彼女は生き物に好かれやすい   作:彼岸花ノ丘

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第四章 世界の支配者
世界の支配者1


 爽やかな、夏の朝だった。

 外では今日も小鳥とセミ達が歌声を上げ、世界を華やかな音色で満たしている。朝日も眩く輝き、痛いほどの日差しからはジリジリという響きが聞こえてくるだろう。時刻はまだ朝七時前。これからどんどん命が目覚め、賑やかになる事だろう。空に広がる雲一つない青空はもっともっと色濃くなり、見上げれば水の中を泳ぐような気持ち良さを感じさせてくれるに違いない。

 そう思ったら、もう楽しさしかない。ワクワクしかない。胸が弾み、今日という日への期待が膨らんでいく。

 そんな朝なのに。

「どうして花中さんはまるでこの世の終わりを目の当たりにしたかの如く何時も以上に辛気臭く俯いているのですか?」

 フィアは思った事を、そのまま花中に尋ねた。

 大桐家のリビングのど真ん中にて、パジャマ姿の花中は正座をしながらカタカタと震えていた。

 彼女が正面に見据えているのはテレビであり、映されているのはニュース番組。ミリオンや花中が毎朝見ているものだ。花中が見ているので時折フィアも付き合うが、毎週火曜夕方六時に放送している『殲滅魔法少女ジェノサイドちゃん』のようなハラハラドキドキがないので見ててもあまり楽しくない。このニュース番組が花中にとって面白いのならそれでも良いのだが、大抵無表情でぼんやりと眺めている辺り、どうやら花中にとっても心が躍るような楽しい番組ではないらしい。どうして花中は面白くもないものを毎日見ているのか、フィアにはよく分からなかった。

 ましてや身体を震わせながら見るなんて人間が時折好んでやるという苦行とかいうやつなのだろうか?

「ど、どうしてって……だって、あんな事しちゃったら……!」

 フィアの疑問に答えるように、花中は慄きながら語る。質問に答えてくれた事は嬉しいが、しかしあんな事なる行為がパッと思い浮かばない。花中の訴えなのでフィアとしても思い出したいが、割かし真剣に考えてもさっぱりだ。

「き、昨日の、妖精さんとのケンカ、だよぅっ!」

「……ああ。アレですか」

 ついには気付いてよと言わんばかりに花中が声を荒らげ、ようやく得心がいったフィアはポンッと暢気に手を叩いた。

 そういえば昨日は生意気なホタルに『お仕置き』をしようとしていた。

 あの時の『ケンカ』はかなり派手にやった。一晩寝たらすっかり忘れてしまったがとても賢い花中なら覚えているのも頷けるというものである。

 しかしこの慌てぶりは些かオーバーではなかろうか? 

 ミリオンの時は山の一部を吹っ飛ばしたし野良猫の時はダムを一つ壊している。アレらに比べれば規模としては小さいものではないか。確かに人間の町で暴れたのは初めてであるが被害は人間の巣をいくらか壊してしまっただけ。()()()()()()()()()()()

 これがフィアの認識だった。

「そんなに気にする話ですかね? 死んだ人間はいなかったとミリオンは言ってましたが」

「そういう問題じゃ、ないの! だって、だってこんな、目立って……」

「目立つ?」

 どういう事か分からず首を傾げると、怯えたような小声で花中は説明してくれた。

 曰く、今までの『ケンカ』は人目に付かない場所でやっていた。

 ミュータントの存在と出鱈目な力は、現代科学では説明が出来ない……所謂『オカルト』の領域である。故に目撃者が居なければ、残された惨状を目の当たりにした専門家がどれだけ奇妙だと語ったところで、オカルト話として語り継がれるのが精々。科学立国日本において、世界に未知はあっても『不思議』はない――――それが常識だからだ。だからどんなに奇妙奇天烈な事が起きようと、証拠がなければ誰もフィア達の存在を察知出来ない。

 けれども町中は人目に満ちた世界。ましてや今はスマホや携帯電話が普及し、誰でも気軽にカメラマンへとなれる時代である。しかもフィアは隠れるどころか、逃げ惑う人々の混乱を増長するほどに堂々と暴れているのだ。誰かに撮影されていてもおかしくない……いや、撮影されてないとおかしい。確たる証拠が無数に生じてしまった筈だ。ネットにも投稿されている事だろう。

 いずれ世界はミュータントの存在を周知のものとする。そうなった時、果たして人は自分達を超越する存在を隣人に出来るのか。人を易々と殺める力を持ち、人にさして好感もなく、人の思惑を見透かせるだけの知能を持った『野生生物』の存在を許容出来るのか。

 恐らく、大多数の人間がフィア達を脅威と認識するだろう。そうなれば『人間』はフィア達に戦いを挑むかも知れない。人間は本能的に、脅威を乗り越えようとする生き物だからだ。そして人間との戦いはこれまでの、ミリオンやミィとのケンカとは比にならない規模になる筈。色んな物が壊され、たくさんの『命』が失われる。そんなのは嫌だ。

 ……とかなんとか花中は言っていたが、フィアは「そうですか」の一言で片付けた。人間なんて簡単に蹴散らせるのだから殺さないよう手加減するぐらい簡単だと思っていたし、万一勝てそうにないなら姿を変えて逃げれば良い。どうにかする手段などいくらでもあるのだ。フィアにはやはり大した問題とは思えなかった。

「あんな大事なら、た、多分ニュースになるよぅ……ど、どうしよう、もし警察とか、そ、捜査に来たら……!」

「来たところでどうとでも出来ますけど」

 震える花中を宥めようとしたフィアだったが、ふと、視界に入ったテレビの映像が本能的(なんとなく)に気に掛かる。

 目があまり良くないフィアは、『身体』の表層部分の密度を変化させて集光能力を強化。拡大した画像を網膜に投射する。尤も目自体の能力が低いのであまりハッキリとした映像は見えないのだが、それでもテレビの字幕と映し出された景色ぐらいは判別出来るようになる。

 テレビに映っていたのは見慣れた景色と、聞き慣れた地名が書かれたテロップ……これだけ分かれば、テレビに映っているのが蛍川だとフィアでも気付けた。

 ただし蛍川が映ったのはほんの一瞬だ。次の瞬間テレビカメラが向けられたのは住宅地の方。映し出されたのは、ボロボロになった何十軒もの家だった。

「噂をすればなんとやらですね」

「あわわわ……!」

 目当てのニュースが始まった事を知らせると、花中はあたふたしながらテレビを凝視する。フィアも暇なので、一緒に見る事にした。

 テレビには、壊れた住宅地を訪れた男性リポーターが映されていた。リポーターは壊れた家を指差し、起きた参事の大きさを神妙な面持ちで伝えようとしている。怪我人が何十人出たとか、幸いにも死傷者は居ないとか、政府が支援を表明したとか……

 自分の事ではない話なのにどうして人間は我が事のように騒ぐのだろう?

【原因は未だ不明ですが、家屋の倒壊が起こる前に周辺では小規模な地震があったとの近隣住民の話があり、局所的な地質学的異変が起きたのではとの見方が強く――――】

「なんか地質学がどうとか言ってますけどそれって地震とか火山って事ですよね? 的外れな推理をしているようですが」

「ま、まだ、一日も経ってないんだよ……これから調査が、進めば、ネットの画像を見れば……はわわわわわわ」

 そしてどうして起きるかどうかも分からない想像を膨らませてわざわざ恐怖するのだろう?

 フィアにはリポーターや花中の言動の理由がよく分からなかった。社会性はおろか育児の性質すら持たないフナに、人間が持つ『高度な社会性』や『共感』は理解し難いのだ。とはいえ知性そのものは人間並なので、一月近い共同生活を送れば理解は出来ずとも知識は持てる。

 例えば、時間を守るという概念。

「ところで花中さん。テレビを見るのは結構ですけど今日も学校はある訳ですしそろそろ身支度を済ませた方が良いと思うのですが」

「はぅ!?」

 それとなく忠告してみれば、花中は我に返ったような悲鳴を上げた。慌てた様子でテレビから離れ、最初の支度はエネルギーの補給だとばかりに急ぎ足でキッチンへと向かう……が、何度も振り返り、テレビを気にしていた。どうやら中々気持ちが切り替えられないらしい。

 やれやれ、とばかりにフィアは肩を竦める。

 花中は自分よりもずっと頭が良いが、良過ぎるあまり色んな考えが過ぎり、いらぬ不安を抱くところがあるとフィアは感じていた。それと自身も人間だからか、人間の力を過信しているような節がある。

 人間とは、そんなに強い生き物なのだろうか? 一人じゃ弱く、群れれば仲間割れし、なんの根拠もないのに自分達の勝利を信じて疑わない。どう考えても強いとは思えない。

 そんな生物に自分が負けるなんて。

「……花中さんの心配性には困ったものです」

 フィアは呆れた想いを口に出すと、近くにあった新聞を手に取り読み始める。尤も目を通すのは一面とテレビ欄、そして世間を皮肉った四コマ漫画だけ。

 恐れるものは何もない。仮にあったとしても、その時考えれば良い。自分の力を使えばどうとでもなる。

「(今日は何して過ごしましょうかねー放課後は久しぶりにミリオンとゲームセンターで対戦でもしましょうか。ふふふっ家で花中さんと一緒に練習したので今度は負けませんよー)」

 だからフィアは、今日も何時も通りに過ごすのだ。

 例え何が来ようと、自分達を揺るがすモノなどいないと信じるが故に――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フィアは知らなかった。

 

 人間が何千もの世代を、

 

 何万もの月日を、

 

 何百億もの屍を積み上げ、

 

 得たものの力を。

 

 『それ』をなんと呼ぶのかを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【尚、被害の実態を知るために大神総理は明朝より官邸を出発し、午前中にも現地入りするとの事で……】

 

 

 

 そして、これから自分達が戦わなければならないものの大きさを――――




お気に入り登録数が20に達しておりました。
これほど多くの方に読んでもらえていると思うと、身が引き締まる想いに頬が緩みます(どっちだよ)。
これからも皆様に楽しんでもらえる作品作りに励みます。今後ともよろしくお願いいたします。


さて、第四章が始まりました。
今回はフィア視点で書きましたが、平時のフィアは毎度こんな感じに能天気です。朝日を見て、今日も一日楽しくなりそうだと思える人間に私はなりたい。
プロローグ的なお話なので短めですが、今回はここまで。

次回は9/18(日)投稿予定です。

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