呉鎮守府より   作:流星彗

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お久しぶりです。
これより新章に入っていきます。
また、物語的には第2部に入ったともいえる段階です。


ついに雪風改二、おめでとう


7章・先輩と後輩
在りし日の記憶


 中部提督は美空星司。

 その推測を改めて美空大将へと伝える。母親である彼女にこのような推測を伝えるべきかどうか、少し考えることにはなった。しかし深海提督の存在は明らかなものとなった現状、報告はするべきではあるし、正体もまたほぼ確定している。上司である彼女に報告すべき案件であることは間違いない。

 湊と共に伝えると、美空大将は苦い表情で瞑目した。

 そうして沈黙してから数分は経っている。当然だろう。彼の死によって彼女を取り巻く環境は変わってしまった。悲しみを胸にしまい込み、ただひたすら第三課での仕事に打ち込み、大将という地位まで上り詰めたのだ。加えてもう一人の息子である香月は復讐心によってアカデミーで優秀な成績を収め、現在はパラオ泊地の提督に就任している。二人の関係性も変わってしまったほどに、美空星司の死は影響を及ぼしている。

 そんな彼が、よもや人類の敵として再び舞い戻ろうなど、誰が想像するだろうか。

 死んだ人間は蘇らない。その前提を覆す深海提督の存在。そこに彼が座すというだけではない。日本海軍の中でも重要な人物である美空大将の縁者が敵対しているというだけでも、これ以上ない程にウィークポイントであり、美空大将の地位を脅かしかねない傷にもなる。

 そうして時間をかけて、彼女の中で気持ちの整理がつき、重く閉ざされた唇が開く。

 

「…………海藤、湊」

「はっ」

「はい」

「仮に中部提督とやらが星司だったとして、躊躇する必要はない。殺せ」

「はっ、よろしいのでしょうか?」

 

 つい問いかけてしまった凪だったが、煙管を灰皿に一度、強く叩いて美空大将は大きく息を吐いた。立ち上る紫煙、その揺らめきをじっと見つめながら、美空大将は「……構わない」と頷く。

 

「あれはもう死んだのだ。奴がどんな存在でも関係はない。本人だとしても、それを名乗るモノだったとしても、奴が人類の敵であるという点に変わりはない。ならば私たちのやるべきことは決まっている。そうでしょう?」

「深海棲艦は全て滅する。例えセージさんだったとしても、その対象から外すべきではない。そうおっしゃるのですね?」

「その通りよ湊。慈悲はない。私のことを気にすることなく、奴を滅し、眠らせなさい。二度とこの世に舞い戻らせることなく」

 

 仮に息子だったとしても、あれはもう息子の姿をした何かとして処理する。それが大将という地位にある美空大将の決断である。それを凪と湊は尊重し、彼女の命令を受諾した。

 敬礼した二人に対し「では、話は以上よ」と促し、二人が通信を切ってもなお、美空大将は椅子に深く腰掛け、紫煙を揺らめかせたまま瞑目し続けた。決断し、命令してもなお、彼女の心はざわついたままだった。

 ふと、引き出しを開けて一つのフォトフレームを取り出す。そこには家族写真らしい構図で三人が映っている。椅子に座っているのは現在の美空大将よりも若くしたような美しい女性。

 その隣に立つ青年が星司で、二人の前に立つ少年が香月だ。星司は海軍の制服を着ている。香月は普通の礼服だ。これは星司がアカデミーの学生を終え、第三課として海軍に入隊したことを祝う家族写真である。

 その写真に美空大将の夫がいないのは、もうすでに亡くなっているためだ。彼もまた海軍所属の軍人だったが、深海棲艦との戦いにより、戦死している。まだ艦娘が導入されつつある時期における戦死であり、人類にとってまだまだ不明な点が多い時期だったため、やむなきことだった。

 星司が第三課に入隊した時期は鎮守府の数はまだ少なく、卒業時に成績優秀な学生が提督に就任するという流れはなく、それぞれが希望する部署への配属となっていた。

 美空大将と同じく手先が器用だった星司は、希望通り艦娘や装備などに携わる第三課に入り、その才能を遺憾なく発揮するものと思われた。だが当時は護衛艦などの整備にも携わっていたため、星司はそちらにも関わることとなる。

 

「ま、問題ないさ。僕としてはこういう世界で地道に弄り回しているのが性に合ってるからね。いずれ母さんの下につくか、あるいはまた別の人の下につくか。それらは人事次第ってね」

 

 元より卒業してすぐの話。まずは下積みから始まるものだ。星司の腕をしっかり評価され、第三課のどのチームに入るかは人事が決めることである。だが星司はアカデミーに入学する前より、母親である美空大将の下で、艦娘に携わる仕事がしたかったというのは本音だ。

 母親と同じ道を歩みたい子供の気持ち、よくある話である。

 その上で星司の力量は誰もが認めるものだった。開発、修復、改修など、様々な点において十分な働きを見せていた。

 同時に、彼の風変わりな様もまた、他の人たちに明らかになっていくことにもなる。

 

「うーん、いいよねえ、こういうの。僕の手で磨き上げられて、照り返す光。整えられたフォルム。我ながらいい腕をしているもんだ、うん。いい調整だろう? そう思わないかい?」

「……え、なにコイツ??」

「あー、気にしないでください、先輩。こいつ、のめり込むとバカになるタイプなんで。でも、しっかり調整はできるんで、任せられるところは任せてしまって問題ないです」

 

 演習で使われた装備の調整をしているところの一場面である。アカデミーから一緒に過ごしている同期は慣れたものだが、先輩らにとって、星司のこの一面は面を食らうものだった。

 しかし同期の青年が言うように、腕は確かである。手際よく整備し、調整していく星司は期待の新人といえるだけの人材だ。あの美空陽子の息子だが、よくいる有名人の息子という立場を笠に着ることもなく、純粋な技術屋としての一面性のみ見せていた。

 母親は母親、自分は自分と分けている。それどころか技術屋として腕を振るい続けることを良しとし、その日々の中でずっと生き続けるとまで思わせるほどに熱中する。一つ一つの調整に手を抜かず、それどころかどのように改良すれば、より良い性能を発揮できるかの探求もするほどに、星司はこの世界にのめり込む。

 優秀ではあるが変人、根っからの職人。それが美空星司という男であった。

 

 

「これ、僕の所感をまとめたやつね」

「ご苦労、星司。……ほんと、あなたは細かいところまで気にするわね、毎度毎度」

 

 ざっと軽く渡された書類に目を通し、その文の密度に呆れたような息を漏らす美空大将。いや、当時は大将ではなかったが、それでも第三課の中では重要なポジションで働いていた。帰宅したところ、同じく帰宅していた星司に部屋まで訪ねられ、こうして書類を渡されるのも、よくある日常となりつつある。

 艦娘に関することはあまり関わることはないが、彼女らの装備については、演習終わりなどで触る機会がたくさんある。そうして一つ一つ手を加え、気になったところをまとめるようになり、それを反映して改良する。

 それによって良くなることもあれば、あまり変わらないこともあるし、逆に悪いことになることもある。まだまだ艦娘について謎が多かった時期ということもあり、こうしたトライ&エラーを積み重ねるのも日常的だった。

 しかし星司と美空陽子にとって、それは決して悪くない日常だった。特に星司にとっては充実していたともいえる。自分の好きなことを気の向くままにやり続けられるのだ。

 

「で? この再現度は何かしら?」

 

 と、手にした書類の一部分を見せるようにひらひらとさせながら目を細める。そこには、何とも言えない艦橋が描かれている。驚くほどリアルに描かれたそれは、コンパクトにまとめられた髪飾りになっている。

 

「ああ、よく出来てるでしょ? 扶桑と山城のアレだよ。あの独特すぎるフォルムをそのまま艤装に持ってくるのもあれだからね。そうしたワンポイントに留めれば、識別はできるでしょ?」

「……艦娘に落とし込んでも、これからは逃れさせないと?」

「そりゃあ世界でも一部で大人気のアレだからね。外すわけにもいかないでしょう、母さん」

 

 冗談めかして肩を竦めつつ微笑む星司だが、単なる落書きではなく秀逸にデザインされたものになっているあたり、彼の本気度が伺える。しかも髪飾りとしてのデザインもそう悪くはないものだ。

 艦娘を識別しつつ、おしゃれさも加味したそれは、女性の目から見てもそう悪いと一概にいえないものに仕上げられている。手先が器用な彼は、こうしたデザイン技術もそう悪いものではない。趣味に関連する物であれば、培われた巧みな技術を用いて楽しみながら完成度を上げてくる。そうした才能は、母親の目から見ても少し羨ましく感じられるものだった。

 

「いいでしょう。扶桑と山城を生み出す際には、これも考慮することにしましょう」

「お、採用ありがとう、母さん」

 

 髪飾りがデザインされた一枚をファイルにしまい込むと、星司は思い出したように、「ああ、それと母さん」と指を立てる。何か? と引き出しにファイルを入れた美空陽子が視線を上げ、

 

「扶桑と山城を生み出す際には、ぜひとも航空戦艦モデルも取り入れようよ。史実じゃできなかったこと、こっちなら叶えられるんじゃあないかな?」

「航空戦艦? 伊勢と日向ならできたことだけど、扶桑と山城では実現できなかったことよね?」

「そう、だからこそこっちでは、構想にあったものを実現させられる夢がある。単なる戦艦として運用は他の艦娘でも十分にできる。でも航空戦艦は伊勢と日向しかできない。選択肢はたくさんあった方がいいだろう? 切ることができるカードは、たくさん持っておいた方が損はないと僕は思うけどな」

 

 星司の言葉に、美空陽子は確かにと一つ頷く。実際に戦艦は長門と陸奥、そして金剛姉妹が完成している。戦艦だけでもこれだけ揃っているのだから、単に戦艦を増やすだけというのも味がない。

 別の戦力を揃えておいた方が、色々な艦隊を組む上で有効に働くだろう。史実ではできなかったことを、艦娘ならばできるかもしれないというのは、そこまで悪くない考え方だ。もしも計画だけが持ち上がり、頓挫したことを、妖精らの摩訶不思議な力で実現させられるなら、この先の艦娘誕生や改装にも大きな影響を与えるかもしれない。

 

「いいでしょう。その案を採用しましょう」

「お、言ってみるもんだね」

 

 どこか満足そうに頷いた星司はにっこりと笑い、「じゃ、おやすみ母さん」と挨拶して退室した。するとリビングでテレビを見ていた香月が肩越しに振り返り、「いつもの話、終わったのか兄貴?」と声をかけてくる。

 

「ほんと、自宅でも変わんねえジャン、兄貴。いっつも何かと作るもののこと考えてんな?」

「そう? ……うん、そうかもね」

「器用だし発想力もあるし……うん、第三課は合ってるよな。オレにはそこまでの器用さがねえからなあ」

「香月は僕と違って、提督への道を歩くといいよ。それぞれできることをやっていけばいい」

 

 と、冷蔵庫からお茶を取り出し、グラスに注いでいく。「僕には提督は無理だ」と、肩を竦めながら微笑を浮かべ、ぐいっとお茶を飲み干した。その言葉に香月は「そうかあ?」と疑問だ。

 

「兄貴は何かと器用だし、意外といけるかもしれないんじゃね? いやまあ、最終的には兄貴の意思次第ってのはわかってるけど」

「無理さ」

 

 と、どこか確信めいて言う。それだけ言い切るには理由があるんだろうと香月は、何故と問う。その疑問に、当然だろうというかのような表情を浮かべ、

 

「僕は所詮、作る側の人間だ。指揮する側、表に立つ側じゃない。裏から支える立場が合っている。技量的にも、性分的にもね。僕はただ作っていたいのさ。色々と手を加え、生み出し、改良し続けたい。今は装備だけだけど、いずれは艦娘も作ってみたい。そういう気持ちもある。だけど、それらの成果を使い、艦娘を従わせるなんてことは似合わないのさ。自分でそうわかってしまっている」

「言い切るジャン。……でも、まあそうだなあ。作業している時の兄貴は、本当に生き生きとしてらあ」

「うん、そうだろう? 僕はあの時間だけが幸福さ。……ああ、もちろん、君らと構っている時間も悪くはないよ」

 

 と、足元にすり寄ってきた白猫と黒猫を軽く撫でてやる。その表情はとても優しく、リラックスしているようだった。そのまま二匹を抱え上げ、両肩に乗せてやりながら自室へと歩いていく。

 

「だから僕は最初から最後まで第三課で過ごすよ。いずれ母さんと一緒に、第三課を盛り上げていければと思っている。だから香月、頑張ることだね。いずれ君が提督となったときには、僕が作った誰かと会わせてあげたいものだ」

「ハッ、そりゃあ楽しみだよ兄貴。兄貴が一から艦娘を作れるくらいに昇格しているってんなら、オレも負けちゃあいられねえジャン。……数年後になるだろうけど、アカデミー卒業して、どっかの鎮守府に着任したら、そんときゃあ兄貴がデザインした艦娘、迎え入れさせてもらうよ」

「ああ、その時が楽しみだね」

 

 

「――――終わってしまったものだと思っていたけれど、終わらなかったようね、星司」

 

 思い出された家族のひと時。今、思い出されたもの以外にも、様々な思い出が彼女の中にはある。二度と戻らない日々、失われた時間、未来。思い出は思い出のまま、それを胸にしまい込んで、ここまでひた走ってきたというのに、よもや闇の中からひっそりと戻ってくると誰が想像しただろう。

 しかしそんなものを認めるわけにはいかない。中部提督の称号を背負い、美空星司という名を騙るもの。それが自分たちの敵として立ちはだかるというのならば、美空陽子は母として、大将としてこれを認めるわけにはいかない。

 立場上、自分の手で終わらせることはできないが、幸いにして彼女の代わりに手を下してくれる人がいる。全ては彼らに任せることになってしまうのが心苦しいが、彼らならばきっとやってくれると信じている。

 

「扶桑と山城か」

 

 そういえば、と思い出した記憶のことを振り返る。いつかの日、かの姉妹のヘアアクセサリーのデザイン案を出してきた。最終的にはあの案を採用し、艦娘としての彼女たちを産みだしたものだ。

 そんな彼女たちも、今では各鎮守府で航空戦艦として、その力を十全に発揮している。史実では実現されなかった架空の力だが、その力をより伸ばしていくプランが立ち上がっている。

 まだ初期段階のプランではあるが、煮詰めていけば秋には完成することができるだろうと踏んでいる。

 これも何かの縁だろう。

 いくつかの改二プランを進め、それぞれの鎮守府の戦力増強に努める。大本営にとって煩わしい問題は解決された。今ならスムーズに色々なことができるはず。美空大将にとっての戦いは、派閥争いという時間が消えたことで、第三課の作業に大きく時間を割くことができるようになる

 色々な計画が一気に進められる。彼女の戦いは、ここから大きく動き出すことになるのだった。

 


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