呉鎮守府より   作:流星彗

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集結

 艦隊を集めた宮代の下に、一つの通信が入る。相手を確認すると舞鶴鎮守府の提督、渡辺とあった。名前を確認した宮下は渋い表情を浮かべた。無理もない、彼は西守派閥に属する提督であり、提督就任時期でいえば宮下よりも先輩にあたる。

 先輩であり、派閥に属する提督、その立ち位置が宮下にとって敵とみなすに十分なもの。しかしそんな相手とこれから協力して戦場へと赴くことになる。一つ呼吸を整えて通信をつなげると、「はい、こちら大湊の宮下です」と応答する。

 

「こちら舞鶴の渡辺。現在大湊付近へと進行している」

「随分早いですね。あらかじめ準備でもしていました?」

「迅速な対応こそ、戦に求められるもの。先ほど通信したところ、ミッドウェー方面の艦隊も結集しようとしているとのこと。であれば俺たちも遅れるわけにはいかない。宮代、今回ばかりはお前も本気でやってもらわねば困る。この戦い、我が国の威信をかけて勝利をせねばならない」

「承知していますよ。わたしも準備は整っています。合流し、アリューシャンへ向かうとしましょうか」

 

 さっさと通信を切るべく、淡々と告げると、渡辺も同意して通信を切ってくれる。やれやれとため息をつき、軽い頭痛がするのか頭を押さえる。そんな彼女に鳳翔が「大丈夫ですか?」と心配そうにする。

 

「ええ、大丈夫。あのような命令が下された時点から、こうなることはわかっていることでしょう。さ、行きましょう。わたしとしては早いところ事を済ませて帰りたい気分です。……例え、そのようなことにはならなかったとしてもね。ですので、鳳翔。やるからには全力を以って敵戦力を叩き潰すように」

「承知いたしました。そのようにいたしましょう」

 

 恭しく一礼した鳳翔は集まった艦娘たちに指示を出し、指揮艦へと乗船していく。宮下もまた乗船し、一抹の不安を抱えたまま大湊の艦隊は進路を北東へと定め、渡辺の艦隊と合流を目指す。

 その後は北東へと進軍し、アリューシャン列島を目指していった。

 

 

「ふぅん。君たちが呉と佐世保の提督か。若い、若いねえ。そんな君たちがこの一年で華々しく活躍していること、私は喜ばしく思う、うん。だが今回ばかりはどうだろうねえ?」

 

 通信の向こうで、ひげを蓄えた男が手を組みながらじっと凪と湊を見つめている。20代後半ほどの男だ。少しふくよかに見えるが、鍛えられているようにも見える。横須賀鎮守府の北条、それが彼の名だ。

 長く横須賀の提督として活動してきたと同時に、西守派閥として活動している。近海だけでなく、太平洋の一部を哨戒し、時に出撃して対処に当たっている。そのためアメリカとの繋がりも維持する役割を担っている。

 

「君たちの活躍は確かに素晴らしい。良き後輩が育っていることを喜ばしく思うよ。しかし今回は話が違う。事前にパールハーバーの偵察機が見たものらしいが、見たまえ、これを」

 

 と、モニターに映し出したのは一つの映像だ。艦載機から見下ろした光景がそこにある。赤い海が広がる中で、一つの島が存在している。少しずつその島がアップされていくと、島の周りを多くの深海棲艦が取り囲んでいるのがわかった。

 そして島の飛行場らしきところに座しているのは一人の女性。かつての飛行場姫や、港湾棲姫と同様の白い女性だ。だがそれらと違い、彼女には巨大な白い球体が後ろに存在している。球体の前面には大きな口のようにがばっと開かれているのが目を引く。また女性の周りには、三つの滑走路がそれぞれ彼女を交差するように取り囲んでいるのも特徴的だろう。

 

「君たちの報告に照らし合わせるならば、新たなる基地型の深海棲艦と言えるだろう」

「これが、イースタン島に座していると?」

「その通りだよ。ミッドウェーを用いて呼称するならば、中間棲姫としようか。奴らがかつてのミッドウェー海戦を意識した布陣を取るならば、今回の作戦はこやつを撃破することが我々の任務といえよう。だがそれだけではない。見たまえ」

 

 と、艦載機から映し出した映像が少し切り替わる。

 イースタン島を取り囲む深海棲艦の中に、見慣れない個体が存在していた。中間棲姫と同じく白い女性だ。だが左側にサイドテールを作り、鮫の頭部のように、先端が少し尖ったような大きな艤装に腰かけている女性がそこにいる。セーラー服と、両手両足に黒い鎧を身に着けた、どこかアンバランスながらも、整った容姿は美しいとさえ感じさせる。艤装の上で足を組んだ姿は、まるでモデル女性のようだ。

 また艤装に砲門はあるが、両側に一つずつ展開されている飛行甲板が存在しているのが目を引く。砲門はただの対空砲と考えるならば、その二つの飛行甲板こそが、彼女の一番の武器と考えるべきだろう。

 

「いよいよもってお出ましだろう。このミッドウェー海戦になくてはならない空母の亡霊さ。偵察した段階での能力計測で見た限りでは、鬼級に類していたため、空母棲鬼と呼称しよう。奴を中心に、空母機動部隊が展開されている。ぞくぞくするねえ、まさしくミッドウェー海戦の再来さ」

 

 今までも艦載機を繰り出してくる鬼級、姫級はいた。装甲空母系や、南方棲系がそれに当たる。装甲空母と呼称しているが、あれは砲撃も雷撃もできる種類。純粋な空母とはいいがたい。そのため本格的な空母としての存在はヲ級やヌ級といった量産型のみであり、それ以外にはいなかった。

 しかし深海側もついに空母系の上位個体を持ち出してきたというわけだ。よりにもよってこのミッドウェー海戦に合わせて、と考えると、深海勢力……いや、中部提督の意図がよくわかる。

 まさにミッドウェー海戦の再来を演出している。これ以上ないほどに撒き餌として機能しているといえよう。

 

「崩すプランはおありで?」

「敵が空母機動部隊で来るならば、こちらも空母機動部隊で迎え撃たねば、艦載機によって蹂躙されるだろう。君たち、空母はいかほどに?」

「それなりには」

「あたしも、一応育っています」

「ふむ、ならば後方に空母を中心とした編成を、そして前面に水雷戦隊を。この組み合わせで艦隊を組み、イースタン島を目指す。もちろん装備は対空を意識し、艦載機によって落とされないように心がける。奴らの攻撃の手を凌ぎ、着実に前へ、前へと進軍し、可能ならば空母棲鬼を沈め、そして中間棲姫をも撃破する。一つのプランとしてはこのように打ち立てよう。事前の索敵は厳とし、敵からの奇襲にも備える。ミッドウェー海戦の再来とはいえ、あの時と同じ轍をわざわざ踏む必要もあるまい。我々は勝利しに来たのだ、確実な勝利をね。だからこそ慢心せず、守りを固めつつ前進あるのみだよ。わかるね?」

 

 考え方としては悪くない。派閥争いを抜きにして考えれば、あの戦いの再来だからこそ、慢心せずに敗北しないための方法を取る。そうすることで大きな被害を出さず、勝ちの目を拾えるようにする。

 長く横須賀で提督をしているだけはある。堅実なプランに、凪と湊も特に異論をはさむことはない。

 

「久しぶりの大きな敵だ。しっかりと撃破、イースタン島を奪還し、アメリカにも一つ恩を売る。そういう意味でも負けられない。だからこそ、我らが勝利のために、私は君たちにも期待している。これまでの戦果が偽りではないこと、そして美空大将が目を掛けたものがどれほどのものか、私の目でも確かめさせてもらうよ?」

「……承知しました、北条提督」

 

 確かにイースタン島は距離的に言えばアメリカの領土の一つ、ハワイに近い。イースタン島を占拠した深海棲艦の艦隊を撃破することによって、アメリカに対する恩を売る、その考えはわからなくはない。

 だが少し気になることがある。パールハーバーの偵察機と言っていたが、そのパールハーバーの戦力はどうしたのかと。ハワイのパールハーバー基地の方が近いのだから、そちらが対処した方がいいのではないだろうか。

 

「質問よろしいでしょうか?」

「どうしたのかね?」

「先ほどパールハーバーの偵察機とおっしゃいましたが、ミッドウェーとなればパールハーバーの方が近いでしょう。向こうの艦隊はどうしたのです?」

「ふむ、良い質問だね君。確かにこれはアメリカが対処すべき問題だ。しかしそのパールハーバーとの連絡が取れなくなっている」

 

 どういうことかと首を傾げると、「パールハーバーは攻められたらしい」と言葉が繋げられた。

 

「事前に放たれていた偵察機がイースタン島の様子を見はしたが、帰還する時には既にパールハーバーは深海棲艦に襲撃を受けており、艦隊もまた出撃できない状態にあった。が、その全てを落としたわけではないらしく、艦隊に十分に被害を与えた後、深海棲艦は去っていったらしい。そのためパールハーバーからの戦力は期待できない」

「パールハーバーが落ちているって、それ大丈夫なんですか?」

「向こうと深海棲艦との戦いは日本に比べるとなかなか苛烈らしくてね、そのため基地の兵器も年々強化されているようで、それによって基地陥落だけは免れているようだよ。あくまでも艦娘がやられただけにすぎないというのが、偵察機の情報と共に送られてきた向こうの言葉さ。そしてイースタン島の情報を送ってきたのがサンディエゴでね。……私から改めてサンディエゴに連絡を取ってみてはいるんだが、こっちも怪しい状況だ」

「……まさかサンディエゴもやられてるんですか?」

 

 サンディエゴとはアメリカ西海岸にある海軍基地であり、北太平洋などを担当している。

規模はかなり大きく、アメリカ海軍が誇る主力基地といってもいい。そこもやられているとなれば、今回の敵の作戦の本気度が伺える。

 アメリカからの援軍の手を潰したうえで日本海軍を挑発しているとなれば、この戦い本当に危険なのではないだろうか。というよりも、そのままアメリカを落とした方が深海勢力的にはおいしい気がするのだが、何故それをしなかったのかも気になる。

 北条提督の言うように、基地の武装を強化することによって、多少の艦隊が落とされようとも、基地までは落とせなくなっているのだろうか。アメリカの抵抗力や戦力の立て直す力は、かの大戦でも大きな要素を秘めている。現代までそれが受け継がれているならば、耐えて反撃される形で、襲撃艦隊がジリ貧になり、基地の完全陥落までには至らなかった。そう考えるべきなのだろうか。

 

「もう少し連絡を取れるかどうか、試してみるつもりではあるがね。最悪、このまま私たちでやるしかないけれど、そこは君たちも意地の見せ所だ。共に奮戦しようではないか」

「……承知しました」

 

 共に奮戦しようって、あの西守派閥に長く属している提督らしからぬ言葉ではないだろうか? 湊も何やら違和感を覚えているようで、困惑した表情を浮かべている。

 これから出撃しようというときに、士気が低下しそうなことが並び、色んな意味で頭や腹が痛くなりそうな凪だった。

 

 

 移動し続けている中部提督らは、海底で一時休息をとっており、艦隊を待機させていた。すでに潜水部隊が、日本から出撃していった艦隊を確認している。普段からあちこちに潜ませていた潜水部隊と連絡を取っており、移動の合間も、日本の鎮守府の動きを確認している。

 日本へ移動している間にも暗号として連絡を受けており、大湊から出撃したアリューシャン方面の対抗部隊、そして先ほどはミッドウェー方面へと出撃していった艦隊についても確認している。

 ただ出撃していっただけではなく、どの鎮守府から出撃したのかについても確認しているあたり、抜かりがない。連絡を受けた中部提督はなるほど、と頷き、

 

「舞鶴と大湊がアリューシャン、横須賀、呉、佐世保がミッドウェー。つまり、日本を守るのは大本営の艦隊だけか」

 

 凪と湊が呉へと残した艦隊について把握していないのは、呉鎮守府近くまで潜り込んでいないためだ。呉鎮守府方面から、呉と佐世保の指揮艦が出撃し、横須賀の指揮艦と合流してミッドウェーへと出撃したということだけを確認して、中部提督へと報告したのである。

 

「さて、攻撃の際には部隊を二つに分けよう。赤城、君は機動部隊を率いて進軍を」

「承知シタ」

「霧島、君は武蔵、アンノウンと共に進軍を」

「了解シマシタ」

 

 アンノウンと呼称したのはレ級のことだ。色々な要素を混ぜ込み、制御不能と化したこの個体は、元となるものがわからないほどに不可解な調整を施されてしまった。中部提督にとっても解析しきれなかったため、アンノウンと呼称されることとなったのだ。

 二つに分けられた艦隊は赤城を中心とした空母機動部隊と、霧島を中心とした水上打撃部隊として成立している。

 

「それに加え、水雷戦隊などを前に置き、このような布陣で進軍しよう」

 

 海底で集めた石を用いて、軽く布陣を示す。それらを確認する赤城たちは、了承するように頷く。

 日本到着まではまだ時間がかかる。北方提督や北米提督と違い、中部提督は拠点から日本近海まで移動する必要があった。少々急ぎで移動しているが、少し休息したとしてもまだ余裕があるとみている。

 また実際に日本襲撃をするならば、アリューシャンとミッドウェー、それぞれの艦隊が接敵し、交戦を始めてからの方が望ましい。その方が、背後を突かれたという衝撃をより強く与えられるだろう。救援に向かおうにも、自分たちもまた戦闘中だ。それぞれの敵に背中を見せるのか? いや、それはできないだろう。しかもミッドウェー海戦を意識させているのだ。おめおめと尻尾を巻いて逃げるという選択肢など、日本海軍としては取れるはずもない。

 確実な勝利のため、休息も与える。

 負けられない思いを持っているのは中部提督も同じだ。移動のために使っていた奇妙なバイクのエンジンを止め、近くにあった岩に腰かけている。傍らにはいつも近くにいる黒猫と白猫がおり、甘えるように顔をこすりつけている。

 生前のようなふわふわとした毛並みではない、鎧のような硬度を持つ体にはなっているが、しかし生前から共に過ごしてきた家族のようなものだ。これから向かうのは戦場とはいえ、かつてもまた船に共に乗っていたほどだ。環境は変われども、どこに行くにも一緒である。

 しかも今回は生きるか死ぬかの戦いでもある。また死ぬことがあるならば、と今回はこの二匹も一緒に連れてきてしまった。

 

「……お前たちも見届けてくれ。僕の、僕たちの戦いを。勝利で飾るその様をね」

 

 二匹をそれぞれ撫でながら、言葉を掛ければ、二匹はそれぞれ一鳴きする。

 かつて朧気だった記憶は、もうほとんど鮮明になっている。自分が何者なのか、この二匹の猫は何なのか。それがはっきりしている。

 骨が露出していたこの体や顔も、すでに深海棲艦らしい皮膚が覆っている。そこにいるのは虚ろな亡霊ではなく、自己をしっかり確立させた深海棲艦といってもいいだろう。

 違うのは彼女たちのように艤装を持たず、戦う術がなにもないことだけ。戦場では指揮することしかできない存在だが、しかし彼がいるからこそ戦場に出る赤城たちは、誇りと意思をもって戦うことができるだろう。

 

「呉の提督……ここで会えないのは残念だが、仕方がない。大本営を潰した後、留守の合間に君の拠点をまとめて潰させてもらうとしよう」

 

 細められたその目には、強い戦意が存在している。同時に左目からは金色のオーラが静かに灯っている。欧州提督や北方提督と違い両目からではないが、しかしその金色のオーラが、彼の戦意や覚悟を表していた。

 戦いのときは近い。

 それまで静かに、中部提督は待つ。溢れ出る戦意はそのままに、二匹の猫を撫で続けることでリラックスしていた。

 

「――フゥン」

 

 ふと、近くで声が聞こえ、そちらを見やると、思った以上に近い距離でアンノウンが中部提督の顔を下から覗き込むように首を大きく傾げていた。目の前に赤い燐光を灯らせる二つの瞳があったことに、「うわぁ!?」と驚く声を上げてしまう。猫二匹もまた、中部提督の声に驚いて離れてしまった。

 

「キッヒヒヒ、ナニ面白イ声アゲテンノ?」

「上げてしまうでしょ、急にそんなところで覗かれてたら。……何だい、アンノウン? 何か用かな?」

「イイヤ、特ニ理由ハナイサア。タダ、ソウ。随分ト気合ヲ入レテイルナト思ッテサ」

 

 と、ゆっくりと目を細めていくと、どこからか小さく鐘のような音が響く。だが中部提督や白猫、黒猫、そして中部提督の驚いた声に反応した深海棲艦たちはその音に気づくことはない。

 一回、二回と音が響く中「ソレダケアンタハコノ作戦ニ全テヲ賭ケテイルンダナァト思ッテサ」と顔を上げ、じっと中部提督と目を合わせる。

 

「そうだね。文字通り僕の存在が懸かっているようなものさ。大本営を落とす、それを以ってして日本に敗北を与える。それができなければ、僕は消えるかもしれない。必死にもなるさ」

「夢半バデ散ルッテヤツカイ。ソレハトテモ悲シイコトダ」

「だからアンノウン、君にも期待をしている。君の戦力は疑いようもない。その力で、敵艦隊を蹂躙してほしい」

「……ボクナンカニ期待シテイルッテ? バグッテ頭飛ンデルボクニ?」

 

 レ級として生み出されたときの弊害により、暴走を果たしたアンノウン。その力は紛れもなく本物だが、思考回路は欠陥品に近しい程にバグっている。そこを中部提督が調整をしたことで、こうして普通に会話ができるようにはなっている。

 だが彼女としては未だに頭がおかしいと自覚をしているらしい。自覚した上で、妙なふるまいをしているかのようにも見え、どこまでが本当で嘘なのかは、中部提督にもわからない。

 

「しているさ。僕が君たちを信じないでどうする? 頭が飛んでいようと、少しはまともになっているはずだ。そうでなければこうして君をここに連れてはこないさ」

「ハッ、自分ノ調整ノ自信ノ表レッテヤツカイ? キッヒヒヒ、中々ニ傲慢ダァ。アア? デモ傲慢ナトコロハアルカア? 色々トアマァイ夢ッテヤツヲ見続ケテイルシ、アレモコレモト叶エヨウトシテイル。実ニ人間ラシイ、欲望ニ塗レタ存在ダア」

 

 にんまりと唇を笑みに歪めながら、アンノウンは気の抜けたように手を叩いている。そうしている間も、どこからかあの音が響くのだが、誰もがその音に反応していない。アンノウンもまた、その音が聞こえていないかのようだ。

 

「それでも構わない。何と言われようと、僕は生きるために、夢を叶えるために、やることはやる。できることはやる。君もそうだよ、アンノウン。使える子だと思ったから、君を手に入れ、調整し、艦隊に加えた。君自身が何と思おうと、僕は君を信じて使うまでさ」

 

 真面目な表情でアンノウンの目を見つめ返し、真摯にそう答えた。笑みを浮かべたまま固まるアンノウンは静かにそれを聞き届け、大きく息を吐く。同時に、誰にも聞こえない音もまた、ふっと消え去った。

 

「――イイヨ、ラシクテサ? ソンナアンタノタメニ、ヤルダケヤッテヤルヨ」

 

 すっと真顔になったアンノウンは、そう言って指を立てる。先ほどまで中部提督を煽っているかのような笑みだったのに、それが急に消え去り、何の感情もなくそう言ったのだ。その急激な落差に、中部提督自身も困惑する。

 

「どうしたんだい、急に?」

「イヤ、チョットシタ確認ッテヤツ。ホラ、ボクッテ頭イカレテルカラサ? コウシテ改メテ確認シテミタカッタンダヨネエ。コンナボクヲ使オウトスルアンタノ気持チッテヤツ? ウン、ボクデモ何カヲ感ジタネ。ヨクワカラナイケド、マ、イイヨウニ使ワレテアゲルヨ」

 

 と、座っている中部提督の傍を通り過ぎ、その後ろに座って、岩に背中を預けた。長い尻尾をゆらゆらと立ち昇らせる。先端の顔がじろりと中部提督の顔の横で見つめているように感じるが、瞳がないためわからない。ただカタカタと、歯を打ち鳴らして何かを伝えようとしているようだが、言葉がないため判別がつかなかった。

 しかし、何となくではあるが、尻尾は感謝を伝えているような気がしないでもなかった。艤装の魔物に個別の意思があるらしいが、詳しいことはわからない。独立した意思があるのか、主の深海棲艦から分離した意識かはわからない。だが、この尻尾は少なくとも、アンノウンの扱いに対し、悪い印象を中部提督には抱いていないだろう。

 

「……うん、よろしく頼むよアンノウン」

 

 と、尻尾の顔を軽く撫でながらそう言うと、また小さく尻尾が揺らめき、小さくカタリ、と歯が打ち合わされる。そういう反応が返ってくるあたり、少なくとも中部提督の調整が失敗に終わっていることはないだろう。

 ならば戦場での心配もそこまでする必要はない。安心した中部提督は、静かに瞼を閉じ、休息を取るのだった。

 

 


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