呉鎮守府より   作:流星彗

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本土防衛戦3

 

 彼らが長門に抱いた危機感は、作戦開始前から共有されていた。それはもちろん、調整を終えたレ級エリートにも共有されている。今回の作戦において、中部提督は呉の艦隊はミッドウェーに向かうだろうから、日本で戦うことはなく、次の機会があればという認識でいた。

 そのため呉の長門を沈めろというサブプランは、今回の作戦では発動しないものとしていた。

 何故呉の長門を沈めろという認識が共有されたのかといえば、やはり南方棲戦姫が影響している。長門がとどめを刺したことで、南方棲戦姫は呉の大和として再誕した。それを知ったのはウェーク島の戦いであり、直接対峙している中部の赤城が証言している。

 またウェーク島の戦いにおいて、深海霧島と離島棲鬼が長門の砲撃を受け、違和感を覚えている。深海棲艦としての力が削ぎ落とされ、謎の力が微力ながら働いていることをデータで示した。

 もし南方棲戦姫が大和になったような事例が、この先もどこかの機会で発生するようなことがあれば。そして長門の力が解明され、他の艦娘でも発揮されるようなことがあれば、それは深海棲艦にとって非常に不都合なことになる。

 呉の長門を何としてでも沈めなければならない、その認識は異議なく共有される。レ級エリートもまた、静かにそれを了承し――現在、三宅島近海における海戦にて、それが行われることとなる。

 

「ハハハハ! サアサア、眠ル時間ダヨ? 長門。ボクノ手デ永久ニオヤスミノ時間サア!」

「しつこいくらいに食らいついてくるな。ふんっ!」

 

 スケートをするように小柄な体を活かし、高速で接近してくるレ級エリートに長門は砲撃を仕掛けるが、レ級エリートは体を大きく後ろに逸らして飛来する弾丸を回避する。加えて旋回しながら尻尾の先端を長門に向け、お返しとばかりに砲撃する。

 さらに砲撃の反動を活かして体を捻り、勢いを乗せたまま尻尾を薙ぎ、口から魚雷を扇状にばら撒く。多数の魚雷が広い範囲にばら撒かれるが、距離が離れれば離れるほどその距離は自然と開けてくる。

 砲撃を躱しながら魚雷の間を抜け、副砲でレ級エリートへと攻撃。そんな長門に続くように、主力艦隊の山城、摩耶、鳥海が砲撃を仕掛け、レ級エリートの接近を阻む。レ級エリートに何とかついていこうとするリ級や軽巡へ級フラグシップ、そして新型の駆逐級の群れもまた、フォローをするように砲撃を仕掛けるのだが、振り回される尻尾に当たる個体が何体かいる。

 レ級エリートの艤装はあの尻尾一つに集約されているといってもいい。その手足は普通の人型と少し違う形状をしているように見られ、艤装は嵌められていない。体にも水着のように薄い布があり、フードと一体化した黒いコートのようなものが体を覆っている状態で、首元にストール、背中にリュックサックと、人としてのファッションがあしらわれている。

 それらのファッションに武装は感じられないため、やはりあの長い尻尾だけが彼女の武装なのだろう。リュックサックの中に何かを隠し持っているなら、それを使うだろうが、今のところそれを披露することがない。

 そのちょっとイカしたファッションに、飛来する砲弾が何度か命中するが、レ級エリートは気にした様子がない。小首を可愛らしく傾げながら、軽く燃える肌を撫でて疑問を浮かべるのだ。

 

「ハッハァ! 痒イ、痒イナァ、ソレデボクヲ終ワラセルッテ? 兵器トシテノ質ガ違ウナア? 練度? 成長? 兵器ガ人ノ真似事ナンテ、ヤメチマイナア! 生ミダサレタ兵器トシテノ力ァ、ソレガ全テサア!」

 

 ぐっと力を込めるように膝を折ると、圧縮された力を解放して海上を跳ねるように前へと跳び、一気に長門へと肉薄し、勢いを殺さないままに蹴りを胸へと食らわせた。足首から先がないため人としての足がなく、どこか鋭利に尖ったようなものを思わせる足での跳び蹴り。

 突然の攻撃に対応できず長門はまともにそれを受けてしまったが、それでも逃がさないとばかりにレ級エリートの首を掴み、引き寄せながら頭突きを仕掛ける。続けて拳をその顔へとぶちかました。

 見た目が子供のように見えるため、少しばかり長門はためらいのような痛みを胸の中に感じるが、しかし今は命を懸けた戦いをしている真っただ中。ためらえば死ぬ、その精神を維持して一発、もう一発と殴りつけ、海に叩きつけるようにその腹へと強い一撃を放った。

 だがレ級エリートはそれがどうしたとばかりに、呻き声を上げながらも、海中から伸ばした尻尾の先端を長門の背後に回し、その口から至近距離で長門の背中へと多数の魚雷を放った。

 

「――――か、は……ッ!?」

「長門さんッ!?」

 

 無防備な背中に、たくさんの魚雷。レ級エリートとのゼロ距離での格闘戦のため誰もが手出しできなかった。それこそが狙い。

 艦隊戦は基本的に遠距離での戦いであり、特に戦艦は如実にそれが出る。だから接近戦を仕掛けられれば、艤装で攻撃できるはずがない。そうすれば味方にも被害が及ぶ。

 そしてレ級エリートは、南方でのレ級における記憶を有している。自分が霧島を引き剥がそうと何度も殴りつけている間に、長門と陸奥が放った徹甲弾を受けてしまったこと。そして霧島にばかり意識を取られていたからこそ不意をつかれたこと。それが自分の敗因だと認識している。

 ならばそれをここで、自分一人で再現すればいい。長門はきっと自分が距離を詰めればそれに応えてくれるだろう。最後の一撃に合わせ、長い尻尾を活かして海中から背後を取り、魚雷を至近距離でぶっ放せばどうなるか、その答えがこれだ。

 

「キ、キキ、ハハハハハ!! マズハ一人!」

 

 仰向けから起き上がりながら、レ級エリートは高らかに勝利を笑う。哀れな不意打ちを受けた長門を嘲笑う。山城の呼びかけと呼応し、その海域に声は響き渡った。

 

 

 レ級エリートの笑い声と山城の声が響く中で、呉の一水戦は戦艦棲姫の艦隊の中を進んでいた。主力艦隊の翔鶴と瑞鶴による艦載機のサポートの中、二人の戦艦棲姫を相手に立ち回っていた。

 通常水雷戦隊だけで二人の戦艦棲姫を相手に、沈めるまで戦えるのかという疑問が浮かぶが、実際に戦艦棲姫を沈めるまで戦った経験がある呉の一水戦であれば、経験からくる自信がついて回る。

 そもそも夕立などからすれば、「もう見飽きたっぽい!」と言いそうなくらいである。砲撃では確かにその硬い装甲を抜き切ることはできないだろうが、雷撃ならば目はある。特に呉一水戦のメンバーは、魚雷による強撃のコツを掴んでいる。敵が隙を見せれば、強力な雷撃を撃ち込む、その気概で戦っている。

 だがレ級エリートが長門を倒したような雰囲気になり、一水戦のメンバーに困惑が生まれる。神通もまた「まさか……」といったような焦りが生まれていたが、何とか平静を取り戻そうとした。

 その中で深海霧島が笑みを浮かべて眼鏡を押し上げる。

 

「ヤッタヨウデスネ。フフ、サブプランハ順調。不安要素ハアリマシタガ、予定通リアンノウンニヨッテ、達成サレタヨウデ」

「……予定通り、長門さんを沈めることが計画に含まれていた。そう、ですか。だとしても、ここで終わるわけにはいかない。あなたたち、気を張りなさい! ここで私たちが足を止めれば、調子づいた敵によって押し上げられます。私たちはそれをさせるわけにはいかないのです!」

 

 困惑によって戦線を瓦解させる、それだけはあってはならない。自分もまた揺らいでいたが、声を張り上げることによって、神通はいつもの自分を取り戻す。夕立たちもまた神通の言葉によって落ち着きを取り戻し、その目に戦意を灯らせる。

 長門が負けたかもしれない、だがまだ沈んでいないかもしれない。はっきりとその様子を見ていないのだから。

 ならば今、自分たちにできることを遂行するだけだ。この戦艦棲姫の艦隊を壊滅させる。それが今の自分たちのやるべきことである。レ級エリートの勝利に勢いづかれれば、艦隊が壊滅させられて北上を許すことになる。

 そうはさせまいと、ここで呉の一水戦が戦いの流れを取り戻すのだ。

 

「戦艦棲姫の霧島。あなたにはここで迅速に消えていただきましょう。もう一人も一緒に」

「調子ニ乗ラナイコトデス、神通。ウェークデハ勝チヲ譲リマシタガ、ソウ何度モ負ケル私デハナイ!」

「ううん、またあなたは負けるっぽい!」

 

 神通へと砲門を向けている深海霧島の側面に回り込んでいた夕立が、その手に魚雷を握り締め、勢いをつけて発射させる。いつも以上の速度で跳ねるように飛ぶ顔の付いた夕立の魚雷。それは狙い通り艤装の魔物の腕へと着弾し、勢いよくその装甲を破砕した。

 その威力はウェーク島の戦いで受けたものより明らかに向上している。耐えきれず、バランスを崩してしまう魔物に、深海霧島は驚きを隠せない。

 眼鏡の縁に触れながら「データガ合ワナイ……タダ成長シタダケデ、コレダケノ威力ニナルハズガ……!?」と困惑している。そんな隙を晒していれば、狙ってくれと言っているようなものだ。

 神通もまた魚雷発射管を、人型の深海霧島へと向けたが、殺気を感じてその場から飛びのく。そこに砲弾が次々と着弾し、見ればもう一人の戦艦棲姫、深海武蔵が神通や北上へと狙いを定めていた。

 それだけではない。タ級フラグシップや新型駆逐艦も砲撃を仕掛け、駆逐艦は雷撃も行い、戦艦棲姫をカバーしている。駆逐艦に対してはВерныйや雪風が砲撃を仕掛けて対処しており、タ級フラグシップには艦載機が攻撃する。

 迎撃に当たるのがヲ級フラグシップの艦載機なのだが、各海域でヲ級フラグシップと交戦を積み重ねてきた経験により、それでは止まらない翔鶴と瑞鶴の艦載機。自軍の撃墜を少数に留めつつ、敵艦載機を多数撃墜させた上で、ヲ級フラグシップなどを次々と撃破させていく。

 艦載機の攻撃によって深海武蔵の視界から神通と北上が消え、代わりに綾波が入り込む。駆逐艦ならではのスピードで深海武蔵や護衛の深海棲艦の攻撃を回避しながら、深海武蔵へと砲撃を続けていた。

 

「長門ガ落チテモナオ健在、随分ト逞シイ艦隊ダ。ソレデコソ、崩シ甲斐ガアルガ、長引ケバ鬱陶シイ……!」

 

 長門という呉の頭を失えば、艦娘たちに動揺が広がり、より撃沈させやすくなるものと思っていたが、そうはならない。それでも戦う意思を失わず、自分に対して攻撃を仕掛けてくる様子に、深海武蔵は困惑する。

 また綾波が深海武蔵の視界に何度も入り、砲撃や雷撃を仕掛けていると、深海武蔵が苛立ったようにボヤいてしまう。駆逐艦の砲撃など、深海武蔵にとって痛くも痒くもないが、こうも何度も動かれては気にもなる。

 しかしそれこそが綾波の狙いだった。

 

「敵には食らいつけるだけ食らいつけってのが、うちらのやり方なんでねーっと。いきますよっと!」

 

 ありったけの魚雷を発射してもなお余る魚雷。流石は雷巡が保有する魚雷発射管の数といえるが、牽制用の一射に対する深海武蔵の動きを見てから、本命の一撃を撃つ構えだ。

 牽制用とはいえ、それは味方にとっても脅威。牽制の一射が味方に誤爆してしまえば、それだけでも撃沈させてしまう危険性を孕んでいるため、撃つタイミングは気を付けなければならない。

 しかしそこは呉一水戦の連携。囮である綾波に気を取られている隙をつき、誰も巻き込まないタイミングを見計らっての射出だ。ここで下手を打たないのが、北上である。

 迫ってきた魚雷に気づき、咄嗟に防御態勢を取るが、爆発の向こうで撃ったのが北上だと気づくと、深海武蔵は目を見開く。自分を狙いすましている北上へと砲門を旋回させるが、発砲するよりも早く北上が魚雷の強撃を放つ。

 

「ではでは、いっちょでかい花火、いっときますか、ねっと!」

 

 力が込められたそれぞれの魚雷発射管が光を放ち、反動を耐えるように身構えた北上から勢いよく発射される。迫ってくるフルスピードの魚雷の群れ。狙いを定めるのもそこそこに、北上へと砲撃を仕掛けた深海武蔵だが、反動を耐えてすぐさまその場を離れた北上に命中することはない。

 そして着弾する一波。魔物の腕は牽制用の魚雷だけでも致命傷だったが、その強撃の一波で吹き飛び、勢いが殺されないままに人型へと着弾。続けて第二波の魚雷が致命傷を与え、大爆発を起こしてしまう。

 

「おぉう、思った以上に威力出してる。さすがは提督たちの調整、すごいわー」

 

 凪たちの酸素魚雷の調整の成果か、事前に聞かされていた以上の威力を振るわれる。ソロモンでは脅威に感じた戦艦棲姫が、あっという間に撃破出来たことに、撃った北上も目を丸くしてしまう。

 首の後ろから伸びるケーブルも吹き飛び、悲鳴を上げる間もなく魔物から人型の深海武蔵が引き剥がされ、海中へと沈んでいく。主を失ってしまえば、魔物も力を失い、その身体を崩れさせてしまう。一つの大きな脅威はこうして迅速に取り除かれた。

 その様子を見届けた北上は満足そうに頷く。戦艦棲姫はどう切り崩すか、その流れを把握していれば、後はそれを当てはめるように動けばいい。確かに装甲は厚いが、それぞれのメンバーが気を引き、隙をついて雷撃を決めることができれば、このように沈めることができる。今回はうまくいったものだと、砲撃で気を引いてくれていた綾波に礼をするように手を振る。

 

「うんうん、これぞ雷巡の力、まさにハイパー北上様ってね。もう一人もこのままいきましょ。さっさとケリをつけないとね」

 

 発射した魚雷を装填する時間が必要だが、その一撃は戦艦の砲撃に匹敵する。雷巡らしい力を振るえて満足そうにしながらも、気は引き締める。油断することなくもう一人の戦艦棲姫、深海霧島を倒さねばならない。

 言葉は緩やかだが、まじめな表情で綾波と合流し、深海霧島へと迫った。

 

 

 レ級エリートの笑い声は、少し離れたところにいる大和と空母棲姫の耳にも届いた。もちろん山城の呼びかけもまた届き、大和はまさか、といった表情を浮かべ、空母棲姫はやったのか、と期待を込めた表情を浮かべる。

 

「ヨクヤッタ、アンノウン。流石、スペックダケハ優秀ナダケハアル」

「バカな、長門が負けたと?」

 

 驚きの中、大和の頭の中に、これまでの一年の思い出が去来する。呉鎮守府で様々なことがあった。その思い出の中には、たくさんの長門との思い出がある。多数は自分が仕掛けて競い合った記憶しかないが、それでも楽しかった。

 自分の無茶ぶりに、やれやれと苦笑を浮かべながらも応えてくれた長門。少しずつ普通の艦娘らしい感情が芽生え、実力も付けて成長していく姿を、近い距離で見守ってきた暖かな存在。

 自分がここにいることを許してくれ、同じように見守ってくれた凪と同じように、大和は長門にとても感謝している。いつか彼女と全力で競い合い、本当の意味で彼女の背中を超える。

 そんな長門が、負けたというのか?

 轟沈するというのか?

 そんなこと、そんなことは許しておけない。

 

「イイ表情ヲ浮カベテイルナ、大和」

 

 不意に、空母棲姫がどこか愉悦を覚えながら大和に声をかける。先ほどまでは憎悪に塗れた表情を浮かべ、大和へと攻撃を仕掛けていた空母棲姫だったが、長門が負けたかもしれないと大和が不安そうな表情を浮かべたとたん、彼女の顔には笑みが生まれていた。

 

「ソレガ、ソレガ見タカッタ。大事ナ仲間ヲ喪ウカモシレナイ不安。オ前モマタソレヲ感ジテイル。実ニ艦娘ラシイ感情ダ。ソンナモノ、目障リデシカナイガ、今ハソレガ見ラレテ、私ハトテモ喜ンデイル。ソノ感情ヲ抱イタママ沈メ。長門ノ後ヲ追ワセテヤル!」

 

 そして空母棲姫は攻撃を指示する。長門が沈んだかもしれないという事実に呆然とし、棒立ちしている大和に、これらの攻撃を回避することはできないだろうという確信を得ていた。

 周りにいる日向やビスマルクもまた長門の敗北に動揺しているため、反応が少し遅れている。それでも日向や鈴谷、村雨が動けたのは実戦経験を積んでいたためだ。ビスマルクと大淀は経験不足のため、体がうまくついてこれないでいた。

 彼女たちが艦載機を迎撃している中、大和は「――黙りなさい」と静かに呟き、手にしている傘を艦載機へと向ける。すると、配備されている機銃らが次々と迫りくる艦載機を迎撃し、投下される爆弾や魚雷を何とか回避していく。

 だがその間、大和は俯いたままでその目元は垂れ落ちた前髪によって隠されていた。

 

「……あなたたちが長門を狙った理由は、呉の秘書艦というだけではないでしょう? 頭を潰せば下の艦娘たちは大きく動揺する。その理由は納得がいくものです。ですがそれだけではないはず」

 

 そこで一間置き、「私ですね?」とどこか確信をもって問う。

 

「ソウダ。オ前ヲソコニ立タセタ要因。深海棲艦ヲ浄化シタカモシレナイ可能性。ソレヲ潰ス、当然ノ理由」

 

 その答えに日向は「そんな……」と動揺を重ね、大淀は何とか動揺しながらも、長門が無事かどうかを確かめるために向こうに通信を繋げようとしている。そんな中で大和は俯きながら、大きく息をつき、そして顔を上げる。

 すると、前髪の向こうで静かに赤い光が灯り始めた。

 

「なるほど、納得がいく理由です。あなたたちからすれば目障りな力でしかない。だから潰す、当然の帰結です」

 

 それは深海棲艦の上位個体に近しい者や、深海提督の中でも自分を確立させたものが持つ、目に灯る燐光。かつての南方棲戦姫のものと同じ、赤い燐光が大和の両目に浮かび上がっている。

 ゆっくりと髪をポニーテールに束ねるそれを解けば、茶髪のロングヘアがさらりと流れる。だがそれは手から溢れた赤い光の粒子によって再び左側へとまとめ上げられ、赤い粒子のリボンによってサイドテールと化す。

 その赤い粒子のリボンを見た日向は、一年前を思い出した。かつて南方で戦った南方棲戦姫。彼女の場合はツインテールだったが、しかしその生まれ変わりである大和が、またしてもその容姿に近づいたことに、思わず「おい、大和」と呼びかけずにはいられない。

 

「大丈夫ですよ、日向。私は私、怒りを覚えてはいますが、ここにいる私は、呉の大和です。不安というのであれば、どうぞ私のフォローを。鈴谷、ビス子、村雨、そして大淀。あなたたちも、どうぞ戦闘態勢を崩さぬよう。戦いはまだ続いています」

 

 肩越しに振り返る大和の表情は、小さな笑みが浮かんでいるのだが、目には静かな怒りが渦巻いている。絶えず明滅している赤い燐光の奥にある怒りは、長門が敗北させられたことに対する怒りだけではない何かが秘められている、そう日向は感じ取った。

 恐らく自分に対する怒りも含まれている。自分のせいで長門が狙われたのだと、大和は責任を感じているかもしれない。

 

「赤城、先ほどの言葉、訂正しましょう」

「何?」

「私は裏切り者といえるかもしれません。深海から鞍替えし、ここに生まれ落ちた裏切り者。その咎がこのような形となって発揮しようとは、自分で自分が許せない。この一年、私にとって長門はこれ以上ない大切な存在と化した。この私をここに立たせる原因となったであろう存在だというのに」

 

 始まりは憎悪の存在。南方棲戦姫として生まれ、戦う理由を定めるために長門を憎悪するように調整させられた。

 次に自分を生まれ変わらせた存在。南方の海で敗北させられ、艦娘の大和として生まれ変わらせる何らかの介助をしたかもしれない。今もなお、詳しい理由はわからない。

 次に競い合う仲間。長門に負けてはいられない、そういう気持ちをはやらせ、自分を高めさせてくれる先達。

 そして最後に、いつかは並び立つ大切な――戦友(とも)。いつの日か、自分はここにいて良かったと、大切な思い出を語り合い、気兼ねなく笑い合える友人として在りたかった。始まりこそ敵同士だったとしても、いつかはそんな日が来ればいいと、未だに彼女に対してはっきりと言えなかったその言葉。

 長門は大和にとって戦友(ゆうじん)なのだと、胸を張って言える日を心待ちにしていた。彼女に実力で追いつき、後輩であるビスマルクを一線級にまで育て上げ、導くことができれば言えるだろう。そう思っていたのに、それは叶わないというのか。

 ならば大和にできることはただ一つだった。

 

「裏切り者という咎を清めるなら、やはりやらなければならない。あなたを、中部を滅ぼす。そうして初めて、私は私を生み出したその責をあなたたちに取らせましょう。中部を出せ、赤城。私がこの手で殺してくれよう」

「断ル! ソンナニ会イタイトイウナラ、オ前ガ沈ンデ、ソノ先デ会エ! オ前ハ焼キ滅ボスダケデハ止マラナイ! 焼ケテ溶ケテ、物言ワヌガラクタトナッテ、沈ムガイイ!」

 

 静かに怒りを見せる大和と、再度中部提督を殺す発言に怒りを燃やす空母棲姫が、再びお互いを攻撃しあう。指先から赤い粒子を迸らせながら前へと突き出し、砲撃を命ずる大和と、飛行甲板を撫でて赤い粒子を指先から迸らせ、勢いよく前に突き出しながら艦載機に攻撃を命ずる空母棲姫。

 両者とそれに従う艦隊のメンバーのぶつかり合いは、まだまだ始まったばかりだった。

 


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