呉鎮守府より   作:流星彗

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出撃

 

「戦艦ル級、確認しました!」

 

 千歳が放った瑞雲から得られた情報を神通に伝える。

 瀬戸内海をさらに南下し、宿毛湾付近まで遠出してきてみたのだ。近海で何戦か行って瑞雲、甲標的の具合を試した後に一時帰還し、もう一度出撃してここまで南下したのだった。

 結果、どうやら瀬戸内海まで出没している深海棲艦はどうやら四国と九州の間にある海域付近から湧いてきているらしい疑惑が出てきた。

 ちなみに宿毛湾といえばかつて泊地があった場所であり、対岸にある佐伯湾も泊地があった場所である。今現在は提督が着任する様な状態になっていないため、静かなものだが。将来的には、泊地として利用される可能性はあるだろう。

 

「敵艦隊の全貌、わかりました。戦艦ル級1、重巡リ級1、軽母ヌ級1、軽巡ヘ級1、駆逐ロ級2です」

 

 全身黒ずくめのノースリーブの服装を身に包み、長い黒髪を流し、両手に装備している外郭を纏った盾の様な装備もまた黒が目立つ。そこには砲門がずらりと並び、戦艦らしい重兵装を感じさせる。

 あれこそ、深海棲艦にとっての戦艦、ル級だ。

 追従するのは黒いショートカットをし、ビキニの様な出で立ちをした深海棲艦。両腕に駆逐級を艤装化したかのようなものを手甲の如く腕に嵌めて装備している。これが重巡リ級だ。

 どちらも他の深海棲艦と違って人に、いや艦娘に近しい姿をしている。駆逐や軽巡ではまだまだ魔物の様な面影を残していたのに、艦種が重くなるにつれてより人型になっていくように調節されている事が窺わせる。

 そしてリ級の背後にいるのが、軽母ヌ級。

 楕円形のような魔物の頭部を肥大化させたようなものに、手足が生えている、と言った方がいいのか。左側に目のようにぎらつく光が存在し、右目の様な箇所には砲門が貫通して飛び出している。生き物の口にしてはあまりに大きいそこが、なんと軽空母としての特徴である艦載機発艦場所らしい。

 飛行している瑞雲に気付いたらしく、ヌ級は大きく口を開けて何かを吐き出していく。それらはエイのようなあるいは尻尾のないカブトガニのような出で立ちをし、下部に武装が存在している。

 発艦完了すると、光を放って分裂して編隊を組む。そのまま瑞雲と、瑞雲を発艦させた千歳を探し出した。

 瑞雲を引き戻しながら、千歳は甲標的の準備をする。北上もそれに続き、千歳の指先の方向へと甲標的を発射させる。

 それらは海中に沈み、ル級らへと接近していく。甲標的の妖精は二人とリンクしており、どのコースで接近するか、いつ魚雷を撃つのかのタイミングも二人に委任される。

 神通は遠くに見えるル級らを見つめながら、どのコースを通っていくかを考える。この第一水雷戦隊では戦艦の主砲のような遠距離から攻撃する手段はない。瑞雲もヌ級の艦載機の前にはほぼ無力。

 爆撃する前に撃ち落とされるのがオチだ。

 

「――――!」

 

 ル級も神通達に気付いたらしい。方向転換して真っ直ぐに単縦陣で突っ込んでくる。その動きに神通も応えるように進路を切り替え、T字有利になるような航路で旋回していく。

 ちらりと肩越しに後ろにいる北上に目配せすると、北上は小さく頷いた。

 放たれた甲標的はぴったりル級らの側面を捉えている。砲撃体勢になる前に、甲標的から魚雷が放たれた。放たれた計四発の魚雷。役目を終えると、撃沈されないように更に深くまで沈んでいく。

 放たれている魚雷にル級達は気づいていない。奴らの目には沈めるべき憎き敵、艦娘の神通達がいるのだから。だからこそ、側面から迫ってくる魚雷に気付かなかった。装備している電探に魚雷の反応があり、ようやく気付いた時にはもう遅い。

 四本のうち、二本が命中した。

 悲鳴を上げて沈んだのはへ級とロ級の一体ずつ。突然の魚雷に仲間二体が撃沈されて困惑しているらしく、甲標的がいた方向を見やるル級。他に艦娘がいるのか、あるいは潜水艦が潜んでいるのかと意識が神通らからそれてしまった。

 これを機に指で魚雷発射の指示を出す。方向を決め、向かってくるル級達を迎え撃つように魚雷を一斉に撃ち出す。特に北上からの魚雷の数は壮絶だ。さすがは重雷装巡洋艦というだけはある。

 まるで海を魚雷で染めるかのように、一人で十を超える魚雷が放たれた。

 だが、酸素魚雷のため雷跡は見えにくい。意識が逸れた短い時間は十分に魚雷が接近する時間となる。しかし神通達が魚雷による優勢を取ろうとするように、向こうにはヌ級がいる。放たれていた艦載機が一斉に神通達へと向かっていたのだ。

 

「対空迎撃用意!」

 

 と、神通が指示すると、艤装に機銃が顕現する。主砲を装備している手や、腕を高く持ち上げ、「撃ち方始め!」の掛け声とともに砲撃する。

 頭上に迫る艦爆や、離れた所で低空飛行をし始める艦攻。これらを撃墜するべく、それぞれが砲撃を行い、弾幕を張る。いくつかの艦載機が撃墜されて海へと墜落していくが、それでも全てを落とすには至らない。

 頭上から爆弾が投下され、全速を出して蛇行しながら回避を試みる。

 

「っ……」

「きゃ……!?」

 

 爆風が響に襲い掛かり、左肩の服が破れる。その後ろでは千歳の右肩のカタパルトが爆発によって破壊されていた。これでは発着艦が出来なくなるが、全てのカタパルトがやられたわけではない。

 それに、まだ攻撃が終わったわけではない。

 艦攻の生き残りが魚雷を放っている。

 

「魚雷の間をすり抜けて……!」

 

 神通が指示を出すと、あえて自ら迫りくる魚雷へと向かっていく。編隊を組んでいる以上、艦載機と艦載機の間には距離がある。それはすなわち、向かってくる魚雷群もまた間に距離がある。

 それは魚雷の進行する向き、つまりは角度によって進んでいくたびにも魚雷同士の距離が開くことがある。その間をすり抜けて魚雷をやり過ごす回避行動だ。

 魚雷の航跡を読み切り、神通は安全な道筋を見出す。これもまた経験が生きた証だ。それに追従するように北上達も続いていく。

 同時期、ル級達にも魚雷が迫っていた。前方から迫ってくる魚雷から逃げきれず、リ級、ヌ級に魚雷が直撃。だが、リ級は中破で耐えきり、ヌ級が撃沈。続くようにして後ろにいたもう一体のロ級も直撃を受け、沈んでいった。これで残るは二体。

 怒りに震えるようにル級が艤装を海面に叩きつける。

 

「……ル級に当たらなかったのが痛いですね」

 

 神通がそう呟いた。水雷戦隊において魚雷こそが攻撃の華。特に戦艦を相手にする場合は、砲撃よりも魚雷を用いて倒すのが望ましい。砲撃では戦艦の厚い装甲を撃ち抜けない事が多いのだ。

 そして今、ル級達とは反航の状態で距離が縮まってきている。

 航路としては速度を落とし、北上へと切り替えようとしている状態だ。ル級らは南下の状態であり、お互いの顔がもうはっきりと見えている。

 魚雷を再び撃つことはできない。現在は次発装填中だ。となれば砲撃するしかないが、通るとするならばリ級ぐらいのものだろう。

 ル級が砲撃体勢に入りだした。しっかりと海面へと艤装を押し付け、狙いを定めてきている。戦艦の砲撃だ。駆逐艦には手痛い一撃となるのは明白。蛇行するため神通はいったん距離を取る進路を取る。

 轟音が響き、奴の怒りを込めた凶弾が迫りくる。「全速!」と同時に告げて回避し、何とかそれらから逃げる事が出来た。だが中破しているリ級が追撃するように砲撃してきた。

 神通は音に反応して素早く軌跡を読み取り、自分を狙った砲撃と気づいて滑るように旋回した。先程までいた場所、頭部をすり抜けるように弾丸が通り過ぎ、後に続いていた北上が「うひゃぁ!?」と驚きの声を上げる。

 海に手を付けながらの回避行動だったが、素早く起き上がって後ろを確認。ル級の艤装が次段装填している様子を見て、「砲撃します! 目標、リ級! 撃ち方始め!」と指示を出す。

 ル級よりも沈められる可能性が高いリ級を狙って砲撃開始。距離を保ったまま反航しつつ変わらずに北上するのだ。

 神通の頭にはル級を倒すよりも、このまま北上して鎮守府に帰還する事を考えていた。無理に倒す必要はない。夕立達が生き残る方法を取るまでの事だ。

 それに感づいたのか、夕立が砲撃しながら問いかける。

 

「沈めなくてもいいっぽい?」

「はい。魚雷の次発装填が間に合いません。砲撃では私達ではあれを沈める事が出来ません。無理に沈めるために交戦を続行すれば、あなた達の被害が増える可能性があります……。私は、それを選ぶことは出来ません。今はあなた達の、生存を優先します」

 

 その説明に、誰も異論を挟まない。質問した夕立も神通の考えに異を唱えることはなかった。彼女の中には敵を沈める気持ちが強いのかもしれないが、かといって神通の言う通り無理に戦って被害を更に増やしてまでやる事ではない、と理性が働いているようだ。

 そしてル級もどういうわけかそのまま追いかけてくる様子もなく、神通達をちらちらと見ながらも南下していく。その様子に疑問を感じた神通は千歳に指示を出す。

 

「偵察機をお願いします。ル級に付かせてください」

「わかりました。……瑞雲、お願いします」

 

 左肩と右腕のカタパルトから二機の瑞雲が発艦される。左右に散った瑞雲が高度を上げ、ル級の背後から追跡していった。

 また潜航していた甲標的が浮かび上がり、それぞれ北上と千歳に回収される。

 そうして神通達は呉鎮守府へと帰還していく事となった。

 

 撤退していったル級はしばらく海上を航行し、やがて潜航し始める。こうなれば瑞雲に追跡は出来ない。妖精を通じて様子を窺っていた千歳は帰還命令を出す。

 そこは左手に宿毛湾が見えている海域だった。

 誰もいなくなったその海域。その数分後にはここから南にある島から複数の影が出航していった。それは体部分が大きく丸みを帯びている深海棲艦であった。

 

 

 


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