呉鎮守府より   作:流星彗

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当時の仕様上、厳しすぎた
体感難易度E6>AL>>MIくらいに涙したやつ


本土防衛戦

 

 静かな海が広がっている。アリューシャン列島、ミッドウェー諸島とそれぞれで戦いが起きている中、日本近海は落ち着いた雰囲気を保っている。交代制で偵察機を近海から太平洋方面へと複数飛ばし、警戒に当たっているのだが、今のところ何もない。

 大本営、正しくは美空大将が用意している艦隊も横須賀鎮守府で待機しており、そちらからも艦載機が飛ばされ、偵察に当たっている。

 それぞれの鎮守府から提督らが出撃してから、交代制で警戒に当たっているものの、何も起きていないのは喜ばしいことだ。このまま彼らが帰ってくるまで何も起きなければいい。そう願うばかりである。

 

「――と、思っているのだろうね。偵察機をこうも飛ばしているとは、余程何かが起きると想定しているらしい。……用心深いことだ。だからこそ、潰し甲斐があるというもの」

 

 中部提督は近くで浮いているモニターで海上の様子を窺いながら、そう言葉を漏らす。懐から取り出した懐中時計を確認し、「頃合いかな」と頷くと、周りにいるメンバーに視線を向ける。その中には彼の赤城も含まれており、移動しながら彼の命令を静かに待っている。

 

「赤城、霧島、時が来た。それぞれ伝えた布陣で進軍を。大本営を潰せ」

『御意』

 

 一礼した二人は、任された部隊を率い、一斉に海上へと浮上を開始する。

 ついにこの時が来た。以前から計画はしていたが、記憶が蘇ってからはより強く意識せざるを得ない。これから自分は、今まで以上に祖国に対して仇なす行為をすることになる。それだけではない、運が悪ければ彼女すら殺すだろう。

 それを意識すると少なからずバツが悪そうな感情が浮かぶが、それを塗りつぶすかのように昏い感情が蓋をする。今の自分は深海側の存在だ。人間ですらない。生前の縁がある人間を想って何になるというのだろう。

 どこからか鐘のような、チャイムのような音が聞こえてくるような気がする。それが頭によぎれば、不思議と先ほどまで考えていたあの人のことを忘れる。大事なことはこの作戦であり、成功させるために全力を尽くすことだけ。

 そう、全力で大本営を潰せばいい。

 そのために他の深海提督を巻き込んだのだから。

 

 ゆっくりと浮上する深海棲艦の艦隊。同時に展開される海を赤く染める深海棲艦の力が発揮され、赤城と霧島の艦隊を中心としてそれぞれ波紋が広がっていく。少しずつ赤が広がっていく様を、偵察機が見逃すはずもない。すかさずその報告が大本営へと届けられる。

 

「八丈島より北の海域で赤い海を観測! 深海棲艦の艦隊が北上しています!」

「来たか……! 一応向こうの艦隊を回収しておいて正解だったな! 向こうの艦隊を乗せた船を八丈島方面……いや、時間的に見て三宅島か? そちらに向かわせろ! それまでは私たちの艦隊が迎撃に当たる!」

 

 大淀からの報告に美空大将がそう指示を出す。加えて、「警報を鳴らせ! 深海棲艦が攻め込んできているのだ。出せるものは出し、国家防衛に当たるぞ!」と叫びながら、自分もまた部屋を早歩きで出る。

 すぐに警報が基地全域で鳴らされ、深海棲艦が北上していることがアナウンスされる。その放送に警報でざわつく人々も、深海棲艦が攻め込んできているという事実に困惑と焦りが見て取れる。

 

「美空! どういうことだ? 深海棲艦が来ているだと?」

「ええ、偵察機が確認している」

 

 と、廊下で西守大将が美空大将へと問いかける。馬鹿な、と信じられないような表情を浮かべる彼に「現実よ」とはっきりと告げる。

 

「あれの通り、八丈島から北上している。数時間もすればここも奴らの射程内に入るわ」

「こんな急に奴らが攻め込んでくるなど、あり得んだろう!? 奴らはミッドウェーに戦力を――」

「――それは推測でしかないでしょう?」

 

 と、美空大将は鋭く遮った。「確かにアリューシャン、ミッドウェーとどちらにも戦力は確認できた」と頷くが、しかしと美空大将は指を立てる。

 

「それが奴らの全戦力と誰が言えるのかしら? 世界のどこでも現れる奴らだからこそ、戦力の最大値は私たちには計れない。隠し持っている戦力を回してくる采配も考えられる」

「采配? 采配だと? ふざけるな、そんな人のような知性を奴らが有していると、まだそんなバカげた話を」

「では、この現実は何かしら? かつてのミッドウェー海戦を意識させて、お前たちに全戦力をあれらにぶつけさせる。その裏をかいてきたかのような、今の動きはどう説明すると? それが知性なき怪物の群れにできるのかしら?」

 

 そう問いかければ、西守大将は言葉に詰まるしかない。否定したいが、それができない現状が今だ。ミッドウェー海戦の再来を演出し、艦娘たちをそれぞれの海域に呼び寄せ、その隙に本拠地を襲撃する。そんな戦術めいた動きを今、深海棲艦が行っているのだ。

 知性がない存在に、そのような動きができるはずがない。

 

「この戦いが終わった後、本国をがら空きにさせたお前たちの首は飛ぶのは確実ね。今までお前たちがしてきたことだ。よもや自分たちがそれを避けようなど考えないでしょうね?」

「バカな、この戦いが終わったらだと? どこにそんな戦力があるというのだ? まさか、お前が抱えているあれらだけで対処しようとでも?」

「ご心配なく、戦力はそれ以外にも存在する。優秀な人材というのはどこかに隠れているものでね、対処は可能よ。では、失礼する。国の危機、よもや邪魔をしようなどとは言わないわよね?」

 

 その言葉に西守大将は何も言えず、彼を背にまた美空大将は早歩きする。今は国の危機だ。彼にかまっている時間はない。基地内にある指令室に向かい、展開されている偵察機から送られてくる映像を、複数のモニターにそれぞれ映し出されているのを確認。

 そこには深海棲艦の艦隊から発艦されている艦載機が北上している様子見て取れた。予測される航路としては三宅島を通過し、東京湾へと侵入しようというもの。ほぼ間違いなく東京を、大本営を狙ってきている。

 それを防ぐために美空大将が抱える艦娘たちを、待機させている横須賀鎮守府から出撃させる。補佐するための指揮艦も出撃し、美空大将は彼女らに全てを託す。ここから先は美空大将にできることは祈ることだけ。

 撤退を指示することはできるが、そうすれば国の危機。凪たちの残した艦娘が交戦するより早く東京に達すれば終わりだ。美空大将の艦娘が倒すことはできなくとも、時間を稼げれば希望はある。

 いや、まだもう一つ、やれることがあるじゃないか。

 

「溶鉱炉を回せ。練度はなくとも防衛のために力を注ぐことはできるはず。空母、戦艦、対空に秀でているもの、それを重点的に建造し、埠頭へ。ここまで来られたら終わりだけれど、最後の抵抗ができる程度の顔ぶれは揃えなさい」

 

 そう指示すると、工廠へと大淀が連絡を入れる。そして美空大将は煙管に火をつけ、用意されている椅子へと深く腰を下ろした。表情はまだ苦いままだが、モニターを見つめ、見守ることにする。

 もしかすると敵が進路を変えるかもしれない。その可能性は低いだろうが、その場合にまた対応しなければならないため、ここを離れるわけにはいかない。

 神に祈るときというのはこういう時なのだろう。普段は祈らない神に、美空大将は静かに祈りを捧げるのだった。

 

 待機していた指揮艦は、美空大将の連絡を受けて進路を東に取る。この指揮艦は呉鎮守府へと長門たちを迎えに行った後、瀬戸内海を抜けて和歌山南の海で待機していた。ここから各方向へと偵察機を飛ばし、警戒態勢を取っていたのだ。

 

「大本営襲撃、か。本当に来るとはな」

「偵察機が確認できた顔ぶれからして、私たちで対処ができるでしょうか?」

「ふむ、神通がそのような弱音を口にするとは。珍しいこともあるものだ」

「弱音というより、懸念ですね。今回は遠征先での戦いではなく、国防のための戦いです。だからこそ、彼我の戦力差について考えたいものです」

「なるほど、それは同意する。……が、正直言うとそれはわからないな。戦艦棲姫はいいとして、新たな顔ぶれがいるらしい」

 

 と、偵察機が届けた報告をメモしたものを神通に手渡してやる。そこには脅威度が高い深海棲艦の個体として、戦艦棲姫が二人、空母の姫級一人、エリートのオーラを纏うレ級が挙げられている。空母の姫級の呼称として、こちらでも空母棲姫と呼称することにした。この四人以外は量産型の深海棲艦が艦隊を組んでいるとされているようだ

 だがそれぞれ艦隊が分けられているようで、戦艦棲姫とレ級エリートは一つの艦隊に三人とも属しているが、空母棲姫の方は航空戦隊として別行動をとっているらしい。戦艦棲姫の艦隊にはヲ級しか空母系はいないようで、そこが隙の突きどころになるだろうかと考えたが、レ級は艦載機も飛ばせるおかしな性能をしていることを思い出す。

 何にせよこの戦艦棲姫の艦隊こそが敵の奇襲部隊の主力と見て間違いなく、これを撃滅すれば敵の作戦は頓挫するだろう。もちろんだからといって空母棲姫の艦隊も放置はできない。こちらもまた艦隊をぶつけ、撃滅させることで日本に向かう艦載機の脅威をなくすことができるだろう。

 

「敵の主力艦隊には私たちが当たるとして、空母棲姫の艦隊には佐世保に当たらせるか。それぞれの鎮守府の艦隊ごとに当たれば、上手く回るだろう」

 

 同じ鎮守府の艦隊ならば連携も上手くいくだろうという采配だ。ここには凪や湊がいない。いつもは提督が部隊をどう動かすかを指示するが、今は長門が二つの鎮守府の艦隊を動かす立場にある。

 

「私としても、特に異存はありません。先に空母棲姫を落とすことができれば、そちらに合流し対処する方向でよろしいでしょうか……?」

「ああ、それで問題ない」

 

 佐世保の秘書艦である羽黒の確認に、長門は頷いた。残された艦隊から見ても、それぞれが当たるのは問題ないだろう。

 呉鎮守府は戦艦が多めな主力艦隊、二水打、一水戦。

 佐世保鎮守府は空母が多めな主力艦隊、二航戦、一水戦。

 ならば呉が戦艦棲姫へ、佐世保が空母棲姫へ当たるのがいいと判断できる。ただ形式としてはこれで行くが、もしかすると状況に応じて配置を変えることもあり得る。その時は戦場で連絡することになる、ということだけ前もって認識しておくことにした。

 

「では皆さんに伝えてきます」

 

 羽黒が敬礼して佐世保の艦娘たちの方へと駆けていく。長門も「私たちも行こうか」と神通を促し、神通も頷く。ふと、長門が左胸をそっと押さえた。それを見て「どうかしましたか?」と小首を傾げる。

 

「いやなに、ちょっとした願掛けだ。無事に帰れるようにと」

 

 左胸、いや正しくはその胸ポケットに入っているお守りを撫でているのだ。大湊の宮下が作ったお守りであり、凪が長門の無事を祈って手渡したもの。今回のような不測の事態において、どこまでお守りが効いてくれるかはわからないが、今だけは長門もお守りを通じて神に祈りを捧げたい気持ちだった。

 

「そう、ですね。私も無事に帰れたらと思います。いつもそう思っていますが、今回ほど強く願うことはないでしょう」

 

 神通もまた左手の薬指にある指輪をそっと触れながら祈る。以前よりも凪に対する想いが強くなったからこそ、帰らなければならないという気持ちもまた強くなる。もちろん自分だけではない。自分を信じてついてきてくれている一水戦のメンバーもまた、戦いに勝利して無事に連れて帰らなければならない。

 手先は器用なのに人間関係は不器用なあの凪を、悲しませるようなことはしたくはない。そう胸に誓って神通は歩き出す。

 その背中を見つめながら長門は小さな懸念を胸に抱いていた。いつだったか、凪が誰かが轟沈する悪夢を見てしまったことを聞かされていた。虫の知らせで腹を痛める人だ、誰かが沈む夢を予知夢として見てしまったのではないかと凪自身も不安になっていた。

 もし、あの悪夢が示していたのが今回の戦いならば、誰かが沈むというのか。

 

「……いや、そんなことを現実にしてはいけない」

 

 それは長門が許さない。秘書艦としての責任もあるが、かつてのソロモン海の悪夢のようなことは二度と起こしてはならない。自分と神通だけが生き残り、他の全員が沈んだあの忌まわしい日。それを繰り返すようなことなどあってはならない。

 お守りとはまた別のもう一つのものを、もう片方のポケットに忍ばせる。万が一のことがあるならと、あらかじめ神通と相談して用意しておいたもの。それを使うことになるかもしれないが、備えあれば患いなしともいう。

 

「そんなことになるくらいならば……」

 

 いっそ、自分の身に変えてでも……、長門はそんな最悪のパターンを頭の片隅に置きながら、指揮艦の甲板を目指す。そこにはすでに艦娘全員が揃っており、長門が姿を見せると一同揃って敬礼をした。

 長門も敬礼を返しながら前に立ち、揃った艦娘たちを軽く見回す。誰もがこの戦いに対する気合が入った、凛々しい表情を浮かべている。呉と佐世保の練度が高い艦娘を集めたということもあるが、この国難に対して自分たちが何とかしなければならないと、誰もが強い思いを胸に強く抱いている。

 不安はあっても、それを覆い隠すだけの戦意が彼女たちには備わっていた。

 

「話は耳にしているだろう。敵は三宅島を経由し、東京湾を目指している。我々はこれより三宅島近海を目指し、敵深海棲艦の艦隊と交戦、これを撃滅する。敗北は許されない。我々の敗北は、すなわち東京陥落である。それだけは絶対に避けなければならない」

 

 東京陥落という言葉に、艦娘たちに緊張が走る。緊張によって体が固くなるかもしれないが、しかし自分たちは負けるわけにはいかないのだという気持ちを高める効果もある。

 ぐっと拳を握り締め、「我々が到着するまで、大本営の艦隊が足止めを引き受けてくれるようだ」と告げ、その拳を自分の胸に当てる。

 

「できうる限り、全速で現場に駆け付け、敵艦隊を退ける。今こそ日々の訓練の成果を遺憾なく発揮する時だ。艦隊、抜錨! 暁の水平線に勝利を刻み込め!」

『応ッ!』

 

 長門の言葉に全員が声を上げる。いつも以上に気合の入った声と引き締まった表情。今ここに、艦娘たちの心は一つとなった。指揮艦の甲板から次々と海へと飛び込み、それぞれ三宅島を目指す。

 全速力を出しての移動となるが、陣形が崩れないようにするため一部は少しスピードが落ちる。しかしそれでも迅速に三宅島に到着できるような速さで移動する。

 間に合ってくれ、無事でいてくれ、そう心に願いながら、長門たちは国防のために、本土急襲を行う深海棲艦の艦隊を目指していった。

 


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