「何かしら、これは?」
疑問を呈する声が静かに部屋に流れる。それを受けた大和は、声の主へと視線を上げて「ああ、そういえばビス子がここに来たのはこれ、しまった後だったわね」と気の抜けた声で頷いた。
「寒くなってきたから、これを出すことになったんですよ。コタツってやつ、聞いたことありません?」
「こたつ? ……日本の何かだったかしら。そして、その恰好は?」
「これ? これはどてらよ。丹前とも言うのでしたっけ。日本に古くからある防寒具の一種。あなたも着る?」
と、首をしゃくって重ねて置いてあるどてらを示した。少し考えたビスマルクは、郷に入っては郷に従えという言葉を思い出し、不慣れながらもどてらを着てみることにし、そしていそいそとコタツに入ってみる。
じんわりとした暖かさが感じられ、なるほど、日本人はこういうもので冬を過ごすのかと実感していく。
冬になり、もうすぐ年末シーズンと呼ばれるような時期となった。相変わらず呉鎮守府では、それぞれの艦娘が鍛錬を重ね、青の力をはじめとする新しい戦闘技術の開発から、今までの技術の向上に努めていった。
それは他の鎮守府などでも同様だ。特に最近はリンガ泊地からもバルジシールドと呼ばれるような防御術も発信された。攻撃術ばかり磨き上げてきた呉鎮守府からすれば、この防御術の発信はとてもありがたいものであり、すぐさまそれを取り入れて鍛錬していくことになる。
あの瀬川が出したレポートだから、筋肉に関した微妙な言葉が並んでいるかと思われたが、意外にもしっかりとしたレポートにまとまっていた。そういうところはしっかりしている輩である。
「今日もよく頑張りました、と。どう? 主力艦隊は。そろそろ馴染めてきたんじゃないかしら?」
「そうね。いい刺激になっているわ。この改三の体、艤装も理解してきたしね。今ならあなたともいい感じにやり合えるような気がしないでもないわ」
「へえ、言ってくれますね。その気概をまたぶち壊すのもやぶさかではないのですが?」
お茶を淹れ、コタツの上に用意されていたみかんをビスマルクに渡しながら大和は不敵に笑う。ビスマルクの言うように、彼女には先日改三改装が施された。美空大将率いる第三課の力により、ドイツが進めた改装に更なる手を加え、ドイツ語で三を示す言葉、ビスマルクドライと呼称された。
改二であるツヴァイまで変わらなかった衣装は、ドライによって変化し、艤装にも新たに魚雷発射管が追加された。この魚雷発射管の操作の感覚が追加されたことで、最初こそ不慣れさはあったものの、今は遠距離の主砲、近距離の副砲と魚雷と選択肢が増えたことで、戦術に幅が広がった。
春にウェーク島で戦ったビスマルクと比べれば、大いに成長しているとビスマルク自身も実感している。今なら、大和といい勝負できるかもしれないという気持ちも、疑う気持ちはない。
だが、大和にしても、
「あなたが成長しているように、私もまた成長しているのですよ、ビス子。明日、それを教えてあげましょう。あなたが追いかける背中との距離は、どれだけ縮まっているのかをね」
「楽しみにしているわ。……で、こういう感じで過ごすのが日本の冬って感じなのかしら?」
「そうねえ……戦艦組も休みのときはこんな感じかしら。ここに日向がいれば、しばしば瑞雲の話を聞かされ続けるけど」
そこで口を挟むのが大和の対面に座っている山城だった。彼女もどてらを着こみ、ちょこちょことみかんの白い部分、アルベドを取り除き、静々と食べ進めていく。彼女もまた改二改装が施され、強化された。
戦闘時にはより洗練され、ごつさや圧迫感を増したように感じられる艤装に囲まれた姿となっている。また艤装を装備した際には額に白ハチマキが巻かれるようになる。その髪には少しウェーブがかかり、少し大人びたような雰囲気を見せるようになっている。
改装をすると少し成長をしたように感じられる。そういった変化が山城にも見られたものだが、ビスマルクも同様だ。ドライへとなったことで、どことなく、より美人になったように見える。佇まいなどが、より大人の金髪女性になったと感じるのは気のせいではないだろう。
そんな山城とビスマルクは現在、大和が旗艦を務めている第二水上打撃部隊から離れ、主力艦隊の一員として活動している。加えて山城は長門が務めていた艦隊旗艦という立場も引き継いでおり、主力艦隊だけではなく、他の艦隊の動向などもチェックしている。
今日は休日のため、こうしてコタツで羽を伸ばしているが、凪や神通と共に色々と行動するようになっていた。
「ほんと、早いものですね。夏が終わり、秋が過ぎて、もう冬ですか。どう? 艦隊旗艦殿? その立場はもう慣れたものでしょうか?」
「……慣れるしかないでしょう。そりゃあ最初こそ、私ができるのかって不安でたまらなかったわ。胃がキリキリするわ、胸焼けするわで不幸かって話よ。でも、うん、神通も秘書艦として提督を支えているし、何より長門はそのどちらもやっていたのだしね。泣き言は言ってられないっての」
「そう。……ええ、あなたの頑張りは、私も見ていて理解しています。他の皆のことだけでなく、自分のこともしっかりやってのけている。よくやってくれているものです」
青の力の訓練の際には、大和はそれぞれの艦娘の指導のために出ずっぱりだ。だからこそそれぞれの艦娘の成長具合も、頭の中で比較ができる。山城の成長は問題なしといえる。妖精との繋がりについては、他の艦娘と比較して相変わらず不安定ではあったが、少しずつそれも安定に近づいてきていた。
あの戦いの際、激昂状態によって赤の力に近しいような雰囲気を見せていたため、一時期は不安なところがあったのだが、山城自身も二度とああはなるまいと、自分を抑えていた。これらが組み合わさり、山城は赤の力に傾くことなく、自分を高め続けられている。
とはいえ、これは訓練だからだ。実戦で因縁の敵と相対した時、感情が乱れないとは言い切れない。あの戦い以降、大きな敵は呉鎮守府の前に現れていない。もし、呉鎮守府にも襲撃してくるようなことがあれば、試すにいい機会だが、それもない。
因縁の相手となれば中部提督率いる艦隊だが、最近の深海勢の動きからして、恐らくトラック泊地や南方方面へと襲撃を仕掛けていく可能性が高いかもしれない。ならば、因縁を果たす機会は当分はないかもしれない。
だが彼ら以外にも敵はいる。それらと相対してもなお、問題なく戦えるならば、正しく成長していることの証明となる。大和は山城に期待している。彼女なら、しっかりと艦隊旗艦として、潰れることなく皆を率いてくれるだろうと。
「どうも。あなたもまあ、よくやってくれていると思ってますよ。最初こそどうなることかと思ったけど、立派にやっているじゃない」
「おかげさまで」
小さく会釈しながら湯呑に口を付ける。ビスマルクも同じようにしつつ、大和を旗艦として行動していたことを思い出す。がむしゃらに大和に食らいつきはしたが、しかし大和も旗艦としてビスマルクをうまく育てようと頑張っていたように思える。
初めての旗艦だったとのことだし、何かと煽っていくスタイルではあったが、そこまで悪くはなかった。
ただ、ビスマルクとしては最初から最後まで、大和のその性格は性に合わなかった。規律に従うドイツ人気質が、たびたびそれからずれる大和の性格、行動は馬が合わない。こうして休日に席を共にするようにはなったが、未だに大和の中身については認めてはいなかった。
「育てがいのある子がいれば、ふふ、人は大いに変われるものだと実感しましたよ」
「あら、それは私のこと?」
「ええ。あなたが来てくれたことは、私にとって良い経験となりました。感謝していますよ。あなたを育てられたからこそ、今こうして青の力を円滑に指導することができているのだから」
「そう、それは何よりね。人の上に立つことで少しは規律に従い、しっかりとしたリーダーたらんとする姿が見られるものかと思ったけれど、結局そうはならなかったのは残念ね」
「ルールにガチガチなのは性に合わないのですよ。そこまで縛られたくはありません。自由があってこそ、行動に幅が出る。私はそう在りたいものです」
「本当に、その点だけはあなたとは相容れそうにないわね。この先もどうにもならなそうな予感しかしないわ」
「はいはい、相容れなくていいけど、手だけは出さないでくれる? あ、足も……やめ、やめなさい! 私の足もあるんだから、やめろっつってんでしょ!?」
ため息をつきながら山城が前もって止めようとしたのだが、早速大和がコタツの下でビスマルクの足へとちょっかいをかけていたらしく、手を出すなと言われたためビスマルクも足で応戦し始める。
そのまま山城の足も巻き込んで、軽い蹴りやくすぐりが見えないところで繰り広げられるが、間に挟まれている山城としてはたまったものではない。ついつい普段は出さないような口の悪さを出しつつ、コタツ机をダンッ! と叩いた。すると、その衝撃でコタツ机がひっくり返り、机の上に置いてあったみかん籠や、それぞれの湯呑が宙に舞い、
「――――あっ」
「あ、あっつーーッ、い、いだっ……!?」
かぶったお茶にたまらず悲鳴を上げて反射的に立ち上がろうとしたが、コタツに足を入れたまま立ち上がったため、ぐいっとコタツもろとも立ち上がりかけてバランスを崩し、加えてひっくり返る机が山城の顔へとぶつかり、と、見事なまでに連鎖的に悲劇が襲い掛かる。
芸術的なまでの出来事に、大和とビスマルクは何も言えない。こたつ布団でかかったお茶を拭い、重い、重いため息をついた山城は、「……ねえ?」と冷たく低い声で二人に呼びかける。
たまらずビスマルクは「はいっ」と正座し、大和もこれはいけないとばかりにいそいそと正座した。
「何してくれんの、これ? ん?」
「本当に、ごめんなさい山城」
「すみませんね、山城。いや、まさかここまでとは思いませんでしたよ、私も」
「ええ、私としてはね? これくらいは慣れたものだけどね、でもね? 慣れてはいても、辛いのよ? わかるわね? 今日はね、休日。休みなの。わかる? 今日くらいはね、安らいでいたいわけ、私も。それを、まあ、こんな風にしてくれてさ。ええ、ため息もつきたくなるわよ」
「つくと幸運が逃げるらしいですよ」
「つかせたのはあんたたちでしょうが!?」
大和の言葉に、すかさず山城が吼えつつ、大和にゲンコツを落とした。なかなかいい音がする程だったが、大和は小さく目をつむり、大人しくそれを受け入れた。さすがにそれをやられるくらいのことをしでかしたので、それ以上の反論はしないようだ。
山城もそれ以上怒るようなことはせず、「……それなりにやり合うのは結構だけど、場所や状況を考えてやりなさい」と言い残し、通信を繋いで、「家具職人、ちょっと出てきてくれる?」と呼びかけた。
壊れたコタツを家具職人の妖精に直してもらうのだ。加えて、「掃除、任せたわよ」と言い残して部屋を出て妖精を迎えに行く。二人も返事をし、立ち上がって崩れたコタツを戻したり、散らかった湯呑などを片したりしていく。
「ああいう性質はいつまでもついて回るものね」
「やっぱり、不幸体質というものかしら?」
「忘れた頃に、何かが起きてしまうみたいですね。今のところ、戦いの中ではそれほど起きていないのが不幸中の幸いでしょうか」
お茶に濡れたコタツ布団を抱え上げ、ビスマルクも空になってしまった湯呑を持って大和と一緒に部屋を出た。廊下を歩きつつ、大和はふとビスマルクを見やる。
「だからこそ、もしも戦場でそういった何かが起きたら、よろしく頼みますよ、ビス子」
「そうね。願わくばそんなことは起きてほしくはないけれど、何が起きるのかわからないのが戦場というものだわ。頼まれたからには、やってやるわよ」
その答えに、結構とばかりに微笑を浮かべる。
誰かを守るために動く、それは大和自身もビスマルクへとしたことだ。自分のやったことを、万が一の際にビスマルクも実行できるのなら、とても安心できる。自分が教えたことは無駄ではないと。
そうして自分の意思を下へ、次の誰かへと伝えていく。それもまた人が続けてきたこと。知らない内に、自分もまたそうした系譜に連なる道を歩んでいることに、少しだけ誇らしくなる大和だった。