呉鎮守府より   作:流星彗

126 / 170
繋ガル勢力

 

 夜闇に紛れ、それらは静かに動いていた。長らくそこ周辺は平穏そのものだった。定期的にラバウル基地から巡回が行われており、建設された基地は維持されていた。まだ人は住んでいないが、いずれ近い将来、そこを運営する誰かが訪れるその時を待ち続けていた。

 そうなったのも、去年の秋、ソロモン海域が人類の手に取り戻されたからだ。南方提督の敗北により、ヘンダーソン飛行場の飛行場姫、強力な戦艦である戦艦棲姫擁する艦隊が落とされ、南方提督はその海域から撤退することとなった。

 以降は怨嗟を溜め込みながら、レ級などを生み出しはしたものの、ソロモン海域を奪還するには至らず、ラバウル基地の深山とトラック泊地の茂樹が主にソロモン海域の哨戒を行い、深海棲艦の排除が行われている。

 その合間に妖精を送り込むことで、このショートランド泊地やブイン基地の建築が行われていた。完成し、提督が着任すれば、人類による戦線拡大が行われ、よりソロモン海域は人の手によって安寧を取り戻すだろう。

 だが、それはこの新たなる南方提督にとって許されないことだった。

 

「襲撃開始」

 

 命令に従い、一斉に深海棲艦がショートランド泊地を守る艦娘たちへと襲い掛かる。突然の夜襲に艦娘たちの反応が遅れ、先手を許してしまった。敵襲の声が上がるが、それは砲撃の音にかき消される。

 だが発砲音や爆発音は響き渡り、待機していた艦娘たちも動き出す。しかし流れはもう新たなる南方提督率いる深海艦隊にある。その中で一つ、赤い燐光を闇の中で灯らせ、動く白い影が、一気に防衛艦隊に肉薄していく。

 彼女は深海棲艦へと堕ちた吹雪。

 駆逐艦ならではの夜戦突撃、装填された魚雷の一斉射により、複数の艦娘が撃破されていく。かつての仲間であったはずの艦娘を、この手で沈めていく。そこに思うところは少なからずあるが、しかし彼女は最早、感覚、感性までも深海棲艦と成っていた。

 もしかするとここを防衛していたのは、まさにラバウルの艦娘だったのかもしれない。自分もまたラバウルの艦娘だったのだから、より思うところはあるかもしれない。

 

 だが、だがである。

 かつてはそうだったかもしれないが、今の自分は深海側の存在だ。

 

(堕ちてしまえば、楽なものです。割り切ればいい、自分はもう、艦娘ではない)

 

 先代の南方提督をこの手で殺した。彼の持ちうる記憶や情報を取り込み、整理し、その過程でさらに深海の情報も蓄積される。そうしたからか、もう自分の構成するものは、深海のもので埋め尽くされている。

 艦娘の吹雪はもうどこにもいない。自分と融けあった天龍の要素も歪な左手へと変貌し、跡形もない。このような異形の存在となったのに、どうして自分が艦娘だと名乗れようか。

 一人、また一人と艦娘を沈め、有力な戦力は粗方消えたところで、深海吹雪は一息つくように辺りを見回す。残りは全て他の深海棲艦が片を付ける。後方からは戦艦ル級やタ級が砲撃を行い、建てられた基地を破壊していく。

 炎上していく未来のショートランド泊地を前に、深海吹雪は目を細めた。そして通信を繋ぐように右手を髪に当てると、「こちら南方。ショートランド泊地の破壊に成功しました」と報告する。

 

「こちら中部。僕もブイン基地の破壊を終えたよ。作戦は成功だ、お疲れ様」

 

 北の方角、遠方にうっすらと燃え上がるような赤が見える。ブイン基地と呼ばれるところもまた、星司率いる艦隊によって破壊されたようだ。夜の奇襲により、二つの拠点が一気に破壊される、何ともあっけないものだった。

 

「これほどまで簡単にできてしまうとは、これなら何故先代はさっさと実行しなかったのか。理解に苦しみますね」

「作戦失敗続きで色々あったらしいからね。彼が動かなかったのは、僕としては詳しくは読み取れないし、今となってはいない存在に思いを馳せても無駄だろう。彼の記憶を吸収した君ならばわかるのでは?」

「彼の感情はいらないものとして処分しました。あのような怨嗟、私にとっては不要なものです。卑屈な人間の感情など、使い物にならないでしょう。求めるのは純然たる成果。そのために私は、あなたに協力を求めたのですよ。こうしてソロモン海域を取り戻すために」

 

 そのための作戦はこうして大成功を収める。防衛していた艦娘も全滅し、さあ帰ろうとした時、「ああ、そうそう吹雪」と、思い出したように星司が声をかけてきた。

 

「落とした艦娘は、忘れずに回収してきてくれるかい?」

「持ち帰ってまた色々するのですね?」

「そうだよ。得られるものは全部得ておきたいものだからね。よろしく頼むよ。ああ、持ち帰る場所は、先代が使っていたあそこで構わない。ソロモン海域を手中に収めるならば、あそこがいいだろうからね。引っ越しだ」

「了解しました。ではそちらで落ち合いましょう」

 

 

 しばらくして、打ち捨てられた深海拠点で合流した星司と深海吹雪。残されていた工廠で、星司は軽くコンソールをいじってみる。時間は経過しているが、手を加えれば問題なく使える程度に、機能は生きていた。

 運ばれてきた艦娘の亡骸は自分がそうしているように、種類に応じてまとめるように指示を出し、深海吹雪が見守る中で手を加えていく。手持無沙汰になってしまっている深海吹雪は、少し考えた後、ゆっくりと口を開く。

 

「そういえばあの作戦の後だというのに、手を借りてしまったこと、申し訳ないです」

「なに、かまわないよ。そりゃあ確かに戦力回復のこともあるし、新たに調整すべき個体もいるにはいる。でも、後輩に頼られたんだ。手を貸してやるのも先輩冥利に尽きるというものだよ」

 

 誰かに頼られるというのはそれほど嫌いではないらしい。どこか楽しげにコンソールをいじる様子は、嫌々やっているようには全く見えない。そんな現場にやれやれといった表情で入ってきたのは、星司のもとにいるアンノウンだ。

 両手を頭の後ろで組みながら、「ほんと、人が良いよねえ、あいつってばさぁ」と、どこか呆れたような、しかししょうがないなという風な色を含んだ声色だった。

 

「でもマスターも、自分の欲求には正直だよねえ。ああいうのをいじるのが本当に好きなんだからさ。そしてここの機能を直すことで、お前がここで戦力増強に励める。深海側としては良いことだ。そうだろう?」

「まあ、そうですね。戦力増強は大事です。ソロモン海域を完全に手に収め、ラバウルを落とすためにも必要なことでしょう」

「だがラバウルはなかなかの戦力だあ。伊達に一年以上、あそこで活動していないってね。南方の座をもぎ取ったばかりの吹雪じゃあ、少々荷が重いんじゃないかな? おっと、ボクらに協力を求められてもってやつだ。うちのマスターの標的はラバウルじゃないんでねえ。どうにも呉にご執心ってやつさあ。そのための戦力増強に努めている。そっちと手を組んで拠点を落とすのは、今は無理ってやつだねえ」

「そこまで呉が気に食わないと? 日本を落とすのに失敗したのですから、いったん日本から離れ、こちらなどに手を回すべきでは?」

 

 その意見にも一理ある。あの作戦の失敗により、日本海軍はより警戒心を上げたはずだ。二つの派閥の一角が消えたことで、一丸となって戦う構えもできている。この状態で呉に襲撃をかけたとしても、すぐさまどこからかフォローが入り、逆に深海側が食い破られかねない。

 ならば日本から離れた拠点を潰すべきだろう。それが今回のショートランド泊地やブイン基地を破壊したことに、より意味が生まれる。この二つを落としたことで、次はラバウル基地かもしれないと、ラバウル提督である深山が警戒をするかもしれないが、その上で襲撃をかけるのか、あるいはトラック泊地を攻めるかの選択肢も生まれてくる。

 

「そうだね、その意見も頷ける。だがどちらにせよ、今の僕は新たなるモデルを作ることを優先する。今回は君がここで自立し、戦力拡大ができるようにするまでは手を貸す。そうすることで、君が自分で考え、ソロモン海域から行動できるようにできるのだから。ああ、それと新たなるモデルを作れるコツも教えておこうか。君の手からも生まれ落ちるようにするのもいいだろうからね」

「それはありがたいことです。お願いします、中部先輩」

 

 と、話ながらいじっていた手が、最後に力強くキーを叩くと、電子音が静かに響き渡り、モニターに次々と光が灯っていく。深海勢力が利用するネットワークと繋がり、彼らがやり取りするデータの閲覧が可能になった。

 建造可能な深海棲艦の情報も確認でき、先の戦いでアップロードされたツ級のデータや、星司が作った空母棲姫のデータも使用可能になっている。だが中間棲姫のデータや、北方棲姫のデータは上がっていないようだ。

 中間棲姫についてはミッドウェーに適合したタイプであり、他の地域に使い回せないものとして、建造はできないようになっているようだ。北方棲姫もまた同様にウラナスカ島に適合したタイプだからか、あるいはデータ的には問題なさそうだが、他の深海提督に使わせないようにロックがかけられたのか、はたまた三笠がデータを上げなかったのか。どちらにせよあの見た目のため、星司も北方棲姫は使う気にはなれないため、事情に触れることはしなかった。

 

「さて、新たなモデルの開発のコツだけど、やはり種をうまく育成し、素体を生み出せるかどうかにかかっている。で、種からどうするかだけど――」

 

 と、深海吹雪へと説明始める後ろで、小さく欠伸をするアンノウンは、あちこち視線を動かし始める。使われていないポッド、整理された艦娘の亡骸と、戦いだけに専念する自分にとっては気を回す必要のないもの。

 建造や調整の時間となれば、暇となってしまうのもやむなしだった。と、そこに中部艦隊に属する潜水艦が工廠に入ってくる。何かを報告しようとしているようだが、星司と深海吹雪がコンソールを前に色々と打ち合わせをしているため、声をかけづらそうだった。

 

「報告かい? ボクが聞こう。何々? …………うん、へぇ……トラックとパラオ?」

 

 それはトラック泊地の提督が、パラオ泊地の提督と交流を進めているという報告だった。パラオ泊地といえば、今年の春に新しい提督が着任したという話がでている。名前については聞いていないが、この新人を教育するように、たびたびトラック泊地の提督が、パラオ泊地の提督と交流しているというのは、アンノウンも情報で確認している。

 最近もまたそれが行われているようで、アンノウンとしては特に気にする要素でもない。新人提督が強くなるというのなら、より戦いが楽しめそうだという期待が持てる。だが中部艦隊の標的はずっと呉だったため、パラオ泊地やトラック泊地については、意識の外にあった。

 しかし深海吹雪の言うように、日本からいったん手を引くというのならば、中部艦隊が相手をするべきはトラック泊地やパラオ泊地になるのではないだろうか。中部の拠点的にも、一番近いのはトラック泊地である。この機会に手を出すのもありではないか? アンノウンはそのように考え、

 

「そういえばさあ、トラックやパラオの人間の名前って何だっけ?」

「…………」

「トラックは東地茂樹、ああ、うん……そんな感じの名前だっけねえ。で、パラオは?」

 

 こちらについては、呉に潜り込んでいたスパイである白猫が奪った情報には入っていなかった。だがどうやら茂樹の通信を傍受していたようで、名前は入手できたらしい。

 パラオ泊地の提督の名は、美空香月。

 その名前を聞いたアンノウンは、静かに視線を上げ、思い出すようにこめかみに指をとんとん、と当てる。

 

「美空、ねえ?」

 

 浮かぶのは日本海軍の大将の名前。

 そして先日のかの神の前に名乗ってみせた、自分のマスターの名前。

 はてさて、人間の名前としてはよくある名前なのだろうか。そうでないならば、縁者なのだろうか。だとすれば、これを聞いた星司はどういう反応を示すんだろう。

 そういった興味が小さく芽生えるが、今は深海吹雪とよろしくやっている様子。あの先輩と後輩の時間を邪魔するのはやめておこう。

 報告してきた潜水艦に退出を促し、「ふぅん……そっかぁ……」と、にんまりと目を細めて笑みを浮かべ、どこか楽しげな呟きを漏らし、アンノウンも二人きりにするべく、工廠を後にした。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。