表立っては確認されていない。

 

 半年経ったから安全だと言えるというのは、深海棲艦相手には言いづらい。だが今はミッドウェー前と違い、海軍が一つにまとまっている。大本営でもしっかりと艦娘が鍛えられており、国防のために戦える艦娘が増えてきている。

 各地の鎮守府だけに任せられていた戦力が、大本営でも揃えられ始めたのだ。

 

 大本営で大きな派閥が二分されていたこともあり、それぞれの意見が分かれた場合、大本営所属の艦娘の連携が崩れる。それが懸念材料ではあったが、現在はそれもない。

 アカデミーの学生の教導と、大本営を守るためだけだった艦娘ではなくなった今なら、時間を取ることはできるだろう。

 

 それに、指揮艦の強化のこともある。以前に比べて航行速度が上がっているため、往復の時間が縮められたのも魅力的だ。予定を組み立てる日程を短くすることができるので、鎮守府を空けておく日数もまた減らされる。

 

「申請すれば通るかな」

 

 一月の予定は大部分は演習と遠征となっている。湊だけでなく、北条や宮下との演習も行っているが、直近の予定はない。そのため、空いた日にトラックまで遠征をするのは問題はない。

 

 凪としても茂樹たちとの演習をするのは喜ばしいことだ。艦娘たちにとって新しい演習相手は大事な存在。それが新しい刺激となって、一つの壁を乗り越えられる可能性も生まれる。

 また香月の変化についても注目している。去年の春に送り届けたあの少年が、果たしてどんな風に成長しているのか気になるところだ。

 

 それは湊も同じだろう。従弟の変化が気にならないはずもない。

 彼女にもメールは届いていたようで、返事をどうしようかと考えているようだった。

 

(前向きに考えればいいんじゃないかっと)

 

 時間も時間なので通話ではなくメールでそう返事を送る。

 そして大本営にもトラックまでの遠征の許可を求めるメールを送る。許可が下りれば準備を進めて久しぶりのトラックへの遠征となるだろう。

 

 紅茶を口にしつつ、これまでの演習の成果を振り返る。

 青の力の練度も進み、習得者も増加している。それに加えて装備の改修が合わさることで、去年と比較して高い性能を発揮できるようになったのは間違いないだろう。

 

 問題はそれを実戦で発揮する機会がそこまでないこと。

 日本周辺は以前と比べてまた穏やかな海域となっている。時々偵察でもするかのように深海棲艦が現れることがあるが、そこまでだ。

 大々的とはいわず、中規模な戦闘レベルとまでもいかない。小競り合いでもするかのような戦いがたまに起こる程度である。

 

 日本の領海を侵してきた侵入者を撃退するかのような、そんなこじんまりとした戦いに終始しているため、青の力を十全に発揮する機会は、あの夏の防衛線以降、日本近海では起きていなかった。

 

(俺たちも、奴らも今はまだ静かな状態。大きな闇の気配とやらも、動くようなそぶりはなし、か)

 

 北方、北米、そして中部とあれから動いた様子はない。北米に関してはアメリカ海軍が拠点を攻め落したとニュースになっていたが、それ以降のニュースはなかった。

 奴らがこちらの拠点を攻め落そうとするように、海軍からも拠点を攻め落したいところだが、まだ拠点が見つかったという報せはどこからも上がっていないのが悩ましい話だ。

 

 闇が動く前に事を終わらせるなら、拠点を攻め落す方が手っ取り早い。

 しかしその手っ取り早い策を実行するための前段階でつまずいている。それが非常にもどかしい。

 

(探索しようにも手がかりがないことにはな……。茂樹は目星をつけたという話だったけれど)

 

 少し前に話をしたことを思い出す。ビキニ環礁へと調査の手を伸ばすと言っていたけれど、あれはどうなったのだろうか。

 それを考えた時、ピリッとした痛みが僅かに胸を走った。一瞬のことだったため、首を傾げた凪だったが、久しぶりの虫の報せという割にはあまりにも一瞬過ぎる。

 

 少し胸を掻き、また痛みやむかむかが来ないかと確認するが、何もなかった。

 気のせいと処理するべきか? と首を傾げるも、横に置いておくのも気持ちが悪い。

 

 もう一度メールを開き、茂樹へともう一度文面を作成することにする。

 ビキニ環礁への調査についてと、気を付けるようにという言葉を添えて、送信することにした。

 

 

 

 南方提督の目の前には一人の少女が、今まさに完成の時を迎えようとしていた。駆逐棲姫、深海春雨と呼ぶべきものと同じ時期に制作が開始され、しかしその新たな試みによって完成時期がずれていったもの。

 駆逐棲姫は春雨をモデルとして作り上げられたが、こちらの少女は違う。二つの軽巡の種を混ぜ合わせて成長させた素体である。

 

 南方提督、深海吹雪が生まれた要因になぞらえた試みがなされた結果だ。吹雪という体に天龍の要素を組み込まれたことで左腕が変質した深海吹雪。この結果を基に、二つの軽巡が反発しあわず、上手く溶け合わせて一つの個体へと仕上げる。

 その調整が懸念材料ではあったが、思いの外うまく成長し、素体と艤装も上手く組み合わせることにも成功した。意外なほどにあっけなく、深海吹雪が想定した新たなタイプの個体は、ここに完成の時を迎える。

 

「おはようございます。調子はどうでしょう?」

「……エエ、特ニ問題ハナイ。違和感ヲ発スル個所ハナシ。私ハコノ通リ、無事ニ生マレタ」

 

 落ち着いた声色だった。見た目は10代の少女然としていて、黒い長髪に側頭部にはお団子のように纏められた髪がある。服装は黒系に染められたセーラー服、両腕には鋭い爪を備えた手甲が肘近くまで嵌められていた。

 スカートの下にはすらりとした足があるかと思われたが、それはない。駆逐棲姫のように足がなく、鮫のような頭部だけの魔物に、砲門が備えられた艤装が連結されている。

 

「さて、あなたのことはどう呼びましょう? 那珂? 阿賀野? それとも二人を混ぜ合わせた那珂野としますか?」

「好キナヨウニ。私タチニトッテ名前ハアマリ意味ハナイト思案スル。……デモ、ソウデスネ。確カニ私ハ那珂デアリ、阿賀野デモアル。ソノ意識ハ自覚シテイル」

 

 そう言って彼女は自分の胸に手を当てて瞑目する。頭の中をよぎる記憶は、かつて海を往く那珂、そして阿賀野の記憶がおぼろげに感じられた。そして両者の終わりの海である、トラック泊地の戦いのことも。

 その際に那珂の船体が真っ二つにされた記憶も感じられた。恐らく足がないのはそれを反映した結果だろうか。人の体を得ても、かつての終わりを表すかのような形として反映されようとは、これも因果かと彼女は冷たく笑みを浮かべた。

 

「……ナルホド。デアレバ、気ガ変ワッタ。私ノコトハ、那珂ト」

「わかりました。では那珂、早速ですがその体のテストを。春雨や神通がいます。彼女たちを相手にどれだけ動けるか、艤装の調子などを確かめてください。近いうちに召集がかかります。あなたにも出てもらう予定ですので、その体を仕上げていくようにしてください」

「承知シタ」

 

 一礼して深海春雨らと去っていく背中を見送り、コンソールを操作した深海吹雪は、星司と連絡を取る。出てきた彼へと「以前お伝えしていた軽巡が完成しました。取れたデータがこちらです」と、完成した時に計測したデータを送信する。

 それを確認した星司はなるほどと頷き、「問題はみられないね。……大したものだよ。まさかここまで上手く仕上げてくるなんてね」と、素直に感心したような言葉を贈った。

 

「それほどでもありません。先輩のご指導の賜物です。私だけではこのように上手くできたはずはありません」

「それはどうも。で、彼女はテストかい?」

「はい。演習をこなしてもらい、戦いに慣れてもらいます。その後でしたら、先輩の作戦に参加できます」

「わかった。では問題ないと判断したら連絡を。こっちも最近、トラックの偵察隊がうろうろし始めていてね。いつ見つかるかわかったものじゃない。本格的に目障りになってきたところだよ。だから、本音で言えば早く決行したいところなんだ」

 

 それに、今なら香月たちもいないからね、とぽつりと呟く。

 香月を以前殺そうとしていた彼の言葉ではないと一瞬思うところだろうが、この真意は香月たちパラオ艦隊がいない今なら、トラック艦隊だけを相手にすればいいということでもある。

 

 数の優位を取れれば、トラック泊地を潰すことは難しくないだろうと見込んでいるのだ。

 前回は深海南方艦隊だけでパラオを攻めたからこそ、援軍として現れたトラック艦隊に押し切られて負けたのだ。

 

 ならば、今度はトラック艦隊を相手に、深海中部艦隊と深海南方艦隊で奇襲を仕掛けて、反撃を許さずに殲滅する。これが星司が思い描いた勝ち筋だ。

 懸念すべきは、パラオ艦隊とラバウル艦隊の援護の手が及ばない時期であるかどうか。この二つの艦隊が参戦してくれば、勝ち筋は薄くなってくる。そうなる前に事を起こしたいものだった。

 

「わかりました。なるべく早めに仕上げていきます」

「よろしく頼むよ、吹雪」

 

 軽いやり取りだけをして通信を切り、吹雪は次にすべきことを考える。

 新たな戦力の追加、今までの深海棲艦たちの練度上げなどをリストアップしていき、そのどれをもうまくこなせてきただろう。

 

 戦艦棲姫の一人である山城の補佐もあって、淀みなく進行出来てきた自負がある。先の戦いで失態を演じたが、次の戦いでそれを取り戻していけばいい。そう思って事を進めてきた。

 失態の原因について、詳しいことは思い出せない。あの時自分の中から消去されたまま、思い出されることはない。

 山城に聞けばそれがわかるだろうが、彼女は吹雪がそうした理由を知っているため、何も語らずにいた。

 

 無様な姿はもう見せられない。

 その思いは薄っすらと自分の中に残されている。

 先輩である星司がたてた作戦を絶対に成功させる。その思いを胸に、深海吹雪は準備を進めていくのだった。

 


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