彼女は生き物に好かれやすい   作:彼岸花ノ丘

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世界の支配者8

 家々の明かりがない夜。空には満点の星空が広がり、昨日と大差ない三日月が地上を照らしていた。ざぁざぁと強めの風が駆け抜け、辺りに広がる草を鳴らしている。

 昨日『ミュータント』と出会ったのもこの時間帯だったと、ふと花中は思い出した。

 今日、同じ時間に、こんな事になっているとは思いもしていなかった。昨日よりもずっと大きく、抗いようのない『敵』と対峙しているなど、考え付きもしなかった。

 ましてやその『敵』に、こうして真っ向勝負を挑むなんて。

「……素直に従うとは思っていなかったけど、こうもハッキリ拒絶するというのも、予想してなかったわ」

 心底意外そうに、真魅は淡々と感想をぼやく。

 聞くだけなら緊張感のない言葉。

 だが共に向けられた視線にあるのは、強烈な敵意だった。ハッタリなどしない、殺す必要があると思ったなら躊躇なく実行する……迂闊な事を言った瞬間全てが台なしになりそうな空気に、花中は自分の身が強張るのを感じる。

 いや、恐ろしいのは彼女の目付きだけではない。

 真魅の後ろには、無数のロボットや戦車、ヘリコプターが控えている。此処中央自然公園は非常に広大な敷地面積を誇るが、しかし何キロにも渡って平原が見渡せる訳ではない。兵器達との距離は、遠くても精々二百~三百メートル……どの兵器からしても十分に射程圏内だ。今この瞬間真魅が攻撃開始を指示しても、彼等は直ちに殺傷力のある攻撃を問題なく花中(じぶん)達にお見舞い出来るだろう。

 ぶるりと背筋が震える。それでも花中はこの場に踏み留まり、鼻息を荒くしながら受けて立つ。

 殺されるところだった目には、これでも数えるほど遭っているのだ。一人じゃなければ、友達と一緒なら、殺される恐怖にだって抗える。

 だから花中は、真魅にハッキリと告げた。

「当然です。友達を、売る真似なんて、出来ませんっ!」

「あら、それじゃあ立花晴海や小田加奈子は友達じゃないのかしら? 彼女達、死ぬわよ?」

「死にません。だって、あなたは、人質を殺せません、から」

「……呆れた。そう簡単に人を殺せないとか思っているの? もしそうならあまりにも、私を見くびりすぎている」

 明らかな軽蔑の表情を浮かべるや、真魅は懐から無線機らしきものを取り出した

「ミリオンさん!」

 のに合わせて、花中はミリオンの名を叫ぶ。

 途端、大地から漆黒の触手が、花中を取り囲むように生えてきた!

 突然の出来事に、真魅は取り出した機械を耳元に当てる寸前のポーズで固まる。硬直は時間にしてほんの数秒足らず。その数秒で漆黒の触手は花中を包み込み、大量の煙を上げて大地に潜ってしまった。無論、包み込んだ花中と一緒に。

 後に残るのは赤く溶解した大地と、ぽっかり開き、何処まで続くか分からない大穴だけ。

 事が終わり、真魅はようやく顔色を変えた。苦々しい、屈辱に染まったものへと。

「……やってくれたわね」

「くすっ。地面から現れるなんて思いもしなかった、ってところかしら?」

 真魅のぼやきを煽るのは、花中を()()()()()ミリオン。

 フィアとミィもニヤニヤと、蔑み、嘲笑う。

「確かに、あなたははなちゃんの大切な人達を人質に取っていた。だけど人質は、脅す対象に危機を実感させて初めて効力を発揮する。つまり見える形で脅さないと意味がない。そして私とさかなちゃんは、アンタが用意した人質達が死んでもなんとも思わない。ああ、猫ちゃんだけは気にするけど、だから人質が効くとは思わない事ね。もし私達を裏切ったら、猫ちゃんを含めたそこらの野良猫を無差別に殺して回るって言ってるから」

「悪いね。流石のあたしも猫と人間なら猫を取るんだ……つー事は、多分アンタなら想定済みだよね? つまり人質は元々花中以外にはなーんの意味もない。とはいえ、あたし達だけで此処に来ても、アンタは出てこない。そりゃ花中以外と話す価値なんてないんだから、あたし達の相手をしたって無駄だもんね。時間稼ぎ用の部隊だけ残して、そそくさと撤退するに決まってる。だから花中は姿を現した。ミリオンに捕まっちゃったけど」

「残念ですねぇ。花中さんはただ今()()()()()()状況でして。いやはや今この瞬間人質を殺してもなんの効果もありませんねぇ。私達には人質なんて通用しませんから」

 くすくす、けらけら、くひひひ。

 三匹は三様の笑い声を漏らす。殺せるもんなら殺してみろ。まぁ、本当に殺したところで別に気にしないけど――――そう言わんげな笑いに真魅は唇を噛み締めた。

 ミリオンにより、花中は何処かに連れ去られた。単純に隠れただけ、遠くに逃げただけなら、広域放送で人質の断末魔を流したり、避難所を爆破して『処刑』の様子を何処からでも見えるようにしたり……脅す方法はいくらでもあっただろう。しかしミリオンが花中を管理しているのなら、音も視界も遮断出来てしまう。外で何が起きているか、花中には本当に分からない。

 この状況で見せしめとして人質を殺しても、単に人数が減るだけだ。感情的になって手札を切り捨てても、追い詰められるのは自分の方。冷静であり、論理的だからこそ、真魅は人質の命を脅かせない。

 即ち、花中を餌にされてまんまと釣られた。

 それを理解したであろう真魅の表情は、しかし最初に強張らせただけで徐々に和らいでいく。苛立ち塗れの顔は、ほんの僅かな時間で自信に満ちた笑みを浮かべるようになっていた。

 もうそこに、狼狽える代表者は居ない。凛として現実に立ち向かう、力強いリーダーが君臨していた。

「いやはや、やってくれたわね。人質を無効化されるとは……こうも想定通りだと、こちらとしても動きやすい」

 真魅が片手を上げた、瞬間、背後に控えていた兵器群が一斉に動き出す。構えるロボット、砲塔を動かす戦車、ホバリングを始めるヘリコプター……多様な兵器と動きの中で、全てに共通する行動があった。

 自らの武装を、フィア達に向けている点だ。

「うっわ、ほんとに立ち向かってきた。花中が言ってた通りだなぁ」

「そりゃ、この程度は想定済みでしょうよ。私達が人質の命なんて二の次なのも知ってるし。精々はなちゃんの同意を得てるかどうか、そして人質が死なずに済んだ程度の違いね」

「細かい話なんてどーでも良いです。要はこれで気兼ねなく全てぶっ潰せるって事ですよねぇ?」

 一度火を噴けば人間など跡形も残らない状況を前にして、人外達は余裕を崩さない。あたかも人家を容易く潰していく災禍の如く、人智の結晶を嘲笑う。

 真魅もまた、笑みを浮かべた。迫り来るクマを散弾銃越しに眺める猟師の如く、人智を理解出来ない獣に憐れみと侮蔑を向ける。

 どちらも自分が負けるとは思っていない。退く気はおろか、和解しようともしない。

 これで争いを避けられる道理などない。真魅は羽織っていたトレンチコートを脱ぎ捨て、首下までぴっちりと包むライダースーツのような衣服を露出させる。

「プランA開始ッ!」

 そして握り締めたままの機械に向けて真魅が声を張り上げた、瞬間

 巨大な爆発が、フィア達を直撃した!

 爆風は半径十数メートルにも達し、抉った大量の土石を埃のように舞い上げる。これほどの威力となれば、直撃を受ければ人間と言わず、戦車すらも粉々になるに違いない。

 当然、その爆発に呑み込まれたフィアは

「ふんっ! 挨拶としては些か刺激が足りませんねぇ!」

 なんの問題もなく、爆炎を掻き分けて姿を現した!

 水で出来た傷一つない『身体』は、何も恐れず、真っ直ぐに突き進む。目指すは棒立ちする真魅。

「寝惚けているなら目を覚まさせてあげますよっ!」

 その真魅の顔面目掛け、フィアは拳を振りかぶる! 超高速で迫る質量の塊は真魅を寸分違わず捉えていた。

 咄嗟にその身を仰け反らしていなければ、真魅の頭部は弾け飛んでいただろう。攻撃が空振りに終わり、フィアは苛立たしげに顔を顰める。

 しかしフィアの顔に愉悦が戻るのに、さしたる時間は必要でなかった。余程慌てて回避したのか、真魅は体勢を大きく崩していたのである。ミィのような飛び抜けた身体能力でもない限り、即座に次の行動には移れまい。

 フィアはすかさずもう片方の手を振り上げ、

 その手が突如として爆発した。

「――――んぁ?」

「っ!」

 爆発した手にフィアが一瞬気取られた隙を突き、真魅はフィアから距離を取る。真魅の動きに気付きフィアはすぐさま手を伸ばすが、一手遅かった。真魅は素早くフィアから離れ、肉薄状態を解いてしまう。

 折角掴んだ流れを潰され、フィアは舌打ち一つ。ただしその顔は、まだまだ遊び足りない子供のように無垢な笑みを浮かべていたが。

 そして狂気の眼差しで射抜くは真魅……それと彼女の背後に控える無数の兵器達。

 自身の手を吹き飛ばした不埒者共にも、フィアは笑顔を崩さずに向かい合った。

「成程仲間からの援護ですか。あと少しでその憎たらしい顔を吹っ飛ばしてやれたのに……それと昼間より随分すばしっこいのですね。最初の一撃で仕留められると思っていたのですが」

「あまり、私達を嘗めないでもらいたいわね。この服は私達が開発した強化外骨格スーツ。微細モーター繊維を組み込む事で、この私の身体能力を二倍程度まで強化してくれる代物よ。昼間の私と同じに思わない事ね」

「……………ふーん」

 真魅の言葉に思う事でもあるのか、思案するような声を漏らすフィア。だが、実際に考え込む素振りを見せはしない。

 むしろ両手の指を踊るように動かし、堪えきれない様を露わにしている。さながら獲物を前にして舌舐めずりをする獣のように。

「強化なんちゃらがどんなものかは知りませんがそんなガラクタで私と張り合おうとは片腹痛い。後ろに控えている木偶共を当てにしているあたりも馬鹿げた考えです。群れで挑めば私に勝てると思っているのでしょうがアリが何匹集まろうとクジラは全てをひと呑みにするのですよ?」

「あなたは私達を見くびり過ぎている。我々は数千年の月日を、数百の世代を経て今の力を手に入れた。たかだか一代限りのあなた達に、受け継がれる私達は超えられない。無駄な足掻きは止めて、さっさと駆除されなさい」

 挑発するフィアに、真魅は真っ向から受けて立つ。

 『文明』と『猛獣』……二体はしばしは睨み合ったが、緊迫は長続きしない。

 どちらも、相手を潰したくてうずうずしているのだから。

「一人じゃ何も出来ない虫けらが! 群れたところでこの私の前では無力であると知れっ!」

「後生に何も遺せない化け物が! 我らの知性と歴史を見くびるなっ! 全軍攻撃開始!」

 二匹は同時に、躊躇なく、己の武器を相手に振るい――――

 

 

 

「ぷっはぁ。いやー、いきなり攻撃とは容赦ないわねぇ」

 時を数秒遡り、ミリオンもまた爆炎の中から飛び出していた。辺りを見渡せば真魅に肉薄するフィアの姿はあったが、ミィの姿は見付からない。まさかこの程度の爆発で彼女が死ぬとは思えないので、恐らく爆炎越しで見えない先……自分とは反対側に跳び出したのだろうとミリオンは推測する。

 つまりミリオン達三体は綺麗に三方向、バラバラに爆炎から脱出した訳だ。チームワークに優れるとはミリオン自身全く思っていないが、こうもスッキリ別れるといっそ清々しい。

 とはいえ、今は敵と戦っている最中。一匹より二匹、二匹より三匹で挑んだ方が、互いの弱点や死角をフォロー出来る分勝率は高くなる。

 ならばすぐさまフィアかミィと合流すべきか?

 ――――冗談じゃない。

「誰が好き好んでそんな面倒するってのよ。はなちゃんの安全は確保したし、私はのんびり鑑賞させてもらうわ」

 助けるつもりなど毛頭ない。花中が生きていれば、自分の利益は揺らがない。その花中の安全を確保した以上、ミリオンにはこの戦いに参加する理由などなかった。

 尤も、それはミリオンの都合である。

 この場には、ミリオンとどうしても戦いたい者がいるのだ。そして彼等は高高度から、地平線から、木々の間から、続々とミリオンの前に現れる。

 何十もの戦闘ヘリや何十もの戦車、何百ものロボット歩兵という形で。

「……いやいや、ちょっと多過ぎない?」

 統率の取れた動きで現れ、自身を包囲した兵器の数々にミリオンは呆れたようにツッコむ。これほどの数、一体何処に潜んでいたのか。フィアがケンカしに行った真魅の背後に控えていたのと大差ないではないか。

 この調子だと、恐らくミィの方にも同等の部隊が差し向けられているだろう。いや、目の前で展開している部隊の隊列がかなり窮屈なように見える事から、これ以上の数は前に出られなかった可能性が高い。恐らく後続には、眼前の部隊を遥かに凌駕する予備が控えている筈だ。巨大な勢力だとは思っていたが、まさかこれほどとは……

 フィアと違い、真魅がこしらえた軍勢の大きさに驚くミリオン。だが、彼女は余裕を崩さない。

 確かに大軍だ。しかし大軍であるだけ。

 羽虫が一匹だろうと百匹だろうと、真の強者であれば誤差でしかない。

「言ったでしょ? 面倒は嫌いなの……三秒で終わらせてあげる」

 万物を気化させる狂気の力を振るうべく、ミリオンは自らの手を眼前の邪魔者に向けた――――

 瞬間の出来事だった。

 十数メートルにも及ぶ巨大な爆発が、ミリオンの周囲で巻き起こる! 爆発は一度でなく立て続けに起こり、ミリオンの身体を完全に飲み込んでしまった。爆発の連鎖は僅か十数秒の出来事だったが、個々の爆発が合わさり、まるで火山の噴火でもあったかのような巨大な土煙が立ち昇る。

「……けほっ。なんなのよ、一体……」

 片手を小さく扇ぎ、易々と粉塵を吹き飛ばすミリオン。ダメージ自体は皆無……しかし何が起きたか分かっていない事を、ぼやいた言葉が物語る。

 状況を知ろうとミリオンは周囲を見渡し、やがてその目を大きく見開いた。

 空に、何かが浮いている。

 一瞬控えの軍用ヘリかとも思ったが、それは真っ直ぐ、こちらに向かっていた。しかも猛スピードで。ヘリどころか戦闘機すら置いていきそうな速度だ。いくらなんでも速過ぎる。

 思えば最初の爆発。あれは『何』からの攻撃だったのか。歩兵の携帯兵器は勿論、戦車砲だとしても爆発範囲が大き過ぎる。ヘリコプターからのミサイル攻撃だとも考え難い……そもそも現在自分を包囲している部隊に攻撃した素振りはなかった。

 もっと遠距離、視認不可能な位置から攻撃されている。

 それは何も異質な事ではない。むしろ現代戦において、今のように高々数百メートルという()()()()で敵と対峙している方がおかしいぐらいだ。何しろ今や人類の装備は、数千キロもの有効射程を有するものも珍しくないのだから。

「巡航ミサイルって、恋する乙女を怪獣扱いしないでほしいわねぇ……」

 ぼやいたところで、直進する爆薬は止まらない。

 降り注ぐ十を超える巡航ミサイルが、ミリオンの頭上に降り注いだ! 圧倒的爆薬量を地上で存分に発揮したミサイル達の威力は、小さいながらキノコ雲を立ち昇らせるほど。生物体、否、人工物でも、この爆発の中心に居ては耐えられまい。

 直立不動のまま平然としているミリオンにとっても、あまり気分の良い一撃ではなかった。

「小賢しいわね」

 腕を振り回し煙を吹き飛ばす――――が、直後に巨大な鉄塊がミリオンの足下を直撃。

 戦車砲から放たれた砲弾だ。それも榴弾……広範囲を攻撃する事を目的とした砲弾を使われた。ミサイルほどではないにしても、広範囲を吹き飛ばす致死の一撃である。破片と爆風が、容赦なくミリオンの全身を飲み込む。更には息を合わせて、歩兵ロボットやヘリコプターも攻撃を始めた。何百ものロケットランチャーや小型ミサイルがミリオン目掛け飛来。着弾と同時に破裂し、爆風を辺りに撒き散らす。

 巡航ミサイル、榴弾、ロケットランチャー、小型ミサイル……絶え間ない攻撃により、ミリオンの姿は完全に爆風に呑み込まれた。今や一秒とミリオンの姿が外気に触れる事はない。爆発の連鎖は途切れる事なく、何時までも何時までも続く。

 その爆風の中で身動ぎ一つせずにいるミリオンだったが、表情から余裕はすっかり失せていた。

 微細構造物の集合体であるミリオンにとって、例え身体の一部を捻じ切られても修復は容易。その上今は表層部分の個体をある配列で並べ、ダイヤモンド以上の硬度と柔軟性を兼ね備えている。

 しかしそれでも、強烈な衝撃を受ければ表層部分は削られてしまう。フィアのように『入れ物』で身を守っている訳でも、ミィのようにそもそも肉体が頑強な訳でもないのだ。例えるなら侵略してきた戦車を前にして、国民が総出で肉壁を作るようなもの。一発二発の戦車砲では中央まで届かないが、直撃を受ける最前列では無数の死人が出る。そして何万発、何億発も撃ち込まれれば、いずれ国民は全滅する――――即ち『国家』の滅亡となる。

 当然黙ってやられるつもりなど毛頭ない。どうにかして攻撃を止めねばならないが……これが問題である。

 ミサイルによる攻撃が始まるのと同時に、歩兵は携帯しているロケットランチャー、戦闘ヘリは装備している対地ミサイルによる攻撃を開始した。戦車も榴弾を使用し、攻撃は絶え間なく続いている。ダメージ自体は大したものではないのだが、どれも爆風を伴う攻撃だ。 

 ミリオン単体はあくまでウィルスだ。集結・連結による強化がなければ、耐久力は昆虫どころかバクテリア以下でしかない。それでもあまりにも小さいので、殴る蹴るなどの攻撃が当たる心配はない ― 強力な打撃など、その一撃が纏う風に乗ってしまえば良いのだ ― が……爆風はそうもいかない。全方位からの衝撃に、細胞膜すら持たないタンパク質が耐えられる筈もないのだから。

 即ち爆風が途切れない現状、目視不可能なレベルで拡散した個体を敵に送り付ける事は叶わないのだ。しかも昼間真魅が攻撃を避けた事から、連中はなんらかの ― 恐らく埃などを捉える高感度カメラの技術を流用した ― 手段を用いて、ミリオンの動きを捕捉している。爆炎の隙間から個体を送り出しても、すかさず爆破されてしまうだろう。

 そうなると頑強な集合体で動き、直接殴り掛かるしかないが……ミリオンはフィアやミィほど近接戦闘は得意ではないし、何より殴る蹴るでは遥か遠方より飛来するミサイルを止められない。見たところ撃ち込まれたミサイルはかなり小型だった。タヌキ達が誇る最新鋭のミサイルかも知れない。小さければ置き場所には困らない筈だ。在庫はたっぷりあると考えて良い。

 このままではジリ貧である。何か、策を打たねば本当に不味い。

「……ふふっ。良いわ、遊んであげる」

 にも拘わらず、ミリオンは笑った。

 心の底から楽しんでいるかのように。

「せめて一時間は持たせなさい! でないと拍子抜けしちゃうからぁ!」

 狂気の眼差しと共に、ミリオンは爆炎の中で高笑いを続けた――――

 

 

 

 さて、どうしたものかとミィは考えを巡らせていた。

 真魅と対峙している最中自分達のど真ん中に落ちてきた、巨大な鉄塊……恐らくミサイルの類であるその一撃は、巨大な爆炎を生んで自分達を飲み込んだ。尤も、その程度でどうにかなるほどミィ達は柔ではない。爆炎から易々と、三体とも抜け出した。

 その際ミィは広大な平地にずらりと並ぶ軍事兵器の数々と鉢合わせしたが、敵である事、中身が無人である事は判明済みなので躊躇する理由もない。誰にも認識出来ない速さで決断したミィは、戦車を蹴り上げてひっくり返し、パンチで放った衝撃波によりヘリを撃ち落とした。ロボット兵士など駆け抜けた余波だけで吹き飛び、大破している。それが『人間』から見てどれほどの大軍勢かは分からないが、全て蹴散らすのに十秒と掛からなかった。

 かくして雑魚を片付けたので()()()()仲間達の様子を見れば、真魅を目指して突撃したフィアは兎も角、ミリオンの方にも自分が蹴散らしたのと同規模の軍勢が立ち塞がっていた。フィアは自分と同等の力があるし、ミリオンに至っては自分すら恐怖する圧倒的な能力を持つ。手助けは必要ないだろう。

 ならば傍観していようかとも考えたが、そんな暇を与えてくれるほど敵は呑気ではなく、そして弱くもなかった。

 ――――爆風で舞い上がった土石が、ミィを包み込む。

「ちっ……!」

 先を見通せないほど濃密な粉塵の中、ミィは顔を顰めていた。

 『何』が爆発を生んだのか。

 神の域に達したミィの動体視力は、音速の数倍にもなる速さで地上に撃ち込まれた爆弾を見逃さなかった。巨大な金属の塊は大地を貫き、巨大な爆発を引き起こして周囲の大地を破壊。至近距離でその衝撃を受けながらも未だ無事なのは、ミィが圧倒的な身体能力を誇るからである。生身の人間なら、例え着弾地点から十メートル離れていても欠片すら残るまい。

 爆弾を撃ち込んだのは、遥か上空を飛行する無数の飛行機だ。今は粉塵に遮られ見えないが、十機ほどの編隊が頭上を飛んでいたのをミィは把握している。そして『何か』をばら撒いていく姿も。

 もし、ミィが専門的な軍事知識を持っていたなら、飛行機が落としてきたのは地中貫通弾……核シェルターをも貫く強力な兵器だと分かったかも知れない。既存の地中貫通弾を改良し、『対ミュータント用』の火力に調整されたものだと推測する事も可能だったろう。だが彼女の知識は花中由来であり、軍事技術にはそこまで精通していない。だから降り注ぐものを爆弾としか呼称出来ないが……それでも目視した落下速度と、掠めた際の余波から、まともに当たった時の衝撃ぐらいは想像が付く。

 ――――これは、当たったら痛そうだ。

 故にミィは落ちてくる弾頭の回避を選択し、その存在をいち早く確認するためにも粉塵の中で視線を上に向ける他なく

 粉塵を突き抜け現れた『砲弾』が、脇腹に直撃するのを許してしまう。

「ぐっ、ぬ……!」

 衝撃で揺らぐ身体。気合いで体勢を保ち脇腹へと目を向ければ、刺さるように突き立てられた砲弾があるではないか。

 こちらの正体はミィにも分かった。戦車から放たれた徹甲弾(砲弾)だ。爆発により広範囲を破壊する榴弾砲と違い、装甲を貫通する事を目的にした武装。とはいえただの戦車砲ならばミィはここまで仰け反らない。

 直撃したのはただものでない弾頭。

 深紅に輝くそれは、鋼鉄のような有り触れた物質でない事を窺わせる。大きさも拳大程度で形状は矢尻を模したアクセサーのような、最早工芸品と錯覚する美しさのある代物だ。

 尤も、ミィの身体に超音速で衝突したにも拘わらず変形すらしない強度は、工芸品にあるまじきものだが。

「(ちっ! さっきからチマチマと……!)」

 異常ながら硬度と速度……真魅側が投入した新兵器の類なのは容易に察せられた。撃ち込まれた衝撃からしてこの砲弾、鋼鉄より遙かに高密度でもある。そんな物体が、余所見をしていたとはいえミィが見切れないほどの速さで衝突したのだ。流石のミィでもこれは痛い……いや、ミィを倒すために作った代物なら、十分に役割を果たそうとしている。

 地中貫通弾にしろ特殊な砲弾にしろ、単純な火薬量や危険度では上回る兵器など他に幾つもあるだろう。だが、どちらも比類なき貫通力を誇っている。身体能力こそが武器であり、生半可な火力では傷一つ付けられないミィを倒すならば、火力を一点集中させた武器こそが適任だ。

 こちらをよく研究し、適切な戦術で挑んできている。一発二発でどうこうはならないが、数を受ければ……

「――――はっ! ふんっ!」

 砲弾を肘の一撃で叩き落とすや、ミィは鼻息を鳴らす。

 ただしその鼻息は、暴風を伴うほど強烈だが。

 一瞬で吹き飛ばされる粉塵。クリアとなった世界を凝視し、自分にちょっかいを出す虫けらを見つけ出そうとミィは周囲に目を凝らす。

 が、直後に降り注ぐはまたしても地中貫通弾!

 強力な爆発により生じた土煙が、再度ミィの視界を覆い尽くしてしまった。

「ああっ! もう! さっきから小賢しいぃぃぃ!」

 ズドンズドンと地震染みた地団駄を鳴らしながら、ミィは苛立ちの声を上げた。

 超人的動体視力と身体能力を誇るミィにとって、余所見でもしてない限り空爆が直撃する事はあり得ない。

 真魅が率いてきた軍勢もそれは分かっている筈だ。きっと空爆は目潰し……強力な運動エネルギーによって粉塵を巻き上げるのが目的。そうやって視界を妨げたところで、徹甲弾を食らわせる。例えミィの姿が見えないほどの粉塵が舞おうと、レーダーや観測員により、敵方はミィの居場所に見当は付けられる筈だ。現に今し方、正確に砲弾を撃ち込んでみせた。これを何十、何百と繰り返せば、やがてミィは膝を付くだろう。

 最後にとっておきの地中貫通弾をお見舞いすれば、真魅達の勝利となる訳だ。

「(これは、思ったより厄介だなぁ……)」

 見くびっていたつもりはないが、タヌキ達の武装が、技術が、戦術が、ここまで強力とは思っていなかった。まさか本当に自分を打倒しうる作戦を引っ提げてくるとは考えもしなかった。

 尤も、認めるのはここまでだ。

 ただの怪獣相手なら、この作戦で討伐出来ただろう。しかしミィは人間並の知識を持つに至った超生物。自分がどうしてこんな目に遭っているのかを理解出来る。そして、どうすれば状況が変わるのかも。

 要するに空爆が邪魔なのだ。空爆があるから目潰しをされ、意識をそちらに向けるしかなく、戦車の砲弾が躱せなくなる。空爆さえなければ、戦車砲を躱すぐらい訳ない。その戦車を潰すのだって楽勝だ。

 最優先攻撃目標は、空爆を行っている爆撃機。

 と、言葉にするのは簡単だが、実際にやるとなれば中々に厳しい。何しろ爆撃機は非常に高い場所を飛んでいるのだ。正確な距離は測りかねるが、恐らく高度五千~一万メートル程度……五キロから十キロほどの位置。いくらミィの怪力でも、そんな場所まで衝撃波は届けられない。ジャンプをしたって、精々一~二キロが限界だ。最低ラインの半分にも及ばない。

「(さぁて、どうしたもんかなぁ)」

 粉塵の中空を仰ぎ、降り注ぐ鉄塊を警戒しながら考え込むミィ。

 勝つか負けるか、生きるか死ぬかの大勝負。

 されどミィの表情に、不安の色が滲む事はなかった。

 

 

 

 結果は予想通りではあったが、過程に関しては想像以上だ。

 それが正直な想いであると、真魅は見開いた眼と、悔しげな口元で物語っていた。

 飛び交うライフル弾、炸裂する榴弾、降り注ぐミサイル。

 いずれも『人類』が敵を、より多く、より確実に葬り去るために作り出した文明の利器である。厚さ数十センチの金属装甲を容易くぶち抜き、余波だけで防具で固めた人体を跡形もなく破壊する一撃を、数百キロ彼方から撃ち込む……言葉でその性能を表せば、一体何処の子供が考えた『さいきょうのへいき』なのかと渇いた笑いが出てくるだろう。地球の覇者となった人類の科学力は、生半可や怪物など簡単に消し去れるほど発展したのだ。

 ――――だが。

「っだぁ! 鬱陶しい!」

 猛攻の末生み出された数十メートル近い爆炎を掻き分け、フィアは獣染みた咆哮を上げた。

 炎から現れたフィアに、向かい合ったロボット達と戦車は応戦。包囲網を敷いた部隊からの一斉放火により、四方八方から兵器が飛来。直撃を受け、フィアは再び爆炎に呑み込まれた。平時であれば子供達が駆け回っている平らな草むらは無残に砕かれ、さながら地殻変動でもあったかのように一変。()()()()()()()()に向けて放たれたエネルギーの大きさを、有り有りと示している。

 しかしフィアの『身体』はそれを嘲笑う。

 全ての直撃を受けようと、彼女の歩みが止まる事はない! フィアは高速で包囲の一角、十数機のロボットと戦車二台が構える場所へと突き進む!

 数十メートルと距離を詰められ、危険だと判断したのか。フィアの正面に立つ数体のロボット達は順次射撃を止め、その場から離れようと背中を見せた

「ふんっ!」

 瞬間、フィアは遥か彼方の敵に向かって腕を振るう。

 するとどうだ。振るったフィアの腕は、ぐにょりと変形しながら一気に伸びる!

 あまりにも唐突、それでいて出鱈目な技に、顔があったなら驚きで目を見開いていたであろう動作をロボット達は見せた。そして僅かながらその身を強張らせてしまう……敵を前にして硬直するなど愚の骨頂だ。されど今回に限れば些細な問題である。

 一帯を根こそぎ破壊するように、フィアの腕は縦横二十メートル以上の範囲を薙ぎ払ったのだから。ミィのような高速移動でもしなければ回避不能の一撃、下がろうとしていたロボット達は抵抗虚しくも理不尽な腕に巻き込れてしまう。さながらそれは津波から逃げ惑う人々のように無力で、悲劇的ですらあった。

 だが、フィアは津波と違い意思を持つモノ。

 津波と違ってフィアは、仲間が破壊された瞬間を目の当たりにした兵器達の硬直を見逃してはくれない。

「っがああああああっ!」

 狂気すら滲ませる咆哮。

 刹那、周囲の大地が切り刻まれていく! 否、大地だけではない。フィアを囲うように展開していた半径数百メートル内の物体が、問答無用で切断されていく。ロボットは上半身と下半身が分離し、戦車は縦から真っ二つに割れ、ヘリコプターはプロペラを切り落とされて墜落。

「っ!」

 真魅も強化外骨格によって得た素早い身のこなしでその場を跳び退くや、彼女の立っていた場所が無惨に切り裂かれた。後ろに控えていた二体のロボット兵士は退避が間に合わず、縦横四等分にされてしまう。

 果たして一呼吸終える間すらあったかどうか。あまりにも短い時間でフィアの周囲は地獄のような、狂おしいまでの不条理が吹き荒れた。

 この光景を生み出した時、フィアは獰猛な笑みを浮かべていた。くるりと真魅の方を振り向くや、フィアは笑みを浮かべたまま片手を伸ばし――――

「……ちっ」

 忌々しげに舌打ち、したのに続くように空から爆音が轟く。次いで雨のように降り注ぐ金属片が地面に突き刺さるが、フィアの『身体』はそれを容易に弾く。全くのノーダメージだ。

 とはいえ爆音が鳴る前の金属片……『空爆』の直撃を受けたなら、ここまでの余裕はなかったかも知れないが。

 フィアの頭上十数キロの高度には、爆撃機が飛んでいたのだ。フィアはそこから何百と投下された爆弾を察知。辺り一帯を兵器諸共切り刻み、逃げ果せた真魅に差し向けるつもりだった『糸』を迎撃に使用したのである。切り刻まれた爆弾は上空で爆散し、フィアまで届かなかった……が、代わりに真魅に猶予を与えてしまった。

 そして猶予を確保した真魅は、自らの周囲に新たな戦力を配置させていた。戦車やロボット兵士、ヘリコプターなどの大軍……フィアが一瞬で粉砕した部隊は、同じぐらいあっという間に再展開してきた。しかも二度目の布陣は、先程よりも分厚い。暗い上に遠目でハッキリとは分からないが、外見も少々変わっているようだ。

 大してエネルギーは消耗していないが、こんな形の『演出』をされると徒労感を覚えずにはいられない。フィアは不機嫌な鼻息を漏らし、新たな護衛を引き連れた真魅はそんなフィアを煽るように語り掛けてきた。

「全く、三分は持ってほしかったのに、半分もいかなかったわねぇ。あの戦車、一台十億円するのよ? ロボットやヘリはもっと高い。この一分ちょっとで数千億が消し飛んだじゃない。最近軍事予算は削られ気味だから、少しは容赦してくれないかしら?」

「ふんっ。私の周りに立つ方が悪いのです。大体あんなガラクタで私を倒そうとは片腹痛い。さっさと諦めた方が良いと思いますが?」

「……そうね。そうさせてもらうとしましょうか」

 フィアの挑発的な言動に、真魅は肯定的な返事をする。意外な反応にフィアは首を傾げ

 られない。

 その首が、唐突に()()()のだから。

「――――なっ!?」

 吹っ飛ばされた頭部を再生させながら、フィアは警戒感を露わにする。

 『身体』の強度と弾性は弛めていない。

 即ち先程までと同程度の攻撃……戦車砲やミサイル程度の火力なら平然と受け止められる耐久性を、フィアの『身体』は今も持っている筈なのだ。その『身体』を破壊されたという事は、考えられる理由は一つしかない。

 戦車やミサイル以上の火力で、攻撃されたのだ。

「やっぱり、人間如きの発明品じゃ駄目ね。対人間用のぬるい火力しかないんだもの。だから、こんなガラクタであなた達を倒すなんて都合の良い願望は諦める」

 ニタリと、真魅の口元が歪む。彼女を護衛していた戦車の一台が、何時の間にか砲台の先をフィアに向けていた。

 その砲台の形状は、今までの戦車とは明らかに違っていた。筒状のものではなく、三本の長い柱で出来ていたのである。おまけに無骨なほどシンプルだった前のと違い、今回の砲台には無数のコードが付けられていた。それに装甲も、フィアが今まで蹴散らした戦車と違う……不思議な光沢を放っている。

 明らかに、今までの戦車とは『技術力』が違う――――軍事的知識など皆無なフィアでも、本能的に察する。今し方自身の頭を吹っ飛ばした一撃がコイツの仕業だとしたら……

「レールガン、と言っても分からないかしら? 現在アメリカ軍が研究・開発を進めている、最先端の武装。射出される特殊合金の弾は音速の数十倍の速さに達し、戦車砲とは比較にならない破壊力を誇る未来の兵器よ……尤も、我々は三十年前には実用化していたけれど。コイツはその最新型ね」

 自慢気に語る真魅の言葉に呼応するように、レールガン戦車部隊が一斉に動き出す。

「私達の総個体数は、人類の一パーセント程度に過ぎない。それはつまり、私達の存在が露呈し、人類が私達の排斥に動き出した時、私達は百倍の戦力差を相手にする必要がある事につながる」

 ヘリコプター部隊も動き出し、先程の機体が付けていたものよりも巨大な武装をフィアに向けてくる。

「故に、私達は技術開発を重視した。百倍の戦力差、生産能力を打ち破る力を獲得し、維持し続けるために……アンタには分からないでしょうけど、安全保障というやつね。そしてその結果が、この兵器の数々」

 ロボット兵士達はそれら機動兵器の動きに合わせ散開、部隊の穴を埋めていく。

「ヘリが装備しているのは、現代人類の主力戦車の装甲を貫通し、内部で起爆して搭乗員を殺傷するのを目的に開発された特殊徹甲ミサイル。歩兵が携帯しているのは最新鋭のレーザーアサルト銃……いずれも現人類文明が百年経とうと達せない、秘蔵の兵器よ」

 最後に不遜な態度を取り戻した真魅が前に出て、新たな陣形は完成を迎えた。

 完全な包囲網。四方八方から殺意を向けられ、フィアは肩を竦める。

「……先程までとは格が違うと仰りたい訳ですか」

「格、なんてちっぽけな言葉で表現しないでもらいたいわね。百年前、人類の最新兵器は悪路すら満足に走れない鉄の乗り物だったのよ。それが今や人類は、数千キロ彼方の対象を攻撃し、音速以上の速さで空を舞い、ビルをも貫く砲撃に耐える装甲を持つまでに至った。百年前の戦車じゃ、何十台集まっても今の最新鋭戦車には敵わない……分かる? さっきまであなたが相手していた人類の兵器と、今此処に展開した私達の兵器とでは、それと同じぐらいの差があるのよ」

「ふん。どれだけの自信作かは知りませんが結局オモチャで私を倒すつもりなんじゃないですか。見くびられたものです……ですが」

 言葉を切るや、フィアはその場で四つん這いになる。

 そしてその顔に――――心の底から楽しそうな、猛獣の笑みを浮かべた。

「確かに先程までのガラクタよりはマシなようですからねぇ! その無謀さに敬意を評して全力で遊んであげましょう! 少しはこの私を楽しませてくださいよォッ!」

 狂喜とした咆哮を上げるや、フィアの背中から無数の水触手が生えてくる! 触手ははしゃぎ回る子供のようにのたうち、叩いた拍子に大地を抉り飛ばす。爆撃により荒れ果てた土地だが、僅かに残った草花も、フィアの気紛れで敢えなくその命を散らしていく。

 『本気』を出すとは言っていない。

 だが全力という事は、他者の都合を考えないという事。周りの被害など考えず、今のフィアは真魅とその仲間をズタズタに引き裂く事にしか興味がない……最も純粋で、最も危うい、子供のような狂気を振りまいていた。

 相対する『大人』からすれば、堪ったものではあるまい。真魅は、疲れたように息を吐く。それから考え込むように、自らの顎を擦り始めた。

「……ふむ。確かに、今までの観測で得た戦闘データからして、この戦力では足りないかも知れない。強化外骨格を身に纏い、尚且つミュータントであるこの私が加勢したとしても、不安要素は残るわね」

「不安要素ぉ? まだそんな淡い期待を持っていたのですか! あなた方に勝機などある訳ないでしょうに!」

「だから、私達のとっておきを動かした。感謝してちょうだい? あなたは間もなく、文字通り『伝説』を前にするのだから」

 煽り立てるフィアの言葉を無視するように、真魅は淡々と()()()を続ける。

 この状況で、今更ただの自慢話? 違和感を覚え、フィアは笑顔を僅かに強張らせる。その身に、警戒の意識を張り巡らせていく。

 そして失われたフィアの余裕を、全て引き継いだような笑みを真魅は浮かべる。

「神の杖を前にして跪くが良い。畜生風情が」

 真魅が告げる意味深な言葉。

 だが、フィアにその意味を考える暇はなかった。考える前に身体が反射的に動き、

 次の瞬間、巨大噴火を思わせる大轟音と大量の粉塵が、フィアの居た場所から噴き上がったのだった。




軍隊と主人公勢がバトルする、という展開は割とよくあると思いますが、巡航ミサイルと空爆に襲われる展開はあまり見ない気がします。
で、襲わせてみた。まぁ、書いてて思いましたが、生身にやるような攻撃手段じゃないですね(今更)。こんなものを人に向けるのが今の人類である。

次回は11/13(日)投稿予定です。

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