彼女は生き物に好かれやすい   作:彼岸花ノ丘

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生命の王4

 誰かと友達になるには、どうすれば良いのか?

 二年半ほど前の、高校に入学したばかりの花中ならば「そんなのわたしが訊きたいぐらいです」と答えていただろう。そもそも知らない人に話し掛ける事すら無理難題なぐらい人付き合いが不得意だった。

 しかし今の花中は違う。友達百人、は流石に届かないが、それなりの人数は作ってきた。知らない人に話し掛ける事も出来るし、今や避難所の料理当番というそこそこの『役職』に就くぐらいだ。得意とは言えないまでも、人並には人付き合いが出来る。

 此度の相手は人外なので『人付き合い』が上手くても友達になれるとは限らないが……花中としてはむしろこっちの方が得意分野。人間の友達より、人間じゃない友達の方がずっと多いのだから。

 そう、恐れるものは何もありはしない。

「こ、こ、コトアマツさん! 一緒に、トランプをやりませんか!?」

 過去の経験を元にして作り上げた自信を柱にして、花中は威勢良く『彼女』と友達になろうとした。

 花中が声を掛けた彼女――――コトアマツは、食堂の隅にある椅子に腰掛けていた。何かしている訳ではなく、ただぼんやりと椅子に座っていた……ように花中には見えた。

 恐らくは暇である筈。そして今の時刻は午後二時頃であり、昼行性でも夜行性でも、寝るには中途半端な時間だ。

 遊びに誘うならば今が好機。完璧にして完全な誘い文句だ!

「あん? 何か言ったか?」

 等と自分の言動を必死に自画自賛する花中だったが、コトアマツは今の台詞を全く聞いていなかったらしい。

 花中が一生懸命作り上げた自信と勇気は、僅か五秒で砕け散る事となった。

「はぅっ!? ご、ごめんなさ……」

「いや、なんで謝ってんのさ」

「引くにしても早過ぎ。というか聞き返されただけだし」

「怒鳴られてもいないのに何故後退するのですか?」

 しかし後退りすれば、今度は背後に控えていたミィとミリオンとフィアから駄目出しを喰らう始末。挟み撃ちに遭った花中は足を止め、その場で縮こまってしまう。

 されどすぐに顔を横に振り、一端今の考えを脇に寄せて我を取り戻す。

 そう、落ち込んでいる場合ではない。何故花中はコトアマツを誘ったのか? それは彼女と仲良くなるためだ。

 では何故彼女と仲良くなるのか? それはコトアマツと仲良くならなければ、自分達が生きていくのに欠かせない、この星が食べられてしまうからである。

「……ん? 見ない顔がいるな」

「おっ。やっと気付いてくれた。花中の友達だよー、今日は呼ばれたからこっち来たんだー」

 尤も花中のお誘いは、初対面であるミィへの好奇心未満しかコトアマツの関心を惹けなかったようである。大勢で遊んだ方が楽しいと考えて彼女も呼んだのだが、まさか早速その力を借りる事になるとは。

 このままミィがコトアマツの友達になれば、それはそれで『目的』達成と言えそうだが……コトアマツの視線は酷くつまらなそうで、一瞬向けた興味は既に霧散していた。どうやらこの甘い希望は叶いそうにない。

 早くも心が折れそうになる花中だが、しかしこの星を守るため、このままおめおめと帰る訳にはいかなかった。

 昨日花中が気絶から目覚めた後、オオゲツヒメは期限についても詳細を教えてくれた。曰く、コトアマツが『星喰い』の準備を終えるのは今から一月とちょっと――――丁度今年の年末頃らしい。十一月も半ばを超えた時期なので、今年の年末まであと四十数日程度。四十日以上という期間はそれなりに長いものだが、星を救うタイムリミットとしてはあまりにも短いだろう。それに厳密な時期はコトアマツの『体調』次第なため、キッチリ四十日以上後とは限らない。今日明日行動を起こす事はないとオオゲツヒメは語っていたが……悠長にしている暇はないだろう。

 一刻も早く、コトアマツと友情を築かねばならない。遊びに誘うのもコトアマツと親交を深めるため。地球という星が宇宙から消え去るかどうかは、花中達のコミュニケーション能力に掛かっているのだ。

「ねーねー、ババ抜きやろうよー。真剣衰弱とかブラックジャックでも良いよー」

「……………」

「おーい? 聞いてるぅー?」

 しかしながらそもそも呼び掛けに反応しないとなれば、コミュニケーションも何もない訳で。

 このまま関心を惹けなければ……青ざめてくる花中。しかし妙案は閃かない。確かに友達はたくさん作り、中にはフィアのような人間基準では『変わり種』も少なくない花中だが、こちらに興味すら持ってくれない子というのは初めてだ。どうしたら良いのか分からず、花中は動きが取れなくなってしまった。

「こーら、遊びに誘われてますわよー」

 もしもひょっこり現れたオオゲツヒメが助け船を出してくれなければ、きっと今日は何も出来ずに引き下がるしかなかっただろう。

「む? そうだったのか?」

「もう、また()()()()……誘われた事には参加するってわたくしと約束したでしょう? なら出来るだけで良いから、周りの話を聞く努力もなさい」

「……すまん。出来るだけ気を付ける」

「よろしい。あ、そうそう。遊ぶのでしたらわたくしも混ぜてくださいませんこと?」

「あん? あなたは誘ってませむぐぐ?」

「ええ、勿論構わないわよ」

 オオゲツヒメの意図を全く汲んでいないフィアが反発しようとして、ミリオンが素早くフィアの口に手を当ててこれを塞ぐ。オオゲツヒメがいないと会話すらろくに出来ない。オオゲツヒメも一緒に参加してくれなければ、『目的』を果たす事も難しいだろう。

 何はともあれ、これでコトアマツと遊べる事になった。難を逃れたというにはまだ早いだろうが、花中は感謝を伝えるためにぺこぺことオオゲツヒメにお辞儀する。片手を振るオオゲツヒメは、気にしないで、と言っているように見えた。

「さて、それじゃあ何をしますの?」

「まだ具体的には決めてないわね。リクエストがあるなら受け付けるけど」

「余はトランプがどのようなものか知らん」

「うーん、そうですわねぇ……なら、大富豪はどうでしょう?」

「あー……アレはローカルルール多いから、細かくやると面倒なのよねぇ」

 オオゲツヒメからの提案を受けたミリオンは、チラリと花中の方を見遣る。大富豪という選択が正しいかどうかは分からないが、何はともあれ一度は遊んでみなければ考えようもない。花中はこくりと頷き、オオゲツヒメの提案に同意した。

 さて、大富豪 ― 或いは大貧民とも呼ばれる ― とはトランプを用いたゲームの一種だ。

 まずプレイヤーは何枚かの手札を持つ。そしてジャンケンなりなんなりの方法で『一番手』になったプレイヤーは、手札の中からカードを場に出す。カードには『強さ』が設定されており、順番が回ってきたプレイヤーは場に出されたカードより強いカードでなければ出せない。そうして出されたカードが新たな場のカードとなり、全てのプレイヤーがカードを出せなくなったら場をリセット。最後にカードを出したプレイヤーが新たな場のカードを出し……これを繰り返し、手札を全て出しきった者から順に『上がり』となる。

 そして勝った順番により、プレイヤーには『身分』が与えられる。大富豪、富豪、平民、貧民、大貧民……そうして身分が与えられた者同士で、次の勝負の前に手札交換が行われるのだ。基本的には強いカードと弱いカードが交換対象となる。強いカードを得るのは富豪側(上流階級)となったプレイヤーである事は、言うまでもない。

 これだけだと一度貧民に落ちれば二度と這い上がれないようにも聞こえるが、実際には様々なルールが勝負を揺るがす。カードの強弱が逆転する『革命』などが好例だ。何度も勝負を繰り返し、出来るだけ勝ち続ける事を目指す遊びなのである。

「……という、感じのルールですけど、えっと、分からないところは、ありましたか?」

「ふむ、まだやってもいないから断言は出来んが、問題あるまい」

 一通りルールを説明した花中が念のため確認すると、コトアマツは自信満々にそう答えた。自分の正しさを信じて疑わない、されどその自信が虚栄ではないと感じさせる堂々たる姿勢だ。

 オオゲツヒメは言っていた。コトアマツは花中以上の小心者だと。

 こちらの説明を理解しただけで自慢げに振る舞う姿を見ていると、そんな印象は全く感じられない。一体どこが怖がりなのやら……

「なんだ? 余の顔に何か付いているのか? 感覚器にはなんの反応もないのだが」

 コトアマツに呼び掛けられ、花中は自分が考え込んでいた事に今気付く。しかもコトアマツの顔をじっと見つめていたらしい。

 なんとも失礼な、それでいて恥ずかしい己の行い。全体的に青くなりながら頬を赤らめるという、器用な変化が花中の顔に起きた。

「あ、い、いえ、その……すみません、なんでもないです」

「なんでもないなら何故謝る? まぁ、良い。ルールは把握したんだ。早くトランプを配れ。他の連中は準備を終えてるぞ」

 慌てて謝る花中の姿に疑問符を付けながら、コトアマツは周囲を見渡すように顔を動かす。

 コトアマツが言うように、フィアもミリオンもミィとオオゲツヒメも、全員が椅子に座っていた。彼女達の座る椅子の近くには、丁度良く木製の机が一つ置かれている。机の大きさはトランプで遊ぶのに適したもの。此処で遊ぶ事に問題はない。

 後は花中がその手に持つ、ジョーカー込みで五十四枚入りのトランプを各々に配れば何時でも始められる。

「……はいっ! すぐに配りますね!」

 花中は手にしたトランプをよく切り、コトアマツ達の前にカードを配るのだった。

 ……………

 ………

 …

 トランプを用いたゲームというのは、非常に運の要素が強い。

 戦略や知略が無意味という訳ではない。心理戦だって重要だろう。しかしそれを差し引いても、どうしようもない時が存在するのだ。例えば七並べなのに手持ちのカードが一とか十三しかない状態では、知略の使いようがないように。

 大富豪は比較的戦略性に富んだゲームだろう。しかしそれでもランダムに手札が配られる以上、強さに偏りが生じてしまうのは避けられない。前回のゲームで一番に上がり、大貧民から最強カードを二枚貰ったのに、トータルで見ればどうしようもないほど手札が弱かった……という展開は、大富豪で何度か遊んだ事があれば誰しも経験している筈だ。

 だから延々と勝ち続けるのは中々難しい。ましてや一番であり続けるなんて、どう考えてもおかしい。

 おかしいのに。

「か、革命だぁー!」

「革命返し」

「おげぶっ!?」

「八切り。そしてキングを出して上がりだ」

 ミィ渾身の『革命』をあっさりと返したコトアマツは、そのまま上がりを掻っ攫って上がってしまう。

 そして今のゲームにおいて、上がった者はまだいない。

 つまりコトアマツは此度のゲーム最初の勝者であり、大富豪の地位を獲得したのである――――()()()()()で。

「花中さーんまたアイツ勝ちましたよ?」

「そ、そう、だね……あ、ミィさん。ごめんなさい、わたしもジャック二枚縛りで上がります」

「ぎゃあっ!?」

「えーっと花中さんこれは今出せない状態ですよね? ああでも他の方も出せないからそのままリセットですか。じゃあ私は六を出して上がりですね」

「うげぇっ!? えっ、ちょ、あたしの手札もう四と五しかないんだけど!?」

「こらこら、手札の中身を明かしてるんじゃないわよ。ちなみに私はさかなちゃんの次かつ残りの手札が九なので上がり」

「ほげっ!?」

「わたくしは六出しますわ~七出しますわ~九出して~」

「うみゃあああああああああ!?」

 折角の革命が無効化され、『富豪』だったミィの地位は大転落。為す術もなく収奪される『大貧民』となってしまう。

 本来ならば『富豪』が『大貧民』になるのはそこそこ珍しい展開なので、ここは大いに盛り上がる場面なのだが……全員いまいちテンションが低い。

 それも当然だ。一番蹴落としたい、一番手に入れたい『大富豪』の地位を、コトアマツがずっと独占しているのだから。花中達一人と四匹で、延々と残りの地位を奪い合っている状態である。

 しかもコトアマツの勝ち方は何時も一方的だ。革命をしようとすれば返されるかその前に上がられる。時には一ターンキルもされた。数ターン何も出さなかったと思えば、やっぱり一ターンKOされた時もある。

 勝ち続けるのはこの際良いとしよう。だが勝ち方が滅茶苦茶だ。たかがトランプなのに次元の違いを感じてしまう。

 次元の違いは「一緒に遊んでいる」という感覚すら失わせる。最早コトアマツはプレイヤーではなく『ゲーム環境』だ。気分一つでこちらの勝機を潰してくる、全プレイヤーに平等なチャンスを与えるためのルール。

 さて、『ゲーム環境』や『ルール』とプレイヤーの間に、友情というのは育めるものなのだろうか?

 花中には、到底思えなかった。

「それにしてもあなた強いですね。なんかインチキしてるのではないですか?」

 訝しげにコトアマツに問うフィアの言葉は、きっと誰もが思っていたところだろう。花中も、正直ちょっと疑っている。

 勿論不正を疑われるというのは、不正をしていない者であれば無礼千万な物言いに感じるだろう。しかしながら『ルール』と化していたものを、『プレイヤー』に引き摺り下ろす発言でもあった。

 問われたコトアマツは、ワンテンポ遅れてフィアの方を見遣る。正直、花中はこの反応だけで少し驚いた。これまでフィアは何度かコトアマツに声を掛けてきたが、彼女がこうして反応する事は一度もなかったからだ。

 思い返すと、ゲーム開始前にオオゲツヒメがコトアマツに話をちゃんと聞くよう叱っていた。その際ズレているとかなんとかとも言っていたが、アレはどういう意味なのか……ついつい考え込みそうになる花中だったが、コトアマツの誇らしげに胸を張る仕草に気付いて我に返る。

「王は不正など働かん。お前達が貧弱なだけだろう?」

「むぅ。確かに私はこーいう頭を使う遊びは苦手ですが。ですが手札の時点で強過ぎて頭云々という話ではないと思います」

「? 誰も頭が弱いとは言ってないだろう?」

 フィアの意見に、コトアマツは不思議そうに首を傾げる。フィアもコトアマツの言いたい事が分からず、愛らしく首を傾げた。

 どうやら認識に齟齬があるようだ。そしてその齟齬はフィアとコトアマツの間だけでなく、花中やミィ達にも生じている。花中にはコトアマツが何を言いたいのか、よく分からない。例外は「あー……」と呆れたような声を漏らしているオオゲツヒメぐらいか。

「あの、何か勝利の秘策とか、あるのですか?」

 違和感を覚えた花中は、コトアマツに尋ねる。コトアマツは仕方ないと言いたげな、呆れと自慢を混ぜ合わせた表情を浮かべながら花中に視線を送ってきた。

「どうという事はない。ただ確率を操作し、余の下に強い手札が来るよう弄くっただけだ」

 そしてさも大した事ではないかのように、コトアマツはそう答える。

「? はぁ。なんだかよく分かりませんが手札が強くなるようにあなたが細工しているのならそれってやっぱりインチキなのではないですか?」

「うん、あたしもそう思う」

「コトちゃんってば、ほんと遊びが分かってないんだから~」

「む? 勝負なのだから勝てるように手を尽くすのが普通ではないか?」

 フィアとミィはコトアマツの語った内容の意味があまり分かっていない様子で、けれどもコトアマツが何かを『仕掛けた』事は理解したので不平を述べる。オオゲツヒメは最初から分かっていたのか、お気楽な様子でコトアマツを弄っていた。当のコトアマツは、自分が不正をした自覚すらないのか目をパチクリさせている。

 彼女の言葉の重みを理解したのは、花中とミリオンだけだった。

 確率操作。

 コトアマツはさらりと語ったが、とんでもない力だ。どんな原理なのかも花中には分からないが、もしも本当にあらゆる確率が操れるのなら、カードの全てを自分の思うがまま変えられる筈。ならばコトアマツがこのゲームで勝ち続けるのは当然である。自分の求めるカードが、自分の手元にやってくるのだから。

 そして確率を自由に操れるという事は、コトアマツはあらゆる素粒子の誕生と破壊を司る。何故なら全ての素粒子は、観測するまで『確率的』に存在しているからだ。素粒子を自在に操れるとは、正に神に等しい力と言えよう。

 尤も、これぐらいなら今の花中にもなんとか出来る。

 それはつまり、コトアマツには花中と同じような力が備わっているという証だ。もしや彼女も自分と同じ、人間から分岐した種の生物なのか?

 しかし、だとすると地核に潜む『何か』は一体――――

「ええい手札を操られては勝てるものも勝てません! カード以外の勝負にしましょう!」

「「さんせーい」」

 考え込んでいると、フィアが別の遊びを提案してきた。ミィとオオゲツヒメはこれに同意の意思を示す。

 残すコトアマツも、にやりと笑みを浮かべた。自分が負けるなんて露ほども思っていない、自信に満ち溢れた笑みだ。

「ふむ、良いだろう。余としてもあまりに手応えがなくて飽きてきたところだ。次のゲームを示せ。どんなものだろうが全員粉砕してくれるわ」

「ふふん言いましたね? 後でズタボロに負けて泣いたとしても容赦しませんよ!」

「そーだそーだ!」

「そーだそーだ♪」

 余裕を見せるコトアマツにフィアが宣戦布告。ミィも闘志を露わにし、オオゲツヒメが面白そうに相乗りする。

「さぁ花中さん! 何か私が勝てそうな遊びを教えてください!」

 なお、フィア達には何かしらの勝算があった訳ではないようで。

「……………え?」

 まさか頼られると思ってなかった花中は、呆けた声を出すのが精いっぱいだった。

 

 

 

 その後もコトアマツとの『勝負』は続いた。

 内容は主に花中が、時々ミリオンやオオゲツヒメが決めた。そう、比率を語れるぐらいたくさんの勝負をやったのだ。腕相撲、キャッチボール、だるまさんが転んだ、かくれんぼ……他にも色々な勝負(遊び)を繰り広げている。

 繰り広げたが、結果は常に同じ。

 

 

 

 ――――例えば腕相撲の時。

「ふっふっふっ。あたしのパワーと真っ向勝負をしようだなんて、後悔しても知らないぞ!」

 自信満々にコトアマツの手を握り締めながら、ミィが不敵に笑う。

 避難所の屋外にて、瓦礫を退かして剥き出しとなった地面に寝転がりながら、ミィとコトアマツが向き合っている。念のため周りに施設が建ってない、開けた場所で行われていた。燦々と降り注ぐ冬の日差しが、二匹の姿を鮮やかに照らす。互いに手を握り合うその様は、幼い女の子同士の戯れのような、和やかな光景である。

 されど両者が纏う雰囲気に意識を向ければ、そんな印象が幻覚だと即座に理解するだろう。

 ミィからは、背筋が震え上がるほどの覇気が発せられていた。どうやらミィもコトアマツの内から放たれる強大なパワーを感じ、全力で挑むつもりらしい。無論これは腕相撲であり、生死を賭けたデスマッチではないのだが……身体能力の高さこそが『能力』であるミィにとって、純粋なパワー勝負である腕相撲は十八番である。ここで負けるのはプライドが許さないのだろう。

 対するコトアマツは、まるでやる気が感じられない。それこそ負けても良いと言わんばかり。

「用意は出来まして? それじゃあ、よーい……」

 審判を務めるオオゲツヒメが、試合開始の前振りをする。ミィは更に覇気を高め、コトアマツは変化なし。戦いを眺める側である花中はごくりと息を飲み……

「どんっ!」

 オオゲツヒメが始まりを告げた

 瞬間、爆音が周囲に響き渡った!

 まるで爆弾でも炸裂したかのような大音量。衝撃波が発せられ、数十メートル離れた先にある瓦礫の山を突き崩す。凄まじい力であるが、これはあくまで余波だ。衝撃波の発生源はミィ達の腕相撲。生み出された力の大半は、相手の掌に掛かっている筈である。

 そして爆音を奏でたのは、コトアマツの方。

 彼女が、ミィの手を地面に()()()()()()()

「うっ、にゃああああ!? 負けたあああ!?」

「情けないですねぇこの野良猫は」

「うっさい! アンタなんかあたしよりヘボい癖に!」

「ああん!? だったら実際試してやりましょうかぁ!?」

 花中と同じく試合を見ていたフィアに馬鹿にされ、ミィがブチ切れる。その売り言葉をフィアは速攻で買うと、コトアマツから手を放したミィはすぐにフィアの下へと移動。二匹は息ピッタリに互いの手を握り締めながら、地面の上に伏せる。

「「はいよーいスタートぐぬうおおおおおおおおおおおッ!」」

 そのまま勝手に腕相撲を始めてしまった。

 ……多分、これはこれで仲が良いのだろう。そう思った花中は、フィア達については放置する。

 それよりも気に掛かるのはコトアマツ。

 この腕相撲を少しでも楽しんでくれたなら、友達になりたいと思ってもらえるチャンスなのだが……

「ところでコトちゃん、腕相撲はどうだった?」

「いや、何が楽しいのかまるで分からん。というか余は少し力を込めただけなのだが」

 残念ながら、花中の願望は叶わなかった。

 

 

 

 ――――例えばキャッチボール。

「はなちゃーん、ファイトー」

「花中さんあんな奴ボコボコのギタギタにしてやってくださーい!」

「そうだそうだー!」

 外野からの応援 ― なお二匹ほど当初の目的を忘れている模様 ― を受け、花中は緊張から口許がひくひくと動いてしまう。

 花中の手には、瓦礫の中から見付けた野球ボールが握られていた。勿論なんの変哲もない、ただのボールだ。グローブは見付からなかったので、素手でボールを掴んでいる。

 そして花中と対峙するのは、同じく素手で向き合うコトアマツ。

 これより始めるのはキャッチボール。球を投げ、受け取り、相手に投げ返す遊びだ。

 球技が大の苦手である花中がボール遊び……一月前なら、花中自身が鼻で笑うところだ。何しろミュータント級と称される大暴投を繰り出すほどの、超運動音痴なのだから。しかし今ならば粒子操作能力を用い、ボールの軌道を操る事など造作もない。亜光速のボールを投げる事は勿論、ギザギザ飛行だって可能だ。

 ……むしろ昔やっていた大暴投は、自らの能力の片鱗が見え隠れしていたのだろうか。いいや、そうに違いない。でなければ本当にただの超生命体級の運動音痴という事になり、色々悲しくなってしまう。

「おい、まだ投げないのか?」

 過去を振り返っていたところ、コトアマツから催促の言葉がやってくる。そうだ、今は遊びの時間。小難しい事は後にして、未来のために友情を育まねばならない。

「すみません、今からいきます!」

 花中は返事と共に、大きく振りかぶり……ボールを投げた!

 まずは軽めに、ストレートの球。コトアマツが受け取りやすいように投げる。

 予想通りコトアマツは、これを素手で楽々キャッチ。次はコトアマツが花中に向けて投げる番だ。

 少しずつ慣らしながら、ちょっとずつ変な球を投げてみよう。少しは面白いと思ってくれるかも知れない。

「ふむ、成程。ではこんな感じに返すとしよう」

 ボールの投げ方について色々考えておく花中に向けて、コトアマツはボールを投げ返す。

 今の花中の動体視力ならば、ボールの動きを見極める事など造作もない。両手を構え、ボールを受け取ろうとして

 ふと、違和感に気付く。

 能力を使おうとしていた花中は、その目でボールの異変を認識する。ボールを形成する電子が激しく動き回っているのだ。なんだろうか、空気との摩擦で静電気でも生まれたのか?

 ミュータント化により得た、高速思考でボールの状態を解析。花中は瞬時に答えへと辿り着く。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「(で、電子化!? え、げ、原子を素粒子に分解して、素粒子を電子に置換し……)」

 咄嗟に、自分にも『出来る』方法で状況を理解しようとする。だが、ボールだった雷撃が近付くほどに理解してしまう。

 自分にはこのボールを作れない。

 電撃と化したボールは、原子レベルでは形を維持していた。これはつまり、電子だけがやたら滅多に活性化しているという事。電気でありながら、原子の性質も持ち合わせているという歪な状態なのだ。

 花中には粒子を操り、形を変える力がある。けれども性質を保ったまま、存在の在り方を変える事は出来ない。

 一体この力はなんだ? どんな力を使えば、こんな不可解な事象を引き起こせるのか――――

 考え込もうとする花中は、しかし一つ重要な事を失念していた。

 ボールが自分の顔目掛けて飛んでいるという、真っ先に気付くべき事実を。

「……あ、しまげぶぼべべべべべべべべべべべべべ!?」

 気付いた時には手遅れ。コトアマツが投げたボールは花中の顔面に命中し、全身に古典的電気ショックを与えた。

 ただのボールであれば、例え脳髄をぶちまけるような破壊力でも()()()()()()()のだが……今回は雷撃を纏ったボール。全身の粒子も電荷を帯び、満遍なくダメージを与えてきた。

 これもまた人間ならば即死する威力。花中は即死こそしなかったが、意識を保つにはちょっと厳しくて。

「……ぶへ」

「かかかか花中さあああああんっ!?」

 バタリと倒れてしまい、親友であるフィアを心配させてしまう羽目に。

「……ふん」

 そしてボールを投げたコトアマツは、酷くつまらなそうにそっぽを向くのであった。

 

 

 

 ――――例えば缶蹴り。

「……という訳で、鬼はこの缶を蹴られないよう、注意しながら、他の人を、探してください」

「ふむ、ルールについては理解した。余が鬼をやる事も承知しよう」

 ルール説明を終え、コトアマツは鬼をやる事を承諾。コトアマツの足下に缶を置いた花中は胸を撫で下ろし……ちょっとだけ、意地悪な笑みを浮かべた。

 今回の勝負は、一対一ではない。

 鬼をやるコトアマツに対し、花中、フィア、ミリオン、ミィ、オオゲツヒメの全員で挑む。無論缶蹴りとはそういうものであり、卑怯でもなんでもない。しかし多勢に無勢には変わりなく、鬼は全員の同行を注視しなければならないのだ。如何にコトアマツとて、楽な事ではないだろう。

 それに缶蹴りをやろうとしている此処、避難所の敷地外は今も多数の瓦礫が存在していた。瓦礫は身を隠すのに持ってこいだし、追い駆けられて振りきるのにも使える。こっそり缶に近付くのだって容易になるだろう。環境的には逃げる側有利なフィールドなのだ。

 これならば、少しは勝機があるかも知れない。

「それじゃあ、準備が出来たら、数え始めて、ください。目は、ちゃんと閉じてくださいね?」

「うむ、良いだろう。それでは数えるぞ。ひとーつ」

 目を閉じ、大きく元気な声でコトアマツが数え始めた――――瞬間、花中達は動き出した。

 他の皆が隠れる中、花中は能力を発動させる。

 コトアマツが自分と同じような力を使える可能性は、大富豪で遊んでいた時の発言からして極めて高い。目を閉じていようと、粒子の運動を感知すれば全員の動きを読み取れる筈。

 ならば空気の粒子を攪拌し、大きく引っ掻き回す。しかもあえて『何か』が通ったような動きをするよう操作すれば、コトアマツには自分達が急に増えたように感じられるだろう。これで全員の居場所を誤魔化す算段だ。

 勿論空気の攪拌は花中が起こしたものなので、花中自身はフィア達の隠れ場所をバッチリ把握している。フィアは瓦礫の下に潜り込み、更に地中を掘り進んで身を隠した。ミィはそこまで器用には隠れられないが、誰よりも遠く、コトアマツから十キロほど距離を取る。ミリオンは分散し、空気中を漂う一般インフルエンザウイルスのフリをするようだ。オオゲツヒメはぐにゃぐにゃと変形し、壊れた電柱の隙間に入り込む。

 各々が自分らしさを活かした場所に隠れる。人間ならばどれだけの技術と戦力を集めても、発見は難しいだろう。

 さて、一応『人間』である花中はといえば。

「……あっ。ど、何処に隠れよう」

 自分の隠れ場所を探す時、わたふたする羽目になった。能力を使えば自分の身体の変形・再構成など造作もないのだが……『人間』、それも少女である花中としては、瓦礫の下やら地面の下やら十キロ離れた地点やら、そうした場所に身を隠すのは気持ち的に避けたい。

 粒子操作で自分の居場所を誤魔化しつつ右往左往していた花中は、コトアマツから数十メートルほど離れた位置に車の残骸がある事を検知する。自らの身体の粒子に能力を用い、亜光速で花中は車の傍まで接近。車体の影に身を隠した。

「八、九、十。さて、数え終わったぞ」

 ここまで僅か十秒以内の出来事。人間からすればあまりにも短い猶予だが、ミュータントにとっては十分な時間。花中達は全員……花中的にも『完璧』なつもりである……万全の体制で隠れている。加えて花中による粒子攪拌という妨害もあるのだ。易々とは見付かるまい

「まずは一匹」

「きゃっ!?」

 花中がそう思っていた矢先、コトアマツがぽつりと独りごちるのと同時に誰かのか弱い悲鳴が聞こえた。

 誰の悲鳴か? 花中はコトアマツの周囲を探る。ただそれだけで答えは得られた。

 ミリオンだ。

 コトアマツの傍で、ミリオンが()()()をしていたのである。まるで空から落ちて着地に失敗したかのように、彼女は尻餅を撞いた体勢だった。唇をへの字に曲げ、ちょっと悔しそうにしているのが確認出来る。

 花中は唖然となった。ミリオンは空気中に霧散していた筈なのだ。缶蹴りの最中、缶を蹴るため以外の理由で集合体を作るとは思えない。

 どうして今彼女はコトアマツの前で尻餅を撞いているのか? 考え付く理由はただ一つ……コトアマツがなんらかの力により、分散していたミリオンを強引に『塊』へと戻したのだ。

「……よく分かったわね。じっとしていれば、はなちゃんにも見付からないと思ったのに」

 恐るべきは、ミリオンがぼやいたようにこれは花中でも真似出来ないという点。

 花中の粒子操作を用いれば、分散したミリオンを『目視確認』する事は可能だ。しかしそのミリオンが、もしも普通のインフルエンザウイルスに()()()()()いたなら、花中には見分けが付かない。乾燥した冬という、インフルエンザが流行る今の時期なら尚更だ。

 そして分散したミリオンを、強引に纏め上げる事も無理である。『自我』を持つミリオンは自らの粒子を己の意思で動かすため、花中が能力を使うための予備動作である観測と予測が行えない。一言で言うなら、花中は『生物』の身体を操れないのだ。

 コトアマツはこれを成した。花中と同じか、或いは別の方法で。

 愕然となる花中。しかしコトアマツの快進撃は終わらない。

「二匹目はお前だ」

「あらあら~」

 手招きするようにコトアマツが手を動かすと、オオゲツヒメが隠れていた電柱がコトアマツの手元まで引き寄せられる。

「もう一匹は、遠いな。こちらに来させよう」

「むにゃ……はっ!? あれ? あたしなんでこんな場所に?」

 それからミィの方を見て何か独りごちた、刹那、何故かミィがコトアマツの傍までやってきていた。超スピードだったためただの人間の目にはワープしてきたように見えるが、花中は粒子操作により把握する……ミィは、自分の足でコトアマツの前までやってきたのだ。まるで、催眠術にでも掛かったかのように。

「四匹目は、あそこだな」

「ほげええええええええええっ!? 臭っ?! うげぉごおおおおお!?」

 最後に指をパチンと鳴らすと、フィアの苦悶の叫びが辺りに響いた。どうやら酷い臭いを嗅がされ、ノックアウトされたらしい。瓦礫を粉砕するほどのパワーで跳び上がり、宙に浮かぶフィアをコトアマツは謎の力で引き寄せる。

 あっという間に仲間が壊滅。残すは花中一人だけ。

 この状況に花中は混乱した。花中が能力を用いて行った工作がまるで通じていない上に、『意味不明』な能力が次々と使われているのだから。

 最初花中は、コトアマツが自分と同じような力を持っていると思っていた。しかしどうやらそうではないらしい。ミィはまるで催眠術でも掛けられていたかのようにコトアマツの下に自ら現れ、フィアが突然悪臭にのたうち回る。こんな事、花中には真似も出来ない。

 なんだこの能力は? 一体何をどうしたというのだ?

 似ているものがあるとすれば彼女……星縄の能力、つまり他のミュータントの能力の『模倣』か。複数のミュータントの力を用いたのならば、統一感のない様々な力を使えるのも頷ける。

 だが、コトアマツには星縄に見られた欠点、つまり出力の低下が見受けられない。というより幾らなんでもここまで滅茶苦茶な力を使った事はなかった。地核に潜む『何か』を倒せる力を求めていた星縄が、花中の実力を見定める際に手加減するとは思えない。常識外れの力を用いるコトアマツの能力は、星縄とは別物と考える方が自然だ。

 コトアマツへの疑問が増す中、しかし花中はその考えを頭の隅へと追いやる。今は缶蹴りの真っ最中。そして仲間は全員やられたが、まだ勝機はある。

 缶蹴りは鬼が『全員』を見付ける事で初めて勝利となる。もしも全員を見付ける前に、見付からなかった者が缶を蹴り飛ばせば……その時点で捕まってしまった者全員が解放となるのだ。試合は終わらないので厳密には鬼の『負け』ではないが、一矢報いるという意味では花中達の勝利と言えよう。

 隙を見て瞬間的に近付き、缶を蹴飛ばしたらまた逃げる。

 自らを粒子として撃ち出す事で亜光速の移動が可能である花中からすれば、どちらも得意な事だ。強いて失敗する可能性を挙げるならば、置かれている缶にキックを外すという『ヘマ』を、運動音痴である自分ならやりかねないという点のみ。その難問については気にしても仕方ないので、頭の隅に寄せておく。

 チャンスは一瞬。コトアマツが自分を()()()()()

「さて、残り一匹は、そこ」

 その時はさして待たずに訪れ、それを予期していた花中はすぐに行動を起こせた。

 コトアマツがこちらを見ている。粒子の動きからそれを判断した花中は、自らの身体を亜光速で撃ち出す。

 コトアマツは花中を見るため、缶から視線を外した状態だ。光速に等しい速さで動いた花中は、そんなコトアマツの背後を突くように現れる。

 缶までの距離は目測一メートル。もう少し近付くつもりだったのだが、思いの外遠い。妨害された? そのような感覚はなかったが……すぐに考えが逸れるのは悪い癖。今は缶蹴りに集中しようと花中は思考を切り替える。後は足を出すだけで『勝利』出来るのだ。

 渾身の力を込めた足を力いっぱい前へと繰り出して――――

 ()()()

「……えっ、ぎゃんっ!?」

 呆気に取られる、そんな暇などないうちに花中は地面に倒れ伏す。まるで体重が何百万倍にもなったような……いや、間違いなくそれぐらい自分の質量が増大していると、花中は確信する。

 ならば、この能力は……

「おっと、危ないところだったか?」

「花中さんそこで外すとか……」

 如何にもピンチだったと言わんばかりのコトアマツ。花中が缶を蹴り損なったところを目の当たりにしたフィアからも、失望したような声が漏れ出ていた。

 申し訳ないとは花中も思う。だが、弁明したい点が一つある。

 今のキックは外したのではない……()()()()()のだ。

 足が辿る軌道は明らかに缶を狙っていた。それは間違いない。けれどもその軌道が突如捻じ曲げられたのである。コトアマツがなんらかの力により、花中に干渉を行ってきたのだ。

 おまけに、逸らされ方にも違和感がある。

 粒子操作などで、肉体の粒子を無理矢理動かされたような感覚はなかった。というより花中自身は最後まで()()()()()()()()()()つもりだ。なのに目で見るキックはどんどん逸れ、実際缶には届かなかったのである。

 逸らされたのは足ではない。逸らされたのは、恐らく……空間の方。

 コトアマツは空間そのものを捻じ曲げたのだ。あたかも超巨大な恒星の周りでは、巨大な重力によってその空間が歪むかのように。

「しかし、これで終わりか。あまりにも呆気ないな」

 花中が疑問の答えに辿り着くのと同時に、コトアマツがつまらなそうに独りごちる。それを聞いた花中は我に返るのと同時に、顔を青くした。

 そうだ。今回の遊びは、コトアマツと仲良くなるために企画したものである。

 なのに勝負は一方的な敗北ばかり。接待だとしても、ろくな力も出さずに勝っては面白みなど感じようがない。有り体に言えば、『つまらない』。

 遊んでいてつまらない連中と友達になるだろうか? 友達がいなかった、昔の花中ならばそれでもYesと答えたかも知れない。だけど友達が出来た今の花中には、そうは答えられない。

「余は飽いた。今日はもう帰る」

 コトアマツがそう言ってこの場を去ろうとするのも、無理のない話だ。

「え、ぁ、ま……」

 呼び止めようとする花中だったが、コトアマツは聞こえてすらいないかのように無視。すたすたとその場を立ち去ってしまう。

「あらあら、帰っちゃいましたわね。あ、そこまで心配しなくても大丈夫ですわ。あの子約束はしましたから、明日にはまた戻ってきますから。また明日、みんなで頑張りましょうね」

 オオゲツヒメは手を振り、花中を励ましながらコトアマツの後を追う。

 コトアマツの友達であるオオゲツヒメが大丈夫だと言うのだから、きっと大丈夫なのだろう。明日もコトアマツは自分に会いに来てくれる筈だ。

 だけど……

 花中はちらりと、後ろを振り向く。目に入るのは、ふて腐れたように唇を尖らせているミリオン、ふらふらと身体が触れているミィ、悪臭に未だ悶えているフィア。

 全滅だ。完膚なきまでに。

 そして今日の『遊び』で分かったのは――――コトアマツと自分達の間にある巨大な力の溝が、自分が思っていたよりも遥かに大きなものである事だけ。

「……お世辞にも、なんとかなるとは、言えないなぁ」

 ぽつりと感想をぼやいて、花中もまた倒れ伏す。

 チャレンジ初日は大失敗。

 今後の先行きに不安を覚えた花中は、胃が締め付けられるような痛みを覚えるのだった。




争いは同レベルの者同士でしか生じない。
遊んで楽しいのも同レベル。
蹂躙は最初楽しいけど、それだけだと段々虚しくなるよね。

次回は12/14(土)投稿予定です。

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