「私は知ってたわよ。最初から今回の計画については」
あっけらかんとした顔で、ミリオンはなんて事もないかのように答える。
その答えを聞いた花中は、目を皿のように丸くして、あんぐりと口を開けた。そのまま何秒もこのような、所謂間抜け面を晒してしまう。空にて輝く昼の日差しが、花中の間抜け面を一層際立たせた。屋外にて棒立ちする姿勢も、間抜けさに拍車を掛ける。
見ているだけで笑えてくる姿だが、花中がそうなってしまうのも仕方ない事。
何故ならミリオンは約二週間前の大惨事――――星縄による襲撃を
「……………えっ。えっと……………え?」
「私が全個体はなちゃんの傍から離れるなんて、おかしいと思わなかったの? そーいうの、私基本的にやらないでしょ?」
「え、ええ、確かに、やらないと思います、けど……え、何時から?」
「んー。聞かされたのは、私がはなちゃんのところに戻ったあの日の、三日前ぐらいかしら。確か関西で会ったのよ」
「……………」
まるで世間話のように語るミリオンだったが、その声は最早花中には届かない。
これまでも、ミリオンはちょくちょく『敵』に寝返っていた。
何分彼女は目的がハッキリしている、というより目的以外の価値が極端に低い。だからその目的に沿うもの……『花中の生存』に役立つのなら、割とあっさり花中さえも裏切る。
大方星縄は「花中ちゃんをパワーアップさせる事が出来る」とでも言ったのだろう。花中の生存を求めるミリオンとしては、花中が強くなって困るものではない。避難所が壊される事も、フィアが大怪我する事も、ミリオンにとってはどうでも良い話。これを知られて花中に嫌われても、『愛しい人』と一緒に朽ちる事が夢であるミリオンにとっては問題ですらない。デメリットがないのだから、断る理由がなかった。
つまるところミリオンが星縄の話に乗るのは分かるし、これまでも良くある事であった。追求するほどの疑問はない。
疑問が残るのは星縄の行動だ。
「……星縄さん、なんでミリオンさんに、協力を……?」
「ああ、それはね。勝てないから、らしいわよ」
「勝てない?」
「ええ。初めて会った時から勝てる気がしなくて、だからもう計画打ち明けて、素直に協力を仰ごうとしたとか。実際私が本気で星縄ちゃんを倒そうとすれば、まぁ、あの程度なら五秒で終わるわね」
ケラケラ笑いながら答えるミリオンに、花中は「あー……」という、納得と達観の混ざり合った声を漏らした。ミリオンの強さはそれこそ『出鱈目』だ。微細故にどんな生物の内側にも入り込み、高熱により焼き尽くす。星縄とて人間なのだから、内臓を焼き払われてはあっさり死ぬだろう。
一応星縄も能力により、ミリオンが持つ『熱を操る』力は使えるので抵抗こそ可能だが……個々は微細でも、存在としては巨大な群体であるミリオンは星縄よりも『大質量』だ。ミリオンの方が力の出力は上。ジリ貧、というより一気に押しやられるだろう。星縄もミリオンの『人となり』はマグナ・フロス事変で知った筈なので、応じてもらえるという算段はあったのだろう ― 逆にフィアはどう話しても協力してくれないと判断したのだろう ― が、ミリオンが言うように真っ向勝負は分が悪過ぎるというのが交渉した一番の理由なのは間違いあるまい。
正直、今の花中でもミリオンには
「そーいう訳だから星縄ちゃんの話に乗った訳。分かってもらえたかしら?」
「……ええ、星縄さんの行動については、納得です。ミリオンさんへの、不信感は、一層募りましたけど」
「あらあら、悲しい事を言わないで~よよよよよ」
目許に両手を当て、めそめそした仕草を取るミリオン。体液なんて一滴もない癖に、と思いながら花中は肩を落とす。
最初から見抜かれている悪ふざけは十秒と経たずに終わり、ミリオンは曲げていた背筋を伸ばす。ニコッと浮かべた微笑みは大人っぽくて、花中は自分の感情を弄ばれたような、複雑な気持ちになった。
ミリオンはそんな花中の感情までもお見通しなのか。
「それに結果的とはいえ避難所が再建、いえ、発展したから、私だけじゃなくて人間にとっても悪いもんじゃなかったと思うけどね」
『事実』を告げてくるミリオンに、花中は喉元まで来ていた言葉を飲み込むしかなかった。
花中との戦いが終わった後、星縄は避難所の人々に謝罪をしている。
勿論「ごめんなさい」の一言で済むような状態ではなく、誠意として周辺の整備と崩壊した建物の再建も行った。『念力』で数十キロ圏内の瓦礫を持ち上げられる星縄にとって、ボロ小屋数十棟とオンボロ食堂を建て直すなど朝飯前。避難所は完璧に再建され、星縄が訪れる前の姿を取り戻した。むしろ周辺整備という『おまけ』を付けられ、大半の人々は星縄を許したのである。
ちなみに許さなかった人達は、傷付けられた晴海や加奈子の両親だ。それはもう仕方ない事だと、星縄も受け入れている。
「やほー、大桐さん。あ、ミリきちも居たー」
「おかえりー」
そして傷付けられた当人である加奈子達は今、こうして花中達を見たら話し掛けてくるぐらい回復していた。
「あ、小田さん、立花さん。どうもです」
「ただいま。二人とも元気みたいね」
「まぁねぇー」
「ミリオンは……えっと、今話を聞いているところかしら?」
「ええ。星縄ちゃんが此処を襲撃して、はなちゃんが凄い力に目覚めたのでしょ? もう色んな事がいっぺんに起きて、頭がパンクしそうよ。二人とも怪我したって聞いたけど、思ったより元気そうで安心したわ」
話し掛けてきた晴海達に、ミリオンはいけしゃあしゃあと答える。力も知恵も恐ろしいミリオンだが、演技力も恐ろしいから手に負えない。「この人最初から全部知ってますよ」とバラしてやろうか、とも思う花中だったが、バラしたところでミリオンはへっちゃらだろう。その平静ぶりを見たら逆にこちらが疲れそうなので、花中は泣き寝入りする事とした。
「そうそう。訊きたかったんだけど、星縄ちゃんは今何処に居るの? 牢屋かしら?」
「そんなもんで閉じ込められるなら、あんな怖い目には遭ってないわよ……なんか、大桐さんの両親を探す旅に出るみたい」
「インドネシアらしいよー」
「あら、そうなの? ふぅん」
晴海と加奈子に説明され、どうやらその点については本当に知らなかったのか、ミリオンは納得したようにぼやく。
晴海達が答えたように、星縄は今、本当に花中の両親を探しに行っている。インドネシア諸島に居る、という情報そのものは本当だったらしい。そして怪物とミュータントだらけで、例え全盛期の人類が全戦力を投じても突破不可能である事も。しかしミュータントである星縄ならば、怪物は勿論、ミュータント相手でも簡単には負けない。単身で花中の両親を探す事は可能だ。
勿論花中も両親の安否は心配である。故に星縄に付いていこうとしたが、星縄により止められた。帰る場所を守る人がいなくてどうする? という理由からだ。
……きっと、『万一』を想定して花中を現場から遠ざけたのだろう。やはり星縄さんは大人のお姉さんだと花中は思い、大人しくその意見を受け入れ、此処に残っている。ちなみに二週間経っても星縄が戻らないあたり、捜索は難航しているようだ。良い結果も、悪い結果も含めて。
分からないというのは、とても不安になる。胸がざわざわして落ち着かない。今にも衝動が爆発して、星縄の後を追い駆けたくなる。
それをしないのは、一番の友達の存在が大きい。
星縄との戦いで大きな怪我を負い、それでも自分を助け出すために戻ってきてくれた――――
「かぁーなかさんっ!」
背中にこっそりと近付き、抱き付いてきたフィアの存在が。
肩からお腹の辺りを抱えるように伸びてきたフィアの腕を、花中もぎゅっと掴んで抱き締める。ミュータントの力に目覚めたからか、なんだか最近やたらとフィアに親近感が湧いて、花中は殆ど無意識にフィアとべったりしてしまう。自覚しても恥ずかしくも思わないので、そのままべったりは続行だ。
花中は顔を上げ、大切な友達に嬉しさ満天で蕩けた笑みを見せた。
「ふふっ。おかえり、フィアちゃん」
「ただいまでーす。今日は中々大きくて美味しそうな白饅頭を捕まえてきましたよー」
「あら、さかなちゃんおかえり。大怪我したんですって? 大変だったわねぇ」
「あん? ああミリオンあなた帰ってきていたのですか」
花中に抱き付く事しか頭になかったのか、今更ミリオンに気付いたかのように振る舞うフィア。何時も通りな友達の態度に、花中は「もうっ」と不満げな声を漏らしつつ、久しく見ていなかった友達間のやり取りを見て笑みが浮かぶ。晴海や加奈子、そしてミリオンもくすりと笑った。
フィアの怪我は、戦いが終わった二日後にはすっかり良くなっていた。
彼女は二年前に、骨折を半日ほどで治せる『技』を身に着けている。内臓まで達するような傷穴も、全身に負った火傷も、この『技』を用いれば簡単に治せた。普通の生命ならばそのまま衰弱死するような怪我も、ミュータントにとっては数日で復帰出来るようなものなのだ。むしろ二日も掛かったと言うべきかも知れない。
二週間が経った今では完全な本調子。白饅頭など百万匹来てもぶちのめせると豪語するほどである。
「さかなちゃんは今日も狩りに行ってたの? 頑張るわねぇ」
「ふふん。やはり食べ物は新鮮で美味しいものを食べたいですからね」
「お肉は寝かせた方が旨味成分が出るわよ。白饅頭の肉も同じかは分からないけど……ところではなちゃんは、さかなちゃんと一緒に狩りをしないの? ぶっちゃけ、今なら白饅頭ぐらい一人でいくらでも獲れるでしょ?」
「えっ。あ、えっと……その……」
「あー。それは私も言ったのですがなんか花中さんいまいち乗り気じゃないんですよねぇ。なんでも白饅頭を殺すのに抵抗があるとかなんとか」
「なんとまぁ、はなちゃんらしいというかなんというか」
「いや、虫とかなら兎も角、いきなり動物を殺すのはハードル高いでしょーよ。いくら見た目がキモくてもさ」
呆れるフィアとミリオンに対し、晴海は花中を擁護する。実際動物を殺すのは精神的に抵抗感があり、だからこそフィアと一緒に狩りが出来ない花中はこくりと頷いた。
とはいえ、何時までも戦いはフィアにお任せという訳にもいかないだろう。
何しろ地中の最深部に潜む『何か』……これが動き出し、もしも地上に大きな被害をもたらそうとした時には、否応なしに花中も戦わねばならないからだ。
その時が訪れた時、弱いままではいられない。覚悟がないのも良くない。力の使い方をもっと鍛え、様々な経験を積んで強くならねばならないのだ。
ならない、のだが……
「(ぶっちゃけ、わたしが頑張ったところで戦力になるか分かんないんだよね)」
戦いを躊躇わせる一番の理由は、自分に世界を救えるとは到底思えないからだった。
花中は確かに強くなった。しかも他のミュータントの脳波を受け止めるという、一般的なミュータントとは異なる方法を会得しているからか……その力は通常のミュータントよりかなり強い。一対一なら、膨大な戦闘経験を有すフィアやミィさえも圧倒出来るだろう。フィアとミィが二匹同時に来たとしても、上手く立ち回れば返り討ちに出来るかも知れない。
そしてこの力にはまだまだ伸び代を感じる。戦うほど、或いは新たなミュータントと出会うほど、更に力は高まるだろう。
だが、最強ではない。
ミュータントとして目覚めた事で、これまでよりも本能が研ぎ澄まされた影響からか。花中はミュータントの強さが感覚的に理解出来るようになり、自分の立ち位置もハッキリと見えていた。つまり自分の力では勝てない相手が誰なのか、よく理解している。
まず、ミリオンには勝てない。
細かな群体故非常に激しくかつ不規則に動くミリオンは、粒子の動きが見えるようになった花中にとって凄く『気持ち悪い』ものだ。日常会話を楽しむ時には粒子の運動など見ていないので問題ないが、戦いとなれば、周りの粒子を観測するついでにミリオンの動きが見えてしまう。こうなると集中力が乱され、能力がフルパワーを発揮出来ない。
更にミリオンの能力により加熱……粒子の運動量を変化させられてしまうと、花中が能力により粒子を操作しても思うように動かせなくなる。何故なら花中の能力は粒子の動きを観測・予測した上で干渉するものなので、予測出来ない粒子に力を与えても変なところに飛んでいくだけだからだ。その結果何も起きなければまだマシな方、最悪自分の周りの大気分子が核爆発を起こすかも知れない。
つまりミリオンと勝負しようとしても、花中はその能力を大きく制限されてしまうのだ。能力なしでは何も出来ず、それこそただの人間のようにやられてしまうだろう。流石はスペイン風邪の時に五千万以上の人類を殺害した病原体、人類種の天敵である。
勝ち目がないのはミリオンだけではない。南の島に暮らすミュータント……アナシスもそうだ。
というより、どうすればアナシスに勝てるのか見当も付かないというのが正しい。彼女は本当に別格だ。本気の粒子ビームを撃ち込んだところで、こちらの存在に気付いてもらえるのかすら怪しい。逆に向こうが気紛れで尾を振ってきたら、花中が防御に全力を尽くしても無意味だろう。向こうは粒子操作のような『特殊能力』がないのに、ただただ出鱈目な力の差で全てを捻じ伏せてくるのだ。当然アナシスと互角に戦った、異星生命体にも花中一人だけでは勝てない。
そしてムスペルのミュータント。
あの個体を倒すのも無理だ。地球全土への干渉中という『ハンデ』を背負ってもらって、ようやく同じ土俵に立てる。全力勝負を挑まれたなら、全身全霊の土下座をして命乞いしなければなるまい。する暇があれば、の話であるが。
星縄は自分の事を『超越種』と名付けたが、花中本人としては一体何を超越しているのやらと言いたくなる。いや、これは星縄の願いが込められた名前であり、現実に則しているかどうかは二の次なのだが……兎に角、花中なんて足下に及ばないぐらい強いミュータントは幾らでも存在する。
そして地核に潜んでいた『何か』の力は、ミリオン達さえも上回っていた。
花中がどれだけ鍛えたところで勝ち目なんてない。例え羽虫の中で英雄になろうとも、人間に勝てる訳がないのだから。勿論なんらかの対抗手段は考えねばならないが、少なくとも『鍛錬』ではないだろう。いや、しかし策を実行する上である程度力が必要という可能性もあるのだから、悩むぐらいなら素直に身体を鍛えた方が……
「おい、そこのお前」
考え込んでしまう花中だったが、ふと 幼い少女の声が聞こえてきた事で我に返る。名前を呼ばれた訳ではないが、反射的に声が聞こえた方を見た。
花中の視界に入るのは、一人の少女だった。年頃はぱっと見十歳前後だろうか。今でも稀に小学生と間違われる花中より、更に幼い見た目をしている。とても可愛らしい顔立ちで……
そんな少女の姿を見ていた花中の背筋を、凍り付くような悪寒が走る。
花中は少女の事など何も知らない。
少女から恐ろしいぐらい強大な力が放たれている訳でもない。
だけど、確かに感じるのだ。
目の前の少女の出す、地核に潜んでいた『何か』とピタリと重なる気配を――――
最後に現れた美少女さん。
次回最終章です。
次回は今日中に投稿予定です。