呉鎮守府より   作:流星彗

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ミッドウェー海戦

 

 アリューシャン列島の戦いと同時刻、凪と湊、そして北条はまもなくミッドウェー諸島に到着しようとしていた。偵察機妖精による情報によれば、イースタン島周辺は変わらず赤い海が広がっていて、そこに深海棲艦が艦隊を組んでおり、イースタン島には中間棲姫が座している。

 改めて中間棲姫と呼称することになったその白い女性を観察してみる。見た目でいえば飛行場姫、港湾棲姫によく似ているといえるが、彼女たちよりもさらに成長した大人の女性を思わせる。

 大きく波打つロングドレスに、同じくウェーブがかった白い髪が美しい。が、その口元から首元にかけて、黒い突起のようなものが覆われているのが異質だ。また背後にいる巨大な白い球体も異質さを助長している。大きく開かれた口は中間棲姫を丸呑みできそうなほどに巨大。しかし体の所々ひび割れており、艤装の砲が複数突出している。

 イースタン島の滑走路をモチーフにした三つの滑走路に囲まれた彼女は、静かに瞑目してその時を待っているかのように見える。艤装の巨大な球体は呼吸をするように、何度か口を動かしているだけ。

 だが離れたところで待機をしている空母棲鬼は、艦隊を共にしているヲ級らに指示を出し、周囲の索敵を行うかのようにたびたび艦載機が発着艦している。その艦載機はあの白猫型のものだ。ウラナスカ島での戦いで宮下と渡辺はすでに交戦しているが、通信不良のため、凪たちの下には情報が届いていない。

 

「さて、そろそろ出撃させるとするかね。連合艦隊、出撃したまえ!」

 

 横須賀の指揮艦から次々と艦娘たちが海に出る。凪と湊の指揮艦からも艦娘を出撃させるが、一部の艦娘は呉鎮守府に残してきている。それぞれの鎮守府にとって大きな戦力が減っているが、それでも育成はきちんとこなしている。

 呉からは第一水上打撃部隊、一航戦、二航戦、二水戦、三水戦が出撃する。だが二航戦にいた大淀、第二水上打撃部隊の木曾、四水戦のあきつ丸をそれぞれ入れ替える形となり、二航戦にあきつ丸を加えている。

 なぜあきつ丸なのかといえば、彼女を改装することによって艦戦を装備できるようになったからだ。見た目も全身白が中心となったものが黒に変化しており、手にしているのは走馬灯だろうか。巻物のような飛行甲板と合わせて艦載機を発艦させている。

 また艦戦だけではなく、対潜哨戒機、オートジャイロのカ号観測機も運用可能で、制空争いだけでなく対潜を担うこともできる艦娘となっている。そのため今回二航戦へと組み込み、制空や対潜の補助を任せることにした。

 佐世保からも主力部隊、第一水上打撃部隊、一航戦、二水戦、三水戦が出撃。それぞれが持ちうる艦隊を出来る限り出す形となった。

 総勢50人を下らない艦娘たちが、一斉に海に勢ぞろいする様。今は人型だが、これが本来の艦艇の姿ならば、壮観な光景となっていただろう。駆逐艦、巡洋艦、戦艦に空母と、あらゆる艦艇がミッドウェーを目指す光景。かの大戦の時よりもさらに数を増した大艦隊が、かつての悪夢の敗戦を覆すべく、今再びこの海にかえってきた。

 

「艦載機発艦。敵の奇襲を防ぎつつ、航行せよ。敵艦載機の兆候は見逃すな。潜水艦にもだ。くれぐれも気を付けたまえ」

 

 北条の命令に従い、空母たちが艦載機を発艦させる。それらはあらゆる方角に散り、それぞれの空や海を偵察する。敵に空母棲鬼をはじめとした存在がいることはわかっている。そのため警戒するのは自然なこと。

 悲劇を繰り返さないという心は北条とて変わりはない。失敗するわけにはいかない。それは北条も心得ている。ミッドウェー海戦を勝利し、成果を挙げるのが自分の成すべきこと。それを果たすためにはできうることはやる。手を組みモニターを眺めながら、静かに開戦の時を待っていた。

 

 

「ンー、首を揃えてお出ましネ。パールハーバー、サンディエゴからは何もなし。……うん、それでこそ、前もって戦力削っておいた甲斐があるというものさ」

 

 イースタン島の海底にて待機していた北米提督は、何度か頷いた。彼の前には複数のモニターが展開されており、別々の視点からイースタン島周辺を映し出している。迫ってくる無数の艦娘を前に、どこか楽しげな様子を隠さない。

 だが同時に、東方面を映すモニターも確認しており、何もないことに目を細めている。この作戦のために戦艦棲姫らを伴う艦隊で攻撃を仕掛けた。日本の艦隊を相手取る場合、アメリカを背後に取る形になる。もしもアメリカの艦隊が攻め入った場合、日本の艦隊と挟み撃ちにされることになる。

 それを避けるために、前もって二つの基地を襲撃しておいたのだ。

 だがアメリカの艦隊の回復力は馬鹿にならない。もし回復したとしたら、ここに襲撃を仕掛けてくる可能性があるため、たびたび東の方角を意識している。

 

「さてさて、ギークも位置につき、北方さんも動いた。では自分も始めるとしようか」

 

 指先に昏い光が灯り、まるで指揮をするように動かしながら、「ミッドウェー、加賀、共に発艦。コロラド、メリーランドはミッドウェーの防衛、ウエストバージニアは前へ」と指示を出していく。

 彼が口にしたのはコロラド級の戦艦3隻の呼称だ。コロラド級、日本の長門やイギリスのネルソンなどと合わせてビッグセブンと呼称される戦艦らの一つである。

 北米提督がこの3隻の名を与えた個体は、今やそれぞれの深海提督の間で、共同で艦隊に配備されるようになった戦艦棲姫だった。だがそれぞれちょっとした違いを与えることで個性を持たせているようで、コロラドと呼ばれた個体は黒いショートボブ、メリーランドは長い髪をポニーテールにしており、ウエストバージニアは右肩へとまとめて流すスタイルにしている。

 彼女らは北米提督の指示を受けて一礼し、それぞれ浮上していった。

 また海上でも命令を受け、中間棲姫と空母棲鬼らが動く。中間棲姫を取り囲む三角滑走路が浮上して彼女の前に展開し、その全てに白猫艦載機がずらっと並ぶ。中間棲姫の鋭利な鉤爪のような手を前に出せば、三角滑走路から一斉に白猫艦載機が発艦する。

 同時に空母棲鬼もまたその手が艤装に装備されている飛行甲板を一撫ですれば、それに従って白猫艦載機がずらりと位置につく。撫でた手を勢いよく前に出し、それらもまたイースタン島の空に舞い上がる。

 追従するようにヲ級フラグシップやヌ級フラグシップからも艦載機が発艦し、イースタン島もまた新旧混ざる艦載機が上空で旋回する。まるでその軌跡によってイースタン島が深海棲艦による結界が張られたかのようだ。

 

「タイプ・アルバコア、順次接近。機を見て攻撃し、かき乱すように」

 

 次に各地に待機させているソ級に命じ、潜水艦隊がゆっくりと動き出す。ウラナスカ島方面では潜水艦隊を北方提督は用意していなかったが、北米提督は待機させていたようだ。

 海中に潜むスナイパーたちが、各々の狙撃位置を探るように移動していく中、「ウエストバージニア、水上打撃部隊、水雷戦隊を前へ」と指を動かしながら、流れるように指示。

 それに従ってウエストバージニアと呼ばれた戦艦棲姫は浮上しながら前に出る。海上でも命じられた部隊が動き出し、戦艦棲姫を迎えながらゆっくりと前進していく。

 

「艦載機の接敵タイミングに合わせ、奴らを迎撃。可能な限り、敵戦力を削り、疲弊させろ」

 

 イースタン島を結界で閉ざしたように旋回する艦載機の一部が、順次西へと飛行する。空を往く白猫艦載機。飛行音だけでなく、軋むような獣のような声を響かせながら、イースタン島を目指す艦娘たちの上を取らんとする。

 

「――さあ、来るがいい、艦娘たち! ミッドウェー海戦を再演しようじゃないか! 自分らが囮だったとしても関係ねえ、派手に盛り上げようゼ! Let’s party!」

 

 モニターに向けて今まで指揮をしていた指を勢いよく鳴らし、北米提督はミッドウェー海戦の始まりを、昏い海の底で高らかに宣言する。だがそのすぐ後に、すっと真顔になり、「そして――神よ、我が艦隊を守りたもう」と、静かに手を組んで頭を垂れた。

 

 

 イースタン島を偵察していた艦載機は全て、展開された敵艦載機によって撃墜された。これによりイースタン島の様子はモニターに届けられることはなくなった。しかし敵が動いたということを、最後に伝えてくれた。ならばこちらも動くしかない。

 空母たちが飛ばした艦載機が連合艦隊の上空に展開し、敵の奇襲に備える。展開されている偵察機もそれぞれ目を光らせ、どこから敵艦載機が来るのかを警戒。もちろん頭上だけではない。足元もまた潜水艦が潜んでいる可能性があるため、水雷戦隊もソナーを用いて潜水艦を警戒。

 いつ、どこからくるのかわからない緊張感。ミッドウェー海戦の再来という緊張感も合わさり、常人ならこの緊張感だけで圧し潰されそうな状態の中、艦娘たちは進軍する。

 そんな艦隊の中、この戦いが大きな戦いのデビューとなった艦娘も少なからずいる。呉のあきつ丸もその内の一人だった。彼女は改造によって改となったことで艦戦と対潜の装備が運用可能となったため、加えられることとなった。

 艦戦の一つ、烈風や紫電改二を飛ばして支援しつつ、対潜哨戒機も飛ばすことで、潜水艦に備える。艦隊後方からそれぞれの警戒ができる艦娘という立ち位置で艦隊の支援を行える艦娘、それがあきつ丸だった。

 

「潜水艦など、自分がいれば近づけさせないであります」

「お、言うねぇあきつ丸さん。いいデビューを飾れそうじゃん?」

「……たぶん!」

「ですよねぇ~。ま、無理に気負わずにできる限りのことをやればいいっしょ」

 

 同じ呉の二航戦に属している秋雲が茶化すように笑い、あきつ丸の緊張をほぐしてやる。この二航戦はあきつ丸の他にも大型建造の導入によって加わった大鳳という新顔もいる。彼女にも秋雲は声をかけており、同じように緊張をほぐしていた。

 二航戦の中で、秋雲はそれなりに長く活動している。その上彼女の性格と言動から、いいムードメーカーになってくれているため、新顔であるあきつ丸や大鳳、そして今は呉にいるが、大淀も無理なく動いてくれるだろうという意図をもって組まれている。

 適度な緊張と適度なリラックス、それらがあれば何とか戦えるだろう。しかし今はやや緊張が上回っている状態だ。それはあきつ丸だけではなく、他の艦娘も同様。デビュー戦だろうと、歴戦だろうと、変わらずこのミッドウェー海戦という舞台を意識する。

 そんな中で、前方に戦艦棲姫率いる水上打撃部隊が確認されたという報告が届いたとき、ぴりっと空気が張り詰めた。北米提督がウエストバージニアと呼んだ個体だ。凪たちにとっては、いつもの戦艦棲姫と違い、髪型が変わっている程度の認識の差しかない。観測された限りでは、能力は今までの戦艦棲姫と大差がないためだ。

 

「あれが噂の戦艦棲姫とやらか。なるほど、確かに戦艦らしい肉体言語を感じさせる力だ。……が、それを見せつつ上や下から攻めてくるだろう。仕掛けるならここのはず。各員、対空、対潜用意!」

 

 北条の命令に従い、身構えたところでソナーに感ありの報告が届く。次いで戦艦棲姫がいる方角とは別の方向から次々と魚雷が接近してきた。後ろの空母らを狙った雷撃だが、素早く感づいた水雷戦隊により魚雷が爆破されていく。

 しかしそうして対処に動いたのを見計らい、戦艦棲姫をはじめとする戦艦と重巡らが長距離砲撃をしかけてくる。下を意識したところに前からの攻撃。加えて水雷戦隊の突撃もあり、最前線にいる水雷戦隊も応対せざるを得なくなった。

 

「Let’s party……! 何モカモヲ、沈メナサイ!」

 

 ウエストバージニアの号令に従い、深海棲艦らが咆哮を上げる。咆哮に上乗せされるような砲撃音も海に響き渡り、一気に戦場と化したこの海で、艦娘もまた士気を上げるように吼える。

 自身の中にある緊張もまとめて吹き飛ばすように、叫びながら突撃する水雷戦隊。その中には呉と佐世保の二水戦も含まれている。呉二水戦旗艦の球磨、佐世保二水戦旗艦の龍田もまた、前線で突撃を敢行。

 雷撃すれば誰かには当たるだろうと深海棲艦の群れを相手に、次々と雷撃と砲撃を浴びせかける。加えて龍田は手にしている槍も振るい、飛び掛かってくる駆逐艦を薙ぎ払う。

 もちろん空では艦載機も動く。艦攻と艦爆は側面から敵水上打撃部隊へと攻撃を仕掛けていく。だがそれを待っていたとばかりに、その上から敵艦載機が雲の中から急降下する。

 白猫艦載機というだけあり、全身が白に覆われているため、雲の中に紛れてその時を待っていたようだ。旧型艦載機もそれに紛れこみ、白猫艦載機と合わせて、艦娘の艦載機へと躍りかかる。

 

「そこで来るだろうと思っていた! 仕掛けたまえ!」

 

 あらかじめ展開していた艦載機に加え、指揮艦の甲板で待機させていた軽空母らからも艦戦を飛ばしていく。航空隊の支援攻撃だ。戦場に出していた艦娘だけではなく、指揮艦で待機させていた艦娘もまた、支援部隊として戦場に投入する。これが北条の作戦だった。

 絶対に負けられない戦いだからこそ、北条もまた備えていることを窺わせる采配だった。

 迫りくる敵艦載機を迎撃するべく、ドックファイトを繰り広げる。その中を潜り抜けてくるのは、やはり白猫艦載機だった。旧型艦載機は次々と撃墜されるが、艦戦の攻撃や艦娘の対空砲を躱しながら迫りくる白猫艦載機。ウラナスカ島と同じような結果が、この戦いでも表れている。

 加えてすでに敵水上打撃部隊とも交戦中だ。容赦なくウエストバージニアという戦艦棲姫と、ル級を前線へと投入したことで、遠距離から砲弾も飛来してくる。上と前、そして下からとどこからでも攻撃が飛来してくるという緊張感の中、被弾を重ねてしまうのは無理のないことだった。

 

「あの戦艦棲姫とかいう旗艦を落とせば、あそこの艦隊は瓦解するのかね?」

「さて、どうでしょう。水雷戦隊は瓦解するかもしれませんが、ル級やタ級らは撤退を選ぶ可能性があります。本命はイースタン島。そちらの部隊に合流するでしょう」

「だが、道を切り開くならば、あれを落とすだけでいいんだろう?」

「できるのなら、ですが」

 

 それを防ぐのが水雷戦隊だ。あの群れがまさに防壁となり、戦艦の長距離射撃を実現させている。その防壁を切り崩すにはどうすればいいのか。その答えは力業だけではどうにもならない。それに加え、技術も必要だ。

 

「その艦、もらったあー!」

 

 呉の第一水上打撃部隊、利根の叫びが響く。放たれた弾丸が、正確にリ級フラグシップを貫き、撃沈させる。利根に負けじと筑摩、そして戦艦の榛名や比叡もまた砲撃によって次々とリ級フラグシップを沈めるだけでなく、戦艦棲姫の近くにいたル級フラグシップや、タ級フラグシップに有効打を与えた。それによって攻撃の手が止まり、攻め込む隙を生み出す。

 佐世保の第一水上打撃部隊からも、金剛や古鷹の砲撃が敵艦隊に的確に刺さる。次々と戦果を挙げていく艦娘たちに、北条は興味深そうな眼差しでヒゲを撫でながら、モニターに映る凪と湊を見やる。

 

「この混戦の中、よくもまあ中るものだね。訓練の成果かね?」

「ええ、よく訓練していますよ。まだまだ新米の身ですからね。先輩方に追いつくには、そうするしかありません」

「そうかね。それだけではないように思えるのだがね」

 

 命中させているのは弾着観測射撃の影響が多少ある。敵艦載機の攻撃の第一波が落ち着いたところで、観測機を飛ばし、砲撃を行えるようになった。第一波が落ち着いたとはいえ、それでも敵艦載機の全てが撃墜されたわけではない。

 生き残った艦載機はまた空へと上がり、イースタン島の方角へと消えていった。恐らく補給のために帰還したのだろう。その間に第二波が来ないとも限らない。それまでにはこの戦いを終わらせ、前に進まなければならない。

 迅速に終わらせるには、攻撃を当て続け、戦艦棲姫の撃沈が望ましい。そのための弾着観測射撃だが、呉と佐世保の艦娘にはそれに加えた要素が効いていた。

 

(調子が良い。これが提督の手によって整備された結果か。やりおるのぉ、本当に)

(中る。以前より間違いなく中ります)

 

 利根と榛名が砲撃しながら、そのようなことを思う。彼女たちの主砲は凪らの手によって整備され、改修されたものだ。彼らの手によって、より中りやすく、そしてより火力が出るようにと調整が施されていた。

 近海の敵ではあまりその成果が強く実感できなかったが、この戦場は違う。強大な敵を相手に、調整された主砲の火力を存分に試すことができる。これにより、成果を強く実感できるようになった。

 戦艦棲姫を相手に長距離砲撃を仕掛けても、どこかしらに中り、ダメージを与えている。よもや敵もこの距離から正確に中ててくるとは想定していないようで、どこから来たのかと困惑が見て取れる。

 

「コノ痛ミ……戦艦? ドコカラ……?」

 

 自分の艤装の魔物の砲撃は攻撃というよりも、今は牽制やかく乱を目的とした砲撃を行っている。遠距離から飛来する戦艦の砲撃を何とか躱そうとも、潜水艦や艦載機、そして水雷戦隊の雷撃が本命として差し込まれる算段だった。

 しかし艦娘の戦艦の砲撃は、まるでこれが本命と言わんばかりに正確に中ててくる。おかげで後ろでどっしりと構え、砲撃をするというプランが崩れた。それだけではない。思った以上に前線が崩れるのが早すぎる。

 第二波、第三波の艦載機の攻撃を加えて、艦娘を疲弊させるはずだったが、それが叶う前に前線が崩れてきており、艦娘の連合艦隊が前進してきている。少なからず艦娘を被弾させているのは確かだ。事実、後方にいる空母や、前線で戦っている水雷戦隊の艦娘が指揮艦に帰還している様子が見られる。

 だがそれ以上にこちら側の被害が大きい。これでは予定時間よりも早くこちらが撤退せざるを得ないだろう。

 

「加賀、攻撃ハ?」

「スデニ向カワセテイル。マモナク攻撃ガ行ワレル見込ミダ」

 

 イースタン島にいる空母棲鬼に連絡を取れば、そのような返事が返ってきた。

 自分の役割はイースタン島に向かう艦娘たちを疲弊させること。叶うならばいくつか沈めることだが、艦娘もまたこの戦いに士気を高めている。それは初戦では叶わないだろうと、除外しているウエストバージニアだ。

 ならば疲弊させ、いくらかの戦力を削ることができればと考えたが、ここでは難しくなってきた。

 計算が狂った要素は何だ? とウエストバージニアは砲撃しながら考える。飛来してくる弾丸の方角と、あらかじめ入手している情報を照らし合わせてみる。

 

「…………アソコハ、佐世保……呉、カ」

 

 指揮艦から展開された艦隊から考えたところ、そのような答えに至った。呉だけではなく、佐世保の艦娘もまた、一部の装備は凪らの調整を受けている。佐世保の金剛なども主砲を調整されたことにより、火力と命中率に補正がかかった状態だ。実際砲撃している彼女たちも、呉の艦娘と同じように、その成果に驚きに目を丸くしつつも、気分を高めて砲撃を敢行し続けている。

 攻撃を受けているウエストバージニアも、気分が乗ってきた様子を感じ取り、これは疲弊させるのは難しいだろうと判断した。このまま続けても、無駄に戦力を削がれるだけだ。ならば本陣に戻り、まとめて相手にした方が効率的だろう。

 

「総員、撤退スルワ。置キ土産を残シ、イースタン島ニ帰還シナサイ。加賀、第二波ヲヨロシク」

「承知。総員、急降下!」

 

 ウエストバージニアの命令に従い、水雷戦隊が魚雷をばらまきながら転身、イースタン島へと引き上げ始める。駆逐や軽巡の雷撃だけでなく、雷巡チ級の雷撃も混ざったその雷撃の群れは、前線にいる水雷戦隊の艦娘たちにとって、最悪の置き土産となる。

 すでに乱戦の中で魚雷を発射し、装填中の深海棲艦もいたが、それでも雷撃を行えた個体は多い。撤退のために一斉にばら撒かれた魚雷の群れは、砲撃で対処するにも数が多すぎる。

 加えて撤退を支援するために空から艦載機の第二波も加わるだけでなく、ウエストバージニアらの戦艦の砲撃も合わさることで、追撃ではなく回避に専念するしかなくなる。

 むしろこの撤退のための置き土産の方が、被害が甚大になるかもしれない。それくらいの物量の攻撃が行われている。

 

「気合でみんな避けるクマー!」

「こんなの気合でどうにかなるもんじゃないっての! 駆逐たち! ありったけのロケランぶちかましといて!」

「わーん! こんなのエレガントじゃないわー!」

 

 球磨の激に、川内と暁が叫ぶ。駆逐艦に装備されていた12cm30連装噴進砲による弾幕で、何とか白猫艦載機を撃墜させようとしつつ、ばら撒かれた魚雷も回避する。必死になって守りに徹する様に、レディらしからぬ姿を想像してしまったようだが、それでも生き残るためにやらなければならない。

 しかしそれでも被弾はする。対空にばかり専念してしまったことで、迫ってくる魚雷を避けきれず吹雪が被雷し、吹き飛ぶ。吹雪だけではない。呉三水戦の睦月や曙、佐世保の由良は初風を庇う形で被弾と、あちこちで被弾が重なっていく。

 撤退を支援する中で砲撃をしていたウエストバージニアは、あらかた味方が撤退したため、自分も下がろうかというとき、そのような艦娘の被害を見て、少し欲を出した。

 最後の数発くらいは、しっかりと命中させて一人は沈めておこうか。そのように考え、狙いやすい由良に照準を合わせる。小さな体躯よりは、成長している少女の身体の方が狙いやすい。そう考えての標的選びだった。

 

「シズメ……!」

 

 狙いすました一撃はしかし、横から由良を押し倒した初風の手によって救われた。だが砲弾は至近で水面に着弾し、立ち上る爆発で二人の身体が海上を転がる。それぞれ庇い、庇われ、二人の艦娘の命が繋がれることとなった。

 その眩い絆の在り様にウエストバージニアは目を細めるが、現実は無情だ。彼女の視線が上に移れば、そこには倒れる二人に迫る白猫艦載機があった。カラカラと機械質な鳴き声と共に、白猫艦爆が急降下し、二人へと次々と爆弾を投下する。

 響き渡る爆音と悲鳴。それを背にウエストバージニアは微笑を浮かべ、イースタン島へと帰還する。引き上げる白猫艦載機と共にしながら、また空母棲鬼へと通信を繋いだ。

 

「マズハ二人、確認シタ。感謝スルワ、加賀」

「ドウトイウコトハナイ。ソレニ、マダ始マリニスギナイ。更ナル犠牲ヲ積み重ネヨウ。ウエストバージニア、カツテハ敵デアッタ私タチダガ、今ハコウシテ共ニ戦場ニアル。更ニ艦娘ヲ沈メラレルコトヲ期待スル」

「モチロンヨ、加賀。コレデハ終ワラナイ。何モカモヲ沈メヨウ……コノ海デ」

 

 その体の被弾は少量程度、これならば戦闘続行に支障はない。自らの損傷具合を軽く確認しながら、ウエストバージニアをはじめとする水上打撃部隊は、その数を減らしながらも一時的な撤退を果たした。

 だが同時に艦娘側もまた、犠牲を払いながら前進する。ミッドウェー海戦は、お互い被害を出しながら初戦を終える形となった。

 

 


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