「報告するクマ。重巡リ級2、軽巡ホ級2、軽巡ヘ級1、駆逐ロ級3、駆逐ハ級4、全撃沈。被害は軽微クマ」
敬礼しつつ今回の出撃についての報告をしてくる球磨。詳細を記した書類も提出し、大淀からそれを手渡される。軽く目を通しながら「新たに迎えた二人はどんな感じだい?」と球磨に問いかける。
「摩耶は最初こそあの言動だから、初霜とは馬が合わないかと思ったクマが、今では何とかやってるクマ。摩耶は口調がアレなだけで、中身は全然いい娘クマね。球磨と同じクマ」
「はは、真面目と男勝りで粗暴な口調な二人ってのは、最初はそうなるよね。仲良くやっているなら良かった。最悪俺が入らにゃならんかとも考えてたからね。……ってか、ナチュラルに自分と比べたね? 自覚はしてるんかい」
「利根については、何も問題はないクマ。むしろあの索敵能力で先制して有利に持ち込めるのは良いクマ」
利根とは重巡洋艦の艦娘だ。
あれから更に数日、建造運は通常に戻ったのか、失敗が混ざりつつも新たな艦娘を迎える事が出来ていた。
利根という重巡洋艦の二人目を迎えた事で、摩耶と共に第二水雷戦隊へと配属させた。丁度二人の空きがいたので、重巡軽巡駆逐がそれぞれ二人ずつという編成となっている。
最初に神通の下で基礎を学ばせ、出撃を繰り返す事で経験を積ませている最中だった。
「おつかれさま。ゆっくり休むといい」
「失礼するクマ」
部屋を後にした球磨を見送り、もう一度報告書を確認する。
被害は初霜と皐月が小破、それ以外は軽い負傷に留まっている。出撃においての戦闘も1戦だけではなく、2戦、3戦と回数を増やしてから帰還する事も多くなってきた。それだけ近海における深海棲艦の数が少しずつ増えてきている。
だが、その経験も大事だ。大規模作戦においてはそういう戦いは普通になってくる。敵主力艦隊へと辿り着くまでに、多数の深海棲艦が行く手を阻んでくる。それらを撃滅しながら突き進み、主力艦隊へと接触する。
このようなところでつまずくようでは、先に進むことは出来ない。
確認の判を押して、別の書類を手に取る。
そこには第一水雷戦隊の編成が書かれている。六人目として新たに千歳が加わっていた。現在は遠征に出ており、もう少しすれば資材を手に帰還してくる頃合いとなっている。
この数日で新たに迎えたのは利根を含めて三人。
一人は日向。戦艦であり、山城とは縁のある艦娘である。これで戦艦は三人目となるのだが、後々の事を考えるとそうとも言えないだろう。だが大型艦としては、今は申し分ない戦力ではある。これで戦艦レシピはしばらく回さなくていいだろうと判断する。
もう一人は祥鳳。正真正銘の軽空母だ。千歳がまだ軽空母でない今、貴重な空母系の艦娘といえよう。もう一人は欲しいところなので、しばらくは空母レシピを回していくことになるかな、と考えるが、ボーキサイトが心配になってくるので抑えるべきか悩みどころだ。
そもそも、現在の資源は四千から五千をうろうろしている。
建造し続けたという事もあるが、何よりも消費資材が少しずつ大きくなっているのも原因だった。
長門を動かしていないとはいえ、新たに迎えた山城、日向という大型艦を育成するために動かしている。また祥鳳を迎えた事で空母運用が始まり、ボーキサイトも数字が動き出した。
これらを回復しようと遠征をしても、二艦隊での遠征ではまだまだ少量の回復となる。そもそも、あれから軽巡も駆逐も増えていないので、第三艦隊で遠征が出来ない。
となるとどうなるか。
大型艦を含めて訓練や出撃をすることで資材が減る、遠征で回復する、また資材が減るを繰り返し、ほぼプラマイゼロになるか、少しずつ赤字がかさばってくるかとなってしまった。
任務の報酬で多少は戻ってくるとしても、一日の消費でほぼ消える。
結果、四千から五千の間を数字がうろうろしているのだった。
「これについては、またオール30だったり、レア駆逐レシピとやらをやる事で第三水雷戦隊を編成するしかないなぁ……」
とんとん、と書類を整え、横に置いて立ち上がる。
少し外を歩いてくるか、と退出する事にした。
海へと出てくると、そこには山城と日向が長門から訓練を受けていた。さすがは戦艦の主砲というべきか、轟音を響かせて遠く離れた動く的へと弾丸を放っている。的の近くには偵察機が飛んでおり、それを大淀が操作しているらしい。眼鏡を光らせて、「弾着、確認。どちらも命中です」と長門へと告げた。
普段は補佐として行動しているからあまり見ないが、彼女もまた軽巡の艦娘。それも索敵能力が高い艦娘として知られている。艦においての経歴をそのまま継承したようで、こうして遠距離での弾着を知らせてくれる役割で訓練に参列してくれる。
「調子はどうだい?」
「的に対してならば命中率は安定しだしているな。ただ山城の心境次第で成果がぶれるのが気になるところではある」
「あー……卑屈な点かい?」
「ああ。でも、日向が一緒だから、奴よりいい成果を出してやる、という対抗心で当てに行くところもあるから、わかりやすくはある」
扶桑型と伊勢型という違いはあれど、伊勢型は扶桑型を少し改良して生まれた存在だ。元々は扶桑型として生まれるはずだったが、扶桑型の問題点などから、それを改善するように再設計されたという艦の話がある。
艦娘となった彼女達については、どうやら扶桑が伊勢型を意識している素振りが見られるようだ。山城も多少なりとも気になる点があるようで、負けられないという気持ちが出るのだろう。
それに対して日向はというと、特に気にはしてないようだ。落ち着いた様子で訓練を続けている。だが山城の気持ちには感づいてはいるようで、苦笑を浮かべているのが見て取れる。
「よし、いったん休憩する。上がっていいぞ」
「ふぅ……ん? なんだ、提督。いたのですか」
「おつかれ、山城、日向。いたというか、さっき来たばかりだけどね」
「そうか。じっと見られるというのは恥ずかしいものだが。……なあ、山城? 君もちらちらと私を意識しているようだが、そんなに私が気になるのか?」
「っ、いえ、別に。あなたの気のせいじゃないですか? 私、そんなに見てません、から――へぶっ!?」
わかりやすい反応を見せながら視線を逸らし、埠頭に上がろうとした山城だったが、つるりと足を滑らせて前のめりに倒れてしまう。見事なまでの転倒に凪達は茫然としてしまったが、長門がはっと気づいて駆け寄った。
「おいおい、大丈夫か山城。ふんっ……!」
艤装も装備されたままなので、凪には引き起こせない。気合を入れて引っ張り上げた長門は、そっと屈みこんで山城の顔を窺った。たらり、と鼻血が一筋流れ、額にあざらしきものが浮かび上がっている。
ちょっと涙目になっている山城は「……ええ、大丈夫。……はぁ、不幸だわ」と影がかかった眼差しで疲れた様に笑い出した。
「入渠してくるといい。ほら、鼻血を拭いて」
「いえ、自分で、出来ますから……おかまいなく」
と、チリ紙を取り出してそっと鼻を拭ってやるのだが、気恥ずかしいのかそれを取って自分で拭き始めた。「失礼します……」と艤装を解除し、拙い足で入渠ドックへと向かっていく。その背中には哀愁が漂っているのは気のせいではないだろう。
「うーん、何というか……うん。ちょっと山城のフォローしてくるよ」
「ああ、頼めるだろうか。私と日向が行っても、どうもうまくいかないかもしれない」
「提督が行っても、もしかすると同じ事かもしれないが、同じ戦艦、特に私がやるよりかはマシかもしれない。お願いする」
二人から任されて山城の後を追っていき、隣に並ぶと、彼女はちらりと横目で凪を見つめてきた。
「……なんです?」
「や、付き添おうかとね」
「結構です。一人で大丈夫ですから」
「まあ、そう言わずに。ちょっとしたお話もしよう? 山城」
人の良さそうな笑みを浮かべてみるが、それは通用しないらしい。少しだけ距離を取られて「……わかりやすい愛想笑いですね」と言われてしまった。
それに自分で確認するように顎や口元を撫でまわしてみてしまう。
意図して笑みを浮かべる事にはあまり慣れてはいないので、どこか歪だったろうか、と考えてしまう。事実、山城でなくとも少し苦笑が浮かぶほどには歪な笑顔を凪は浮かべてしまっていた。
だがそれ以上に、どうやら山城という艦娘はその卑屈さから人付き合いというものはあまり得意じゃないらしい。いや、もしかすると提督、人間に対してはより卑屈になって離れようとしているのだろうか。
でも指示には一応従ってはくれる。その辺りは艦娘として使役する分には問題はないのだが、プライベートとなれば関わらないようにしているようだ。
それを改善するためには、やはり少しでも話をして慣らしていくしかないだろう。懐かぬ子供やペットにするような対応にするか、あるいは友人関係みたいに馴れ馴れしくするべきか、それとも大人の付き合いをするべきか……。
まだ完全に予定は立てていないが、チャンスがあるならばアタックしていくしかあるまい。
「ここにはもう慣れたかい?」
「それなりには」
「訓練の調子はどうだい?」
「悪くはないです」
「……長門や日向とはうまくいってるのかい?」
「それなりには」
なんということでしょう。一言しか返してくれない。
こういう相手とは付き合ったことがないので、凪としてもこれ以上どうするべきかわからなくなってきた。
助けてくれ、東地。お前のコミュ力が必要だ。
と、遠くの地にいる友人に助けを求めたい気分だ。
「……無理して、私の相手をしなくてもいいんですよ。とっつきにくいでしょう? 自分でもわかってるんですから。どうぞ、おかまいなく」
「そうだね。君みたいな人は俺としても初めてだよ。そもそも、俺だって人付き合いのスキルは全然なんだ。正直どうしていいかわからん」
「だったら……」
「だからといって、何もしないわけにもいかんでしょ。俺は君達の上司。とっつきにくいからって、無視するわけにはいかんよ。山城、仲良くしていこう?」
「……はぁ、わかりましたよ」
凪の立場も考慮してくれたのか、少しは受け入れてくれるようだ。離した距離を少しだけ戻してくれる。さて、話題はどうするか、と考えた所、無難なところをチョイスする事にする。
「好きなものはあるかい?」
「扶桑姉様です」
「…………」
「扶桑姉様です」
一秒もかからない返答だった。
しかも暗に、早く建造してくれ、とでも言うかのような繰り返しの言葉。
冷や汗をかき、苦笑しながら凪は肩を竦める。
「……今は、もう戦艦を作る予定はないね……」
「……そうですか。残念です。……はぁ、扶桑姉様に会えないなんて、不幸ね」
「そんなに扶桑が好きなのかい?」
「ええ。姉様は素晴らしい方。この私はまだ姉様にお会いしていませんが、記憶の中では確かに存在するのです。姉様の姿、共に航行した思い出、そしてその最期の戦場も……。欠陥戦艦と揶揄されようとも、私達は共にあの時代に在ったのです」
それから入渠ドックにつくまで、どれだけ扶桑が素晴らしいのかを語り続ける。
設置場所が悪くとも、戦艦ならではの主砲の威力がいいとか。
違法建築と揶揄されるだけの艦橋とはいえ、あれだけ目立つ艦橋は他に類を見ないだろう、とか。
艦娘として出会った事はないが、知識はあるらしくその美貌がどれだけ素晴らしいとか。
色々と喋っていると、気づけば入渠ドックに到着していた。
「――はっ、喋り過ぎてしまいました……」
「いや、いい時間だったよ。うん、君がどれだけ扶桑の事が好きなのか、よーくわかった。いつか、出せるように頑張ってみるよ」
「……あ、はい。どうも。……引かないんですね」
「引く? いや、別に? とんでもないシスコンだなぁ、とは思ったけど、引くような事じゃあないでしょ。誰が好きかなんて、人それぞれさ。俺は今までそういう人には出会った事がないからよくわからないけど、でも、それだけ想える相手がいるっていうのはちょっと羨ましくはあるね」
父に憧れ、しかしその父が大人の黒さによって潰される。自分もまたそんな海軍となるためにアカデミーに通ったが、東地という友人を得てからは他の人との付き合いはただの同級生に留められた。
誰もかれもが、自分は提督になるのだという意志とエリート思考だったために、馴染めないと思ったのだ。自分は提督になるのではなく、ただ卒業するために学んできたのだから。
アカデミー以前でも父の事があったために、仲の良い友人なんてあまり出来なかった。だから気の合う異性と出会わず、そして交流する事がないのだから誰かを想うなんて経験もない。
だからこそ山城にそういう人がいるという事を少し羨んでしまう。
それもまた、人らしい感情なのだから。
「そう、ですか……」
「また、話をしよう。山城」
「…………はい、わかりました。では、失礼しま――」
敬礼して入渠ドックに入るべく、扉に手を掛けようとすると、先に扉が開いて中から人が出てきた。当然ながら入ろうとしている山城と正面衝突してしまい、また山城が呻き声を上げてしまう。
「いたぁい……、やっぱり不幸だわ……!」
「むむ……、ん? ああ、山城クマ。ごめんクマ。でもどうしたクマ? 今は訓練をしてるんじゃなかったクマ?」
「あー、まあ、山城にも色々あって、ね……そこら辺は訊かないでやってくれ」
「……なるほど。わかったクマ。どうぞ」
なんとなく察したらしく、それ以上は突っ込まずに道を譲ってやる。ちょっとだけお腹をさすりながら中へと入っていく山城に対し、球磨は頭をちょっとさすりながら出てきた。
頭から山城の腹へと入ったらしいが、その独特のアホ毛は大丈夫なのだろうか。
「他のみんなも中に?」
「ん。でもそろそろ出るんじゃないかクマ。この後はしばらくの休憩を挟んで、訓練となってるクマ」
「そうか。旗艦はどうだい? 慣れてきたかい?」
「ぼちぼちクマ。でも意外に優秀な球磨なら、これからもやっていけると自負しているクマよ」
独特な喋りをする球磨ではあるが、その中身は意外とまともだ。ゆるいところがあるのは、北上の姉らしいと感じるが、それでも確かに優秀ではある。
あのメンツを纏められるだけの力はあるし、面倒見もいい。
人は見た目や立ち振る舞いだけでは判断が付かない、というのを艦娘から見せられているのだった。
「じゃ、他のみんなが出てくるまで、ちょいとおしゃべりでもするかい?」
「球磨でいいなら、相手するクマー。あ、でも風呂上がりの一杯を取ってくるのを忘れたクマ。ちょっと待つクマ」
と、ぱたぱたと戻っていく球磨。
ちょっとした休憩と考えていたが、今日は艦娘らの交流をしてみるか。こういう時間をとり、少しでも彼女らの事を知っていくのも大事だろう。
凪は脇のベンチに腰掛けながらそう思ったのだった。