彼女は生き物に好かれやすい   作:彼岸花ノ丘

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第七章 神話決戦
神話決戦1


産めよ、増えよ、地に満ちよ。

 

地の全ての獣と空の全ての鳥は、

 

地を這う全てのものと海の全ての魚と共に、

 

あなた達の前に恐れ慄き、

 

あなた達の手に委ねられる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『神』が舞い降りる、その日までは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おめでとうございまーす! 特賞、大当たりでーす!」

 法被という如何にもおめでたそうな格好をした若い女性は、元気良くそう告げながら手に持った小さな鐘をカランカランと鳴らした。

 軽快な鐘の音と明るい女の声は、相当遠くまで届いた事だろう。此処が昼間の商店街のど真ん中というのもあって、通行人の数はとても多い。たくさんの人々が足を止め、鐘を成らした女性の方へと振り返る。元々賑やかな場所だったが、先程までとは少し違うざわめきが辺りに満ち始めていた。

 そのざわめきの中心に立つ少女――――大桐花中は、一人目を点にする。ふわふわのダウンコートを着ていても分かるぐらい身体を硬直させ、両手に持っていた、小麦粉や牛乳パック等々が入ったビニール袋をドサリと落としてしたのに拾おうともしない。

 ただただ真っ直ぐ目の前の女性……くじ引きの受付をしているお姉さんを凝視するばかり。

「……えっと……あの……特、賞?」

「はい!」

 辛うじて絞り出した疑問の言葉も、受付のお姉さんは祝福しますと言わんばかりに肯定するだけだ。何も分からない。分からな過ぎて、花中の回想は数時間ほど前まで遡る。

 確か、自分は買い物をしにこの商店街に来た。

 十一月後半を迎え、日々寒さが厳しくなるこの頃。特に今日はまた一段と厳しい寒さで、冷たさが全身に突き刺さっていた。こんな日は温かいものを食べるに限る。そうだ、おやつにホットケーキでも焼いて食べようか……などと考え、材料を買うために花中は商店街へと出向く事にした。何時もだと荷物持ちがてら一緒に来てくれるフィアは「冬になると気分的に動きたくなくなるんですよねぇ。『身体』の水温は一定に保ってるので本当に気分的な話なのですが」という理由で今日はお留守番。ミリオンは外出中で ― 近くを漂っているかも知れないが ― 誘えない。つまりは久方振りの一人買い物。一人より二人以上の方が好きな花中であるが、来てくれないのだから仕方ない。諦めて一人で商店街に出向き、開き直ってのんびり気儘にお買い物をしていた。

 そんなこんなで色んな店を渡り歩いたら、はて、何処かは忘れたが、兎に角ふとしたきっかけで一枚の券をもらった。

 それは福引券だった。

 貰ったのなら、使わないと勿体ない。とりあえず運試し。それにそろそろ買わないとと思っていたトイレットペーパーが、実質外れ枠であろう最下位六等の賞品みたいだし……と思った花中は、六等賞狙いで福引にチャレンジした。

 したら、当たってしまった。六等賞の遥か上、最上級の賞である特賞が。

「え、えぅえぅえぇぇぇぇぇっ?!」

 ここでようやく、花中は自分の身に降りかかった状況を理解した。次いで全身に満ちる歓喜に従いピョンピョン跳ね回り……はしない。

 真っ先にしたのは、特賞の中身の確認だ。

 トイレットペーパー狙いだった事もあり、特賞が何かなどろくに見てもいなかった。だが、どういうものが選ばれるかは知っている。それが、うっかり当ててしまっては不味いものである事も。

 そして、

「特賞は七泊八日、南の島への旅行券でーす♪」

 自分の目で確認した内容と、受付のお姉さんの言葉がピタリと一致したので、花中は顔を青くした。

 福引きの特賞の定番、海外旅行。

 予想通り、全く行く気のない場所への招待券が特賞の中身だった。国内旅行であれば「まぁ、たまにはみんなで遊びに行こうかなぁ」とも思えるが、海外旅行ではそこまでハードルを下げられない。知らない土地、知らない人々、知らない言語、知らない法律、知らない文化……そこに楽しみを見い出せない訳ではないが、臆病な花中には不安と恐怖の方が大きかった。

 特に言語の問題は大きい。ヨーロッパ系である母方親族の影響もあってか、花中は西洋系の言語であればそれなりには話せる。しかし行く先である『南の島』で通じるかは分からない。知らない土地で言葉も通じない中迷子になったら……臆病で根暗な ― と自分で評している ― 花中には、想像しただけでパニックになりそうなほど怖かった。

 こんな大それた賞、自分には扱えない。受け取ったところで期限切れまで使わないのが目に見えている。ぶっちゃけトイレットペーパーの方が欲しい。

「あ、あの、ぁ、ぅ、えと」

 なんとか自分の要望を通そうと、花中は必死に考えを巡らせ――――

「こちらがその旅行券、モサニマノーマ行きのチケットと宿泊券になりまーす♪」

 ようやく脳裏に浮かんだお断りの文言は、法被姿の女性から告げられたこの一言で呆気なく霧散するのだった。

 

 

 

「一度しか会った事のない従姉妹(いとこ)に会いたい?」

 リビングのソファに腰掛けた状態で訊き返してきたフィア、そのフィアの頭の上で首を傾げている猫状態のミィ ― フィアが能力でソファーなどを補強する事で、大桐家宅に上がる事が可能となっている ― に向けて、家に帰った花中はこくんと頷いた。花中はフィアの隣に座ると、福引きで貰った旅券を二匹に見せる。

「えっとね、パ……お、お父さんの、お兄さんなんだけど、このモサニマノーマって島に住んでるの」

「ほほう花中さんの叔父ですか。しかし何故またこんな名前も聞いた事もないような島にその人は住んでいるのですか?」

「島流しにでもされたの?」

「そんな物騒なのじゃ、なくて……なんか、昔、旅行でその島に行った時に、島民の人と恋仲になった、みたい。で、そのまま、結婚して、島で住む事に、したの」

「恋かー恋なら仕方ないわねー」

 何時から聞いていたのか、唐突にミリオンが花中の背後に姿を現した。振り返ってみれば、彼女は目を閉じたまましきりにうんうん頷いている。恋愛至上主義者である彼女は、『恋』の所為と言っておけば大概の事は納得出来るようだ。

「いや意味が分からないです。恋ってその異性と子供を作りたい感情ですよね? その相手と子供を作りたいのなら一月も滞在すれば十分じゃないですか」

 恋愛以前に、子育ての概念すら持ち合わせていない魚類には理解不能だったが。頭の上の哺乳類はフィアの意見に呆れている様子である。

 花中は苦笑いしながら、話を戻す。

「……兎に角。そうして移住した訳、だけど、その島は、漁業が、主な産業の、その……」

「あー、発展途上国並の生活水準なのね。物価とか安そうねぇ」

「その……確か、そもそも貨幣経済が、根付いてなかった、かと……」

「……は?」

「一応、観光客を誘致して、外貨を稼いで、薬とか買ってるみたいですけど、普段は物々交換だった筈……」

「うわ、今時そんな民族がまだ居たのね。マサイ族でもスマホを買ってるような時代なのに……というか、やけに詳しくない?」

「あ、はい。その、十年ぐらい前に、一度だけ、両親に連れられて、島に行った事がありまして……ですから、今は少し変わっているかも、ですけど……」

「ふぅん、成程。で、その時会ったきりなのが従姉妹の子って訳ね」

 ミリオンの言葉に花中はゆっくり、力強く頷く。

 脳裏を過ぎる、うっすらとした記憶。

 十年以上前の記憶である。叔父の顔はおろか、従姉妹の子の顔も思い出せない。いや、仮に覚えていても、十年も経てば顔など変わっているに決まっている。何しろ出会った時、従姉妹はまだ乳児だったのだから。このまま彼女の事を忘れてしまっても、きっと花中の人生にさしたる影響はないだろう。

 それでも、会いたい。

 この機を逃せば本当に二度と会えないかも知れない。海外がどれだけ怖くても、その不安が恐怖を凌駕する。

 今日は、恐怖が花中の背中を押した。

「わたしが会った時、その子は、まだ赤ちゃんで、わたしの事なんて、覚えてない、だろうけど……でも、こうして行けるチャンスが、出来て、やっぱり会いたくなって……だ、だから、あの……行っても、良いかな……?」

「それは構いませんけど何時頃行くつもりなのです?」

「向こうの都合次第だけど、調べたら、モサニマノーマに行ける船って、頻度があまりなくて。それに遠いから、冬休みの間じゃないと、学校、休まないといけないから、多分行きは十二月末で、帰りは一月になる、かな……」

 請うように、花中はフィアとミリオン、ミィの顔色を窺う。

 旅行先が日本国内なら、フィア達も一緒に行けただろう。しかし此度は海外旅行であり、パスポートが必要だ。そしてパスポートを作ろうにも、人間ではないフィア達に用意出来るものではない。

 そうなると、フィア達には留守番を強いる事になる。

 折角の年越し。みんなで過ごしたい……自分だけでなく、きっとフィア達も同じ気持ちの筈だ。それを結果的に断るのは裏切っているような気がして、申し訳なさから少し卑屈になってしまう。いや、そもそもにしてこの旅行は自分の『ワガママ』だ。ダメだと言われたら、説得はしてみるが、それでも断られたら諦めるしか――――

「そうですか。まぁお気を付けて」

「浮かれて忘れ物とかしないでよ?」

「その時期だと飛行機も混みそうね。今のうちに予約した方が良いんじゃないかしら」

 そう考えていた中で、三匹は拒絶どころか応援するかのようにあっさり容認する。

 半ば諦め気味だった花中は、思わず目を丸くした。

「……え、ぁ、の……良い、の?」

「良いもなにも花中さんが決めた事です。こちらからどうこう言うつもりはありませんよ。そりゃあ出来ればこの家で一緒に年越しをしたかったですけど」

「あたしも同じ。まぁ、好きにすれば良いんじゃないかな」

「折角当たった福引きなんだし、使わなきゃ勿体ないわよ」

「み、みんな……!」

 快く背中を押してくれる友人達に、花中は感激のあまり目が潤む。

 しかし泣いている暇はない。

 出立予定まであと一月。パスポートはもう持っているとはいえ、他にも必要なものはある。今回の旅行には、保護者である親はいないのだ。モサニマノーマの文化や風習、言語については勿論の事、経由地についても調べておくべきだろう。それに可能なら叔父に島へと向かう旨を伝えておきたい。連絡を取れる人がいないか、親戚に聞いて回る必要がある。

 やるべき事は山積みだ。十二月の終わりまでに全てが片付く保証もない。

 しかしそれでも花中の胸は弾んでいた。十年間、本人さえも知らぬうちにひっそりと積み重なっていた想いが一気に沸騰し、溢れようとしていた。

 いや、溢れた、と言うべきだろう。

「待ってて、サナちゃん! 必ずそっちに行くからねーっ!」

 涙を拭うや南東の方角を見つめ、海の彼方に向けて感情の叫びを上げるなど、普段の花中なら絶対に出来ない事なのだから。




はい、ついに始まりました第七章。本章では本作初の海外が舞台です!
……オリジナルの南の島を海外舞台と言い張るというね。おまけに登場人物の殆どが日本語で話すし(触れてはならない点)

次回は9/24(日)投稿予定です。

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