◇
一也が五河家に帰ると、リビングで二つの声が言い争いをしている。
「血に勝る絆はねーです」
「血縁より時間よ、時間!」
先に言ったのは、一也の見たこと無い少女。もう一人は琴里。
「何なんだ?この修羅場は」
ちかくにいた十香に問いかける。
「い、いやそれが、琴里が妹で、真那も妹で、血縁で結婚で………」
「は?」
一也は聞く相手を間違えたと思い、当事者を見てみるが、どう見ても士道も困惑している。一也は君子危うきに近寄るべからずと考え、テーブルの近くにいる彼女たちをかわし、キッチンの冷蔵庫からお茶を取り出して飲む。
「一也ナチュラルにお茶を飲んでないで、助けてくれ!」
「悪い士道。今日僕には女難の相があるから、介入したら、修羅場どころか地獄絵図になるだろう………」
「えぇぇ~………………」
どうしようもないと首を振り、コップを流し台に置いてそのまま部屋に逃げる。そのあと二、三物言いをして真那は帰り、五河家に平穏が戻った。
◇
明くる日の学校。もうじきに始業の鐘が鳴るだろうと言うのに、時崎狂三の姿が席になかった。
「時崎さん、転校早々に休みなのかね~?」
「さぁ~。貧血持ちらしいし、しょうがないだろ」
井崎の問いに一也は、見ている本から視線をはずさずに答えた。
「やっぱりお前は時崎さんと!?」
一也の反応は変わらず、井崎の意味不明な怒りの訳を聞く。
「なんで怒るんだよ」
「だってお前、最初に時崎さんに『貴方が欲しいです』なんて言われてただろ!?」
そう言えばとつい先日の事を思い出す。
「…………あったな」
「くっ!こいつは、夜刀神先輩だけでなく………」
「はぁ?ちょっと待て。どうして井崎が、その事を?」
その一也の一言が、さらに井崎の逆鱗に触れた。
「貴様、昼食時に中庭であそこまでイチャラブされれば気づくわぁぁぁぁぁ!」
「し、してない!断じてない!」
「してるだろ!少なくとも、非リア充からすればな!」
この声に男子だけでなく、女子まで反応して声を出し始めた。
「そう言えば私、九十九君が街で他の娘と事歩いているの見たことある」
「そうそう!仲よさそうにさ。まさにデートって感
じだった」
「うっそー!九十九君、まさかの三股!?」
女子は色恋の話だからまだいいが、男子からは恨み妬みの呪詛のような言葉が漏れる。
「九十九一也。許すまじ」
「すぐさま異端審問会を」
「一也よ!我らの同胞ではなかったか!?」
怖い。その一言しか浮かばない状況下で一也は暑いだけではない汗をかいた。
「一也。放課後残れよ?」
一也の肩に井崎の手が乗る。それは一也にとって死刑判決を言い渡された感じだった。
◇
あの騒ぎのあとに狂三は教室に現れた。最初は嬉々として騒ぎに混ざろうとした狂三を止めて、その場を抑えた。
放課後には狂三を出汁に使って、男子から逃れるようにして、いま狂三と一也は屋上に出る扉の前にいる。
「さてと。あとは見つからないようにして帰るか」
「あら?こんなところへ連れて来たのですから、告白でもされるのかと思いましたのに。違うのですの?」
頬に手を当てて桜色に染めるが、一也はそれが演技だとわかるので、あえて冷たくする。
「誰が好き好んで狂三に告白なんてする?」
「さぁ?少なくとも、クラスメイトの男子生徒から熱~い視線を時折感じるのですが?」
分からない。解らない。九十九一也には、時崎狂三と言う精霊がわからない。殺すつもりなのは今回ではなく、その前から明白なのに、なぜこんな言動をとるのか。
(二人きりだし。チャンスでもある。聞いてみるか?)
聞いたところで、はぐらかされるのは目に見えているが。
「狂三。お前はなぜ僕を食らわない?」
「なぜ?おかしな事を言いますのね」
優雅な仕草で指を顎にあて、首をかしげる。彼女の言い方は本当に「おかしなこと」を言ったようだ。
「えぇ。だってそうでしょう?」
「……………………?」
くすくすと笑い、狂三は口をつり上げる。
「一也さんはもう少ししたら食べ頃ですもの」
狂三の言った食べ頃という言い回しが気になる一也。聞き返そうとするが、彼女は踵を返して階段を降りていってしまう。
「お、おい狂……」
「えぇ。もう少し。……もう少しですわ。きひひ」
今まで狂三と何度となく対峙し、その都度引きを取らない態度だった。だが、今の狂三の背中には今までは遊びだと言わんばかりの、本物の殺気がうかがえた。
「くる…………み」
◇
「かっずやー!」
「うぅ。暑い。引っ付くな~」
帰ったとたん、一也の首に十香が巻き付くように抱きついてきた。
「どうしたんだ、突然?」
「う、うむ!その…だ。………………うぅ」
離れはしたが、その顔には笑みがなく、困惑している彼女を訝しげに見る一也。声をかけようとした瞬間に十香は顔をあげた。そこには何かを決心したような感じか。
「よし!カズヤ、次の休日に私とデートしてくれないか!?」
ばっ!と十香は何かを掴んだ手を突き出してきた。それを受け取ってみるとそこには。
「ん?水族館のチケット?」
「お、おぉ!受け取ってくれたぞ!と言うことはデートしてくれるのだな!」
「は?」
一也はただ気になったから受け取っただけだが、それを十香はなぜか了承と認識したようだ。
「デートだデート!カズヤとデート!」
「あ、いや………」
違うと言おうとしてたが、十香は目の前で、これ以上に無いくらいに喜んでいる。その様子を見て、無理だと言える甲斐は一也に無い。
「わ、分かった。デートしようか」
「うむ。約束だそ!」
そう言って十香はリビングを出て、自分の部屋に向かう。その様子を見送り、少したち状況を冷静にすることが出来ると。
「ヤッチマッタァァァーー!!」
今度の休日。日曜日は狂三とのデートも控えているというのに、まさかの十香ともデートの約束をしてしまった。
「どうする。僕…………」
◇
その後フラクシナスに事情を話すと、一度一也は回収されて、現在は目の前の人物にお叱りを受けているところだ。
「あんたって本当、自分で立場悪くするの好きよね。何?Mなの?あぁ、死にたがりだからドMか」
椅子にふんぞり返る赤い髪の少女。琴里は面白そうな顔をしている。
「違う。攻めに弱いのは事実みたいだけど……」
「おぉ!一也君もこちら側の人でしたか!」
神無月が一也の発言に喜んでいるが、無いからと言われて少し落ち込んでしまった。
「あのバカは置いといて、まぁ大丈夫よ。ダブルブッキングなんて私達がフォローすれば、無いに等しいわよ」
「わぁ~すごい自信」
「ふん!自信は、自分を信じると書いて自信よ」
琴里の言葉に、いつの間にか落ち込みから回復した神無月が反応する。
「その言葉、どこかで聞いたことがあるような……」
「………………ふっ!」
琴里の精一杯の裏拳が、神無月の顔面に直撃する。何となく拳が沈んでいるように見えたのは、一也の気のせいだろう。
「とにかく。私達がタイムテーブル組むから、あんたはその通りに行動しなさい。わかった?」
「了解」
フォローについては安心できるが、ハプニングが起きないかが心配な一也は、少し緊張した面立ちで答えた。
◇
二日後の日曜日。一也は待ち合わせ場所に30分前にいた。デートで相手を待たせていいのは女性だけだと、例にもよって美九に言われているからだ。その間に琴里から今日の指示を受けていた。
『……とまぁこんな感じで進めるわよ。いい?ある程度はこちらで対処するけど、もしもの時はそっちで何とかして。まぁ選択肢かあるから大丈夫だろうとは思うけど』
「了解」
一応返事をしたが、ほとんど話し半分程度に聞いていていた。この度のデートを危惧している………のはそうだが、それだけではない。前日の狂三が言っていた『食べ頃』という単語。これが一也の頭の中で何度か繰り返されていた。
(『食べ頃』…………殺すべき瞬間と言うのが一番に思い浮かんだけど。そんなのあるのか?それとも別の意味が?)
顔をしたに向け、アスファルトを見つめながら考えていると聞きなれた声がきこえてきた。
「ガズヤ!」
十香がいつも通りの元気な笑顔と声が、一也の色々なものを払拭させて、ただ今日を楽しもうと考えさせる。
「よぉ。十香。楽しそうだな」
「カズヤとデートなのだ。楽しいに決まっている」
それを聞いて一也の口元が緩んでしまう。
「笑ったな。ガズヤ」
「え?」
様々な事があって、最近はあまり笑ってなかった一也を見て、十香もさらに嬉しそうに笑う。
「それでは水族館とやらにいくぞ!ガズヤ早く!」
十香に手を引かれて、前のめりになりつつ一也は水族館へ向かう。
そんな二人の姿を眺める二つの人影があることには、気が付かないまま。
短い。文字数が少ない。
嘆きそう。
バイトに学校が有り、学校関連で家に帰ってもやることが多い。
検定の勉強もしなければならず、書く暇がない。
R指定はしばらくは温存します。八舞姉妹が出るまでには何とかします。
後書きも短く、愚痴ばかりですね
ともかく!次回も頑張って書きます。