呉鎮守府より   作:流星彗

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空母水鬼

 

 深海翔鶴、茂樹たちより与えられた名は空母水鬼。彼女が放つ白猫艦載機は、空母棲姫が放つそれよりも高い機動力を保有していた。左目から青い燐光を放つヲ級改と、装甲空母姫が放つカブトガニのような艦載機を置いてけぼりにし、先陣切って艦娘の放つ艦載機へと突撃する。

 迎え撃つは主力艦隊に属する加賀や赤城の放つ艦載機。赤の力を纏う白猫艦載機と戦うため、青の力を纏った艦載機が空を切って接敵する。機銃を撃ち放ち、敵の攻撃をぎりぎりのタイミングで避けて、それぞれの艦戦が交差する。後ろを取られないように旋回すれば、お互いがお互いの後ろを取るべく、上下左右、あるいは斜めと、立体的な軌道で入り乱れる。

 青と赤の粒子がまるで流星のように尾を引き、戦場の空を二色に染め上げる。それに加味するは、それぞれの攻撃が命中し、爆発するという劇的な色。連続して響き渡る機銃音に、時折混じる爆発音が、空から響く中、水を切って川内たちが空母水鬼へと接近を図る。

 それを阻むように、空母棲姫が放っている艦載機が急降下し、攻撃を仕掛けてくる。それに対して対空砲や機銃で対抗し、加えて後方から三式弾が飛来し、撃墜に貢献してくれた。だがそれすらも乗り越えてきた白猫艦載機が、どういうわけかそのまま川内たちへと降下してくる。

 

「くっ、こいつ……!」

 

 そのまま体全体で体当たりをしてきたではないか。これまでの加速度を乗せた体当たりは、それだけでも十分な脅威となる。人からすれば野球の球が投げられた衝撃を受けるようなものだ。それが、爆弾を抱えたまま突撃してくるのである。機体そのものの一撃と、反応によって爆発したそれで、ダメージを与えようという魂胆か。このような攻撃、まるでかつての嫌な攻撃方法を思い起こさせる。

 

「表情ガ歪ンデイル。気ニ障ルカ? ソレデイイ、ソウシテ、気ヲ乱セ。動キヲ止メロ。楽ニシテヤル」

「頭に来ました。そのような使い方、許されません」

 

 艦載機による自爆特攻のような攻撃を見た加賀が、静かにそう告げる。呼吸を一つ落ち着かせ、改めて弓を構えれば、その両目からざわりと青い燐光が発せられる。サイドテールをなびかせ、美しい構えから放たれる一射は、鋭く速く空を駆け、瞬時に艦載機の一隊を形成した。

 新たな艦載機が送り込まれたことを察知した空母水鬼だが、動揺することはない。前方には水雷戦隊が自分たちを守るべく壁となり、また空母棲姫やヲ級改らもいる。彼女たちがタイミングをずらして艦載機の発艦と補給を行っているため、こちらからの艦載機の攻守は万全だ。加賀が静かな怒りを燃やして青の力を込めた艦載機を送り込んだとしても、届くことはない。

 気にするべきことは、戦艦の射撃だ。先ほどからどうにも金剛などの砲撃が届いている。ここは彼女らの射程内だということは明らかで、安全な後方に座していたはずが、先ほどからずっと動きっぱなしだ。潰すべきは彼女たちであろう。そのためにも、展開している艦載機の一隊を、金剛たちへと向かわせるように手を動かす。

 

「お姉様、来ます!」

「問題なしデース! 高雄たち、頼みますよ!」

「お任せを! 三式弾、機銃、斉射を!」

 

 高雄と愛宕の主砲から三式弾を発射し、艤装に備えられた機銃も稼働させて、水上打撃部隊に近づこうとする白猫艦載機から守りを固める。随伴している吹雪と叢雲もまた対空砲と機銃を構えて守りを強めていた。

 その守りの中で、金剛改二と比叡改二による主砲の攻撃が空母水鬼や空母棲姫へと放たれていく。主力艦隊に所属している扶桑、榛名も徹甲弾を斉射し、着実にダメージを稼いでいく。

 被弾による隙が生まれたのを見逃さずに切り込むのが、一水戦と二水戦だ。好機と見るや否や、川内が手にした魚雷を勢いよく投擲する。彼女は改二となっており、あたかも忍者のような衣装となっているのも相まって、その投擲が様になっている。

 加えて青の力を纏わせた魚雷だ。その一撃は、呉の神通などが今までやっていたような、ただの投擲魚雷の威力とはわけが違う。青の力によって魚雷には青白い光が包み込まれており、握り締めていた川内の手をも焼きかねないものだ。飛来してきたそれを避けきれず、装甲空母姫の脇腹へと着弾し、一気に爆ぜる。魚雷の強撃と同格か、それ以上の威力を以てして爆発し、艤装の爆発と相乗したことで撃破されてしまった。

 かつては鬼姫級の登場として驚異的な存在となっていた装甲空母姫も、今となっては量産型と同じような感覚で撃破できる存在となっている。練度の高さ、装備の充実、そして戦闘技術。これらが加味することで、余裕をもって対処できる敵となった証だった。

 軽く焼けた手の熱を払うように何度か振りつつ、

 

「はい撃破っと。次、行くよ! 大井! 右側の群れ、やっちゃって」

「はいはい。長良、巻き込まれないように!」

「りょうかーい!」

 

 後ろからついてくる二水戦旗艦の長良へと注意を促すと、大井は一気に魚雷を扇状にばらまいた。彼女も北上の改二と同じく、非常に多数の魚雷発射管を備えている。そこから放たれる魚雷の群れだけでも、集団で迫ってくる深海棲艦にとっては脅威となる。

 事実、その魚雷の数に気づいた何人かは足を止めてしまったが、突然そのように止まってしまえば、標的となるだけだ。主砲を構えた大井と川内、そして島風や雪風によって狙い撃ちにされてしまう。

 雷と霞は反対の左側と上空を警戒し、対空砲を構えて艦載機を迎撃していた。後ろからついてくる二水戦も同様で、前を往く一水戦が道を拓き、二水戦が守りを固めるという形で空母水鬼を目指していく。

 止まらず、反転しない彼女たちに、さすがの空母水鬼も少しずつ余裕が失われる。接近されれば弱いというのは、空母水鬼とて変わりはない。だが彼女の艤装は空母棲姫よりもブラッシュアップされている。

 彼女の艤装の後方にも一門の砲が左右に一基搭載されているが、空母棲姫はそれに加えて二門の方が中央に備わっている。対空砲を模したものだが、その威力は軽巡や駆逐艦相手なら、十分に威力を発揮するだろう。

 

「調子ニ乗ルナ……!」

 

 それぞれの砲門が接近してくる川内たちに向けられたその時、側面から急接近してく影に気づき、急旋回によって体ごとそちらに向けて射撃を行う。それは、青い光を纏った艦攻だった。

 反射的な迎撃だったが、何発か放たれた弾丸によって何とか撃墜させるも、すでに魚雷は放たれていた。その艦攻の狙い通り、魚雷は空母水鬼へと到達し、強い爆発を起こす。

 

「ッ、イツノ間ニ接近ヲ……? マサカ、アレラヲ越エテキタト?」

「それらだけで終わったとでも? 一の矢、二の矢、足りなければ何度でも射掛けてみせましょう。あなたへと届くものあれば、飛び立つ翼に我が力を込めるまでです」

 

 すっと前に出した二本指を下ろせば、彗星の如く急降下する影が空母水鬼へと迫る。青い光とともに鈍く光るは抱えられた爆弾。それらを一斉に投下させて致命傷を与えんとする。

 だが迫りくる危機を前に空母水鬼が何もしないわけがない。咄嗟に手を前に出せば、鋭く雷光の如く音を鳴らして弾ける赤の力。それに従って複数の白猫艦載機が盾のように陣を構える。

 まさかと思う間もなく、投下された爆弾が白猫艦載機によって防がれ、いくつかの機体が爆風によって吹き飛ばされていく。艦載機を盾として危機を乗り越えたのかと、加賀はまた苛立ちを隠せぬように目を細める。

 仕事を終えた艦爆たちが帰還しようと反転するが、それを追いかけるように空母棲姫が艦載機を発艦させていく。ヲ級改もそれに続こうとするが、飛来してくる戦艦の砲撃に飲み込まれ、やむなく後退を始めた。

 通常のヲ級よりも装甲などが強化されているといっても、姫級をも貫いてくるほどに強化された戦艦の砲撃ともなれば、ヲ級改とてただでは済まなくなっている。気づけばじりじりと攻め込まれている中、空母水鬼はちらりと空母棲姫へと目配せをした。

 

「ヤルノカ?」

「ココデヤラズ、イツヤルト?」

「デハ、合ワセヨウ」

 

 ぐっと組み合わせた空母水鬼の手から、少しずつ赤の力が増幅され、また雷光のようにバチバチと音を立て始めた。空母棲姫もまたぐっと握りしめた拳に赤の力を増幅させていく。そのまま天へと突き上げれば、一機、二機、三機と増えていく白猫艦載機。赤の力を纏って螺旋を描くように少しずつ空へと舞い上がっていく。

 空母水鬼も開いた手から一機の白猫艦載機がふわりと舞い上がると、一機を中心として、五、九と、まるで花が開くように中心から外へと一周の数を増やして広がっていく。それら全てが赤の力を纏い、それぞれが二人の手から離れて空へと上がる。

 カタカタと音を鳴らし、黄色い瞳を爛々と光らせて空を往くそれらが形成するは赤の嵐。何としてでも近づいてくる艦娘たちを排除するという意図を隠そうともしない、強い力の暴力である。

 

「飲ミ込マレテ落チロ、艦娘ドモ!」

「大人しくやられるほど、私たちは軟じゃないってねえ! あんたたち、ここが気張りどころだよ! 強敵撃破作戦、発動! 上手く立ち回り、とどめの一撃に繋げるんだよ!」

 

 そう言って川内は、懐からいくつかの玉を取り出し、主砲へと込めて空へと打ち上げた。それらは白い煙の尾を引いて十分な高さへと到達したとき、炸裂して強い光を発する。本来ならば明るい時間帯ではなく、夜の闇の中で使う、照明弾と呼ばれるものだ。

 夜間であれば少し離れた敵艦であろうとも、その姿を光に照らされて影のように浮かび上がらせることができる。その光の強さは人であれば、近くで見ればあまりの眩しさに目が眩むほどであり、それはつまり、上空で接近しようとしている艦載機であれば、その眩さに混乱を招きかねないほどのものだ。

 光にやられた艦載機の動きが乱れ、攻撃到達までの時間が狂う。それと同時に、後方にいる金剛たちにとっても、照明弾が炸裂した数から、川内が何をしようとしているかが、言葉なくしても伝わる。

 

「Oh、やる気ですね川内。ならばやってやりましょう! 空母水鬼の動きを阻害させるのデス!」

「了解です、お姉様! 次弾、装填! その足を狙わせていただきますよー!」

「加賀さん、照明弾です。その数、三。やる気ですよ、川内さんたち」

「そうですか。敵もなりふり構わなくなってきたようですし、あの子たちに決めていただくことにしましょうか。蒼龍、飛龍。脇はよろしく頼むわね。丁度良いので、私はアレを試してみることにします」

 

 機動部隊に所属している蒼龍と飛龍に、空母棲姫などの相手をするように指示すると、空母水鬼らの艦載機に対抗するための援軍を放っていく。照明弾によって動きが乱れた白猫艦載機らだが、全てではない。光に眩まなかったものらが、川内たちを落とすべく攻撃を仕掛けてくる。

 それらを前にして、川内たちは退くことはしない。覚悟を決めた眼差しで、高速移動で空母水鬼を目指す。放たれる爆弾や魚雷、それでも止まらないならとまた体当たりをしてくる白猫艦載機を、瞬時に見切って回避する。

 だが、一機二機ならいいが、それ以上の数が次々と迫る。それによって避けきれず、被弾をする艦娘も出てきた。雷や霞、二水戦の電などだ。川内は見切り、島風はその速さで切り抜け、雪風は冴えわたった感覚で凌いでいる。

 大井も切り抜けようとしたが、避けきれなかった。そこを、雷や霞が庇う形で守られており、何としてでも大井を生かそうとする意志が見える。それはつまり、大井に何かを託そうとしているということだ。

 

「こんなもので私たちを止められると思わないことね! 水雷魂燃やせば、窮地に在ってなお道を切り開いてみせようってねえ!」

 

 首に巻くマフラーのようなものをなびかせ、川内は機銃や対空砲をフル稼働させ、迫ってくる白猫艦載機を撃墜させていく。加速と減速を使い分けるだけでなく、移動しながらターンをし、周囲に弾幕を瞬時に張って大量の撃墜数を稼ぐなど、一水戦旗艦ならではの練度の高さを見せつけていく。

 その頼もしさに、後に続く艦娘たちも負けてなるものかと対空射撃と回避を必死にこなし、川内に置いて行かれないようにと後に続く。止まらない彼女たちに空母水鬼は困惑する。どうしてあそこまで突っ切ってくるのか、理解しがたい。そして何故自分は彼女たちの気迫に圧されているのだろうか。

 

「気に迷いが見えるよ。それじゃあ殺ってくれって言っているようなもんだよ?」

「……ッ、戯言ヲ。コノ私ガ、オ前タチナドニ落トサレルモノカ……! ヤラセハシナイ!」

「そう。でもお生憎さま。私たちは、あんたの先に進まなくちゃいけないんだ。早いところ後輩たちの元に行くために、あんたという壁は邪魔なんだ。水鬼だかなんだか知らないけど、これ以上時間をかけてられないんだよね。だから、夜を待たずしてお別れの時間よ」

 

 くすりとどこか艶やかに、しかし戦意を隠さない微笑みを浮かべると、「雪風!」と声を上げれば、すぐさま煙幕が広がり、川内たちの姿を隠した。煙幕の中に消えていく川内は雷へと手を伸ばし、何かを受け取ったような気がしたが、何かを確かめる間もなく完全に姿を消す。ここまで接近した上で煙幕による隠遁。川内の言葉の通り、まさに自分を沈めにかかる必殺の時を狙っている。

 自分を守ってくれる水雷戦隊は、川内たちによって沈められている。加えて遠方から金剛と比叡の砲撃が飛来し、深い警戒の時間を取らせず、気を散らされる。空母棲姫は蒼龍や飛龍によって狙われているだけでなく、川内たちの後ろを追従していた長良たち二水戦が向かっていた。そちらもまた煙幕によって姿を隠し、いよいよとどめを刺しにかかっている。

 

「負ケル? ココマデキテ? イヤ、マダダ」

 

 ぽつりと漏れて出た言葉に、自分で否定する。終わってはいない。まだここに健在だ。

 煙幕は前方にある。いったん距離を取るように下がればいい。少し深海吹雪の方に近づくがやむを得ない。奴らから距離を取り、前から、あるいは側面から煙幕の中から飛び出して攻撃を仕掛けてくるなら、対応してみせる。

 

「総員、突撃。守り切り、繋げなさい」

 

 展開している艦戦にそう告げながら、加賀は狙いを定めて引き絞った矢を放つ。青き粒子の尾を引いて飛ぶ流星の如きそれは、まさにその名を冠する艦攻。川内たちを狙う敵艦載機をと交戦する艦戦の脇を抜け、空母水鬼の側面を取って一気に距離を詰めていく。

 狙うは一点。流星隊がいざ攻撃を仕掛けようとしたその時、空母水鬼も迫りくる脅威に気づいたのか、はっとした顔で流星隊を見上げ、そちらへと対空砲を向ける。先ほど撃墜させた艦攻に似た気配を感じ取ったのだろう。艦載機が落とされ、川内たちがいつ仕掛けてくるのかわからないという緊張感で、視野が狭まっているものと思ったが、逆に研ぎ澄まされていたらしい。

 

「何ヲ狙ッテイタカハ知ラナイケレド、ソノ手ハ食ワナイ……!」

「そう、残念ね。今回は試せなかったけれど、意識は逸らせたから良しとしましょう」

 

 以前に茂樹と話したことを、ここで実現させようかと考えていた加賀である。敵の足を止める、概念に関する力の作用は果たして使えるのか否か、そのデータを取れるまたとない機会だったが、先送りにするしかない。

 流星隊が全て落とされたことで、加賀の攻撃は届きはしなかった。しかし、加賀のその攻撃によって空母水鬼の警戒心はそちらに向けられたのが幸いする。彼女の足を止める役割は、また別の誰かが担っていたのだから。

 急にスクリューへと何かが着弾し、強い爆発を起こして体勢を崩してしまう空母水鬼。あまりに突然の奇襲に、何が起きたのか頭で理解できなかった。何故背後から攻撃を受けたのだろうか? そちらには艦娘や艦攻もいなかったはずだ。

 いや、このようなことはさっきもあったではないか。深海吹雪がどこからか攻撃を受けたことが、空母水鬼にも起きたのだ。

 

「足、止まったねー?」

 

 不意に聞こえた気の抜けるような声。すいーっとスケートをするように煙幕の中から飛び出してきたのは、白髪に近い長髪に、黒いうさ耳のようなリボンを付けた少女、島風だった。

 背中に背負う五連装魚雷発射管を向け、少し気を込めるように唸りながら発射させると、高速で空母水鬼へと迫っていく。スクリューをやられたが、それでも空母水鬼は大人しくやられることを良しとしなかった。

 炎上するスクリューと反対側のものを稼働させて急旋回し、全弾直撃だけは避けたものの、一発を艤装の横っ腹にもらう。だがカウンターとばかりに、急な動きをする艤装にしがみつきながら、島風へと指を向け、赤い力を込めてやる。

 すると白猫艦載機が顕現し、そのまま島風へと体当たりを仕掛けていく。向かってくるそれによって攻撃を受ける島風ばかりに気を取られているわけにはいかない。空母水鬼は艤装の砲門を旋回させ、周囲を警戒した、その時、

 

「ッ、フン……!」

「わぁっ!? あぶないあぶない」

 

 対空砲によって撃たれかけたのは、雪風だった。魚雷を構えており、今から撃とうというところを、気づかれたらしい。いや待て、あの雪風は煙幕を出していたはずだが、何故煙幕から離れたところにいるのだろうか?

 艤装からはもう煙幕は昇っていない。よく見れば、少しずつ煙幕が晴れていっている。だからそこから離れたところで、とどめを刺すタイミングを狙っていたということか。と、考えたところで、あの川内はどこにいった?

 その疑問も束の間、ゆらりとまるで影のように背後を取りつつ跳躍した川内によって、首から肩にかけて足で挟まれ、捻りを加えた勢いのまま海へと叩き落される。あまりに鮮やかな背後取りからの攻撃に、忍びめいた何かを感じるが、川内はそのまま手にした鎖を空母水鬼の首元から彼女の腕に巻き、そして大きな錨の先端を艤装の腹へと突き刺した。

 

「ナ、何ヲ……!?」

「数秒でもあんたを止めていればそれで良し。イクや島風の足止め、加賀さんや雪風の囮、そして私が雷の錨であんたを縛る。そうしてお膳立てをして、とどめは彼女って寸法よ。じゃ、さようなら」

 

 見れば、静かに力が高まっていく気配が一つ、晴れていく煙幕の中から姿を見せていく。

 装備されている魚雷たちの力を一つに収束させる青の力。それを手にするのは、雷巡という高い雷撃性能を有する大井改二。彼女や北上から放たれる魚雷の強撃は、姫級であろうとも致命傷に追い込むほどの威力を有している。それは、本土防衛戦で呉の北上が、戦艦棲姫相手に放った魚雷の強撃が証明している。

 では、その魚雷の強撃をも超えるであろう、青の力による雷撃はどうなるのか。

 攻撃方法は、魚雷の投擲を改良したもの。一本の魚雷だけに行使した先ほどの川内の時とは違い、五連装酸素魚雷を全て射出し、一つに束ねて纏める。一本だけでも強力なそれを、五本を一つにすることで、一点に集中させる強大な力を形成する。扱いを間違えれば、誘爆して自分だけでなく周囲をも傷つけるそれを、慎重に操作し、握り締める。荒れ狂う雷のようなそれは、絶えずバチバチと周囲に青の力の余波を放つが、それを制御してまるで投擲槍の如く構え、ぐっと引き絞っていく。

 淡い蒼の燐光を両目から発し、青白い光の雷槍を構えるそれは、まるで鬼神の如く。立ち上る力の影響によって発生した風で、栗色の髪が強くなびく中、狙いを定めた大井は、勢いよくそれを投擲した。

 雷巡ならではの超強力な一撃、その威力は命中していないのに、投擲した大井の右手が証明している。力を溜め込んでいる間もそうだが、右手が青の力によって焼かれており、衣装もまた焼け焦げて腕が露出している。訓練の時からそうだったので、腕が焼かれることには少々慣れてきていたが、実戦の中でこれをするのは、大井にとっても初めてのことだった。それだけに失敗は許されず、誤射も今まで以上に許されない。味方へと当たれば、一撃の下に撃沈させることは間違いなく、力に巻き込まれるだけでも多大なダメージは免れないだろう。そのため川内の手によって空母水鬼の動きを完全に止めるべく、艤装へと縫い付ける手段を取った。その艤装もまた、深海吹雪へと奇襲を仕掛けた潜水艦、伊19の手によって、スクリューを破壊し、足を奪っている。

 もう一基のスクリューも、縫い付けた後に大井の攻撃の余波から逃げるべく離れる際に、さりげなく破壊されており、艤装を動かすことすらできなくなっていた。

 

「コノヨウナ、コノヨウナ手段ヲ確立サセルナンテ、艦娘、トラック泊地……驚異的ナ――」

 

 その言葉の続きを口にする前に、空母水鬼は大井の放った攻撃の光に飲み込まれていった。直後に発生する大爆発。それは離れたところにいる深海吹雪にも届くほどのものだった。何事かと振り返る深海吹雪の頭に、空母水鬼が最後に残した情報が送られる。途中で途切れたものだったが、しかし自分を撃破せしめた彼女たちの一連の行動が記録された情報として、深海吹雪へと届けられることとなった。

 だが、同時に知る。

 生まれたばかりのものを運用したとはいえ、新たなる空母の存在が、こうも早く撃破されたという事実に。

 

「翔鶴、負けたというのですか? そんな、私の作戦が……先輩の依頼を果たせずに……」

「先輩? 深海提督の先輩ってやつかしら? それが、あんたがパラオを襲撃してきた理由ってこと? 詳しく聞きたいものね、吹雪!」

 

 動揺する深海吹雪へと、叢雲は強い一撃を与える。それによって刀を構える体勢が崩れ、すかさず追撃を放ってその手から刀を弾き飛ばした。更にマジックアームの先にある主砲を加え、深海吹雪に体勢を立て直す隙を与えなかった。

 しかし深海吹雪も、刀こそ弾かれたものの、叢雲の主砲の直撃を受けても、それほど大きなダメージを感じてはいなかった。咄嗟に身を庇うように腕を顔の前にやったが、その威力に少しの安堵を得る。

 すぐさま刀を回収するように動き、更に距離を取って辺りを見回す。空母水鬼が落ちたならば、トラック艦隊が合流するのも時間の問題だろう。業腹だが作戦失敗を受け入れ、撤退するしかない。

 だが、それでも目の前にいる叢雲に対し、何らかの傷を負わせたいという感情が燻っている。深海山城も叢雲に感情を揺さぶられていることを咎められたし、自分でも良くないことだということは理解している。

 でも、この気持ち悪さは何だというのか。どうすればこれを晴らせるのかを考えれば、叢雲を傷つければ、沈めれば晴れるのではないかと、頭をぐるぐると回っている。

 そんな感情を向けられていると知らず、叢雲は相変わらず真っすぐに深海吹雪を見据え、問いを重ねる。

 

「答えなさい吹雪! あんたたちは、誰の命令でこっちに来たっての!?」

「……うるさいですね、叢雲。今の私に、あなたのその叫びは癪に障る」

 

 不愉快そうに顔を歪め、異形の左手で前髪を掻き毟る。額から生える一対の角の片割れの根本、左目を手のひらで隠し、白い髪をがりがりと乱し、そして隠されていない右目は、彼女の感情の乱れを表すように、激しく赤く明滅していた。

 どこか鬼気迫るような表情に、叢雲も少し言葉に詰まるが、しかしここで退くわけにはいかなかった。問わねばならない、知らねばならない。彼女にパラオを攻めろと言ったのは誰なのかを。

 

「あんたは先輩と言ったわね。南方に口出しできる先輩って誰? アメリカを担当している奴? それとも、先の戦いを引き起こしたっていう中部なの?」

「……そうですか。パラオもそういう情報は知っているんですね。ええ、そうです。中部先輩の依頼により、ここに来ました。あなたたちがこれ以上力をつける前に、私の手で消えてもらうことを望んでいたそうですので」

「そう、中部の輩が。そっちが動かなかったのは、先の戦いの影響ってやつかしら。で、あんたもあんたで、最近張り切っているみたいだけど、以前までの南方の静けさはどこいったってのよ?」

「それもそうでしょう。先代の南方提督には私の手で消えていただきましたので。動かず、妄執に囚われる存在は必要ありません。私の手で、もう一度南方の勢力を拡大させる。パラオ襲撃はその大きな一歩になるはずだったのに、よもやこのような結末とは、失態です。あなたたちのしぶとさ、見誤りました。反省せねばなりません」

 

 言葉にすることで少しずつ落ち着きを取り戻してきたのか、瞳の明滅の回数が減り、荒かった呼吸も緩やかになっていく。手にしていた刀を左手へと収めていくと、「総員、撤退です」と命令を出す。

 

「叢雲、そしてパラオにトラック。この勝負、預けることとします。次の機会があるならば、そこで決着をつけたいものですね」

「いいわ。私としてもあんたとの戦い、決着つかずというのも性に合わないもの。また戦場(いくさば)で会いましょう。次の戦いでも、私の心の(つるぎ)は折れず、あんたを打ち破る様を見せてあげるわ」

 

 その言葉にまた額に青筋が浮かぶほどの苛立ちを見せる。再び戦場に舞い戻ってからというもの、叢雲は最後まで気高く、気位が高い姿を崩さず、堂々とした在り方で深海吹雪と向かい合っていた。

 それが堕ちた存在である深海吹雪にとって、強く眩く見えて仕方がない。かつての自分がラバウルの吹雪と天龍の混ざりものであるが故に、意識せずにはいられない。今も艦娘だったならば、後輩であり、姉妹艦であるはずの叢雲を前にして、撤退を選ばなければならないなど、より感情を逆なでする現実だった。

 

(どうして、どうして私はこのように揺らがなければならない? このようなもの、先代の南方のようじゃないですか……! 私は、どうしてしまったというの? このようなもの、切り捨てなければ)

 

 そうだ、南方提督として目覚めた時のように、自分の中で必要なものと不必要なものを整理しなければならない。そうしてようやく、自分は正常になるはずだ。

 

(こんなもの、いらない。消去しなければ。消去して、もう一度やり直すのです。そうすれば私は元に戻る。きっと……)

 

 揺れる心のまま、深海吹雪は拠点へと帰還していく。その揺れる姿をじっと深海山城に観察されたまま。

 

 

 戦いが終わり、パラオの艦娘たちは大きく息をついて緊張感を解いた。周囲一帯に敵の反応は消え去り、戻ってくる気配もない。自分たちは生き延びたのだと、お互いの無事を喜び合った。

 香月もやれやれと息をついて汗をぬぐう。

 この勝利は奇跡的なものだった。茂樹の援軍がなければ、どう考えてもパラオは壊滅していたに違いない。

 本当に、助かった。

 そう実感すると、体の震えが止まらなくなってくる。

 自分は死にかけたのだ。

 自分だけではない。艦娘たち、そしてパラオに住まう国の人々も、恐らく皆殺しにされていただろう。それを回避できたのは、本当に喜ぶべきことだ。

 そして叢雲の手によって、深海吹雪から情報を引き出すことに成功した。

 今回もまた中部提督とやらが裏で糸を引いていたのだという。何者なのだろうか。今年だけでもウェーク島、ミッドウェー海戦と、二つの戦いにおいてその存在が関わっている。今回もまた関わってくるとなると、香月としてもその存在や正体が気になって仕方がない。

 そして茂樹もまた、偵察機から送られてきた映像によって、それを耳にしていた。小さく汗の雫が落ちる。

 中部提督が南方提督にパラオ襲撃を依頼した?

 それが意味することを、茂樹は理解している。香月は知らないが、茂樹は知っている。

 

(マジかよ……美空星司、お前……)

 

 本当に中部提督が美空星司ならば、彼は実の弟の殺害を依頼したことになる。自分の手でやるのではなく、誰かの手で始末してもらおうとしたという点がどう響くかはわからない。だが、それでも彼の意思として、美空香月の死が望まれていることに、茂樹は息を呑むしかなかった。

 


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