「――私をこのような姿にして、どういうつもりだ?」
それが目覚めた彼女の第一声だった。他の深海棲艦と違い、最初から滑らかに人の声を発し、今の状況を理解した上で、前世の記憶も保有している。その出来栄えに、調整を施した星司も、思わず笑みが浮かんでいた。
「もちろん、君をうちに迎え入れるためだよ、長門」
「私を、お前の艦隊に? 冗談も大概にしてほしいものだな。お前の命令に私が従う道理はない」
「だろうね。でも、自分の体を見ての通り、君はもうすでに深海の力によって蝕まれている。艦娘としての長門は先の戦いで死んだ。今の君は、深海側の長門となっている」
艦娘としての長門はもうそこにはいない。黒い髪は相変わらず長髪のままだが、前髪は中心で交差するような独特なものとなり、左の額から一本の湾曲した角が生えている。その深紅の瞳はより深い色合いを増し、両目ともに燐光を灯らせている。
膝を抱え、ポッドの中で浮いている状態のままだが、星司やアンノウンの視線に臆することなく、堂々とした雰囲気を維持しているのは、長門だった頃の性分を失っていない表れと言えよう。
「身体はもう深海のそれだ。ならば、次はその心、精神もまた深海のものとなるだろう。果たしてどこまでその気質が維持できるのかな?」
「挑発のつもりならば、残念ながら乗る気はない。染まろうが染まるまいが、私は静かに、あるいは派手に消え去ろう。私をこのまま調整し続けたとして、お前に得はない。さっさと殺した方が身のためになるだろうよ」
「…………」
「気づいていよう? 私はどうやらまだ持っている。これがお前たちにとってのガンになることは明らかだ。それによって自陣を破滅させたくなければ、今のうちに殺しておくのだな、私を。そうすれば後悔することはないだろう」
「本当に、色々と癪に障るね君は。だが、それでも僕は君を用いて、呉を次こそ壊滅させると決めている」
長門の言葉に、何度かその瞳が明滅し、頭を何度かガリガリと掻いたが、まるで自分に言い聞かせるような言葉に、アンノウンは静かにため息をつき、長門もその瞳に憐れみのような感情を忍ばせた。敗北を重ねた彼にとって、どのようにして呉を落とすのか、その目的にすがっているように思えた。
まさに妄執だ。自分を突き動かす歪みの衝動にとり憑かれている。その手段の一つとして自分が利用されようとしていることに、長門は苦々しい感情が浮かぶのだが、じわりと頭痛が響いている。
気を抜けば、自分の意思が沈みかねないような感覚。どうやら星司の言う深海の力とやらが、自分を蝕んでいる影響なのだろう。もしかするとそう遠くない時間、自分の意思は沈み、深海側の自分が生まれるかもしれない。そうなれば、深海長門として星司の手先として動くことになる。
それだけは何としてでも避けたいところだが、思うように体が動かない。顔は動く。目や口は動くのだが、あまり力が入らず、手足が動くことがない。これでは自殺することすらできないだろう。
「まあいい。君の調整は問題なく進んでいる。素体ができたのだから、後は艤装をどのようにするかだね。では、いったん長門を置いておき、翔鶴の完成に移るとしようか」
「……翔鶴?」
視線を移せば、工廠の奥から歩いてくる人影が一つ。銀色に近しい白髪の長髪に、カチューシャのようなものを付けた女性だ。肩を出した黒を基調とした縦セーターに、黒のオーバーニーソックス、そして三弾に分かれた黒のブーツと、髪や肌の白さに反し、身なりは全身黒一色である。
ぼうっとしたような赤い瞳を軽く長門に向けたが、何も言わずに星司へと視線を移した。星司は彼女に向けて「では、艤装展開」と指示する。命令に従って軽く右手を薙ぐと、傍らに赤い雷光が発生。何度か閃光を走らせながら、そこに何かが出現する。
サメの頭部のような巨大な顔の魔物が浮かび上がるそれは、いつか見た空母棲姫の艤装の魔物に酷似している。だが空母棲姫のものと比較すると、一対の対空砲に加えて機銃らしきものが装着されている。魔物を中心として左右に分かれた黒い飛行甲板には、赤いラインが三本走り、二基のスクリューも装着されている。
星司は艤装と翔鶴と呼んだ女性との相性、調子をくまなくチェックしている。手にしているタブレットらしきものと、艤装の様子を何度も比較しており、恐らくそれが最終チェックなのだと察せられる。
(翔鶴、つまり空母型? だがあれは空母棲姫よりも更に上。この間、空母棲姫を出したばかりだというのに、もう上位種を生み出したというのか?)
あまりにも速いペースに冷や汗を流すが、その様子を気取られたのか、アンノウンがじっと見上げている。長門もそれに気づき、アンノウンと視線を合わせると、どういうわけかにやりと笑みを浮かべられた。
「不甲斐ない? 新しい個体の誕生を目の当たりにしながら、何もできない自分ってやつが。ま、しょうがないさ。お前は今、深海側に堕ちていく存在。見た限り、今だってゆっくり侵されている。そんなお前に何ができるってんだぁ?」
「…………っ」
「ボクに殺され、こんな所に堕とされ、死ぬこともできないままってやつさあ。長門は沈まない、だったかぁ? そうだなあ、沈まない、ここで終わらない。終わらないからこその苦しみを味わえ、長門。その果てにどうなるのか、お前を殺した責任ってやつで見届けてやるよ」
子供のような見た目で、精神を逆撫でするように笑いながらアンノウンは言う。そうして長門を煽るのは、怒りを誘って心の守りを崩そうという意図があるのだろう。歯噛みしながら長門はそれを耐える。そうしながら、何とか手足が動かないかと試したが、どうやっても動くことはなかった。
そうしている内に、「完成だ」と星司が告げた。アンノウンと長門もそれに反応し、星司の方を見やると、「新たなる空母、翔鶴モデル、ここに成立した」と笑顔で宣言する。それにアンノウンはいいことだ、と拍手して頷いている。
「で? その翔鶴を実戦投入はすんのかあ?」
「さて、どうしようか。今は戦うよりも長門も完成させつつ、戦力補強に努めたいところだね。戦力の小出しはできない。確実に呉を落とすために、ひたすらに開発を進めたい」
「そうかい。じゃあこの情報はいらないか」
「ん? 情報?」
と、小首を傾げる星司に、アンノウンはこれまで黙っていたあのことについて話し出す。
「パラオ泊地ってあるだろう? あそこに着任したっていう新人提督の名前がさあ、美空香月って名前らしいんだよね。あんた、知り合い?」
「――――」
可愛らしく小首を傾げながら問いかけ、しかしその瞳はじっと星司の表情を捉えて離さない。その僅かな感情の揺らぎすら見逃さないという風に。そして星司も、美空香月という名前に反応し、僅かに目を見開き、息を呑んだ。
知っている。その名前は知っている。
忘れていたけれど、今の自分ならばそれがわかる。
血を分けた弟だ。それがパラオ泊地の提督に?
「――そうか、それくらい時間が過ぎていたか」
「知り合いみたいだねえ?」
「ああ、そうだね。そうか、香月がパラオに……そう、そうか……」
と、ふらりとアンノウンから離れ、工廠にあるコンソールへと向かう。手を滑らせ、何らかの操作をすると、モニターに映像が表示される。そこには、作業をしているらしい深海吹雪が映っていた。
深海吹雪もモニターに気づいたようで、「ん? どうかしましたか、南方先輩?」と、星司を見つめる。
「吹雪、君は実戦を求めていたね?」
「ええ、実戦に勝る経験の積み重ねはありません。それが?」
「なら、パラオ泊地を攻め落とすというのはいかがかな?」
その提案に、深海吹雪は目を細め、アンノウンは楽しそうな笑みを浮かべた。長門もポッドの中で目を見開き、「何の――」と叫びかけたが、アンノウンの目に強く光が灯り、尻尾の艤装が吼え、長門に力が注ぎ込まれた。
「黙ってな、いいところだからさあ」
と、そっと口元に指を当てつつも、爛々と輝く目を長門から星司へと向ける。星司の提案を受け、深海吹雪は考える。ソロモン海域からパラオ泊地へと攻め入ることに、少しの疑問を感じているようだ。
「ラバウルではなく?」
「パラオは提督が今年着任したばかりでね。しかも新人だから、それほど戦力は育っていないだろう。育っていたとしても、今の君たちならいい感じに戦えるものと推測される。戦いの経験を積むにはいい相手だと思われるよ」
「そう言われれば、多少の納得はできますが、もう一つ気になる点があります」
「何かな?」
「パラオと言えばあなたから見て西にある。トラック泊地が途中にありますが、あなたからの方が攻めやすいでしょう。実戦経験を私に積ませるためとはいえ、あなたからすればより容易に落とせる拠点でしょう。私に譲るのですか?」
今の深海吹雪が保有する艦隊でいい感じに戦えるレベルならば、星司が保有する艦隊ならいとも簡単に落とせるのではないか? ならば自分がやるより星司がやり、深海勢力に貢献すればいい。そう深海吹雪は語る。
だが星司は首を振る。自分ではなく、深海吹雪がやればいいと、再度告げるのだ。
「君の艦隊が成長することが肝心だ。それに今の僕は先の戦いで戦力が減っている。確実に攻め落とせる保証はない。ならば君の実戦経験を増やす機会を与えた方が、その先に繋がるだろう。あと、僕にも得るものはある」
と、近くにいる翔鶴を示す。「翔鶴モデルが完成した」と紹介し、
「この子を君の戦力に加える。どうか役立ててほしい」
コンソールを操作して翔鶴のデータを転送すると、内容を確認した深海吹雪が驚きに目を開く。すでに共有されている空母棲姫のデータと比較して、明らかに全ての能力が高いのだ。これだけのものを、この短期間で完成させたのかと、星司の腕の良さに感嘆の声が漏れる。
「そちらで建造すれば、翔鶴をそちらで運用できるだろう。いかがかな?」
「翔鶴……空母ですか?」
空母を譲られるという点に、深海吹雪は少し思うところがあるらしい。長門やアンノウンも何となく深海吹雪が気になる点に気づいているようだが、星司は気づいていないようだ。だが、長門はそれを指摘する気はないし、アンノウンも面白そうだと笑みを浮かべながら沈黙。深海吹雪は言おうか言うまいか考えたが、先輩である星司の顔を立てることにしたのか、それを飲み込んで頷いた。
「わかりました。では、ありがたく頂戴し、パラオ泊地に襲撃をかけましょう。私ももうすぐ春雨モデルが完成しますので、それらの準備が整い次第行います」
「了解した。健闘を祈るよ、吹雪」
敬礼する吹雪と通信を終えると、今まで黙して様子を見守っていたアンノウンが、高らかに笑い声をあげる。本当に面白く、そしておかしく感じて、アンノウンの瞳から小さな雫が零れるほどだ。
「いやぁ、残酷だねえキッヒヒヒ! うんうん、とても人間らしいじゃないの、なあ?」
「そうかい?」
「ああ、確認だよ、マスター。美空香月って、あんたの何なんだい?」
「弟だよ」
「そうかい。そんな弟を自分の手ではなく、吹雪に殺させるのか。さすがに自分の手で肉親の血で汚したくはなかったってかい?」
その言葉に、少しだけ星司は瞑目する。
自分の手で香月を殺したくはないか、そう言われれば確かにそんな気持ちはある。だが、それでもパラオ泊地を襲撃するのは、自分ではなく深海吹雪がいいという気持ちは揺らがない。
彼女の実戦経験を積む丁度いい相手だし、出来上がったばかりの翔鶴のデータが取れるいい機会でもある。自分が動かないのは、呉との決戦のためにあまり動きたくないからというのも本当だし、戦力を温存したいという気持ちも本当だ。
でも、パラオ泊地を攻め落とすのを決めたのは、あそこに香月がいると聞いたからだ。そう決めた理由は、
「――そうだね。さっさと消えてもらった方が、後顧の憂いがなくなる。自分で殺さなくて済むという憂いがね」
深海勢力の勝利のためには、全ての拠点を潰すのは揺るがない。ならば、提督になった香月はいつかどこかの機会で死ぬかもしれない。どこかの海域で出会うのか、あるいは何も知らないままパラオ泊地を攻め落とす時に知るのか。
いずれそうなるのだから、今、この時消えてもらった方がいい。自分ではない誰かの手で死んでくれた方が星司としては気が楽だ。こうして気持ちを動揺させる要素が生まれたなら、早いところ排除した方がいい。
丁度よく、深海吹雪が戦いを求めているのだから、彼女をけしかけたらいい。彼女にとって得にもなるし、一石二鳥だろう。それが星司の考えだった。
「香月とは二度と会うことはないだろうと考えていたからね。こんな自分を見たら、香月と色々と面倒ごとになりそうだ。なら、僕が行くより吹雪がやった方がいい。そうだろう、アンノウン?」
「ま、そうだろうねえ。人間ってものはそういうものかもしれない、うん。でもそうかあ、弟ねえ。ちょっと興味が湧いてきたなあ」
「行くのはやめてくれよ。君が行ったら吹雪の経験にならない。色々と滅茶苦茶に壊して終わりそうだ」
「はいはい、今回は我慢しときますよ」
手をひらひらとさせて工廠を出ようとしたが、ちらりとポッドの中にいる長門に目を向け、「……そう時間もかからなそうだ」と、ぽつりと呟き、退出していった。星司も翔鶴に「じゃあ君も他のみんなに紹介しよう」と、先導して案内していく。
残されたのはポッドの中で膝を抱える長門だけ。しかしアンノウンによって口をつぐまされ、成り行きを見守るだけになってしまってから、より頭痛がひどくなっていた。アンノウンの力による影響か、より深海の力による浸食が強まったように思える。
胸には意識を得てから感じる光の力が生きてはいるが、それにはこの深海の力をどうこうするようなものはない。ただ静かにそこに在るだけの力であり、長門を救うものではなかった。
(もうすぐ、私も消えるのか。……すまない、提督、神通。もう戻れそうにはないようだ)
死んだと思っていた自分がこうして海の底で再び意識を得ても、蘇る希望にはならず、苦しみが続くだけ。何とか耐え続ければ道は開けるかと思ったが、それもない。命を絶とうにも、体が動かないようではどうにもならない。今の長門にできるのは、完全に堕ちた自分が大きな被害をもたらすことがないようにと祈るしかない。
それから数日、耐えに耐え続けた長門。時折立ち上る泡の音が、静かに闇の中で響く中、長門の意識も落ちていく。
沈む、沈む、沈んでいく。
まるで撃沈されたかのように、暗い闇の底へと堕ちていくような感覚。かつては艦として、今は艦娘として撃沈されたのに、また意識が消えていく。抵抗する力はもうない。闇に抱かれるように、闇と泡の中に消える、そう思っていたのだが、ふと奇妙な感覚があった。
おぼろげな感覚の中、どういうわけか沈む闇の中に、小さな暖かさがあるような気がした。それが何かは、思考する気力もなくなっていた彼女にはもうわからない。でも、冷たく暗い闇よりは、そちらに落ちた方がいいと、無意識に思ってしまった。
すると、緩やかに沈む感覚が、その小さな暖かさに引きずられるように、そちらに流れていくような気がした。それでも長門の意識は消えていく。でも、ようやく終わりを迎えられるのならと、小さな笑みが唇に浮かび、艦娘としての長門は再びここで終わる。
空虚になったその体は、ポッドの中で動かなくなる。だが、空虚になったからこそ満たされるものがある。長門を塗り潰していく赤黒い力の波長。より強固に、黒く染まる左の一角は艶やかに闇に光り、その体には漆黒のドレスが纏われる。肩から胸の上部まで露出した艶やかなドレスは、まるで死装束のようだ。
蝕み続けた深海の力は、骸となったその体に蓄積し、静かに脈動を繰り返した。小さなそれは胎動の如く、少しずつ存在感を示すかのように大きくなっていく。もうすぐ生まれるのだと主張するかのように、新しい意識が蠢き始めた。
その骸にあるべきはずの魂は消えた。空いたそこを埋めるのは、別の魂であるべきである。外から持ってくる、あるいは何かが入り込む余地はあったかもしれないが、もうそれを埋めるべきものは、自分がそれになると主張し始める。
動かない体に再びエンジンをかけるかのように、骸を満たしている深海の力が、オイルの如く熱を持つ。それは循環し、より生れ落ちるべきものに力を注ぐ。それに応えるかのように、どくん、どくんと心臓のように音を響かせ、緩やかに自己を確立させていく。
見ていた。それは、全てを見ていた。
深海の力が満たされていくたびに、再び目覚めた長門の目を通じて、それは記憶する。同時に、艦娘だった頃の長門の記憶も共有し、それは自身はかつてはそうであったのだと理解する。
しかし、それは艦娘として行動することはない。艦娘だった長門の記憶は、自分がこれから行動するための糧でしかない。かつてはそういう道を通ったのだと振り返るだけのもの。その先へと進む道は、自分で決める。艦娘ならばこう歩んだかもしれないという、その先の道は、それにとっては脇道でしかないのだ。
作り上げられた道を糧に、満たされた力を掌握し、闇の中で目覚める。
目を開けば、先日の長門よりも深く、鮮血に似た色合いの燐光を放つ。そんな彼女を見て、星司とアンノウンは笑みを浮かべる。
「おはよう、長門。気分はどうかな?」
その問いかけに、彼女は静かに応える。
「――悪くはない。ようやく、わたしも、らしくなったと言うべきか」
と、今まで動かなかったという手足をゆっくりと動かす。がちがちに凝り固まっているその体を動かせば、軋むような音を響かせ、しかしそれを意に介した風もなく、彼女は星司が止める間もなく、ポッドを手で突き破った。
割れた破片が腕に刺さるが、それすらも気にした風もなく、軽く手を振ってそれを振るい落とす。濡れた髪をかき上げ、じろりとアンノウンを見下ろすが、アンノウンは笑みを浮かべたまま、彼女を睨み返した。
「耳障りな頭痛、ざわつくノイズもなし。ここに、改めてわたしは新生した。お前の望む新たなる戦艦モデルとやらの素体、ここに完成を迎える。気兼ねなく、わたしの艤装制作に励むがいい」
「そうさせてもらうよ。思ったより、早い終わりにはなったけれど、まあいいだろう。おめでとう、長門。歓迎しよう」
と、手を差し伸べるが、深海長門はそれを一瞥するだけで、手を取ることはなかった。もう一度アンノウンを見下ろし、小さく息をついて工廠を無言で退出する。かと思いきや、肩越しに振り返り、
「寝床はそこで構わない。用意ができたら呼べ」
「……ん? 寝床って、ここ工廠だけど」
「わたしが構わないと言っている。そこなら、色々と見えるものがあるからな。今まで通り、観察させてもらう。お前の作業とやらをな」
その言葉に、アンノウンは何かに気づいたように、どこか面白そうに笑った。どういうことかと首を傾げる星司に、「せいぜい気を付けるこったなぁ」と腰あたりを何度か叩いて、深海長門の後を追った。
工廠に居座り、作業を観察。
そうする理由は何かを考えると思い浮かぶのは一つぐらいしかない。先日も長門は言っていたではないか。自分を生かしていても意味はない、ガンにしかならない。
それはすなわち、いずれ星司を殺して乗っ取る可能性があるということだろう。アンノウンはそうはさせまいと、深海長門の近くにいるつもりなのだろうか、彼女の後を追っていった。
自分の妄執のせいとはいえ、自分はろくでもない戦力を加えたかもしれない。だが、それを承知の上でやったことだ。上手く飼い慣らし、呉との決着に向けて動き続けるだけだ。思った以上のガンになるかもしれないが、予定に大きな変更はない。
あの深海長門に合う艤装制作に取り掛かる前に、休憩しながら長門の寝床の用意をしておこう。とりあえずそうしなければ、目覚め早々から裏切られかねない。あの気質なら、恐らくそうするだろうと、星司はいそいそと動きだした。