「む? 提督ではないか。こんな所で何をしとるんじゃ?」
球磨とベンチで談笑していると、入渠ドックから茶色がかった髪を白いリボンで結んだツインテールの少女が出てきた。柳色の全留式のタイトスカート付の服装をしている。
身長はほどほどにあり、可愛らしさも見られるのだが、この見た目から飛び出す口調が衝撃的だ。
重巡利根である。
摩耶と共に第二水雷戦隊へと配属された重巡の片割れだった。
「今日は少し余裕が出たからね。君達と交流をしようと思ってるのさ」
「吾輩らとか? ほう、それは殊勝な心掛けじゃ。良いぞ。吾輩も相手しようぞ」
と、手にしているラムネをぐいっと傾けながら凪の隣に腰掛ける。
ぷらぷらと足をふらつかせながら「それで、何が聞きたいんじゃ?」と横目で問いかけた。
「そうだねえ。戦闘を重ねていっているわけだが、回避より攻撃に意識が向いているような気もするけど、そこんとこどうだい?」
「ふむ、確かにそうじゃな。吾輩の偵察機で位置を確認し、先手必勝とばかりに攻撃を仕掛けておる」
「攻撃は最大の防御クマ。先に敵を撃滅してこそ、味方が守れるクマ」
「なるほど。……そして撃ち漏らしがあった場合に、被害が出ているというわけか」
今回はそれが駆逐艦の二人になったというわけだろう。
その事について二人は少しばつが悪そうな表情を浮かべる。特に球磨としては旗艦としての責任を感じているのだろう。
「攻め攻めな気持ちというのも大事だろうけど、防御も大事だね。最近は深海棲艦が妙に近海で確認されているから、そろそろこれについての訓練もしっかりと盛り込んでいこうかと考えていたし、丁度いい機会と思うが、どうだろうか」
最初こそしっかりと当てていく事が大事だと、神通が計画したプランをもとに訓練が行われていた。その成果は確かに出ており、砲撃でも雷撃でも命中率を高め、深海棲艦は全て撃沈している。
お互いの実戦訓練を行う事で、砲雷撃戦を経験させる事で回避行動も学ばせているが、それだけでは足りないかもしれない。
「異論はないクマ。神通と相談してプランを立てていく事にするクマ」
「そうじゃな。吾輩としても、強くなるためならば異論を唱える理由はない。旗艦殿と神通に任せよう」
するとドックから新たな人が出てきた。
艶やかな長髪を先端付近でリボンで結び、一房を左に流して同じようにリボンで結んでいる。巫女服の様な白い着物を着こなし、黒いスカートを履いた少し小柄な和服少女だ。
彼女こそ軽空母祥鳳だった。
「あら、提督。こんにちは。こちらでどうされたのです?」
「おや、祥鳳か。君もいたのかい」
「ええ。自主練の疲れを癒していました」
「そうか。……ふむ、丁度いいかもしれないな」
祥鳳と球磨達を交互に見やりながら、凪は考える。
空母系の艦娘としては初めてである祥鳳。そのため空母に関する訓練の教官に位置する存在はいない。アカデミーで習った自主練としての方法を凪が祥鳳に教え、一人でやらせるしかなかった。
だが、今この時間を利用すれば祥鳳に実戦的な訓練を行えるかもしれない。
「球磨。祥鳳と共に訓練するか」
「クマ? というと?」
「祥鳳は艦載機を用いて球磨達を攻撃。球磨達はそれを受けて回避行動をとり続ける。今は深海棲艦に空母ヲ級や軽母ヌ級は確認されていないが、いずれ来る時のために備えておくことは必要だろうさ」
「なるほど。お互いがお互いの訓練となる事が出来るわけじゃな。対空砲撃はしてもよいのか?」
「いいよ。それをかいくぐって攻撃できるのか、も祥鳳にとっては大事な訓練だからね。……入渠してからまたすぐに訓練ってことになってるけど、大丈夫かい?」
「吾輩は問題ない。今は研鑽の時じゃ。吾輩らはまだまだ新米じゃからな。自らを高める時間は大事にせねばな」
やがて第二水雷戦隊のメンバーが全員出てくると、内容を説明する。急遽決まった訓練だったが、彼女達は乗り気だった。誰も異を唱えることなく、揃って海へと移動していく。
第二水雷戦隊が整列する中、戦艦の方にいた大淀を呼び寄せる。
「通信を第二水雷戦隊に繋ぐこと、出来る?」
「はい、こちらを使っていただければ」
そう言って通信機を取り出してくれる。接続先を球磨に合わせると、離れたとしても凪の声が球磨に届くようになったようだ。ありがとう、と礼を述べ、離れていく球磨達を見やる。
祥鳳も位置に付くと、着物の左側を脱ぎ、右袖を赤い襷によって縛られる。胸は飛行甲板を思わせるようなボーダー柄のチューブトップがあるが、その肌脱ぎ姿は中々に艶めかしさを感じさせる。その状態で彼女は弓を構える。
矢を顕現させて射れば、放たれた矢が変化して編隊を組んだ艦載機となる。
続けて二射、三射と放ったそれらが第二水雷戦隊へと迫っていく。
「まずは回避行動。頑張ってよけてみよう」
「クマ! 複縦陣となって全速だクマ!」
球磨の指示に従い、複縦陣となって航行する。飛来する艦載機は二つが艦爆、一つが艦攻のようだった。
当然ながら模擬戦のため爆発する危険性はない。
艦爆は対象の頭上まで迫り、爆弾を投下する機体だ。敵の上空へと近づき、一気に急降下して攻撃する。
艦攻は魚雷を以ってして攻撃する機体だ。攻撃する際は海面を低空飛行し、魚雷を放って離脱する動きを見せる。
威力で言えば爆弾よりも魚雷の方が上だが、命中率で言えば敵の上空まで迫り、爆弾を投下する艦爆の方が上とされる。
そして今、最初に放った艦爆が球磨達の頭上へと迫っている。
この艦載機らを操作しているのはそれぞれ搭乗している妖精らだ。一機一機に妖精が搭乗しており、艦娘の意思に従ってどのように攻撃を仕掛けていくのかを応えてくれるらしい。
今、と祥鳳が念じれば、それに応えて妖精らが爆弾を投下する。音を立てて球磨達へと襲い掛かる凶器は爆発こそしないが、当たれば痛い。何とか避けはしたものの、水面に落下した事で発生する水しぶきが川内や摩耶にかかっていく。
「今の距離だと、爆風当たってるかもしれないよ。至近弾により微量のダメージ判定かな?」
通信機を通じて結果を通告する。その間に、艦攻が球磨達へと迫っていた。水面ギリギリで飛行し、魚雷を発射。その位置は球磨達の進行方向に対して見事に直角で入り込んでいる。
「おぉ……上手い位置取りだ。自主練の成果か……?」
双眼鏡を覗き込みながら思わず呟いてしまう程の惚れ惚れした動き。しかも艦爆も避けようとしている球磨達を逃がさないように回り込んでいる。このまま魚雷が当たるのか、と思いきや、球磨が指示を出した。
前にいる皐月と初霜は加速し、自分を含めた他の三人は減速。結果、その間をすり抜けるように魚雷が通り過ぎていった。だが一本だけ逃げきれず、利根へと着弾してしまう。
「……利根、これは中破以上かな」
「でしょうか」
「悪くない回避ではあった。もう少しといったところだね」
あえて減速したり、魚雷の方へと逆に逃げるようにすると、旋回角度で逃げられる事がある。回避の仕方を覚えると、意外と魚雷は避けれたりするのだが、奇襲の形で撃たれるとそれはどうしょうもない。
そして他の攻撃と組み合わされると、回避はよりやりづらくなる。追撃するように艦爆が飛来し、なす術なく球磨と川内が被弾した。
「最初は祥鳳の優勢で終了。もう一度回避だけでやるかい?」
『もう一度頼むクマー』
「了解。祥鳳、艦載機戻したらもう一回対空迎撃なしの攻撃だよ」
「はい」
それからしばらく回避行動と艦載機攻撃の訓練を続ける。何度か繰り返していくうちに球磨達もコツをつかんできたらしく、被害が少しずつ抑えられるようになっていく。
そして祥鳳は、そんな彼女達にどう攻撃を当てていくのかを更に考え、より動きを高めていくようになっていく。
「よし、対空迎撃の訓練へ移行しようか」
続けて対空射撃を混ぜていく。
艦載機の攻撃から身を守るにはただ回避するだけではない。高角砲や機銃を用いて艦載機を撃墜する方法もある。とはいえこれで敵機を全滅させる事はほとんどない。いくつか撃ち漏らし、攻撃が飛んでくる事が多い。
対空能力が高い艦娘ならばそれを防ぐことは多いだろうが、今の艦隊では無理だ。
(将来的に対空能力が高くなりそうな娘はいるんだけどな……)
第二水雷戦隊にいる艦娘ならば摩耶だろう。
艦の時代で対空兵器を多く搭載する改装をしている。彼女の対空能力ならば、ヲ級一体を相手にするだけならば何とかなるかもしれない、というくらい優れているそうだ。
だがそれは改装すればの話だ。今の摩耶のレベルではまだ足りない。
だからといって、今をないがしろにする事もない。これもまた練度を上げるために必要な事だ。繰り返し攻撃と防御の訓練を続けていった。
そうして夕方近くまで続けた結果、祥鳳はより艦載機の扱いが上達し、第二水雷戦隊は空母を相手にした際の動きを覚えていった。お互い労いの言葉を掛け合い、入渠ドックへと向かっていく。
その際祥鳳を呼び止める。
「明日は第一水雷戦隊が空いてるから、次はあの娘達にやってくれるかい?」
「はい、わかりました。同じような訓練を行えばよろしいですか?」
「うん。神通にも言っておくから、よろしくね。今日はおつかれ」
「おつかれさまでした。では失礼しますね」
敬礼して祥鳳も入渠ドックへと向かう。その背中を見送ると、手にしていた通信機を大淀へと返した。さて、そろそろ執務室へと帰ろうかな、と思いながら振り返ると、いつの間にそこにいたのだろう。神通が静かに佇んでいた。
それに対してびくっと体を震わせてしまった。
「うぉぅ……、帰っていたのかい?」
「はい。お邪魔にならないよう、控えていました……」
一礼しながらそんな事を言う。遠征から帰ってから、となるといつから本当にいたのだろう。気になるところではあるが、明日の事について話そうとすると、先回りするように神通から話し出す。
「対空母の訓練ですね。承知しました。私も、そろそろ学ばせようと考えていたので、丁度良いかと思います」
「話が早くて助かるよ。……それと、他にも訓練について色々話すことが出来たんだけど、入渠の後の方がいいかい?」
「いえ、お話があるのならば、そちらを先にしていただいても構いません……。場所を移しましょうか……?」
「うん、じゃあ大淀もよろしく」
三人揃って執務室へと向かう事となる。
近海の状況の変化。それに合わせて艦隊の練度を高めるための訓練方法の変化。
これらについて後から来た長門も交えて話し合いが続くこととなった。
瀬戸内海という国の内部に入り込み始めた深海棲艦。まだまだ弱い部類のものとはいえ、これが強力なものとなってくると話が変わってくる。それにあの増え方には少し違和感があった。何かが起きているのではないか、と思えるくらいに。
備えておくことは大事なことだ。さもなければ、自分の首どころか呉鎮守府そのものの存亡にかかわってくるだろう。
その日の話し合いは夜まで続いたのだった。