彼女は生き物に好かれやすい   作:彼岸花ノ丘

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亡き乙女に音色は届かない5

 時計の針が五時を過ぎ、夕刻と呼ばれる時刻を迎えた頃。

 七月の太陽は外は未だ高く、外は昼のように明るいが、図書館から人影はすっかり減っていた。閉館時刻は午後九時なのでまだしばらくは利用可能だが、これからどっと人が押し寄せてくる事もあるまい。

 ましてや施設の隅っことなれば、人気など皆無。辺りを見渡しても人影はおろか、息遣いや足音などの気配も感じられない。人にあまり聞かれたくない話も、これなら幾分話しやすいだろう。

 そのようなシチュエーションの中で――――花中は、自分を()()()タキシード姿の男と向き合っていた。

 男と花中は図書館の隅にある、長机を挟んだ対局の位置で向かい合っている。普段滅多に関わらない大人の男の人との対面で花中の身体はガチガチになっており、親に叱られている子供のように身を縮こまらせている。男の方も表情が強張り、背筋を不自然にピンと伸ばしていた。

 そして二人揃って互いにチラチラと相手の顔色を窺い、無言を貫いたまま。

「さっきから何意識しあっちゃってんのよ。恋する乙女じゃあるまいし」

「「はっ!?」」

 花中の後ろに立つミリオンがツッコミを入れなければ、果たして何時までこの無言は続いていたのだろうか。我に返った花中はもじもじしながら、意を決して男の顔を覗き込んだ。

 ……何故か、男の方が花中よりも挙動不審になっていたが。まるでやましい事でもあるかのよう。あまりの怪しさに花中の中に冷静さが戻ってきたが、同時に根深い不信感も抱いてしまう。話す前から固定観念は良くないと、花中は首を力いっぱい振って頭の中をリセットしておいた。

「えと、ま、まずは自己紹介、から、しません、か? あの、わたし、大桐花中と、言います」

「あ、ああ……僕は二階堂(にかいどう)奏哉(そうや)だ。よろしく」

 それから今までしていなかった自己紹介を、花中は自分から始めた。男――――奏哉もぎこちない言い方ながら名乗る。たったそれだけで二人の間にあった見えない壁が、依然立ち塞がってはいるものの、少しだけ低くなったように花中には感じられた。

 さて、自己紹介が済んだならいよいよ本題だ。

 どうして彼は自分に付き纏うのか、自分に何を訊きたいのか。それを確かめなければ、勇気を振り絞って男の人と向かい合った意味がない。

「そ、その……わたしに、何か用が、あるのです、よね? わたし、あなたに何か、してしまった、のでしょうか……?」

 花中は声を絞り出し、出来るだけハッキリとした言葉で奏哉に尋ねる。

 奏哉の最初の答えは、首を横に振る事だった。

「いや、君は何もしていない。ただ、ちょっと教えてほしいだけなんだ」

「教えてほしい、ですか?」

「君が出会った、女の子についてだよ」

 首を傾げる花中に、奏哉は真っ直ぐな眼差しと共に答える。

 しかし花中はますます首を傾げてしまった。何しろ奏哉の言う女の子に、なんの心当たりもないのだから。

「……あの、女の子と言われても……だ、誰の、事、でしょうか?」

「え? あ、ああ……いきなり言われても困るよね。えっと、僕と初めて会った時の事は覚えているかい?」

「初めて……えと、ほ、蛍川、の、雑木林の……?」

 確かミリオンさんがそう言っていたような……記憶を辿りながら花中が恐る恐る訊き返すと、奏哉は「そう、その時の事だよ」と肯定する。それなら少しは、と花中が答えると、奏哉は件の少女の外観について確認するように説明し始めた。まず、その子は花中と同じぐらいの身長で……

 しばらく大人しく話を聞いていた花中だったが、やがてハッとなった。確かに、その『少女』には見覚えがある。

 しかし彼女は、キノコに当てられて見た『幻覚』だった筈。

 ふと、記憶が蘇る。奏哉と初めて会ったあの時、花中は自分が見た幻覚の『少女』について、うっかり奏哉に話してしまっていた。自分と同じぐらいの身長の、と言われて、つい見たと答えてしまっていたのだ。その後奏哉に肩を掴まれて頭が真っ白になり、フィアが奏哉を投げ捨て、奏哉を置いて逃げ出して……今まで訂正を一度もしていない、ような気がする。何分あの時はパニックに陥っていて記憶が曖昧なのだが、自分の話した内容すら覚えていないような状況でちゃんと説明出来ていたとは考えられない。

 まずはそこから話した方が良さそうだ。だけどそうなると、期待させてしまった分、すごくガッカリさせてしまうかも知れない。そう思った花中は、びくびくしながら言葉を絞り出した。

「あ、あの……言い辛いの、ですけど……た、多分、わたし、その女の子……見てない、です」

「見てない? でも……」

「あ、あれは、幻覚を、見ていた、みたいで……あの、蛍川の、周辺は、今、幻覚キノコが、たくさん生えて、いる、みたいです、し、その女の子、途中で消えちゃったし……」

「途中で消えた?」

「は、はい。瞬きしたら、と言うか、映像が、切り替わる、みたいに、パッって、消えて……」

 説明しながら、なんて胡散臭い話だと花中自身感じる。逃げたい一心で話を煙に巻こうとしているのでは、と思われても仕方ない。

 ところが花中のそんな心配を余所に、奏哉が怪訝そうな、或いは苛立った表情を浮かべる事はなかった。むしろ納得したかのように清々しく微笑んでいる。何故そんな顔をするのかさっぱり分からず、却って花中の方が戸惑う。

「……あの……?」

「ん? ああ、すまない。いや、それで良いんだ。その子についてで良い」

「え? でも、それはわたしの」

「君が見たのは幻覚じゃない」

 もしかしてちゃんと伝わっていないのでは?

 そう思い改めて話そうとしたところ、遮るように奏哉は訂正を入れてきた。幻覚ではないなんて、どうして花中と一緒に居た訳でもない人物に断言出来るのか? 大体一瞬で消える点についてどう説明する気なのだろうか。

 奏哉の言葉は納得どころか疑念を生じさせ、花中はつい眉を顰めてしまう。

 そんな花中に、奏哉はテーブルに身を乗り出して顔を近付けてきた。突然の行動に花中の身体は反射的に後ろに下がろうとしたが、背もたれのある椅子に座っていてはそう遠くまで離れられない。何時もなら跳び退くように逃げるところが、身を仰け反らせるだけで終わってしまう。逃げられなくなった花中との距離を詰めた奏哉は、乗り出した姿勢のままキョロキョロと辺りを見渡し、

「ここだけの話……君が出会った女の子は、人間じゃないんだ」

 周りには花中とミリオン以外居ないのに、ひそひそとした小声でそう語った。

 

 

 

 ――――曰く、『少女』と初めて出会った時、奏哉はバイオリニストを志す若者の一人であった。

 バイオリニストを目指していた当時の彼は、とある講師の下で技術を磨いていた。講師には奏哉以外にも大勢の生徒がいたが、奏哉は ― 自称ではなく、講師が言うには、なのだが ― その中でも飛び抜けて優れた技術を持っていた。どんな曲だろうと一度読んだだけで譜面通りに演奏出来、要望があればその通りにアレンジを加えられる。人がこれほど正確かつ繊細に演奏が出来るものなのかと、称賛の言葉をもらった事も何度かあった。

 しかしその腕前を大勢の前で披露する機会は、中々得られなかった。

 オーディションを受けても受けても、あと一歩で落とされる。講師のツテでコンサートを開けば好評にも関わらず、業界からの声は掛からない。誰もが上手いと認めているのに、誰もその音色を欲しない。

 決して驕っていた訳ではない。結果に不満がある訳でもない。それでも仲間達が一人、また一人と独り立ちする中で自分だけが残される状況に、奏哉は苛立ちと焦りを覚えるようになった。ただし周囲に当たり散らしたりはせず、家でがむしゃらにバイオリンの練習するという形で憂さを晴らしていたが……初夏を迎えたある日、近所からクレームが来てしまった。講師の指導を受けるため奏哉は地元からこの町に引っ越してきたのだが、住まいであるオンボロアパートの壁はバイオリンの音を防いではくれなかったのである。

 苦情がきた以上、家での練習は控えるしかない。しかし練習をしなければ夢は遠退くばかり。

 悩んだ末に奏哉は、自宅アパートの近所にある林……蛍川近くの雑木林で練習する事を閃いた。あそこなら住宅地から少し離れているし、生い茂る木々やふかふかな土が音を吸収してくれそうな気がする。少なくとも家で演奏するよりかは近所の迷惑にはならないだろう。澄んだ空気に囲まれれば、鬱屈とした気分も少しは和らぐかも知れない。

 そう考えた奏哉は夜の雑木林に向かい――――道中である蛍川にて彼女と出会った。

 燃え盛る炎のように赤い髪、新芽のように鮮やかな緑色の衣服、海のように透き通った青い瞳。

 それが、出会った時の『彼女』の姿だった。

 その愛らしさを目の当たりにして、奏哉はかつてない戸惑いと動揺を覚えた。胸はマラソンでもしてきたかのように激しく脈動し、身体は灼熱の太陽に炙られたかのように火照った。極めつけが、どう考えても身体がおかしくなっているのに、そんな異常を心地よく感じてしまう事。少女が見た目小学生ぐらいで、深夜の雑木林の近くに居る事の不自然さなど考えにも上らなかった。

 過去に経験がなかった訳ではない。

 しかし燃え上がるようなという意味では間違いなく生まれて初めての、恋だった。

 少女も奏哉に興味を持ったのか、奏哉に近付いてきた。喜怒哀楽のない無表情な顔だったし、なんの言葉も発しなかったが、奏哉の傍を離れようとはしなかった。彼女は喋れないのかなんの言葉も発しなかったが、奏哉の言葉に頷いたり、首を振ったりして意思の疎通は出来た。ぼーっとしているのか時折返答がない時もあったが、それすらも小悪魔的な焦らしに感じ、ますます愛おしさを加速させる。自然と奏哉と少女は『言葉』を交わし、互いの事を知ろうとした。

 ついには夜が明けてしまい、奏哉は当初の目的を忘れていた自分にようやく気が付いた。

 だけどそんな事はどうでも良かった。今日もまた、講師の下で練習を行わねばならない。少女に別れを告げる方が、ずっと辛かった。堪らず奏哉は、また今夜此処で会おうと少女に懇願した。少女は頷き、約束を取り交わしてくれた。

 途端少女は姿を消した。忽然と、煙のようにという言葉すら物足りないほどの一瞬で。

 超常現象的な光景に奏哉は当然ながら驚きを覚えた。しかしその驚きは、頭の中を満たす少女の顔であっという間に塗り潰されてしまった。講師の下で行われていた練習の最中もそれは変わらず、あの子にこの曲を聴かせたい、聴いたら喜んでくれるか……そんな事ばかり考えてしまう。練習終了後講師に呼び出された時、奏哉は自身の散漫とした集中力を咎められるものと思っていた。

 事実、そこは注意された。けれども同時に、ある言葉も付け加えられた。

 今のお前の演奏には、今までにない魂が含まれている、と。

 無論奏哉は、今まで演奏に想いを乗せていなかった訳ではない。しかし奏哉の卓越した演奏力は、自分の感情をも克服する正確性を発揮していた。どんな楽譜でもミスなく演奏し、自在にアレンジしてみせた。それは技術の面から見れば、最高の腕前と言えただろう。だが、それでは人は感動させられない――――真に完璧な演奏とは、機械に譜面を入力して奏でさせたものと変わらないからだ。

 今までの奏哉の演奏は ― 彼自身の演奏に対する想いとは関係なく ― 感情が伴っていないように感じてしまうものだった。それが()()()()()が含まれる事で、新たなる境地に達したのだ。『邪念』を抱きながら奏でる曲は絶賛され、以来オーディションに受かるようになり、演奏会の依頼が来るようになった。新たな日々が始まったのである。

 そして奏哉の新たなる日々には、蛍川で出会った少女との交流も加わっていた。

 少女が人間でない事は、幾度もの交流によって確信を得るに至った。彼女は一瞬にして姿を現し、瞬時に消えてしまえる。少女の身体を触ろうとしてもすり抜けてしまい、時には炎を出したりもしてみせる。それだけやって人間でないと気付かない筈もない。

 だが、奏哉にとってそんなのは些末な話。奏哉はその少女の事が、好きになっていたのだから。

 奏哉は少女と幾度となく顔を合わせ、言葉を交わした。彼女の表情が変化する事はなかったが、自分が雑木林に現れれば姿を見せてくれて、一方通行の会話にずっと耳を傾けてくれた。やがて名前がないようなので少女の事を『妖精さん』と呼ぶようになり、コンサートでの話や、自作の曲を聴いてもらったりしながら交流を重ね……熱さだけではない、海のように深い愛へと育った頃、奏哉は運命の決断を強いられた。

 アメリカでバイオリンの演奏会をやってほしい――――契約期間は二年間。来客数や評判によっては契約の延長もあり。

 その話が来た時、奏哉は悩んだ。海外での長期公演の依頼。実力が評価された証であり、経験を積む事で更なる成長を遂げる事も出来るかも知れない。プロのバイオリニストを志す者として断る理由はない。

 しかし海外に行くという事は、妖精さんとの長い別れを意味していた。

 何年か向こうで仕事をし、そのうち必ず帰ってくる……言葉で言うのは簡単だ。けれども数年もの間愛する人を置いて異国の地に旅立つのは、胸を裂かれる想いになる。本音を言えば、気持ちとしては断る方に傾いていた。それでもアメリカに旅立てたのは、妖精さんに後押しされたから。言葉はなくとも、アメリカ行きを、数年の別れを受け止めてくれたから。

 奏哉は妖精さんと約束を交わした。必ず戻ってくる。帰ってきた時僕は君を貰う……結婚しよう、と。

 そして旅立ってから凡そ二年後……アメリカで成功を収めた彼は契約の延長と一週間の休暇をもらって、昨日帰国した。妖精さんを迎えに行くために。一人の男として、一人の女に愛を伝えるために。

 だが、再会した結果は拒絶。

 結婚の意思を伝えると、川から巨大な炎が噴き上がり、妖精さんとの間に巨大で強固な『壁』が出来上がった。そして奏哉が炎を前に立ち往生していると、妖精さんは姿を消してしまったのである。炎が消えた後奏哉は妖精さんを求めて一晩中雑木林の中を彷徨ったが、妖精さんは姿を見せてくれなかった。

 確かに具体的な言葉はなかった。けれども、これが拒絶以外のなんだと言うのか?

 拒まれた事はショックだった。約束を違えられた事も悲しかった。

 だけど一番辛いのは、理由が分からない事。

 もし、この二年で彼女に好きな人が出来たのなら、彼女の幸せのために受け入れよう。恋人より進んだ関係が怖くなってしまったのなら、彼女の気持ちが落ち着くのを待とう。プラトニックな関係が望みなら一切手を出さないと誓う。

 でも、何も分からなければ何も出来ない。なんとかしたいのに、彼女からはまだ何も教えてもらっていない。

 だから、彼女に会いたい。

 例えどんなに辛い話であっても、愛する少女の願いは知りたいから――――

 

 

 

「これが、僕が彼女に会いたい理由なんだけど……ごめん。こんな話、急に言われても信じられないよね」

 話を終えて、奏哉は申し訳なさそうに言葉を最後に付け加えた。

 しばし、花中は口を噤んで黙りこくる。

 確かに、信じ難い話である。一瞬で姿を消し、その身体には触れず、挙句炎を操る……そのような存在と仲を深め、二年前には婚約まで結んだと言われたのだ。一般人なら「アンタ、酔ってんの?」と猜疑心を隠さずに尋ねている事だろう。

 だが、花中は奏哉の言葉をそのまま受け入れた。

 花中は知っている。この世には水を手足のように振るう魚が、熱を自在に操るウィルスが、自身の肉体を完璧に支配している猫が存在している事を。そこに姿を一瞬で消せる妖精さんが加わったところで一体どんな不都合がある? 真摯で、悲痛な言葉を否定出来る、どんな理由があると言うのか。

 それどころか、その『妖精さん』こそが自分の探し求めていた存在であるかも知れないのに。

「(……まさか、こんな形でつながるなんて)」

 予期せぬタイミングで歯車が嵌まり、花中の思考は一気に回り始める。感情が置いていかれるような、少し気持ち悪い感覚だ。

 奏哉はその『少女』を妖精さんと呼んでいるが、あくまでそれは彼が付けた呼び名。この世の非常識の一部を知ってしまった花中が考えるに、恐らく妖精さんの正体はフィアやミリオンと同じ、突然変異により人間と知識の共有を起こした生物――――ミュータントだ。尤も、実は本当にお伽噺に出てくる幻想的存在だったとしても、花中にとっては些末な問題である。

 重要なのは、あの雑木林には不思議な力を操る存在が人知れず潜んでいた事……その存在が、フィアを傷付けた張本人である可能性が高いという事である。

 無論今はまだ推測の段階だ。真実を確かめるために、その『妖精さん』と接触する必要がある。奏哉曰く妖精さんは声が出せないようだが、仕草があれば簡単な対話は可能。こちらの問い掛けにYESかNOで答えてもらえれば、あなたがフィアちゃんを襲ったのですか、ぐらいは確かめる事が出来るだろう。

 問題はミリオンがそれを許してくれるかだが、花中には勝算がある。

 これは奏哉と妖精さんの恋物語、恋愛なのだ。恋に生きた女であるミリオンなら、二人の間で起きたトラブルに強い関心を抱いている筈。二人の恋の行方を手助けしたいと言えば、妖精さんに会いに行くのも許してくれるかも知れない。ミリオンや奏哉達の想いを利用するようで気は引けるが、何も誰かを不幸せにしようと企てている訳ではないのだ。二人の幸せのためにも、これぐらいは見逃してほしい。

「あの、ミリオンさん――――」

 花中は意を決して、自分の後ろに立っているミリオンに声を掛け、

「ごめーん。私、あっちに付くわ」

 しかしその決意は、ミリオン本人によって妨げられてしまった。ミリオンの口振りは何時も通りの軽薄さだったが、小心者な花中はつい「は、はぃ」と萎縮しきった返事をしてしまう。

 それからややあってから、ミリオンの言葉の不自然さに気付いて首を傾げた。

 あっちに付く? あっちとは……どっちだ?

 というかその言い方は、まるで()()()かのような……

「あー、そうそう。二階堂さんだったかしら?」

「あ、ああ……なんだい?」

 残念ながら質問する暇はなく、ミリオンは奏哉に話し掛けていた。傍観者の如く今まで話に混ざってこなかったミリオンから不意に話を振られて戸惑ったのか、奏哉はぎこちなく応える。

 そんな奏哉の態度を見るや、ミリオンはどうしてか今まで浮かべていた微笑みをムスッとした仏頂面に変えて

「さいってー」

 なんともあっけらかんと、それでいて明確に奏哉を非難した。

 けれどもその理由を語る事はなく――――ミリオンは()()()()()()()全身を霧散させていく。

「え、ちょっ!?」

 反射的に花中は去り行くミリオンの身体を掴もうとする、が、伸ばした手はするりとミリオンをすり抜けた。漂う埃を捕まえる事など出来はしない。

 花中の行動も空しく、ミリオンは完全に姿を消してしまった。突然の事態に唖然となる花中……しかし花中にとっては、まだ見慣れた光景である。

 だが、普通の人にとってはどうか?

 それは目を見開き、椅子から転げ落ちた奏哉の姿が物語っていた。いや、驚き腰を抜かしただけならまだ『マシ』だ……少なくとも、この場に残された花中からすれば。

「き、き、消えた?! ま、まさかあの人は!?」

「……あー……」

 机にしがみつき這い上がるように立ち上がろうとする奏哉の、驚愕と期待の入り混じった顔を見て、花中は自らの顔を両手で覆いながら項垂れる。

 わざわざ訊かなくとも、その顔と、先の言葉足らずな声だけでこの後の展開は察せられる。というより、ミリオンが去った時点で予期していた。あんな消え方をしたら、奏哉が期待するのは簡単に想像が付く。ミリオンを、()()()姿()()()()()妖精さんの同族だと思い込むに決まっている。そして藁にもすがる想いで話を訊こうとするだろう。

 無論問い詰められるのは消えてしまったミリオンではなく、ただの人間なので逃げも隠れも出来ない花中である。

 果たして奏哉の満足する答えを返せるのか。『友達』が何に対して怒っていたのかすら分からない自分が、求めていた答えに近付いたと思ったらますます謎が増えたこの状況で。

 一つ明らかになった事実があるとすれば――――人間、達観が極みに達すると、一時的ではあっても苦手意識なんてものは容易に克服出来てしまうという事ぐらいだろうか。

 今にも自分に掴み掛かってきそうな奏哉を前にそんな事を思いながら、花中は冷めきったため息を漏らすのだった。




突然の裏切り! 果たしてミリオンの真意とは!? 次回衝撃の真実が明かされる!

……オーソドックスな煽り文句の筈なのに、何故本作ではこう緊張感がないのでしょうね?(答:今までの積み重ね)


次回は8/28(日)投稿予定です

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