彼女は生き物に好かれやすい   作:彼岸花ノ丘

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世界の支配者9

 真っ暗な地の底。大地の胎動に満ちる世界に、花中は置かれていた。

 今頃、地上では戦いが巻き起こっている。それも人類を影から支配してきた、恐るべき生命体が誇る兵器を相手とした。

 タヌキ達の経済力や技術力は未だ計り知れない。だが、世界の政治と経済を牛耳る彼女達に資金や資源的不足は考え辛く、人間と大差ない動きが可能なロボット兵士からは技術力の高さが窺い知れる。人類国家では相手にならない、圧倒的な力を誇るのは明白だ。

 そんな強大な相手と、友達は戦っている。自分も力になりたい、何か手助けをしたい……溢れ続ける想いで、花中は胸が張り裂けそうになる。

 だが、動く訳にはいかない。

 もしこの地の底から這い出して地上に出たなら、真魅は花中の捕縛を目論むだろう。花中を人質にすれば、フィア達の動きを封じる事が出来る。いや、例え花中の姿がなくとも、その『意思』を臭わせるだけでダメだ。花中が戦場を見ているとなれば、晴海や加奈子、両親達……真魅に掌握されている人質達の意味が蘇ってしまう。

 花中は戦場を見てはならない。聞いてはならない。何も知らない、知りようがないという『事実』が、真魅にとって最悪のプレッシャーとなる。

 花中に出来るのは、信じる事だけだ。

 自然の権化とも呼べる自分の友人達が、文明の極地を徹底的に破壊してくれる事を――――

 

 

 

 最初に異変に気付いたのは、とある役割を担っているロボット兵士達だった。

 他のロボット兵士達より一回りほど大きなボディを持ち、背中に通信機らしきものを背負った中隊長機。仲間達の攻撃により途切れる事なく生じている巨大は爆炎を眺めていた彼は、ふと空を仰ぐ。

 榴弾砲、ロケットランチャー、小型ミサイル……それらの残弾数が少なくなり、そろそろ部隊の交代が必要な時に、事態は発覚した。此度の作戦では地上部隊の弾倉残量が一定ラインを超えると、巡航ミサイルによる支援が行われる手筈となっている。ミリオンの動きを封じるには爆破攻撃が有効であり、地上部隊が交代している間は巡航ミサイルによって爆破を維持する作戦だからだ。機体の残弾数は各々が電波通信によって『発射施設』に送られ、戦場から遠く離れた施設の判断によりミサイルは適時射出される。

 故に隊長機が破壊されようと、戦局が混乱しようと、ミサイルの援護はつつがなく行われる。実際、今までの三十分間はこの流れを続けてこれた。既に周囲が荒野と化すほどに攻撃を加えたが、ミリオンは未だ存在している。作戦を中止する理由はない。

 ところが不意に、この流れが途切れた。

 各機の残弾が危険水域に達したのに、ミサイルは何時まで経っても飛んでこないのである。無論何かしらの妨害を考慮し、電波のみならず音波や振動波、可視光などを用いた予備通信もあるのだが……どれを用いても施設からの返事はない。あまりにも支援が来ないからか、施設と直接的な連絡を取り合える中隊長機のみならず、部隊全体に苛立ちが募っていく。

 そして苛立ちは、やがて焦りに変わる。

 彼等の攻撃は『怪物』の動きを封じるためのものだ。機動性を損なうほどの高密度陣形にしたのも、火砲の密度を上げるため。この密度での攻撃を続けなければ、怪物が動き出してしまう可能性が高いからだ。その弊害として、部隊の交換に時間が掛かるのも分かっていた。

 だからこそ巡航ミサイルによる支援が不可欠なのに。

 一機、一台、一体と、弾倉が空に近くなる。このままでは弾幕が途切れてしまう。こうなったら多少攻撃の密度が下がっても仕方ないと、支援のミサイルを待たずに一 部の歩兵ロボット達が後退を始めた

「いくら待っても、ミサイルはもう来ないわよ」

 その姿を嘲笑うように、爆炎から声がする。

 それから間もなく、攻撃は止んだ。まだ弾切れを起こしていない機体も多い。それでも、トリガーを引く指が固まっている。やがて爆炎が独りでに吹き飛び、中から無傷の攻撃目標(ミリオン)が姿を現したが、誰も攻撃を再開しない。

 ミリオンが発したのは、今の一言だけ。

 その一言で、ミリオンは戦場を完全に支配していた。

「だって、私が発射台を壊したんだもの。連絡なんかする暇がないぐらい、一瞬でね。問い合わせるなら、そうねぇ、本部の方じゃないかしら?」

 つらつらと、ミリオンは優雅に語る。その言葉の意味を細かく説明はしない。分かるわよね? と言わんばかり。

 実際、彼等には分かる話だ。

 それでもロボットである彼等に、明らかな動揺が走った。あり得ない、そんな馬鹿な――――そう語るかのように、ロボットだけでなく、戦車やヘリコプターすらも揺れ動く。

 彼等には考えられない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、出来る訳がない!

「確かに、爆破攻撃は私にとって中々有効だったわ。あれじゃあ拡散させた個体は粉々にされて、あなた達の元に辿り着けない。でもね、この身体のように『群体』となれば耐えられる。なら、後はサイズの問題……簡単だったわよ? 小石ぐらいのサイズになるだけなんだもの」

 落ち着きを失ったロボット達を窘めるように、ミリオンは自らが弄した策を打ち明ける。尤も、その言葉はロボットの中身(操縦者)達の心を一層掻き乱したが。

 見えないほど小さな個体では余波に耐えられず、巨大な群体だと動けなくなるほど攻撃されるなら、その中間で行けば良い。

 膨大な数から成る群体だからこそ、ミリオンにとってその調整は造作もない。小石程度のサイズとなり、爆風に紛れて辺りに散らばれば良いのだ。後は地面を這い、適当な場所まで離れるだけ。衛星などで俯瞰的に監視されている可能性もあったが、どうとでもなる。何しろ虫けらサイズで這い回っているのだ。見付けたところで虫と区別が付かない。

 後は悠々と地面から飛び立ち、ミサイルの軌跡を辿るだけ。過熱による空気の膨張を利用した高速飛行でミリオンは空を駆け、ついに彼女は『発射施設』……太平洋上に展開する艦隊を発見した。

 見付けてしまえば、最早ミリオンにとって脅威ではない。内部に侵入するのは勿論、通信設備をドロドロに溶かしたり、積まれているミサイルの燃料に火を付けるのもお安いご用。船底に穴を開ける事も、扉を溶接して出入り不能にするのも思うがままだ。

 ミリオンが確認した、自分を攻撃していた艦艇の数は十七。いずれも最先端の、世界最強クラスの艦。

 その全てをミリオンは撃沈した。発見してから僅か数分ほどの間に。

 あまりにも非常識な戦果。それを易々と成し遂げたミリオンから、ロボット達は僅かに後退り。

「あら? あなた達、このまま帰るつもりなのかしら?」

 その僅かな動きも、ミリオンの軽い一言で止められた。

 タヌキ達が用意したセンサーは、大気中の塵に混じるミリオンの個体は捕捉出来ても、敢えて()()()塊となったミリオンには対応していなかった。今やミリオンは目視可能な存在ではない。微細個体と群体を使い分ける事で、再び不可視の存在に返り咲いた。

 ならば、もしロボットのうちの一体にミリオンが忍び込もうとしたら?

 接近してくる姿は見えない。密着後、排熱口などから機体内部に侵入されたら確認も出来ない。こんな状態のロボットを帰還させるのは、ミリオンを基地に招くのと同じだ。太平洋上の大艦隊を、数分で ― 所謂軍事的用語ではなく文字通りの意味で ― 全滅させた存在である。施設一つを潰すぐらい片手間でやり遂げるだろう。

 そしてその時、基地に居る生身のタヌキ達はどうなる?

 ミリオンは、執拗に自分を殺そうとした相手を許してくれるほど慈悲深いのか?

 ロボット達は動かない。巨大な火砲を構えたまま、微動だすらしない。戦車や、ヘリコプターも。

 ……いや、違う。

「廃棄した、と」

 ミサイルによる支援が途切れた現状、彼等にミリオンを打倒する術はない。撤退はミリオンを懐に招き入れる行為なので行えない。廃棄以外の選択肢などなかった。

 尤も、大人しく電源を落とすのも、それはそれで勿体ない。

 全ての兵器が、一斉にミリオンの方へと振り向き――――駆けた。武器は使わず、なんの考えもないかのように真っ直ぐ、猛スピードで。

「まぁ、処分しないといけないから、そうなるわよねぇ」

 肩を竦めながら、ミリオンは納得する。残弾数は僅か。しかし全くのゼロではない。ロボットは兎も角、戦車やヘリコプターの質量と速度は十分に『兵器』としての威力を生み出せる。どうせ廃棄品なのだ。華々しい最期を飾るための特攻、といったところか。

 しかしながら、ミリオンにその心意気を買ってやる気は毛頭ない。

「良いわ。ちょっと試したい事があったから、ね」

 すっと、ミリオンは迫り来る軍勢に手を差し向けた。

 最初は何も起こらなかった。

 ところが時間が経つにつれ、奇妙な事が起こり始める。突撃してくるロボット兵士が一体、また一体と転び始めたのだ。無論破れかぶれの突撃に加え、大規模な軍団である。散々攻撃した事で大地の凹凸も酷い事になっていた。不運な数体程度が転ぶのは避けようがない。

 だがヘリコプターがバランスを崩し、戦車が横滑りするとなれば、話は別だろう。

 異常の原因は、辺りに吹き荒れる風。

 ビュービューと産声を上げたそれは、瞬く間に地鳴りのような轟音に声変わり。大地を引っ剥がし、竜巻とすら言えない、破滅的な暴風として周囲を破壊していく!

 そして、その風の中心に立つのがミリオン。

 彼女は能力を用いて周辺の大気を加熱。強力な上昇気流を発生させ、巨大な竜巻を作り出したのだ。熱せられた空気は周囲が真空になるほどの勢いで空へと駆け昇り、急速に冷却されて叩き付けるように降下。ミリオンを中心にした半径百数十メートル圏内ではあらゆる方向に風が吹き荒れ、尚且つ巻き込んだ物を内側に閉じ込め続けている。共に巻き込まれた仲間すら障害物と化す状況の前に、あらゆる生命に為す術などない。竜巻はロボットのみならずヘリコプターをも風で舞い上がらせ、重たい戦車は大地でボールのように転がす。

 今やミリオンの周りは地球のスケールを凌駕する、宇宙規模の災厄と化していた。

「理論は組み立てていたけど、思ったより上手く出来るものね。時速五百キロは出せているかしら……そう言えば、金星で吹き荒れている暴風が時速四百キロだったかしら? なら、金星の暴風(スーパーローテーション)と呼ぶのは相応しくないわね」

 ニヤリと、ミリオンは笑う。

「名付けるなら『無生物の暴風(ハイパーローテーション)』かしら。んで、今回はそれにプラス」

 そして彼女は暴風の中心にて、翻弄される機械達に見せ付けるように己の片腕を真っ直ぐ空へと伸ばし、

「エクスプロージョン」

 パチンッ、と、指を鳴らした。

 ――――ミリオンはかつて、フィアと花中に負けた事がある。

 敗因はフィアの身を守る水を分解した結果大量に発生した水素と酸素を利用され、強力な水素爆発を起こされたから。その対策を研究する中でミリオンは二つの技を編み出した。

 一つは爆発に対する強固な防御策。自身の配列を変える事で、『個体』強度を大きく向上させた。

 そしてもう一つは、水素と酸素を利用した『爆破』攻撃。

 風の流れを生み出した上で大気中の水分を分解。十分な量を確保したら着火する。そうする事で爆風は大気の流れに集束し、濃縮された破壊力を誇りながら、爆発の中心に立つミリオンには殆ど影響を与えない。今まで直接触れる事でしか攻撃出来なかったミリオンの、初の間接攻撃技だ。とはいえ失敗時に予想される被害範囲が大きく、今まで試せていなかった。

 正真正銘、初お披露目の技。そして結果は曰く、

「ちょっと失敗して、キノコ雲が上がっちゃった。余波で住宅地の一部も吹っ飛んじゃったし……もう少し風速を上げて、こう、キュッと締めないと駄目なのかしら?」

 というものであった。

 

 

 

 立ち込める粉塵。視界を覆い尽くす微粒子の纏まりは、猫の視力でも見通せない。

 その煙幕を掻き分け、ミィの頭と脇腹目掛け二つの金属が飛翔してくる!

「ぐっ!?」

 落ちてきた巨大な金属体・地中貫通弾はミィから二メートルほど離れた地点に落下し、新たな爆風によって粉塵を巻き上げる。そして脇腹目掛け飛来した小型の金属体……超音速の弾丸が直撃。人間ならば余波だけで跡形もどころか塵芥と化す打撃に、さしものミィも小さな呻きを漏らす。

 先程から、ずっとこの調子だ。

 地中貫通弾の方は狙いが大雑把だが、土煙を上げるのに大活躍。そして小型金属体は正確にミィを捉えている。まるでこちらが見えているかのよう……いや、間違いなく見えている。ウィルスであるミリオンを視認するためのカメラを作れるほどの連中だ。分厚い粉塵の中を見通すぐらい訳ないのだろう。

 対してミィは、巻き上がる粉塵が視界を遮っている。爆弾も弾頭も、どちらも回避不可能な速さではない。例え粉塵に包まれていようと、来る方角をじっと見つめて警戒していれば避けられる程度だ。だがミィの目は二つ、それも正面を見るのに特化している。上空と真横から迫る攻撃を、同時に警戒する事は出来ない。

 故に、ミィは空を見つめる事を選択していた。脇腹を執拗に狙ってくる砲弾よりも、頭上から降り注ぐ金属の方がより危険だったから

 ――――ではない。

 粉塵の先から、ズドン、ズドンと音が聞こえてくる。粉塵を巻き上げるために、継続的に地中貫通弾が投下されているようだ。武器の値段など全く知らず、資本主義的価値観も薄いミィであるが、自分でも直撃すると痛い爆弾ならばただの銃弾よりも高価である事は想像出来る。それを雨のように降らし、当てるのではなく『煙幕』として使うのがどれだけ勿体ない事なのかも、なんとなく理解していた。

 よくもまぁこんなにぼんぼこ使うものだ。そんな感想をミィは抱く。とはいえその想いに呆れは殆ど含まれていない。コストに糸目を付けず、確実に自分を仕留めるため全力を尽くす……色濃い殺意をしかと感じ取った。

 その上でミィがしている行動は、ふらふらと歩く事。

「もう少しこっち、かな」

 あっちにふらり、こっちにふらり。粉塵に覆われて見えない空を仰ぎながら、動いては立ち止まり、動いては立ち止まりを繰り返す。その間も空からは巨大な金属が落ち、真横から高速の砲弾が飛翔している。迂闊に動いた結果腹のど真ん中に砲弾が命中しただけでなく、数センチ背後を地中貫通弾が掠めていった始末。

 それでもミィは歩みを止めない。前へ後ろにふらりふらり。先程よりも歩幅は狭く、ゆったりとした足取りで。

 さながら、位置を探るように。

 無論ミィがどれだけ奇妙な行動を取ろうと、煙幕代わりの空爆が止む事はない。強大無比なる地中貫通弾が雨のように降り注ぎ、ズドンズドンズドンと爆音と揺れを轟かせる。

 そして一発の地中貫通弾が上を向くミィの眼前に迫り、

 それを視認したミィは、笑った。

 巨大な弾頭は貫通力を高めるためか高速で回転しており、粉塵を渦のように纏っている。即ち、通り道の粉塵を()()()()()()()という事。

 結果粉塵の一部が切り取られ、煌めく星空を覗かせていた。

 言うまでもなく、切り取られた隙間には即座に周りの粉塵が流れ込む。通常の生物ならば、その光景を認識する暇などない。しかし超常の生物であるミィにとって、刹那の時間などすっとろいぐらいだ。

 ミィは空を凝視する。超音速の弾丸を容易く見切る視覚神経は、超高高度を浮遊する影を発見。更に意識を集中すれば、夜空に溶け込む姿の輪郭も浮かび上がる。

 ミィはついに捉えたのだ。星空に混じる、十数機の『飛行機』の姿を。

「(見えたっ!)」

 声にはついていけない、光の速さでミィは思考する。

 比較物がないので距離感が掴み辛いが、獲物を捕獲するために発達した視覚を持っている(ミィ)は本能で飛行機との距離及び相対速度を計測。いずれの飛行機も高度は一万メートル前後、移動速度は時速八百キロ程度だと割り出す。

 人間サイズの物体を空爆するためか、高度と飛行速度をかなり落としている。無論生身の人間では手に負えない高さと速さであり、ミィとて手を伸ばして届くようなものではない。蹴り上げた衝撃波だって届かないし、投げた物体は風の影響で何処に飛んでいくか分からない。大体ミィの力に耐えられる物体など早々ない。

 だが、逆に言えば上空に吹き荒れている風でもぶれず、ミィの力にもある程度なら耐えられる、重くて硬いものならば届く。

 そして『それ』は今、()()()()()()()()

「ふっ!」

 すかさずミィは『それ』――――眼前に落ちてきた地中貫通弾を蹴り上げる!

 相手は重さにして数トンは下るまい超高密度金属体。おまけに超音速……マッハ十以上という出鱈目な速さで飛来している。直撃を受ければ戦車どころか、核シェルターすら紙のようにぶち抜く代物だ。

 だが、それがどうした?

 重量数トン? こちらの足一本だってそれぐらいの重さはある。音速の十倍? それぐらい自分にだって出せる。むしろとろくさくて欠伸が出てしまう。

 当たったら痛い? その通りだ……二階からサッカーボールを力いっぱい投げつけられ、頭から受けたなら、大抵の人間は悶絶するに決まっている。

 だが、意図的に足で受け止めたなら話は別。

「ぅぅらぁっ!」

 衝突時の僅かな痛みに眉一つ動かさず、ミィは足先に渾身の力を込める! 核シェルターすらぶち抜く弾頭は持ち前の運動エネルギーと強度でミィの格闘攻撃に抗おうとするも、一瞬たりとも叶わない。呆気なく打ち消され、凌駕され、ついにはベクトルがひっくり返る。方向性のみならず形態すらも潰れ、裏返り、脈動する。

 それはあたかも、痛みから逃れる生物であるかのように。

 本来空から大地を射抜く筈の物体が、辺りの粉塵を吹き飛ばすほどの超音速で空を駆け昇る!

 高密度金属体である元・地中貫通弾は、真っ直ぐに空へ空へと突き進む。流れる強風を自らの圧倒的な重量で受け止め、超音速を自らの出鱈目な強度で堪えきる。

 そして弾頭は真っ直ぐ、自身が産み落とした母胎へと飛び込んで

 空に、紅蓮の花火が打ち上がった。

「よっしゃあ!」

 見事ストライクを決め、喜ぶミィはガッツポーズを決める。

 撃ち落としたのはたった一機。空に浮かぶ十機以上の敵のうちの一機でしかない。しかしその一機で十分。

 安全圏だと思っていた場所が、この瞬間キルゾーンに変わった。どうせ無人戦闘機だろうが、撃ち落とされるという『事実』により反撃の危機感を植え付ける事は出来た筈。挙句落とした爆弾で撃墜されたのだ。もう迂闊に爆弾を落とせない。

 無論煙幕は維持しなければならないし、無人戦闘機だから死を恐れる必要はない。すぐに司令官の命令を受けて、彼等は恐れ知らずな攻勢に転じるだろう。

 だが、もう遅い。

 先の蹴りで、ミィの視界を遮っていた土煙は消し飛んだ。今まで地中貫通弾が目の前に落ちてくるのを待っていたのは目隠しがあったからに過ぎない。敵を覆い隠す暗幕の隙間を、見逃さないためである。

 その暗幕自体がもう残っていないのだ。ミィの動きを阻むものは何もない!

「今更警戒したって、遅いっての!」

 晴れた世界の中を、神域に達する速さでミィは駆ける。散々撃ち込まれた地中貫通弾。その殆どは役目を果たし、自らの纏ったエネルギーによって破裂している。それでも何百と撃ち込まれた事で、割合としては僅かに、実数としてはそれなりの数が、辛うじて塊を維持していた。

 じっくりと耐えた甲斐があった。これなら弾数は十分。残りを気にしてちまちまとやる必要はない。

「一発、二発っ……さんぱぁーっつ!」

 追撃とばかりに、ミィは三発の地中貫通弾を空へと打ち上げる! 一発は爆撃機の翼に命中、二発目は機体ど真ん中、三発目は外れ……しかし翼に被弾した爆撃機がバランスを崩してひっくり返り、他の機体と接触。合計三機を撃墜した。

 この短時間で複数の機体を失い、上空の編隊は大混乱。整然としていた隊列が崩れ、猛禽類に襲われ逃げ惑う鳥のように統率を失う。最早連中に次の空爆は行えない。穴を埋めるため援軍が来るにしても、時間が掛かる。

 ここから先は、ミィの時間だ。

 敵側もそれを察したのか、新たな攻勢に出ていた。粉塵に阻まれ身動きが取れない間に展開していたのか、爆風で捲れ上がった大地や木々などの物陰から何十という数のロボット兵士が飛びだしてきたのである。そして彼等はミィと向き合うや、手にした武器で攻撃してきた。

 しかし撃ち込んできた物は、爆弾や銃弾の類ではない。手榴弾のような大きな球で、ミィの近くに落ちたそれらは衝撃で割れるや朦々と黒いガスを噴き出した。先程の土煙とは比較にならない濃さに、あっという間にミィの視界が塞がれる。

 またしても煙幕か? 変わり映えのしない敵の小賢しさにミィは顔を顰め……だが一呼吸置いてすぐに、その認識を改めた。

 鼻を刺激する異臭。

 吸い込んだ空気が喉を焼き払い、肺をズタズタに荒らしていく。毛細血管が破裂し、肉が次々に壊死していく。神経が断末魔の悲鳴を上げ、苦痛のあまり自害するように朽ちていく。

 肉体操作能力を持つが故に、手に取るように分かる己が体内の惨状。ただの煙幕なんて、そんな生易しいものではない。

「(即効性の毒ガスか!)」

 ガスの正体を悟り、ミィは咄嗟に息を止めた。吸い込んだのはほんの一呼吸分だったが、猛烈な勢いで体内が腐りゆくのが分かる。恐ろしい強毒性だ。人間ならば、この一呼吸で命を落としていただろう。ロボットを使わなければ、持ち運び自体が危険かも知れない。

 ミィは持ち前の体重で体内の毒を希釈、かつ細胞分裂を早めるという物量作戦(その場しのぎ)で堪えたが……恐らくこれが彼等の秘策。空爆やレールガンで動きを鈍らせてから、この毒ガスで仕留めるつもりだったのだろう。空爆が機能しなくなり、慌てて切り札を使ってきた訳だ。

 どうする?

 思考を巡らせたミィは……小さく、息を()()()()()

 そしてにんまりと意地悪を思い付いた子供のように微笑み、

「――――すうぅぅぅぅぅぅぅ!」

 一気に、辺りの空気を吸い込む!

 毒ガスと理解した上での、ミィの暴挙。目の当たりにしたロボット兵士達は、ミィが自殺行為を取ったにも拘わらずその金属製のボディを強張らせる。

 この場に居る誰もが理解していた。例え煙幕で視界を防ごうとも空爆機を撃墜するような、ミュータントの予測不能性を。

 致死性の毒ガスを体内に取り込む……その行為すら、自分達の有利に働くとは限らないと。

 周囲に広がっていたガスを残さず吸い込んだミィは、その身体の内側からバチバチと音を鳴らし始めた。ぷっくりと頬を膨らませ、窄めた口からは黒煙が溢れている。胸部も膨らみ、全身のバランスが崩れていた。一見してコミカルな姿が、成し遂げた行為の異常さを際立たせる。

 ミィの身体は今、燃えるように熱くなっていた。

 比喩ではない。全身の筋肉を震わせて発熱。その膨大な熱量を血液で回収して肺で放出する……身体操作能力により行ったこの生理作用により、ミィは肺の内部を凡そ一千度もの高温高圧状態にしていた。吸い込んだ毒ガスをこの高温により変性・無毒化したのである。とはいえ何時までも肺に留めてもおけない。

 吐き出す必要がある。

「……あたしもフィアの事、怪獣とは言えないなぁ」

 ミィの笑顔と言葉を受けて、全てを理解したのだろうか。ロボット兵士は我先にと背中を見せ、

 赤色に輝くミィの『吐息』は、容赦なく彼等を焙った。

 一千度に達する高温高圧の大気は、宵闇に包まれたこの場を紅蓮の光で染め上げる。伸びる速さは音の速さに匹敵し、愚鈍な機械兵士達は為す術もなく飲まれた。高温に強い彼等の外部装甲だが、残念ながらそれは飲まれた際の物理的衝撃で剥ぎ取られてしまう。

 晒される事を想定していないロボット達の内側は、一千度の高熱を想定していなかった。紅蓮の大気に触れた金属製のパーツがドロドロと溶け、気化し、消滅していく。溶けなかった外部装甲も、膨張し、ひび割れ、砕け散る。

「ォォォォォォォォ――――――――――――げふんっ」

 そのような吐息を十数秒と吐き続けて、ようやくミィの肺は空っぽになった。

 一月前、兄とケンカした際にも使った『火焔放射』。此度は反撃をしてくるような相手ではなかったので、その威力を存分に発揮出来た。荒野と化していた大地は、今や半径何十メートルと溶鉱炉の内側と同じ輝きを放っている。ロボット兵士も真っ赤に輝き……いや、原型が殆ど残っていなくて、土の一部となっているようだ。

 兵士は倒した。飛行機も落とした。

 残すは砲弾を撃ち込んでくる輩のみ。

「ほっ、とっ、よっ、せい」

 軽い掛け声に合わせ、ミィは踊るように拳と足を振り回す。

 それだけでミィに迫っていた超音速の弾丸は弾き返され、公園から数キロほど離れた市道の坂道に陣取っていた持ち主の下へと帰還。最先端科学によって造られた砲撃部隊――――レールガン戦車隊を一両残らず貫き、スクラップへと変えた。

「はい、一丁上がり……さぁーて、これからどうすっかな」

 一通り敵を片付けて、ミィはようやく離れ離れとなった仲間達の事を考える。恐らく自分と同じように、敵は相手に適した装備で挑んできている。フィアやミリオンの能力を調べ、見付けた弱点を容赦なく突いているだろう。もし、助けに行かなかったら……

 ミィはそれを考え、肩を竦めた。

 助けに行かなければ、なんだと言うのか。自分はこうして敵を撃破した。ならば仲間達にそれが出来ないとは思えない。特にミリオン。彼女が負ける姿など、ミィには想像出来なかった。『アレ』は自分から見てもおぞましい怪物なのだから。

 では、フィアは?

「自分の獲物に手を出すなーとか言って、攻撃してきそうだなぁ……ピンチだったら囮に使われそうだし」

 どういう状況でも、自分が酷い目に遭う未来しか浮かばない。

 藪を突いて蛇を出す必要もないだろう……そう考えを纏めたミィは、とりあえず静観に徹する事にしたのだった。




空爆にしろレールガンにしろ巡航ミサイルにしろ、射程距離が長過ぎですねぇ……能力バトルものでこれらとの戦いをあまりやらない理由が分かった気がする(今更)。

2018/10/27(日)
あまりにも話が長かったため分割しました。

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