呉鎮守府より   作:流星彗

138 / 170
先輩と後輩

 

 戦いが終わり、茂樹たちはパラオ泊地へと入港する。基地の所々は空母水鬼らの放った艦載機によって攻撃を受け、破壊されているが、妖精たちの手によって修復が行われている。速やかな消火によって火の手が大きく広がらなかったのが幸いした。また、第一陣などは通しはしたが、その後の攻撃を少数に抑え込められたのも大きい。それがなければ、基地は大規模な壊滅に追い込まれていただろう。

 茂樹を迎え入れた香月は、まず頭を下げる。

 

「……ありがとうございます。おかげでみんなを守りきることができました。助力に大変感謝します」

「おいおい、いつもの口調はどこいったよ? やめな、むず痒くなる」

 

 礼を尽くした言葉に、茂樹は苦笑を浮かべて何度も香月の肩を叩いた。気軽な態度を前にしても、「こういうのは誠意を見せるもんでしょう。文字通り、命を助けてもらったんですから」と、頭を下げたままだ。

 

「ま、そうだがね。しかし俺は言ったぞ? 先輩が後輩を助けるのは当たり前のことさ。そして身に染みて思い知っただろうよ。敵は以前までとは違う。明確な知性と意思を持ち、行動している。お前さんらがこれ以上力をつける前に、叩けるうちに叩いておく。ただ命を奪うのではなく、こういう理由で奪いに来る。それを実行してきたんだ。どれだけやばい奴らか、思い知っただろう?」

「……そうっすね。そして、オレたちはまだ弱い。ただ耐え忍ぶことしかできなかった。不甲斐ない」

「そうでもないだろうよ」

 

 悔しさに拳を震わせる香月に、茂樹は加賀から受け取った記録を確認する。そこにはパラオの大淀らが簡潔にまとめた、襲撃からの一連の流れが記されていた。その中の一角を指で示す。

 

「ここに、駆逐棲姫の撃破とあるじゃねえか。新たな姫級の出現確認と撃破、それをこなしているってだけでも、十分誇れる戦果だろ?」

「それは、そうっすが……」

「何もできなかったわけじゃない。この点に関しては、胸を張ってけ。でなけりゃ、この戦果を挙げた艦娘たちを否定することになる。それは提督のお前さんがやっちゃいけねえことだ」

 

 その言葉に、香月は顔を上げて茂樹を見上げる。そんな彼に、無言で一つ頷いてやると、香月も、そうだとばかりに頷いた。彼女たちはただやられてばかり、守ってばかりではなかった。

 阿武隈たち一水戦の奮戦により、敵艦隊の先陣を切ってきた駆逐棲姫を撃破したのだ。それに一人の戦艦棲姫も撃破している。その戦いの成果すら否定してはいけないだろう。

 弱かったのは間違いない。でも、弱かったとしても、これまで積み重ねてきた訓練の成果は確かにあった。この半年近くの積み重ねてきた時間は、決して無駄ではない。敵に勝利し、泊地を守ることができた。この二つを成立させるだけのものは、彼女たちに備わっていたのだから。

 

「胸を張れ、美空香月。俺が到着するまでよく頑張った。お前たちの戦いを、俺は評価する。見事にパラオを守り切った戦士たちだと、俺は認めてやる」

「…………」

 

 いつもは「坊ちゃん」としか呼ばない茂樹が、しっかりと名前を呼び、認めてくれた。パラオを守ったのだという実感も合わさり、また香月の目に熱いものがこみ上げてきた。体を震わせ、声を殺して感情を発露させる彼を一人にさせようと、最後に一つ肩を叩いてやり、茂樹はその場から離れた。

 そんな彼に付き添っていた秘書艦である加賀が、少し逡巡したものの、小さく問いかける。

 

「あのことは話さないままで?」

「……話せるもんかよ。今も、この先もな。それにまだ確定情報でもなし。確かめるには実際に奴と会うしかないんだからな」

 

 頭に浮かぶのは中部提督が美空星司ではないかということだ。いくつかの情報から、湊はそうではないかとほぼ確信しており、母親である美空大将にも報告はされている。しかし実弟である香月にはまだ伝えられていない情報だ。

 今回の一件を引き起こしたのが中部提督ならばと考えると、どうにも話しづらい。色々と感情が弱っている彼に追い打ちをかけてしまいかねない。また、言葉を交わしたのはあの本土防衛戦の時だけであり、その際には彼は星司と名乗ってはいない。まだ確定情報ではないため、これを伝えて、本当はそうではなかったとなったら、今伝えることによる感情への追撃の痛みだけが残るだけだ。それは避けたい。

 

「後は、南方提督が代替わりしたって可能性か」

 

 最後に深海吹雪は中部提督の関与を口にしたが、それだけではなく先代の南方提督を消したような旨を口にしていた。ということは、去年のソロモン海戦の時はその先代の南方提督であり、今年のどこかで代替わりをしたと考えられる。

 タイミングとしては、先日のショートランド泊地やブイン基地の襲撃前だろうと推測できる。今まであまり動かなかった南方の深海棲艦が、急に基地襲撃を始めたのだから。明らかにそれまでの行動と大きな違いを感じるものだ。

 では、今回の失敗を受けて南方提督である深海吹雪はどのように動くだろうか。

 

「しばらくは戦力回復をするとして、その後はどう動いてくるか。またパラオを攻めるか、ラバウルに向かうか」

「トラックまで一気に北上することは? 今回のことで恨みは買ったと推測できますが」

「それもあり得そうだが、ラバウルと南北で挟まれるからなあ……。いや、そこで中部も動いてきたら、不利か」

 

 パラオ壊滅の邪魔をしたことで、今回の作戦を依頼した中部のヘイトも買ったことを考えると、中部が動いてくる可能性もあるだろう。今はミッドウェー海戦の回復期間と考えれば、近い将来動いてくる可能性があるかも知れない。

 そこに深海吹雪が便乗してくれば、いくらトラック艦隊とはいえ危険だろう。あり得ない話ではないため、これに関する備えをしておく必要が出てきた。

 

「帰ったら少し泊地に手を入れるか。アメリカとかじゃあ日常的な基地襲撃をこっちでもやられ始めれば、俺たちもただ黙っているわけにゃいかねえな」

「ですね。アメリカや欧州の情報の再確認をしておきます」

「頼む」

 

 トラック泊地の改装を今後の予定に新しく組み込むことを決め、少しパラオの艦娘の様子でも見て回ろうかと考えたところで、「あの!」と背後から声がかかった。振り返ると、香月がじっと茂樹を見据えていた。

 

「どうした?」

「……あーっと、今回のこと、そして今までの演習、改めて感謝を。そして、今までのことに謝罪を。色々言って、すんませんでした」

「あん? 別に気にしちゃいねえさ。年頃の坊ちゃんとかはそんなもんさ」

「その上で、改めてお願いしたい! パイセン、改めてオレたちを鍛えてください! あんたから色々と学びたい! でなけりゃ、オレたちはいつまで経っても、あんたの助力を請わなければ、何も守れねえ、戦えねえ! そういうのは、もうごめんだ。だからパイセン、よろしくお願いします!」

「……パイセンね。いいじゃねえの、そういうの。今回のことで一皮剥けたってか」

 

 ただ先輩と呼ばないというのが、少々香月らしいかと、茂樹は笑みを浮かべて、頭を下げている香月の頭をくしゃりと撫でる。そして無理やり顔を上げさせ、その目を見た。じっと茂樹を見据える彼の瞳は、確かな意思が宿っているように思えた。

 今までのような、どこか気に食わなさそうな、生意気な少年の気配は薄れている。それだけ今回の戦いが堪えているのが感じられたが、その意識の変化とともに、あの小生意気な少年がなりを潜めるというのも、少々寂しく感じられた。

 

「かまいやしねえよ。改まって願われるまでもない。これからも俺はお前さんを鍛えるつもりでいる。だがそうして言葉に出すってのはいいことだ。お前さんの本気を感じられるからなあ。どの道、パラオにも強くなってもらわないと、この先どうなるかわかったもんじゃないからな。もしかすると、いずれお前さんに助けられる時が来るかもしれない。それを楽しみにしつつ、相手になってやるよ」

「うっす、よろしくお願いします、パイセン!」

 

 勢いよく頭を下げる香月だが、今までの香月の振る舞いを思い返せば、その変わりように苦笑しか出てこない。素直になったのはいいことかもしれないが、茂樹にとっては困惑しか出てこないものだった。

 

「うん。だがまあ、そうして舎弟みたいになるってのも、少々気味が悪いな。以前までのような付き合いでも俺はかまわないんだぜ? 俺としては気さくに、気楽に付き合いたいんだよね」

「あー、そうっすか。でも、パイセンに対する色々なあれって、傍から見たらっどうなんだってのもあるんじゃねえんすか?」

「自覚あるんかい。マジで反骨精神で付き合ってたんだな、坊ちゃん。それでこそ生意気坊主って感じがするなあ、おい」

「勘弁してくださいよ……まじで申し訳ないっす。だから改めるって言ってんですから、それでいいじゃないっすか」

 

 肩を組んで軽く腕で首を絞めてくる茂樹に、あたふたしながらこれまでのことを謝罪するも、どことなく年が離れた兄弟がじゃれあっているように見えなくもない。これが本当に星司と香月という兄弟だったならば、と思わなくもないが、しかしようやく仲を深めた先輩と後輩という図でも、何も問題はないだろう。

 そのまま並んで歩き、これからのことを話し合おうという茂樹に、何とか肩組みから離れ、隣を歩く香月は同意した。その後ろを数歩離れて歩いていく加賀も、これから先の二人のことが楽しみだと、微笑を浮かべる。

 少し先に、パラオの秘書艦である赤城がいた。二人に一礼し、加賀へと近づくと、二人の様子に少しの期待感を込めて、「もしかして、うちの提督が礼を尽くしましたか?」と問いかけた。

 

「ええ。これからは素直に付き合っていけそうですよ」

「それは結構。ここまで長かったですね。これまでのこと、私からもあなたに謝罪を。そして、提督の新しい始まりを迎えられることに感謝を。パラオの艦娘代表として、私からもお礼を述べます」

「トラック代表として、謹んで受けましょう。これからも良き付き合いができることを望みます。私からも赤城さんに色々と教えることがありますし、これからが楽しみですね」

「ええ、私もですよ。今回の実戦においてあなたの技術は見ごたえがありました。同時に、練度の差も実感させられましたからね。ぜひとも多くを学ばせていただきます」

 

 かつての一航戦の二人が並んで提督の後に続く。戦いの中で失ったものはあったが、しかし結束が強まったという大きな結果もあった。これまで以上に真摯に演習や訓練に取り組み、パラオ艦隊は以前よりも更に力をつけることになるだろう。

 歩みを止めるか、遅い足取りで進むことになると思われたパラオ艦隊は、この日以降、歩みを止めず、駆け足のようにトラック艦隊という大きな背中を目指し、道の先を目指して進み続けることになる。

 同時に、美空香月という少し捻くれた少年は消え、一人の男の背中を追う青年がパラオ泊地より生れ落ちることとなった。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。