彼女は生き物に好かれやすい   作:彼岸花ノ丘

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第八章 Birthdays
Birthdays1


 意味の分からないシーンが出てきた。

 大桐家の和室にて、土曜日の午前中からごろごろと寝転がりながらテレビを見ていたフィアは、そのような理由から首を傾げた。

 あの神話が如く戦いからかれこれ三ヶ月以上が過ぎ、三月半ばを迎えた。つまりはフィアがミュータントとして目覚め、人間社会で暮らすようになってから九ヶ月ほど経っている。それだけの月日を過ごせば人間について多少は理解も深まるが、しかしフィア(フナ)と人間では物の考え方が全く違う。今でも人間の考え方の多くは共感も納得も出来ず、日々分からない事だらけだ。

 例えば今、目の前のテレビで放送されている魔法少女アニメでの一幕もそう。

 主人公の女の子が、クラスメートとの些細な会話の中で今日が自分の誕生日である事を伝えた。するとクラスメート達がわいわいと騒ぎ、誕生日パーティーを開く事になる。喜ぶ主人公。ところが悪役が現れて誕生日パーティーを滅茶苦茶にして……

 話の流れ自体は、子供向けに限らずアニメではよくあるもの。謎だとか伏線だとかも出てきていない。

 フィアが首を傾げたのは、誕生日パーティーで主人公が喜んだ点だ。誕生日という行事はフィアも知っている。知っているが、しかし何故それをお祝いするのかが分からない。産まれた日に()()()()()()()があるとは思えないからだ。誕生日とかこつけてパーティーがしたいだけなのではないか? そのぐらいしか理由が考え付かない。

 別に人間を理解したいとは思っていないし、分からなくてもアニメは楽しめるので気にはならないが……訊ける状況にあれば、尋ねたいなと思うぐらいには疑問だった。

「花中さーん。ちょっと良いですかぁー?」

 なのでフィアは和室でごろごろしたまま、少し大きな声で花中を呼ぶ。

「はーい、ちょっと待っててー」

 フィアの呼び掛けに応じ和室の隣にあるリビング……の更に奥にあるキッチンから、タオルで手を拭きながら花中がひょっこりと現れた。食器洗いの最中だったのだろうか。家事を中断してまで和室まで来てくれた花中は、嫌な顔一つせずフィアの傍に座る。

 やっぱり花中さんは可愛いですねぇ。

 愛でるように見つめるフィアに、花中もにっこりと微笑み返してくれた。何時までも見ていたい可愛さであるが、今回呼んだのはそのためではない。

「お待たせ。どうしたの? フィアちゃん」

「実は一つ伺いたい事がありまして」

「訊きたい事?」

「何故人間は誕生日を祝うのです? 産まれた日なんてなんの価値もないと思うのですが」

 思った事をありのまま尋ねてみると、花中は困ったように苦笑いを浮かべ、うーん、と唸りながら考え込んでしまった。難しい質問をしたつもりはないのにこの反応、フィアの方も首を傾げてしまう。

 ややあって、花中はようやく考えを纏めたのか、ゆっくりと口を開く。

「んっと……あくまで、わたしが考える、理由だけど……無事に一年生きてくれて、ありがとう……って気持ちを、伝えるため、かな?」

「……はい?」

 そして照れたような口振りで答えてくれたが、フィアには花中の言いたい事が理解が出来なかった。

 一年生きてくれてありがとう? 一体何に対する感謝なのか、全く分からない。

 花中もフィアとはかれこれ九ヶ月の付き合い。フィアがこの説明では納得しないのを分かっていたのか、すぐに細かな説明を入れてくれる。

「えっとね、フィアちゃんは、あまり実感ないかも、だけど……生きているって、それだけで、凄い事、なんだよ」

「はぁ。まぁ確かにフナ(我々)なんかは大抵大人になる前に死んでしまいますからね。そういう意味ではその通りかも知れません」

「うん。だから、誕生日を迎えた人に、一年間、一緒に過ごせたね、来年も、無事に生きていてねって、想いを込めて、その……祝う……んじゃ、ないかなぁと……」

 ごにょごにょと、何故だか最後の方が尻窄みになる。尤もフィアの聴力であればこの程度の小声、聞き取るなど造作もない。花中の話を最後まで聞き、フィアはふむふむと頷いた。

 結論を申せば、フィアには理解すら出来なかった。

 生きている事が凄い? 確かに割合的には ― 特に『魚』のような多産多死の繁殖戦略であれば ― その通りだ。だがそいつが生きているのは、そいつが生きたいからであって、誰かに頼まれたから生きている訳ではない筈。相手がしたいからしている事なのに、何故それに感謝を覚えるのか?

 正直なところ、フィアは花中に「生きていてくれてありがとう」なんて思った事はない。話を聞いた今でも思わない。フィアは花中に生きていてほしいが、それは花中が死ぬよりも、生きていてくれる方が圧倒的に()()()()()()からである。例え花中が死にたいと言ったところでそんな事はどうでも良い……ただ、死なせはしない。もし自殺をしようとしたなら何がなんでも邪魔をする。花中が死んだら、自分が嫌な気持ちになるからだ。花中の気持ちは一切考慮しない。する必要がないとすら思っている。あくまで自分本位なのだ。

 結局フィアにとって誕生日という行事は、まるで理解出来ない理由によるパーティーでしかなかった。

 しかし、である。

 九ヶ月間人間と暮らしていて分かった事だが……人間とは、他者に良く想われていると嬉しくなる生き物らしい。フィアは他者の内心などどうでも良いのだが、花中の笑顔は好きである。こちらが祝いの気持ちを伝えて喜んでくれるのなら、それに越した事はない。それにパーティーもわいわい騒げて楽しいから好きだ。

 誕生日を祝う気持ちは理解出来ない。されど、それは誕生日を祝わない事とは(イコール)にならない。

「成程花中さんはそういう理由で誕生日を祝うのですね。時に花中さんの誕生日は何時なのですか?」

 故にフィアは特段深い理由もなく、この疑問を花中にぶつけてみる。

 フィアにとってはかるーく投げたつもりの言葉に、花中は目を皿のように丸くした。

「……え?」

「あれ? よく聞こえませんでしたか? 何時誕生日なのかと訊いたのですが」

「あ、うん。えと……明日の、三月十八日、だよ」

「明日ですか。むむ? 明日なのですか?」

「う、うん。ごめんね、その、言ってなくて」

「何故謝るのです? いやはやしかし今日訊いておいて良かったです。また来年にとかですと忘れてしまいそうですからね」

「……あ、あの……」

「? なんですか?」

 一匹淡々と安堵していると、花中がおどおどと声を掛けてくる。訊き返すフィアだったが、どういう訳か花中は口籠もり、もじもじしてしまう。

 しかしこの程度の歯切れの悪さは、花中であれば普段の事。その上本当に大事な話はなんやかんやキッパリと言い放つのが大桐花中という少女である。もじもじしているという事はどうせ大した話じゃないだろうとたかを括り、フィアは花中を急かしたりせずにただただ待ち続ける。

「ぁ、ぅ……あ、あのっ、それって……わ、わたしの、誕生日を、祝ってくれる……の?」

 しばらくしてようやっと出てきた花中の言葉は、フィアが思った通り『大した話』ではなかった。

「そのつもりですよ。というよりそれ以外の理由で誕生日を訊いても意味などないでしょう?」

 質問に対し肯定の意思を伝えると、途端、花中は右往左往する。その姿がまた可愛いので止める事もなくフィアはじっと眺めるのみ。

 やがて花中は息が乱れるぐらい動いた後、もじもじと己が両指を合わせた。そして恥ずかしそうに俯いたまま、潤んだ瞳でフィアを見つめて声を絞り出す。

「あの……その、良い、の?」

「何故自分から言い出した事に対して実は嫌なんですと言わなきゃいけないのですか……」

「それも、その、そうなんだけど……はうわぅぅ……!」

 顔を真っ赤にしながら、再び花中は悶えてしまう。誕生日を祝ってくれる事が余程嬉しいのか、今度は中々現実に戻ってきてくれない。両手で頬を押さえながら、花中は何時までも頭をぶんぶんと横に振っていた。

 喜ぶ花中が見たかったので、フィアとしては割とこの時点で目標達成である。それは構わないのだが、祝ってあげますと伝えただけでこの状態。本当に祝ったら興奮のあまり心臓発作を起こしそうな気がする。死なれるのはフィアとしても嫌なので、やっぱり誕生日パーティーは止めようかとの考えが脳裏を過ぎった。

「あ、あの、た、楽しみにしてるね!」

 だけど、すっかり祝ってもらえる気になっている花中の笑顔を見ていると、これを曇らせるのも癪になる。

 何より悲しむ花中の顔は、自分の好みじゃない。

「(まぁ心臓発作ぐらいなら私の能力で血を操れば無理やりにでも蘇生出来るでしょう。そもそも必ずそうなるとも限りませんし)」

 どこまでも自分本位な理由で、花中の誕生日を祝う事を決めるフィア。あからさまにうきうきしている花中が果たしてどれだけ喜ぶのか……想像すると、フィアも笑顔が零れた。

 問題があるとすれば、ただ一つ。それも、フィアも花中も気付いていない、とてもちっぽけな問題。

 フィアは誕生日を祝おうとは思ったが、どうやって祝うのが人間的に『正しい』のか、まるで知らない事だけだ――――




あけましたおめでとうございます(過去形)。今年もよろしくお願いします。

さて、今回は花中の誕生日がやってきました。
フィアによる誕生日パーティー計画……きっとほのぼの展開間違いなしですね!(白目)

次回は2/4(日)投稿予定です。

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