呉鎮守府より   作:流星彗

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異質な提督

 リンガ泊地の提督、瀬川吾郎のことを知る人は、彼をこう言う。

 同期の茂樹は「バカ」と一言で言い、大湊の宮下は「肉達磨でアレな馬鹿」と評した。

 実際に会わないと、顔を見ないとわからないことだったが、今こうして画面越しで対面して香月は理解する。

 

 この男は、間違いなく馬鹿な野郎だと。

 

「今、何て?」

「坊主はおっぱいは好きかと、問うてみたのよ」

「…………何で? 何でそこで??」

 

 わからない。さっぱりわからない。何でそこでおっぱいについて聞かれているんだろうか、と頭の中で疑問符が埋め尽くしていく。一方で茂樹はやれやれといったような表情になり、茂樹の後ろに控えている加賀も、いつも以上に冷たい眼差しで瀬川を見つめている。

 しかし瀬川はそれらを気にした様子もない。真面目な表情で香月を見つめているようだった。

 

「坊主、おっぱいはいいぞぉ。豊かなものは、ワシらの心を満たしてくれる。母性の象徴! 柔らかく暖かなもの! 鍛錬で疲れた心と体を大いに癒してくれるおっぱいを、誰が嫌いになるだろうか!? そうだろう、坊主?」

「………………」

「ま、この通り、こいつはおっぱいバカだ。加えて、筋肉バカでもある。頭ン中は筋肉とおっぱいで満たされているっていっても過言じゃねえ。で、そんな輩ってのを、うちの同期とかはみーんな知ってるってやつだ。だからこそ思う」

 

 一つ区切りを入れるように、こほんと空咳を一つして、

 

「どうしてこんな馬鹿野郎がアカデミーを卒業して提督になれたんだ!? ってな。卒業した後、噂になってなかったか?」

「あー…………そんな話があったような、なかったような。オレ、そういうの全然耳に入れてなかったから……」

「さよかい。で? 今日は村雨ってか? まーだ続けてんのかい、交代制秘書艦」

「やらないか? 色んな嬢を近くにやるってのは、男の夢物語であろう? んん?」

「ああ、それはわからんでもないが、てめえの場合は嗜好がダダ洩れだろうがよ。とりあえず気に入ったおっぱい艦娘を愛でながら仕事ってやつだろ? そこまでバカ正直に突き抜けると、ある意味尊敬するわ」

「んっふっふっふっふ、お褒めに預かり恐悦至極ってな。だが、そうもしたくなろうというもの。日本から離れて娯楽も縁遠い僻地での毎日だ。好きなことを好きなようにやらねば、ストレスも溜まろうというものよ。だから、ワシは!」

 

 と、村雨を示し、何の恥も感じることなく、堂々と宣言するのだ。

 

「おっぱいを愛でるんだよぉ!! 目の保養!! それなくして、ワシはやってられんわ、この毎日ぃ! 欲望を満たし、体を動かし、美味い飯を食う。それをしてこそ、ワシはこうして二年もの間、リンガでやってきたようなもんじゃい」

「……と、まあ、こういう奴だ。理解できたかい、坊ちゃん?」

 

 なるほど、これほどまでに色々と正直な性格をしていれば、馬鹿と言われても仕方がない。でも、あのアカデミーを卒業し、二年もの間リンガ泊地で提督をしているという事実も確かだ。その手腕もまた疑う余地もないのだろう。

 どんな感じでやってきているのかを問うと、「主にフィリピンからインドネシアを担当している」と瀬川は答える。

 

「海域でいえば南シナ海、ベンガル湾、足を延ばせばアラビア海ってところか。その先から来る欧州の艦を迎える役割もワシが担っているというのは耳にしているか?」

「うっす。でも最近って欧州は……」

「色々とやばいことにはなってるな。んん、危機的状況にはあるのは確かだが、何とかワシらの方へとつなぎを付けようとはしている。妖精が設ける回線は日本と欧州との間では少しずれがあるから、万全とはいえんがね」

 

 かつての大戦の縁があったドイツが主だが、イタリアやイギリスからも使節として派遣されてきたケースは少なからずある。瀬川はアラビア海、あるいはベンガル湾で彼らを迎え、日本まで護衛をするか、あるいはそこで交わされた書類などを、持ち帰ることを役目としている。

 ある意味欧州方面への日本の窓口、あるいは顔役といってもいいのかもしれないが、その中身がコレというのに、香月は本当に大丈夫なのか? と思わずにはいられなかった。

 

「わかる。坊ちゃんの気持ちはわかるぞ~うん。でも、驚くことに、そういう場面では問題を起こさずに事を進めるからなこいつは。オンとオフの差が激しいってやつだ」

「ワシとてそこら辺はわきまえているとも。だが、プライベートではこうだ! おっぱいを愛でる紳士たれ! 体を鍛える紳士たれ! 坊主も肉を食え! 体を鍛えろ! そして、女を愛でろ!! そうした欲を余さず解放し、すっきりとした気持ちで何事も進めれば、全てはうまくいくのだよ! んっふっふっふふふふ……フハハハハハハ!!」

「………………パイセンの世代ってこんなんばっかなんすか?」

「おいおいおい、俺もこいつと一緒にしないでくれるか? 俺は別にこいつほどはっちゃけてねえだろうよ」

「んんんん? 我らが主席殿よ、お前さんもアカデミー時代は色々とアレだったろうよ。一人だけ逃げようったってそうはいかんぞ? そら、何だったか、んんん、そう、あれだ。後輩女子に告って振られた男衆相手にいじり倒したら、乱闘騒ぎを起こしたよなあ? ワシも後から混ざったから覚えているぞお」

「あーそんなこともあったっけなあ。だがそれは可愛い方だろうがよ。てめぇ、合宿ん時に部屋で性癖暴露しまくった奴らと何かしてなかったかおい? 若気の至りってか?」

「何を言うか! 好きなものを思うがままに語って何が悪いというのか!? 大きいおっぱい、夢いっぱい! 心は一つ、おっぱいは二つ! いいか東地、坊主、おっぱいというのはだな――――」

「語るな語るな、ここではやめろや! というか、そういう話をするためにてめぇに繋いでんじゃねえんだわ! おい、村雨嬢、他の子ら呼んででも、そいつ黙らせろ!」

 

 意気揚々と、上半身裸の青年が語りだすのを、何としてでも止めるべく、控えていた村雨が他の艦娘を呼びつつ、止めにかかる。連絡を受けてすぐさま愛宕や高雄がやってきて、タオルで瀬川の口を塞ぎにかかった。

 その他にも浜風や浦風、潮などが駆けつけてきたのだが、それらの艦娘がどたばたとカメラの向こうで騒いでいる様子を見て、何となく香月はあることに気づいた。

 

「……パイセン、もしかしてだけど、あの人ってただおっぱいが好きなだけじゃなくて……」

「お? 気づいたか坊ちゃん。そう、ただおっぱいが好きなんじゃあない。奴は、巨乳好きだ。いわゆるおっぱい星人ってやつだな。で、あそこにいる子らが、代わる代わる秘書艦を務めてるって話さ」

「……問題ないんすか、それで?」

「秘書艦としてやることは一通り教育されているって話らしいから、仕事で問題を起こしたことはないらしいな。能力的に問題がないんなら、誰がやったって変わることはない。なら、好みの子を近くに置いた方がモチベーションが上がるってのが、あいつの弁だ。……理解できなくもないのが、悲しいところだねえ」

 

 軍人をやるのにモチベーションというものを求めるのも、何だか気になるものではあるが、しかしこれがあるのとないので遂行能力に影響するとなれば、必要になるだろう。ないよりあった方が、しっかり作戦を完遂できるのであれば、自らモチベーションを上げるために必要なものを用意した方がいい。

 

 それに彼自身も日本から離れたことで娯楽に飢えていると口にしている。これによってモチベーションが下がり、作戦を失敗してしまうようなことがあれば、リンガ泊地周辺の深海棲艦が、各地へと跋扈していたと考えれば、目も当てられない。

 

 ならば、傍から見て眉をひそめてしまうようなことをしていたとしても、それによって全て上手くいっているというのであれば、それはきっと意味のあることなの……かもしれない。そう香月は何とか自分を納得させてみせた。

 

「さて、落ち着いたか、バカ野郎」

「ん、んんんん……で、何用か?」

「今さらキリっとした顔をしても遅いぞ。ってか今のタイミングで服着ろや。野郎の裸なんて見てもしょうがねえって言ったよなあ?」

「我が筋肉に恥じることなどありはせんわ! そら、我が筋肉を拝みつつ、用件を述べるがいい」

 

 と、無駄にポージングをしながら促してくる。ツッコミを入れたいところだが、それではいつまで経っても話が進まなそうなので、茂樹は香月が演習相手を求めていることを伝える。

 香月がより強くなりたいとう気持ちは画面越しでも何となく伝わる。だが瀬川は腕を組んで少し眉をひそめていた。何か問題があるのかと茂樹が問うと、「ワシはここから離れられんでな」と小さく息をつく。

 

「パラオへと行くことはできん。故に坊主からこっちに来るのであれば、演習の相手ができる。望むんなら、連絡を。ワシの予定が空いていたらやってやろう」

「ありがとうございます。じゃあ、明日明後日にでもいいっすかね?」

「ふむ……ん、空いているな。特に急ぎの案件もなし、相手しよう」

 

 村雨へと視線を向けて確認を取ると、香月の申し出を引き受けた。それから指を立てて「ああ、ならもてなしのものでも用意せねばな。それ用の食料のリストを用意してくれ」と棚を示すと、「いや、別にもてなしてもらうほどでは」と遠慮する。

 

「んんん? 気にするな、せっかく遠方から後輩が来るんだ。ただ演習をして終わりというのも寂しかろうよ。さっきも言ったであろう? 美味い飯を食って、筋肉を鍛え、いい女と過ごす。それでこそ健康的な心身ができるというものだ。ワシがその辺りも仕込んでやろう」

「いや、そこまでは求めてねえってか……」

「んっふっふっふ……ワシなりのもてなしで、坊主をよりいい男へと仕上げてやろう。もちろん艦娘にもだ。何やら海藤が広めた技術があったろう? あれからワシなりの発想で色々と試している技術があってなあ、それも教えてやるとも。目覚めるがいい、筋肉の良さというものを。そうしてお前と、お前の艦娘は新たなる一歩を踏み出し、成長するのだぁぁあああ、っはっはっははは!!」

 

 ぐっと腕を前に出しながら、鍛え上げられた上腕二頭筋を見せつけてぴくぴくさせる様は、香月と茂樹を引かせるには十分なものだった。画面越しから伝わる圧力に「頼む相手、間違えてんじゃないんすか、これ?」と小声で言うも、

 

「……これで実力とかは確かなんだ。バカだけど、とてつもないバカなんだけど、できる人間だから。そこは、信じてやってくれ……俺も色々諦めてるから、それ以上は何も言えん」

「おおん? 東地よ、褒めても何も出んぞ?」

「褒めてねえよ!」

 

 そんなやりとりをしばらくして、改めて明日よろしくと挨拶して通信を終える。

 香月は大きく息をついて椅子に深く腰を掛けて天井を見上げた。思っていた以上の人物だった。あんな輩が提督をしていたなんて信じられない。というか、本当に彼が今までリンガ泊地で色々と実績を上げてきたというのだろうか?

 

 調べたいところだが、今の通信でたっぷりとエネルギーを使った気分だ。心が疲れている。何もやる気が起きなかった。今までずっと赤城が控えていたのだが、彼女もお茶を用意して、「……本当にお疲れ様です」と、心からの労いの声をかけてくれた。

 

「……どうも。……オレ、あの人に会いに行くのか……?」

「そうなりますね」

「……キャンセルしてえ……でも、あれでも学ぶことはありそうだしなあ……いや、あるのか?」

「どうでしょう。実際に会い、見てみないことには判断はつかないでしょう」

「だよなぁ。……はぁ、腹、くくるか」

 

 もう一度大きく息をつき、受け取ったお茶を何度か分けて飲み干した。それでも完全に心は落ち着きはしなかったが、それでも少しは楽になったような気がした。「そっちで指揮艦とか、積むものを確認を。オレは連れていくメンバーの選出をする」と、赤城に伝えると、

 

「承知しました」

 

 と一礼して、赤城が退室する。それを見送り、また湯呑を傾けたが、飲み干してしまっていることに気づき、重い腰を上げて新しく淹れに行くのだった。

 

 一方、通信を終えた瀬川は何度か首を鳴らして立ち上がり、掛けてあったシャツを着る。そこにはさっきまでのテンションが高い青年はいなかった。糸目になっている目からは、何も感じられはしないが、村雨が手にしている書類を見せてもらいつつ、置いてあったダンベルを手持無沙汰に動かしている。

 

「……ふぅん、あの美空大将の息子さんか。彼がねえ」

「そして先日のパラオ襲撃の件の被害者でもあります。東地提督の助けがなければ、パラオは落とされてたかもって見解で」

「んんんんん、それは哀れなことだ。だが、やむなしともいえようよ。着任から半年と少し、それで水鬼とやらがいる艦隊を相手など、運が悪いとしかいえぬなあ」

 

 一定のペースでダンベルを動かしつつ、そんな話を続ける。先ほど彼を止めにきた艦娘の大半は退室しており、残っているのは村雨と高雄だけだ。高雄は先ほどまで瀬川が座っていた椅子に着席し、パソコンを操作しているようだった。

 

「ま、そんな坊主をどう鍛えるかは、連れてきた艦娘たちを見てからだな。いい感じに肉も熟成してきているようだし、楽しみができて何よりだ。んっふっふっふ」

 

 と、置いてあるリストに笑顔が浮かぶ。確認できたものを使って、間宮の手で美味しい料理へと変わる。その味を想像するだけでも楽しみな瀬川だ。こうしたことに楽しみを見出し、素直に感情を露にする。そうすることで、余分なストレスを抱えることなく過ごすことこそ、ここでやっていくコツだと瀬川は感じているのである。

 ふと、パソコンを操作していた高雄が、そっと耳元に手を当てた。

 

「はい、こちら高雄。……はい、え?」

「んん? どうした高雄」

「……はい、わかりました。……ドイツから暗号です。途切れ途切れでしか届かなかったようですが、恐らく、近いうちに動きがあるのではないかと。行く、みたいな言葉はあったようですが……」

「ほーん? ここにきて、南に西と、客人か。このところはこっち側は大きな動きはなかったが、んんん、ふっふっふ、どうやらワシもまた、きな臭い深海の動きに関われそうだ」

「……提督、久しぶりに悪い顔をしているわよ? 自重なさいな」

 

 と、高雄が指摘するように、相変わらず糸目ではあったが、口元とその表情に指す影で、そう捉えられてもおかしくはないようなものになっていた。「そうか?」とダンベルを置いて軽く口元などを撫でるが、彼は小さく頷いて、

 

「仕方ないだろう。海藤に東地と、作戦に関わっているのに、ワシはそれほど大きな相手がいなかったんだからなあ。そりゃあ、姫級の相手は心躍るものではあったが、今となっては小さな存在だ。鍛え上げたものが、大いに発揮できるものじゃあない。不完全燃焼というものだろうよ」

 

 だが、と、南からは後輩が、西からは久しぶりに異国の客人が来るのだ。

 香月は新しい演習相手として、存分に胸を貸してやれるだろう。それが新しい刺激になってくれるかもしれない。

 

 欧州の情勢を考えれば、西からの客人からは興味深い話が聞けそうだ。とはいえ、今の欧州から上手く脱出できるのか、その点が気がかりだ。もしかすると、近くまで足を延ばすことになるかもしれない。その際には西の追手と一戦交える可能性がある。そこから、欧州の戦力の一端を確認できるだろう。

 

「退屈な毎日を吹き飛ばすような刺激こそ、ワシには必要だ。命の危機迫るような刺激ならなお良い。生きているって感じがするからなあ……それを、鍛え上げた力、筋肉でぶち壊す。それこそがワシの悦びよ」

 

 自分自身が戦うわけではないのに、という点が一番の変わったポイントなのだろうが、しかし瀬川はそうした刺激を感じていたいという癖の持ち主だった。それ故に、いつ死ぬかわからない。だから欲望に忠実に生きる。

 

 美味いものを食べたい。

 体をどんどん鍛えていく。

 寝たいときに寝る。

 そして、好みの女は侍らせる。

 

 そうした、様々な欲望に忠実に生き、いつ死んでも悔いはないようにする。

 その上で、戦いに勝つための努力は惜しまない。艦娘を強くすると同時に、自分もまた強くする。風変わりな癖を持ちつつも、しかしわかりやすい生き方をするのが、瀬川吾郎という男だった。

 

「そのドイツからの暗号、返事としては『いつ来ても構わない。我らは、貴官の来訪を待つ』としておいてくれ。そして明日以降は、西方面の偵察の距離を少しずつ伸ばしていこうか。数を増やせば、敵にこちらの変化を気取られそうだ」

「はいはーい、そのようにしときますね」

「わかりました」

 

 指示を出すと、またダンベルを手にして動かしつつ、村雨が持つ書類に目を通していく。香月の演習、ドイツから来るかもしれない誰か以外にも、リンガでやるべきことはある。

 色々な情報が日本から発信され、リンガでも確認できるようになっている現在、今までの出来事を振り返り、情報を重ねることで見えてくるものはあった。

 

 深海提督と呼ばれる存在がいることが共有されたことで、瀬川は思い当たる節があった。フィリピン周辺ではよく輸送を行うワ級が見かけられたのだが、ある日からその数を大きく減らした。

 その代わり、ベンガル湾やアラビア海の深海棲艦が少し活発になり、インドネシアやフィリピンにまで出張してくるかのように、勢力図を拡大させるような動きがしばしばみられるようになっていた。

 

 それはまるで、一つの集団が消え、別の集団が穴を埋めるかのように動いているように感じられたものだった。これを深海提督という存在で当てはめるならば、知らない内にフィリピン周辺にいたそれが消え、アラビア海方面にいる深海提督が活動範囲を広げてきたように見える。

 それは同時に、西からの繋がりを途切れさせないようにするならば、この一帯の海域に座する深海提督を撃破する必要があるということになる。

 

 また、アメリカ海軍が深海提督の拠点を撃滅させたというニュースも、リンガまで届いている。そのためベンガル湾やアラビア海に、それらしきものはないか、捜索も行っているのだが、今のところ見つかっていない。

 やるべきことがある、それはとても充実している感じを瀬川に与えてくれる。いつ見つかるだろう、あるいはいつ敵が仕掛けてくるだろう。そんな小さな、大きな刺激が、絶えず自分に与えられる。

 

(んんんんん……! 今はまだ下準備でしかない。いずれ、いずれ最高の昂ぶりへと至ろうというもの。お前は、きっとそこにいるはずだ。果たして、ワシにとって最高の相手になってくれるだろうか? 生き死にを賭けた、スリリングな時間をもたらしてくれるだろうか? うずく、筋肉がうずいて仕方がない……早く、会いたいものだなぁ……んっふっふっふ……!)

 

 抑えられない情欲を発散するかのように、一定のリズムでダンベルを動かしながら、そのようなことを想う。ただ腕を鍛えるだけではない、こうした小さな欲求不満を解消するかのように動かすこともまた、彼にとってのクセとなっている。

 それを知る村雨や高雄という、秘書艦を務めたことがある艦娘は、このクセと彼が隠しきれていない表情を見て、いつものアレだなと察するくらいには、彼との付き合い方を理解していた。

 

 どうしようもないところはあるのは間違いないが、そのまま放置していては、とんでもないことになる。だからこそ自分たちというブレーキ役が必要なのだとも理解した。そういう意味で目を離せず、捨てられない男。それが瀬川吾郎であり、二年もの間、リンガ泊地を陥落させず、運営し続けた提督であった。

 


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