呉鎮守府より   作:流星彗

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変わりゆく情勢

 夏が終わり、秋へと入っていく。それぞれが、それぞれにできることをこなし続けた。呉鎮守府と佐世保鎮守府は資源確保と同時に戦力増強に努め、特に大和からもたらされた青の力の習得は、大いに推奨された。習得速度にはばらつきはあったものの、コツを掴んだ艦娘は段階を踏んで技術を磨いていき、砲撃などの強撃、弾着観測射撃に続く第三の戦闘技術として己のものとしていった。

 また呉と佐世保だけではなく、どのように習得していけばいいのかという一連の流れを、艦娘たちからのリサーチも加味し、レポートとして美空大将へと提出。それぞれの鎮守府でも習得できる技術として共有された。

 西守派閥という、それぞれの鎮守府が水面下でいがみ合うような環境が取り払われたことにより、強撃、弾着観測射撃、そして青の力と深海棲艦と戦うために必要なものは、日本国内の鎮守府だけではなく、トラック泊地などの遠方にある鎮守府でも技術を磨けるように取り計らわれた。

 そして大本営からも各鎮守府に成果を発信する。

 一つは改二の実装である。第三課が張り切ったのか、その数は多いものだった。金剛型の四姉妹の改二を配信されたばかりだが、蒼龍、飛龍、川内、綾波、扶桑、山城の六人の改二のデータが完成したとのことだ。

 続いて新たな艦娘として春雨、早霜、清霜、時津風、磯風、大鯨が加えられた。大鯨は潜水母艦という新たな艦種として生まれ落ちたが、改装することで軽空母の龍鳳へと変化するようだ。

 新たな顔ぶれとしては小型艦が主となったが、改二艦としては大型も混じっている。特に扶桑と山城は航空戦艦として活動する時点でかつての戦歴とは異なる道を歩んでいるが、そこに更なるスペックの上乗せをすることができた点で、美空大将ら第三課の気合の入れようを感じさせる。

 そして最後に、なんと指揮艦を改装し、スペックを向上させたというのだ。妖精の力を借りて改装を施したらしく、特に推進力など、移動に関することを向上させたという。艦娘が装できる設備として高圧缶とタービンがあるが、この二つを装備させることによって、より高速で航行できるという特徴を得られる。

 こうしたいわゆる装備によるシナジーは、妖精の力による不思議なパワーの恩恵によるものだと考えられている。この妖精の恩恵を指揮艦にも与えられないかという研究が、以前より第三課で行われていた。

 指揮艦がより速く航行できるようになれば、迅速に戦闘海域へと赴き、事態の対処に当たれるためだ。海外とのやり取りも、今までよりも速やかに行えるようになるという利点も得られる。

 そして、研究は実を結んだ。高圧缶、すなわちボイラーとタービンの改良により、今までよりも速い速度で航行できるようになったという。もちろん素早く航行できるということは、敵の攻撃から回避できる確率も上げられるため、指揮艦の生存にも繋がる。色々な面でメリットが感じられる研究成果となった。

 また、高速化するだけではなく、指揮艦全体のバランスなども改良を加えることで、長時間の高速航行に耐えられるように調整された。それはすなわち指揮艦の装甲などにも手が加えられたということだが、それでも深海棲艦の攻撃に完全に耐えられるほどではない。以前よりも被弾を重ねても沈まないかもしれない程度には強化されたが、全幅の信頼がおけるほどではない。そのため、高速化による回避行動で危機を凌ぐことが推奨される。

 この指揮艦の改装もまた、工廠データにアップロードされ、工廠の妖精の手によって各鎮守府で指揮艦を改装できるようにしたとのことだ。これにより全鎮守府の指揮艦の性能向上が図られることとなった。

 艦娘の強化と、指揮艦の強化。

 ミッドウェー海戦の後から行われたそれぞれの変化。

 これが日本海軍の戦力増強の策だった。

 

 

 一方で深海側もまた、何もしていなかったわけではない。

 深海北方艦隊は三笠と深海熊野による賭け事により、三笠から直々に深海の戦闘技術を仕込まれている。三笠曰く、自分を殺せるだけの力を得てくれればいいとのことだが、来年の年末までにそれを実現させられるかどうかの賭け。それを果たすために深海熊野は、三笠に食らいつき、その腕を磨き続ける。

 深海南方艦隊は星司の指導を受けることで、建造と演習を繰り返しており、この二つの深海勢力の交流によって、各々が少しずつ艦隊練度を向上させていた。だが深海中部艦隊は最初だけ南方に協力はしたものの、その後は中部海域に留まっており、南方は自分たちだけで力を向上させることとなった。

 最初こそ道は示したが、その後は深海吹雪が考えて艦隊運営をすること、その言葉に偽りはなかった。失った戦力を増強させ、新たなる種を生み、素体へと育てる。星司の助言に従って深海吹雪が生み出したのは二つの種だった。

 一つは駆逐艦に成長しそうな少女、もう一つは軽巡に成長しそうな少女である。特に軽巡は深海吹雪が想定していた結果を導くために、二つの艦を用いた。

 どういうことかといえば、深海吹雪はラバウルの吹雪という素体に天龍が融けて混ざり、左手に天龍の因子だけが残された。まるで機械のアタッチメントのように外から力を付属し、更なる力を得たような結果が生まれたのだ。

 自分と同じような結果を、果たして新たなる深海棲艦にもできるだろうかという検証のため、軽巡の種にはとある二つの軽巡を混ぜ合わせ、一つの素体として育てることにしたのだ。

 結果としては今のところ問題はなく、順調な成長をしているように感じられた。

 ちなみにこのことを星司へと報告すると、

 

「それはまた、新たなる着眼点だね。普通ならやらないことだよ」

「やらないようなことを、あえてやってみることで、新たなる道が拓けるようなものでしょう。少なくともあなたはそのような人間だと推測いたしますが?」

「……否定はしないよ。僕とて、大和に魚雷や航空兵器を搭載させようなんて、ぶっ飛んだことをやらかしたからね」

 

 その結果があの南方棲戦姫なのだが、スペックで見てみれば、今運用されている深海棲艦と比較すると、そろそろ格落ち感が否めない。それに記憶もいじってもいる。あの頃は色々と試し、そして無理をしていたようにも感じる。その影響でスペックも少し控えめになったような気がする。

 だがそうした先例や失敗を積み重ねることで、より良いものが作れるようになっていく。そうした積み重ねが大事なのだと考える性質のため、星司は自分のやってきたことに対して、負い目を感じることはないし、深海吹雪が普通ならばやらないようなことをやっていると聞かされても、そういうやり方もあるのだと肯定する。

 とはいえ認められないものに対しては認められないと口には出す。命を削り、力を得るシステムをもたらした先代南方提督のアレについては、今もなお星司は認められないシステムだと考えていた。

 

「中部先輩はまだ改良を進めているのです?」

「ああ、そうだよ。とりあえず長門と翔鶴については素体は問題なしだ。ここに搭載する艤装の出来次第で、今までの戦艦と空母モデルの進化の是非が問われるだろうね。……長門に関してはもう一つの問題があるけれどね」

「問題とは?」

「それについてはこちらの都合だ。君に話すことではないので、控えさせてもらうよ」

「そうですか。ではこれ以上何かを問うことはやめておきましょう」

「助かるよ」

 

 長門の問題というのは、彼女の中に感じられる聖なる力のことだ。大湊の宮下が作ったお守りのことだが、今もなお長門の亡骸から取り出すことはできず、そのまま新たなる深海の戦艦としての調整が施されてしまっているらしい。

 本音としては後顧の憂いを取り除くため、何としてでもこのお守りを抜きたいところだが、深海に堕ちた存在として相性が悪いようで、どうにもならない。力の調査をしようにも、深海が保有する計器では、自分たちにはどうにもならないものと計測され、詳しい分析もできず仕舞いだった。

 ならば長門を完全に処分し、別の素体から新たなる深海の戦艦モデルを作った方がいいだろう。リスクを考えればその方が都合がいい。あの戦いによって他にも艦娘の戦艦の亡骸はあるし、何ならそれぞれの海域に沈んでいる艦から生み出してもいい。

 日本艦だけではなく、アメリカ艦からも作れるのだから、そうした方が絶対にいいだろう。

 しかしそうした思考はあるにはあるが、星司はそうはしなかった。それはやはりこの長門が「呉の長門」だからに他ならない。呉は自分の大和である南方棲戦姫を艦娘の大和として転生させ、戦力に加えている。だから星司も呉の長門を転生させ、深海長門として運用し、呉鎮守府に意趣返しをしなければならない。

 今もなお、星司が呉鎮守府と海藤凪らに執着している心によって突き動かされる行動であり、この思考がどのような結末になるのか、それは星司にも、それを見守るアンノウンや深海吹雪にはわからないことだった。

 深海吹雪との通信を切り、作業に集中する星司は、コンソールを叩きながらふと思い出したように、アンノウンに問いかける。

 

「……ああ、そういえば北方さんのところにも新たな個体がいるらしいし、北米もまた何か動いているということだったね?」

「ん? ああ、そうだねえ。熊野だったかねえ、あの戦いで撃沈した奴を、北方は取り込んだとか何とか。北米は……知らねえなあ。加賀がなんか北米が思いついたことがあるって、どこか楽しげに帰って行ったとか言ってたけど」

「楽しげにね……、何を思いついたのやら」

 

 何度か首を傾げながらも、コンソールを操作し長門と翔鶴の調整を進めていく。他の深海提督の事情も気になるのは確かだが、今はこの二人の調整を進めるのが先だ。次の作戦に間に合うかどうかはわからないが、しかし成功すればまた深海勢力の戦力が増す。

 戦力向上に繋がるからこそ、星司はこの調整に全力を尽くす。また集中しだした彼の後姿を見て、そういえばパラオ泊地の提督の名前はいつ伝えようかとアンノウンは考えるが、今はいいかと流すことにした。

 それよりも星司の様子が最近変化しつつあるのが、気になるところだった。以前までは深海赤城などにも気を配っていた星司だったが、最近それがない。彼女はミッドウェー海戦の敗北から、深海加賀などと演習を繰り返しており、自分の力を高めることに専念している。そのため、星司の元へと訪れる時間が以前より少なくなっている。

 以前まではべったりだったのが、少しずつ自立し始めたのかと思われるが、それにしても星司から彼女に対するアクションがそんなにないのも気になるのだ。自分の手から離れていくのを見守るという感じではない。まるで関心が失ったかのようである。

 星司の変化を表すもう一つのポイントが、作業光景にある。

 

「……こうか? いや、こうか……? これを加えて……いや、それではバランスが……チっ、あと少しが遠いな。早いところ完成させて、次に進みたいのに……もどかしい」

 

 手を走らせて何かを描いているそれは、デザインだった。艤装の成長パターンを絵にして完成形を見定めている。生前より絵に関しても多少の心得があった彼は、いくつかのラフ画を描いており、それに沿って完成を目指している。

 別段それにおかしな点はないのだが、彼を纏う雰囲気が以前と違っていた。

 

(あんなに黒かったっけかなぁ?)

 

 開発や調整をしている彼はいつもどこか楽しそうにしていたらしい。アンノウンもそれらしき様子を見たことがある。生前から変わらない、彼にとっての生きがいなのだから、楽しく作業をしているのは確かだった。それによってもたらされたデータも、今では深海勢力に大いに貢献している。

 だがどうしてだろうか。

 ミッドウェー海戦の後から、少しずつ星司は変わっているような気がした。深海吹雪の前ではいつも通りに見えたのは間違いない。できた後輩に頼られている様子は、まだ以前までの彼に思えた。

 しかし一人で工廠に篭り、作業を進める彼は、どこか暗い気配を漂わせるようになっている。呉鎮守府に対する妄執が、いよいよもって彼に悪影響を与えているのが浮き彫りになってきているのかもしれない。

 

(でも、ま。それが人間ってやつさ。どんなに輝いていたって、こういう勢力に属していたら、いずれは黒く染まる。マスターも何も変わらなかったってやつだろうねえ)

 

 アンノウンとしては、星司が変わろうが変わるまいが、自分を上手く使ってくれる主であることに変わりはない。自分を楽しませてくれるのであれば、どんなに変わろうがかまわない。堕ちるとこまで堕ちるなら、自分もそれについていくまでだと、静かに見守るだけだった。

 

 

 そして北米提督、ミッドウェー海戦の後、拠点に戻ってから中間棲姫を参考にして一つの素体を作り上げていた。基地型深海棲艦らしく白を基調とした女性だ。髪の毛先が緩やかに桃色に近しい色へと変化していくという、ロングヘアスタイルであり、瞑目した状態で膝を抱え、ポッドに浮かんでいる。

 種となる白い女性は港湾棲姫のデータから引用したようだが、その後の調整によって見た目はがらりと変わっている。気のせいか足の太ももに赤いラインが走っている。まるで鋭い爪によって引き裂かれたような痕として浮かび上がりかけているのだ。だが見方によっては、何らかの意匠のような痕のようにも見え、まだ彼女は調整中であることを窺わせる。

 

「順調だ。ふふ、自分にもできる。ギークのように速やかな完成には至らないだろうが、しかし時間をかければ、パールハーバーとして完成するだろう。そうだ、ウエストバージニアも併せて調整すれば、いい感じになるかもしれないな。新たな戦艦モデルとして新生できるかもしれない。……ふふ、そうか。ギークもこういう風に悦を感じていたのかもしれないネ。おお、神よ。このような愉悦、お許しください」

 

 ついつい気持ちが逸ってしまい、自制するようにそっと手を組む。自分の考えたものが、自分の手によって順調に実を結んでいることに喜びや楽しみを見出すなど、北米提督にとってはあまり歓迎するものではなかった。その辺り、恐らく生前の敬虔な教徒だった名残を窺わせる。

 こほんと空咳を一つし、再び白い女性の調整を進めていた時、突如、どこからか轟音が響き渡り、拠点が揺れた。

 

「――!? 何事だ!?」

 

 と、辺りを見回したその時、すぐそこの壁が大爆発を起こし、壁と近くにあったポッドがまとめて吹き飛ばされ、瓦礫となったものが北米提督へと襲い掛かる。反射的にその場を飛び退いたことで、瓦礫の直撃は避けられたが、今まで調整を進めていた白い女性は、吹き飛んだ瓦礫に飲み込まれてしまった。

 

「な、ぁ……パールハーバー!? っ、ぐ……!? あつっ……!?」

 

 次いで弾丸の炸裂によって火が付き、ポッドに満たされた液体などに引火したのか、辺りが火に包まれる。その時、背後から「報告……! 敵襲、デス……!」と、戦艦棲姫の一人が伝えてきた。

 

「敵襲だとぉ!? 馬鹿な!? ここは人間たちによって見つからないようにしていたはずだ!」

「シカシ、襲撃サレテイルノハ、事実デス……! 敵ハ、サンディエゴノ艦隊ト思ワレマス!」

「サン、ディエゴ……だとぉ!? 何故だ、どうやってきた……どうやって……?」

 

 燃え上がる拠点を指揮艦の艦橋から確認するのは、サンディエゴ海軍基地の提督、ウィルソンだ。辺りは不可思議なもやに包まれていたが、拠点周囲は晴れているため完全に見えないほどではない。どうやら拠点周囲は晴れ、その周りがもやに包まれるという、まるで台風の目のような状態となっていたようだ。ここに至るまでは指揮艦に搭載されているレーダーは狂いに狂い、方位磁石も針が暴れまわっており、正確な方角などは掴めない状況。周囲を把握するには、自分たちの目で確かめるほかなかった。

 そんな海域に、サンディエゴ海軍基地の艦娘たちは足を踏み入れていた。

 サンディエゴ海軍基地から北西、アラスカ湾付近に、妙な一帯が確認されたというのが、ミッドウェー海戦以前に報告が上がっていた。自然現象として時折もやがかかり、辺りがよく見えなくなってしまうことがたびたびあるところだった。そしてこの自然現象を活かし、深海棲艦ならではの力を混ぜ合わせた天然の姿隠しを行ったのが、北米提督の拠点だった。

 敵が迷い込んだら、レーダーを狂わせ、拠点に近づけさせず、外へと追いやらせる。例え近づこうとも、もやによって視界の不備を活かし、近づけさせない。そうして今まで拠点である人工の島を維持していた。

 地図にも載っていないそれは、北米提督が活動を開始して以降、誰にも気づかせなかった拠点だった。

 だが、ウィルソン提督は自分たちを時折攻撃してくる深海棲艦が、どこから来ているのか、それをずっと疑っていた。そして奇妙な一帯があるという報告を耳にし、偵察として航空機や偵察のための艦娘を派遣し、それが確かなものであるかどうかを精査した。その折、基地がまた襲撃された上に、ミッドウェー海戦が行われてしまったのは誤算だった。

 しかし、戦いを終え、偵察隊が持ち帰った報告を確認し、やはり何かがあるのだと目星をつけたところを改めて捜索。ヘレナやクリーブランド率いる水雷戦隊や、アルバコアなどの潜水艦隊を派遣し、情報を整理した上で襲撃を行う手はずを整えたのだ。

 北条提督との会話の際に、奴らの拠点はおおよその目星はつけてあると口にしていたが、このことだったのである。

 

「遠慮はいらない。今まで辛酸をなめつくされた借りを纏めて返す時だ! 徹底的に攻撃しつくし、奴らを撃滅したまえ!」

 

 戦艦の主砲が唸りを上げ、拠点の外壁をどんどん破壊し、炎上させる。そうして空いた穴に向けて艦載機が爆弾を投下し、更に被害を広げていく。もちろん外壁だけではない。周囲の地上や、攻撃に対して反撃のために出てきた深海棲艦に対しても、艦載機が次々と攻撃を仕掛ける。

 接近戦のために水雷戦隊も肉薄していくのだが、アメリカ海軍らしくその数はかなりのものだ。かつての大戦でも数による脅威というものを知らしめたものだが、今の深海北米艦隊は、まさにその脅威を味わっている。

 

「提督、ココハ撤退ヲ……! 殿ハ私ガ」

「……くっ、やむなしか……! 任せる、メリーランド」

「承知シマシタ。コロラド、ウエストバージニア、後ハ任セルワ。提督ヲヨロシク」

 

 力強く頷いたメリーランドの戦艦棲姫が出撃していき、それを見送った北米提督とコロラド、ウエストバージニアの戦艦棲姫をはじめとする護衛の深海棲艦が、別方向から脱出を試みる。

 サンディエゴ艦隊も出てきた戦艦棲姫に気付いたが、ウィルソン提督は目を細める。敵が保有している戦艦棲姫の数を知っていたからだ。サラトガに「別地点にも目を光らせろ。出てきた奴が囮の可能性がある」と指示を出す。

 サラトガをはじめとする空母らが放った艦載機が拠点周囲を飛行し、誰が拠点から出てきたのかを把握できる。

 読みは当たり、拠点の裏口から出てくる人影が確認され、艦載機からの報告を受けてサラトガから指示が飛び、拠点の包囲を行っていた艦隊が動いていく。しかし敵も北米提督を守るために奮戦する。

 歯噛みし、慌てたように手をばたつかせながらも、何とか北米提督は空いたスペースを目指して脱出を試み、潜行しようとする。それを塞ぐように遠方から砲弾が飛来し、艦載機からも攻撃が飛んでくる。

 戦う力のない元人間の深海提督相手だろうと容赦の欠片もない。今ここで、北米提督を討つという気概が、殺意が、飛来する攻撃に込められている。一度死んだ身である北米提督も、この迫りくる死の気配に、乾いた笑みが浮かび上がる。

 

「は、はは……おお、神よ。これが自分に与えられた試練だというのですネ……!? このような、このような終わりを与えると? まだ、まだ自分は大いなる使命を果たしていない。その道を、これから歩もうというその時に! このような終わりなど……!」

 

 必死に足を動かし、艦娘の攻撃による直撃を避ける。背後で爆発する砲弾の煽りを受け、体勢を崩しそうになるが、それでも彼は海を走る。十分に距離を取ったところで海に飛び込み、海域から脱出しようとしたが、追手は海中にもいた。

 背後から迫ってくるのは複数の魚雷。見れば、アルバコアなどの潜水艦の艦娘が何人か北米提督を追っていたのだ。やられる!? と思った刹那、庇うように戦艦棲姫の艤装の魔物が盾となる。その隙に北米提督を抱えて一気に距離を離すように潜水していく。

 

「ウエストバージニア……!」

「アナタヲココデ喪ウワケニハイキマセン。アナタハマダ、ヤラナケレバナラナイコトガアル。コノ屈辱ハ、イズレ返シマショウ。……素体ハ失イマシタガ、マダヤリ直セマス。ソウデスネ?」

「……ああ、向こうからすれば借りを返しに来たのだろうが、それは自分とて同じこと。パールハーバーを完成させ、サンディエゴに礼をしなくてはな……!」

 

 艤装の魔物と繋ぐチューブが切れており、力の供給は失われているが、それでも仲間を守る盾にはなれる。北米提督とウエストバージニアなど、護衛する深海棲艦が逃げ切る時間を稼ぐため、魔物は吼えながら潜水艦らが放つ攻撃を止め続けた。

 これでは追いきれないと判断し、潜水艦らは撤退するが、魔物もまた去っていく脅威を前に、最後までその場にとどまり続け、命を燃やし尽くした。

 海上もまた、炎上する北米提督の拠点を前に、無数の残骸が転がる。北米提督を逃がす単に時間稼ぎをした深海棲艦たち。メリーランドの戦艦棲姫もまた、その命が尽きるまで役割を果たし続けた。

 立場が変わり、種族が変わってもなお、主を守るために配下がとる行動は変わらない。その忠義を前にウィルソン提督は目を細める。思うところはあるかもしれないが、しかしこれは生存を賭けた戦いだ。

 拠点としての在り方を失った人工の島は、無数の砲撃を前に跡形もなく崩れ落ちた。ここに残されていたデータは失われ、そして密かに生み出されようとしていたパールハーバーの素体も炎にまかれて消える。

 しかし一番の目標である北米提督の命は繋がれた。撤退してきた潜水艦の報告を耳にしたウィルソン提督は、

 

「そうか。戦力を削るだけに留められてしまったか。仕方がない、作戦は終了だ。今回のことで敵は恐らく体勢を立て直すのに多くの時間が必要になるだろう。新たなる拠点を構えるだろうが、その場所もまた探さねばならない。しかし、勝利は勝利だ。こうして拠点を潰すことに成功したのだからね。それを喜ぶとしよう。我らがアメリカ海軍は、やられ続けるだけでは終わらないということを、ここに証明した! 諸君らの健闘を私は称えよう!」

 

 そう結び、艦娘たちを大いに称賛した。あちこちで艦娘たちが拳を天へと突き上げ、勝利の声を響かせる。我々は勝利したのだという証を、その胸に刻み込むように海域に少女たちの声が響き、空を艦載機が飛行する。

 ウィルソン提督率いるサンディエゴ海軍艦隊による、北米提督の拠点陥落の報せは、アメリカだけでなく後になって日本にも届き、深海棲艦の拠点は海上に隠されている可能性が示唆された。これは一種の希望にもつながり、それぞれの海域に座する深海提督の拠点も、どこかの隠されているのではないか、そんな推測を改めてたてられることとなる。

 同時に深海提督の間でも、北米が敗れて撤退したという報せが後日届けられ、ある者は驚き、ある者は興味なさげに頷き、ある者は不甲斐なしと嘆く。

 まもなく季節は秋になろうとしている。

 季節の変わり目を迎える前に、それぞれの提督らの周辺もまた、色々な形で急変していくこととなった。

 


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