呉鎮守府より   作:流星彗

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お久しぶりです。
難産ではありましたが、再び投稿していきます。



8章・戦友
報告と予兆


 

 パラオ泊地防衛戦に関しての報告書が、大本営へと提出される。防衛戦が終わって落ち着いた後、美空大将へと報告を行うこととなった。その際、美空大将は香月の無事を確認した。すでに星司を亡くしている彼女にとって、香月まで喪うことになるなど、耐えられないことだ。

 だからこそ、香月の窮地を救ってくれた茂樹に対し、多大な感謝の言葉を述べる。モニターの向こうで頭も下げており、それに対して茂樹が逆に恐縮してしまうほどだった。

 

 そのやり取りから日を置かず、襲撃から決着までに至る流れを纏めた報告書を提出することで、一連の流れを把握できるようにした。内容を抜粋し、他の提督も確認できるようにする段階に進んだことで、凪たちはこの戦いにおいて、新たな深海棲艦が登場していたことを知る。

 

 新たな駆逐艦タイプの深海棲艦、駆逐棲姫。

 妙に艦娘の春雨と容姿が酷似している点が気になるが、ついに深海棲艦も駆逐艦の姫級を生み出してきた。また今までと違い、赤いオーラではなく青いオーラという点もまた気になるところではある。深い意味はないかもしれないが、こうした差異についても気を配ってみたいところだった。

 

 新たな空母タイプの深海棲艦、空母水鬼。

 ミッドウェー海戦でようやく空母の鬼姫が登場したかと思いきや、新たなる空母級を生み出してくるペースの早さ。なおかつ姫級すら超える力の内包により、水鬼という新たなる呼称を付けるに至る個体だった。

 

 だがトラック艦隊の尽力により、水鬼という新たなる個体からもたらされる被害は、想定よりも抑えられたといえるだろう。内包した力こそ姫級を超えていたが、それを最大限に上手く発揮できていたかどうかが疑問点だった。

 

 もしかすると、力の扱いに慣れていなかったか持て余していたか、あるいは戦いの経験が未熟だったか。これらを埋めてきたならば、改めて驚異的な存在になるかもしれない。

 今回は上手く力を扱えていなかったことが幸福だったと捉えることとし、もしもこの先、驚異的な存在が現れた時、慣れていないながらも、溢れ出る力を暴力的なまでに振るうような存在が現れた場合を想定する必要が出てきたと考えさせられた。

 

 南方提督の座を得た深海吹雪。

 こちらに対しては彼女が南方提督と名乗ったので、現段階においてはそう呼称することにしたが、彼女は吹雪とも名乗っている。そのため、南方提督とは別にもう一つの呼称として、深海吹雪棲姫という名も与えられた。

 

 また彼女の証言により、中部提督との繋がりがあり、彼からパラオ襲撃を促されたようなことも報告書に記載されている。これについて美空大将は苦い表情を浮かべた。当然だろう、彼女は凪たちから中部提督が美空星司の可能性があると報告を受けている。それはつまり、星司が香月を殺せと指示したようなものだ。

 

 知らずにそうしたのか、あるいは知った上でそうしたのかで大きく変わってくる。後者ならば、やはり星司は深海側に完全に堕ちていることを示唆する。覚悟を決めた美空大将ではあったが、しかしこのような出来事があったと聞かされれば、胸がとても痛む。

 

 だが同時に理解する。

 星司はもう死んだのだ。中部提督を名乗るあの輩は、最早息子である美空星司ではない。その名を名乗る別の存在にして、自分たちの敵なのだと。

 切り替えなければならない。もう、それが自分にはできるはずだと、呼吸を落ち着かせて、もう一度報告書を確認した。

 

(それにしても、空母水鬼ですって? 空母をこれだけ早く強化させてきたのなら、こちらも対抗策を講じなければいけないわね)

 

 より強力な空母を用意するという手もあるが、それだけでは意味がない。向こうもまたより空母を、となればキリがない。別方向から対策を講じる必要がある。強力な艦載機に対抗するには、それを迎撃するだけの装備や艦娘が必要になるだろう。

 対空面を強化させる装備はいくつか配備しているが、機銃や対空砲を新しく用意するだけでなく、対空が得意な艦娘を用意する選択肢を取った方がいいのではないだろうか。

 幸いその用意は以前から進んでいた。

 

(対空面に秀でた艦。後期の大和を反映した改、対空面を強化した五十鈴改二。……改二で調整するなら摩耶が候補に挙がるか。そして新しく艦娘として――)

 

 と、パソコンを操作して、現在進められている計画を表示させる。対空能力に優れた防空駆逐艦として開発された存在。駆逐艦の建造のノウハウはもう十分に得られていたため、対空面をより特化させた存在の開発は、大部分進められている。もう少しで完成に至ろうという段階だった。

 

 並行して摩耶の改二を進めることができれば、駆逐と重巡、そして軽巡に戦艦と、ある程度の防空のカバーはできる。が、その全てを満たしたとしても、運用するには艦娘の数が足りない。

 

 ならば対空面を強化するシステムが必要になる。対空砲を用意するだけではなく、何かを組み合わせることで、より効果的な防空ができるようなシステムができれば、敵空母の攻撃を大いに防ぐことができるだろう。

 

(単に戦力を増やすだけでは足りなくなってきたわね。……とりあえず、いくつかの改二案を処理しつつ、こちらにもリソースを回しましょうか)

 

 一息ついた美空大将は、執務室を後にして作業場へと向かう。忙しいが、必要なことに違いはない。自分たちの頑張りがあってこそ、現在の日本海軍は成り立っているようなものだ。

 とはいえ歳のこともあるし、無理のし過ぎは気を付けなければならない。まだ大丈夫だろうとは思うが、後々のことを考慮しなければならない案件も出てきた今、休んではいられない。気を引き締めて作業に当たらねばと、足を速めるのだった。

 

 

 

 ラバウル基地で、深山と秘書艦である陸奥もまた、そのまとめられた報告書を確認し、息を呑んでいた。よもやあの南方提督がラバウルではなく、パラオへと襲撃を仕掛けてくるとは思わなかった。

 

 だが、陸奥はそれに加えてある一点について目を見開いていた。

 南方提督は吹雪と名乗ったという点である。加えて深海吹雪について触れている項目にはこうあった。異形の左手から刀を現出させ、それを武器として振るったと。その刀の特徴についても記述されており、それには見覚えがある。

 なおかつ、ラバウルは春にレ級によって失った艦娘がいる。それらを照らし合わせれば、陸奥はおのずと気づいてしまうのも無理はなかった。

 

「まさか……吹雪、天龍……あなたたちなの?」

「……むっちゃん、それってまさか……?」

 

 陸奥の呟きに深山もはっと気づく。改めて内容を確認し、情報を整理して考えることで、その可能性に思い至った。信じられないし、信じたくもない。あの時失った霧島は、もうすでに深海霧島の戦艦棲姫として、ウェーク島での戦いから活動している。

 それだけでも気持ちは沈んだというのに、時間をおいてよもや吹雪まで深海勢力に与したとでもいうのだろうか。ただ艦娘を喪っただけではなく、敵戦力として立ちはだかる。それが二人も現れれば、とても心が重くなるし、悲しみの度合いも高まるというものだ。

 

 だが、陸奥はぎゅっと拳を握り締め、その手を見下ろす。

 自分たちは活動している深海霧島には会敵していない。彼女は深海中部艦隊に属しており、奴らは呉に執心していた。だからラバウル艦隊と出会う機会は、春にも夏にもなかった。

 

 しかし深海吹雪は深海南方艦隊だ。加えて彼女自身が深海提督の一人、南方提督の座を継承しているという。南方海域を拠点としているのだから、どこかで会敵する機会はきっとある。

 

「……提督。腹を括りましょう。吹雪、天龍は深海に堕ちた。……天龍はどういうわけか姿を見せず、刀を吹雪に譲ったみたいだけど、でも吹雪はここ最近積極的に活動しているのは間違いないわ。なら、きっと遭遇する機会はそう遠くない未来に訪れる」

「……そうだね。霧島に関しては東地たちに任せる外ないけど、吹雪は僕たちの手でケリを付けなければ。あの子を眠らせられるのは、僕たちだ。いや、僕たちでなければならない」

「そうよ。これ以上、被害を生み出す前に、私たちが眠らせる。ソロモン海域の哨戒をより高めるなどして、あの子たちの動きを探りましょう。今は回復のために行動ペースが落ちるかもしれないけど、再び増えてくる時がきっとくるはずだわ。それを見逃さないようにしましょう」

「……うん、それでいこう。早速名取たちに通達しよう」

 

 次を見据えて行動をする。深海吹雪に対する対処法を考えたことで、ラバウル基地の今後の方針が定められていく。深海南方艦隊を最優先目標とすることは変わらないが、この敵戦力がパラオでの戦いで明らかになったというのが収穫だ。

 戦艦棲姫や空母棲姫に加え、駆逐棲姫に空母水鬼、そして南方提督である深海吹雪と、敵戦力が割れれば、どのように対抗すればいいのかを考えられる。訓練に加えて明石の工廠も活かし、戦力拡張に努めることとした。

 

 

 

「不吉な……」

 

 そう呟くのは、大湊警備府の宮下だ。その日の仕事が終わり、たびたび行う占いをしたところ、最近見ることがなかった予兆を視た。

 それは小さな染みである。じわり、じわりと器に満たされた水の所々に、小さな黒点が浮かび上がり、少しずつ水を侵食しようという凶兆を視た。視たままを捉えるならば、各地の深海勢力が文字通り水面下で活動を行っており、何かをしようとしていると考えられる。

 

 だが、それだけではないものを宮下は感じ取っている。

 確かにじわりと闇が忍び寄るかのように動いている。だがそれだけではない何かが存在している。その闇はじっと覗き込もうとすると、まるで底なし沼のように、果てが見えない。視れば意識が吸い込まれそうなほどに澱んだ闇が、静かに闇へと忍び寄っている。

 

(これは、深海勢力が動くだけではありませんね。何でしょう、この闇は……ただ強力な深海棲艦が生まれるだけではないでしょう)

 

 深海勢力が活動するたびに、何らかの新型が登場しているが、恐らくそういうものではないだろう。加えてこのような闇、今まで視たことがない。つまり新たな何かが水面下で起こっていると推測できる。

 あくまでもこれは占いだ。吉凶を確認し、その度合いがどれだけのものかを推し量るものではあるのだが、視え方である程度推測できる。何度も何度も繰り返してきたからこそ、視え方に対する考え方は理解できる。

 だがこれは……、

 

(各地の澱み、それに忍び寄る闇。考えられるものとしては、恐らくどこかの深海勢力から、何かが始まろうとしているのかもしれませんね)

 

 澱みは複数。

 北に一つあるため、恐らくこれが自分との因縁を持つ深海北方艦隊だろう。これに対しては気になる闇の気配はないが、しかし何かが胎動するかのように小さく明滅している。はてさて、深海北方艦隊でも何かが動こうとしているのだろうか。

 

 あの三笠と名乗った北方提督、自分たちを意識しているかのような言動をしていたが、位置関係的にも無理はない。ロシア艦隊とも交戦をしているはずだが、ロシア方面から援軍要請などは来たことはない。恐らくロシアのプライド的に自国のみでケリをつけるつもりなのだろう。

 

 以前までならばそれでも良かったが、目を付けられたからには備えなければならない。配信された技術も導入し、大湊艦隊も青の力とやらの訓練を積み重ねている。先の戦いではあからさまに特異な力を見せつけてきたこともあり、この技術の習得を期待している節もあった。

 ならば次に会敵するときは、習得した技術をこれでもかと見せつけ、深海北方艦隊に完全勝利を収めてみせる。そうすれば、この胎動する何かもまた、その力を見せつけようとも、力と力のぶつかり合いの果てに、ねじ伏せることができるだろう。

 

(このような凶兆、共有する意味はあるか否か。……いえ、今の海軍なら、多少は耳を貸してくれそうではありますか)

 

 北方以外にも澱みが見えるため、大湊以外でも備える必要があるだろうが、以前までならまだしも、今の海軍ならこのような突拍子もない進言でも、ひとまずは聞いてくれる可能性があるかもしれない。

 意を決した宮下は大本営へと通信を繋ごうとしたが、自分から果たして耳に入れてくれそうな人へと届くだろうかという疑念が浮かんだ。浮かぶ人物は美空大将だが、宮下とは直接の繋がりはない。連絡を入れるとするならば美空大将の下にいる誰かになるが、この情報を伝えたところで頭がおかしい人と捉えられかねなかった。

 

 だが、美空大将と繋がりそうな人は他の鎮守府にいる。

 以前この大湊で演習を行った呉鎮守府の海藤凪。

 彼からならば、美空大将へと話を繋いでくれそうだった。少し考えた宮下は、大本営ではなく、呉鎮守府へと通信を繋ぐことにし、この占いについて話すことにしたのだった。

 


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