彼女は生き物に好かれやすい   作:彼岸花ノ丘

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生命の王5

 オオゲツヒメが語ったように、コトアマツは次の日にも顔を出してくれた。

 コトアマツ達が何処に棲んでいるか不明である以上、向こうから来てくれないと友達になるチャンスすらない。その意味では、最悪の状態にはまだなっていないと言えるだろう。

 そう、最悪ではない。最悪ではないが……良いところは全然ない。

 花中達がどんな遊びを提案しても、コトアマツは全てを易々と攻略する。とんでもない頭脳プレーの時もあれば、純粋なパワーで捻じ伏せる時もあるし、インチキ以外の何物でもない不思議な力を使う時もあるが……共通しているのは、どれも花中達では手も足も出ないという事。

 一体何をどうすれば彼女を攻略出来るのか、その糸口すら見えてこない。

 幸いなのは、何度失敗しても、コトアマツがどれだけ飽いたとしても……ちゃんと毎日、避難所に来てくれる事。

 不幸なのは、何度やってもコトアマツにギッタンギッタンにやられてしまうので、その度に疲労困憊のボロボロになる事。

 かくして時は流れ――――三十日はとうに過ぎた頃。

「全く、暇潰しにもならんな。帰るぞ」

「あーん、待って待って。花中ちゃん、また後で会いましょー」

 コトアマツは心底つまらなそうに吐き捨て、避難所に背を向けて歩き出す。オオゲツヒメはその後を駆け足で追った。

 冬の陽に照らされた瓦礫だらけの野外にて。ついさっきまでコトアマツと鬼ごっこをしていた花中達は、コトアマツの姿が見えなくなるのと共に膝を崩した。

 花中は膝と手を突き、四つん這い。ミリオンはその場に正座をして座り込む。

「今日はもう動けませーん……」

「あたしもむぅりぃー……」

 そしてフィアとミィが、地面に横たわる形でダウンした。

 どうやら連日の『遊び』により、いよいよ体力が底を突いたらしい。むしろ毎度毎度最終決戦染みた ― 今日の鬼ごっこでは距離にして一匹当たり大体十数万キロは走ったのではなかろうか ― 運動量を、三十日以上連続で続けてようやくバテたと言うべきか……

「だ、大丈夫……?」

「ダメでーす」

「もう寝るー……おやすみふごごごご」

「ぐぴー」

「え? あ……ほんとに寝てる……」

 余程疲れているらしく、フィアとミィはその場で寝てしまった。どうしましょう、と意見を伺うように花中はミリオンの顔を見て、ミリオンは「ほっとけば?」と言わんばかりに肩を竦めるのみ。

 基本的には野生動物である二匹。布団の中で眠る事など滅多にないので、この寝方でも問題はなさそうだが……花中的には落ち着かないので、辺りの地面を能力で平し、ゴミなどを取り除いておいた。

 実のところ花中は、フィア達ほどは疲れていない。それはスタミナがフィア達以上にある訳ではなく、疲れる遊びをフィア達が率先してやってくれたお陰だ。尤も二匹が花中の身体を気遣った訳ではなく、意地でもコトアマツをぎゃふんと言わせたくて突撃しているだけなのだが。

 なんにせよお陰で花中はあまり運動していないのだが、それでも身体に疲れが溜まるぐらいにはハードだった。息も未だ荒れていて、整えるのに少し時間が掛かる。

 平然としているのはミリオンだけ。或いは『物体』であるが故に疲労の概念がない、そんな存在以外皆倒れるほどの過酷さだったとも言えよう。

「困ったわねぇ。散々アピールしてきたけど、今のところ向こうの心境に全く変化がないように見えるのだけど」

 そして疲れていないミリオンは、現状認識は一休みしてから、という発想もちょっと欠けている。

 花中は乾いた口の中を舌で濡らし、深く息を吐いてから、ミリオンの意見に答えた。

「……はい。わたしも、そう思います」

「正直、これ以上続けても意味がないと思うわ。そもそも私達への関心が薄いみたいだし」

「それは……そう、ですけど……でも……」

「否定は結構だけど、今のやり方を続ければ友達になれるという見込みはあるの? ないものを延々と続けるのは、無意味を通り越して害悪じゃないかしら?」

 ミリオンからハッキリと問われ、花中は口を閉ざす。ある訳がない。あったら、こんな徒労感など覚えていないのだから。

 沈黙という名の返答をした花中に、ミリオンは呆れるように肩を落とす。

「こうなると、諦める、というのも一つの手かも知れないわねぇ」

 次いで彼女は淡々と、大した事ではないかのように……到底受け入れられない『提案』をしてきた。

 星を喰らおうとしているコトアマツの説得を、諦める。

 つまりは死を受け入れるという事。それも花中自身だけではない。フィアもミィも、晴海も加奈子も、この星に生きる全ての生命の……その死を受け入れるという事。

「嫌ですっ……!」

 殆ど無意識に、花中はその答えだけは伝える事が出来た。

 しかしながら案がないという意味では、返事をする前となんら変わっていない。ミリオンの心を動かす事は出来ず、ご自由に、と言わんばかりにミリオンはその姿を霧散させた。

 ミリオンは生への執着がないどころか、死への憧れすらある。理想の死に方があるから協力してくれているのであり、それがどうやっても避けられないのなら、諦めて想い人と最期の時までゆったりと過ごす……その方が遥かに『合理的』だ。

 もしかすると、ミリオンはもうコトアマツとの『遊び』には参加してくれないかも知れない。

 いや、ミリオンだけではない。フィアもミィも、心身共に限界である。何時まで宛てのない花中の案に付き合ってくれるか分からない。そろそろ彼女達の口から『諦め』の言葉が出てきてもおかしくないのだ。

 そう。それこそ目を覚ました時、閉口一番に語られる言葉がその類だとしても――――

「っ……!」

 眠り続けるフィア達から逃げるように花中は立ち上がり、走り出す。

 心の奥底では、フィア達がそんな事を言わないのは分かっている。彼女達の生への執着は、人間ほど生温くない。例え地球が喰い尽くされても「じゃあ宇宙に逃げてみますか。多分なんとかなるでしょう」ぐらい言いかねないのがフィアだ。

 それでも『理性』はもしもに怯えてしまう。それが人間というものだから。

 疲れきっていた筈の身体は、すっかり回復したと言わんばかりの速さで動いてくれるのだった。

 ……………

 ………

 …

「……って、逃げちゃったけど……はぁ」

 大きなため息を吐き、花中は項垂れる。

 避難所からざっと二十キロは離れた、荒れ果てた荒野。

 ()()()()()つもりでこんな距離まで来てしまうとは。心は未だ人間のままなのに身体はすっかり人外らしくなってきたなと、花中は一瞬だけ自嘲気味に笑った。

 その笑みは、ほんの一息吐いた頃には消えてしまう。

 これから一体どうすれば良いのか。

 このままだとこの地球は、コトアマツにより喰い尽くされる。思えば()()()()()とはどんな事象なのかよく分からないが、コトアマツや地核に潜む何かにはそれを可能とするだけの『力』を感じさせた。どんな方法にしろ彼女はこの星を『喰い尽くす』に違いない。どのような過程と結果であれ、ほぼ全ての生命が死に絶えるだろう。

 そしてコトアマツと友達になれない以上、この未来は避けられそうにない。

 ミリオンのように諦めてしまうべきか? 成程、冷静に吟味してみれば、ある意味では合理的な方法と言えよう。死の期日が迫っているのなら、その日に悔いが残らないよう好きなように生きる……それもまた生き方の一つだ。悪い事だとは花中も思わないし、感情的に足掻いて何もかも無駄に終わるよりは『マシ』に思える。

 だけど……

「てぇーい♪」

「びゃあっ!? え、な、ぎゃぶっ!?」

 考え込む花中だったが、不意に背後から抱き付かれた――――と思ったのと同時に頭に()()()()()()

 次いでぷすりと、おでこと後頭部に何かが刺さった。例えるならサメのように鋭い歯のようなものが、何本も刺さったような感覚。しかもその突き刺さる感覚は、なんの遠慮もなく強くなっている。

「(こ、これ噛まれ……!?)」

 なんだか分からないが、自分は今食べられようとしているらしい。ミュータントと化した事で得た超速の反応によりそれを理解した花中は、後頭部から僅かに血が滲んだ時には手に粒子ビームの力を集結させ

 それを放つ前に、花中は放り捨てられた。あたかも、ぺっ、と吐き出すように。

「えっ、わ、わぶっ!?」

 突然捨てられた花中は、混乱の余り受け身すら取れず。顔面から草一本生えていない地面に着地してしまう。

 粒子操作の応用により、顔面強度は核弾頭の直撃に耐えるほど硬く出来る。顔面着地ぐらい痛くも痒くもない……痛くも痒くもないが、猛烈に恥ずかしい。

 花中は顔を茹で蛸のように赤くしながら、しゃがみ込んだ姿勢のまま後ろを振り返る。

「はぁい、元気していまして?」

 そこにはまるで何もしていないかのように笑顔を向けてくる少女、オオゲツヒメの姿があった。

 見慣れた顔の登場に、花中は思いっきり表情を引き攣らせた。オオゲツヒメは好んで人を喰う。そして花中は一応人間のつもりである。加えて頭に加わった、噛まれたような感覚。

 答えは明白だった。これがジョークで済むのは、花中相手だからである。

「……人間は食べないって、約束だったと、思うのですけど」

「ええ、でも花中ちゃんなら一口ぐらい食べても平気かなーって思いましたの。反撃されそうな気がしたので、つい、ぽいっとしちゃいましたけど。ごめんなさい」

 そのごめんなさい、どの行動に対して言ってます?

 喉元まで登ってきた言葉を、花中はごくりと飲み、顔を左右に振った。オオゲツヒメの事だ、答えは決まっている……ぽいっとした事以外にあるまい。彼女は『食べ物に対し、人間以上に感謝する』生き物なのだから。

 疲れたように、花中はため息を漏らす。とはいえオオゲツヒメがこんな『人物』なのは今更な事。おでこと後頭部に出来た傷も、能力を応用して既に塞いだ。傷跡はもう残っていない。

 なら、この件についてはここでお終いだ。別の話題を振るとしよう。

「てっきり、帰ったのかと、思ってました」

「あら、わたくしちゃんと言いましたわよね? また後で会いましょうって」

「……あー」

 オオゲツヒメに言われ、花中はぼんやりと思い出す。確かにコトアマツが帰る際、オオゲツヒメはそんな言い回しをしていた。この言い方は、明日会うつもりの時に使うものではない。

 疲れきっていて違和感すら覚えられなかった。かなり心身が追い詰められていたらしい。自分の調子すら計れなくなっていたと気付き、大きく、花中はため息を吐く。

 オオゲツヒメはそんな花中の傍までゆったりと歩み寄り、すとんと腰を下ろした。立ち上がろうとしていた花中は、上げていた腰を下ろして体育座りの体勢を取る。

「中々上手くいかなくて、不安になっていらっしゃるのかしら?」

 オオゲツヒメは、花中にそう尋ねてきた。

 主語も何もない、簡素過ぎる言葉。されどオオゲツヒメの訊きたい事を理解した花中は、やや間を開けてからこくりと頷いた。

 悩んだのではない。コトアマツと仲良くなれなくて自分は今とても不安なのだ……それすら、問われなければ思い出せない有り様。自分が情けなくなる。

 情けなさ云々で言えば、見通しの甘さについてもだ。

「正直、甘く考えて、いました。みんなと遊べば、きっと、仲良くなれるって……でも……」

「なれなかった。まるで心に響いた様子もない」

「……はい」

 語りたい事を先に言われ、花中はこくりと頷く。オオゲツヒメは正面を見据えながら、ふむ、と小さな声を漏らす。

「このままだと、地球は、コトアマツさんに……」

「喰い尽くされますわね。あの子、ユーモアのセンスもありませんから、冗談一つ言いませんもの」

「そうなったら、地球の生き物は、生き延びた、人達は……」

「みんな、死にますわね。わたくしとしても困った事に。美味しいものがなくなるなんて、実に悲しいですわ」

「そんな事に、なったら……わたし……」

 無意識に握り締めていた拳に、花中は一層の力を込めてしまう。

 全責任が自分にある、とまでは思わない。

 だけどコトアマツを説得出来る立場にあるのは、恐らく自分だけ。オオゲツヒメを除けば、自分だけがコトアマツの関心を強く惹いていたのだから。だから自分がなんとかしなければならない。

 そう、なんとかして友達になって、なんとか地球を喰うのを止めてもらうしか……

「花中ちゃん。一つだけ、訊かせてほしいのですけれど」

 思い詰める花中に、オオゲツヒメが声を掛けてくる。花中は顔を上げ、顰めた顔を見せた。オオゲツヒメも眉を顰める。

「あなたは、責任感で友達になろうとしてくる方と、友達になれまして?」

 その表情のまま、オオゲツヒメは花中に尋ねてきた。

 一瞬、その問いの意味が花中には分からなかった。されどほんの少し考えれば、すぐに理解が追い付く。

 追い付いたがために、花中は震えた。

 自分は、どうしてコトアマツと友達になろうとしていた?

 地球という星を守るため、人類という種を守るため、だからあなたと友達になりたい――――こんな事を言われて、素直に友達になれるだろうか? いくら友達大好きな花中でも、ちょっと……いや、かなりムッとした気持ちになる。その言い分は「あなたが地球と無関係なら興味もない」と言わんばかりなのだから。

 これは()()()()()と仲良くなろうとする時に、あまりにも失礼な態度ではなかろうか。

「(わたし、コトアマツさんの気持ち、全然考えていなかった……)」

 地球を守る事で頭がいっぱいだった。そう言えば、地球に棲まうほぼ全ての生命体にとっては聞こえが悪くない。或いは善行とも言えるだろう。けれども星をも喰らう生命からすれば、()()()()()()()()()()()()と受け取られても仕方ない発想だ。勿論花中はコトアマツに向けて、そんな意図を伝えた事はない。けれども考え方というのは、意図して隠さない限り言動に表れてしまうもの。コトアマツが花中の言動から、この考えを見透かしていてもおかしくはない。

 友達になろうと言いながら、本当は自分なんか二の次だと知ったら、どんな気持ちになるだろうか。

 きっと怒るだろう。悔しいとも思うだろうし、呆れ返りもするだろう。

 だけど何よりも……寂しくなるのではないか。

 自分のやってしまった事を自覚すれば、どれだけ恥知らずで無礼だったかを理解出来る。もうこのまま消えてしまいたいとも思ってしまう。

 だけど、そうはいかない。このままコトアマツに寂しい思いを、させたままにはしておけないから。

 独りぼっちの寂しさは、花中には痛いほど分かるのだ。

「あ、あの! ありがとうございます! わたし、こんな大切な事を忘れて……」

「気にしなくて良いですわ。それに、どーせあの子花中ちゃんの気持ちなんて気付いちゃいませんもの。まぁ、波長が合わないから仕方ないんですけど」

「波長が、合わない?」

「あの子、強過ぎるでしょう? つまり存在感が大きい。だから、ちっぽけな生き物なんて目に付かないのですわ」

「……わたしとコトアマツさん、身長は、あまり変わらないと、思うのですが」

「身体の大きさなんて、些末なものですわ。五メートルはある街路樹何十本と、一匹の子犬。どちらがより印象に残りまして?」

「それは……多分、犬の方、ですけど」

 そこそこの大きさの樹木が無数に並んでいて意識をするかと問われれば、中々そうはならないだろう。対して子犬は、一匹でも炉端に居ればきっと目を奪われる。可愛いとか可愛くないの問題ではなく、その存在を認識する筈だ。

 オオゲツヒメの言う『存在感』や『波長』というものが、具体的にどんなものかはまだ分からないが……植物と人間、犬と人間の関係と同じようなものだとすれば、コトアマツが花中達を『認識』出来ない理由も少しは頷ける。

 コトアマツにとって、花中やフィアを見るというのは足下のアリを観察するようなものなのだろう。コトアマツ側が意識すれば花中の言動を受け取れるが、そうでなければ花中が視界内でどれだけ大暴れしたところで意識にも上らないという訳だ。フィアやミィが聞いたらムッとしそうだが、そのぐらいの力の差はあるので、致し方ないといえばその通り。

 ……しかし、本当にそうだとしたら。

 コトアマツの目には、世界というものは――――意識しなければ()()()()()()()()ものという事なのだろうか。人間どころかミュータントすら認識外なのだから、木々の葉擦れや虫の声すら捉えきれていない筈。風も重力も太陽光も、識別出来ていない可能性がある。

 静寂にして無色、無味無臭にして無感触。数値や情報として存在は把握出来ても、感覚として認識が出来ない。それが、コトアマツにとっての世界。

 コトアマツは人間ではない。だから人間である花中の考えが、コトアマツの抱く想いと一致するとは限らない。或いは真逆の感性という可能性だってある。

 だけど、もしも多少なりと一致するならば。

「……そうだとしたら、コトアマツさんは、凄く寂しい、世界に、生きているのですね」

「そうですわね。わたくしも、そんな世界はちょっと遠慮したいですわ」

 花中が零した感想に、オオゲツヒメも同意した。

「前にも言いましたわよね? あの子、花中ちゃんよりも臆病だって。ついでに言うと、あの子結構寂しがり屋でもあるんですのよ?」

「……あまり、そうは見えませんけど」

「多分、寂しいとかもよく分かっていないんだと思いますわ。わたくしが外出すると割とよく付いてきますし、暇があると向こうから話し掛けてくる。どう考えても寂しがり屋の行動なのですけど、でも周りがよく見えないから、自分を客観視出来ない。ほんと、七面倒な友達ですこと」

 愚痴るような言い回しをするオオゲツヒメだが、その言葉に悪意は感じられない。そこにあるのは友を気遣う、優しい想いのみ。

 オオゲツヒメに心配されるコトアマツが、なんだか途端に見た目相応の女の子に思えてきて、花中は思わず笑みが零れる。そして胸の中で、ある決意が形になっていく。

 友達になりたい。

 恐らくこの想いは『同情』だ。友達がいない寂しさを知っていた立場からの、友達と呼べる者が殆どいない者に対する。なんと傲慢で、上から目線の物言いだろうか。

 しかし思うのだから仕方ない。

 友達がたくさん居る事がどれだけ楽しいか、友達がたくさん作れる事がどれだけ幸せなのか……友達が長い間いなかった花中だからこそ、友情が尊くて素敵なものだと思える。

 それを伝えたい。地球やそこに生きる生命のためではなく、友達に囲まれている身として()()()()()

 花中の口許には、自然と笑みが浮かんだ。

「そんな面倒な子には、ちゃーんと、自分の気持ちに、気付いてもらわないと、いけませんね」

「ええ、その通り。だから花中ちゃんには期待しているんですのよ? あの子に色んな事を教えてくれるって」

「ええ、頑張ってみます……ところで、なんでわたしに、お願いするの、ですか? 他に、適任がいなかった、とか?」

「ん? まぁ、それもありますけど」

 花中が尋ねると、オオゲツヒメはにっこりと微笑む。緊張感のない、緩やかな微笑みだ。

「花中ちゃんなら、あの子の望みに答えを示せると思いましたから」

 その笑顔で語る言葉には、特に重みは感じられず。

 されど意味が曖昧で、花中は首を傾げた。

「……望みに、答えを示す?」

「うふふ。これ以上は秘密ですわ。わたくしは理論こそ頭の中にありますけど、それを提示する方法がありませんもの。でも、花中ちゃんならきっと出来ますわ」

「……はぁ。えっと、そう、なのですか……?」

「ええ。もし手伝いが必要なら、何時でも言ってくださいな。すぐに駆け付けて、お手伝いしますわよ」

「え、あ、はい。ありがとうございます」

「いえいえ~それじゃあ、わたくしはそろそろ帰りますね。また明日、楽しく遊びましょう」

 立ち上がったオオゲツヒメは可憐にして瀟洒なお辞儀をし、すたすたと軽やかな足取りでこの場を去る。恐らくは本当に、今度こそ帰るのだろう。そしてきっと、また明日来る。

 花中は手を振り、オオゲツヒメの背中を見送りながら考える。

 オオゲツヒメが何を言いたかったのか、今の花中には分からない。コトアマツの『望み』とやらも分からないし、自分が何を示せるのかもサッパリだ。

 けれども彼女のお陰で、少し気持ちが持ち直せた。自分の誤りにも気付けたし、コトアマツについてもほんの少しだけ理解が出来た。

 そしてこれからどうしたら良いかも、少し考え付く。

 抱くべきは使命感ではない。逃避や懇願でもないし、怒りや同情でもない。自分が寂しい事にすら気付いていない『おまぬけさん』に、友達とはこんなにも良いものだと自慢したいという『傲慢』だけ。鬱陶しい自慢を前にして、ちょっとでも自身の気持ちに気付いてくれたなら、そんなおまぬけさんはきっと友達が欲しくなる。

 そのために、すべき事は――――




巨大クジラとミジンコは友達になれるのか問題(造語)

次回は明日投稿予定です。

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