呉鎮守府より   作:流星彗

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報告

 

 戦いが終わり、日本は守られた。深海棲艦の本土への奇襲に対し、大本営の艦娘と呉と佐世保の艦娘が、多大な被害を出しながらも食い止めることに成功したのだ。守られはしたが、日本の鎮守府全ての提督を出撃させ、ミッドウェーとアリューシャンへと対応に当たらせ、日本の守りを薄くしたという責任は問われなければならない。

 少しでも守りのために残すべきだという意見は多数決によって却下され、ミッドウェーの悪夢を乗り越えるという目的を優先させた。その提案をした西守派閥は、この日を以って解散させられ、西守大将などはその籍を失った。

 今まで彼らがしてきたことが、自分たちにも適用されただけにすぎない。いつかの海藤迅をはじめとする、様々な優秀な人材が、責任を問われて除籍されたことにも関わってきた彼らだ。人に対して行ってきたことが、よもや自分には適用されることはない、と逃げの道を作らせることなく、美空大将などの決議によって、その処分は下された。

 これにより美空大将の目的である、大本営を蝕む膿は取り除かれる。これからは正しく評価が下され、深海棲艦への対応を迅速に行い、正確なデータをもとに判断を下せるようになるだろう。そう期待されることとなる。

 

 帰還した凪たちは、ミッドウェーの出来事を報告。とはいえ主に報告を行ったのは北条だ。軍の階級でみても、北条の方が二人よりも高いため、自然なことである。どのような戦いがあったのか、そしてミッドウェーに座していた中間棲姫は撃破できなかったことも、偽りなく報告した。

 だが美空大将は、

 

「……そうか。構わない。戦闘データはしっかり取れたのだろう? 次の機会があれば、それを活かして、再度戦えば良い。今回の戦いは、各地で想定外のことが起きすぎた。撃破失敗について責を問うことはない。それに、サンディエゴのウィルソン提督からも話は聞いている」

 

 ミッドウェーの戦いの後、イースタン島で合流したサンディエゴの海軍司令、ウィルソン提督と会い、言葉を交わした。金髪を整え、北条と同じく髭を蓄えた、30代ほどの男性である。背筋もしっかりとしており、北条のように少し太っていることもなく、引き締まっていて鍛えられた体をしている。アメリカの地位ある将兵といえば、こういう人物なのだろうと思わされる提督だった。

 その後のやり取りも全て英語で行われていたが、アカデミーを卒業した身であれば、英会話については何も問題がない凪と湊である。聞いている限りでも、問題なくウィルソン提督の話が理解できていた。

 ウィルソン提督曰く、数日前にサンディエゴ海軍基地に深海棲艦が襲撃を行い、基地や艦娘に被害を与えていた。こうしたケースはサンディエゴ海軍基地だけでなく、ハワイのパールハーバー基地や、ノーフォーク海軍基地もまた、大西洋から襲撃を何度も受けた過去がある。

 今回もまたサンディエゴ海軍基地の戦力を削りに来たものと思われたが、戦力回復の間に件のミッドウェーの報告が届いたという。加えてパールハーバー基地も襲撃を受けており、ミッドウェーへと援軍を送らせないようにしていた点についても、情報に差異はなかった。やはり日本とアメリカに挟まれることを避けるため、二つの基地を襲撃し、戦力を削いだ上で、日本を挑発したと考えられる。

 パールハーバーからミッドウェーに敵艦隊が集まっているという知らせを受け、より早く戦力回復を試みたサンディエゴ海軍基地だったが、日本からミッドウェーの深海棲艦を撃滅するという通信も不安定な中で受ける。日本も参加するならばと速やかに戦力回復を試みたが、結果はこのような形となってしまった。

 

「本来は我々アメリカ海軍が対処すべき問題だった。日本海軍にここまで遠征させ、戦闘を任せてしまうことになったこと、重ねてお詫びする」

「いえ、そんなことはありません。最終的にはあなた方に助けられました。我々だけでは、あの大艦隊を撃滅させることができなかったこと、ミッドウェーに座す姫級を撃破出来なかったことに関しては、こちらも詫びなければいけません。あの個体が、いや、あの艦隊がいずれまたあなた方を脅かすことになるやもしれません」

「何、その時は今度こそ我々の手で滅ぼしつくすのみでしょう。何度も襲撃を受けてばかりの我々ではありません。それに奴らの拠点はおおよその目星はつけてあります。艦隊を揃えた上で、今度はこちらからと考えていたところです」

 

 どこか不敵に笑うウィルソン提督の目には確かな自信があった。今までやられてばかりだった借りをまとめて返すのだという意志が見えていた。彼に従うアメリカの艦娘たちもまた、同様に自信が見える。

 彼女たちにもアメリカ海軍としての意地がある。何度も何度も基地を攻められるという受け手ばかりではいられない。攻め手へと転じる用意があるのだろう。

 もしそれが成功するようなことがあれば、アメリカ西海岸、太平洋方面の深海棲艦の勢力の一つが落ちることになる。そうなれば今まで以上にアメリカとの連携が強まり、もしかすると中部提督をも落とせる希望が見出せるだろう。

 北条だけでなく、凪もまたウィルソン提督らサンディエゴ海軍基地の面々の健闘を強く祈った。

 

「報告、ご苦労。後で報告書にまとめ、記録しなさい。……そして、もう耳にしていると思うけれど、本土が急襲を受けた件について」

 

 その言葉に、凪と湊は表情を暗くする。

 日本に戻り、大本営へと足を運ぶ際に、何があったのかをすでに耳にしていた。戦いのこと、そして被害のこともだ。

 

「海藤、湊。あなたたちのおかげで日本は守られた。このことについて、あなたたちにはどれだけ礼を尽くさねばならないか。今は褒賞についてまとまっていないけれど、いずれ与えるつもりでいる」

「……いえ、私はやるべきことを提案したまでです。礼は現場で奮戦した彼女たちにこそ与えられるべきでしょう」

「もちろんよ。あなたたちだけではなく、あの海域で戦った彼女たちにも礼をするつもり。でも、あそこまで戦えるだけの力へと育て上げた、海藤と湊もまた賞賛されるべきでしょう。……よくやってくれたわ」

「……はっ」

「ありがとうございます」

 

 

 美空大将への報告を終えると、改めて北条と会話する。やはりミッドウェーでの戦いの中で感じたように、どこか気さくなおじさんという風な雰囲気を感じさせる。普段の言動からして地位のある男性という面はあるのだが、それでも親しみを感じるため、嫌な感じがしない。

 人嫌いな気がある凪と湊でも、強い嫌悪感を抱かない男性という点でも、北条に対するイメージがぐるりと変化している。

 

「うーむ、帰ってきてみれば、すでに西守派閥が消えていたとは。実にあっけなかったものだね」

「西守派閥に属していたあなたに対して、美空大将から何もなかったという点で見ても、もしかするとあの方は、あなたの事情を把握していたのでしょうか?」

「さて、どうだろうね。私の心境に関しては誰にも話してはいない。話せば首が切られていた可能性があるからねえ。本当にあそこで君たちに話したのが初めてさ。……だから私自身も驚いている。派閥とまとめて首を切られることを覚悟していたからねえ」

「そうすれば横須賀を守る提督がいなくなる。伯母様からしても、今の状況を照らし合わせれば、そのようなことは不都合極まりないと判断したのでしょう。恐らくこれから先、あなたは伯母様から働きをチェックされるかもしれない。だから、改めて機会を伺い、伯母様に西守大将に関することを報告しておいた方がいいかも」

 

 湊の言葉に、北条は「確かに」と頷く。少しでっぷりとした腹を一度、二度と叩いて、気合を入れるようなそぶりを見せると、「善は急げという。早速伝えてくるとしよう」と踵を返して歩き出した。

 

「今回、君たちと組めて良かったと思っているよ。本当に、いい後輩が育ってくれたものだと、私も嬉しい気持ちだ。何かあれば遠慮なく声をかけてくれたまえ。凪君、湊君。また会おう」

 

 では、と手を挙げて美空大将の部屋へと戻っていく北条に、凪と湊はそっと目を合わせる。本当に彼に対するイメージが変わったものだ。出撃前は憂鬱な気持ちだったというのに、今はそんな気持ちは彼にはない。

 人生の先達としても、相談できそうなおじさんという感じに思える。人のイメージというものは伝聞や雰囲気だけで決まるものではない。他人が苦手な二人にとって、そんな当たり前のことを忘れていた。

 建物を出てそれぞれの指揮艦を泊めている埠頭へと移動すると、そこには呉と佐世保の艦娘たちが待機していた。二人に気づくと、彼女たちは一斉に敬礼する。ミッドウェーで戦った艦娘だけでなく、日本防衛のために戦った艦娘もそこに揃っている。

 修復を受けたことで傷は癒えているが、しかし大切な仲間を喪ったという心の傷は癒えていない。敬礼を返した凪と湊へと真っ先に駆け付け、そして勢いよく頭を下げたのは大和だった。

 

「……申し訳ありません」

「……何の真似かな、大和?」

「私のせいで、長門を喪うことになりました。どれだけ詫びても詫びきれない。呉鎮守府にとって大事な存在を、私という存在が喪わせるきっかけとなりました。本当に、申し訳ありません」

「やめてくれ。君のせいではない。……きっかけがなんであれ、俺たちは命を懸けた戦いをしている。確かに長門を喪うことは悲しい、君が責任を感じる気持ちもわからなくもない。だが、そうして自分ばかりを責める必要はないし、俺から罰を受けようなどと考える必要もない」

 

 その肩に手を当てれば、いつもきりっとしている大和の表情が、自分を責めているような、思いつめたような瞳が凪を見つめるように顔を上げた。こんな大和の表情は初めてだ。それだけ、彼女が真剣に長門のことを想っていることがよくわかる。そんな大和の変化に、どこか凪は嬉しく思う。こんなにも大和は変わったのは、喜ばしいことこの上ない。

 だからこそ、そんな顔をしないでほしいと願わざるを得ない。

 

「きっと長門ならこう言うだろう。『立ち止まるな、大和。悲しみや責任に潰れて立ち止まるのではなく、それを飲み込み、胸に刻んで前に進む力としろ』とね。……それは、君だってきっとわかっているだろう?」

「……はい、……決意はこの胸に。ですが、それでも私はあなたに謝罪したかった。どこか弱いあなたを支えるべき柱を喪わせてしまったことを。……だからというわけではありませんが、これまで以上に、私はあなたに尽くしましょう。支えましょう。この大和の力、全てを以ってして、あなたの敵を討つ存在となります」

 

 その胸に手を当て、深く大和は一礼した。あの戦いの後に刻んだ決意を表明し、改めて凪に誓ってみせた。それを見届けるは湊と、呉と佐世保の艦娘たち。「兵器」としてではなく一人の「艦娘」として、誓いを立てた大和の姿を、彼女たちは証人として立ち会った。

 かつて南方で戦った面々は、最初の頃の雰囲気も知っている。だからこそ理解する。誰もが大和の変化を認め、大和の決意を尊重したのだ。

 それぞれ指揮艦へと乗船し、呉鎮守府へと帰還する中で、通信を繋ぎながら、防衛戦での出来事を改めて確認することになる。大和の決意は聞いたが、それでも気になることはある。それは南方棲戦姫の名残のような、あの力の存在についてだ。

 あれについては大和自身も怒りのあまり発現させてしまったものだが、その後は自分の意思でその力を操作し、戦っている。

 

「確かに見た目でいえば深海棲艦の力の発現にすぎません。ですが、原理としては艦娘にとっての強撃とそう変わりはありません。……言うなれば艦娘が潜在的に持っている力や、妖精の力を引き出し、扱ったものです」

 

 と、艦橋内にも関わらず、大和は手本を見せるように右手に赤い粒子を集める。ふわふわとした赤い粒子が集まり、球体を形作る。それをぐっと握り潰し、続けてその両目を一度閉じ、見開けば赤い燐光が灯る。

 

「こういうのはあくまでも見た目がわかりやすい、といったものですが、同時に自分の中にある力を上手く引き出せている証でもあります。内から外へ、中心から外側へ。巡る力を上手く操作できている証です。……そうですね。神通や夕立など一水戦は魚雷の強撃を撃てますが、その際にこういう力を無意識に扱っていると思います」

「あれですか。あれは確か、妖精との波長を合わせ、より強く、より早く魚雷を発射させ、通常よりも高い威力で敵を撃破するものですね。同様に、確かに自分の中から何かを引き出しているような感覚もあります」

「そうでしょう。これも同じようなものです。撃てばより加速度や威力を増した砲弾に、纏えば敵の砲弾を防ぐ装甲に。今回の戦いの記録によれば、空母棲姫などが、艦載機にも力を添えて発艦させていましたね? あれらも原理は同じことです。艦娘も深海棲艦も、似たような存在なのですから、似たような力を振るえるのは自然なことでしょう」

 

 空母棲姫、中間棲姫、そして記録によればウラナスカ島の北方棲姫も、こうした力を振るっていた。今回新たに出現した姫級全てがこの力を使えるということは、この先もまた新型が出てくるなら、使えるものと考えた方がいいだろう。

 艦娘が新たなる力や技術を会得するように、深海棲艦もまた同様に力を会得している。どちらの勢力も順調に力を付けている。そうなればより強い力と力がぶつかり合う。今回のような戦いが想定され、そしてまた誰かが喪われる可能性も高くなる。

 だが、それを恐れていてはいつまで経っても事態は変わらない。進まなければならない。より良い未来のために。

 そしてこの力の説明を聞き、佐世保の龍田も自分の手を見下ろした。ミッドウェーの戦いの中で、ウエストバージニアの戦艦棲姫へと攻撃を仕掛ける際に、今までにない力を振るっていたように感じられた。いつも以上に力が巡り、槍に力が付与されたかのようなもの。

 もしかするとあの瞬間、大和の言う力を自分は無意識に扱っていたのだろうか。だがそれにしては自分の中から巡る力だけでなく、足元にあった赤い海から力を汲み上げていたかのような感覚もあり……と、考えたところで、ぞわりとした感覚に襲われる。

 

(なにかしら、これ……?)

 

 自分は、何か良くないものに触れてしまったのではないだろうか? 冷静になった今だからわかること。ぴりっとした何かが、手から微量漏れて出ているかのような錯覚。相談すべきではないかと考えたが、凪たちは次の話題へと移っていた。

 

「もう一つ、気になることがある。ウラナスカ島では北方提督が姿を現し、三宅島近海では声だけとはいえ中部提督が姿を見せた」

「……そういえば中部提督と会話をしたそうね、大和」

 

 モニターの向こうで、少し真剣な表情を浮かべて湊が問いかければ、大和は頷いた。「朧げな記憶だけれど」と前置きし、

 

「たぶん、あれは間違いなく私を生み出した中部でしょう。声は加工していたけれど、雰囲気は似ていたように思えます」

「他に気になることはなかった? ……喋り方、言葉の雰囲気、クセ……」

 

 と、並べたところで、湊の方で那珂が手を上げる。どうしたの、と湊が問いかければ「クセだと思うけれど」と那珂が少し震えた声で言葉を続ける。

 

「いったん話を終えて、思い出したように振り返りながら、もう一つ話題を提示してたよ……」

 

 その言葉に湊は目を開き、ああ、やっぱりという風に深く息を吐いた。肘掛けに腕をつきながら頭を抱えてしまっている。佐世保の秘書艦である羽黒もこくこくと頷いており、「あれって……湊さんたちと同じです」と呟く。

 その言葉に、凪もはっとする。

 湊、そして美空大将がよくやっているクセだ。特に美空大将との通信などでそれをよく耳にしている。「それと海藤」と、何度美空大将に言われたか思い出せないくらいに言われている。

 

「何よりあの中部提督は言いました『それと海藤凪と湊』と。海藤提督はフルネームでしたが、湊さんは湊と呼び捨てにしていました……。ということは、近しい間柄にあるのではないか、と……」

「……決定的ね」

 

 重苦しいため息をついた湊はうなだれるが、モニター越しに少しだけ視線を上げて凪を見つめる。凪ももう察しがついている。ミッドウェーへの出撃前でも、湊はどこか察してはいただろう。しかし信じられない事実だと、もう少し確証を得るための情報を求めていたようだった。

 だが、ここに最後のピースが嵌められた。これ以上の疑う余地は恐らくない。

 

「中部提督の正体は、美空星司。かつて海で亡くなった伯母様の息子でしょう」

 

 美空大将の長男、美空香月の兄、そして湊にとっての従兄。

 美空大将や香月の運命を狂わせた星司の死。本来ならば二度と会えないはずの存在が、中部提督として再び現れるだけでなく、凪や湊の前に何度も立ちはだかり、今回は日本を急襲した首謀者。

 これらの事実は、またしても二人を中心に重苦しい空気を生み出すこととなった。

 


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