呉鎮守府より   作:流星彗

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開戦ノ刻ハ来タレリ

 

 暗い工廠の中で、それは静かに目覚めた。それを見守るものは、困惑したように息をつく。初めてのことではあったが、その成果がこれとはどうしたことだろうか。

 そこにいるのは幼い少女だ。上から下まで全てが白い少女。あらかじめ用意されていた飛行場姫と港湾棲姫のデータを参照し、新たなる深海棲艦を作り出すこととなったのだが、どういうわけか完成した少女体は、幼女のままで体の成長を停止し、しかし能力としては参照したデータに近しいものとして成立することとなった。

 

「歪な……やはり我が手を下すと、このような歪な形として成立するか」

 

 元より自分はこうして生まれるはずもない存在だ。沈んでいないものが、深海側としての形を得るなどどうかしている。その疑念を常に抱え続けている北方提督が、新しい命を作り上げるなど、本当ならあまり気乗りはしなかったのだが、ものは試しと中部提督の手を煩わせることなく、自分で新戦力を作ろうかと考えた。

 その成果がこれだ。

 恐らくこの小さな少女を、新たなる基地型の深海棲艦として運用、登録することになるだろう。小さな少女となったのも、恐らくは自分のこの容姿と関係しているだろう。元より自分は小さな存在だ。時代が時代ということもあるが、その小ささはやむなしともいえる。この体を得た時も、歪ながらも小さい理由を推察し、一応の納得はした。

 だが作ったものまで小さいとはどういうことだろうか。苦い表情にもなるものである。

 そしてもう一つ。北米提督から輸送された資材をもとに作り上げた新たなる軽巡型の深海棲艦。アトランタ級の性能を引き継いだこの個体は、これまでの軽巡個体と違って、完全な人型となっていた。

 しかし人型にしてはその両手の大きさが異質だ。体に対して手の大きさの比率が違いすぎる。グローブに覆われた両手の上には艤装があるが、左手には連装砲が二門搭載されているに対し、右手には連装砲と魚雷発射管が搭載されている。

 頭部にはフルフェイスのバイザーを被っており、素顔が全く見えない。体の露出度は高く、胸元と腰元に布が巻かれている以外は晒している状態だった。

 人型なのは良いが、その両手の大きさはなんなのだろう。異形ではあるが、深海棲艦は元から異形の存在だ。これについては気にすることはないかもしれないのだろうが、しかし北方提督はこれについても「歪な……」と漏らしてしまった。

 だが能力的には成功と言えるだろう。アトランタ級ならではの対空性能の高さは、装備を加味しても頷けるものだ。深海勢力にとって少し薄めだった対空面を補強する、防空巡洋艦としてのデビューが期待できるだろう。

 この二人の完成をもって、北方提督側の準備は整ったといえる。その旨を中部提督に連絡すべく、通信をつないだ。通信は時間を置かずすぐにつながり、モニターに中部提督の姿が映りこむ。

 

「報告だ。こちらの建造は完成を迎えた。なりはあのように、データはこれより送る。確認されたし」

「了解しました。……なるほど、これがあなたが作り上げたアトランタということですか。そしてあちらに見えるのが、ダッチハーバーでよろしいですね?」

 

 アリューシャン列島にあった軍港ダッチハーバー、あの少女が真の意味で目覚める予定の名前を中部提督は口にした。ということはもう計画はすでに立てられていることを意味する。北方提督もまたそれを了承しており、そのために必要な基地型深海棲艦をこうして完成させたのだ。

 見た目が幼女という点が、北方提督だけでなく、それを確認した中部提督もまた少し複雑そうな表情を浮かべてしまう。思わず「……あれで完成でいいんですか?」と訊いてしまうほどに。

 

「やむなしだろう。我はこういった作業は初めてであるし、元より生まれるはずのない我が、命を作るという点も歪だ。当然の結果とも云えよう」

「ふむ……」

 

 その返答に中部提督は口元に指を当てながら、少し思案する。以前より北方提督は自分についてそのような言葉を繰り返している。それが彼女の悩みであり、深海提督、亡霊としての歪みといえるだろう。

 データによれば深海勢力が活動を開始した黎明期から、欧州提督とともに生きているとされているようだが、それが深海提督としての拍を付けている。

 だがその黎明期から深海提督として活動しているという点が、中部提督は気になっていた。今でこそ深海提督は海で死んだ人間が亡霊となることで務めているが、初期ではどうだったのだろうと。

 それが北方提督が言う「自分がこうして在るのはあり得ない」という言葉につながるのではないか、そう考えたのだ。

 

「……ずっと考えていたのですが、質問をしてもよろしいでしょうか、北方さん」

「何だ?」

「あなたの前世は人間ではなく、他の深海棲艦と同じく艦ではありませんか?」

 

 その問いかけに北方は沈黙しながら瞑目する。答える気はないということなのだろうか。だが息をつきつつ椅子に座り、手にしていた刀を椅子に立てかける。その刀にも視線を向けた中部提督は、自分の推察があながち間違っていないだろうという確信に近いものを感じながら頷いた。

 北方提督はとんとん、と傍らにあった台を指で叩くと、控えていたリ級が湯呑を差し出し、それをぐいっと飲み干した。

 

「一つ問おう。小僧、(なれ)がそれを知りたいのは、単なる興味本位か?」

「否定はいたしません。疑問は解消したい性分でして。……で、いかがでしょう? あなた、そしてあなたを同胞と呼んだ欧州さんも、前世は艦だったという僕の推察は当たっているのでしょうか?」

「問いを重ねたところで、汝はもうすでに我が何だったのかも推察していよう? ならば重ねて確認する必要もなかろう」

 

 彼女は否定をせず、答えを促していた。これ以上の問答を避け、きっぱりと答えを告げろというのだ。ならばそれに従うだけ、中部提督は静かにそれを口にする。

 

「その小さな体、古めかしい言い回し、そしてあり得ない自分の存在。それは恐らく他の深海棲艦のように、沈まなかったからと考えるなら、今も現存している艦と推察されます。現存艦でいえばいくつか候補はありますが、先の要素を含めて考えると、あなたは戦艦三笠ですね?」

「…………」

「その刀はあなたに乗船した東郷元帥が賜った刀、それを模したものでしょう。あるいは三笠刀とも考えられますか……。また北方提督に据えられたのも、かの日露の戦いの縁とも考えれば……と、色々と推察するだけの要素は揃っています。いかがでしょうか」

「……ふん、確かにそれだけのものが揃えば、小僧とて我が誰であるかは至れよう。だが、それがどうした? 我が三笠だから何だと云うのか? 他の深海棲艦とは確かに違う点はあろうが、人類に仇なす存在であることに変わりはない」

「ええ、ですが知りたいのですよ。あなたのように黎明期は艦から深海提督となったものがいる。ですが今は、人の亡霊が深海提督となる。では、もう艦が、深海棲艦が深海提督となることはなくなったのかと」

 

 その問いかけに、北方提督は沈黙する。ここ数年、その例はない。深海提督が消えることはあっても、また亡霊があてがわれるだけだったため、その例は彼女も耳にすることはなくなった。しかし、深海提督を決めるのは、自分を蘇らせた存在が主であり、北方提督が知ることではない。

 

「我は知らぬ。深海提督の在り様が変わったにすぎぬだけであり、今もなお亡霊ではなく、深海棲艦が汝らの座に就くことはあり得よう。そう、例えば汝の赤城が、仮に汝が死した後に、その座に就くこともあり得ることだ」

「なるほど、わかりました。ありがとうございます」

「……なんだ? よもや次なる作戦にて、死ぬことを考えているのか?」

「いえいえ、もしものことを想定しているだけです。計画の成功は想定しますが、考えうる最悪も考えておくのも大切でしょう。ましてや次の計画は大きなものになります。こちらも失敗すれば大きな打撃になることは間違いない。だからこそ、もしもを考えてしまうのです。とはいえ僕としても奴らに一刺しする予定ではありますがね」

 

 中部提督だけではなく、北方提督や北米提督をも巻き込んだ作戦だ。これだけの戦力を用いての作戦なのだから、勝つことだけではなく、もしも敗北したときも考えてしまうのは無理からぬこと。

 今までも深海勢力は敗北を重ねてきているが、今回ばかりは最悪すら想定してしまう。あの日欧州提督に色々言われたことも考えると、今回敗北すれば南西提督のように消滅すらあり得るのだから。

 

「そうか。慎重になるのも当然であろうな。我の下準備は報告の通り整ったが、汝はどうなのだ?」

「問題ありません。僕もまた準備は整っています。後は各々が位置につくだけです。それに暦でいえば今は6月。予定通り、かの日を奴らに意識させるにも十分でしょう。そちらがよろしいのでしたら、作戦の位置まで移動してもらっても?」

「よかろう。……最後に改めて確認するが、此度の戦い、我らは囮で間違いないな?」

「はい。日本からアリューシャンへ艦隊を呼び寄せる囮です」

「ならばその後の戦いに関しては、汝の関与はいらぬな? どう戦うかは我が決める。それでよいな?」

「お好きにどうぞ。彼らをできる限りアリューシャンに留めてくれるのであれば、僕からは何も言いません。どのようにやるかは、あなたに全てお任せします」

 

 言質は取った。ならばあそこでどう戦ったのか、その戦果については中部提督から何も文句は言わせない。全てはどのようにして訪れた提督をその場に留め続けられるか。それだけがポイントならば、北方提督としてはやり方はほぼ決まったも同然である。

 

「ではアリューシャンに到着次第、改めて連絡を入れるとしよう」

「よろしくお願いします」

 

 通信を切り、新しく注がれた茶をまた飲み干すと、「全軍に通達、集合せよ。その後、アリューシャンへと移動する」と命令を下すと、リ級は礼を取って移動する。それを背中に感じつつ、アップロードされたデータからアトランタを参照し、建造を行うことにする。

 生まれたてのため大きな戦力にはならないだろうが、防空面でいえば大きな力を発揮できる見込みはある。実戦に出すことでどれだけ力を振るえるかも確認できるため、他の深海提督らも満足するだろう。

 続けてコンソールを叩けば、白い少女がポッドの中から解放される。今まで沈黙しながら事の流れを見守っていた小さな少女は、じっと北方提督を見つめている。そんな少女へと近づき、そっと頭を撫でてやる。どこか気持ちよさそうに目を細める少女に、僅かばかりの胸の痛みを感じたが、しかしそれには北方提督もまた違和感を覚えることだった。

 今も前世も人ですらない彼女、戦艦三笠である自分が、どうして人のように少女に対する憐みを覚えているのだろう。やはり深海提督として長く過ごしてきたせいか、人のような心がしっかりと自分の中に息づいているのだろうか。

 人からすればこのような少女が戦場に出ることはあり得ない。可哀そうだ、という気持ちを持つのは自然なことだろうが、三笠の亡霊である自分が、しかも自分の手で産み落としておきながら憐みを持つなど、笑い話にもならない。

 

(やはり我は目覚めるべきではなかったのだろう。この戦い、勝利しようと敗北しようと、我はまた、一つの罪を重ねよう。ダッチハーバー、苦痛しか与えられぬ幼子よ、許せとは云わぬ)

 

 これまでも自分の存在について苦悩し続けた。

 自分は何故ここにいるのだろうか。さっさと消えてしまいたいと思い続けていた。しかし仲間が増え、部下としたことで、彼らを放ってまで死ぬべきかと、小さな感情が生まれた。この時点で人らしい感情は彼女の中には存在していたのだ。

 そして今、新たな個体を生み出した。生み出すことによって、より放っておけない感情が増えることは懸念材料ではあった。でも所詮は他の深海棲艦と変わらない。そう思っていたのに、生まれたのはこのような少女だ。それが彼女にとって大きな計算違い。

 天秤が不安定な状態の彼女にとって、幼子を戦場に出すことは、大きな揺らぎとなる。死にたいのか、生きたいのか、その芯が揺らいでいる彼女にとって、これは大きな歪みをもたらす。

 そんなに死にたいのならば自死すれば簡単だが、生憎と深海提督ともなればそういうことは許されないらしく、何かによって阻まれるように刀が自分を貫くことを阻止される。

 自ら死を選ぶことができないのならば、終わりをもたらす存在に、自分の命を委ねることにする。それを以ってして自分は罪を背負ってまだ生きるべきか、それとも罪を清算して死ぬべきかを裁定することにした。

 

(せめて、せめて我もまた、共に戦場に在るとしよう)

 

 瞑目しながら心の中で決意を固めた北方提督は、工廠の奥へと進む。そこには一つの艤装が設置されていた。重厚な兵装が搭載されている艤装だが、しかしそれにしてはコンパクトにまとまっている。

 深海の姫級らのように、魔物のような異形はなく、まるで艦娘のように兵装のみで構成されているシンプルな艤装だった。それに触れれば、金属が擦れるような音を響かせ、艤装に光が灯り、北方提督の背後へと回り込み、装着される。

 一度脱却されたマントが改めてまとわれるも、今まで彼女の顔を隠していたフードは取り払われ、隠されていた素顔があらわになる。中世的な顔に、肩を超える程度にまとまった黒髪、紺色の光を放つオーラは、薄く両目から発せられており、その奥にある瞳には、今まで何事にもあまり乗り気ではなく、傍観者に徹してきたとは思えないほどに戦意を宿していた。

 自らの生死を問う機会に恵まれたことに、心は少しだけ踊っている。今回の役割的に本気になることはないが、少しだけは乗り気になっている。限られた時間の中でどれだけやれるのか、それに興味を覚えていた。

 

(恐らく向こうから出てくるのは大湊だろう。いずれあいまみえるものと考えていたが、思いの外早くなったもの。……ならば確かめようか、大湊の提督。汝は果たして我を討ち滅ぼせる存在なのか否かを)

 

 北方海域で何度か彼女の艦娘と交戦してきた北方提督の深海棲艦たち。最初こそいけ好かない女とは思っていたが、幼子の誕生による感情への刺激により、急にやる気になったことで、じわりじわりと自分に迫ってくる死の感覚に、スリルが感じられる。

 錆びついた心が磨かれ、感情が芽生え、そして次第に研ぎ澄まされる感性。ああ、自分は戦場に身を置いていた艦だったのだということを、緩やかに思い出させてくれた。

 これが自分と競い合う相手を得ることなのだろうか。中部提督が凪に覚えた様々な心、それに北方提督は少しずつ共感を覚えていた。

 ずっと北方の海で燻り続けていた過去の自分。一時的かもしれないが、そんな自分と別れを告げよう。歪みが進んだことで、より生き生きとし始めるのは皮肉かもしれないが、しかし悪くはない。

 ぐっと拳を握り締める手に力が篭る。それが今、自分はここにいる、生きているということを強く訴えかけている。戦場が、自分を呼んでいる。ずっと後方に座していた時とは違う気持ちのはやりが、今まで揺らいでいた北方提督の気持ちを固めていく。

 大湊の提督と戦場で会うことができるようになるこの機会を逃す術はない。あの少女の付き添いという理由の他にもう一つ、ここから出る理由ができた。ただの顔合わせで終わるか、あるいは艦娘が自分を殺すのか、試そうではないか。

 

(死を想定する。……いいだろう、小僧。汝がそれを考えるというならば、我も一つ想定しよう。欧州には悪いが仮にかの地を我の死に場所とするのも良かろう。それがあのような幼子を生み出した我の咎とするならば、運命よ、我を上手く殺し、三笠の一つの終焉を飾るが良い……!)

 

 

暗い部屋の中、南方提督は作業を行っていた。背後にはポッドの中に白い少女が眠っている。ぶつぶつと何かを呟く南方提督、彼もまた白い少女の調整を進めている。

 

「……順調だ。何やら中部が作戦を進めているようだが、ふん、向こうが失敗すれば儲けものだ」

 

 個人的な恨みが篭った呟きだが、それをポッドの中の白い少女は、薄く目を開けてじっと南方提督の背中を見つめる。何を考えているのかわからないが、その赤い瞳が、何度か明滅する。

 

「私は止まらんぞ……! この吹雪で、挽回の機会を得るのだ……! ふふふ、この新しい個体が上手くいけば、きっと成果を挙げられるはずだ」

 

 その背中からゆらりと黒いもやが立ち昇る。彼の負の感情が溢れている証だろう。そんな彼の背中を、白い少女はじっと見つめ、数度赤い光が明滅。すると、どこからか小さく鐘のような、チャイムのような音が静かに響いてくる。

 それは南方提督には聞こえていないようだが、白い少女はその音に反応するように、視線を上へと向ける。音は規則正しく響き、やがて消えていくと、白い少女もまた眠るように瞼を閉じる。

 その小さな唇からは、短く「……止マル、終ワル……」と、微かに言葉が紡がれた。

 

 

 通信を終えた中部提督は、北米提督へと通信をつなぐ。すぐに彼は応え、「そちらの準備はどうかな?」と中部提督が問えば「問題ないネ。作戦通り、自分がミッドウェー諸島に赴こう」と、頷いてくれる。

 

「イースタン……いや、こちらの方がお似合いか。あれをミッドウェーと呼称しようかネ。素体の出来は?」

「問題なし。現地で目覚めさせることで、これまでの基地型と同じように馴染むでしょう。こちらからは加賀を送ります。そちらの戦力と合わせ、盛大に奴らを引き付け、もてなしてください」

「いいだろう。パーリナイを派手にしてくるとしよう。だが自分と北方さんが参加しているんだ。ギーク、お前さんも上手くやるんだな。自分はクイーンだけでなく、北方さんもリスペクトしているんだ。あの人たちを失望させるような、そんな結末にだけはさせないようにしてほしいネ」

「心得ていますよ。では僕は移動します。良き戦を」

 

 通信を切り、中部提督は辺りを見回す。そこには彼が保有する戦力が一堂に会していた。

 彼にとっての秘書艦である赤城は、これまでの姿と一変している。すでに生み出していた新しい深海の加賀と同じ姿を取っているが、加賀がサイドテールを左に作っているに対し、赤城にはサイドテールがなく、ストレートヘアーのままにしている。

 また戦艦棲姫も二人、霧島だったものと合わせて修理されており、復帰を果たしている。それに加え、フードを被った小柄な深海棲艦、かの南方提督が作り上げたイレギュラー、レ級もそこに居合わせている。南方提督の調整不足によって暴走を果たし、敗北を喫したレ級だったが、中部提督が回収し、更なる調整を施すことで、フードの下からエリート級のような赤いオーラを滲ませつつ、静かにそこに佇んでいた。

 

「諸君、いよいよこの時が来た。奴らにとって悲劇といえる戦場に、奴らを引き寄せ、空いた日本へと僕たちが襲撃をしかける。ミッドウェーには加賀部隊を、日本へは残りの部隊が赴く。成功すれば、日本は壊滅的な打撃を受けることになり、もはや戦線は維持できない。日本が落ちることで僕らは勝利を得る。そうなれば、後はウィニングランさ。これまでと違い、比較的平穏な日常を得るだろう」

 

 これまで思い描いていた、勝利による平穏の獲得。これが目前にあるだろうという希望を与えることで、絶対に勝つのだという士気の向上につなげる。中部提督の狙い通り、集まった深海棲艦たちは意気軒昂と声を上げる。勝利を、我らに勝利を、日本を落とせ、とあちこちで高らかに叫んでいる。

 

「とはいえ懸念はある。ミッドウェー海戦を意識させるために、アリューシャンとミッドウェー、どちらにも顔を出し、奴らを釣り上げなければならない。希望としては日本の各鎮守府から一斉に二手に分かれての出撃だが、本国を留守にするわけにはいかないと、どこかの鎮守府が待機する可能性が否定できない。……だからこそ、僕率いる艦隊が、完膚なきまでに叩き潰す。それだけの戦力にしたつもりだ。赤城、霧島、君たちには期待している。それに応えてほしい」

「承知シテイル。私モ、コレ以上ノ敗北ヲスルツモリハアリマセン。アナタニ勝利ヲ、提督」

「私モ力ヲ存分ニ振ルイマショウ。……計算通リニイクカ、ワカラナイ要素ハアリマスガ、ソレデモ、司令ノタメニ勝利ヲ引キ寄セマショウ」

 

 深海霧島がちらりとレ級を見やる。調整されたとはいえ、一度は暴走した存在だ。量産型とはいえ、その力が高いことは明白ではあるが、しかし本当に大丈夫なのか? という不安はぬぐえない。

 当のレ級は相変わらず静かなものだが、これまでの話を聞き、理解しているのだろうか? それすらも不安要素の一つだった。

 そして赤城だが、今までと違い、その喋りが普通になっている。量産型から昇格を果たしたことで、そちらのスペックも向上したのだろう。響きは深海棲艦のそれから抜けきらないが、しかしはっきりとした物言いで、中部提督の言葉に応えている。

 

「そしてもう一つ、サブプランについて。事前に通達していたように、海域で対象を発見した際には、優先的に攻撃を。あれを生かしてはおけない。メインの目的は重要だけれど、サブプランについても常に頭に置いておいてほしい」

 

 中部提督の言う「サブプラン」。これについては、中部提督の下につく誰もが内容を理解している。それぞれの艦隊が今回の作戦においてメインとしている目的が与えられているが、同時進行として対象の艦娘を撃滅する。これが中部提督の言うサブプランだ。

 

「では各々、持ちうる力を存分に発揮し、第二のミッドウェー海戦を我らの勝利で飾ろう。いざ、出撃せよ!」

 

 中部提督の号令に、一同が了解と唱和する。出撃のために動いていく深海棲艦の中で、中部提督は加賀へと近づいていく。彼女に「少しいいかな?」と声をかけ、

 

「一つ、確認のために言っておくよ。加賀、君は赤城と違い、最近生まれたばかりのものだ。そのため加賀モデルとして生み出したけれど、赤城の方が高いスペックを発揮している。それは生まれたてであるが故に、まだ高いスペックに体が耐えられないと判断してのことだ。それは理解しているね?」

「承知シテイル。私ノ中デ、力ガ封ジラレテイルノヲ感ジテイル」

「君の意思、そしてミッドウェーに満ちる力を組み合わせれば、一時的にその封印は解除できるだろう。しかしそうすれば君の体がどうなるか、それも予測できるね? もしもやるならば、ここぞというときに留めるように。基本的に僕はそういう捨て身のやり方は好ましくない」

「……ワカッタ」

 

 中部提督の言葉に、加賀は小さく頷いた。そして中部提督はもう一つ、と指を立てる。「ミッドウェーもまた、先を考えている」と語る。

 

「基本スペックに上乗せする形で運用ができるけれど、基本スペックでも十分に戦えると僕は判断している。でも可能ならば上乗せした状態のデータも欲しいところではある。どうするかは、君の判断に委ねよう」

「ミッドウェーハ体ニ耐エラレルノカ?」

「基地型の個体として、耐久性には気を配っているからね。計算上ではいけるものと考えている。……ま、万全を期すなら後半で詰めとして上乗せする形でいいんじゃないかな?」

「ワカッタ。デハ、ソノヨウニシヨウ」

 

 これで話は以上だ、と言うと加賀は敬礼する。そして「健闘ヲ祈ル、赤城」と声をかけ、加賀が一部の戦力を率いてミッドウェー諸島を目指して出撃していった。それを見送る赤城に、「体はもう馴染んだね?」と改めて問いかける。

 

「問題ナイ……アリマセン。艤装モマタ、私ノ意思ニ従ッテイマス。敵ヲ焼キ滅ボス力ハ、我ラガ目的ヲ成就サセルニ支障ハナイデショウ」

 

 黒い鎧の一部が手足を覆い、しかし露出した手足は黒い肌となっているだけでなく、赤い亀裂のような線がいくつも走っているのが特徴的だった。この赤い亀裂は加賀と呼ばれた元の個体にはなく、ヲ級改から改装された赤城の特徴として表れている。

 その右手をぐっと握りしめる赤城には、強い戦意が伺える。これまでの戦い、特に呉鎮守府に対しては強い復讐心を抱いている。それが彼女にとって強い力の源となっているだろう。それを上手く引き出すことができれば、今回の戦い、彼女は驚異的な力を発揮するに違いない。

 そう推測している中部提督だが、それをあえて指摘することなく、小さく頷いて赤城の方を叩き、「期待している。君なら大丈夫だと、僕は信じているよ。赤城」と優しく声をかけてやる。

 その言葉に静かに歓喜するように、赤城は赤い瞳を潤ませ、礼を取る。

 すると何かの視線を感じ、中部提督は辺りを見回してみる。すると小柄な存在がじっと中部提督を見つめていた。レ級である。フードの下から虚ろに感じられる瞳をじーっと向けてきている。目から出ている赤い燐光も併せ、まさにホラーじみた雰囲気を漂わせていた。

 

「……どうしたのかな?」

「……イイヤァ、別ニ」

 

 と言いながらも、ゆっくりとレ級は中部提督へと近づき、至近距離から上目遣いに、ねめつけるような雰囲気で見上げてくる。調整は上手くいっているものと考えているが、その雰囲気は中部提督としても、少々恐怖心を感じてしまいそうだった。

 無言で見上げるその瞳は、勘の感情も窺わせない。でもまるで心の中を見透かしてくるかのような空気に、思わず生唾を飲み込んでしまう。

 

「ウン、マアイインジャナイ? 作戦、上手クイクトイイネエ」

 

 いったい何だったのだろう。何事もなかったかのように、レ級は拠点を後にしていく。少し冷や汗が流れ、それを拭いながら中部提督は、やっぱり彼女はよくわからないと、少しざわつく心を落ち着かせる。

 拠点の外に出て、停めてあるバイクのようなものに搭乗すると、すでに出撃していった加賀の艦隊と、霧島の艦隊に続くように、中部提督もまた赤城の艦隊と共に昏き海底を往く。

 目的地は日本。

 中部提督にとって、長く積み重ねた計画の成否が、自分の未来を決める運命の戦いとなる。だからこそこの戦い、絶対に負けるわけにはいかないのだ。操縦桿を握りしめるその手は、意図せずして強い力が込められているのも、無理はないことだった。

 

 


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