彼女は生き物に好かれやすい   作:彼岸花ノ丘

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世界の支配者11

「はい……はい……では明日、学校で。はい」

 耳からスマートフォンを離し、通話状態が解除されたのを確認。それから電源を切った花中はホッと、安堵の息を吐いた。

 真魅が率いる軍勢との決戦から、早くも三日が経った。

 その三日間、花中はとあるホテルの一室で寝泊まりしていた。部屋にはベッドが四つも置かれ、内装や装飾にはちょっとしたお洒落や気配りが見受けられる。今花中が腰掛けているベッドもポヨンポヨンとした独特の弾力があり、噂に聞くウォーターベッドなる代物かも知れない。設備の良し悪しと価格は必ずしも一致しないが、これだけ高級感があるなら格安ではあるまい。一介の高校生には些か不釣り合いな部屋と言えよう。

 どうして花中はこの部屋に泊まっているのか。その理由は、三日前の銃撃戦により自宅が滅茶苦茶にされ、そして現在、『政府』の支援によって修復工事が行われているから。

 此度の事では迷惑を掛けたとして、大神総理が自宅の修復を手配してくれたのである。他にも食器やテレビなど、破損した調度品も買い直してくれる約束だ。実際問題修理費をどうやって捻出しようか頭を抱えていたので、この申し出は大変有り難かったが……命懸けの大騒動の報酬が、被害の帳消しだけというのも釈然としない。尤も、報酬の費用が国税だと思うと、あまり大きな要求も突き付け辛くなるのが大桐花中という少女なのだが。

 かくしてホテル ― 穏健派のタヌキ達が運営する物件の一つらしい ― に泊まる事になった花中であるが、この三日間、ろくに外出していない。というのも、この町に出された避難警報が今日まで解除されなかったからだ。

 その警報は自分達が戦いやすいよう真魅達が工作した結果であり、要するにでっち上げである。しかし世間的にはちゃんとした警報。市民は残らず避難所に移り、町からは人っ子一人居なくなってしまった。当然学校はお休み。スーパーもコンビニも臨時休業。一時的とはいえゴーストタウンと化した町を出歩くような趣味は、花中にはなかった。

 いっそ避難所に行こうかとも思ったが、()()()()()()()可能性もまだ残っていた。真魅を貶める作戦が上手くいったか、すぐには分からないからである。友達二匹は全く気にしていなかったが、花中にはそんな事態を想像するのも嫌だった。

 そうした経緯から、花中はホテルでの引きこもり生活を余儀なくされていたのである。幸いにして『真実』を知る友達も一緒だ。暇潰しには事欠かなかった。

「花中さん先程の電話は誰からですか?」

 早速その友達の一匹であるフィアが声を掛けてきた。花中は振り返り、素直に答える。

「えっと、立花さんから。明日から、学校、始まるって。大神さんからも、明日までに、家が直るって話だから、もうすぐお家に、帰れるね」

「あらそうなのですか? むぅーもっと花中さんと遊びたかったのに」

 ふて腐れるようにむくれるフィアを見て、花中はくすりと笑う。それはフィアの仕草が可愛らしかったから……というのが理由の一つ。

 もう一つは、ようやく真魅達との戦いに一区切りが付いたと、確信を持てたからだ。

 真魅達タヌキのミュータントは、その存在を人間に知られる事を嫌っている。存在が表沙汰になっては、今までのように裏から操る事が出来なくなってしまうからだ。故に彼女達は火山警報という形で、町から人々を追い払った。戦車やミサイル攻撃の実態を隠し通すために。

 しかし学校が始まるという事は、警報が解除されたという事。警報が解除されたという事は、つまり戦車やミサイルにより大規模攻撃をする気はなくなった、という意味になる。

 恐らくは穏健派――――大神総理の一派が、議会の多数派を占めたのだろう。戦いの時に仕込んだ真魅へのイメージ工作がどの程度の効果をもたらしたかは不明だが、たった三日間で決定が覆ったのだ。それなりに大きな影響は与えられた筈である。真魅達に大攻勢を行うための力は残っていない。再起するには時間が掛かるだろう。それに大神総理との交友も結べた。彼女達の一派に怪しい動きがあれば、伝えてもらえるかも知れない。正攻法も不意打ちも通用しなくなれば、真魅とて引き下がるしかない筈だ。

 ようやく、事件は終わった。

 そしてこれから、何時もの穏やかな日々が戻るのだ。

「仕方ないよ。学校には、ちゃんと行かないと……あ、でも、再来週から、夏休みが始まるから、そうしたら、八月末まで、たくさん遊べる、よ」

「お? おおおおおっ?」

「まぁ、臨時休校が、あったから、少し遅れるかも、だけどね。宿題も、あるだろうし」

「それでも一月以上もお休みなんですよね!? 」

 両腕を広げ、くるくると舞ってフィアは喜びを表現する。その姿が子供っぽくて愛らしく……だけどそれ以上に、花中は照れてしまう。嬉しいのはフィアだけではないのだ。まるで鏡に映った自分を見ている気分である。

「ちょっとー、さっきから五月蝿いわよ。ドラマの声が全然聞こえないじゃない」

 そうこうしていると、テレビを見ていたミリオンが不機嫌そうに抗議してきた。広めの部屋とはいえ、バスルームを除けば仕切りがないホテルの部屋。花中達の声を遮るものは何もなかった。

「かーなかーっ! 遊びにきたよーっ!」

 更にはベランダに続く窓の方から、窓がビリビリ震動するほどの大声が。どうやらミィも来たらしい。

「ちっ……折角花中さんと一緒に喜びを分かち合っていたのに」

 そんな二人を忌むように、フィアが悪態を吐く。

 花中を独占したいフィアからすれば、二匹は邪魔者以外のナニモノでもないのだろう。されど花中にとって三匹は大切な友達。何時ものじゃれ合いに、自然と笑みが零れてしまう。

 あと二週間もしたら夏休み。

 幼稚園から中学校までにも、勿論夏休みはあった。だけど友達と一緒に過ごすのはこれが初めて。一体何が待っているのか、どんな事が起きるのか。経験した事がないのだから、想像も付かない。

 だけど、ハッキリ言える事がある。

 こんなにたくさんの友達に囲まれて、楽しくならない訳がないっ!

 花中は弾む胸に手を当てながら、腰掛けていたベッドから立ち上がる。

 折角みんな揃ったのだから夏休みの予定でも組もうかな、などと暢気に考えながら――――

 

 

 

 総理大臣官邸総理執務室にて。一人の女性が、凛とした声を出していた。

「その件についてはあなたに一任します……はい、詳細は官房長官に報告を。では」

 肩に乗せた受話器を掴み、電話機に戻す。自身の仕草で以て話を終わらせた彼女……大神総理は、疲れたように息を吐いた。

 電話の内容は大したものではない。総理大臣に就任してから、いや、大臣時代からやってきた業務の一つ。下から昇ってきた報告を受け、必要ならば会議を行い、適切な指示を飛ばす事だ。元々官僚として勤め上げ、大臣経験も豊富な彼女にとって、この手のキャリアはしっかり積み上げてきた。そもそも総理大臣になって早六年。修羅場や政権の危機を乗り越えたのも一度や二度じゃない。今更日常業務でもたつきはしない。

 ただ、三日ほど前に一時『行方不明』になっていた影響が今も残っていて、普段よりいくらか忙しいだけである。

 その上今日は珍しい客人を招いているので、その接待をしなければならないのに。

「相変わらず忙しいようだな」

 執務室の真ん中に置かれている、来客用のソファーに腰掛けているのは老齢の男性。顔に刻まれた皺の深さ、痩せ衰えた手足から、平均寿命を超える程度には歳を重ねている事は明らかだ。

 だが真っ直ぐ伸びた背筋と、鋭い眼光に老人の弱々しさはない。例え若人であろうと、敵と見れば容赦なく食い殺す……獣にも似た気迫を常時放っていた。

 大神総理もその気迫に当てられているが、彼女は平然と、男性の言葉に笑みを零す。彼女にとって、彼の威圧感など慣れたものなのだ。

「申し訳ありません。お茶も出せずに」

 大神総理は申し訳なさそうな一言を、男性に送り返す。その言葉遣いは、普段本会議場で放ち、花中達にも使った『女傑』的なものではない。柔らかで、女らしい口調だった。

「構わんよ。アポもなしにやってきたのはわしの方だからな。それに、一時意識不明で業務が出来ない状態だったそうじゃないか。調子が出ず、仕事が溜まるのも仕方あるまい」

「あら、何処からその情報を? 表向きは交通事故で病院に運ばれ、情報の錯綜で数時間居場所が分からなくなっていた……という事になっていた筈ですが」

「なぁに、人間には人間の情報ルートがあるという事だ。生身では劣ろうとも、知略ならばまだそちらと対抗出来る」

「先生には敵いませんね」

「これでもお前より十年ほど長生きしとるからな。易々と負けては本当に老害となってしまうわい」

 カッカッカッ。快活に笑う初老の男性――――先生に、大神総理は呆れたように肩を竦める。

 ……この団欒のような時間は、先生の表情が真剣なものへと変貌するのと共に終わった。

「そろそろ本題に入ろう。今回はどのような意図を持って、あのような行動を起こした?」

「なんの事でしょう……と言って惚けるのは、先生に失礼ですね。真魅について、そしてその際接触したミュータントについてですね?」

 こくんと先生が頷くのを見て、大神総理は手にしていたものの全てを机に起き、先生の対面に位置するソファーに腰掛ける。

 その時大神総理の顔は、人間ではなく獣――――タヌキのものに変わっていた。

 先生は変貌した大神総理の顔を前にしたが、僅かな動揺もなく、淡々と、冷酷に語り出す。

「わしはお前達が、結果的にではあっても日本を、日本人を豊かにすると思い、お前と協力体制を築いた。だが、今回の行動はなんだ? 聞いた話では、お前は穏健派の代表だったそうじゃないか。何故ミュータントの味方をする? 奴等は社会を、この国を破壊する怪物だ。人間から利益を得ていながら、人間社会の破滅をどうして後押しする?」

「……私達が見据えているのは、国ではないという事です」

「何?」

 睨むように向けられる視線に、大神総理はニタリと笑い返す。あたかも、その反応は予期していたと言わんばかりに。

「確かに我々は人間社会の生み出す資源に依存しています。豊かな生活に人間は欠かせません……ですが、必須ではない。命に代えても守ろうとは欠片も思っていません。人間だって、家畜を守るために命を捨てては本末転倒でしょう? それと同じです」

「……………」

「そして我々は昨今、何時人間を()()()()()()を考えていました。環境破壊や資源の枯渇、人種間の不和などから、人間社会の崩壊が近いとの計算結果が出たのです。最終的に我々タヌキだけで文明を引き継ぎ、存続させるための手筈を考案する段階に来ていました」

「そのタイミングでミュータント……超生物が現れた」

「はい。これ自体は予想外ではありません。我々とてミュータントであり、我々の存在こそが脅威の誕生を証明しています。ですので準備はしていましたが……密度が想定を遥かに上回っていた」

「密度?」

 先生が眉間に皺を寄せ、大神総理は彼の疑問に答える。

「本来、ミュータントの誕生は奇跡的なものです。特定の遺伝情報を多数保有し、全てが発現した上で、付近に伝達脳波を持った人間が居なければなりません。ミュータント同士の交配でも誕生確率は極めて低い。十年で一国家に一体現れれば多い方です。我々とて、奇跡的な変異が起きていなければ、今の繁栄は叶わなかったでしょう。ところが今の日本はどうです? 西洋より訪れたウィルスは除くとしても、フナ一匹に、ネコ二匹……ホタルに至っては数百個体という出鱈目な数です。こんな事、通常ならばあり得ない。あまりにも生息数が多過ぎる」

「ただの確率の偏りかも知れんぞ」

「それを言われると弱りますね。世界各地で出現率が平均二十~三十倍になっている事で、納得してはもらえませんか?」

 まるで弱っていない大神総理の強気な物言いに、先生は押し黙ってしまう。

 大神総理は一息開けると、淡々と、話の続けた。

「確たる証拠はありません。推論も立てられない。ですが、何かが起きている。その何かが予兆なのか過程なのか、或いは結果なのかも分かりませんが……ただ」

「……ただ?」

「その『何か』が動き出します。我々の常識を遥かに超えた、抗いようのない事態が。恐らくは、近々に」

 大神総理が発した重い言葉を、先生は反芻するように黙考。ややあってから、小さなため息を漏らした。

「成程。どうなるか分からない人間社会より、より力強いミュータントを頼りにしようという訳か。合理的だな。わしがお前の立場でも、同じ選択をするだろう……それで? その話の根拠はなんだ。まさかここまできてなんとなくとは言わないよな?」

「まさか。確かに物証や学術的データ、統計などの確固たる根拠はありません。ですが確実なものです。少なくとも私の場合、外した事はありません」

「……? どういう意味だ?」

 首を傾げる先生を前に、大神総理はくすくすと笑い声を漏らす。まるで年頃の乙女が、初恋の人と話している時のように。

野生(オンナ)の勘ですよ」

 そして大神総理は恥ずかしげもなく断言し――――先生は不機嫌そうに唇を尖らせた。

 彼はよく知っているのだ。オンナの勘がとても恐ろしい事を。

 何しろ目の前の女性に浮気を見破られ、離婚届を突き付けられた過去があるのだから……




色々臭わせながら、世界の支配者編完結です。個人的には近代兵器VS超生物の戦いが書けたので満足。裏テーマは「人類掌握に成功した平成狸合戦ぽんぽこ」ですが、表のテーマは近代兵器VS超生物という直球型浪漫だったので。能力バトルの知略的な戦い方は大好きですが、パワーVSパワーも良いよね。

次回は今日中に投稿予定です。

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