彼女は生き物に好かれやすい   作:彼岸花ノ丘

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世界の支配者7

「とりあえず大神総理と運転手の二人は寝かしておきましたよ。容態とかはよく分かりませんけど息はしていましたので死にはしないんじゃないですかねー」

 トントンと階段の板を踏み鳴らしながら、フィアが二階から降りてくる。

 大桐家のリビングでフィアを出迎えたのは、ひっくり返ったダイニングテーブルの席に腰を下ろしているミリオン、粉々に割れた窓から上半身だけ乗り出しているミィ……そして穴だらけになったソファに座っている花中。

 フィアに次いで言葉を発したのは、ミリオンだった。

「やれやれ、ようやく一段落ねぇ。強くはなかったけど、面倒な相手だったわ」

「……ふん。ほんと、めんどーな奴だったよね。嫌な奴よりかはずっとマシだけど」

「あら? 猫ちゃん何を拗ねてるの?」

「拗ねるに決まってるでしょうが! アンタがあたしにした事忘れたの!?」

「さぁて、忘れたも何も心当たりがないわねぇ。何をしたと言うのか、ちゃんと言ってほしいわ。勿論証拠付きで」

「こ、のぉ……!」

「野良猫あなたが暴れると家が壊れます。大人しくしてなさい」

 ミリオンの言葉をきっかけに、リビングの中がワイワイと賑やかになる。三匹にとって、この程度の悪態は日常茶飯事。本気で怒ってなどいない。

 そんな事はもう、何度も見てきたから知っている。

 だから何時もなら呆れるような笑顔を浮かべてしまうのに――――今の花中の口元は、ピクリとも動かない。楽しいとかおかしいとか、前向きな感情が沸いてこない。

 それも仕方ない事だろう。

 まだ、何も終わっていないのだから。

「ま、ふざけるのはこのぐらいにして……一応訊くけど、はなちゃん、これからどうするつもり?」

 ミリオンの言葉に、場がしんと静まり返る。

 真魅を撃退してから、さて、どれだけ経ったのか。

 時計を見るとまだお昼を迎えたばかりで、真魅どころか、このリビングで『謎のロボット』に襲撃されてから数時間後も経っていなかった。今日という日の長さを思い知って花中はため息を漏らす。ほんの少し前まで普通に使っていた自宅のリビングは、今ではガラスが散乱し、壁には幾つもの穴が開いている。食器棚は中身をぶちまけ、テレビは何も映さない。平和だった頃の面影は何処にも残っていない。

 そして多分、もう二度と見られない。

 真魅が言い残した言葉……午後八時にこの町の中央公園に行かなければ、人質達の命が危ないのだ。

 行けば身柄を拘束されると分かっていても、行かない訳にはいかない。

「行きます。八時に、中央公園に」

「駄目よ、許可しないわ」

 自分の意思をハッキリと告げたところ、ミリオンに即座に切り捨てられた。

 花中はソファから立ち上がり、強く、ミリオンに立ち向かう。

「でも! そうしないと、ママとパパ、立花さんや小田さんが!」

「一つ。従ったところで人質が無事とは限らない。少なくともはなちゃんの両親は、はなちゃんを産んだという()()がある。ミュータントの存在を疎んでいる奴が、そのミュータントの発生原因を生んだ輩を見逃すと思う? 私なら殺しておくわ。約束を反故にしても、デメリットはないでしょうし」

「で、でも、なら、立花さんと小田さんは……」

「二つ。はなちゃん以外の人間がどうなろうと、私には関係ない。小田ちゃんも立花ちゃんも、私にとってはなんの価値もない存在……いいえ、はなちゃんも、私にとっては無価値。私はね、『あの人』以外の事はどうだって良いの。例えばもしアイツらがあの人を生き返らせてくれるのなら、はなちゃんを売り払っても良いぐらい」

「……っ」

「そして三つ目。私はアイツらに殺されるつもりなんて毛頭ないって事。生憎死に方はもう決めているの」

「……………」

「ついでに四つ目。真魅の奴、()()()()が見えていたわ。空気中を漂う、目視不可能サイズのウィルスを回避したんだから。多分あのモノクルを通して見たんでしょうけど……相当高度なテクノロジーを保有しているのは間違いない。負けるつもりはないけど、実力不明の相手にケンカを売る気もない。以上が、私の意見ね」

 反論はある? そう訊きたげに首を傾げるミリオンに、花中は何も言い返せない。

 納得した訳ではない。しかし真魅が指定した場所へと向かうには、ミリオンが邪魔をしてこないというのが絶対条件。妨害されれば、ただの人間である花中には逆らえない。ミリオンの力の前では、一人でこっそり抜け出す事も叶わないのだから。

 いや、ミリオンだけではない。

「私もコイツと同意見です」

 考えに至る過程は別でも、フィアも同じ結論なのだから。

「フィアちゃん……」

「そりゃ小田さんとは親しくしていますから死んでほしくはないですけど花中さんとは比べられませんからね。花中さんの親と立花さんについてはどーでも良いですし。何より花中さんが助かっても私が死んだら意味ないです。私は花中さんと一緒に居たいのですから。まぁアイツらをギャフンと言わせる秘策があるなら乗りますけど」

 逆に言えば、秘策がなければ意見は変えない……言外の意図に、花中は唇を噛む。

「せめて、大神さんが、無事だったら……」

「話を聞いて、有効な案が出せたかもね。ま、私は殆ど期待していないけど」

 微かな希望を愚痴として零すも、ミリオンにあっさりと否定されてしまう。ミリオンの言うとおり、大神総理が起きていても状況は大して変わらなかっただろう。政治家の力は非常に強力だが、即効性に欠ける。人質救出のために部隊を動かしてもらえたとしても、解決にどれだけ時間が掛かるか……

「もう! さっきからフィアもミリオンも、酷いじゃないっ!」

 花中が口を閉ざして広がった沈黙を、ミィが癇癪混じりの声で破る。感情的な言葉を真っ向からぶつけられ、だがフィアもミリオンも表情一つ変えやしない。

 むしろその感情を貶すように、冷めた眼差しを向けていた。

「酷い? 具体的にどう酷いと?」

「だって、晴海も加奈子も友達なんだよ!? どうしてそんな簡単に見捨てられるのさ!」

「どうしてと言われましても……別に見捨てたくて見捨てている訳ではないのですが。ただ現状有効な案もないようですので花中さんと自分の安全を第一に考えているだけです」

「そーそー。それに、意見するからには作戦の一つぐらい思い付いてるのかしら? 代案なしに喚いても、ワガママと変わらないんだけど」

「それは! ……だ、だからみんなで考えるんじゃん!」

「考える時間が勿体ないですね」

「さかなちゃんに同意しとくわ。アイツら思ったより手際も準備も良いし、下手に時間を与えると面倒になりそうだもの。さっさと行動に移した方が良いわね」

「こ、の……さっきから……!」

「……なんですか? 刃向かうなら力尽くで従わせると言いたげですね? 良いですねぇシンプルなのは好きですよ。どうせ私が勝ちますし」

「ちゃーんと考えて話しているのかしら? 今回、私はさかなちゃん側なんだけど」

 元々あまり良くなかった空気が、急速に冷え込んでいく。三匹の表情に左程変化はないが、瞳の奥にあった意識……温さとでも呼ぶべきものが失せている。

 言うならば野生の眼差し。無用な争いは好まないが、必要ならばどんな事も躊躇なく行える――――純粋故に狂気や憎悪よりもおぞましい、無垢な殺意で満ちていた。

 そんな三匹が同時に動き出し、

「止めてっ!」

 花中が声を荒らげてでも止めなかったら、果たして何が起きていたか。

「……命拾いしましたね野良猫。あと一秒花中さんの反応が遅かったらあなたの頭と胴体がバイバイするところでしたよ」

「ホントにね。そっちも粉々のフレークにならなくて良かったじゃない」

「あら、猫の丸焼きの勘違いじゃない?」

 棘のある言葉を残して、三匹は同時に手を引っ込める。

 なんとか諍いを治められて、花中は安堵の息を吐く。しかし場の空気は未だ痛々しいほどに冷たい。何時、誰が暴発するか、分かったものではない。

 三匹とも、その力は誰かの命を容易く奪えるほどに強力だ。ぶつかり合えばただでは済まない。ここで仲間割れなど起こせば、それこそ真魅にとって利となる。

 或いは、これも狙っていたのか。

「……………」

 現状の重苦しさに、またしても花中は言葉が出なくなる。

 どうしたら良い?

 花中が望む一番のハッピーエンド……人質が誰も死なず、フィア達も死なず、真魅達が二度と自分達を襲わないようにするには、どうしたら良い?

 まず人質の保護は不可能だ。晴海と加奈子は兎も角、両親に関しては ― あまりにも浮き世離れした両親達の行動により ― 居場所すら分からないのだから。いや、分かっていたとしても、植物学者と昆虫学者という職業柄、何処かの山奥で仕事中という可能性だってある。仮にミリオンが手助けしてくれたとしても、一日二日で見付かるものではない。

 それでも速攻勝負を仕掛ければ、人質が処刑される前に真魅を倒す事は出来るかも知れないが……真魅達は『組織』だ。構成員が真魅一人という事はない。真魅が亡くなったところで、次席が新しく真魅の立場に収まるだけ。そして存続した組織が、再度人質の命を狙えば……全容を知らない花中達に、防ぐ手立てはない。

 考えても考えても、人質達を救出する手立てが思い付かない。彼女達の命を救うには、最早花中(じぶん)の身を差し出すしかない。

 だけど、それをすれば今度はフィア達の命が脅かされる。

 自分が人質になれば、彼女らは自由な動きを封じられる。最終的に抗うとしても、相手にアドバンテージを許せば、それは後にも響く。花中を餌に罠も仕掛けられる。

 こんなのは友達を売り払うのと変わらない。誰かを守るために誰かを見捨てるなんて、そんなの意味がない。選ぶという行為自体が選択肢としてあり得ない。

 反抗してもダメ。従うのもダメ。破れかぶれは通じず、奇策を許すような隙もない。

 どうしたらいい?

 どうすれば、この状況を変えられる?

 変えられない。

 組織とは社会だ。『社会』を変えるなんて、自分達だけでは出来っこない。例え出来る力があっても間に合わない。

 どうしたら良いのかなんて、分からない――――

 パンッ!

「っ!?」

 破裂音のような、軽快な音。

 その音に沈みそうな意識を叩き起こされ、顔を上げた花中が見たのは、両手を合わせているフィアだった。フィアは何やら真剣な顔をしており、その冷徹な表情に花中は思わず息を飲む。

 どうしたのだろう?

「……フィアちゃん? あの、」

「お腹が空きました」

「え?」

 問おうとした花中だったが、あっけらかんと語られたフィアの言葉でキョトンとなる。ミリオンもミィも、花中と同じ表情を浮かべた。

「ですからお腹が空いたのです。ほらもう十二時近くですよ。そろそろお昼を食べたいのですが」

 しかしそんな一人と二匹の反応などお構いなし。羞恥など欠片も感じずに、フィアは()()()()()()()()()()()()()()()

 あまりにも空気を読まない勝手気ままな発言。これにはミリオンもミィも一気に脱力し、瞳の奥に残っていた『野生』すらも霧散させていた。

 勿論花中だって、思わず笑みが零れるほどに気が緩む。するとどうしたのだろう。急に胃袋が寂しさを覚えた。思い返せば今日は色々な事があって、カロリーをたくさん使った気がする。時間もお昼時。悩んでいて気付けなかったが、どうやらお腹が空いていたようだ。

 案外こうして行き詰まってしまうのは、空腹で頭が回っていないのが原因かも知れない。

「……そうだね。わたしもお腹、ぺこぺこ。お腹が空いたまま、考えても、良い案なんて、浮かびそうに、ないし……えと、ミィさんと、ミリオンさんも、お昼に、しませんか?」

「……うん、まぁ、そうだね。あたしもお腹空いたし、食べ物探してくる。ついでに、あたし、ちょっと頭冷やしてくるよ」

「やれやれね。私も気晴らしに散歩でもしてくるわ。エネルギーの補給もついでに済ませちゃうから」

 ミィは立ち去り、ミリオンは姿を消す。残されたのはフィアと花中の二人だけ。

「さぁ花中さん! 今日のお昼は何にしましょうか?」

 そして今までの話などとうに忘れたと言わんばかりに、フィアは呑気に世間話を始める。

 あまりにも呆気なく場の空気が壊れ、いよいよ花中は笑い声を抑えきれない。背を向けて誤魔化そうとしたが、視線が突き刺さるのを感じたので無駄だったようだ。

 開き直り、花中はフィアと向き合う。

「うん……ありがと、フィアちゃん」

「? 何故お礼を言われるのかさっぱり分かりませんが。それより何故私は笑われたのです?」

「ひ・み・つー」

 訝しげに問い詰めるフィアを煙に巻き、花中はそそくさと台所に移動。フィアは首を傾げ、訳が分からないと言わんげに肩を竦めていた。

 それからフィアは当然のようにキッチンに入り、花中の隣に並んだ。花中が料理中の時、此処がフィアの定位置。お手伝いをしてもらったり、お喋りをしたりする。それは今日も変わらない。

「元気になったのは何よりですが状況に変わりがない事は分かっているのですか? やりたい事があるのならお手伝いしますが何もないなら私は私の思うままにやらせていただきますので」

「うん、分かってる」

 釘を打つように言われた言葉を素直に受け入れると、フィアは「結構結構」と満足げに頷く。如何にもこの後も自分の思い通りになる事を確信しているかのような態度だが……生憎、今の花中に諦めるつもりなど欠片もない。

 フィアのお陰で気持ちを切り替えられた。

 どん詰まりに陥っていた頭が、いくらかすっきりした。今なら幾分マシな考えが思い浮かびそうである。とはいえ、フィアが言うように状況が変わった訳ではない。どん詰まりの状況であり、かつてないほど八方塞がり。意気込んで再挑戦(リベンジ)しても、返り討ちに遭うのが目に見えている。

 必要なのは新たな情報、自分とは違う見方だ。

 幸いにして花中には見えているものが、それこそ生理学レベルで異なる友人がいる。倫理観すら共有せず、それでいて卑屈な自分と違って何処までも真っ直ぐな性格。同じ場面を見ていても、自分とは違う何かを感じた筈だ。

 その『何か』が、もしかしたらヒントになるのでは。

 そんな期待を胸に、花中はフィアに尋ねてみる事にした。

「フィアちゃん、真魅さんと、会った、時、何か気付いた?」

「何かですか? そう言われても威張り散らしてムカつく奴だなぁというぐらいしか」

「え? あー……うん。そう、だね」

 なんとなく納得してしまい、花中はぽわんと同意する。思えば今までフィアが戦ってきた相手……ミリオン、ミィ、キャスパリーグ、妖精さん……誰もが権力とは無縁の存在だった。社会性を持っていない生物種であり、『地位』と無縁の生活をしているのだから当然である。

 そんな彼女達からすれば、立場を理由にして威圧してくる真魅はさぞや偉そうに見えた事だろう。自身の力を誇るならば兎も角、その背後を誇る意味が、いまいち理解出来ないに違いない。

「えと、ほ、他には? 何かある?」

「え? 何かと言われましても……弱っちいくせによくもまぁケンカを売る気になったなーとかでしょうか?」

「よ、弱っちい?」

「はい。だってロボットも戦車も私の敵じゃなかったでしょう? あの程度で私にケンカを売ってくるとは嘗められたものです。アレですね。自分の身で戦わずあのようなガラクタ頼りにしているせいで相手の力量を測れなくなっているのではないでしょうか」

 だからこそその見方がヒントになるかもと思い花中は話を続けたが、フィアは自分の力を誇示するばかり。いよいよ花中は苦笑いを浮かべてしまい、

 それと共に違和感が脳裏を過ぎった。

「……花中さん? 花中さーん? 包丁を握ったままボーッとすると危ないですよー?」

 フィアの呼びかけも、考え込む花中には届かない。フィアが包丁をこっそり手から抜き取ったが、気付けないぐらい花中は集中力を高める。

 フィア達の力は人類にとって脅威である。真魅達が誇る力は計り知れず、数多の兵器を繰り出す『力』がある。目的と実現能力は足りている……やらねばならない理由があり、それを成し遂げる能力を持っているのだ。だからこそ、花中は真魅達が襲い掛かってきた事自体には疑問を抱かなかった。

 しかし、である。

 ――――()()()()()()()()()()()()()

 真魅達タヌキにとって、人間社会は富を生産する『牧場』であり、人間は富を生み出す『家畜』である。タヌキ達自身はさしずめ『牧場主』で、彼女達は家畜の血肉を富としている反面、家畜を守る義務を負う事になる。例えば衛生環境だったり、食糧の安定供給だったり……はたまた外敵から守ったり。そういった考えからすれば、『牧場』の存続を脅かしかねない『害獣』であるフィア達を真魅達が攻撃するのは一見正しく思える。

 けれどもフィア達は、ただの獣ではない。

 自然を操り、非常識な火力と防御を誇る超生命体。最早害獣というカテゴリーには収まらず、怪獣とでも呼ぶべき存在だ。一般的な武装は通じず、戦力を動員するにしても莫大な費用が必要となる。抵抗の過程で牧場の一画が壊滅する恐れもあるだろう。

 挙句怪獣達は現在家畜に対しどちらかといえば友好的だ。力が強過ぎて時折家畜の住処を壊してしまう時もあるが、牧場の規模からすれば些末な被害である。超長期的にはどうなるか分からないが……分からないのだから、下手に手を出せば『薮蛇』となる可能性も高い。

 さて、この状況で怪獣達の駆除を実行するか?

 花中ならやらない。安全を求めるあまり、損失より大きな費用を掛けてどうする。駆除しなければならない理由はあるし、それを成すのに必要な力もあるが、だからやるのが正解とは限らないのだ。思想的なものが関わっているのかも知れないが、真魅達武闘派の行動はあまりに論理的でない。

 論理的でないといえば、真魅は何故自分達の前に生身で現れたのだろう。脅迫するため? そんなのは部下にやらせるなり、電話やネットで伝えるなりすれば良い。確かに彼女は強力な再生能力を持ち、見事フィアとミリオンから逃げ果せたが……いらぬリスクではないか。

 こうも筋が通らない行動ばかりだと、逆に勘繰りたくなる。即ち一見なんの益もないような行動が、実は真魅達にとって利益であるという事だ。

 例えば真魅が花中達の前に姿を見せたのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――――

「ぁ……」

「ん? 花中さんどうかしまし」

「あああああああああああああああああっ!?」

 呼び掛けてきたフィアの言葉を遮り、花中は大声で叫びを上げた。目を魚のように丸く見開き、叫び終わるとビタリと固まる。

「……花中さん?」

 花中の不審な行動に、フィアは心配そうに声を掛けてくる。

 されど動き出した花中の瞳は、そんな心配を吹き飛ばさんばかりに爛々と耀いており、

「ありがと! ちょっと、考え纏めてきます!」

 フィアの心配などお構いなしに、花中は満面の笑みを浮かべてそう告げた。告げたら返事も待たずに、パタパタと自室に戻る。

 リビングに残されたフィアは、しばし先程の花中のように固まる。

「……何時もの発作ですかねぇ。まぁこのままやられっぱなしってのも癪ですから構いませんけど」

 それから呆れたように、笑うように、楽しむように、フィアは笑みを零すのだった。

 

 

 

 天上に、星々が耀いていた。

 普段ならば町の明かりに飲まれ、消えてしまうそれらが、今宵は天空を埋め尽くす。何故なら下界は今明かりが一掃されており、暗闇に包まれているからだ。隣町からも人間は一人残らず移動しており、広大な範囲で古代の星空が蘇っている。

 そんな星空を、真魅はじっと見上げていた。

 武骨なトレンチコートを身に纏った彼女が立つは、町の中心にある自然公園。雑木林やグラウンドが存在する広大な土地であり、昼間で憩いの場として多くの人々が癒しを求めて訪れる場所だ。明かりが消えた町中で唯一輝きを保っている街灯が、穏やかな景色を作り出している。

 公園内に陣取る何十もの戦車や人型ロボット、そして周囲を飛び交うヘリコプターがなければ、その穏やかさを存分に堪能出来ただろう。

「……さて、そろそろ時間なのだけど……」

 戦車とロボット達の最前列、全てのモノの前に立つ真魅は腕時計を見て時刻を確認。今が午後七時五十分を回った頃だと確かめる。

 と、不意に彼女は自身の耳に手を当てた。しばらくそのポーズを取り続け、やがて無言のまま、手を下ろす。

 それから数分後。公園に植えられた樹木の影から出てくるように、四つの人影が姿を現した。

 真魅の傍に居たロボットが駆け出そうとし、しかし真魅がそれを制止。人影はなんの妨げもなく徐々に真魅達の下へと近付いてくる。

 点在する街灯の一本に照らされ、その四人組がミリオンとミィ、そしてフィアと花中である事が明らかとなった。花中はフィアにしがみつき、おどおどとした足取りながらも真魅に歩み寄り……数メートルほどの、会話は出来る程度の間隔を開けて立ち止まった。

 真魅は四人の姿を見て、感心したように声を漏らす。

「へぇ、五分前到着なんてマメな性格なのね。てっきり時間ギリギリか、一時間ぐらい遅刻すると思っていたんだけど」

「……遅刻なんてしたら、人質に何をされるか、分からない、ですし」

「あら、信用してくれるのね」

 花中は精一杯の嫌味をぶつけるが、真魅は更なる嫌味で返す余裕を見せる。あたかも、自らの優位を誇るように。

 それ以上言い返せず、花中はぐっと唇を噛んだ。悔しさを滲ませ、自分の力不足を露わにしてしまう。真魅が花中の顔を見て、嬉しそうに微笑むのは立場上必然だと言えよう。

「さぁて、一応答えを聞かせてもらいましょうか」

 ましてや煽るように言われては、花中の苛立ちも限界まで高まる。表情は自然と、苦虫を噛み潰したように歪んでいた。

 そしてその苛立ちを追い出すかの如く、花中は深いため息を吐く。

 真魅が僅かに眉を顰める。そして花中の感情を読み取ろうとしているのか、先程までと違い観察するような眼差しを向けてきた。何かを仕込もうとすれば、瞬時に見抜く……そう確信出来るほどに鋭い視線だった。

 しかし花中は臆さない。元より、彼女の前でなんらかの罠を仕込もうなんて思いもしていない。

 それを踏まえた上で

「お断りです」

 花中は、告げる。

「……なんですって?」

 目を細め、怪訝そうに訊き返す真魅。

 その真魅に向けて、花中はハッキリと、もう一度伝えた。

「わたしは、あなた達に、従いません」

 完全なる決裂の言葉を――――




さぁ、いよいよ次回はVS真魅(本気)です。
フィクションでは何かとやられ役な各国軍隊ですが、本作では可能な限り活躍させるつもりです。操縦者はタヌキでも、製造までに積み重ねてきた知識と経験は人間のモノ。ミュータントが、人類を無礼るなッ!(なお敵役)

次回は10/30(日)投稿予定です。

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