呉鎮守府より   作:流星彗

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感謝の気持ち

 

 年が明けても、呉鎮守府の様子はあまり変わらない。新年を祝う会は呉鎮守府内では行われたが、それ以外特に大きな催しはなかった。

 大本営で行われる新年会には、結局出席はしなかった。今はとにかくこの先、起こりうると想定される大きな戦いに向けて、日々力をつける時だと判断したためだ。

 

 これは呉鎮守府だけではなく、各拠点に属する提督らも同様の判断を取った。そのため大本営で行われる新年会は、提督以外の出席を表明した海軍の将兵らが出席し、新年を祝うこととなった。

 

 それぞれの艦娘による青の力の鍛錬は滞りなく進み、それぞれが演習において力をぶつけ合うことも珍しくなくなってきた。とはいえ、長く使えるものではないという点に変わりはない。

 だがそれでも、攻撃と防御に使えるというポイントは抑えられたため、使うべき時に使えるように反復訓練は欠かせなかった。

 

 放たれる砲弾、魚雷。その威力の底上げと推進力の向上。

 飛来する攻撃を防ぐ障壁。その展開の速さと防御の厚み。

 

 特に防御に関しては障壁展開だけではなく、艤装にあるバルジの硬さの向上にも使えないかとも検証された。まるで自身の筋肉をぎゅっと締めて硬くするように、バルジもまた瞬間的な装甲の硬さを高めるために、青の力を巡らせる。

 この検討も行われた。

 試せるものは何でも試す。こうした検証がより技術の発展に繋がるものだ。

 

 そんな日々を送っていた凪たちは、恒例となっている佐世保の艦隊との演習を行っていた。それぞれが積み重ねた経験をぶつけ合い、より切磋琢磨する。

 演習の成果を確認し、意見を出し合う。こうした関係も、もう慣れたものだった。

 

「そちらも主力とかはもう使えている感じだね」

「ええ、そうですね。決定打は持っておいて損はありません。問題は中てられるかにかかっていますが、それも精度を高めていけばいいでしょう」

 

 いかに強力な力を持っていても、それを敵に中てなければ話にならない。推進力の向上で着弾時間が縮まってはいても、それをも上回る回避力で避けられるか、あるいは防御力で防がれてしまっては、いかに青の力といえども意味はなくなる。

 動く敵に中てられる技術。それをサポートするための設備。これらが重要になってくるのだが、後者に関しては凪の領分だ。

 

「そこで最近調整を進めてきたのが、電探の改修なんだけど」

 

 と、サンプルとして出したのが水上電探と対空電探だ。

 水上電探は22号、対空電探は21号と、艦娘が装備できる電探の中ではポピュラーなものを用意している。

 

 水上電探は改修することでより索敵範囲を広げられること、命中精度を高めてくれる効果を艦娘にもたらしてくれる。

 対空電探は水上電探より少々効果の伸び幅が小さい代わりに、対空に対する反応精度を高めてくれる。

 

 この対空電探に関しては、美空大将が現在システムを組んでいるという対空面に関するパーツとしても重要な役割を担うとのことだ。

 もうほぼシステムは完成しているようで、テストが終わり次第、各鎮守府にデータを配信すると告知されている。

 その準備として凪はこうして電探の改修に着手し、そのサンプルをこの機会に湊へとお披露目することにした。手を加える前と後の検証データをまとめたものを湊に渡して説明している。

 

「これが素の電探の性能で、こっちが改修したもの」

「へえ、これは思ったより差がありますね。これくらい差があると、命中精度により期待が持てるじゃないですか」

「君もそう感じるかい? 今はこの22号と21号だけだけど、いずれは大型にも着手しようと考えている」

「大型……32号とか?」

 

 それに凪は頷く。大型の水上電探である32号対水上電探は、他の水上電探と比較して、より索敵力と命中精度の向上に寄与してくれる。設備として備えているだけで、これらの恩恵にあずかれるが、大型というだけあって駆逐艦には装備できない。

 また大型であるが故に、他の電探と比較して改修に技術が必要とされると予感させる。色々と手間がかかりそうだが、その分、凪にとっては燃える案件ともいえる。

 

「……楽しそうですね」

「え、そう?」

「目がそう語っていますよ。ほんと、あんたはどこまでいってもそういう人なんだって思わせる」

 

 今でこそ呉鎮守府の提督としての手腕を大いに発揮しているが、一番似合っているのは開発に関する作業をするときだというのは変わらない。そういう作業が楽しくて仕方がない少年のような瞳だ。

 

「その楽しみが、技術が、ここまでの発展を促した。大したものです。もうすぐ配信される伯母様のシステムとも噛みあい、より戦力増強に繋がるんでしょうね」

「そう願わずにはいられないね」

「あたしにはそういうのがないから、より羨ましく感じますよ」

 

 小さく息をついてそう言う彼女に、少し凪は驚きの表情を見せる。そんなことはないだろう、そう口に出そうとしたが、それは慰めにもならないだろう。

 湊自身がそう感じている。

 凪は開発周りを、北条はアメリカ海軍との繋がり、交渉を請け負い、宮下は神社の娘ならではの特異な力を持つ。加えて北方海域を長く防衛してきた実績もある。

 

 だが湊は去年首席で卒業し、佐世保の空席に収まっただけだ。それ以降は凪と共に行動し、それぞれの戦いに参戦して戦果を挙げてはいるが、目立ったものはない。共同の戦果を挙げるだけに留まっている。

 また凪などのような突出した何かがあるわけでもない。首席で卒業したといっても総合成績の良さなどを評価されただけに過ぎないのだ。

 

「……でも俺からすれば、よくやっていると思うけどね。着任当初の壊滅的な戦力から、秋までによく立て直したものだし、それ以降もよくついてきている。脱落者がうちと同じくミッドウェーまでいなかった、それだけでも褒められるべきところだと思うよ」

「それは、そうかもしれませんけれど……」

「それにさ、俺としては君の存在はありがたいものだよ」

「え?」

 

 見上げてくる視線に凪はそっと目を逸らす。

 こういうことは気恥ずかしいものだが、湊が自分を卑下することはないと伝えるために、何とか言葉を続けていく。

 

「こうして付き合いも長くなったし、悪くない関係を築けていることは、俺にとって大きな支えになっている。あの頃は北条さんがああいう人とは知らなかったし、舞鶴や大湊とも繋がりはなかったからね。近くに切磋琢磨ができる友人がいてくれる。それは俺にとっても、艦娘たちにとっても良い影響を与えてくれた。君という存在は、俺たちにとって必要不可欠だよ」

「…………」

「突出した何かがなくてもいい。互いに支え合う存在になれた、それでも十分じゃないかな。佐世保にとっても、呉にとっても、君はもうなくてはならない存在になっている。俺だけではなく、北条さんらにとっても、もう君は『佐世保の淵上湊』。かの美空大将の姪御さんじゃないはずさ」

 

 いつだったか、湊が自分を立ち直らせるために語った言葉を少し引用したようなものを口にする。湊もその言葉に思うところはあったようで、少し目をぱちくりとさせた後、ふっと微笑みを浮かべて、なるほどと頷く。

 軽く頭を掻き、恥ずかしそうに視線を逸らして「……気を遣わせました」と小声で謝罪する。

 

「ええ、そうですね。少し情けないことを口にしてしまいました。すみません」

「いや、いいさ。そういう時もあるだろうさ。恥ずかしがることはない。誰かにそうして弱みを見せてしまうのも、誰にでもあることだよ」

「あたしとしては、そういうのはなしにしたかったんですけどね」

「俺だってそうさ。でも、俺はもう君に見せてしまったからね、その逆を体験出来て、少し嬉しく思ってるよ」

「……自分からそれを口にしますか。ってか、どうしたんですか今日は? 妙にらしくないように感じられますが」

 

 よもや神通とケッコンカッコカリをして、少々そういうのに慣れてしまったのか? と、男としての経験値でも積んだかと湊が考えていると、凪は腰に提げている作業用バッグから一つの小袋を取り出した。

 小袋は丁寧に梱包されているようで、まるでちょっとした贈り物のように見える。それに気の抜けたような反応を示していると、

 

「……ま、これのタイミングを見計らっていたともいう。今まで世話になってきているし、特に去年は去年で、本当に君には色々助けられた。そのお礼も兼ねて、クリスマスのあれを用意していたんだけど、まあ、ほら、去年はクリスマス会は合同でやらなかったもんだから、日にちが全然違うけれども」

 

 と、長々と口上を垂れ流した後、「それでも、感謝の意を示したかったんで、用意していました。どうぞ」とここで向き直って頭を下げて差し出した。

 受け取った湊は「開けても?」と問い、頷く。袋から取り出されたのは、掌に収まる一つのケースだ。ケースに書かれているものを確認した湊は、「保湿バームですか」と呟いた。

 

 神通と呉の街を回った際に、凪がとある店員に教えてもらったものだ。肌などが乾燥しやすい冬の季節に、保湿バームは女性が貰って嬉しい物の一つに挙げられる。

 値段としてもそれほど高いものではなく、かつ安すぎるわけでもない。プレゼントとしてのコンパクトさもさることながら、使いやすく消費しやすい。そういう意味で友達など親しい間柄でも贈りやすい。

 

 そういった心遣いも感じられる。開けてみれば、柑橘系の爽やかでふわっとした香りが鼻腔をくすぐる。嫌いな香りでもないので、気兼ねなく使えそうだと湊は感じ取った。

 こういうちょっとしたおしゃれな贈り物ができる人なのかと、そういう驚きも感じた。

 

「じゃあ、まあ……そういうことで。これからも何卒よろしくってところで、はい」

 

 贈るものを贈ったことで、気恥ずかしさが湧き上がってきたのだろう。置いてあったサンプルの電探を回収して、凪は足早にその場を去ってしまった。その後ろ姿を見て、こういうことはできても、慣れないことをして恥ずかしいのは変わらないのだなと、苦笑を浮かべる。

 でも、出会った頃と比較すれば、こういうこともできるようになったし、口に出すこともできるようになったのだなと、どこか嬉しく思う。

 

 そして、遅れてしまったとはいえ、クリスマスプレゼントを貰って嬉しく思っている自分を自覚しているのもわかった。親愛と感謝の証だとわかっても、嬉しいものは嬉しいものだ。

 そっとバームを手に取り、手に軽く塗ってみる。さっと溶けて馴染んでいく手を、鼻に近づけて改めて香りを楽しむ。

 

「……うん、やっぱり普段使いしやすい。やるじゃん、こういう気の利いたプレゼントができるようになるなんてね」

 

 その声色は少し隠しきれていない嬉しさが滲み出ていた。

 手だけではなく、そっと唇にも塗り、馴染ませていく。冬の感想は唇も乾かしてしまう。それを防ぐために保湿バームを使う人もいる。

 リップを使う人の方が多いイメージだが、こちらもこちらで悪くはない。

 

「お礼、か」

 

 確かに去年は凪に対して色々してきたような記憶がある。それに対する感謝の気持ちというのも理解できる。

 でも湊としてはお返しを貰って終わりというのも性分ではない。かといって物をお返しするのも、また恩の押し売りのような気がしないでもない。凪の性格からしてまたお返しがくる可能性が大きい。

 

 となればそれほど大きなものじゃなくていい。

 気軽にこれで終わり、とできそうなものというと、

 

「……何か作ってあげますか」

 

 あの時と同じように、手料理でも振舞ってやるか。

 妙なこともあったけれど、料理自体はとても喜んでくれていた。味についても本当に美味しかったと褒めてくれたものだ。

 手料理を喜んでもらうのも嬉しかったし、次は何を作ってあげようか。そんなことを考えながら、湊は用意してくれていた部屋に、贈り物をしまいに行くことにした。

 


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