工廠奥の出撃スペース前で、バスタオルを手に忙しなく行ったり来たりを繰り返す人影が一つ。
言うまでもなく、人影の主は龍二である。
彼がここにいるのは、叢雲から帰還する旨の連絡があったからではあるが、妙に落ち着きがないのには別の理由があった。
「提督さんも本当に心配性ですね」
「そりゃあ心配もしますよ!中破ですよ中破!あの叢雲が…」
「でも本人も問題ないって言ってたんですよね?じゃあ信じてあげましょうよ」
「むぅ、しかし…」
そう、先ほど叢雲から自身が中破したとの連絡があったのだ。
最初の戦闘でイ級を即撃破、そこまでは良かった。
だが、この戦闘で3人の心に余裕が芽生え、それが慢心に繋がってしまった。
この時既に3人の死角から、敵主力艦隊である軽巡ホ級1匹と駆逐イ級2匹が迫りつつあったのだ。
完全な死角から放たれた魚雷は真っすぐに漣の元へと向かったが、いち早く魚雷の存在に気付いた叢雲が彼女を庇ったのだ。
すぐさま叢雲の指示で反撃しなんとか敵3隻を沈めることができ、無事とは言い難いが3人は帰路につくことができた。
「最初の戦闘の後、俺がすぐに索敵の指示を出していれば…」
「それこそ仕方ないですよ。最初からすべて完璧にこなせる人なんかいませんって」
「でも…」
「工廠長の言う通りよ…。それに、油断していた私たち自身の責任でもあるわ…」
「…叢雲っ!?」
慌てて振り返るとそこには、心配そうな漣と神通に肩を借り、力なく微笑む叢雲の姿があった。
艤装はボロボロ、服もいたる所が破け痛々しい傷が露出している。
本人は中破と言っていたが、大破と言っても差し支えないダメージであることは明確である。
「大丈夫ですか?叢雲さん…」
「ううぅ、本来なら漣たちが旗艦を守らなきゃいけないのに…ごめんねムラっち…」
「あんたそれ何回目よ…。私の独断なんだから、アンタは気にしなくていいの」
叢雲を支える2人も、よく見れば服のあちこちが裂けており、共に小破以上のダメージを負っていることがわかる。
龍二はスロープから上ってくる彼女たちに駆け寄ると、持っていたバスタオルを3人にかけてやる。
「あら、意外と準備がいいのね…」
「今はそんな事はどうでもいい。入渠ドックの準備はできてるから、まずは3人とも傷を癒してくれ」
「あ、ありがとうございます…」
「すいませんご主人さま…」
「こちらこそ、無事に帰ってきてくれてありがとう…」
「…いい年した男がなに泣いてんのよ」
「うっさい!目にゴミが入っただけだ!」
「帰還の連絡を受けてから、ずっとここで心配そうにウロウロしてましたけどね」
「ちょっ、工廠長!」
工廠長の一言で、暗い雰囲気が少しだけ明るくなった。
とりあえず3人を、工廠に併設された入渠ドックへと向かわせる。
ふと何かを思い出したかのように足を止めた神通は、懐から掌大の宝石のようなものを取り出す。
「そう言えば…。提督、深海棲艦を倒した時にこんな物が海に浮かんでいました…」
「これは…宝石?」
「分かりません…何かに使えるかと思って拾っておいたのですが…」
「なるほど…とりあえず工廠長に聞いてみるよ。3人はゆっくり休んできてくれ」
「はい、ありがとうございます…」
そのまま入渠ドックへ入っていった事を確認すると、先ほど手渡された宝石について工廠長に聞きに行く。
宝石はアメジストのような紫色をしており、時折怪しく輝いているようにも見える。
「工廠長、これが何だか分かりますか?」
「おやこれは…艦の記憶ですね」
「艦の記憶?」
工廠長曰くそれは艦の記憶と呼ばれるもので、深海棲艦が稀に落とすことがあるらしい。
妖精の知識をもってしても正確な正体は分からないらしいが、特殊な機械を使用することで艦娘に変化させることができるらしい。
「この宝石が艦娘に…。ちなみに、その機械ってここにもあるんですか?
「もちろんありますよ。こっちです」
工廠長に案内された先には、建造ドックと似たような機械が鎮座していた。
違いがあるとすれば1台しかないことと、カプセルの横に宝石を入れる装置が備え付けられている事位か。
「早速使ってみますか?」
「えーと、この場合資材や時間ってどうなるのでしょうか?」
「建造と違って資材は消費しませんよ。時間も一瞬で終わります」
「なるほど…ではお願いしてもいいですか?」
「お任せください。ささ、そこに艦の記憶をセットして下さいな」
工廠長に促され宝石をセットし、開始ボタンと思わしきスイッチを押す。
けたたましい音と共にセットした宝石が掻き消え、建造の時と同じようにカプセル内に煙が充満してゆく。
そしてものの数秒後、カプセル上部の「変換完了」のランプが灯った。
「おお…本当に一瞬でしたね」
「1から建造しているわけじゃないですから。さぁ、出てきますよ」
工廠長の言葉とほぼ同時に、カプセルの扉が開く。
中から出てきたツインテールの少女は龍二の姿を確認すると、ミステリアスにウインクしながらこう言い放つのだった。
「はいはーい!白露型駆逐艦「村雨」だよ。村雨の、ちょっといいとこ見せたげる♪」
◇
入渠ドックから出た3人は、揃ってとある場所へと向かう。
先の戦闘でできた体の傷はおろか、破けていたはずの服まで新品同様に戻っている。
これもひとえに妖精印の入渠ドックのおかげである。妖精さんの技術は世界一。
「入渠が終わり次第食堂へ集まれだなんて…何かしらね」
「どっちにしろそろそろ夕飯の時間だしいいんじゃない?」
「そうですね…流石にお腹がすきました」
時刻は一九〇〇を少し過ぎた辺りか。
現金なもので、体の傷が治り落ち着いたと思いきや、今度は思い出したかのように空腹感が迫ってくる。
叢雲に至っては、よくよく考えれば遅めの朝食を食べたきり何も口にしておらず、先ほどから腹の音を抑えるのに必死である。
もちろん本人は平然を装ってはいるが、それが瓦解するのも時間の問題である。
そんなある種極限状態の中食堂へたどり着いた3人は、広い食堂内の一角に所狭しと並べられた豪華な料理の数々、に思わず「ふわっ」と声を上げる。
「おっ、今日の主役たちのお出ましだ。もう体の方は大丈夫なのかい?」
「ええ、体の方は大丈夫だけど…これはいったい何の騒ぎかしら?」
「鎮守府運営が始まった記念とか、3人が無事…とは言い難いけど敵の主力を撃破した記念とか、いろいろひっくるめて祝おうかと思って間宮さんに急遽相談したんだ」
「おお~!さすがご主人さま!分かってる~♪」
「あの、ありがとうございます。提督、間宮さん…」
「いいんですよ。私も思う存分腕を振るえましたし、皆さん手伝ってくれましたから♪」
「まさか生まれて最初の仕事が料理の手伝いになるとは…さすがの村雨さんも予想できなかったなぁ」
「あはは…。私も工具の扱いならともかく包丁の扱いは初めてなので、サラダを作る位しかお役に立てませんでしたが…」
調理場から間宮と明石、村雨が顔を出しながら、それぞれ感想を述べる。
明石や村雨も何だかんだ言いながら快く手伝ってくれたので、龍二も内心ホッとしていた。
「あら、私たちが入渠している間に建造でもしたの?」
「いや違う。神通に渡された宝石を工廠長に見せたらこうなった」
「どういうことなの…。ご主人さま、その辺もうちょっとkwsk」
「あの宝石に一体何が…」
どうやら叢雲も、艦の記憶については知らなかったようだ。
工廠長に聞いた話を伝えると、3人とも納得はしつつも驚きを隠せない様子だ。
「あの宝石がねぇ…。さすが妖精さん、ってところかしら」
「妖精さんの知識をもってしても、正確な正体までは分からないらしいんだけどね」
「まぁ仲間が増えるのはいい事ですし、細かい事は言いっこなしですよ!」
「そうですね。今後は遠征なども視野に入れなくてはいけませんし…」
「なにやら私って不思議な生まれ方をしたみたいね…。でも提督の為なら村雨、頑張っちゃいますよ~♪」
「ちょっ、村雨!落ち着け!」
そう言いつつ提督の腕にしがみつく村雨。
駆逐艦とは思えないボリューミーな感触に、龍二も思わずたじろぐ。
「ちょっと!なにやってんのよ!!」
「ぐぬぬ、あのバルジには勝てそうにない…。ここは伝家の宝刀「苺パンツ」を使うしか…!」
「漣さんも落ち着いて下さい!」
「あらあら…」
「さすが提督さん、人気者ですねぇ…」
もみくちゃ状態の龍二達と、それを眺める大人組の2人。
流石に理性的な2人は、提督たちを微笑ましく眺めている。
「さて…明石さん、私たちも突撃しましょうか!」
「うえっ、間宮さんっ!?いったい何を…」
「ここで引いたら、あの子たちに提督さん取られちゃいますよ?」
「それは嫌だけど…って間宮さん、引っ張らないでぇ~~!」
前言撤回。
提督の前では理性など何の意味も果たさなかったようである。
結局全員が食事にありつけた頃には、出来立てだった料理も冷めきってしまっており、全員龍二に叱られるのであった。
やっとこ1日目が終わりましたね。
何話消費してるのかと…。
あと、最初にダイスの女神さまが微笑んだのは村雨でした。
イマイチキャラが掴めない子なので、皆さんが思う村雨じゃなかったら申し訳ありません。
また、今後のドロップ・建造は、特殊艦を除いて今回のようにランダムとなります。