呉鎮守府より   作:流星彗

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北方提督2

 

 それぞれの指揮艦から、それぞれの鎮守府にとっての主力艦隊が出撃する。合わせて一水戦という練度が高い水雷戦隊も出撃するだけでなく、北方棲姫らから発艦した艦載機に対抗するため、空母機動部隊も出撃。まさに持てる戦力を出しての艦隊決戦である。

 宮下の主力艦隊、一航戦、そして一水戦。これに加えて水上打撃部隊や二水戦も同行させつつも、三水戦や四水戦で指揮艦を警備させている。

 渡辺の指揮艦からも主力部隊や一航戦、水雷戦隊と彼の鎮守府の中でも練度の高い部隊が出撃し、一同揃ってウラナスカ島へと進軍する。加えて空母からは一斉に艦載機が飛翔し、艦娘たちの護衛と、ウラナスカ島への攻撃の部隊へと分かれた。

 もちろん深海棲艦側も飛来してくる艦載機を前に何もしないわけではない。あらかじめ発艦させていた艦載機の群れは、空を埋め尽くしている。その中から向かってくる艦載機を迎撃すべく、旧型と新型の艦載機が進行する。

 しかもよく敵の布陣を見れば、ヌ級フラグシップも確認できる。今まではエリート止まりだったはずだが、まさかヌ級も強化してきたのかと思わざるを得ない。

 戦いの火ぶたを切ったのは、砲撃による弾丸や、発射音ではない。空に響き渡る飛行音と無数の銃撃だった。それぞれの艦戦が制空権を奪取するべく、敵方の艦載機とドックファイトを繰り広げる。

 だが今までと違うのが、新型艦載機の白猫艦戦だ。旧型よりも強化された性能と装備を用いて戦闘している。この戦場で初めての敵ということもあり、今までと違う感覚が要求されている。艦戦の妖精たちも何とかついていこうとしているが、しかし被害も次第に大きくなり始める。

 敵の優勢に傾き始める中、白猫艦爆と白猫艦攻が次々と艦娘たちへと迫りくる。それらを迎撃すべく対空射撃を敢行。この戦いに合わせ、水雷戦隊も対空を意識した装備をしており、機銃や対空砲を装備させている。

 それらが火を噴いて艦載機を落としにかかるが、それらを振り切って白猫艦載機が突撃してくる。よもやここまで性能に違いを見せてくるのかと驚くが、何も対空射撃だけが防御手段ではない。

 敵の動きを読み、回避行動をとることもまた大事なことだ。

 

「各々、しっかり回避するにゃ!」

 

 速度の緩急をつけて艦載機から逃げつつ、対空射撃を続行。落とされる爆弾や魚雷から避けきる大湊一水戦。そこには確かな練度の高さが伺える。だがそれは舞鶴一水戦も同じことである。

 

「避けきってみせなさい! ここで落ちるようじゃ、一水戦の名折れよ!」

 

 舞鶴一水戦旗艦の五十鈴の檄に、一水戦のメンバーが応える。それぞれの水雷戦隊が防御のために走る中、後方から重巡や戦艦から放たれた三式弾が飛来し、爆ぜる。まき散らされる焼夷弾が敵艦載機へと襲い掛かる。

 上空で繰り広げられているドックファイトも一旦落ち着いたが、それでも敵艦載機が上空で旋回し続けているため、最初の制空権は奪取されたものとみていいだろう。

 そんな中で、ウラナスカ島から次々と深海棲艦が迫りくる。

 左右に展開された水上打撃部隊らしき艦隊が広がる中で、真ん中を水雷戦隊が進軍してくる。その後ろに戦艦や空母、そして北方提督と北方棲姫が居座る、という布陣を取っている。

 左右に広がるのは、艦娘たちを包囲し、じわじわと嬲りにくる意図があるのか。それならば包囲されるわけにはいかない。

 

「そちら側の敵艦隊は任せられるか?」

「言われずとも。包囲が完成する前に落としますよ」

 

 渡辺の言葉に、宮下は淡々と応える。一旦引き戻した艦載機を補給させ、再び発艦させる鳳翔たちを見つめ、制空権の奪取のために主力は動かせないと思考する。一航戦の空母もそちらに回すしかないだろう。比叡や霧島という戦艦はいるが、長距離砲撃で支援させるしかない。

 ならば水上打撃部隊で対処するしかない。加えて潜水艦も出撃させ、適度に横槍を入れさせて、包囲を崩していくしかないだろう。

 包囲をさせまいとこちらが動かしてくることは、北方提督も考えているはずだ。あのような効果的な檄を飛ばすような輩だ。ただ単に包囲させようと動かすだけでは終わらないはず。

 宮下は何度か北方提督の艦隊と戦っている。これまではのらりくらりと戦うばかりではあったが、しかし敵の拠点を探られないようにするような意思は感じられた。

 それでいて大湊に直接的な攻撃をしてくることはなく、ロシアの艦隊と長く小競り合いを続けていたような存在だ。ロシアからも決定的な壊滅の報告は耳にしていないため、それだけ自身も、そして敵も大きく戦況を動かすような戦いを仕掛けてこない性質だと見て取れる。

 今回の戦いにおいてそれは大きな障壁となるだろう。

 どちらに対しても大きな動きを見せないということは、膠着状態に陥らせる術に長けている。そうして戦闘時間を長引かせ、ますます宮下と渡辺をここに足止めさせてくることが考えられるのだ。

 そうなれば北方棲姫を落とせず、ミッドウェー方面への支援もできない。それが向こうの意図だとするならば、この上なく面倒な敵に思えてくる。

 

(まさにここに派遣されるにふさわしい敵。だからこそ、隙を見出だしたら一気にケリをつけなくてはいけませんね。……ん?)

 

 先ほどよりも距離が離れてしまったが、しかし何とかウラナスカ島の様子を見せてくれる艦載機の妖精から送られてきた映像を見た宮下が目を細める。何やら北方提督が指示を出しているかのようなそぶりを見せている。

 それに従ってか、包囲をしようとしているそれぞれの艦隊が反転し、迫ってくる水上打撃部隊と同航状態でウラナスカ島へと戻っていく。いや、それにしては緩やかなカーブを描き、水上打撃部隊の前を横切るような航路を取っている。

 

「……! 進路を変えなさい! T字戦法を取られますよ!」

 

 気づいた宮下が通信に叫ぶが、敵の動きはそれだけではない。戻ってくる敵艦隊とすれ違うように、水雷戦隊もまたその背後に動いている。曲がる艦隊のその後ろを航行し、仮に艦娘たちがT字を嫌って反航しようとも、その前を横切るように移動している。

 どう切り返してもT字になるような航路で自分たちの優位を揺るがなくさせる中、深海棲艦たちが一斉に砲撃を開始する。

 だが現場の艦娘たちもまた、ただやられるだけではなかった。進路を変えつつも、最初にT字有利を取ろうとした艦隊の進路に向けて魚雷を放っていた。決して防戦一方にはならず、反撃の手を用意する。それが大湊の艦娘たちの意地だった。

 また水上打撃部隊の窮地を察知した二水戦のメンバーも、魚雷の被害を何とか切り抜けてきた艦隊めがけて砲撃支援を行っており、たまらず敵艦隊はまた進路を変え、ウラナスカ島へと一時撤退していく。

 そこを追撃しようにも、ウラナスカ島から遠距離砲撃をしてくるル級フラグシップや、ヲ級フラグシップとヌ級フラグシップからの艦載機が絶えず飛来しており、ただ追撃するだけではこちら側の被害を増やしかねない状況だった。

 だが二重のT字有利のために後方に回ったもう一つの敵水雷戦隊は逃がさない。

 孤立を避けるために、速やかに反転する敵水雷戦隊を追うように、水上打撃部隊も追撃を行っていくが、遠方から救援のためにまた敵艦隊が横切ってくる。臨機応変にそれぞれの部隊を動かし、隙あらばT字戦法を取ってくる。

 上空は艦載機を展開し、水上ではそれぞれの艦隊が展開し、状況に合わせてそれぞれの敵へとぶつけてくる様。しっかりと訓練された深海棲艦の部隊だと感じさせられる。

 

(T字戦法。艦船の時代では側面からの砲撃を活かした戦いではありますが、人型となった今でも、ある程度は有効ではある。同じように砲門を敵へと向け、単縦で並んで一斉射するだけでも、一気にダメージを与えられるのは間違いないですからね)

 

 だが、こうも上手く艦隊が動き、T字になるかどうかは、実は難しいことだ。両陣営共に絶えず動き続け、なおかつ航行スピードもまたそれぞれ違う中で、上手くT字になるようにするなど、数分、下手すれば数秒にしかならない。

 その数秒を成立させ、攻撃を浴びせかけられるかどうか。それは艦隊を指揮するものと、現場の練度がものをいう。敵の動きに合わせて動くのは、実際に戦うものたちの練度にかかっているのだから。

 

(深海棲艦が意図的にT字戦法という、まさに人類が考えた戦法を使ってくるなど、今までならば考えられないことでしょう。それを成立させたのは、間違いなくあの北方提督。それだけの切れ者の女性が海で死んだというのでしょうか? そんな馬鹿な、近年でもそんな報告は聞いていない)

 

 昔の海兵といえば男性が主で、女性が所属していたという話は耳にしないし、近年でもそれだけの優秀な人材が、海で死んだという話もない。一体誰なのだ、あの北方提督は、と宮下は困惑する。

 

「クル……止メテ……!」

 

 ふと、北方棲姫が空を指さすように短く命ずる。すると上空の白猫艦戦と、艤装の対空砲が迎撃のために攻撃を仕掛けた。ウラナスカ島の上空まで迫った艦爆と艦攻による攻撃が行われていたのである。

 深海棲艦側の防備を潜り抜けての突撃だが、飛行機は次々と落とされるも、爆弾は北方棲姫へと迫っていく。だが、それを最後に防ぐのが軽巡ツ級だった。かのアトランタ級の装備を艤装に反映しているツ級は、とにかく対空面の強化が図られている。

 白猫艦載機という新たなる装備に加え、対空面もツ級で賄う北方提督の艦隊に、宮下だけでなく、渡辺もモニターの様子に苦い表情を浮かべる。

 

「ふむ、アトランタ、ジュノー、サンディエゴの守りは悪くないか。装備の不備もなし、その調子で防空を果たせ」

 

 三人のツ級の働きに、北方提督も満足げに頷く。ちなみに彼女が口にしたのはアトランタ級の一番艦から三番艦の名前である。

 艦載機の攻撃が完全に防がれる中、飛来してくるのは戦艦の砲撃。そればかりはツ級や艦載機でもどうしようもない。それぞれが回避するしかないが、それは北方提督も同様だ。戦場に出ているならば、砲撃は自分で避けるしかない。

 

(さて、そろそろ指揮するばかりではなく、我が生死の裁定の頃合としようか。旧世代の砲とはいえ、深海ならではの調整が施されたもの。久方ぶりに唸らせることになるが、どれ、どのような輩に相手をしてもらうか)

 

 軽くなびかせるマントを払えば、彼女にとっての艤装が装着される。発砲の影響を受けないように、ギミックによってマントの外へと展開される砲門は、深海棲艦らしく黒を主体としたカラーリングをしているが、異形のものはない。他の深海棲艦のように特異な風貌ではなく、口がある生き物のような存在もない。

 まるで艦娘の艤装のような主砲に、位置を変えるようなギミックが付いているだけだ。その艤装に宮下は目を細める。主砲の形状も艦娘と同じく、かつての艦船が載せていた主砲と似通っている。ならば主砲から北方提督を推測できるのではないかと、驚きを胸の内に抑えながら見定める。

 よもや北方提督が艤装を展開するなど想像もつかないが、深海提督が人の亡霊だけとは限らない可能性も考慮できる。元より深海棲艦は艦の亡霊のようなものだ。それが提督のように振る舞ったとしてもおかしくはない。大きな疑問を感じることではないだろう。優秀な女性が海で死んだということより、深海棲艦の中で優秀な存在が、あるいは異質な進化を果たしたものが深海提督となったと考えた方がまだ納得しやすいものだ。

 

(連装砲、2基4門……口径からして小さめ? 金剛型のような35.6cmの大きさではないですね。それよりも小さく感じられる。金剛型の主砲よりも小さい規模の連装砲……ん? あれは……魚雷発射管? 主砲は小さいながらも戦艦らしいなりをしているのに、魚雷発射管。それではまるでかつての大戦よりもさらに昔の戦艦のような――)

 

 ふと、気づいた。主砲だけではなく、北方提督もまた小さな少女のような風貌をしているのは、元となった艦もまた小さめのものだったのではないかと。大戦で活躍した戦艦と比較すれば小さな船体をした戦艦という点を考えても、それはより昔の時代の戦艦だと考えられる。

 それに加えて携えた刀に、小さな体に似合わない上に立つ者の雰囲気を保有し、檄を飛ばせる毅然とした存在。ならば大一番の戦において、艦隊旗艦を経験したことがあるような戦歴を保有した艦。

 そしてT字戦法を実行したことがあるとされる戦いを経験しているとなれば、一隻の艦が思い浮かべられる。いや、かの戦いではT字戦法は実行されたかどうか、後の話ではあやふやになり、創作面が強く出てきているらしいが、だが実際に奴はT字戦法を一時的にとはいえ披露してみせた。

 

(東郷元帥の影響を受けた深海棲艦の三笠……! そう考えるならば、なるほど、わたしはとんでもない化物と戦っている気にさせてくれますね。あれが本当に三笠ならば、ですが)

 

 そうしている内に、戦場の上空で再び両軍の艦載機が交戦する。制空権を奪取すべく、艦娘側の艦載機が先ほど以上に奮戦し、白猫艦載機を次々と撃墜させにかかる。妖精たちも先ほどの戦いによる経験を反映させ、目に見えて被弾の数を減らしている。

 その下を渡辺の艦隊が進軍し、ウラナスカ島を防衛する艦隊を射程内に収めた。これ以上近づかせまいと、重巡リ級フラグシップ率いる艦隊が砲撃しながら前に出るが、それを支援すべく、北方提督もまた照準を合わせ、砲撃を始めた。

 それだけではない。北方棲姫もまた射程内なのか、彼女の艤装もまた唸り声を上げながら砲撃に混ざっていく。

 

(それではこちらの守りを破れぬな。膠着状態、大いに結構。状況を変えられず、疲弊し続けるならば良し。無理に突破し、被害を増やしつつ我らを食い破るも良し。あるいは尻尾を巻いて逃げるも良し。選ぶがいい、大湊、舞鶴)

 

 三笠の主砲は古い戦艦ということもあり、射程距離は他の戦艦に比べれば短い。実際ル級の砲撃よりも短く、長距離砲撃をしているル級に対し、北方提督が今まで指揮だけに徹していたのはそのためだった。

 だがその威力は戦艦だけあって、リ級の砲撃よりも高い。射程内に入ったならば、その高い威力を次々と繰り出すことができる。魚雷発射管も備えているが、これは付近にツ級などの味方がいるため、今は使用できない。また空母が運用された時代の戦艦でもないため、対空装備もない。

 それを補完するためのツ級の配備ともいえるだろう。自分に出来ないことは、他の誰かが肩代わりする。それを実行しているだけである。

 

「まだ食い破って来る雰囲気を感じぬな。ならば舞鶴から落とそうか。慣れ親しんだ相手より、新たなる顔ぶれから落とし、余裕を保つとしよう。童女、補給は?」

「問題ナイ……次、出セル」

 

 北方提督の指示に従い、北方棲姫の艤装から次の艦載機が発艦する。ヲ級フラグシップだけでなく、ヌ級フラグシップからも次々と艦載機が発艦され、第三波として迫っていく。完全に制空権は譲る気はない布陣だが、そうはさせまいと遠方から三式弾が放たれる。

 それは展開されようとする艦載機を次々と撃ち落とすだけではなく、北方棲姫へも迫っていく。

 

「…………ッ!?」

 

 ばら撒かれる焼夷弾に、北方棲姫が両手で頭を守りうずくまりながら苦悶の声をあげる。それはまさに、痛みから逃れようとする幼子の反応だった。北方提督もマントで顔を庇いながら、どこから飛来したのかを探ろうとする。

 見れば、水雷戦隊が警備する一帯が煙幕で覆われており、見えなくなっている。いつの間に煙幕が焚かれたのだ? と疑問に思ったが、あの方角は大湊の艦隊が展開されている方だ。渡辺の艦隊へと意識を向けていた間に、接近を試みたとするならば、あの僅かな時間でよくもそのような判断をしたものだと、敵ながら見事な采配だ。

 

「前進にゃ。混乱している中、できる限り切り崩すにゃ!」

「雷撃は任せなぁ! 戦果の挙げ時を逃がすんじゃねえぞ!」

 

 煙幕の中で多摩と木曾が声を上げる。特に改二になって雷巡となった木曾の雷撃は、より威力を増して敵に刺さることだろう。後方からは重巡や戦艦の三式弾が、装填次第発射されており、側面から敵艦載機や北方棲姫へと攻撃を仕掛けている。

 このように大湊の艦隊が攻め込む隙を得られたのは、舞鶴の前進があったためだ。大湊の艦隊は制空権の奪取に意識を向けつつ、じりじりと前進していたに対し、舞鶴は制空権争いには程々にし、とにかく敵陣へと切り込み、敵の守りを崩そうと試みていた。

 そのため深海棲艦側も向かってくる舞鶴艦隊に、少しずつ意識が向けられていた。北方提督もまた、最初こそ戦場を俯瞰し、T字戦法や部隊の切り替えなど、適宜指示を出していたが、膠着状態になった中で、どちらから崩すかを考え、舞鶴へと少し意識を移してしまい、大湊の艦隊から少し意識を逸らしてしまった。

 それだけでなく、次の攻撃をするために後ろにいる北方棲姫を見てしまい、戦場から目を離した。そこが決め手となった。

 視線を逸らしてしまったのを見逃す多摩ではなかった。食らいつけるときに食らいつくのが水雷魂。すぐさま煙幕を指示し、一帯の視界を奪うことで、被弾覚悟で一気に切り込んだのだ。

 また煙幕は付近の視界を閉ざすだけではない。立ち上る煙によって白いカーテンが構成され、北方提督から見ても、遠くにいる水上打撃部隊を視認できないようにしている。そのためどこに艦娘がいるのか、北方提督だけではなく、その付近にいるル級などからも、正確な射撃を封じ込めている。

 

「はっ、やりおる。一時的な隙を見逃さない感性、嫌いではない。やはり我を眠らせるのは汝か、大湊よ。例えそうだとしても、果たしてそれは今なのかどうか。我をも沈めると云うならば、乗り越えてくるがいい」

 

 迫りくるであろう大湊一水戦を前に、北方提督は不敵に笑いながら、前に出る。それに追随するように、一人のツ級とリ級フラグシップやル級フラグシップが同行する。

 

「童女、我も一時前に出る。汝はそのまま、攻撃を続行せよ」

「ワカッタ……デモ、スグ帰ッテキテネ?」

 

 まるで親を見送る子供のような言葉だが、北方提督はこの戦いにおいて自分は生きるべきか、死ぬべきかを問う戦いでもある。もしもあの大湊の艦娘たちが自分を殺せるだけの力量を備えているならば、彼女は戦いの中で死ぬことを考えている。

 ということは北方棲姫の願いの通り、帰ってくることはできない。可能性として挙げられる未来だが、北方提督はそれを悟られることなく、穏やかな声色で語る。

 

「心配するな。汝を一人にはせん。ジュノーやサンディエゴもいる。大丈夫だ、安心しろ」

 

 不敵な笑みから、どこか子供を安心させるような柔らかな笑みを残し、北方提督は迫りくる大湊一水戦を迎撃すべく、自らもまた本格的に戦場へと身を置く。

 その動きに、宮下は首を傾げる。旗艦なら旗艦らしく後方で最初のように檄を飛ばせばいいのに、わざわざ迫ってくる一水戦に向かってくるとはどういうことだと。それだけ自信があるというのか? 一水戦の後方にも艦娘がいることは予想がついているだろうに。

 

(好機か、あるいは罠か。北方棲姫の方は? 敵の防衛線は? 制空権は?)

 

 この戦い、色々と気を配る点が多い。どれかが欠ければ、すぐさま突かれるだろう。今の一水戦の奇襲のように。でもこの奇襲によって北方提督へと大きくダメージを与えれば、事態は大きく好転するはずだ。

 潜ませている伊401などの潜水艦にも「隙あれば差し込んで」と短く指示を出しつつ、「二水戦、後退。補給と修復を。三水戦前へ」と被弾報告が増えた水雷戦隊を戻すように指示。更に「鳳翔、隼鷹、補給しなさい。交代で加賀、龍驤、出撃し艦載機を発艦」と空母たちにも指示を出す。

 どれかを欠けさせるわけにはいかない。そのためにも指示を出せるものは、こうしてどっしりと構えているべきだろうが、北方提督はそれを一時的に放棄した。それが疑問で仕方がない。

 

「見定めさせてもらいますよ、北方提督。その行動の意味を」

 

 未だその魂の色が視えない、という点でも興味を惹かれる北方提督。

 宮下は、彼女に対する興味と警戒心を、より引き上げ続けていく。北方提督もまた自分と競り合う宮下に興味を覚える。両者は戦場においてまるで磁石のように惹かれあい、海戦を通じて理解を深めていく存在となっていた。

 


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