呉鎮守府より   作:流星彗

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ミッドウェー海戦3

 

 空母から発艦した艦載機がイースタン島へと飛び立つ。イースタン島への攻撃隊と、艦隊を守る護衛隊が展開され、じっくりと前進する。同時に潜水艦に対しても警戒する。事実、先ほどもどこからか差し込んできた潜水艦を改めて発見し、それぞれの水雷戦隊が撃破にあたった。

 潜水艦の発見にはソナーが役立つが、あきつ丸の放った対潜哨戒機もまた活躍する。潜水艦撃破の支援を行った、という点だけでもデビュー戦としては十分な成果を挙げたといえる。もちろん艦戦のサポートもまたこの状況においては重要だ。ある意味あきつ丸にとって華々しいスタートを切ったといっても過言ではない。

 だが道行は険しい。イースタン島が見えてくる頃合い、前方に展開されている深海棲艦の艦隊が一斉に突撃を仕掛けてきた。そして後方、イースタン島では中間棲姫が三角滑走路を前方に展開し、そこにずらりと白猫艦載機を出現させ、発艦させた。

 

「何度デモ、何度デモ攻撃ヲ。敵戦力ヲ削リトレ」

 

 空母棲鬼の命に従い、展開されている艦載機が艦娘たちに向けて移動を開始した。また凪たちがあらかじめイースタン島へ偵察機を送っていたが、空母棲鬼もまた艦載機の群れの中に偵察機を混ぜていたようで、艤装に腰かけながら偵察機から送られてくる光景を確認する。

 この偵察機からの光景は北米提督が見ているモニターにも映されており、潜水艦から送られてくるものと合わせて確認しているものだ。空母棲鬼は頬に手を当てながら、向かってくる艦娘たちの様子に目を細める。

 

「先ホドハイナカッタモノガイルナ」

 

 偵察機から見えた光景に、初戦ではいなかったものが後方に確認できた。横須賀の艦隊にいる大和と武蔵である。迫ってくる艦載機に対し、三式弾と機銃で対抗する二人の様子を確認した空母棲鬼は、あの艦娘は誰か、と北米提督に問いかける。

 

「こちとらアメリカ相手に動いていた存在だよ? 日本艦については詳しくは知らないネ。一応中部からデータは送られてはきているが……っと、ああ……片割れは大和らしい」

「大和。……フム、ナラバモウ片方ノ重武装戦艦ハ武蔵トイッタトコロカ? ナルホド、艦娘ノ武蔵ハアレカ」

 

 空母棲鬼の知る武蔵は戦艦棲姫のことだ。今でこそコロラドなどの名を与えられているが、モデルとしては武蔵を参考に作られている。艦娘としての姿はああなるのか、とどこか興味深そうだ。

 ちなみに自分と同じ加賀に対しては、初戦で遠方から確認しており、同じように興味深そうにはしていたが、それ以上は何もなかった。艦娘としての自分を見たところで、今の彼女にとっては等しく潰すべき敵でしかない。

 感傷を抱くような性格をしているわけではない空母棲鬼は、1隻の艦として戦場に在るだけである。

 

「ナラバ艦載機、コノルートヲ通レ」

 

 と、空母棲鬼が一部の艦載機に向けて航行ルートを指示し、それを受けて放たれた艦載機の一部が部隊から離れる。残った部隊は向かってくる艦載機に目掛けて飛行し、ドックファイトを展開した。

 

「撃チ落トセ。ミッドウェーニ近ヅカセルナ」

 

 艦載機同士の交戦や深海棲艦の対空射撃を掻い潜り、中間棲姫に迫る艦載機を迎撃すべく、空母棲鬼が命令する。イースタン島上空に残っていた艦載機と、護衛のために残っている深海棲艦が対空射撃を行う。

 突撃した攻撃機は少数だが、その少数がさらに対空射撃などによって削られる。それでも中間棲姫へと届いた機体が、彼女へとダメージを与え始めた。腕で顔を庇いながらも中間棲姫に備わっている艤装が反撃する。

 基地型のため艦載機を発艦させるだけでなく、砲撃をこなすこともできる。向かってくる艦載機を撃ち落とす機銃だけでなく、迫ってくる水雷戦隊に向けて主砲からの砲撃。前と上、どちらにも対応する基地型の深海棲艦だが、今回は周りの深海棲艦の圧が強い。そのため飛行場姫や離島棲鬼の時のようにはいかない。

 

「頃合いを見て補給をしたまえ。使い切るまで攻撃をしなくていい。そこを突かれれば終わりが見える」

 

 何度も艦載機を展開している空母に向けて北条がそう言葉をかけた。凪もモニターと艦橋から見える光景、そして広げられている海図を眺めながら、思考する。

 海図の上には駒が並べられており、ある程度の現状を反映されたものになっている。ここには大淀がいないので、妖精たちが懸命に駒を動かしているようだが、ここにはないものとして、艦載機の動きがある。

 そればかりはモニターや、艦橋から見えるもので判断するしかないが、こうして自分が遠方から見ていることを、敵側もやっていないわけがないと凪は考える。もしここに中部提督がいるならば、絶対に戦況を眺めつつ指示をしているはずだと推測していた。

 その上で考えてみる。この状況を一気に変える手段は何か。

 一つは指揮艦を直接狙ってくること。それは潜水艦でやってくる可能性が高いため、護衛として水雷戦隊の一部を指揮艦に配置する。これは以前から行っていることであり、ソナーの感も高めて警戒している。その甲斐あって、いくつかの潜水艦の撃破を行えているため、今のところ指揮艦は守られている。

 ではそれ以外に考えられることは何か。

 

「ミッドウェーなら、上もあり得る」

 

 敵艦載機による奇襲。上を取られることで対空射撃が間に合わない中での撃沈を考えるならば、指揮艦はこれ以上ないほどの的だ。装備は一応あるが、艦娘の艤装ほどの力は発揮できないし、深海棲艦にはほとんど通用しない。敵艦載機にも同様だ。

 だからこそこの指揮艦にも控えの空母や、対空射撃を行う艦娘を待機させている。その備えは行っているから安心とはいいがたいのがこの戦場だろう。

 そしてそれは、艦隊後方にいる主力部隊も同様だ。空母や駆逐艦などの守りを付けているが、万全と胸を張って言えるわけではない。仮に空母の補給のタイミングを狙われたらどうするのか、そう考えると、こちらの切り札を先に潰したいという敵の思惑が叶うことになる。

 こっちが大和と武蔵を切ったという情報、果たしてそれを敵に知られたのかどうか。

 この戦い、大和と武蔵を守り切れるかどうかに、決着のタイミングが変わってくるに違いない。生憎凪の大和は呉に置いてきた。だからこそ横須賀の二人を守らねばならない。

 

「横須賀の護衛についた子、タイミングを見て、できるだけ早くこっちに戻ってきて補給を。三水打は対空装備をチェックして、横須賀の護衛へ。恐らく来るかもしれない。……それと、一水打はそろそろ前に。前に出れば、恐らく向こうも仕掛けてくるはず」

 

 こういうのは、先に向こうから切り札を切らせた方が有利だと凪は言う。もし想定した通りの動きを見せてくるならば、それを防ぎ切り、大和と武蔵を含めた主力部隊が切り返すことができれば、それだけ戦いの終わりが早まるはずだ。

 問題は防ぎ切り、なおかつ切り返せるだけの被害に留められるかという点だが、こればかりはその時にならなければわからない。凪はそのためにも第一水上打撃部隊に、攻撃を指示した。

 

「道を作ります、全主砲斉射!」

 

 榛名の掛け声に従い、戦艦らが一斉に砲撃。水雷戦隊の頭上を飛び越し、リ級、ル級、タ級へと命中。それによって怯んだところに、水雷戦隊が一斉に雷撃。それによってイースタン島前面の守りが崩れるが、それをカバーするようにイースタン島の三つの大きな壁の一つ、ウエストバージニアの戦艦棲姫が前に出てきた。

 雷撃を行ったことで魚雷装填に時間がかかる水雷戦隊では、戦艦棲姫に対して有効打は与えづらい。一旦前進をやめ、砲撃しながら迂回するしかない。「……! 対空意識! 艦載機が来ます!」と、呉の三水戦旗艦の阿武隈が叫ぶ。

 カラカラと笑うような音を響かせながら上から迫る白猫艦載機。カブトガニのような旧型の艦載機は、純粋に兵器として運用されているかのような無機質さがあったが、機械の白猫のような見た目に加えて、意思があるかのような目の光や口の動きをしているため、見た目に加えてより不気味さが増している。

 それが頭上から迫ってくるのだから、駆逐艦などにとってはたまったものではなかった。思わず小さな悲鳴が出てしまうのもやむを得ない。投下される爆弾をかわしながら、一時後退をする呉三水戦。

 逃すまいとウエストバージニアが砲撃を仕掛けるが、それよりも早く遠距離からの攻撃が届いた。

 

「突撃せよ! 奴らより先手を取って攻撃じゃ!」

 

 呉第一水上打撃部隊の利根の声に従い、それぞれの重巡らが砲撃を浴びせかける。戦艦の装填時間よりも早く終えた彼女たちの攻撃は、ウエストバージニアの動きを止めることに成功した。

 その間に三水戦が一時離脱に成功し、入れ替わるように佐世保や横須賀の水雷戦隊が前に出て、次の壁を打ち破りに行く。魚雷の装填時間に合わせ、それぞれが入れ替わりつつ前進を重ねる。それをフォローするのが後方の艦隊。その形がここに成立した。

 加えて白猫艦載機に対応してきた艦戦の妖精により、少しずつ制空権を奪取し始めている。隙を見出だした戦艦や重巡の三式弾の援護もあり、展開されていた敵艦載機が撃墜され、いよいよイースタン島への攻略の目途が立ってきた。

 

「切り込むわよ~。さっきの借り――返させてもらうわ」

 

 その中の一人、佐世保二水戦旗艦の龍田が、いつもの緩やかな声色から一転、静かな怒りを込めた宣言と共に、手にしている艤装武器の槍を握り締める。二水戦から由良と初風という犠牲者を生み出したウエストバージニア。とどめを刺したのは白猫艦載機だが、そのきっかけを生み出したのは、目の前にいる彼女である。

 ウエストバージニアも殺気を伴って迫ってくる龍田に気づくが、軽巡に何ができるのかと首を傾げている。「雷撃、斉射!」という龍田の指示に従い、一斉に魚雷が放たれるが、それだけでは意味がない。

 ウエストバージニアも馬鹿正直に受けるはずもなく、回避行動を取りつつ、魔物が直撃してくるものから女性体を庇う。いくつかの魚雷が腕に着弾し、勢いよく水柱を立ち昇らせるが、そこを狙って龍田が急激にウエストバージニアへと接近した。

 水柱の陰に隠れながら、ぐっと槍を握り締めると、彼女の怒りに呼応してか、薄く光が手から柄を伝い、切っ先へと伸びていく。加えて龍田自身も、自分の中から力が湧いてくるだけでなく、足元から何かがせり上がってくるかのような感覚を覚えていた。

 踏みしめる赤い海、そこから力が汲み上げられているというのだろうか。まるで井戸に桶を下ろし、そこに力のようなものが満たされ、汲み上げられているかのようだ。ただその量は井戸水のように豊富ではなく、少量のものをゆっくりと時間をかけて上がってきているようなもの。

 それが自分の中で巡っている力と反応し、手を通じて槍の切っ先に集められているかのようだった。

 

「貫き、爆ぜろ……! 吹き飛びなさい!」

 

 雷撃を受けた箇所目掛けて突き出せば、驚くほどに刃が通り、槍に備えられている砲門から砲弾が射出され、勢いよく爆ぜる。それはいつもの砲撃よりも明らかに威力が向上したものだった。

 凪や明石による調整の成果もあるだろうが、それでも先ほどまで行っていた砲撃よりも数段強い威力。その爆風によって思わず龍田自身も目を瞑ってしまうほどである。

 それは女性体を庇う腕を吹き飛ばし、女性体をあらわにしてしまうには十分なものだった。驚きに目を見開くウエストバージニアと、龍田の視線が交錯する。そのまま龍田がウエストバージニアへと追撃を行うかと思われたが、龍田はぐっとこらえてバックしつつ、砲撃を行う。

 とどめを刺すのは自分ではない。雷撃も行っている自分では、彼女へととどめを刺すことはできない。自分にできるのは、こうしてウエストバージニアが龍田へと意識を向けさせることだ。

 

「標的、戦艦棲姫。全主砲、薙ぎ払え!」

「全砲門、開けッ! いよいよこの武蔵の戦いの始まりだ!」

 

 大和と武蔵の号令に従い、大和型の主砲が一斉に火を噴く。二人の大和型により全砲門斉射は、他の戦艦らによるそれとは音圧が大きく異なる。空気が痺れ、海も震える。そして遠方にいるウエストバージニアもまたその響いた衝撃に気づき、龍田からそちらの方を見やり、咄嗟に防御態勢を取った。

 だが魔物の片腕がない中で、完璧な防御が取れるはずもない。降り注ぐ弾丸が次々とその黒き身体を貫いていく。主砲も、身体も、そして腕で庇ったその女性体もまた貫通し、彼女に大きなダメージを与えた。

 

「――ッ、ク……!? 今ノハ……何ダ……!?」

 

 ウエストバージニアは状況を把握しようとするが、攻撃の手は止まらない。制空権を奪取した艦載機による追撃が襲い掛かっていく。大和型二人の攻撃によって大きく負傷した魔物では守り切れず、ふらりと力なく崩れ落ち始めた。

 そこに目掛けて佐世保の三水戦、阿賀野と能代が魚雷を放ち、それがとどめになった。雷撃による爆発でその身体が吹き飛び、艤装の魔物の腹へと叩きつけられる。呻き声を上げながら、混乱する頭の中で、自分は負けたのだと悟る。

 遠方にいる大和と武蔵、それを投入してきた。そしてその砲撃によって簡単に自分はこうまで追い詰められる。その情報を荒い息を吐きながら何とか後方に送り、そして自分は海に沈んでいく。

 また龍田が軽巡にしてはおかしい力を振るったことも併せて送信した。これに関しては不可解すぎたため、確証がないままあやふやな情報として送られることとなる。

 

「マダ、終ワリデハナイ……私ガ落チテモ、マダイル……。後ハ任セタワ、コロラド……メリー……」

 

 力を失い、崩れ落ちていく魔物が頭上から覆いかぶさる中、ウエストバージニアは静かに海中へと沈む。だが、その命は繋がれている。艤装や魔物こそ二人の大和型の砲撃を受け続けたことで、ボロボロにはなっている。だが彼女自身は数発の徹甲弾の貫通と、雷撃を受けただけで、撃沈に至る程の負傷ではなかった。

 その代わり、この魔物はもう駄目だ。身体はどんどん崩れ落ち、ただの残骸と成り果てながら海底に沈んでいく。魔物の振る舞いからして艦娘たちにはウエストバージニアを撃沈させたと思わせられただろうが、女性体はこうして撤退には成功している。その上、敵の戦力の情報をその身で体感し、共有したという成果もある。それだけの仕事をこなしたのだから十分だろう。

 

「よくやった、ウエストバージニア。後はゆっくり休むといいさ」

 

 頭に聞こえてくる北米提督の労いの声を受け、ウエストバージニアは一人、戦線離脱を果たした。

 

「やった、やったわ能代! 私たち、大戦果を挙げちゃったかも!」

「落ち着いて阿賀野姉ぇ! まだ戦いは終わってないから! みんな、魚雷装填しつつ一旦下がりますよ! 呉の三水戦の皆さんの所へ!」

 

 ウエストバージニアを落としたところで、まだ戦いは終わっていない。遠方から攻撃を仕掛けてくる二人の戦艦棲姫に、艦載機を展開する空母棲鬼、そして目標である中間棲姫は健在だ。

 加えて中間棲姫は奪取された制空権を取り戻すために、再び三角滑走路を前へと展開し、一斉に発艦させる。これで何度目の艦載機の発艦だろうか。一部生存して帰還した艦載機の補給も行っていることを考えると、かなりの数を用意していることは間違いない。

 だがこちらも指揮艦という拠点が存在する。艦娘の艦載機が少なくなれば、指揮艦へと一時帰投し、補給を行うことで回復ができる。現在も一部の空母が指揮艦へと帰投し、控えの空母が交代して位置につこうという時だった。

 その様子をずっとイースタン島で艤装の上に腰かけ、腕を組みながら偵察していた空母棲鬼が見つめていた。

 

「頃合イカ――カカレ、敵機直上、急降下……!」

 

 指を立ててすっと上から下へと下ろしながら命令する。すると、雲の中に隠れてその時を待ち続けていた白猫艦載機が、一斉に艦隊の後方にいた主力部隊へと躍りかかる。先行して放っていた白猫艦載機を雲の中へと隠し、艦隊を守る一部の空母がいなくなるタイミング、それを待ち続けていた空母棲鬼。

 まさにここぞという奇襲のタイミング。

 死神が鎌を構え、笑いながら獲物へと襲い掛かるかのように、白猫艦載機が凪たちの切り札、大和と武蔵を撃沈させるべく急降下。頭上を取った白猫艦爆は爆弾を、側面を取った白猫艦攻は魚雷を放ち、一気にダメージを与えんとする。

 だが、それを読んでいた北条が、護衛隊に対空重視の装備を充実させていた。凪と湊もまた大和と武蔵の護衛に向かわせていた艦娘にも、対空面を意識させている。特に12㎝30連装噴進砲というロケランに加え、25㎜三連装機銃などの機銃の配備。加えて対空電探も用意することで、絶対に敵艦載機から大和と武蔵を守るのだという意気込みを見せる。

 それでも、それでも白猫艦載機は止まらない。襲い来る機銃の弾と、ロケランの弾すら掻い潜って攻撃を仕掛け、大和と武蔵を、加えて主力部隊に属している空母すらも戦闘不能にさせるべく次々と襲い掛かる。

 

「ハッ、備エルカ。当然ノ采配ダ。ダカラトイッテ、ソレデ終ワルトデモ?」

 

 すっと空母棲鬼が艤装の飛行甲板を撫で、もう一度空へと手を伸ばす。するとバチバチと赤い稲妻のようなものが腕を伝って指へと至り、その先に白猫艦載機が円環のような陣を形作って顕現した。

 

「ミッドウェー、続クガイイ」

「了解。全機、飛ベ」

 

 中間棲姫が頷き、両手をぐっと組み合わせて力を込める。すると彼女の周囲に白猫艦載機が赤い閃光を放ちながら点々と顕現。何度か彼女の周囲を飛び回る白猫艦載機は、赤黒い力を込めた中間棲姫の伸ばした右手の前へと集まり、螺旋を描きながら一気に飛びあがる。

 渦を巻きながら上空前方へと突き進むそれは、まさに赤黒い竜巻の如く。深海棲艦ならではの力の粒子が弧を描き、勢いを殺さないままに両陣営がぶつかり合う前線へと到達。一部の白猫艦載機がそのまま急降下し、前線の艦娘へと攻撃を仕掛けるも、残りの大半は前線を通過して艦娘の艦隊の後方、主力艦隊へと迫る。

 その上には空母棲鬼が放った白猫艦載機が高高度を保ち、迫っていた。またしても二人の上空から急降下し、攻撃を仕掛ける算段のようだ。

 

「全機、発艦してください! とっておきを食らわせてやって!」

「鎧袖一触とはいかないでしょうが、それでも、食らいつきなさい。培った経験、ここで発揮しなさい」

 

 呉一航戦の千歳と加賀の言葉に従い、大和と武蔵を守るために艦戦が一斉に放たれる。加えてそれぞれの指揮艦に待機、補給に戻った空母からも艦戦が放たれ、それぞれの方角から合流するように白猫艦載機へと迫る。

 敵が深海としての力を付与したならば、艦娘の艦戦は積み重ねられた経験。それにプラスするならば、呉と佐世保には小さいことかもしれないが、凪や夕張、明石の手による改修強化が施されている。

 凪の手でより艦娘にフィットし、夕張と明石の手でより設備の効果が発揮されるように施された調整。それによって通常の艦戦よりも高い性能を発揮できる。烈風や紫電改二などに搭乗している妖精たちの目が光り、迫りくる不気味な敵艦載機を捉える。

 

「こちらもタダでは落ちてやらん! 私はここだ! 当ててみるがいい! もちろん、抵抗させてもらうがなぁ!」

 

 武蔵も空に向かって高らかに挑発するように叫びながら、機銃を連射。同時に主砲には三式弾を装填し、一直線に向かってくる白猫艦載機へと砲撃する。敵が武蔵の言葉に乗ってきたならば、向かってくる軌道は容易に推測できる。あとはそれに合わせて三式弾を炸裂させればいい話だ。

 更なる力を備えて攻撃をしてくる艦載機の群れ。それを前にしてもなお、艦娘たちは折れることはない。ここで敗れれば、後ろにある指揮艦も無事では済まない。自分たちを守ると同時に、指揮艦に乗船している提督をも守るために、ここで落ちるわけにはいかないのだという気持ちが、彼女たちに力を与えている。

 大和も機銃で抵抗するも、その瞳は遠くにいる敵を捕らえていた。武蔵や空母たち、そして周りの護衛をしてくれる駆逐艦の対空射撃によって防空態勢は整っている。だが守ってばかりではじり貧になるのは間違いない。どこかでこちらからも反撃の一手を打たなければならない。

 ではここで誰を撃てばいいのか。

 遠方から敵を探りつつ、照準を合わせる相手を探っていた横須賀の大和。偵察機から届く情報を横須賀の指揮艦を経由して共有する中で、大和は中間棲姫が敵艦隊の旗艦というより、敵の作戦の中心に据えられている存在ではないかと推測した。

 先ほどから繰り返される艦載機の攻撃は、確かに基地型の中間棲姫から放たれるものの数は多い。だがそれを指示している存在が別にいる。それは少し離れたところで全体を見渡すようにしつつ、攻撃の機会を窺っている空母棲鬼ではないかと考えた。

 中間棲姫の前にいる二人の戦艦棲姫はただの護衛だろう。今もなお、前線に向かって遠距離砲撃を行っているが、大和たちまで砲撃を届かせていない。やろうと思えばできるだろうが、中間棲姫を守るならば、前線に食い込んできている部隊を攻撃する方が確実だ。

 また空母棲鬼は最初からあそこに居座るだけで、動いてはいないようだった。誰かと話しているそぶりを見せ、時に艦載機の発着艦を行い、指示を出す。それの繰り返しをしているようだった。ならば、彼女を何とかすれば、敵艦隊の指揮系統は若干の乱れを見せるだろう。

 もちろん、空母棲鬼を落とすことができれば、艦載機の数も減ることが期待できる。それを踏まえた上でも、彼女に攻撃を仕掛けるのは反撃の一手として悪くないはずだ。

 

「照準合わせ、ヨシ。全砲門斉射! てぇーーッ!!」

 

 一方空母棲鬼は、変わらず艤装の上に腰かけながら、帰還してくる艦載機を回収し、補給を行っていた。放っている偵察機と、潜んでいる潜水艦からの通信で、艦娘たちの様子を窺いながらの戦闘。

 この戦いが彼女にとってのデビュー戦ではあるが、深海棲艦が蓄積しているデータと、加賀としての戦歴を参照し、ある程度の知識を備えてはいる。だがデータや知識はあっても実戦感覚はゼロに等しい。そんな中で、このような大きな戦いでどっしり構えるのは、空母として全体を見渡せるだけの装備や力が備わっているのが関わっていた。また後方に座していれば、とりあえずは安全という北米提督の采配もあった。

 ふと、視線が中間棲姫へと向けられ、

 

「ミッドウェー、次ハ出セルノカ?」

「イイエ、今ハ全部出シテイル」

「……ン? サッキノ『全機飛ベ』ッテ、本当ニ全機出シタノカ? ……ソウ、妙ニタクサン飛ンダト思ッタガ、イイダロウ。トリアエズ、マダ膠着状態ハ続クノハ間違イナイ。引キ延バシ、時間ヲ稼グ。次ノ部隊――――何ダ、コノ音ハ?」

 

 また右手に深海の力を集め、艦載機を発艦させようとした空母棲鬼だが、不意に耳に届く謎の音。それに首を傾げていると、空から降り注ぐ徹甲弾にその身を貫かれる。

 横須賀の大和が放った主砲の弾丸。超遠距離からの攻撃のため、時間をおいて今、空母棲鬼へと届いたのだ。だが超遠距離のために照準は合わせてはいても、ズレが発生してしまう。ましてや奇襲の一撃のため、前の砲撃を参考に照準合わせもしていない、文字通り一発勝負の一撃だ。

 何発かは直撃せずに海へと落ち、水柱を立ち昇らせるが、それでも二、三発は空母棲鬼とその艤装を貫いた。しかも丁度深海の力を行使しようとしていたところだったため、空母棲鬼へとダメージを与えた拍子にエネルギーが乱れ、暴発を起こしてしまう。

 

「ガァ……グ、馬鹿ナ……誰ガ……!?」

 

 力の暴発、暴走によって、身体のあちこちから連鎖的に力が爆発を起こし、彼女の手足を覆っていた鎧のようなものが吹き飛ぶ。加えてセーラー服のようなところも焼け焦げ、吐血しながらも、空母棲鬼は自分を撃った何者かを探った。

 

「イヤ……コノヨウナ遠距離砲撃、デキル奴ハ限ラレル。フ、フフ……ヨモヤ一瞬ノ隙ヲ突イテコンナ真似ヲスルトハ。流石ハ大和型、単ナル時間稼ギノツモリダッタガ、私トシテモコレデ退場スルナド、カツテノ一航戦ノ一翼ノ面目ガ潰レル」

 

 暴れる力を何とか制御し、ぐっと拳を握り締めて、改めて赤黒い力を全身に巡らせた空母棲鬼。焼け焦げた服の修復はできないが、今はそんなことはどうでもいい。自分を撃った大和、あるいは武蔵に、今まで以上の矢を放つ。

 そのために自分の中で更なる力の向上を。深海の加賀として新生した空母棲鬼、その中に埋められていたリミッターを限定解除。中部提督が調整したこのモデルの中に秘められたそれを浮き彫りにし、一時的な力の制限を外すことで、短期間ではあるがより艦載機の性能を向上させることができる。

 この力はすでに中部の秘書艦である赤城が発現している。そのため手足に赤い亀裂のような線が走っているが、あれは深海棲艦の力が強く巡っている証だ。この空母棲鬼にはそれがなく、それが彼女は鬼級として存在している理由である。

 新生してからそれほど時間が経っておらず、また実戦経験も積んでいない身では、その全力の力を行使しては、身体に不備が生じるからと、中部提督が一旦封じたもの。

 そして今回はミッドウェー海戦の再来を演出するため、ここに艦隊を引き付ける囮として派遣された身。時間稼ぎをするためだけの戦いなのだから、必要ないものとして眠らせたもの。

 しかし彼女は加賀だ。姿を変え、深海側に身を堕としていたとしても、この海で沈んだ加賀である。かつての自分が沈んだ海で、感情を昂らせ、敵を沈めるために力を振るったのならば、彼女のその意志に応え、それが目覚めさせられる条件は十分に揃っているといえよう。

 彼女は、解放する。

 

「大和、武蔵、オ前タチノ時代ハモウ終ワッテイル。カツテノ主力戦艦ガ、再ビコノ海デ幅ヲ利カセルナ。火ノ塊トナッテ、沈ンデシマエ!」

 

 加賀としてのプライドの火が赤く燃え上がり、その身を、艤装を赤く染めながら、この海に本当の意味での深海空母の鬼姫が降り立つ瞬間である。

 


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