呉鎮守府より   作:流星彗

142 / 170
トラック基地の改装

 

 

「なるほど、なかなか面白い話じゃねえの」

 

 通信の向こう、茂樹が腕を組みながら頷いている。宮下から聞かされた話を伝えると、不敵に笑みを浮かべている。そばには秘書艦である加賀も控えており、クールな表情をしていながらも、その目は実に興味深い話を聞いたとばかりに、少し輝かせている。

 

「それが本当に当たっているんなら、この先やばいことになるってのは間違いねえ。早急に拠点を発見し、潰さなきゃならねえな」

「目星はついているのか?」

「そうだなぁ……。ウェーク島周辺は調査したが、見つからなかった。ミッドウェーは恐らくない。戦場になったからな。となると、マーシャル諸島あたりかね、と考えている」

 

 マーシャル諸島は太平洋上にある島国、だったのだが、深海棲艦が跋扈する現在は、国としての機能は失われている。パラオがかろうじて残っているのは、深海棲艦に狙われていなかったという理由があった。しかしマーシャル諸島は頻繁に深海棲艦が現れる海域と化していた。

 

 マーシャル諸島には深海棲艦に対抗する手段を持たず、アメリカ海軍かトラック泊地からの援軍がなければ生き残る術はなくなっていた。常駐という選択肢もあったが、その頃にはもうマーシャル諸島は深海棲艦によって崩壊していた。

 

 現在においてマーシャル諸島は人が住まない無人島となっており、周辺の海域には時折深海棲艦が姿を見せる。恐らく中部提督の戦力か、あるいはアメリカを攻めている戦力が巡回しているのだろうか。

 そしてマーシャル諸島と言えば、一つ思い出すことがある。

 

「ビキニ環礁か?」

「そう、ビキニ環礁。かつての実験場」

 

 大戦の後、アメリカが行った実験により、ビキニ環礁には多くの船が沈んでいる。深海棲艦の性質を考えれば、そこから生まれてくる可能性は高いだろう。南方のソロモン海域と似たいような性質を持つ海域といえる。

 となれば、中部提督の美空星司が拠点としている可能性はある。

 

 茂樹が調査した海域もかつて戦場となった海域だ。ウェーク島、ミッドウェー、どちらも日本海軍が戦った海域であり、深海棲艦が好みそうな負の空気が沈んでいそうなところと考え、拠点があるかどうかを調査したのだ。

 結果は発見できず。

 潜水艦の艦娘で海底方面も調べたが、何もなかったようだ。北米提督の拠点のように海上にあるのかと、島周辺も調査したのだが、それでも見つからなかった。

 

「ま、中部提督の拠点が本当にビキニ環礁にあるなら、念入りに準備しないといけないな」

「そうですね。とはいえ私たちが攻め入るだけではなく、向こうから攻められる可能性も考慮しなければいけませんが」

「攻められる……トラックが?」

「ああ。先日はパラオが襲われ、それを俺が止めた。その恨みを買ったのなら、こっちにも来る可能性があるだろ?」

 

 パラオ泊地への襲撃を計画したのが美空星司ならば、彼らが機を窺ってトラック泊地へと襲撃を仕掛けてくる可能性が考慮される。この話はラバウルの深山や、パラオの香月とも共有しており、お互いが無事を確認するために、一定周期で連絡を取り合うことになっている。

 

 完全にタイミングを決めることで、深海棲艦に感づかれるようなことを避けるため、連絡の時間をそれぞれずらすようにしている。連絡が取れれば問題なしとし、取れなければ無事を確かめるために駆け付けることとした。

 そうした防衛体制をお互い築き合う構えを取っている。

 

「襲撃に備えて、色々準備を進める予定さ。俺だってただやられる気はしねえよ。妖精を使ってちょっくら改装を考えているところさ」

「そうなのか。……無理はするなよ? 俺としては、無事に事を進めてほしいところだ」

 

 その言葉に茂樹は小さく肩を竦める。敵の攻撃も以前に比べて激しくなっている。それに対して勝ちを拾えているが、どこまでそれが続くかはわからない。「ああ、気を付けるさ」と頷くだけに留める。

 その後は少し世間話をして通信を切り、加賀に淹れてもらったお茶を飲む。そうしつつ、計画書を改めて確認。

 

「さて、妖精たちは問題ないかい?」

「ええ、位置につかせているわ」

「よし、じゃあ工事を始めるか」

 

 加賀を伴って茂樹は執務室を後にし、階段を下りて基地の一角へと歩いていく。そこには妖精がたくさん集まっており、茂樹に気づくとそれぞれ敬礼をした。他にも何人かの艦娘もついているが、多くは戦艦などの力に優れた艦娘ばかりだった。彼女らも敬礼をすると、茂樹も敬礼を返す。

 

「さて、これから基地改装を始める。通常ならかなり時間をかけて行うもんだろうが、そこは妖精らの力で結構短縮できるものとみているが、どうだい?」

 

 その問いかけに妖精たちは任せろとばかりに盛り上がる。艦娘に関する技術だけではなく、建築に携われる技術も有している妖精たちは、このトラック泊地の建築を行ってきたものだ。

 

 ここに暮らす人間は茂樹だけであり、それ以外は全て艦娘か妖精だけ。食料になる野菜などを作る農業などにも、妖精や艦娘の手を回し、それ以外の物資は外から持ってくることで賄っている。

 

 色々なことを妖精の力を借りて生活しているため、茂樹の妖精に対する信頼は厚いものだ。その力を大いに活かすこの作戦は、トラック泊地に住まうものたちにとっての、生き延びるために必要なものである。

 

「じゃ、始めてくれ」

 

 その命令に従い、妖精たちは廊下の床へと工具を振るう。すると、一気に人が一人通れるほどの穴が開き、どんどん掘り進めていく。後に続く妖精が穴に階段を作っていきながら後に続き、最後に残った妖精がその穴を隠すように隠し扉を設置する予定だ。

 それまでは掘った通路を固めていく作業を行う。基地が崩れたとしても、地下の通路が崩れないように補修を行うのである。

 

 元よりそれぞれの基地には緊急避難のためのシェルターは用意されている。だがかつて呉鎮守府に深海棲艦の手のものが潜入し、情報を抜き取っていったことがある。そのためもしトラック泊地にも同じようなことが気付かれない内に起きていたと考えれば、すでに用意しているシェルターの位置が知られている可能性があった。

 ならば、新しく緊急脱出のための道を用意した方が、もしも敵の襲撃が成功し、侵入された際にも、多少の時間稼ぎにはなるだろうと、こうして今のうちに緊急脱出路を作っておくことにした。

 

 掘り起こした土は戦艦の艦娘が纏めて外へと持ち出していく。奥へ奥へと掘り進めたことで、地上まで土が運びにくくなったところで、妖精が土を輸送するためのゴンドラを生み出し、そのためのケーブルも天井へと繋いで、迅速に土を輸送してくる。

 手際が良い。人の手だけではここまでの作業も時間をかけて行うことだろうが、妖精の不思議な力でこうまで容易く工事が進行する。

 

 改めて茂樹は思う。

 世界は変わってしまったのだと。科学では説明がつかないような現象をいくつも披露し、事を進めていく縁の下の力持ち適菜存在、妖精。人の手によって作られたわけではない彼女たちは、気づけば増えているし、色んなことができる存在だ。

 

 艦娘の装備にいるものばかりではなく、工事もするし、整備もする。農業もするし、その他にも知らないだけで、何かをしているかもしれないものもいるだろう。艦娘が現れてから一緒にいるあの妖精、色々やっている彼女らが敵対すれば、こうした僻地にいる提督にとってはまさに生命線を失うようなものだ。

 

 今のところ妖精が敵対するようなことは起きていない。近しいものといえば、白猫妖精は中部から送られてきたスパイであり、妖精のふりをして過ごしていたようなものだ。この一件を除けば、敵対ケースはないのが安心できる。

 

「今はどれくらい? ……へえ、早いな。もうここまで。後は裏の海への道か」

 

 計画では地下へと掘り進み、いくつかの地下室で避難した茂樹や艦娘たちが過ごせるようにし、別のルートで海へと出られるような水路を設けるというものだ。水路は直接海と繋がるようにしているが、普段はカモフラージュとして海から来ても、この緊急脱出路が深海棲艦に見つからないようにするように取り計らわれる。

 

 この地下水路は基地と埠頭がある方を正面にして、別方向から島を脱出できるようにする、あるいは回り込んで攻めてきた敵艦隊の死角から奇襲ができるようにするといった意図もある。

 進捗を伝えてきた妖精に案内してもらい、点々と設置されたランプに照らされた地下通路を歩いていく。それほど歩くこともなく、広々とした空間に出る。もう机などが設置されており、妖精の不思議パワーで執務室で使うようなものが揃っている。

 

「……ほんと、やばいな人外の力って。数日はかかるかと思ってたけど、こうまで順調に進むかよ」

 

 手乗りサイズの妖精なのに、茂樹が余裕が通れるほどの地下通路を、数時間ですぐ掘り進められるのだ。今はいくつかの部屋を作っているようで、それらが終わり次第、海に出る水路を作っていく予定だ。

 実際に部屋に訪れ、椅子に座ってみたりして、万が一避難してきたことを想像する。最低限の家具などがある状況だが、それほど悪いものではない。

 

「えっと、こっちが物資保管所か」

「そのようです。こっちが食料、あっちが燃料などになりますか」

 

 避難してきた後の生活に必要な物や、ここからでも出撃できるように予備の艦娘用の物資を保管しておくための倉庫として利用する予定だ。物資搬入ルートも水路から直通だけでなく、別ルートも一応用意している。

 

 もちろん艦娘を治療するためのドックに使うスペースも掘り進められている。スペースが確保できれば、妖精の力によって脱衣所から風呂が設置されるだろう。基地にある大浴場ほどの大きさにはならないが、あるとないとでは大違いだ。

 そうして工事の進行具合を確認していると、加賀が懐中時計を確認し、「提督、時間よ」と短く知らせてきた。

 

「おっと、もうそんな時間か。わりぃ、俺上がるわ」

 

 と、近くにいた妖精たちに言うと、わかったとばかりに妖精たちが手を挙げてくる。見送られながら地下から執務室へと戻り、通信を繋ぐ。その先には、パラオの香月とラバウルの深山が映っていた。

 

「うーっす、定期通信っと」

「おつかれさまっす、パイセン」

「……うん、無事で何より」

 

 日替わりで通信を繋ぎ、お互いの無事を確認する。軽く雑談をしていると、「……少し汚れているように見えるが、何かあったのかい、東地?」と深山が問いかけてきた。「ああ、緊急のシェルターを地下に作っていてね」と、何をしているのかを説明する。

 

「ああ、あの話、もう進めてるんすね」

「……僕もやっておかないとな。こっちも色々ありそうだし」

 

 二人にも緊急の脱出路や地下シェルターの話をしてある。パラオ泊地に襲撃を深海南方艦隊が仕掛けてきた上に、裏で計画を立てたのが中部提督なのだから、備えをする必要が出てくるのは当然だ。

 深山もソロモン海域が近いラバウルを拠点としているため、いつこの深海南方艦隊が襲撃を仕掛けてくるのか、と緊迫した状況にある。「……工事のプラン、後で参考にしてもらっても?」と茂樹に持ち掛けると、二つ返事で了承する。

 

 今日のところはこれでお開きということにし、深山は通信を切っていく。だが香月は通信を切らずに話を続ける。話題は演習など、艦娘をより強くする方法へと移っていき、その中でふと香月が思い出すように言った。

 

「そういや、パイセン以外にも演習した方がいいっすよね。深山さんとか、あー……リンガの、誰でしたっけ?」

「ああ、瀬川? 位置関係的にも、そう悪くはないかもしれないけどよ、うーん……どうだろうねえ。引き受けてくれるかどうか、怪しいもんだ」

「何か、パイセンが馬鹿って言っているのを覚えてるんすが……」

「まあ、うん、色々とアレだからな、あいつは。んん、ちょうどいいか。ちょっくら話をしてみるか」

 

 茂樹がマウスを動かし、登録しているリストから瀬川を選び、通話を掛けてみる。チャット欄に瀬川が追加され、何度か呼び出し音が響くと、「はいはーい」と少女の声が聞こえて、カメラが映し出される。

 そこには村雨が映っていた。

 どういうわけか、一定のリズムで上下に動きながら。

 その様子に、香月が首を傾げ、茂樹は「ああ、今日は村雨か」と何事もないかのように呟く。

 

「えっと、東地さんと、誰かしら?」

「ああ、こいつはパラオの美空香月だ。ちょっと瀬川に話があってね」

「そう、よろしくね。美空提督。うちの提督だけど、今は日課の最中ってね」

「日課ね。道理でうっすらと聞こえてくるわけだ」

 

 耳をすませば、時折呼吸音が村雨の下から聞こえてくる。まるで村雨が上下に動いているのに合わせて発せられているかのようで、香月が疑問からまさかといったような表情へと変化していく。

 

「……え? マジで? え?」

「あー、坊ちゃん。そう勘繰りたくなる気持ちもわからんでもないが、そうじゃない。おい、日課の腕立てなのはわかるが、誤解されてんぞ。さっさと出てこいよ瀬川」

 

 と、少し大きな声で呼びかけると、村雨の動きが止まり、手が机の下からちらっと見える。何度か振ると、村雨がそこから動き、ぬっと肌色のものが上がってくる。

 

 それは日に焼けた肉体だった。じわりと汗が滲み出ていて、少してかって見える、鍛え上げられた肉体だ。運動した後を思わせるように、うっすらと蒸気も立ち上っているように見える。

 そして、でかい。

 立ち上がった彼はカメラが映り込むのを超えて顔が上に行っている。そのため、鍛え上げられて引き締まり、汗に濡れた上半身が、どんとアップになって映し出されている状況だ。それに茂樹が「おいやめろ。野郎の裸をドアップで映すな馬鹿野郎」と、呆れたように言う。

 

「――ん、んんんんん、それは申し訳ない。だが、だがだが、ワシの日課の最中に掛けてこられては、こうなるのもやむなしというものじゃないか。ワシ、悪くないよなあ?」

 

 と、体を伸ばし、村雨から渡されたタオルで汗を拭きながら、彼、瀬川がそう返してくる。ある程度拭き終えると、服を着ることなく、タオルを首にかけてそのまま椅子に座ってくる。そうして映されたのは、短く揃えられた黒髪と、糸目のように見えるくらい細い目をした青年だった。

 凪や茂樹と同期で卒業したのだから、彼らとは同い年だろうが、それにしては少し年齢が上に見える。それくらい、濃い人物に香月は感じられた。

 

「で、何用か? お前さんから話しかけてくるとは珍しいこともある。思うに、そっちの坊主のことか?」

「ああ、こいつはパラオの美空香月」

「パラオ? ああ、先日の一件の坊主か。なら、初めましてになろうか。ワシは瀬川吾郎。リンガ泊地を任されていて、そこの東地の同期。主に西方から来る輩の相手を務めている提督よ」

「初めまして、美空香月っす。若輩者っすが、よろしく……」

 

 と、頭を下げる香月に、あごに手をやりながら首を傾げ、

 

「ふむ。ところで坊主――おっぱいは好きか?」

「――――は?」

 

 突然の問いかけだった。

 そして、香月は、茂樹や宮下がこの男を馬鹿といった理由を知ることになる。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。