呉鎮守府より   作:流星彗

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リンガでの演習

 

 リンガ泊地へとやってきた香月率いるパラオの艦隊。所属している艦娘の全員ではなく、一部ではあるが、リンガ泊地の艦娘と演習を行うために、はるばると足を運んできた。

 彼らを出迎えるのはリンガ泊地の瀬川と大淀、そして高雄だった。どうやら今日は彼女が秘書艦なのだろうか。そんなことを思いながら香月は瀬川へと敬礼をする。

 

「美空香月、参りました。今日はよろしくお願いします」

「ん、よく来た坊主。歓迎しよう。……ふむ」

 

 瀬川も返礼し、じっと香月を見下ろしてくる。頭一つ以上の身長差があるため、下がる視線は結構なものだ。糸目のためその視線の強さはあやふやだが、それでもじろじろ見られているような気がするのは、気のせいではないだろう。

 つい「な、なんすか……」と怖気ついてしまう。

 

「いいやぁ、何というか、聞いていたような話とは少し違う目をしていると感じてな。んんん、変わったのかね、坊主?」

「目? ……変わったといえば、変わったとは思うかな」

「先日の一件か? それで、なりを潜める程に変わるか。ふむ、あれか。東地の影響か?」

「…………そうっすね」

「なるほどなるほど、んっふっふっふ、あいつもやりおるわ。良くも悪くも、あいつは引っ張っていくからなあ。ならば、んんんんん……! ワシもまた、坊主を引っ張ってやるとしよう!」

 

 と、ぐっと丸太のように太い腕を引き締め、親指を立ててみせる。その暑苦しさに「……やっぱり相手を間違えたか、オレ?」と不安になってくる。そんな香月の気持ちをよそに、「さあ、こっちだ」と先導する。

 

 訓練に使う埠頭へと到着すると、そこにはすでに席が用意されていた。そこへ着席すると、少し離れた席に瀬川も座る。備え付けの小型の冷蔵庫からドリンクを取り出し、口を付けて「坊主もそこから自由に飲んでくれて構わない。好みのものがなければ用意させよう」と、香月の席の近くにある小型冷蔵庫を示した。

 どうも、と礼を述べると、瀬川はドリンクを小さなテーブルに置き、一度手を叩いた。

 

「よーし、では始めるとしようか。誰から出す?」

「主力艦隊からで」

「よかろう。坊主らの本気をぶつけてくるがいい。青の力込みで構わん」

 

 青の力込みといっても、パラオの主力艦隊で青の力を完全に掌握している艦娘はいない。先の戦いでも青の力を振るったケースは少数だった。そういったことを話すと、瀬川はそうかと頷いた。

 

 それでも今、持てる力を全部発揮してぶつかってきて構わないと告げ、リンガ艦隊から水上打撃部隊を出してきた。両者が海上で向かい合い、大淀の号令に従って演習が始まる。

 パラオの主力艦隊は赤城、伊勢、飛龍、瑞鳳、衣笠、那智。先手として赤城、飛龍、瑞鳳の艦載機と伊勢の瑞雲が発艦され、リンガの水上打撃部隊である高雄、霧島、比叡、摩耶、村雨、潮へと攻撃を仕掛けていく。

 

 それに対し、水上打撃部隊は各々が回避行動を取りつつ、対空射撃を行う。追撃するように伊勢、衣笠、那智が砲撃を仕掛けるも、有効打は与えられていない。いくつかの攻撃は命中しているのだが、平然とリンガ艦隊が攻撃へと転じていく。

 彼女らが放った砲撃がパラオ艦隊へと襲い掛かり、それぞれが回避しつつ次弾を装填する。だが回避した先に時間差で飛来してきた砲弾が飛来する。

 

 そうしてお互いの攻守が入れ替わっていく中、伊勢が霧島を狙いすます。装填した砲弾に意識を集中させ、何とか青の力を引き出せるかを試してみた。

 

「……ッ! ふんっ!!」

 

 体に巡る力を主砲へと詰め込み、重い音を響かせ砲弾が放たれる。それは青いオーラを纏い、空を切って霧島へと飛行する。霧島は自分に迫ってくる砲弾を見つめ、それに青の力が込められていることに気づいて、微笑を浮かべる。

 

「丁度良い機会です。ここで披露しておきましょうか」

 

 眼鏡に指をかけて軽く押し上げ、右手を前に出すと、霧島の艤装もまたぐっと前に展開される。すると船体を模した部分が軽く前に出され、霧島の力に呼応して船体に青いオーラが纏われていった。

 双眼鏡を通じて演習を見守っていた香月も、「何だあれは……?」と困惑する。それは伊勢たちも同様だ。何をするのかと困惑する視線を受けながら、

 

「バルジシールド、展開!」

 

 その掛け声に従って、青の力を纏った船体、バルジと呼ばれた部分を中心に、青いオーラによって形成され、肥大化して展開される。それがまるで盾のように飛来する砲弾を受け止めた。

 

 青の力によって砲撃が強化されたというのに、それを余裕で受け止めたのだ。まるでそれは、いつかの戦場で披露された深海棲艦の防御手段に近しい。艦載機の攻撃は対空射撃で防ぐことができるが、戦艦の砲弾ともなればそれは叶わない。

 だからこそ回避行動が重要とされていたのだが、よもや正面から受け止める手段を確立させるなんて、しかも未熟ながらも青の力込みでと、香月は唖然とするしかない。

 

「んっふっふ、どうだ? あれがバルジシールドだ」

「あれも青の力ってやつですか?」

「そうだ。参考にしたのは中間棲姫が主よ。最近は敵も防御手段を見せつけているからな。レポートによれば先の戦いでも空母水鬼だったか? あれも艦載機で盾を作り上げたそうじゃないか」

 

 その言葉に、香月も思い出す。茂樹が参戦し、加賀が放った艦載機の奇襲を、空母水鬼が自分の艦載機を密集させて盾にしたことを。あれもまた一応盾といえなくはない。だがあからさまに艦載機を消耗させる手段だから、あのようなやり方は何も参考にはならないだろう。

 だが、瀬川はあれも参考になったと語る。何故かといえば、

 

「中間棲姫は純粋に赤の力のみで作り上げた盾、いわゆる障壁と呼ばれる物だろう。一方、空母水鬼は艦載機という武器から作ったもの。これらを組み合わせ、ワシは見出した。バルジという設備から、艦娘を守る盾、障壁を作り上げるのだとな」

 

 つまりバルジを触媒として、青の力を用いて砲弾を防ぐ障壁を展開する。純粋な力のみではなく、設備を通じることで具体的な形をも素早く展開、固定化できるため、コツさえつかめばリンガ泊地で多くの艦娘が習得できたとのことだ。

 

「青の力は何も攻撃ばかりではない。防御手段もまた、使える代物だということを、ワシはここに証明したのよ。んんんん、戦艦の砲撃すら防ぐ盾、強固なりし壁、これぞ筋肉パワーよ!」

「いや、筋肉関係なくない?」

「だが残念ながら青の力を用いるが故に、そう何度も使えるものではない。普通の攻撃に対しては回避が主だが、敵の赤の力など、強力な攻撃に合わせて展開するというのがメインになるだろうな」

「スルーっすか、そうですか」

 

 バルジシールドの説明をする中でも演習は進み、結果はリンガ水上打撃部隊の勝利で終わる。しかし得るものはあった。あのバルジシールドを習得できれば、艦隊の防御が向上するのは間違いない。

 敵も強力な個体が登場してきている。攻撃方法もより苛烈になってきているのだから、バルジシールドを習得することで、継戦能力が上がるなら覚えておきたい技だった。

 だが、この有力な技はどうして広めていないのだろうかと疑問に思う。それを問いかけてみると、

 

「んん、ブラッシュアップが必要と考えていてな。もう少し詰めてから広めようかと。何せ大本営から与えられたのは、通常のバルジと大型バルジという違いよ。それに艤装としてのバルジと、設備としてのバルジの違いもある」

 

 艦娘それぞれに与えられている艤装には、金剛型のように船体を模したものが元々付いているものや、主に駆逐艦のように主砲などの一部分が再現されていて、船体がない艦娘もいる。前者なら艤装の船体からできそうだし、後者ならバルジを付けなければバルジシールドができないのではないか、となってしまう。

 

 そのためバルジシールドと銘打っているが、これらがなくても展開できるようにすれば、もっと使い勝手がよくなるのではないか。まさに、あの中間棲姫のように。そう考え、技術をより高めている最中なのだとか。

 

「だが、ふむ……そうだな。バルジを通じたものはほぼ完成といっても良い状況だ。坊主らが研鑽を重ね、先にバルジなしでも展開できるようにするコツを会得するのを期待しても良いか。書き進めているレポートのまとめを詰めて、提出することにしよう」

 

 予定としてメモをした瀬川は、いったん演習を終えた艦娘たちを呼び戻させ、次は空母の艦娘たちを呼び寄せた。「では、次の技術でも紹介しようか」と空母の一人、蒼龍に目配せする。すると矢筒から一本の矢を抜き、それを弓に番えるのかと思いきや、握り締める。

 その手から溢れた光が矢全体へと纏われ、一つの光の玉となって右手に収束した。その光は手全体、手首、腕へと伝わっていき、その腕を引いて、

 

「――烈風拳ッ!」

 

 掛け声とともにそれを解放すれば、海へと強い拳圧が放出され、海を割る。そのあり得ない光景に香月だけでなく、秘書艦の赤城も開いた口が塞がらない。だが瀬川はどうだと言わんばかりに表情を緩ませ、腕を組んで何度も頷いている。

 

「これぞ、我らが筋肉パワーよ!」

「いやいやいやいや、なにしてんすか? 何で、何でパンチ? 空母があんな、拳の飛び道具とかどういうつもりっすか!? 別に空母が格闘戦する必要ないでしょ!?」

「何を言っているのかね、坊主? 空母が格闘戦をするな? んんんんんんんん、笑止ッ! 戦場では何が起きるかわからんぞぉ? 時に矢を番えて撃つ暇すらない時もあろうよ! そんな時に何もできずにやられていればいいと? 否ッ! 否であるぞ! その状況を解決する秘策! それこそ筋肉! それこそ己の拳である! 筋肉を鍛えれば、パワーが全てを解決するッ! そのための、この技よぉ!」

 

 と、自分の腕の筋肉をぴくぴくさせてアピールするのだが、別に瀬川の筋肉をアピールされてもと、引き気味だ。しかし彼の言葉も少しはわからなくもない。空母は接近されれば不利だ。攻撃手段が艦載機によるものというのが大きく、副砲が装備できず、機銃では攻撃力が物足りない。

 

 超遠距離から攻撃を仕掛けられるという強みと引き換えに、接近戦が不利というわかりやすい弱みを持っている艦種だが、それをカバーする格闘戦の技術を仕込まれれば、戦術に幅が生まれる。

 

 ちなみに、と手であきつ丸を示すと、彼女もまた烈風をはじめとする艦戦を装備できるため、烈風拳などができると披露してみせた。他の艦娘と違って戦闘に重きを置いている艦娘ではないため、火力不足が否めない彼女だが、烈風拳ができるなら、火力に貢献できるだろうと紹介する。

 

「火力こそパワー、筋肉は全てを解決する。戦艦もほれ、ご覧の通りよ!」

 

 興が乗ってきたのか、戦艦の一人である大和がその手に徹甲弾を握り締めてぐっと力を込めれば、眩いばかりの光が溢れ、先ほどの二人の烈風拳よりも凄まじい拳圧が海を割る。その有様に唖然としつつも、とりあえず問わずにはいられなかった。

 

「……必要ですか?」

「必要だろう。最後には拳で語れば良い。殴り合い、海。戦艦ならではの火力を乗せたパンチが、きっと世界を救うと信じて!」

「縁起わりぃわその言葉はよぉ!? ってか、徹甲弾別に握る必要なくねえっすか!?」

「力、属性を引き出す触媒のようなものだ。別になくても、ほれ、あの通り。青の力を乗せたパンチだけでも十分よ。ただ、徹甲弾があれば、衝撃の貫通力が上がる、みたいな違いが出てくるのが検証結果にあってな。そこら辺で使い分ければよかろうて」

 

 筋肉信奉者らしい技と考えれば、こういうのを編み出した経緯も理解はできるだろうが、それでも今までの戦闘技術とはまるで違うものに、困惑を隠せない。艦娘はやはり砲撃は砲撃、艦載機は艦載機、そして雷撃は雷撃と、それぞれの技術を伸ばしていくものだ。呉鎮守府から広まった青の力も、それぞれのタイプに合わせた攻撃方法が編み出されている。

 バルジシールドはまだしも、それぞれのパンチは今までのものとはわけが違う。すんなりと受け入れられるかといえば、それは否だろう。

 

「不服か?」

「不服っていうか、何というか、所詮はパンチっていう単純さが……」

「だが、今までの戦いでも何の変哲もないパンチで危機を乗り越えたことはあろうよ。それに大湊や呉でも、それぞれの艤装の武器を振り回した。剣だの槍だの使ったのだろう? それらはその艦娘の艤装がないと意味はないが、パンチは己の拳よ。誰でもいける技術。そこに大きな意味がある! やはり武器よりも、筋肉で解決よ!!」

 

 心配だ、とても心配だ。

 今までにない新しい刺激を求めてリンガ泊地に来たし、実際に新しい刺激、技術を目の当たりにしている。期待していたもの以上のものがそこにある。ただし、その方向が香月にとって斜めすぎるのが問題だった。

 

 突拍子もないものすぎる。これで何ができるのだろう? 敵がどんどん強くなっていく中で、拳で解決できることってあるのだろうか? 距離を詰めて殴れば解決といえど、その距離を詰めることが戦艦などにできるのか? 良くて水雷戦隊ぐらいではないだろうか?

 戦艦が接近戦をするなど、それは敵から攻められた時――と考えたところで、香月ははっとする。

 

 距離を詰められれば、戦艦主砲の旋回などが間に合わなくなる。副砲だけで対処しきれない時もあるかもしれない。その時に役立つのが拳?

 バルジシールドもそうだ。艦娘を守るための技術である。ならばこの拳の技も、攻撃を仕掛けるのではなく、攻められた際の技術として仕込んだのならば、それはある意味守りのための技術といえる。

 

 そういうことか?

 彼は、艦娘を守るためにこれらの技術を編み出したというのだろうか? 香月はそう考え、ちらりと瀬川を見上げた。

 その視線に気づいたのか、瀬川はまた己の筋肉を誇示するように、ぐっと腕で胸筋を強調する。はちきれんばかりの肉厚に、少しだけ浮かんだ尊敬のような何かは、たちまち霧散してしまった。

 

「……わかりましたよ。じゃあ、よろしければ、それらの技術を教えていただけますかね?」

「よかろう。坊主も我らが筋肉に学び、筋肉を鍛え、より高みへと昇っていこうではないか! そして知るだろう、最終的にはパワーで解決こそが真理であると! んんんんっふっふっふっふ、フハハハハハハ!」

「暑苦しい、暑苦しい! オレはそこにはいかねえからな! そこまではやらない! 絶対に!」

 

 そんな叫びをする香月に、瀬川はまるで菩薩のような微笑みを浮かべる。元が糸目ということもあり、口元に優しい微笑みを浮かべ、雰囲気をそれっぽくするだけで、毒気が抜かれそうな笑みがそこに完成する。

 

 だがどうしてだろう。

 顔だけで見れば穏やかなものだが、その下が強い圧がある。ミシッと軋む筋肉が、軍服の上からでも見て取れる。組まれた腕から覗く胸筋と、右手がサムズアップを形作り、「最初は誰もがそういうのだよ、坊主」と、丁寧な言葉で語り掛け、

 

「ワシらが仕込めば、お前もまた筋肉のすばらしさを理解するだろう。さあ始めよう! 楽しい楽しい筋肉祭りだ!」

 

 演習、あるいは鍛錬のことをそう言い換えるのがらしいといえばらしいのだが、そのテンションが彼の見た目と相まって暑苦しいことこの上ない。それが自分よりも一回りガタイが大きい彼から迫ってくるから、少し怖い。

 

 それでも香月は、腰こそ引けるが、撤退することはなかった。何とか、何とかやり過ごしつつ、艦娘たちを今よりも強くさせる。そのためにリンガ泊地を訪ねたのだから、その目的を放棄するわけにはいかない。

 例え、この瀬川の調子が自分には全く合わない輩だとしても、その実力は紛れもなく本物なのだから。

 


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