彼女は生き物に好かれやすい   作:彼岸花ノ丘

201 / 232
地獄の魔物3

 花中が自宅のテレビ画面を点けた瞬間、そこに映されたのは真っ赤な景色だった。

 いや、よく見れば景色ではない。赤い液体がどぼどぼと、噴水のように湧き出ている映像だ。赤い液体は湯気を立ち昇らせ、自らが如何に熱いかを物語る。空気に触れた赤い液体は、最初はさらさらとした水のようであったが、やがてどろどろとした粘性を帯び……そこまで見れば赤い液体の正体が溶岩であると、視聴者の多くは理解するだろう。

 その溶岩が、都市のど真ん中で噴き上がっていた。

 テレビに映るこの映像は、恐らく取材ヘリから撮影されたものだろう。どんな建物よりも高い場所から撮影されており、何が起きているかよく見える……見えなければ現実逃避ぐらいは出来たかも知れないのに。

 これが東京の某都市での出来事だと、画面右上のテロップに書かれている。映し出されている都市は高層ビルが建ち並び、コンクリートジャングルという言葉が実によく似合う場所だ。しかしながらそのジャングルは今溶岩の海に満たされ、地面そのものが溶解しているのか次々と傾き、倒れ始めていた。まるでアクション映画のように仰々しい光景だが、この映像は現実のもの。でなければ現地取材をしているであろう女性リポーターが悲鳴染みた叫びばかり上げていて、なんの状況説明も出来ていないという醜態を晒す筈がないのだから。

 十七時をちょっと過ぎた今の時間帯、ビルの中ではまだ何百何千もの人々が働いていただろう。自分のために働いていた人も、家族のために働いていた人も……

 されど現実は人々の気持ちなど一片も汲まず、ビルは横倒しになるやずぶずぶと地中に沈む。溶岩とは即ち岩石が溶けたもの。組成次第ではあるが、凡そ一千度はあるものだ。そんなものに包まれたなら、人間など呆気なく焼け死んでしまう。倒れたビルの中に、もう、生存者はいないだろう。

 倒れるビルは一棟のみではない。何棟も、何十棟も倒れ、沈んでいく。テレビ画面に映されたほんの数分程度の映像で、一体何万の人々がその命を散らしたのか……想像するだけで胸が痛くなる。

 だが、()()()()()()()()()()()。テレビからはアナウンサーか、或いは取材スタッフのものと思しき大声量が流れているが、耳にも届かない。

 燃えたぎる溶岩の中心に立つ『そいつ』の存在に比べれば、他のあらゆる事象は些末事に他ならないのだから。

「お、大桐さん……何よ、アレ……」

 大桐家宅にて、和室のテレビで同じ光景を見ていた晴海は、声を震わせながら花中に尋ねてくる。しかし花中はその問いに対する答えを持ち合わせていない。和室にはフィアもミリオンも居るし、ミィも和室と庭を繋ぐガラス戸から身を乗り出してテレビを見ていたが、彼女達にも答えられないだろう。誰もが『そいつ』がなんであるかを知らず、教えてほしいぐらいなのだから。

 テレビに映し出された『そいつ』は、間違いなく生物だった。

 かつて地球に降臨した異星生命体と違い、生々しい肉の塊でその身体を構成している。しかしながらその姿は、花中がこれまでの人生で見たどんな生物とも異なるものだ。

 大きく開かれた口には鋭い牙がずらりと並び、肉食性の強い種だと窺い知れた。けれどもその顔に目玉や鼻の穴、耳などは見付けられない。ワニの頭からそうした大事な感覚器を全部取り除いたような、おどろおどろしい形相をしている。

 手足はアシカのようなヒレになっていた。ヒレの数は四枚。四肢がヒレの形へと変異する進化を遂げたのだろうか。大きさはかなりのもので、特に前足部分のヒレは広げた幅が自身の体長と同じぐらいあるように見える。尾は縦方向に広がったオールのような形態をしており、左右にくねらせれば『液体』内での推力を生むだろう。

 胴体はまるで潜水艦のように太く、丸みを帯びている。体表面に鱗などはないのだが、まるで岩石が集まっているかのように凸凹していた。色が黒いのも相まって、溶岩が固まったかのような印象を受けるだろう。或いは本当に溶岩が固まったものを纏っているのかも知れない……『そいつ』は溢れ出す溶岩の中から現れたのだから。

【バルォオオオオオオオオオオォンッ!】

 そして放たれる咆哮は、テレビ越しでも人間達を震え上がらせる。

 おぞましい怪物だった。地の底から現れた姿は『地獄の魔物』と呼びたくなる。こんな生命体が地球に潜んでいたと知ったなら、偉大なる知性により生命が創造されたと信じる人々は気が狂うかも知れない。その冒涜的な様相には、それだけのパワーが宿っていた。

 しかし姿が恐ろしいだけならまだ良い。

 本当の問題は、人間を恐怖の縁へと追いやるのは、そのサイズ。

 正確なところは分からない。だが倒れていくビルの大きさから推察するに、ざっと()()()()()()はあってもおかしくないだろう。こんな巨大な怪物が、もしも暴れようものから……

 そして花中達を震え上がらせるのは、もう一つの『確信』。

「……ミリオンさん、この生き物が……」

「ええ、間違いない。このぞわぞわとする感覚、忘れる訳がないわ。コイツが喜田湯船町を溶岩の海に沈めた張本人。この星で破局噴火を起こそうとしていた元凶よ」

 花中が尋ねると、問われたミリオンはあっさりと答える。しかしその顔は強張ったもので、口先のような軽さは一切見付からない。

 フィア達三体は気付いていた。この恐ろしい様相の怪物が、破局噴火により地球生命を根絶やしにしようとした元凶だと。

「正しく化け物みたいな見た目をしてますねぇ。一体なんて動物なんでしょう?」

「さぁ? 哺乳類っぽくはないし、爬虫類かな?」

「分類群なんて今はどーでも良いでしょうに。問題はコイツがなんで地上に出てきたのか、の方でしょ」

「勿論分かってるよー」

 暢気にお喋りをするフィアとミィを、ミリオンが窘める。ミィの方は不服だとばかりに言い返したが、フィアは首を傾げていた。どうやら花中の親友は、事の重大さをあまり理解していないらしい。

 ミリオンは呆れるようにため息を吐くも、フィアが大事なところを理解していないのは何時もの話。それはミリオンだけでなく花中も分かっている事であり、花中はフィアへ説明するように話を引き継ぐ。

「えっとね、フィアちゃん。この生き物が、噴火を起こそうと、していたのは、分かっているよね?」

「ええそうですね。それはちゃんと分かってますよむっふん」

「うん。だけどその時は、ずっと地面の中に、居たでしょ? だからもしも噴火を、起こす事が、この生き物の目的なら、地上に出てくる必要は、ないよね?」

「……おお成程。つまりコイツがなんのために地上に来たか分からないのが問題という事ですね!」

 正解ですよね? 花中さん褒めて褒めて――――まるでそう言いたげに目を輝かせながら下げてきたフィアの頭を、花中は優しく撫でる。フィアはご満悦な笑みを浮かべた。

 そう、問題は『そいつ』の真意がこれっぽっちも分からないという事。

 仮に、破局噴火を引き起こして地球環境を変化させる事が目的であるなら、わざわざ自らが地上に出てくる必要はない。地中という安全圏に潜み、大噴火を引き起こせば良いのだ。フィア達が邪魔だというのなら、他所の大陸なり海底なりでそれを起こせば良い。いや、そんな手間をせずとも奴がちょっと本気を出せば、フィア達がどれだけ頑張ろうと噴火を抑える事は出来ないだろう。先の『対決』ではフィア達三匹が力を合わせても一方的に押されるほど、『そいつ』はとんでもない力を有していたのだから。

 恐らく破局噴火は、『そいつ』にとって手段の一つですらなかったのだ。地上侵出のための様子見か、或いはなんらかの実験的意図か、はたまた練習か……

 破局噴火さえもそのような扱いであるならば、地上に出てきた『そいつ』がやろうとしている事の規模など想像も付かない。確実に言えるのは、下手をせずとも地球史上例のない大災厄になるという点だけだ。

「一体何を企んでいるかは分からないけど、地上に出てきたのは好都合。こっちのフィールドにのこのこやってきてくれた訳だしね」

「でもさぁ、真っ向勝負じゃ勝てる気がしないんだけど」

「そうよねぇ。かといって搦め手を使おうにも……ね」

 ちらりと、ミリオンが視線を向けてくる。彼女の言いたい事を察し、こくりと俯くように花中は頷く。

 仮に、花中の予想通り破局噴火がなんらかの様子見なり実験なりだったとしよう。その場合『そいつ』には確固たる自我と、情報を分析するだけの知性がある筈だ。

 即ちミュータントの可能性が高い。

 ミュータントだとすれば、何かしら特殊な能力があると考えられる。もしくは破局噴火に匹敵するマグマを作り出したのがその能力か。なんにせよ五百メートルもの巨体から繰り出されるパワーは絶大なものとなるだろう。大きいというのは、ただそれだけで強いものなのだから。

 体重から見た体格差がどれほどかは分からないが、こんなにも大きければフィア達三匹でも歯が立たないのは頷ける話。花中達にとって有利なフィールドにわざわざ来てくれたとはいえ、単純な力押しで勝てるような相手ではあるまい。

 何かしらの作戦が必要である。恐らく人間並に高まっているであろう知性でも見抜かれないほど緻密で、尚且つ圧倒的な体格差をひっくり返す強力な策が。

「……小田さんは、何か気付いた事、ありますか?」

「えっ。あ、や、あたしは……ごめん。なんか、頭いっぱいで……こんなのが現実なんて、思えなくて」

 自分の知らない情報が得られないかと尋ねると、晴海はなんともぼんやりとした様子でテレビを指差す。

【酷い……こんなの、酷過ぎる……!】

 テレビからは、現地取材をしているリポーターらしき女性の、嗚咽混じりの声が漏れ出る。画面左上に『Live』の文字があるため、生放送なのだろう。

 そしてその女性が見ているであろう光景は、地獄絵図という言葉すら生温い。

 少し目を離している間に、事態は更に深刻なものと化していた。『そいつ』の佇む場所からは未だ溶岩が噴出しており、留まる事を知らない。溶岩の噴水は何百メートルもの高さまで上がっており、その放出量の多さを物語っていた。

 溶岩自体は、冷えて固まる事であまり遠くまで流れてはいない。しかしそれでも半径十数キロ圏内には津波のように押し寄せ、巨大溶岩湖を作り出している。小さな建物はこの溶岩湖に丸呑みにされ、倒れたビルも溶けながら沈み、真っ赤で平らな景色が作り出されていた。

 更には溶岩から噴き出した白いガスが、溶岩湖の外側に広がる都市を満たしている。ガスの正体は恐らく硫化水素などの、火山性有毒ガス。フィア達のような能力があればどうとでも出来ても、人間はガスマスクなどを用意せねば生き残れないだろう。そして一般的なビルや家にガスマスクなんて置いてある訳もない。

 『そいつ』の出現地点から半径十数キロ圏内に居た人間で、この災禍を生き延びた者はほんの一握りだろう。

 フィア達の感覚が正しければ、『そいつ』が現れたのは花中達が経験したあの大地震の直後。正確な時刻は測っていないが、今の時刻である十七時三十分頃から逆算しても……まだ三十分ちょっとしか経っていない。

 たったそれだけの時間で、日本の首都にある都市の一つが『壊滅』した。何万、いや、何十万という人が命を落としただろう。あまりに悲惨過ぎて、花中も現実味が持てない。いや、現実だと本当に理解していたなら、今頃あまりの惨事に吐き気と悲しみに打ちのめされている筈だ。そうなっていない時点で、事の重大さを何も分かっていないのは明白。

 考える事に集中出来ないほど呆けてしまう花中と晴海。数多の怪物と遭遇してきたとはいえ、花中もまた一般人である。晴海については言わずもがなだ。非現実的な光景で思考が止まってしまうのも、致し方ない事である。

 されど日本には、こうした非現実に立ち向かうべく訓練を続けてきた人々が居た。

【! 見てください! 飛行機……いえ、戦闘機です!】

 現場取材をしている女性リポーターの声が、彼等がこの場にやってきた事を教えてくれた。

 花中は我に返り、テレビ画面を見る。映し出されていたのはリポーターが言った通り戦闘機。五機が編隊を組み、『そいつ』の近く ― とはいえ十数キロは離れているだろうが ― を飛んでいた。戦闘機の種類には詳しくないが、この状況でやってくるとすれば彼等しかいない。

 航空自衛隊だ。日本でも怪物が出現するようになり、立ち向かえる力を持った彼等の活躍が大きく求められている昨今。素早い出撃が出来るよう訓練を行い、兵器も更新されたとニュースでやっていたのを花中は覚えている。此度ついに怪物が首都圏に現れたという事もあり、最新鋭戦闘機で文字通りかっ飛んできた訳だ。

 とはいえ怪物の力はどれも圧倒的なもの。弱い怪物なら先進国の軍隊で辛うじて撃退出来るが、『そいつ』はサイズからして明らかに最強クラス。フィア達超生命体の助言がなくとも、自衛隊は『そいつ』の強さがとんでもないものであると想定している筈だ。自衛隊機が迂闊な攻撃は行わず、調べるように『そいつ』の周りを飛び回るだけなのは、その強さを警戒しての事だろう。

 ――――だが、『そいつ』にとってはそれすらも気に食わないらしい。

 テレビに映し出されている『そいつ』はゆっくりと顔をもたげ、自分の周りを飛ぶ戦闘機達の方を向いた。目や耳らしきパーツは見られないが、なんらかの感覚器はあるらしい。ワニのような口先は正確に戦闘機達の動きを追っている。

 やがて『そいつ』はバックリと、大きな口を開けた。

 瞬間、花中はぞくりとした悪寒を覚える。

 幾度となく怪物と呼べる生命体に遭遇した経験から育まれた直感……今度はしかと働いた。身体の奥底に眠っている動物(人間)の本能が、『そいつ』がしようとしている事のおぞましさを伝えてくる。具体的に何をしようとしているかなんて全く分からないが、兎に角とんでもない事を始めようとしているのは察知出来た。

 だけど無意味だ。『そいつ』と花中達までの距離は何十キロと離れている。

 今更、何も出来やしない。

【バルォオオオオォォォンッ!】

 『そいつ』が咆哮を上げたのと同時に、何か、白い靄のようなものが放たれた。

 靄のようなものは衝撃波のようにふわりとドーム型に広がっていく。一見して凄まじい速さで広がっていたが、しかし大地のマグマはその白い靄のようなものを受けても波一つ立てず静かなまま。物理的な衝撃を有するものではないらしい。

 無論正体不明の怪しげな一撃だ。避けるのが無難である……が、広がり方があまりにも速い。加えて突然の事に一瞬身体が硬直してしまったとしてもおかしくない。

 戦闘機達は回避行動を取れず、最も『そいつ』に近かった機体と白い靄のようなものが接触した

 刹那、戦闘機が()()()

「「【……えっ】」」

 花中と晴海、そして現地取材のリポーターの声が重なる。

 弾けたとしか言いようがない出来事だった。しかしバラバラに爆発したのではない――――溶けたのだ。白い靄のようなものに触れた瞬間赤い液体へと変貌し、それが四方に飛び散ったのである。

 花中が目の前で起きた事を理解した時、残りの戦闘機四機も赤い液体へと変わった。しかし自衛隊機を全滅させても白い靄のようなものの広がりは止まらない。

 ついには()()()()()()()()()()()()()()()()

【え、や、ひっ】

 女性リポーターが悲鳴を上げた、次の瞬間――――テレビ画面に砂嵐が走る。砂嵐は数秒後切り替わり、スタジオを映し出したが……そこには唖然とした芸能人と司会進行役の顔が映るだけ。

 悲鳴を上げた次の瞬間には砂嵐だった。そう、次の瞬間としか言いようがないほど短い時間だ。だけど花中は見てしまった。

 白い靄のようなものが迫る時、恐怖に慄いたカメラマンが後ろに下がったのか、映像が『後退』した。開かれたヘリコプターのドアから撮影していたであろう映像が退かれ、遠くなった紅蓮の大地と共に映し出されたのは大きく仰け反る女性リポーターの姿。

 そして瞬きするほどのほんの僅かなうちに白い靄のようなものは取材ヘリと接触し、カメラマンよりも開かれたドアに近かった女性リポーターが――――

「う、ぶ、おぶぇぇ……!」

「お、大桐さん!?」

「あら、はなちゃん見えちゃった感じ?」

「想像しただけじゃないですか? 花中さんのメンタルへっぽこですし」

 脳裏を過ぎった『リアル』な光景に、花中は吐き気を抑えられなかった。畳に吐瀉物を撒き散らしてしまう。

 大変汚らしい姿を見せてしまったが、あの光景が見えなかったようである ― 或いはフィアが言うように自分が『想像』しただけか ― 晴海が迷わず駆け寄り、背中を擦ってくれた。フィアも花中の傍に寄り添い、素手で花中の口許を拭う。畳にぶちまけてしまった胃の中身も、フィアは素手で触れて全部余さず『回収』。畳には染み一つ残らず、綺麗になった。

「ご、ごめん、なさい……汚しちゃって」

「別に胃の中身を出したぐらい汚くもなんともないですよ」

「大丈夫、大桐さん? 体調悪いなら、部屋で休んだ方が……」

「いえ、もう大丈夫です……うぷ」

「……本当に?」

「……ごめんなさい。やっぱ、ダメです」

 少し強がってはみたが、吐き気は治まってくれない。脳裏にこびりついたグロテスクな光景が本物なのか想像なのかは判別出来ないが……いずれにせよ吐き気が治まるまではろくに頭を働かせられないだろう。

 時間的猶予があるかは分からないが、こんな状態ではろくな考えが浮かばない。下手な考え休むに似たりとは昔の人々の格言だ。短時間でもしっかり休んでから考える方が、このまま考え込むより遙かにマシに違いない。

「花中さん私の手に掴まってください。部屋まで送りますから」

「うん……ありがとね、フィアちゃん」

 フィアが差し出してきた腕に掴まり、花中はゆっくりと立ち上がる。気持ち悪さが体幹を揺さぶり足下が覚束ないものの、フィアがしっかりと支えてくれたお陰で転ぶ事はなかった。

 ちょっとの情けなさと大きな感謝を抱きながら、花中はフィアと共にゆっくり自室へと向かう

「はなちゃん、ちょっと待って」

 最中、ミリオンが花中を呼び止める。

 呼び止められた花中は足を止めた。正直まだまだ吐き気が止まらず、身体を動かすだけでもしんどい。このまま無視して行ってしまおうか、という邪念が脳裏を過ぎってしまう。

 それでもミリオンの方へ振り返る事が出来たのは、ミリオンの一言が何か、切羽詰まっているように聞こえたからだ。

「……はい……なんでしょう、か……」

「花中さんは体調が悪いんです。どーでも良い事で呼び止めないでもらえませんか?」

「ええ、そうね。どうでも良い事なら謝るわ……ただ、そうじゃない気がするから止めたのよ」

 フィアが睨むような視線と共に憤りを露わにするも、ミリオンは平静は崩さず。静かにテレビを指差す。

 ミリオンが示したテレビには今、報道番組のスタジオが映し出されている。司会進行役や芸能人はまるでドッキリを仕掛けられた一般人のように動揺し、呆けた顔で右往左往していた。撮影カメラの前をスタッフが遠慮なく通り過ぎ、喧騒ががやがやと聞こえてくる。「どうしたの?」「何? 何があったのよ」という音声は、芸能人達の襟元に付けられたマイクが拾っている声か。普段ならばあり得ないような『失態』が、続々と繰り広げられていた。

 取材ヘリが一機……あくまで現時点では『恐らく』だが……失われ、搭乗員も全滅したのだ。スタッフやリポーターとは誰もが顔見知りだろうし、私的な関係を築いていた者も居ただろう。彼等が動揺するのも致し方ない……最初テレビ画面に映る混乱を見た時、花中はそう思った。

 だが、しばらく見ていると何かが違うと気付く。

 司会進行役の下に、スタッフがたくさんの紙を運んでくる。どれなんだよ、という悪態が聞こえてきた。スタッフが指差しながら何かを伝えると、冗談だと言ってくれ、という声も聞こえてくる。

【……ここで、速報が入りました】

 しばらくして、司会進行役である若い男性アナウンサーが語り始める。その身体はテレビ越しからも分かるぐらいガタガタと震え、顔はすっかり青ざめていた。

 何か恐ろしい事が語られる。花中はそう予感した。

 予感はしたが、それがどれほど恐ろしいかまでは分からない。大桐花中は超能力者ではないのだから。

 故に、

【現在、世界各地で巨大な怪物の出現が確認された、との速報が入りました】

 司会進行役の震えた声に、花中は血の気が一気に引いていく。

【現時点までに把握出来たものとして、アメリカのユタ州、オーストラリアのダーウィン州、中国のチベット自治区、ロシアのアルハンゲリスク州、イランのテヘラン州、イギリスの……】

 司会進行役は続々と、国と地域の名前を挙げていく。何が現時点までに把握出来たものだ。本当はこれで全部なのだろう。全部なのだと言ってほしい……

 花中は心の底からそう祈った。だからこそ理解してしまう。司会進行役である男性アナウンサーもまた、自分と同じような顔をしていると。彼もまた祈る者なのだと。

 つまりは、まだまだいるのだ。

 そして最後の希望を打ち砕く、番組のスタジオのモニターに映し出される動画。

 動画に映るのは針葉樹林。針葉樹は広葉樹が苦手とする寒冷地でよく森林を形成する事から、この地が比較的寒い地域なのではと予想させる。しかし少なくとも動画を撮影した時、その針葉樹林は熱帯雨林より熱くなっていた筈だ。

 何故なら森は激しく燃え上がっていたから。燃える木々の下には赤く発光するどろどろとした液状のもの……溶岩が満たされている。

 森からはクマやシカ、ウサギや鳥が大慌てで逃げ出していた。捕食者と被食者が隣り合っていたが、どちらも相手に見向きもしない。それほどまでに必死な様子で、兎に角森から急いで離れようとしているのが花中にも伝わった。みんな頑張って、と無意識に応援したくなる姿だ。

【バルォオオオオオオオオォンッ!】

 そんな健気な想いを吹き飛ばす、おぞましい雄叫びがテレビより響く。

 燃え盛る森。その奥地で紅蓮の液体が噴出しており……紅蓮の液体の中心には巨影が佇む。

 あり得ない、そんな馬鹿な、居る訳がない。

 花中の脳裏を否定の言葉が駆け巡る。「嘘よ、こんな……」……和室に居て、同じくテレビを見続けていた晴海もその映像を拒むように呟いた。テレビのスタジオに居る芸能人達も顔を青くし、引き攣らせ、花中達と心を一つにする。されど花中達がどれだけ拒絶しても現実(映像)は何も変わらない。

 そう、この世界は人間に優しくない。人間がどれだけ祈ろうが、想おうが、自然は全てを無遠慮に踏み潰す。幾度となく人類に突き付けられた事実であり、今回も同じ事を改めて突き付けられたに過ぎない。

 ただ今回は、今までよりもちょっとばかし苛烈なだけだ。

「世界各地に最低でも七体、東京に現れた化け物と同種の生物が出現。いやぁ……笑えてくるわね」

「笑えないっつーの」

「これはまた久しぶりに本当の本当にマジにならないとヤバいやつですねぇ」

 淡々と言葉を交わす生き物達。ありのままを受け入れられる彼女達の方が、『万物の霊長』を自負する人間よりも先に現実を理解した。

 地中奥深くより現れた、脅威の生命体。

 それが今、地上の至る所に現れたのだと――――




魔物の特盛り大盤振る舞い。
やり過ぎ? 良いんです、本作もそろそろクライマックスですし。

次回は明日投稿予定です。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。