「あ"~~~~、あぢぃ…。暑くて眠れん…」
暑さに耐えきれず布団から起き上がると、汗だくのTシャツをパタパタと扇ぐ。
現在の時刻は〇五三〇。
既に外は明るく、まだ早朝だというのに朝日が容赦なく部屋の温度を上げる。
それにしてもおかしい。記憶が正しければまだ5月半ばのはずである。
いくら関東と九州で気候が違うとはいえ、ここまで気温が上がるとなるともはや異常気象の類だろう。
「これもきっと深海棲艦のせいだ。そうに違いない。オノーレ…」
苦し紛れに恨み言を呟いたところで、気温が下がるわけでもなく。
かと言って、このまま1時間後の総員起こしまで二度寝できるような状態でもなく。
とりあえずは汗だくで気持ちの悪いTシャツを着替えようと脱衣所へ向かう。
「ふぁ~あ…そういえば、この鎮守府って大浴場があったよな…?」
盛大な欠伸をしながらふと、初日に叢雲が案内してくれた施設の中に大浴場があったことを思い出す。
最初の頃こそ人手不足で放置していたが、今はある程度人員に余裕ができてきたのでローテーションで清掃を行っている。
提督の私室にも風呂はあるので毎日必ず使うような施設ではないのだが、急に大本営のお偉いさんが視察に来た時に「汗を流したい」とか言い出す可能性だってあるわけで。
まぁもちろん可能性は限りなく低いだろうが…。
そんな諸々の事情があり、現在は常に使用できる状態になっているはずだ。
「眠気覚ましのついでに、手足を伸ばしてのびのびと入るのもいいかもなぁ…」
そう結論付けると、着替えや入浴セットをかき集めて大浴場へ向かうのであった。
この時、寝起きで若干ぼやけた頭でなければ思い出せていただろう。
大浴場には艦娘が入ることも許されているということに…。
◇
「~~~♪」
温泉施設と言われても差し支えないほどの大浴場に、龍二の頭を洗う音とご機嫌な鼻歌が響き渡る。
寝汗でギシギシになった髪が解けていく感触に、何ともいえない快感が湧き上がってくる。
一通り洗い終えたのでシャワーで流そうと手を伸ばしたところで、ガラガラと入口の引き戸が音を立てた。
泡で目が覆われているので誰が入ってきたのかは分からないが、恐らく同じことを考えて来たのだろう。
…はて、俺以外に入るとしたら誰だろうか。
何も見えない状態でシャワーを手探りで探しながら考える。
そしてとんでもない結論に至ったのと同時に、大浴場内に悲鳴が響き渡る。
「きゃあああっ!?」
「おわああっ!?」
思わぬ大音量の悲鳴に驚き、シャワーを探していた右手をしたたかに蛇口にぶち当てる。
涙が出そうな程に痛いが、正直それどころではない。
「て、提督っ…入ってらしたんですね」
「あいててて…その声は神通か?」
「は、はい…」
「すまんっ、すぐに出るから見えないところに隠れててくれ」
「あのっ、ま、待ってください!」
とりあえずこの場は一時退散すべきと考え再度シャワーを探し始めるが、何故か止められてしまう。
そして予想だにしない一言を言い放ち、龍二は再度右手を蛇口に強打する。
「お、お背中お流ししても、いいですか?」
「ふえっ!?」
右手の痛みと驚きで、思わず情けない声を上げてしまう。
なんとなくだが、大浴場内の温度がぐんと上がった気がした。
◇
「……」
「あの、力加減はどうでしょうか…?」
「あ、ああ…ちょうどいいよ」
何とも言えない雰囲気のまま、なすがままに背中を洗われる。
すぐ後ろではバスタオルを体に巻いただけの神通が居るため、正面の鏡すら見ることが出来ず俯いたままである。
…どうしてこうなった。
「そういえば、今日はなんでこんな朝早くから?」
「今日は出撃の予定もなかったので、涼しいうちに自主トレをと思って…」
「ああ、なるほど…」
普段は気弱な印象を受ける神通だが、その実誰よりも真面目でストイックな性格をしている。
出撃や遠征の予定が無い日などには自主的に訓練を行うほどに。
なお、過去に漣が気まぐれで神通の自主トレに付き合った事があるようだが、3日と持たなかったらしい。
「提督…いつも本当にお疲れ様です…」
「き、急にどうした?」
「大淀さん達を部屋に帰した後も、夜遅くまで仕事してるの…知ってます」
「うげ、バレてたのか…」
「多分、みんな知ってますよ」
「あちゃー…。バレてないと思ってたんだがなぁ」
基本的に、秘書艦と大淀には遅くとも二二〇〇には上がってもらっている。
その後は出撃や遠征メンバーのローテーションに無理が無いかを確認したり、大淀に内緒で隠している書類(バレると終わるまで残ると言い出すので)を処理したり…。
最終的に床に就くのは〇一〇〇~〇二〇〇がほとんどである。
ただ、これらの仕事は本来であれば提督の仕事であり、あまり艦娘に迷惑をかけたくない一心でコッソリやっていたワケだ。
結局思いっきりバレていたようだが。
「あと、大本営から来てる出撃の要請、私たちの疲労を考えて一部無視してるって…」
「…誰に聞いた?」
「大淀さん、です…」
「あのメガネっ娘め…口止めしておいたのに」
確かに、大本営から来ている要請の一部は見て見ぬふりをしている。
今の人数でこれ以上出撃させるのは、艦娘たちの健康管理上問題があるだろうという龍二の独断だ。
そのせいで毎日のように叱責の電話やら手紙やらが来るのだが、艦娘たちの事を思えばなんとやら、である。
一応近海の哨戒などは最低限こなしているのだから、もう少し人員に余裕が出るまではなんとか勘弁してもらいたいものだ。
「それに…」
「じ、神通っ!?」
石鹸の泡を流し切った龍二の背中に、神通はそっと体を寄せる。
普段の神通からは想像もつかない積極的な行動に、龍二の声も思わず裏返る。
「提督のお傍にいると、不思議とそれだけで「頑張ろう!」って気持ちになるんです。だから…私をもっと頼ってください…」
「神通…」
「あなたの笑顔を守るためなら、私はどこまでも頑張れます。だから、提督…」
「……」
告白じみた神通のセリフに思わず振り向いた龍二の顔に、そっと自分の顔を寄せる神通。
耳に入ってくるのは、自分の心臓の鼓動とお互いの吐息だけ。
そして唇と唇の距離があと数センチと迫ったところで…
「いよっしゃ~!朝風呂じゃ~い!」
「漣うるさい!」
「まだ寝てる子もいるんだから…って、司令官!?」
綾波型の3人、漣・敷波・綾波が勢いよく入ってくる。
あまりに急な登場に、声も出せずに固まる龍二と神通。
そして…
「な、な、な…なにをやってやがりますかご主人さまあああああああ!!」
「き…きゃあああああああああ!!」
漣と神通の大絶叫が大浴場に響き渡った。
尚、この日は全員が総員起こし前に起きたという。
◇
「全くもうっ!」
「いやその、申し訳ない…」
時刻は〇八二〇を少し回ったところ。
現在大淀に絶賛平謝り中である。
理由は執務開始時刻に遅れたからだが、何やらそれ以外の理由も含まれている気がする。
藪蛇を突きそうなので黙っているが。
遅れた原因は単純明快、漣達の誤解を解くのに思いの外時間がかかったからだ。
なんとか1から説明するも、もう1人の当事者の神通が顔を真っ赤にして早々に退散してしまった為、なかなか信じてもらえなかった。
最終的に漣達には、今度鎮守府近くの有名店でケーキを買ってくる約束をして許してもらった。
ちなみに、敷波と綾波もそれなりに怒ってはいたが、それ以上に漣の剣幕に若干引いていた。
「しかし、漣もあんなに怒ることないと思うんだけどなぁ」
「提督は自分の影響力っていうのをもう少し考えて行動してくださいっ!」
「お、おう…」
何やらよく分からない注意のされ方に首を傾げながら、本日1枚目の書類に目を通す。
そして一通り目を通すと「うーむ…」と唸りだした。
「どうしました?また大本営からの苦情ですか?」
「いや、それはそれで別に届いてるっぽいんだが…そういえば大淀、この事神通にバラしたな?」
「そ、それは…申し訳ありません。ただ、やっぱり皆さんにも知っていてほしくて…」
「せっかく口止めしておいたのに…まぁいいや。それでこの書類なんだけどさ」
「あ、はい。えーと…「製油所地帯沿岸の防衛」ですか。新しい依頼ですね」
「うん、ただ問題はそこじゃないんだ」
「?」
龍二に促されそのまま読み進めると、そこにはこう記してあった。
『尚、当海域にて戦艦ル級の存在を確認。各自用心されたし』と。
「戦艦ル級…」
「ついに戦艦のお出ましか…そろそろうちも新戦力が必要かもしれないね」
そう言いながら、本棚に挟んであった建造レシピを取り出す。
真剣な顔でそれを眺める龍二の視線は、空母と戦艦のレシピに注がれていた。
この行動力…さすが華の二水戦の旗艦を務めただけはありますね。
個人的には姉妹全員を早く揃えてあげたいのですが、ダイスの女神さまがどう出るか…
そしてやっとこ1-3ですよ。
でもここから戦艦や空母も増やしていきますので、スピードは上げやすいかもしれません。
重巡は…きっと出番はあります!きっと…