彼女は生き物に好かれやすい   作:彼岸花ノ丘

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神話決戦8

「核兵器の、実戦投入……!?」

 駆逐艦ロックフェラーにて、アイクから聞かされた話に花中は驚愕した。

 米軍の本気の攻撃。それさえも通用しなかった場合、米国政府は核兵器を使用する――――そう告げられたのだから。

「うむ。無論、通常攻撃で撃破出来れば使いはしなかったのだが……実を言うと先程、私の端末に海軍本部からのメッセージが入ってね。海軍と空軍による攻撃では目標の撃破は不可能と判断。プランB、核兵器を使用し対象を排除する……この決断が先程下されたそうだ」

「……核兵器ってなんか聞いた事ありますね。それってそんなに強い武器なのですか?」

「人類が持つ中では最強最悪と謳われる兵器ね。以前タヌキ達に攻撃された時、山ほど爆弾を落とされたでしょ? あれをぜーんぶ一点に集めて、一気に起爆したの威力よりもずっと強い感じ、じゃないかしら。まぁ、何キロもの範囲を吹き飛ばしちゃうけどね」

 アイクの淡々とした説明に根本的な疑問を投げ掛けるフィア。そのフィアの問いに、ミリオンが自身の見解を述べる。

 核兵器は恐ろしいものである。

 史上最強と謳われる爆弾でも、その威力はTNT爆薬換算で十トン程度でしかない。対して実戦投入されたとはいえ七十年以上前の代物である広島・長崎の原爆でも、その威力はTNT換算で約二十キロトン……つまり現在最強の爆弾の二千倍近いエネルギー量を誇るのだ。現代ではメガトン級と呼ばれる、広島・長崎の原爆の五十倍以上の威力を持った核兵器さえも実用化されている。それこそ一発で町一つを吹き飛ばすような、絶望的な破壊をもたらす大量破壊兵器だ。

 核兵器とは、フィア達が耐えた通常兵器とは文字通り桁が違う力なのである。

「ふーん。中々厄介そうな爆弾ですねぇ」

 尤もミリオンの説明だけでは大した危機感など持てなかったのか、フィアの感想は暢気なものだったが。アイクは快活に笑い、自国最強の兵器を貶められたにも拘わらず楽しそうな素振りを見せる。

「はっはっはっ! 確かに君達のような人型で、人間社会に溶け込める存在には厄介程度で済むだろうね。流石に市民が暮らす都市で核兵器を爆発させる訳にはいかない。それに地中貫通弾(バンカーバスター)をも余裕で耐える君達なら、公表されているレベルの核兵器なら耐えられるかも知れないな」

「ふふーん当然です。この私の力の前では人間がどんな爆弾を作ろうと無力なのですよ……って公表されている?」

「大した話じゃないよ。奥の手というものは、明かしては意味がないというだけの事さ」

「ほほーう成程成程」

 アイクの話にフィアは深々と何度も頷き……花中は、目を見開いた。

 冷戦期、アメリカはソ連と核兵器の開発競争をしていた。この競争でとんでもない威力の核兵器が幾つも作られたが、現在保有する核兵器にそこまでの威力はないとされている。それは核兵器を廃絶しようという人類の努力の成果もあるが……何より弾道ミサイルや迎撃システムの発展により、大きな爆弾を飛行機でちんたら運ぶよりも、小さな爆弾をミサイルに載せてたくさん飛ばした方が効果的になったからだ。加えて言えば大きな爆弾でなんでもかんでも吹っ飛ばすより、小さな爆弾で必要なところだけ破壊出来る方が何かと都合が良い。精度の向上で、遠距離でもちゃんと目標に命中させられるようになった事も低出力化を推し進めた。大出力核爆弾など、現代では『脅し』の意味でも使い道がないのである。

 しかし劣勢に立たされた時、国ごと破壊し尽くせる威力は魅力的だ。ましてや敵が知らない『奥の手』となれば尚更。秘密裏に持っている事は……誠実かどうかは別にして……十分に考えられる。

 ここまでは花中も納得出来る。心情的には納得し難いが、政治的・軍事的判断は感情だけで行うべきでない。だから、ここまでは、良い。

 問題は、その核兵器がどれほどの威力なのかだ。

「あ、あの、その核兵器の威力って……」

 思わず花中は尋ねていた。しかしアイクは微笑むだけ。先程まで饒舌だった舌は、今は何も語ってくれない。流石に、秘密兵器の情報は漏らしてくれないらしい。

「安心してくれ。最新式の核兵器は無駄なく放射性物質を反応させる事で『死の灰』の量を極めて微量に抑えている。日本まで汚染が広がる事はないし、この船も影響の範囲外さ」

 表情を暗くする花中に、アイクはジョークか本気なのか、よく分からない言葉を投げ掛ける。当然こんな言葉一つで花中の心は晴れない。全く安心出来ない。

 だって、

「……どう思います?」

「そうねぇ。私も同じ意見、って言えば伝わる?」

「まぁそうですよねぇ。だって広範囲って事は……」

 自分の横で話をするフィア達の言葉には、『余裕』しか感じられないのだから。

 彼女達は()()()()()のだ。そして形は違えど、花中自身も。

 『あれ』が本当に星の外から来たのだとしたら、きっと――――

 

 

 

 四十六代目アメリカ大統領ユリシーズ・アイゼンハワー。軍人でも芸能人でもない、ごく一般的な公務員からのし上がり、五十三歳という若さで国家のトップに君臨した彼の政治姿勢は、たった一言で言い表せる。

 『アメリカ至上主義』。

 これは過去の大統領の一人が打ち出した、アメリカ第一主義と似た主張のようで、趣を異にする。彼は移民を制限せず、むしろ受け入れには積極的。信仰する宗教によって迫害などしないし、黒人や黄色人種、白人への差別意識だって持っていない。格差の是正にも積極的で、貧困層や国籍を取得したばかりの移民の待遇改善などの政策を実施している。自身を批判するマスコミへの規制など以ての外、これこそが民主主義だとばかりに受け止める。

 ただし、アメリカ国内のそれに限るが。

 アメリカのためになるのなら、彼は平気で他国に負担を強いる。アメリカの損になるのなら、他者の損益など考慮せずに拒む。アメリカに害を成そうとするテロリストや国家には一片の容赦もなく、制裁や軍事行動にも積極的。彼の中には、アメリカとそれ以外に明確な境界線が存在する。彼はアメリカの繁栄だけを考え、アメリカ国民の幸福だけを求める政治家なのだ。

 そんな彼がアメリカ本土への直接攻撃を許すだろうか?

 否である。彼はアメリカに仇成す存在に、躊躇や温情など与えない。アメリカ以外の国の感情など考慮しない。そして今、アメリカに迫る脅威は、並の軍事力では足止めすら叶わない。

 ならば、彼が最後の手段を躊躇う理由などありはしない。

「核兵器の使用を許可する」

 アメリカ政府の中枢であるホワイトハウスの大統領執務室にて、アイゼンハワー大統領は重々しく、しかし迷いのない口調でそう言い切った。

 アメリカ大統領は、アメリカ軍の最高指揮官でもある。そしてアメリカが保有する核兵器の使用権限も大統領が握っている。彼が命じた以上、軍はこの命令には逆らえない。ましてや軍も同じ意見なら、そこに混乱や抵抗が発生する筈もない。

「了解しました。戦闘中の部隊にはただちに通達し戦闘領域内の安全を確保。十三分後発射シーケンスを実施します。マクゲイン中尉、通信端末を持ってきてくれ」

 大統領からの指示を受けアメリカ海軍のトップである海軍省長官は承諾。すぐさま部下に命令を飛ばした。

 命令された兵士はこれから、核兵器を搭載した潜水艦へとつながる通信機器を持ってくる。

 大統領は発射予定時刻になり次第必要な書類に署名し、それを正式に受け取った海軍省長官から順次下位組織の長へと指示が伝送される。訓練と実戦の違い、そして本当に発射する事へのプレッシャーの影響で多少の遅延はあるだろうが……命令後一分も経たずに核弾頭を積んだミサイルが撃ち出され、数分後には目標に命中する筈だ。

「中国、ロシア、イギリス、フランスへの事前通知は済ませてあります。他国も異星生命体の存在は感知している事もあってか、反発は特にありません」

「当然だ。これは自衛のための、人類の幸福のための核使用なのだからな。そもそも我が国の安全保障に、他国の了承を必要とする事自体がおかしいと思わないか?」

「……無用な混乱を避けるのも、国益上重要です。黙して死ぬ必要はありませんが、和を乱して全員から殴られる必要もありません」

 大統領らしい物言いに、海軍省長官はにこやかに微笑みながら苦言を呈する。大統領は肩を竦めるだけだった。

 やがて、先程部屋を出た兵士が、その手に大きな鞄を持って執務室に戻ってきた。同時に大統領の秘書が一枚の紙を大統領の前に置く。

 核兵器使用に対する署名。そのための書類だ。

 これにサインをすれば、最早後戻りは出来ない。いや、決断を下した時点で周囲は準備を始めているのだ。今更止めようと言い出せる状況ではなかった。後悔しても、もう何もかも遅い。

 だが、アイゼンハワー大統領は臆さない。

「……良し。これで手続きは完了だ」

 アイゼンハワー大統領の震えない手は、普段通りの筆跡で自身の名を書き終えた。秘書がその紙を回収し、海軍省長官も確認。正規の手続きが完了し、核ミサイルの発射は『正式』に確定した。

 伝令はすぐにホワイトハウスを駆け抜け、通信機を通じ太平洋にて待機していた一隻の潜水艦に飛ぶ。潜水艦の内部では一瞬のざわめきと緊張が走り、しかし此度の作戦の全容を知るが故に、混乱は最低限に抑えられた。

 定められた時刻まで、動きはない。刻々と迫る時に大半の者が息を飲み、一部の者が苛立つように机を指で叩く。

 異星生命体は人間達の様々な思惑など露知らず、延々と太平洋を北東方向に進んでいる。つい先程まで苛烈に加えられた攻撃の成果は何一つなく、ついに異星生命体はアメリカ国土から五千キロ地点を通過した。予想されていた到達時刻であり、そこから数キロ先が核による迎撃ラインと定められていた。

 故に、全てがつつがなく行われる。

 潜水艦にて、艦長と副官が動き出す。彼等はそれぞれが一本の鍵を持ち、狭苦しい艦内の中では比較的スペースのある操舵室にて、部屋の両端へと移動した。それから彼等は互いに目配せし、声を出して秒数を数え、同時に鍵穴を回す。

 すると艦長席にある机の一部が開き、そこから真紅のボタンと鍵穴が顔を覗かせた。艦長は席に戻り、目の前にある大きなモニターを見る。

 大統領の署名、OK。

 海軍省長官の署名、OK。

 核兵器の発射準備、OK。

 攻撃範囲内における米軍の退避、OK。

 一つ一つを副官と共に声出し確認。全ての項目がクリアされている事を確かめてから、艦長が最後の鍵をボタン前にある鍵穴へと射し込む。そして艦長は自信の胸の前で十字を切ると、艦内放送で全乗組員にカウントダウンを伝え、ゼロを伝えるのと同時にボタンを押した。

 言葉にすれば、あまりにも呆気ない一連の所作。

 その所作の果てに、ついに神の炎が解き放たれた。

 潜水艦上部より放たれた、一基のミサイル。それこそが核弾頭を搭載した弾道ミサイル。射出された核弾頭は成層圏まで上昇、その後一気に目標目掛けて降下する。その際の最高速度は秒速七キロ……音速の二十倍もの速さに達する。戦闘機をも凌駕する超高速飛行物体が、音速にも達しないのろまな動きで移動する異星生命体を逃す訳がない。対する異星生命体は何も気にせず、いや、きっと気付かずに海上を進み続けるのみ。

 やがて核弾頭は、異星生命体の真上から落ちるように飛来。今までとは桁違いの速さを誇る『攻撃』だが、異星生命体は対応する素振りもない。

 そして核弾頭は、動き出す。

 内部に設置された小型原子爆弾が起爆し、次いでそのエネルギーで同じく内包されていた重水素の核融合反応が始動。膨大なエネルギーが瞬間的に生み出され……爆散。

 瞬間、海の上で巨大な炎が噴き上がった。

 中心温度は四億度。太陽の核温度すらも凌駕し、莫大な量のエネルギーは直径五キロもの火球を作り出す。海洋に吹き荒れる白い爆風は中心から半径十五キロ以内にコンクリートすら跡形もなく破壊する衝撃を伝え、半径三十七キロ圏内でも並の生物ならば焼け爛れるほどの熱で満たした。

 一瞬にして、直径七十キロ以内の生命が駆逐される――――それが、現代の人類が持つ最強の兵器の力。

 その最強の力が、異星生命体を飲み込んだのだ。

 この光景を人工衛星が捉え、ホワイトハウス大統領執務室で推移を見守っていた大統領の下へと届けられる。

「おおっ! これは凄いな……!」

 悪魔的風景を前にして、アイゼンハワー大統領は子供のように喜びの声を上げた。海軍省長官は安堵の息を吐いてから、大統領に補足説明を行う。

「今回使用した核は五十メガトンほどの出力に調整しています。これはかつて、ソ連が開発した最強の水爆に匹敵する威力です。無論、今ではもっと強力な爆弾を作れますが」

「いや、正直核兵器を嘗めていた。これほど強い兵器だったとはな」

「実戦使用は凡そ七十年ぶりですから、お若い大統領が知らなくとも無理はないでしょう」

 海軍省長官と大統領は柔らかく談笑し、この結果に満足する。

 仮に、異星生命体が最新式の迎撃システムを凌駕する防空機能を持っていたら、この作戦は厳しいものとなっただろう。しかし異星生命体はミサイルの力を侮っていたのか、或いは認識すら出来なかったのか。最期まで何もせず、ミサイルは無事直撃した。

 五十メガトンとは、ミサイル一万発を遥かに上回る出力……ただそれだけでは済まない。核融合により生み出されたエネルギーは、四億度という出鱈目な高温を作り出すのだ。ここまで高温になると物質はプラズマ化どころか分子の形すら保てない。例えどんな怪物だろうと、神の炎の前では原子レベルで分解されてしまうのだ。理論上、直撃を耐えるなどあり得ない。

 かくして人類は勝利を手にした

「ちょ、長官!」

 筈だった。

 映像の確認を続けていた若い兵士が声を荒らげた。顔面は蒼白とし、全身をカタカタと震わせている。

 まるで、何か『冒涜的』な存在でも目の当たりにしたかのように。

「……どうした? 何か問題でも起きたのか?」

「ば、爆心地より、何かが……出て、きました……!」

「!? 何!?」

 キョトンとしながら尋ねる海軍省長官だったが、兵士の言葉を聞いて彼自身もまた身体を震わせた。若い兵士を押し退け、自分がそのモニターの前へと乗り出す。

 彼が己の目を見開くのに、一秒も必要としなかった。

 長官は神に祈った。これが何かの身間違いである、機械の故障だとか、もしくは自分の目にゴミが入ったとか……兎に角、何かの所為でおかしなものが見えているだけなのだ。ゆっくりと目を閉じ、もう一度開けた時にそれは幻のように消えているに違いない。否、そうでなくてはならない。

 しかし神は、彼の願いを聞き届けない。

 衛星が捉えた鮮明な映像に映るのは、巨大なキノコ雲を後にして進む、推定三百メートルオーバーの黒色の物体。

 それが核弾頭の直撃を耐え、悠然と進む異星生命体である事は、この場に居る誰の目にも明白な事だった。

「ば……馬鹿な!? 五十メガトンの核兵器だぞ!? 都市どころか小国一つを吹き飛ばす爆弾に耐えられる訳が……!」

「目標健在! 速度、進路共に変化なし!」

「は!? は、ぇ……!?」

 現状を否定しようとする長官に、しかしもう一人の兵士が追い詰めるように事実を告げる。

 あり得ない。四億度の炎を浴び、半径十五キロの建物を粗方破壊する爆風に曝され、平然としている生物など存在しない!

 もし、存在するとしたらそれは……

「ちょ、長官。これは一体……」

「大統領! 核弾頭の第二射の許可を!」

「え? あ、ああ。許可する……著名は」

「必要ありません! ただちに第二射を撃たせます! 今度は倍の威力です!」

 戸惑う大統領を言葉で押し込み、海軍省長官はただちに次の発射指示を出す。本来、これは規約違反だ。核に関わる事だけに、軍法会議や国際社会からの制裁も免れまい。

 そんな事は彼も承知している。承知した上で、命令した。

 この悪夢を終わらせられるなら、全人類からの批難など子守歌のようだと思って。

 二度目の命令でも、問題など起こらなかった。アメリカの何処かから発射される弾道ミサイル。それは先発のミサイルと同様の軌道を描き、飛来し……問題なく、異星生命体の眼前で爆発。先程よりも遥かに大きな火の玉が噴き上がる。衝撃波は地球を何周もし、あらゆる国で核兵器の使用を感知した。

 世界を滅ぼすと恐れられた、禁断の力。おまけに先程の二倍もの威力だ。一発目を耐えても、二発目は――――

「……目標、健在。進行速度に変化なし」

「馬鹿、な……」

 効果がなかった。

 直撃を受けてボロボロになるどころか、進行速度に変化がない点からして、なんのダメージも受けていない。あの生物は水爆の直撃を受けても尚、一切の脅威すら感じていない。

「……A-クリアを発射する」

 最早大統領への許可も求めず、長官は発射指示を出す。大統領も彼を止めない。秘書も、兵士も、誰もが。

 三度目の核弾頭。一際大きなそれは、現在アメリカが隠れて保有する核兵器で最強の威力……百五十メガトンを誇っていた。かつてソ連が開発し、あまりに威力が強過ぎるとして実験時に出力を半分に抑えたツァーリ・ボンバの『最大出力』を一・五倍も上回る力。一国を丸呑みし、敵国民を皆殺しにする事も出来る神の威光。

 だが、二発目と比べたったの一・五倍。

 先の一撃を受けて怯みもしなかった『怪物』に、これが通用するかと言えば――――

 

 

 

「無傷、だと……!?」

 艦長室に届けられた映像と、通信機器より告げられた報告を聞き、アイクは絶望に塗れた言葉を漏らした。

 どんな報告を聞いたのか、当然ながら花中には知る由もない。が、予想は出来る。大方、何発も核兵器を投じながら、何一つ成果を出せなかったのだろう。人類にとってこれ以上のバットニュースはあるまい。世界最強の核武装国であるアメリカの核が通じなかった以上、人類にあの異星生命体を止める手立てはないのだから。

「あらら負けちゃったみたいですね」

「そうね。まぁ、期待なんて最初からしてないんだけど」

 尤も、フィア達にとっては分かりきっていた事で、二匹ともショックなど欠片も受けていないようだが。

 そして花中も、少なくともアイクほどの困惑はない。

 何故なら、フィア達なら()()()()()と思ったから。

 核兵器は強大無比の力だ。中心部は四億度に到達し、半径数百メートルにもなる火球ですら数百万度にもなる。秒速三百メートルを超える爆風が駆け巡り、近代的な建物を何十キロもの範囲で破壊し尽くす。放出されるエネルギー量は二の十七乗ジュールにも到達し、その全てを受けたなら如何にフィア達とて呆気なく消滅するだろう。

 全てを受けたなら、であるが。

 生み出されたエネルギーが全て熱へと変換されたなら、水爆は一億トンの水を五千度まで加熱出来る。けれども水爆の全エネルギーのうち、熱へと変わるのは精々半分。その上フィアが凝縮した水は水爆の火球よりずっと小さいため、開放されたエネルギーの殆どはフィアとは無関係な場所へと飛んでいく。故に水爆でフィアは殺せない。

 起爆した水爆の中心は、四億度の高熱に達すると推測されている。だがミリオンは集合体であっても人間ほどのサイズであり、高度数百メートル、誤差数十メートルでの起爆では彼女を爆発の中心には置けない。そして何千メートルにも拡散した、たかが数千度の高熱など、ミリオンにとっては操れる温度でしかない。全てを包み込むほど爆発を広げたら効果がなく、確実に仕留められる高温では大半を取り逃がす。故に水爆でミリオンは殺せない。

 水爆によって放たれる爆風は秒速三百メートルを超える。されどミィは超音速を目視し、超音速を凌駕する速度で走り抜ける。超音速で迫るミサイルからそそくさと逃げ果せる事は勿論、目の前で起爆しても、爆風が届く前に安全圏まで退避出来る。故に水爆でミィは殺せない。

 核兵器の威力は神の力と呼ぶに相応しいものであるが、小さな怪物であるフィア達に使ってもその大半が無駄になり、薄れ、殺すに足るものとはならないのだ。無論一発ではなく二発三発と撃ち込めば、いずれはフィア達を倒す事も可能かも知れない。しかし今の問題はそこではないのだ。

 フィア達ですら耐えられる攻撃に、フィア達がどう足掻いても勝てないと思う相手に通じるのか?

 彼女達は本能的に察した実力差、そして自分達の力から予測した結果、水爆では異星生命体を殺せないと判断した。それが鋭い野生の本能を持った、彼女達の『論理的結論』であったのだ。

 そしてこれは、花中の『理論』とは異なる方向から導き出されたもの。

 確かに花中も、フィア達ならば水爆に耐えられると思い、異星生命体に水爆は通じないと思った。しかし異星生命体の実力を測れなかった花中には、あくまでこれは『想像』でしかない。

 花中には花中の、フィア達とは全く異なる、けれども確たる論理があった。

「ぐ……こうなったら、次はプランC……米国内の全核兵器を投射するしか手は……しかしそれが駄目なら、我が艦も向かって本土決戦……」

「無駄です。『あれ』に、人類は、勝てません」

「……何?」

 間もなく上から通達される筈の次の作戦をシミュレーションするアイクに、花中はぽそりと自身の考えを告げる。アイクは先程までの余裕と優しさが一片もない、鬼気迫る眼差しで花中を睨んだが、花中は怯まない。

 今、花中の脳裏にはアイクの顔よりもずっと恐ろしい『仮説』が居座っているのだから。

「これは、完全に、わたしの推測、です。ですが、そうとしか、思えません」

 前置きをしてから、花中は自身の考えを述べた。

 星系間を旅するために、最も相応しい燃料は何か?

 原子力? 論外である。燃料となる放射性物質は宇宙全体で見ても希少な資源だ。補給の宛てがないものに頼るなどあり得ない。では恒星が発する光? 確かに恒星の光は幾らでもある、が、これも役に立たない。こんなちっぽけな力ではさして速度も出ず、何万年経っても次の星に辿り着けないからだ。

 もっと有り触れた資源で、もっと強大な力を生まねばならない。果たしてそんな都合の良い資源、それを用いたエネルギー生産方法など存在するのだろうか?

 答えはYes。

 それは核分裂の数倍の効率を誇り、それは宇宙で最も有り触れた資源を利用する。それは宇宙の至る所で行われ、人類が求めて止まない夢のエネルギー。

 そしてそれは、星の内側で起こる奇跡。

「核融合、だと……!?」

「はい。それを使わずに、星々を渡れるとは、思えません」

 驚愕で目を見開くアイクに、花中は揺らぎない力強さで頷いた。

 核融合には強力な圧力と出鱈目な高温を必要とする。太陽の重力と高温ですら不十分であり ― 太陽内部の核融合は確率論で起きているもので、温度と高圧はその確率を高める作用しかない ― 、効率的な核融合を行うには星をも超える力が必要となる。故に炉心を取り囲む外壁にはその高温と圧力に耐えるだけの『強度』が欠かせない。

 では、その強度は果たして水爆の爆風に耐えられないのだろうか? 水爆の高温で燃え尽きるのか?

 そんな訳がない。水爆の爆風も、高温も、核融合によって生み出されたものだ。核融合を閉じ込める肉体に、どうして核融合を用いた兵器が通用するなどと希望を抱けるのか。

 そして現状、人類は水爆以上の兵器は考え付いてもいない。

 ――――これが、花中が異星生命体を倒せないと考える『理論』であった。星々を渡るには核融合が最適だ、故に異星生命体は核融合を使っている……仮定を前提にした推察など、全く以て科学的ではないのは重々承知している。結局のところこの発想の出発点は、アナシスとの戦闘時に『あれ』が見せた内側の太陽……あそこに全て引っ張られているだけだ。

 大体異星生命体とは言うが、あくまで地球外からの侵入者というだけで、その生態への見識は何もない。本当に星々を渡っているのか、どんな方法でエネルギーを得ているのか、証拠のある『確信』は何もないのだ。

 そもそも生物であるのかさえも。

「あり得ん……生物が核融合など……いや、しかしだとしたら、奴は生物ではなく機械なのか。ならハッキングなどの電子攻撃が通用するかも知れん」

「そうかも知れませんねぇ。ミリオン以上に生き物っぽい感じのしない輩でしたし案外機械かも知れませんね」

 アイクがそこから一筋の光明を見出し、フィアは同意を伝える。尤も、通用するとは露ほども思ってなさそうだが。アイクとしても、すぐに表情を暗くした辺り、成功するとは思っていないのだろう。

 花中としても同意見だ。星の力を制御する存在に人類が勝てるとは思えない。仮にあれが機械だったとして、それを制御する電子機器は人類とは比較にならない発展を遂げている筈だ。どこぞの映画よろしくウイルスプログラムを打ち込んだところで、呆気なく駆除されてお終いだ。

 いや、勝てないだけならまだマシである。

 しかし『あれ』は曲がり形にも ― 仮に正体が機械だったとしても ― 生物的振る舞いをする存在なのだ。だとしたら、最悪の可能性が存在する。

「……問題は、この後です」

「この後? 奴が暴れ回って、地球が滅茶苦茶にする事か?」

「いいえ、それだけならまだ、マシです。もしかすると、繁殖、するかも知れません」

「……は?」

 アイクの顔が、呆然としたものに変わる。しかし、信じられない、とか、何を馬鹿な、とか、そんな感情は見られない。純粋に、思考が停止したかのような顔だ。

 その顔が青くなるのに、さして時間は必要なかった。

 異星生命体――――『あれ』が宇宙を旅する『存在』であるなら、それに見合った生態(システム)を持っている筈だ。先の見えない宇宙の旅を可能とする頑強な身体だけではなく、行動様式でも宇宙に適応していなければならない。

 その生態の中で、最も警戒せねばならないのが繁殖についてだ。

 『あれ』がこの世にたった一体しかいなかったなら、銀河系だけで数千億を超える恒星系の中から運悪く太陽系が見付かった事になる。あり得ない、とは言わないが、確率的にはほぼゼロだ。偶然とは思えない。されどわざわざ『地球』を目指していたのなら、地球独自の存在である人類、或いはその他何かしらのものに『あれ』はコンタクト ― 対話だけでなく、積極的な攻撃なども含めて ― を取る筈だ。にも拘らずアナシス相手にすら攻撃を受けるまで何もしていないのだから、目的を持ってわざわざ地球に来たとは考え難い。

 この矛盾を解消する答えは実にシンプル。『あれ』が相当数、宇宙に生息しているという事だ。それも恐らく数千億……或いは数兆を超える大繁栄を成し遂げた状態で。

 これなら四方八方に生息域を広げれば、いずれ地球も見付かってしまう。そして見付けた星は『あれ』らにとって資源でしかなく、地球人類などに興味もないのだからコンタクトを取らない事にも得心がいく。仮に『あれ』の正体が生物ではなく機械だとしても、同様の機能を持っている可能性は高い。千機で作業を進める計画があったとして、いくつ壊れてしまうか分からないからと二千機送るより、百機ほど送って現地で千機まで増える方が何かと好都合だからだ。無論この方法にはいくつかの ― 現地で増えたマシンの制御が出来るのかなど ― 問題はあるが、その問題を『高度な技術』で解決しているのなら行わない理由がない。

 そしてその繁殖方法は、単為生殖以外にあり得ない。広大過ぎる宇宙の中では、何兆体存在していようと同種と出会える可能性は限りなくゼロなのだから。他の個体と交配する、有性生殖ではあまりにも効率が悪い。

 つまり、『あれ』は単独であっても地球上で繁殖を行う可能性があるのだ。

「……すぐに繁殖するかは、分かりません。数の上では、子供を旅立たせる方が、効率的ですし、宇宙を旅するための、体力を考えれば、ある程度成長した大人の方が、効率的です」

「だが、倒せない以上そんなのは猶予が長いか短いかの違いでしかない、か……」

「仮に、子供だとしても、時間はあまり、ないと思います。核融合が出来る、なら、水素さえあれば、身体の素材は、いくらでも、合成出来ます。成長に必要な、エネルギーも、無尽蔵に手に入る、でしょう。多分、『あれ』は、アメリカを目指しては、いなくて、太平洋の真ん中を、目指していたと、思います。膨大な海水を、全て、喰らうために」

 花中の考察が正しければ、異星生命体は成熟し次第ただちに繁殖を開始するだろう。産まれた個体がすぐに星の外へと旅立つのか、それとも地球に居座るかは分からない。しかしなんにせよ、地球を構成する原子は何もかもが異星生命体に喰われ、消費される筈だ。水も、大気も、大地も――――全てが核融合の前では『資源』となり得るのだから。

 敗北を認め、支配者の地位を明け渡したところで人類に安寧は訪れない。あの生命体との共存は、絶対に不可能である。『あれ』が存在する事は、星の死を意味するが故に。

 導き出された結論に、人間達は口を噤み、項垂れた。諦めた訳ではない。だがあまりにも絶望的な相手に、考えなしの希望を口にするほどの前向きさも持てない。

 静寂が、艦長室に満ちた

「仕方ありませんね。私達が行くとしましょう」

 のも束の間、フィアが立ち上がりながら独りごちる。

 ミリオンも異論を挟まず、フィアの後ろに付く。二匹はそのままこの部屋から出ようとした。

「――――ぇ、あ、ま、待って!?」

 あまりにもあっさりとした行動で、慌てて花中が引き留めなければ、このまま理由も伝えずに二匹は去っていただろう。

 花中に呼び止められ、フィア達は足を止めて花中達の方へと振り向く。それからフィアは首を傾げ、ミリオンは肩を竦めた。

「どうしましたか花中さん?」

「ど、どうしたも……ど、何処に、行くつもりなの?」

「何処ってあの宇宙人の下ですけど」

「た、戦うの!? 何か、倒す方法が!?」

 まさか、だけどフィアちゃんならもしかして……期待を寄せてしまう花中だったが、フィアは首を横に振る。何を馬鹿な事を、とでも言わんばかりの薄ら笑いを浮かべながら。

「ご冗談を。私達が束になったところでアイツには勝てませんよ」

「じゃ、じゃあ、なんで……?」

「うーん実のところ初めてアイツを見た時()()()()()コイツを生かしておいたら地球で暮らしていけなくなる気がしたので勝ち目がなくともやるだけやってみよう……という気がない訳でもないのが理由の一つでしょうか。とはいえまぁ私が生きている間ぐらいならなんとかやり過ごせる気もしますので本当に勝ち目がないならさっさと逃げますけどね」

「そうねぇ。アイツの繁殖速度とか成長速度は分からないけど、地中深くにでも逃げれば五十年は誤魔化せそうよね」

「つ、つまり、勝ち目がある、の……フィアちゃん達なら、倒せる、の?」

「いやいやですから私達では束になっても勝てませんって。何をしたところで無駄ですよ」

 全く要領の得ないフィアの答えに、花中の困惑はどんどん強くなっていく。自分達では勝てない、だけど立ち向かう……なんでそんな事をするのかさっぱり分からない。

 もしかしたら自分の身を犠牲にして? そんな考えも一瞬過ぎるも、自殺願望があるミリオンは別として、何処までも『利己的』であるフィアが自らの命を捨てるなどあり得ない。いくら考えてもフィアが何を伝えたいのか分からず、いよいよ花中はポカンとなってしまう。と、フィアはそんな花中の頭を優しく撫でた。

 そして、こう告げる。

「勝てるとしたらアイツぐらいです。なのでアイツのお色直しが済むまでの時間稼ぎをするだけですよ」

 この意味深な言葉を残し、フィア達は今度こそ部屋から出て行ってしまう。

 もう花中には……いや、人類に出来る事はただ一つ。

 彼女達の戦いに、余計な手出しをしない事。

 地球の野生生物と、星外より訪れた『外来種』の闘争――――それはつまりこの争いもまた自然の営みであり、そして人が自然に手を加えても、ろくな事にならないのだから……




核兵器に耐えられる敵を考えてたら、なんか思っていたよりヤバい奴になってしまった。
だってツァーリ・ボンバって実例があるから、最低でもそれは耐えてくれないと
人類でも倒せそうな感じがしちゃうし……
こんな危ない兵器を作った人類が悪いんや!(全方位敵対宣言)

次回は11/12(日)投稿予定です。

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