彼女は生き物に好かれやすい   作:彼岸花ノ丘

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世界の支配者3

 ――――攻撃、防がれました。

 

 ――――こちらでも確認した。直ちにその場から撤退。フェイズ2に移行する。

 

 ――――了解。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぜー……ぜー……ぜー……!」

「ほら花中さんあと少しですよー」

 息を切らしながら、パタパタと花中は歩道を走る。その横を、フィアは足を全く動かさずに並走。歩くよりはマシな速さしか出せていない花中を励ましてくる。励まされて一瞬花中は足を速めるが、太股に走る痛みに負けてすぐへろへろになっていた。

 何故花中は走っているのか? 答えは簡単、急がないと遅刻してしまうから。

 確かに今朝は、『住宅地崩壊』の現場を見に行くという寄り道をしていた。とはいえそこは慎重な性格である花中。ちゃんと余裕を持って出掛けており、ギリギリだが歩いて間に合う時間にその場を離れている。計算通りなら、走らずともホームルームには間に合う筈だった。

 しかし緻密な計算ほど、アクシデントに弱いもの。何時もの通学路の一部が、車両事故だかなんだかで通行止めになっていたのである。事故は起きたばかりのようで、復旧を待っていたら何時通れるか分からない。故に遠回りするしかなかったのだが……遠回りするという事は、計算よりも長い距離を歩かねばならない訳で。

 結果、花中は全力疾走での登校を強いられたのである。不幸中の幸いだったのが、周りに人の姿がない事。帆風高校はもう間近なので何時もなら登校途中の生徒で道がいっぱいになるのだが、今は遅刻寸前の時間帯だけに花中以外の生徒の姿はない。ひーひー悲鳴を上げながら走るという、恥ずかしい姿を他人に見られずに済んだ。

「あ、はなちゃん。校門が見えてきたわよ」

 花中の後ろからも励ます声が聞こえてくる。殿を勤めているミリオンからだ。振り向く余裕もない花中だったが、こくこくと頷いて返事。

 それから少しずつ、走る速さを落としていく。スカートのポケットからスマホを取り出し、時刻を確認。ホームルームの開始時間まで残り僅かだが、もう走らずとも間に合う時間だった。

「ぜー……ぜー……は、はい……こ、ここ、から……は、げほっ……歩いて、行き、はぁ、ま、しょう、か……はぁ、はぁ」

「そうねぇ。これ以上走らせても、はなちゃん、歩くよりも遅くなりそうだし」

 体力のなさを指摘され、否定出来ない花中は顔を俯かせる。そのまま逃げるように、疲れを忘れた早歩きで校門へ。フィアとミリオンも花中に続き、

「ん?」

 ふと、フィアが足を止めた。

「? フィア、ちゃん、どう……した、の?」

「いえアレはなんだろうと思いまして」

 フィアの動きに気付いた花中が精根尽きた声で尋ねると、フィアは残り十数メートルの距離まで迫った校門の方を指差す。

 目を凝らしてみたところ、そこに紙袋が置かれている事に花中は気付いた。

 紙袋の大きさは、お弁当などを入れるのに丁度良いぐらいの小さめサイズか。校門に寄り掛かるように置かれており、なんだか哀愁を感じさせる。遠目から見る限り紙袋の色は茶色一色で柄はなく、ブランドや購入店は分からない。歪な膨らみがあるので、なんらかの中身があるようだ。

「紙袋、だね……忘れ物、かな?」

「そうかも知れませんねぇ。どれ私が見に行きましょう」

 言うが早いか、フィアは不用心にも紙袋に近付く。

 先程は忘れ物と言った花中であるが、アレは所謂『不審物』だ。単なる忘れ物という可能性の方が高いだろうが、触らないで済むならそれに越した事はない。

「あ、あの、フィアちゃ」

「はなちゃん、ストップ」

 なので少し待ってと伝えるべくフィアの後を追おうとする花中だったが、ミリオンに腕を掴まれ前に進めなくなってしまう。なんで、と思った時には後の祭。フィアはあっという間に紙袋の傍まで行ってしまった。

「さーて何が入っていますかねー」

 そしてフィアはなんの躊躇もなくその袋の中身を覗き込み、

 カチッ、という音がした。

 離れていた花中にもハッキリと聞こえるぐらいには、大きめな物音。しかしその音の『意味』を考える事は叶わなかった。

 考える前に――――紙袋が爆発したのだから。

「わふっ!?」

 ボンッ! と弾けるような爆音と共に、花中の身体に衝撃が走る。小柄な花中は襲い掛かってきた音に突き上げられ、バランスを崩して尻餅を撞いてしまう。

 普通ならあまりにも唐突な出来事に驚き、身動きが取れなくなってしまうだろう。小心者なら尚更だ。

 されど幸か不幸か、花中はこの一月半で幾度となく命の危機を体感してきた。身体を突き上げるような衝撃など毎度の事、いや、この程度まだまだ生温い。怪我だってしておらず、地面に打ってしまったお尻がちょっと痛いだけだ。さしたる動揺は、花中の心には生じなかった。

 それよりも憂慮すべきは、覗き込めるほど『紙袋』に近付いていた友の身。

 この手の出来事に慣れしまった花中には、『爆発』という事象がもたらす結果を理解出来ていた。

「ふぃ、フィアちゃん!」

 花中は沸き立つ心の衝動のまま友の名を叫び、

「……なんでしょう? 新手のびっくり箱でしょうか?」

 当人は、自分が爆発に巻き込まれた事すら自覚していない様子だった。とはいえその程度で済んだのは、『本体』を大量の水によって保護しているフィアだからこそ。

 爆発の痕跡だろうか。今や跡形もなくなってしまった紙袋が置かれていた場所を中心に、アスファルト舗装の道路が半径二メートルほど黒く焦げていた。校門に設置されていた鉄製の柵は無惨にひしゃげており、爆発の威力を物語っている。人間が直撃を受けたなら、きっと()()()()()では済まない。

 ゾッと、花中は背筋が凍る。もし、自分があの袋を覗き込んでいたなら……

「やっぱり、爆弾だったわねぇ」

「爆弾? ……ってあなた袋の中身を知っていたのですか?」

「当然じゃない。さかなちゃんと違って私は怪しい物には迂闊に近付かないの。事前に少数の個体を送って調べてるんだから」

「それは迂闊に近付いているのと同じでは……」

 『もしも』を想像し戦慄する花中だったが、対して動物達は暢気なもの。フィアは煤汚れた顔をプクッと膨らませ、ミリオンは楽しげに笑っていた。

 そんな二人を見ていると、なんだか大した事は起きなかったような気がしてくる。してくるが、ただの気のせいである。

 少なくともミリオンは、聞き捨てならない事を言っていた。

「あ、あの、今、爆弾って……」

「ん? ああ、確かに言ったわね、爆弾って。コードみたいなのがいっぱい付いていたし、形もそれっぽかったからね。流石に種類までは分からなかったけど」

「は、わわわわ……!」

 明言され、花中は顔を青くしながらわたふたする。

 まさか、本当に危険物だったとは。

 ニュースなどで不審物の報道があっても、大概忘れ物やイタズラという結果で終わっていた。実際に爆発が起きたなんて話は、国内では年に一度も聞かないし、ましてや自分がその爆発を目の当たりにするなど思いもよらなかった。

 それに、これは『テロ』ではないか?

 断定は出来ないが、可能性はある。学校がテロリストに狙われた……そう思うと、花中は胸に恐怖が募っていくのを覚える。身体は震え、血の気の引いた顔は青くなる。

 ……山をも支配する怪魚、炭化タングステンすら気化させる微細物質、目視不可能な速度で動き回る猛獣、大出力レーザーを放つ節足動物など、どう考えてもテロリストよりヤバい生き物と何度も出会っていたので、頭は平静としていたが。具体的には、次の展開を予測出来る程度には。

「そ、そうだ! あの、フィアちゃん、すぐに此処から、移動して!」

「? 何故ですか?」

「えと、あの……は、話してる時間は、ないの! 一時間ぐらいしたら、戻ってきて、平気だから!」

「はぁ。花中さんがそう仰るのでしたら」

 首を傾げながらも、フィアはその場から近くのマンホールへと移動。おもむろに蓋を外し、ぴょんっと飛び込んだ。開けっ放しになっていた蓋はミリオンが足で押して、元の場所に戻してくれた。

 これで一安心。

 フィアは嘘に対する感性が人間と違う。約束を意図的に反故はしないし、他者を貶したり、自分を飾るような嘘は吐いた事がない。だけどそれは嘘に罪悪感があるのではなく、社会性がないので、他者との関係に関わるような嘘は意識にも昇らないからだ。要するに『着飾る』という発想がすっぽり抜けており、ここで嘘を吐かなかったら人にどう思われるか、という考えがないのである。

 だから此度の爆弾事件の顛末も、訊かれたならフィアはあっさり白状するだろう。そうなれば後の展開は明らかに面倒だ。ほとぼりが冷めるまで何処かに隠れてもらった方が都合が良い。

「じゃ、私も退散するわねー」

 ただ、ミリオンにはそんな心配などないのだが。

「え!? い、一緒に居て、くれないのですか!?」

「そりゃそうでしょ。私、住所不定どころか日本国籍すら持ってないのよ? 事態が事態だからこの後警察とかも来るでしょうに、そんな怪しい奴が居たら誤解を招くだけじゃない。面倒臭い事は嫌いなの」

「で、でも、わたし一人じゃ、その、心細くて……」

「大丈夫、一緒には居るわよ。ただ見えないだけで」

「そ、それは一緒とは、言わな……」

 引き留めようとする花中だったが、ミリオンは呆気なくその姿を崩してしまう。こうなってはもうどうにもならない。思わず伸ばした花中の手は、虚空を空振りするだけ。

 もやもやと心に積もる不満。しかしその不満を外に出す事はそろそろ許されない。

 何しろ校門の先、校舎の方から大人達が出てきたのである。爆発音を聞き付けた教員達が、ようやく駆け付けてきたのだ。

 当然彼等は花中に何があったか問い詰めてくるだろう。その時花中が憤っていたり、呆れていたらどうなる? 如何にも怪しいではないか。爆発事故の被害者は、戸惑い、恐怖に震えていなければならない。

「……上手く、誤魔化せるかなぁ……」

 遠くから聞こえるチャイムの音を聞いて、これなら急がなくても良かったと少し後悔する花中であった。

 

 

 

 結論を言えば、花中は教員達からの追求を上手い事誤魔化せた。

 教員達は花中が犯人だとは端から思っていない様子であり、上手く言い訳が出来るか不安だった花中の仕草も、爆発に怯えているものと解釈してくれた。その後通報を受けて駆け付けた警察官による聴取も受けたが、被害者という事自体は本当である花中の話に大した矛盾などない。隠し事はあっても嘘ではない話に追求などなく、午前中には解放となった。

 とはいえ、ではこの後花中は授業に戻れるかと言えば、そうもいかない。

 学校に仕掛けられた爆弾が爆発した……話を聞き付けた近隣住人や保護者、マスコミなどが一斉に学校に問い合わせてくるのは、当然の事だった。それに仕掛けられた爆弾が一つだけとは限らないが、付近を調べるとしても一~二時間で終わる話ではない。

 問い合わせへの対応、校内の調査、生徒の監督……全てを完璧にこなすのは不可能だ。なのにもし生徒に万一の事があったなら、責任は学校側に被せられてしまう。

 午前のうちに休校となり、生徒達が家に帰されてしまうのは現実的な対応と言えた。

 そして世の中には、休校という事態に喜ぶ者がいるもので。

「らんらんらーん♪ らんらららーん♪」

 花中の友人である加奈子は、そういうタイプの人間だった。

「あ、あの、小田さん。今日の、休校は……」

「説得するだけ無駄よ。アイツは馬鹿だけど、全て分かった上でやらかす最悪の馬鹿だから」

「はぅ……」

 はしゃぐ加奈子を説得しようとする花中だったが、晴海の諦めきった物言いで言い淀んでしまう。

 花中は今、晴海達と共に帰り道である住宅地を進んでいる。

 元々閑静な場所で、尚且つお昼前の時間帯なので人気は殆どない。正当な理由があるとはいえ平日の午前中に町を歩いていると、学校をサボっているような、いけない事をしている気分になる。

 そして花中はそういう気分になると、ワクワクよりもドギマギしてしまうタイプ。

「花中さん流石に挙動不審過ぎると思いますが?」

「まるで初めて学校を抜け出した小学生みたいね」

「ふ、きゅう……」

 傍を歩く人間ではない友人、フィアとミリオンに指摘され、花中は燃えるように顔を赤らめた。フィアが愛でるように頭を撫でてくるが、それが却って羞恥心を刺激する。

「……しっかしあの爆弾事件、なんか変じゃない?」

 そんな時の晴海のぼやき。場の空気を変えたい花中が、話に乗らない理由はなかった。

 ちなみに晴海も加奈子も、花中が今朝の『爆弾事件』の被害者である事は知っている。学校側は伏せていたが、普段からホームルームの三十分前に来る生徒が大遅刻してきたのだ。クラスメート達にはバレバレだった。

 そして晴海と加奈子には本当の『被害者』がフィアであり、自分は眺めていただけであると伝えている。故に晴海はこうして話を振ってきたのであろう。花中は正しく他人事のように、晴海に尋ね返した。

「えと、変、とは?」

「いやね、なんであんなタイミングで爆弾は爆発したのかなーって。人を傷付けたいとか、騒ぎにしたいとか、そういう理由ならもっと違う時間に爆発させた方が良くない? ああ、勿論大桐さんが無事で良かったとは思ってるし、他の生徒にも怪我がなくて良かったわよ? ただ、一般論でね」

「……………」

 晴海の疑問に、確かに、と花中は心の中で同意する。

 無差別に人を傷付けたかったのなら、生徒が行き来している時間帯が狙い目だろう。騒ぎを起こしたかっただけにしても、人の往来激しい時の方が危機感を煽るだろうし……あの爆弾の威力は、鉄製の柵を破壊するほどのものだった。爆弾の作り方がネットで簡単に探せる今の世の中でも、ここまでちゃんとした代物を作るには相応の苦労がある筈だ。失礼ながら「世間を騒がしたい」だけの『馬鹿』に作れるとは思えない。明確な殺意か、或いは狂気が必要である。

 それだけの殺意や狂気があるなら、どうして確実に『願い』が叶う瞬間を狙わない? 投資したエネルギーに対し、効果が釣り合わないではないか。

「単純に私が触ったから爆発したのでは?」

「アンタ、触ったんかい……でもどっち道、朝の通学ラッシュ時は狙わなかったって事でしょ? やっぱり変よ、理由がない」

 フィアの意見に反論する形で、晴海は持論を述べる。ぼんやりとした犯人像に、晴海は首を傾げていた。

 ――――花中には一つ、思い当たる可能性がある。

 考えにくいとは思う。だけど、納得は行く。明確な殺意と狂気を持ちながら人の居ない時間を狙った理由を説明出来、費用対効果の不均衡もない……少なくとも、犯人の中では。

 犯人の目的は……

「あれ? 花中達じゃん」

 考えを纏めていたところ、不意に花中は名前を呼ばれた。 

 必要以上にビクつきながら花中は声がした方、視界の右側に映る横道へと顔を向ける。

 そこに居たのは、ジーパンにポロシャツ姿という如何にも今風な格好をした、ミィだった。彼女は頭から生やした猫耳 ― ちなみにこの耳は自由に変化可能であり、人間型の耳にしている時も多々ある。曰く、面倒な時は猫耳のままらしい ― をぴょこぴょこ動かして好感の想いを表現してくれている。花中を含めた皆も笑顔で彼女と対面……フィアだけは、不愉快そうにそっぽを向いていたが。どうやら昨日の事をまだ根に持っているらしい。

 フィアの気持ちは一先ず置いといて、花中は挨拶を返した。

「あ、ミィさんっ。えと、こんにちは」

「お? 猫ちゃんじゃん。やほほー」

「やほほー。どしたのこんな時間に。学校じゃないの?」

「丁度その原因について話していたの」

 問われた加奈子に代わり晴海の口から、今朝の出来事が語られる。話を聞く間ミィはふむふむと呟き、興味深そうに、文字通り耳を傾けていた。各々の家へと帰る一行に、根なし草のミィも加わる。

 晴海から一通りの話を聞くと、ミィは割合楽しそうな、さして同情していない笑みを浮かべた。

「そりゃ花中も災難だったね。犯人、捕まると良いね」

「捕まらないと困るわよ。今回は怪我人なしで済んだけど、次もそうとは限らないのよ? しかも学校を狙ったって事は、あたし達は何時また標的になるか分かんないじゃない」

「そーだけど、でもアンタ達からすれば他人事で済むんじゃない? あたしらと一緒に行動してれば、強力なボディガードが傍に居るようなもんだよ?」

 自分の力を誇示するように、ミィは胸を張りながら語る。

 対する晴海は、不満げに眉を顰めた。

「ボディガードって言っても大桐さん専用じゃない。コイツら、あたし達の事守ってくれないでしょ」

「守りませんね」

「守らないわねぇ」

「ちょっ……」

 晴海の指摘を、あっさりと肯定するフィアとミリオン。あまりにも簡単に見捨てると公言するものだから、守ってもらえる側である花中も少し戸惑う。

「そりゃ、あたしは別にしても、そこの二人は守ってくれないだろうさ。でもね」

 しかしミィは「分かってないなぁ」と言いたげに肩を竦めながら、人差し指を立てて自慢気に話す。その話は花中達一行が大きめの十字路に入っても続き、

 ブオンッ! というエンジン音に掻き消された。

「(……えっ)」

 思考した言語を発するために、脳から送られた電気信号が口の筋肉に到達するまでの僅かな時間――――その刹那の間に花中が現状を理解出来たのは、偶々その『方向』を向いていたからに過ぎない。

 視界の大部分を満たすのは、真っ正面をこちらに向けている大型トラックだった。

 所謂十トントラックだろうか。かなり大きく見える。車体は真新しく、言うまでもないが人よりも頑丈そうだ。ブオオオンッと耳に届く音は力強く、その内に秘めたパワーを物語る。

 そんな風に暢気な事ばかり考える中で、目の前のトラックがこちらに段々近付いていると本能は勘付いていて。

 ――――ああ。これは、ダメなやつだ。

 恐怖や絶望よりも先に、達観の想いが脳を満たす。身体は動かない。光速の電気信号が間に合わない。人間達はただただ呆然と、その瞬間が訪れるのを待つしか出来ず

「よっと」

 迫る惨劇に対し、あまりに軽い声が聞こえた。

 それで、全てが終わった。

 何しろ迫っていたトラックが空を飛び、花中達の頭上を通り過ぎたのだから。

「……え」

 今になって花中の口から出てきた、迫るトラックに対する言葉。しかし聞かせようとしていた『相手』は、既に視線から消えている。

 尤もトラックが自力で空を飛び続けられる筈もなく。

 ゴシャッ! と凄まじい断末魔を上げ、トラックは花中達から二十メートル以上離れた場所で道路とキスをした。

「きゃあっ!?」

「ひぅっ!」

 突然の事に、晴海も加奈子も仰天。晴海はか弱い悲鳴を上げ、加奈子は尻餅を撞く。花中は呆然と立ち尽くし、動く事すら出来ない。

 やがてトラックは大きな音を立てながら滑るように動き、電柱を薙ぎ倒し、民家の塀を壊していく。やがて止まるも、道のど真ん中で横たわる有り様。道を完全に塞ぎ、日常とは程遠い異様な光景を作り上げた。

 あまりの異常事態に、少女三人は言葉を失う。

「さっきの話の続きだけど」

 対してミィは簡単な前置きをしてから戸惑う人間達の方へと振り向き、誇らしげに微笑む。

「特別に守ってはあげないけど、ついででも十分に守れるんだよ。この程度の危機ならね」

 そして、改めて自慢するように胸を張った。

「……えと……?」

「ああ、何が起きたのかも分かってないのか。あのトラックがあたし達目掛けて突っ込んできたんだよ。で、無人だったから、あたしが蹴り上げた。そんだけ」

「は、はぁっ!?」

 ミィに事態を説明され、花中よりも俊敏で、加奈子より常識的な晴海が声を荒らげる。しかし驚く気持ちは花中と加奈子も同じ。

 無人だとミィは言うが、あの一瞬、耳に残る爆音は正にエンジン全開だった。故障か、心霊現象か。原因はなんであれ、凄まじいスピードが出ていた筈である。

 今回はミィが助けてくれたし、恐らくフィアやミリオンも対処は出来ただろう。しかし人間である花中達に、暴走するトラックをどうこうする力なんてない。もし、ミィ達が居なかったら……

「ねぇ、はなちゃん。ちょっとちょっと」

 晴海や加奈子と同じく顔を青くし、身体を震わせる花中だったが、お構いなしとばかりにミリオンが話し掛けてきた。あまりにも暢気に話し掛けてくるので、良くも悪くも緊張感が削がれる。僅かながら余裕が生まれた花中は、呼び掛けに応えた。

「……はい。えと、なんでしょう、か」

「逃げた方が良いんじゃない? 正直、アレについて言い訳出来るとは思えないのだけど」

 ミリオンはそう言いながら、ちょいっと指差す。

 彼女の指先が示すのは――――ついさっき花中達に突っ込んできた、今やスクラップ同然のトラック。

 ミリオンの言いたい事を理解して、花中はビキリと身体を強張らせた。

 此処は住宅地のど真ん中。辺りを見渡せば家々から人がわらわらと出てきているではないか。トラックは花中達から二十メートルも離れた場所に落ちたので、恐らく野次馬の一人ぐらいにしか思われてないだろうが、『第一発見者』にはされるかも知れない。

 だとすると、警察に事情を訊かれる可能性が高い。しかし爆弾事件ならば兎も角、こんな摩訶不思議なトラック事故に対してどんな質問がくるのかなんてさっぱり分からない。口裏合わせなんて出来ず、問い詰められたら花中達人間三人はてんでバラバラな回答をしてしまうだろう。

 警察は調査のプロだ。聴取に矛盾があれば、訝しく思って花中達の周辺を念入りに調べてくるに違いない。

 このままでは、フィア達の存在が警察に――――

「に、にに、逃げましょう! その、こっそりと! みんなで!」

「あいあいさー」

 花中の言葉を受け、ミリオンが動く。フィアが花中を抱き上げ、ミィが晴海と加奈子を脇に抱える。

「に、逃げまーす!」

 そして花中の号令と共に、三匹と三人は撤退開始。

 ミィの脇の中でポカンとしている人類二人の顔を見て、手慣れた自分が汚れているような気分になる花中だった。

 

 

 

「はぁ……やっと、家に帰れる……」

「いやはやお疲れ様です」

 にっこりと微笑むフィアに労われながら、花中は力ない足取りで帰路に着いていた。

 歩くは閑静な住宅地。ただし傍に居るのはフィアとミリオン、そしてミィの三匹だけ。少し前まで一緒だった晴海と加奈子の姿はない。

 自分達目掛け真っ直ぐ突っ込んできたトラック……危うく命を落とすところだった出来事に遭遇し、人間達の精神は大きなダメージを受けた。不本意ながら何度も修羅場を乗り越えた花中はすぐに立ち直れたが、晴海と加奈子は違う。二人はすっかり腰が抜けて、歩くのも一苦労になってしまった。立ち直るのを待っても良かったのだが、何分彼女達の腰を抜かしたのは、住宅地のど真ん中で現れた暴走トラックが原因である。何時車が通るか分からない道路の上で落ち着けと言うのは、酷な話だ。

 そこで花中はフィア達三匹に頼み、二人を家まで送り届けた。彼女達の家族には学校での出来事と、その帰り道で危うく事故に遭うところだったと伝えてある。花中としては、晴海達二人が早く元気になってくれる事を願うばかりだ。

 そんなこんなで、またしても一仕事を終えた花中達。爆弾だとか、トラック事故とか……間を開けずに続いたハードな展開に、花中の心身は共に疲れている。しかしスマホで時間を見れば、まだお昼にもなっていない。早く家に帰り、ゴロゴロしたい気分だ。あと数分も歩けば辿り着けるぐらい自宅は近くなってきたが、その数分すらも今は煩わしい。

「早く家に、帰りたい……」

「あら、はなちゃんも流石にお疲れみたいね。難なら私がおんぶしましょうか?」

 ぼそりと独りごちたところ、あやすような物言いでミリオンに尋ねられた。一瞬、それも悪くないかも、と思ってしまうぐらいには疲れている。

 が、クスクスと笑うミリオンの姿を見るに、おちょくっている事は間違いない。一瞬でも「良いかも」と思った自分が情けなくなり、花中はぷくっと頬を膨らませながらそっぽを向いた。

「うふふ。そーいうところも可愛い」

「花中って素直だよねー。弄り甲斐があるって言うか」

 ……尤も、そんな仕草すらもミリオンを満足させただけなようで。ミィも子供を愛でるような、無暗に優しい眼差しを送ってくる。

「お二人ともあまり花中さんを弄るんじゃありません。大方おんぶされるのも良いかもと一瞬でも思ってしまった自分に嫌悪しているのでしょうからこれ以上触れるのは可哀想じゃないですか」

 挙句一番の理解者であるフィアは、完璧に理解してくれた上で重たいボディブローをハートにぶちこんでくる始末。

「むぅ……むぅぅぅぅ……!」

 すっかり機嫌を損ねて、花中は三匹を振り切るような早歩きを始めた。

「あら、怒っちゃった?」

「怒ってませんっ!」

「どー考えても拗ねてるよね」

「拗ねてませんっ!」

 相変わらず、後ろから聞こえてくる友人達の言葉は煽るよう。最早我慢ならないと、花中は更に歩みを早めようとした

「あ。花中さんちょっとお待ちください」

 ところ、フィアがそれを妨げてきた。花中の制服の襟元を掴んできたのだ。しかもそのまま軽々と持ち上げ、小動物か何かのように扱ってくる。

 花中の堪忍袋の緒が切れるのも、致し方ない事だった。

「うぅーっ! な、何するのぉ!」

「いえちょっと……この辺なら大丈夫ですかね」

 尤も、いくら声を荒らげ、ジタバタと暴れたところで、超生命体であるフィアにとっては掌の上でダンゴムシがもがくようなもの。何をしたところで、すいっと自分が運ばれてしまうのを花中には止められない。

 ……何故、自分の身体を移動させたのか?

 疑問が頭を過ぎり、沸騰していた感情が冷めていく。なんだろう、おちょくるにしても意味がなさ過ぎるような……と違和感を覚える花中。

 されど深く思案に耽る事は叶わない。

 ズドンッ! という心臓を突き上げるような轟音が、花中の意識を易々と粉砕してしまったのだから。

「……………へ?」

 花中の口から出せたのは、間抜けな一声。それから何が起きたのかを知ろうとしてか、無意識に音が聞こえた方へと首を動かす。

 見ればそこには一本の、黒い柱が立っていた。柱の太さと長さはそこらの電柱と同程度だったが、金属的な光沢を放つそれはコンクリート製の電柱とは似ても似つかない。そもそもあんな物はフィアに持ち上げられ、結果的に視線が逸れるまで影も形もなかった。

 そして、柱を中心にして広がるクレーターの存在。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()――――花中の脳がその結論を導き出す事は、さして難しくなかった。難しくなかったが、理性がそれを受け入れられるかどうかは別問題である。

 ましてや柱の位置が、あのまま歩き続けていたら辿り着いていたであろう場所なら尚更だ。

「え……な、何、アレ……?」

「いやー危ないところでしたね。あのまま歩いていたら直撃でしたよ」

 震える人間(花中)と違い、(フィア)は事実を受け入れる事になんの躊躇もない様子。ミィやミリオンも驚きで目を見開く中、フィアだけがケロッとしている。

「……さかなちゃん、よく今のが分かったわねぇ。私は上空百メートル地点でアレの接近に気付いたけど、速過ぎて反応出来なかったのに」

「あたしなんか反応は出来たけど、気付いたのは見えてからだよ。フィア、見える前に気付いたよね? なんで?」

「ふふふん。頭の上を何かが飛んでいると凄く不愉快な気持ちになるのですよ。池で暮らしていた時鳥とかに襲われて鍛えられたんじゃないですかね。勿論今更鳥如きに身の危険など覚えませんが」

 胸を張り、自慢気に語るフィア。褒めてほしいのか、チラチラと花中の方に目線を向けてくる。

 されど花中は何も言わず、呆然と『柱』を眺め続けるばかり。

 三度目。

 今日、生命の危機に陥ったのは、これで三度目だ。爆弾が目の前で爆発し、無人トラックが突っ込み、挙句空から金属が落下。フィア達が居なければ、間違いなく全ての事態で死んでいた。果たして自分は幸運なのか不運なのか、さっぱり分からない。

 いや、そもそもこの金属柱、何処からやってきたのだ?

 疑問に従い空を見上げてみると、飛行機が一機だけ頭上を飛んでいた。あの飛行機のパーツが落ちてきたのだろうか? しかし一般的な飛行機の外装に、柱のようなパーツがあった覚えはない。内部の部品なら判らなくて当然だが、そうするとあの飛行機は果たして最後まで飛べるのだろうか?

「あれ? 誰も来ないね?」

 夜のニュースを見るのが怖くなって震える花中だったが、ミィからの言葉が耳に入って我を取り戻す。

 未だフィアに摘まみ上げられた状態のまま、花中は辺りを見渡す。此処は閑静な住宅地。元々人通りは多くないし、平日の昼間となれば仕事や学校で家人が外出している家はそれなりにあるだろう。だが、住宅地なのだ。専業主婦のような、留守を預かる者も少なくない筈である。

 なのに、どうして誰も家から出てこない? 町中に轟いたであろうあの大音量が、聞こえていない訳がなく、気にならない筈もないのに。まさかこの辺り一帯家全てに誰も居ないなんて、そんな奇妙な事があるのか?

 何か、おかしい。

「誰も出てこないなら好都合じゃありませんか。面倒事にならないのですから」

 尤も、フィアは全く気にしていないようで。確かに、今日は散々面倒事に遭遇しているのだ。もうこれ以上付き合ってなんていられないという気持ちが、ぶすぶすと花中の奥底で燻っている。

 考えるのは、家に帰ってからでも良いか。

「……うん、今のうちに、帰ろうか」

「りょーかいでーす」

 花中の言葉を聞き届け、フィアは花中の身体をしっかりと抱き上げる。そして軽やかな足取りで、この場を後にした。フィアの後ろをミリオンとミィも追随してくる。

 今回は人が集まる前だからか、比較的ゆっくりな走り方。

 お陰で花中は後ろを振り返り……落ちてきた柱を、見る事が出来た。

 道路から黒い柱が一本生えている。

 瞼を閉じても浮かぶ歪な光景に、やはり花中は考えずにはいられなくて――――

 

 

 

「はぼへぇ~~~……」

 ようやく家に辿り着いた花中は、リビングのテーブルに顎を乗せてぐったりとしていた。椅子には今にも滑り落ちそうなぐらい浅く座っており、ハッキリ言って、だらしない。

 結局、あの金属柱の騒動で野次馬が集まらなかった理由は驚くほど単純なものだと判明した。

 ミリオンが黒柱を中心にして家々を調べ、どの家も留守だった事を突き止めてくれたのだ。つまり、あの付近の家には本当に誰も居なかったのである。そんな馬鹿な、と一瞬思ってしまうが、あり得ないとは言えない。少なくとも午前中の間に、爆弾に殺されかけ、トラックに轢かれそうになり、空から降ってきた金属の柱に潰されそうになるよりかは、余程現実味がある話だ。

 それでも気にならないとは言わないが……もう考えるのが面倒臭い。

 命の危機を三度も味わったのだ。肉体的にはさしたるものではないが、精神的にはかなりの負荷が掛かっている。ぶっちゃけ今日はもう何もしたくない。学校からは自主学習を指示されているので勉強しないといけないが、生真面目な花中が「今日はサボっちゃおうかなぁ」と自主的に思うぐらいには疲れている。これ以上頭を働かせたくない……その気持ちが、今の花中の姿勢にも現れているのだ。

 尤も、疲れているのは花中だけ。

「花中ぁー、ゲームして遊ぼうよー」

「そうですよ花中さん折角の休校なんですからぐったりして過ごすなど勿体ないではないですか」

 同じ目に遭ってる筈なのに、未だピンピンしている同居人と来客が此処には居た。ミィは庭につながるガラス戸から顔だけを覗かせ、フィアは花中の傍に付き添うように立っている。チラリと二人の顔を見れば、どちらも退屈さを隠しもせず、子供のように澄んだ眼で訴えていた。

「こらこら、二人とも少しは我慢なさい。はなちゃん、疲れてるんだから」

「殆ど動いてないんだから疲れる訳ないじゃん」

「全くです。精々虚仮威しが三度あった程度でしょうに」

 唯一、三匹の中では一番人間の大人らしい考え方をするミリオンが窘めたが、フィア達は中々諦めない。余程退屈で、花中と遊びたいのだろう。自分を好いてくれる事は素直に嬉しい。午前中の出来事は『虚仮威し』に過ぎない、というフィアの言葉には苦笑いを浮かべてしまうが。

 しかしながら、フィアとミィの言う事も尤もな話。実際遭遇した『出来事』に対処したのはフィア達だ。花中が何をしたかといえば、最初から最後まで呆然し、事ある毎にリアクションを取ったぐらい。一人何もせず、わーわー騒いだだけ……確かにこれで精神的に疲れたと主張しても説得力がないだろう。

 それにいくら疲れていても、何時までもぐでぐでしている訳にはいかない。お昼は自分で作らないといけないし、夕飯の材料がないので買い物にも行かねばならない。独り身に、心の疲れを感じている暇はないのだ。

「……うん。フィアちゃん達の、言う通り、だね。でも遊ぶのは、お昼の後にしてほしい、かな」

「お。やっと乗り気になった」

「んふふ。そうこなくては」

 気持ちを切り換えた花中を見て、ミィとフィアが嬉しそうに笑みを浮かべる。ミリオンは呆れたように「甘いんだから」とぼやいていて、その通りなので花中は否定出来なかった。

 さて、折角気持ちを切り換えたのだ。また堕落感に呑まれる前に行動するのが吉。

 そう思い椅子から立ち上がった――――タイミングで、ふと外から軽快な音が聞こえてきた。オノマトペを付けるならピンポンパンポーンという、要するに広域放送を知らせる音だ。

 なんだろう、という思いと、よくある行方不明者の連絡かな、という思いが同時に胸に昇ってくる。放送の続きを聞き逃さないよう花中はしっかり耳を傾け、

【町内全域に、噴火警報が、発令されました】

 全く予期していない言葉に、理性が止まってしまった。

「……………え?」

【泥落山にて、火山活動が活発化し、周辺に、甚大な被害が生じると、予想されています。近隣住民の方々は、速やかな避難を――――】

 呆気に取られる花中を余所に、放送は淡々と続けられる。曰く、泥落山が噴火する。だから避難しろとの事。

 確かに、本当に噴火するのなら一大事だ。表向き、()()泥落山の周囲では大規模な地殻変動によると思われる災害が多発している。何も知らなければ、避難警報が発令されても「やっぱり」と思うだけだろう。

 だが、花中は全て知っている。

 泥落山周辺での出来事は地殻変動などではない。ミュータント同士のケンカであり、一過性のものだ。噴火の予兆などありはしない。ミュータントの仕業だというのは見抜けなくとも、噴火の可能性がない事は専門家が調べれば分かる筈だ。

 なら、どうして? もしかしてフィア達が暴れた影響は地殻にまで届いていたのか? フィア達がこれまでに放出したエネルギーの総量は正しく天災規模だろうから、可能性がないとは言えないが、しかし――――

 放送が終わっても考え続ける花中だったが、ピンポーン、と小気味よい音で我を取り戻す。

 インターホンの音、来客の合図だ。

 こんな時に誰が? と疑問に思ったのは一瞬。花中にはなんとなく予想が付いた。恐らく警察や消防、或いは自衛隊である。避難の遅れている住人が居ないか、確かめているのだろう。金属柱が落ちてきた場所に住人が居なかったのは、避難が粗方済んでいたからか。だとすると、帰り道で放送を聞かなかったのは何故か……

 再び考え込みそうになり、花中は頭を力いっぱい横に振る。まずは『来客』への対応、それから警報に従って避難する準備だ。どうしてこんな事になっているのか、原因はじっくり探れば良い。

 そう思い玄関に向けて歩み出そうとした花中、だったが、フィアに阻まれてしまった。あたかも通行止めを示すかのように、片腕を広げられて。

「……フィアちゃん? どうし――――」

「重過ぎる」

「え?」

 フィアからの脈絡のない言葉にキョトンとする花中。

 だが動揺から辺りを見渡せば、場の空気が一変していた。ミィはもう笑っておらず、窓から身を引いている。ミリオンは鋭い眼差しで玄関を睨み付けている。

 一人状況に付いていけず、花中はオロオロしてしまう。

「それで、どうする?」

「当然あなたが行くべきでしょう。私は花中さんの傍から離れるつもりは毛頭ありませんし野良猫は家に上がったら床をぶち抜いてしまうでしょう?」

「さかなちゃんのは単なる私情じゃない……まぁ、良いわ」

「んじゃ、あたしは適当に隠れて様子を窺っとくね。アンタ達に万一も何もないだろうけど」

 しかし誰も花中に説明はしてくれず、話は着々と進んでいく。結局花中は意見を訊かれもせず、そそくさとリビングから出ていくミリオンを見送る事しか出来なかった。ミィも見える範囲から失せ、何処かに行ってしまう。リビングに残ったのは花中とフィアだけだ。

「はーい、今開けまーす。でもセールスなら帰ってねぇー」

 ややあって出向いたミリオンの、手慣れたようなふざけたような声が玄関から聞こえてくる。それからガチャリと戸を開く音がして、

 ボンッ! と破裂音が続いた。

 何? ――――そう言葉にする暇もない。

 直後に、激しい音を立ててリビングの窓ガラスが割れたのだから!

「っきゃあぁ!?」

「ちっ」

 突然の出来事に慄きひっくり返った花中に対し、フィアの行動は迅速かつ迷いがなかった。

 舌打ちするやフィアは花中の方へと腕を伸ばし、その手から大量の水を放出。水は重力を無視してうねり、集まり、一瞬で花中を包み込む巨大な水球へと成長した。多量の水に包まれてしまった花中であったが、花中の周りにはしっかりと空気の層が用意され、呼吸には困らない。水は透明度も高いので、少し歪んでいる事を除けば外の様子を窺い知るのにも支障はない。

 今までに何度か経験した、フィアが作り出す『花中専用スペース』だ。今更コレに恐れはしないが……花中は身が引き締まる想いになる。

 少なくともこの水球は、花中の身に危機が迫った時にしか使われた事がないのだから。

「ふぃ、フィアちゃん……!?」

「申し訳ありません花中さん。少々迷惑な来客が訪れたようでして」

 尋ねようとすれば、フィアはすぐさま答えを返す。

 その言葉の意味を花中が飲み込む前に、パキリと窓ガラスを踏む音が鳴った。

 花中は反射的に音が聞こえた方……庭へと通じる、大きな窓ガラスの方へと振り向く。そしてすぐに、その目をギョッと見開いた。

 庭から、見知らぬ者達が三人も、土足で上がり込んでくる。

 彼等の顔は分からない。全員が、頭どころか手足の先まで白色の……機動隊が身に纏うような……プロテクターで包まれているからだ。体格もプロテクターで誤魔化されているのか、三人は背丈や肩幅まで寸分狂いなく同じに見える。

 加えて彼等の手には、銃が握られていた。それも拳銃のような、()()()は代物ではない。杖や鈍器としても使えそうなサイズ……銃にさして明るくない花中でも、ゲームや映画で知っている。アサルトライフルと呼ばれる銃器に酷似しているように見えた。本物かどうかは分からないが、彼等はそれを堂々と構えている。花中が居るテーブル付近から窓まで四メートルほど離れているが、もしあの銃が本物なら、この程度の距離などないようなものだろう。

 どう考えても、ただの不法侵入者ではない。

「……………えと、自衛隊……?」

「花中さん現実逃避は程々にしてくださいね」

「……はい」

 どうにか当初の予測と現実を擦り合わせようとするが、フィアに叱咤されてしまった。逃避はもう許されない。

 自分達は、何かとんでもない事に巻き込まれているらしい。

 その『何か』が一体なんなのか――――分からないという底の見えない恐怖に震える身体を抱き締めながら、花中は目の前に現れた『現実』と向き合うのだった……




さぁて、現れました今回の敵キャラ。前回はあまり戦闘シーンが書けなかったので、その反動で本章は戦闘シーン増し増しですぞ!

え? 女の子同士のバトルはどうなったって?
……ちゃ、ちゃんと女性の敵キャラも出るから!(ネタバレ)


次回は10/2(日)投稿予定です。

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