呉鎮守府より   作:流星彗

147 / 170
クリスマス前

 

 いくつか上がってくる報告書を秘書艦である神通とやり取りしつつ、つつがなく進めていく。彼女のサポートの力は申し分ない。元から支えてくれる気質だったというのもあるが、長門が秘書艦だった時でも、補助をしていたことがよくあったため、自分で本格的に秘書艦を務めるようになっても、スムーズに作業を進められている。

 

 遠征の成果の報告となれば、持ち帰ってきた資材の確認と、どれくらい消費されたかのチェック。同時に水雷戦隊の練度の向上具合も確認。特に新入りとなったメンバーの成長は注目に値する。

 五水戦旗艦として活動している矢矧に加え、酒匂も順調に成長している。旗艦であり、姉である矢矧だけでなく、他の軽巡である球磨や阿武隈からも指導を受けているため、しっかりと実力を伸ばしていた。

 

 以前なら暇があれば神通が軽巡や駆逐艦の指導に当たったが、秘書艦である今は、その時間が減っている。酒匂のケースのように、球磨や阿武隈がその役割を引き継ぐ形になっている。

 一水戦には北上もいるが、彼女は軽巡ではなく雷巡として活動している。雷撃能力に特化した艦種のため、雷撃については指導できるだろうが、それ以外についてもうまく使いこなしていくなら、今は球磨や阿武隈に指導を受けた方がいいこととなった。

 

「次はこちらです」

 

 報告書を確認し終え、判を押すと次の報告書を手渡してくれる。そして空いたカップに新しい紅茶を淹れてくれる。少しぬるめの飲みやすい温度で淹れてくれる神通に礼を述べ、報告書に目を通しながらちまちまと飲み進める。

 

 現在の青の力の修練具合について大和が纏めたものだった。

 トップは赤の力ではあるが大和、次いで一水戦のメンツが並ぶが、そこに並ぶのが瑞鶴だった。瑞鶴はどうやらトラック泊地が出した空母に関する青の力のレポートを参考に、修練を重ねたようだ。これを纏めたのはトラックの秘書艦である加賀を筆頭とした空母たちのようで、高速で艦載機を飛ばすもの、雷撃や爆弾の威力を高めるものなどが書かれていた。

 

 この調子で青の力を高めていけば、きっと深海棲艦に対して有効打を与え、人類の勝利へと大いに近づくことになるだろう。

 こちらも判を押し、次のものを受け取って読み進めていく。

 

 深海側の通信に関する試みも、順調に進められている。宮下から通信記録を共有してもらい、その解析も行われている。こちら側から接続や妨害ができるか否かについては、実際に彼らと対峙してみなければわからない。

 敵の通信機器そのものはこちら側にはないため、テストはできないためだ。しかし通信記録から色々と試してみることはできるため、新しい通信機器の開発を進めている段階にまで手を付けることとなっている。

 

 確認作業を昼近くまで進め、最後の報告書に判を押して、大きく体を伸ばした。

 

「……ふぅ、これで終わりかな?」

「はい、お疲れ様でした」

 

 朝に処理すべきものを終え、残っていた紅茶を飲み干して一息つく。時間も時間のため、昼食へと向かおうかと考えたが、凪は処理した書類の中から、一つを抜き取ってもう一度確認する。

 それは第三課からの報せだった。そこにはこれからの予定が記されており、間もなく配信するデータと、現在進められている計画についてまとめられていた。

 

 以前に美空大将は忙しくしているため、宮下から聞かされた話を報告できなかったことがあるが、この報せにあることを進めていたのならば、忙しくしていても無理はなかったと感じさせられる。

 

 調整を終えて完成し、配信されるものとしては妙高型の改二、摩耶鳥海の改二だそうだ。また現在改装計画に挙げられているものが、吹雪、叢雲、初霜の駆逐艦三人らしい。

 新たな艦娘の建造計画としては、雲龍型空母の三姉妹と、秋月型駆逐艦が進行中とのこと。特に秋月型は敵空母の強化に伴い、こちら側の防空の力を高めるためにミッドウェー海戦の後に立ち上がった計画のようで、摩耶改二も防空性能に目を付けて進められることとなったのだ。

 

 また日本海軍の艦娘の戦闘データを集め、新たなシステムの開発も試みているという記述もあった。これも防空に関するデータを集めており、より艦娘たちの防空の力を高められるような技術、システムの開発に力を入れることとなっている。

 

 基地の防衛に関する設備に関しても、北条の交渉によってアメリカから参考になりうる設備情報が入手できたらしい。同時に日本からもいくつかの設備が交換されることとなった。

 これにより深海棲艦が基地へと襲撃を仕掛けてきた際に、艦娘だけではなく設備を用いての反撃体制に期待が持てるようになるとか。これに加えて第三課では防衛だけではなく、基地から攻撃ができる航空機関連の開発計画を立ち上げることを進めているとか。

 妖精による滑走路の整備、深海棲艦に通用する航空機の開発と輸送など、いくつか問題があるが、これらをクリアすれば基地関連の計画は円滑に進むかもしれないと期待されている。

 

 新たな艦娘、新たな改装、新たな装備、そして新しい技術やシステム。様々なものに関わる第三課が、今までよりも忙しくなっていることを大いに示している報せの内容。これだけ色々な事を進めているのならば、美空大将も連絡が取れなくなっているのも仕方ないことだった。

 

 同時に、休めているのだろうかと美空大将を少し心配してしまう。倒れなければといいのだが、と思いつつ書類を戻し、「じゃあ飯に行こうか」と神通に声をかける。彼女も頷き、二人そろって退室した。

 

 昼の賑わいを少し過ぎる時間帯だったためか、間宮食堂にはそれなりの数の艦娘が各々、食事をとっていた。入ってきた凪と神通に気づくと、それぞれが挨拶の声をかけてくる。彼女らに応えつつ、神通と席に着くと、伊良湖が注文を取ってきた。

 それぞれ済ませて、お茶を飲みつつ神通と軽く雑談することにする。最近のことなど、他愛もないことを何気なく話していくが、以前に比べたら神通と一緒にいる時間は大いに増えた。

 

「そういえば、大本営から新年会のお知らせが来ていましたよ」

「ああ、もうそんな時期だったか。早いものだね」

「ただ昨今の事情を鑑みて、全員参加ではなく、出席できるもので行うとのことでした。案内に出欠の是非を記入し、返信する必要があります」

「わかった、では後で答えておくよ」

 

 そして新年会という言葉に、凪ももうすぐ今年が終わっていくのかということを実感していく。去年から始まった呉鎮守府の提督という立場も、そう遠くない内に二年目が終わりを迎えるのだ。

 去年は色々あったが、今年も同様だ。目の前にいる神通とも関係性が変わったし、新しい戦術を開発し、横須賀の北条や大湊の宮下とも繋がりができた。

 

 そして、長門の喪失もあった。

 前に進んだり、人との繋がりの広がりができたり、嬉しいことばかりではなかった。初めての喪失という谷もあった。思った以上に精神的な辛さを感じたが、湊のおかげで立ち直り、神通の補佐もあって何とか提督として再び立ち直ることができた。

 

 年末年始というイベントもあるが、その前にはクリスマスというイベントもある。去年は湊たち佐世保と合同で宴会を楽しんだが、今年はどうするかと考える。彼女には本当に世話になったのだから、感謝を伝えたい気持ちがある。たぶん誘ったら来てくれるかもしれないという予感もある。

 

 それにクリスマスといえば、やはりそういうことも意識する。湊に感謝を伝えるのもいいが、ケッコンカッコカリをしたのだから、そろそろ神通にもそういう話を持ち掛けるべきだろう。ずっと仕事ばかりでそういうことをしてきたことがないのだから、少しは何かをしてあげるべきだ、

 

「おう、お疲れ様じゃの、提督よ」

 

 ――と考えていたところに、食堂に入ってきた利根が声をかけてきた。隣には川内もおり、軽く手を挙げて挨拶をしてくる。凪も会釈し、「お疲れ様です、利根さん、姉さん」と神通も応えた。

 相席を求める利根に了承すると、利根が凪の、川内が神通の隣にそれぞれ座り、伊良湖へと注文する。待っている間、利根が「もうすぐクリスマスになるかのう」と今、凪が考えていたことに触れてくる。

 

「ああ、もうそんな時期かー、早いもんね」

「提督よ、もうすぐ休日じゃったかと記憶しとるが、神通と何かあったりせんかの?」

「いや、特に予定は……」

「ないのかお主!? あれか? いつもの工廠篭りでもするつもりか!?」

 

 実際、あれからも休みの日は工廠で作業を進めることが多く、神通ともあまり過ごしてはいなかった。長門の喪失から立ち直り、青の力に関するデータを集めるために色々と作業を進めていたことなど、提督業へと専念していたせいだ。

 

 凪は装備面から、神通は訓練からそれぞれデータを収集し、休みにはそれぞれが蓄積したデータなどを照らし合わせ、大和などからも意見を聴くなど、本当に休日の過ごし方をしているのかという風な日々を送っていた。

 それを聞いた利根と川内は呆れたように肩を竦め、「神通はらしいといえばらしいけど、提督もずっとその調子かー……」と頬杖をつきつつ、川内がため息をつく。

 

「一緒にいる時間、増えてんでしょ?」

「ええ、増えてはいますけど……」

「ずっと仕事? うーん、こりゃあダメだ。多少強引にでもそういう方向に持っていかなきゃ何も進まないね」

「そうじゃな。ということで提督よ、次の休日は神通と街に繰り出してくるんじゃな」

「……言われてしまった」

 

 丁度考えていたことを、利根と川内に言わせてしまった。こういうのは自分から言い出すべきだろうに、と凪自身もため息をついてしまう。しかしこれはいい機会だと考えることにする。

 

「そうだね。神通、どうかな? 次の休み、呉の街へ……で、デートでも」

 

 すらっと言えなかったが、デートに誘う言葉を口にすることができた。それに神通は少しだけ紅潮した顔を逸らすも、一つ呼吸を落ち着かせ、「はい、喜んで」と、返事は小さく、そして承りの言葉ははっきりと返してくれる。

 

「うむ、それでよい。提督も年頃の男じゃ。仕事に明け暮れるのも結構なことじゃが、休みらしい休みを過ごすことも大事なことじゃぞ。というかお主は少々根を詰めすぎであるな。必要なことじゃというのは吾輩も理解しておるが、リフレッシュする時間というのも大切じゃ。神通もじゃぞ。当日は、ゆっくり羽を伸ばすがよい」

 

 

 そして当日、凪は呉の街で神通を待っていた。街で相手を待つなど、増々デートであることを意識させ、どうにもそわそわと落ち着かなかった。とはいえ、したことがないわけではない。

 

 東京へと出張した際と、呉まで湊が来た際に、湊と一、二回は一緒に街を出歩いたことがある。後者は呉の街を案内した程度だが、少なくとも異性と一緒に歩くことがそれに当たるのならば、数に入れていいのかもしれない。

 

 だが、どちらもデートと意識はしていなかった。

 こうまで心が落ち着かないなど、年頃の思春期男子かと自分でつっこみたい気分だった。また、利根の言葉が頭によぎってしかたがない。

 

「提督よ、お主はもう少し自分に自信を持つと良いかもしれんのう」

「自信……かい?」

「うむ。幼少の頃よりの影響か、自分というものを出すことや、異性との関わりなど、色々なことが積み重なり、他人との付き合いが控えめになってしまっている。それがお主であろう? だから人との付き合いでは、自分から何かを仕掛けるようなことはせず、受け身の構えじゃ」

 

 とはいえ、これまでの提督の仕事で、少しは改善はされているだろうと利根は評価している。だがあくまでそれは仕事か、普段の付き合い程度であればという話だと、利根は語る。これが男女の関係ともなれば、全く活かされていないとため息をついていた。

 

「神通も神通で控えめで相手を立てるタイプじゃからのう。それがお主らの関係にもどかしさが生まれ、何にも進まなかった結果じゃろう。正直、吾輩らとしては、多少は変化しろと言いたい。前に進むにしろ、後ろに進むにしろな」

「……そうだね、何も変わらなかったね」

「じゃから、今回のことで変化をつけるんじゃな。そのためにも、お主が何か仕掛けねばならん。自分に自信を持つがよい。変化をもたらすなら、自分の意思が必要じゃ。お主はこれまでの歩みで、十分成果を挙げている。それだけのことを成し遂げた歩みがある。そしてそれは、吾輩らだけではなく、神通からも大きな信頼を得ておる。ならば、多少がつんといったところで、信頼が大きく崩れるようなことはせんじゃろう」

 

 少し小柄な利根が、ぽんと凪の胸を軽く小突いた。そうして「男を見せい、提督」といたずらっぽく笑う。更にもう一度叩いて、

 

「控えめな自分の殻を破り、草食系……? とやらから脱却し、男になれ。何なら今日は……えーと、帰ってこなくてもいいぞ?」

「…………誰かに言わされてないかい? 誰だ、君にそういうの吹き込んだバカは」

「いいい、いやあ、何もありゃせんぞ? 別に吾輩は何も調べておらんし、何も関係はない。気にせず、男になれ提督よ!」

「……そうか、何か調べたのか。うん、まあ、いいよ。そういうの調べさせてしまうくらい、俺がアレだったわけだね。すまない」

 

 ああして背中を押されたのだ。この機会に、少しは変わらなければという気持ちにさせられる。服にしても、いつも着ているようなラフなものではなく、少しだけいい感じなものにしてきた。詳しいことはよくわからなかったので、大淀や間宮などに相談して取り寄せる形になったが、そう悪いものではないだろう。

 そうして待つこと数分、「――お待たせしました」と声がかかり、そちらへ振り返ると、

 

「……っ」

 

 思わず、息を呑んだ。

 見慣れた艦娘としての衣装ではなく、まさに年頃の女性が今日のために着飾ってきたと言わんばかりの出で立ちだった。白いブラウスに膝にかかるほどの長さをしたサスペンダースカート、その上に川内型の衣装に近しい赤のコートを羽織っているようだ。

 

 いつも降ろしている髪はリボンで結い上げてポニーテールにしており、その顔にもうっすらと化粧を施している。またその白いブラウスもいつもの神通ならしないであろう、胸元を少し開けるようにされており、ネックレスがきらりと光っている。

 今日のために気合の入ったおしゃれを見せつけられ、言葉を失った。目もいつもより開いているだろうし、その反応が逆に神通を困惑させてしまったようで、

 

「あ、あの……ダメだったでしょうか?」

「いや、決してそんなことはない。むしろ、驚きすぎて言葉を失った。俺の想像以上の美人さんになって、どう褒めていいかわからない。……ごめん、今の俺には、今の君を上手く褒められるような言葉がない。それくらい、綺麗で似合っている」

 

 経験値が豊富な人は、彼女を喜ばせるくらいに褒め称えるのだろう。初めての自分にはそんな真似はできない。そう困った顔をしてしまうのだが、そんな不器用な凪でも、謝罪と共に、褒めることは褒めている。それが逆に彼の真意が表れていることをわかっている神通にとっては、十分な賞賛だった。

 

「いえ、ありがとうございます。それだけでも、私にはもったいない言葉です」

 

 そう微笑む神通に、またしても小さく唸ってしまう。いつものような微笑とは違う、少し紅潮し、嬉しそうな雰囲気を感じさせる美人にして、少女のような微笑みだった。待っている間でもいっぱいいっぱいな凪にとって、容赦のない追い打ちである。

 

 これはいけない、攻められ続けてまた受け身になってしまっている。これでは利根の後押しも何もない。何とか調子を取り戻そうと、空咳を一つして、「じゃ、じゃあ行こうか」と誘った。それに頷き、神通は一歩だけ凪から下がりつつ横につく。

 そうして二人にとっての初の街での休日が始まった。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。