彼女は生き物に好かれやすい   作:彼岸花ノ丘

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語らない予兆7

 フィアが能力により、源泉内から集めてきたものは幾つかの種類に分けられた。

 まず『しらせ様』の死骸。新鮮なものから白骨化したものまで、幅広く存在していた。白骨死体の存在から考察するに、やはり偶にはこの辺りまでやってくるものらしい。しかし死骸の大半は白骨化どころか、原形を留めたものが非常に多かった。百体ほどの死骸が得られたが、大半が生きていた頃と大差ない姿をしている。

 次に、黄色い石のようなもの。フィアには珍しい宝石の仲間だと思えたらしく、とりあえず持ってきたようだ。とはいえ透き通った黄色ではなく、宝石というよりも鉱石というべき見た目だが。臭いを嗅いだところ、独特の臭気……腐った卵のような……が鼻を突く。

 そしてデトリタスの中に潜んでいたエビ。エビはエビだが、よくよく見ると見慣れない外観の種だ。前足のハサミが変形してスプーン型になっており、青白い体色をしている。触角や口髭は非常に短く、尾の先は棍棒のように丸くなっていた。尤も、これ以外に目立つ特徴はないのだが。

 ……以上が、フィアが集めてきてくれたものだった。「怪しいもの」だとフィアでは割と見落としかねないので「なんでも」と指示したのだが、それでもこれしか『めぼしいもの』はなかったらしい。

 ぶっちゃけ、見た目の上ではそこまで怪しくないものばかり。

「……源泉内に変なものはなかったと安堵すべきか、手掛かりなしと嘆くべきか」

 勇の呟きと己の心証がぴたりと一致し、花中は苦笑いを浮かべた。

 花中達は既に源泉内から出て、露天風呂の敷地内という『地上』に戻っている。湯船には今も何匹かの『しらせ様』が浮いていたが、その数は源泉侵入前と比べかなり減っていた。留守番していたミィ曰く、花中達が戻ってくる少し前に、一斉に源泉へと続く穴に突入していったらしい。源泉内を泳いでいた『しらせ様』達と同じく、源泉内に出来た穴へと向かったのだろう。

 かくして温泉は元の姿を取り戻していた……尤も、大量の『しらせ様』の死骸と、強い臭いを放つ黄色い石の所為で、鼻がもげそうなぐらいの悪臭が辺りに漂っていたが。

「しっかし随分とたくさん死骸を持ってきたねぇ。粗方持ってきたの?」

「いえ全部ではないですよ。全部集めたら切りがないので一部だけにしました。必要ならまだ取ってきますけど」

 黒猫姿のままであるミィからの問いに答えつつ、そのミィを頭の上に乗せているフィアは視線を花中に向ける。花中は首を横に振り、これ以上は結構と伝えた。サンプルは多いに越した事はないが、あまりに多いと後片付けも大変だ。それと調べるにしても大きなものから手を付けると、収拾が付かなくなりそうである。

 千里の道も一歩から。まずは比較的簡単なところから片付けていくべきだ。

「ところで大桐さん。この黄色い石は何かな?」

 例えば、加奈子が素手でつんつん突いている黄色い石の正体がなんであるのか、とか。

「加奈子、アンタよく素手でそんなの触れるわね……」

「いや、だって魚が泳いでるところにあった石だし、悪いもんじゃないでしょ」

「普通の魚は源泉の中なんて泳がないし、そもそも『しらせ様』が魚かどうかは甚だ怪しいと思うんだけど?」

「あはは……」

 恐れ知らずな加奈子に晴海は呆れ、花中は苦笑い。とはいえ今回に限れば、加奈子の勘は当たっていると思われる。

 恐らく、黄色い石の正体は自然硫黄だろう。

 温泉というのは地熱により温められた地下水だ。つまり地熱……マグマが近い事を意味する。そして火山の火口近くなどでは、火山性ガスに含まれる硫黄成分が固まり、自然硫黄と呼ばれる固形物を形成。ある種の鉱石として存在する事となる。

 温泉で見られる湯の花も、この自然硫黄 ― 及びその他諸々の物質 ― が固まって出来たものだ。源泉内に自然硫黄が存在していても不思議はない。量についても、何万年という歳月を掛ければ幾らでも合成されるだろう。

「あたし的には、こっちのエビの方が気になるかな。変な形してるし」

 そのような説明を花中がした後、今度は晴海が疑問を呈する。

 晴海が指差したエビ達は、まだ生きていた。しかしながら弱っているのか動きがかなり鈍い。床に出来た凹み ― フィアが岩を投げた際に出来たものだ ― に温泉の湯を溜め、そこを泳がせているが……あまり長くは持たないだろう。

 このまま殺してしまうのも可哀想なので、手早く調査を済ませて逃がそうと、花中はエビの姿をしかと観察する。

 ……特徴的なハサミや尾以外は、極々普通のエビだ。体長も大きくて二センチ程度だし、特段凶暴そうにも見えない。むしろ穏やかな顔立ちだ。落ちていた瓦礫の先でちょんちょんと突いてみたが、威嚇行為らしきものすら見せてこなかった。彼等も『しらせ様』と同じく、天敵のいない環境に適応した結果防御機能を喪失したのだろう。

 それにスプーンのような形をしているハサミから察するに、彼等はデトリタス食に特化している。ハサミで摘まむよりも、スプーンで一気に掬う方が食事効率は上だと考えられるからだ。かなり長い期間デトリタスだけを食べてきて、その生活に適応した種なのだと考えられる。尾が棍棒のような形なのも、デトリタスに潜り込む際、余計な凹凸がない方が楽だからか。

 そしてこのエビ達が棲んでいたデトリタス層は、源泉内の地面を覆い尽くすほど積もっていた。どれだけ『しらせ様』が多くとも、数十年程度ではあのような環境は形成されまい。つまり分厚いデトリタス層が形成されるまでの長期間、あの空間は隔絶された環境にあったのだと推測出来る。

 恐らくは『しらせ様』と同時期に源泉内に閉じ込められた生物の末裔が、このエビ達なのだろう。故に『しらせ様』とこのエビ達が一緒にいる事は、何一つ不思議な話ではない。付け加えるならば、今も昔も変わらず此処に居た筈の彼等が『しらせ様』出現の原因とは、花中には到底思えなかった。

 原因ではなさそうなのに、このまま調べ続けて死なせてしまうのはちょっと可哀想だ。幸いにして源泉内にはこのエビがうようよ生息しているのは確認済み。調べたくなったらまた捕まえれば良い。

「多分、洞窟に適応しただけの、普通のエビかと……あ、この子、死んじゃってる感じ。フィアちゃん、死んじゃってる子以外、帰してあげて」

「良いですよー」

 現状では死んだ個体さえあれば調査は問題ないと考え、フィアに頼んで生きている個体は戻してもらう事にした。死体として残ったのは二体のみ。

 両手を合わせて拝んでから、花中はエビを持ち上げ、じっと観察。

 ……ほぼ確実に新種の生物という、生き物好きからしたら垂涎ものの存在という事を除けば、やはり極めて普通のエビにしか思えない。専門的な研究機関で調べれば何か分かるかもだが、逆にいえば花中が一人で頑張っても彼等から真新しい情報は得られそうになかった。

 念のため加奈子や晴海にも見てもらったが、予想通り気になる点はなし。フィアとミリオン、ミィからも意見はない。

 亡骸をそっと置き、もう一度手合わせ。死んだ個体は何処かの研究機関に送ろうと考えつつ、やはり彼等が異変の原因ではないと花中は確信を強めた。

 残るヒントは、『しらせ様』の亡骸ぐらいだが……

「……酷い臭い」

 これが一番調べるのがキツそうだった。

 何しろ『しらせ様』の死骸からは、かなり強烈な腐敗臭が漂っていたからだ。腐った卵に、牛乳やら魚やらを練り込んだ上で三日ぐらい放置したような、筆舌に尽くしがたい臭さである。長時間顔を近付けていると吐き気を催し、調査どころではなくなるだろう。

 人間と感覚が異なるフィアや、そもそも嗅覚を持たないミリオンは平然としているが、フィアの頭の上に居るミィはそれこそ苦しそうに顔を顰めていた。

「ほんと、酷い臭いだよこれぇ。生きてる奴等は全然臭くないのに」

「その、肉とか血が臭うのですかね? 硫黄の臭いっぽいから、多分温泉の成分とタンパク質が結合した結果だと思うのですが……」

 ミィの疑問に自分の予想を答えたのは勇。ミィもまた普通の動物ではないと花中から教えられている彼だが、猫に話し掛けるという経験がないからか少し話し方がぎこちない。

 とはいえ話す内容までぎこちない訳ではなく、温泉旅館の店主らしい発想に花中は確かにそうかもと納得した。源泉の中で暮らしていれば、呼吸や食事の際大量の源泉を体内に取り込むだろう。源泉に含まれている多量の硫黄成分が体内に蓄積していると考えれば、腐卵臭がするのも頷ける。

 ……だとしても、ちょっと臭過ぎるとも思うが。硫黄は人体でも必要不可欠な物質だが、多量の硫黄化合物は有害だ。『しらせ様』には硫黄への耐性があるのか? それとも多量の硫黄を必要とする生理に進化したのか……

 やはり、よく分からない。

「(うーん……最初から覚悟はしていたけど、やっぱり自力だけじゃ調べきれない……)」

 『しらせ様』の死骸を前にして、花中はため息を吐いてしまう。

 今回得られた数々のサンプルからの知見を要約すれば、「この温泉の下には未知の生態系が広がっている」。この一言に尽き、この一言以上のものが出てこない。大変素晴らしい発見なのは間違いないが、町を襲うパニックの原因を解き明かすには至らなかった。

 超生命体に対する知見は豊富だが、だとしてもなんでも分かるものではない。むしろ『しらせ様』は、割と普通の未確認生物っぽい印象だ。これならば一般的な生物学者の方がたくさんの発見をしてくれただろう。

 公民館で啖呵を切り、使命に燃えて調べてみたが、この体たらくが自分の限界だと花中は思った。この後出来る事があるとすれば、精々『しらせ様』とエビの死骸を何処かの研究機関に持ち込む事ぐらいか。

「……大桐さん。その、何か変なものあったかしら? 『しらせ様』が集まるような」

「……いえ」

「うーん、偶然……なんて事はないですよね。あんなにたくさんの『しらせ様』がいた訳ですし、もしも普段からあんなにたくさん居るなら何年かに一度ぐらい同じ事があってもおかしくない筈です」

 晴海に尋ねられた花中が首を横に振ると、それを見ていた勇が自分の意見を言葉にする。

 そう、源泉内で目の当たりにしたあの過密状態が正常である筈がない。『しらせ様』はなんらかの理由により、一時的にあの場所に集まっていたと花中は思う。

 何かを見逃しているのだろうか。いや、それよりも根本的な思い違いをしているのかも知れない。何処で勘違いをしているのか、否、勘違いしているというのだって確証がない話であり――――

「っだぁー! わっかんなぁーい!」

 思考の海へと旅立つ花中を現実に引き戻したのは、加奈子の元気な雄叫びだった。加奈子なりに考えていたようで、だけどダメだったようで。友人もまた努力してくれたのだと分かり、花中はにこりと笑みが浮かぶ。

 直後、加奈子が服をぽいぽい脱ぎ始めたので、笑顔はビキリッと固まってしまったが。

「あら、小田ちゃんどうしたの、服なんか脱いで」

「ちょ、加奈子何してんのぉ!?」

「え? いや、なんか頭がぐちゃーってなったから、気分転換に温泉入ろうって思って。頭スッキリさせた方が良い考え浮かぶよ?」

「だからってなんで此処で脱ぐのよ!?」

「もう露天風呂に入ってんのに、脱衣所まで戻るの面倒じゃん。誰が見てる訳でもないしー」

「……お前ももう高校生なんだから、叔父とはいえ男の前で裸になるのは止めなさい」

「えっ、気にしてんの? キモい」

「なんで気遣ったのにキモいと言われるんだ……」

 年頃の姪っ子の不条理な言葉に、割合本気で悲しそうにぼやく勇。加奈子はキョトンとしていたが、果たして自分の言った言葉の残酷さを分かっているのかいないのか。

「ま、良いや。んじゃ、いっきまーす!」

 恐らく後者であろう加奈子は、元気よく露天風呂を駆ける。ぺたぺたという石の床と裸足の触れ合う音を、可愛らしく響かせていた。

 加奈子が目指す湯船は、『しらせ様』が居なくなった事でたっぷりとお湯が溜まっている状態だ。例え跳び込もうとも人の身体をクッションのように受け止めてくれるだろう。そして加奈子は昨日も同じように跳び込み、お湯の有り難さを実感している。

 故に加奈子は躊躇わずにジャンプ。

 いっそ惚れ惚れするほどに見事な跳躍の後、重力に引かれて落ち、大きな水飛沫を上げた。

「ぼぎゃあああああああああっ!?」

 ついでに、悲鳴も。

 加奈子の上げた大声に、人間達は全員呆ける。また何かの悪ふざけ? 晴海と勇はそんな眼差しを向けていた。

 しかし花中には、手足をのたうち回らせてる加奈子の動きが悪ふざけだとは到底思えなかった。もしかすると足がつって、溺れそうになっているのかも知れない。

「ふぃ、フィアちゃん! 小田さんを、引っ張り出して!」

「んぁ? 構いませんが」

 慌てふためく花中からの指示にフィアはのんびりと答え、水触手を一本伸ばす。

 如何に危機感がなくとも、数メートルという距離はフィア達にとってごく至近距離。鳥のように素早く水触手は加奈子の下まで向かい、同い年の中では意外と豊満な身体に巻き付くと、すぽんっとお湯から引っこ抜く。

 水触手に巻き付かれた加奈子は「ぐへー」などと緊張感のない声を出しながら、ぐったりとしていた。大丈夫だろうか、と不安になる花中だったが、地面に下ろされ、解放された加奈子はしかと自分の足で立つ。

 そして背筋を伸ばした大変元気の良い全裸姿で、勇の下に歩み寄った。

「ちょっと勇おじちゃん! お湯、めっちゃ熱いんだけど!?」

 次いで物怖じせず、叔父に『クレーム』をぶつける。

 姪っ子からのいちゃもんに、勇は隠しもしない裸から目線を逸らしつつ、眉を顰めた。

「……お前何言ってんだ。うちのお湯は年間平均四十度だぞ。源泉の温度が丁度そのぐらいで、加水も加温もしていない」

「じゃあ、源泉がめっちゃ熱くなってるんじゃないの?」

「そりゃまぁ、自然のものだから多少の変化はあるから、あり得ないとは言わん。だがそれだって一日に一度未満の変化が大半、精々二度上がり下がりするのが限度だぞ。それに一日六回、四時間置きに湯温は確認している。今は夜勤従業員がいないから、一日四回が限度だが……今日も十三時に早紀が確認している筈だ」

 加奈子の言葉を、勇は論理的に否定していく。十三時といえば、今からほんの二時間前……花中達が公民館に居た時の話だ。仮にサボっていたとしても、九時にも見ている筈。たった二~六時間で、天然の温泉が入浴に適さないほど高温化するとは考え難い。

「嘘じゃないもん! 触ってみてよ!」

「……そこまで言うならやってやるが」

 とはいえ意地を張って否定し続けるものでもなく、加奈子に請われた勇は湯船に歩み寄る。そしてその手をなんの躊躇いもなく湯に浸け、水温を体感的に測ろうとした。

「ッあ!? な、えっ……!?」

 その結果がどんなものかは、跳ねるようにお湯から出された手と、勇の口から漏れ出た困惑の声が物語る。

 熱いのだ。それも勇が驚くほどに。

「……フィアちゃん、あの、お湯の温度がどれくらいかとか、分かる?」

「んー? 温度を測るのはあまり得意じゃありませんが……どれ」

 花中が頼めば、フィアは水触手を伸ばし、お湯へと浸した。フィアはその間ふんふんと鼻を鳴らしながら、しきりに頷く。

「沸騰する時と凍り付く時の中間よりちょっと下ぐらいな温度ですかね!」

 やがて、微妙に回りくどい答えが返ってきた。

 水が沸騰する温度とは、つまり百度程度。凍り付く温度は〇度だ。その中間なのだから五十度……よりちょっと下なので、ざっと四十七~四十九度ぐらいだろうか。

 危険ではないとしても、かなりの高温だ。知らずに跳び込んだ加奈子が元気よく勇を非難する気持ちは ― そもそも湯温を確かめずに跳び込んだ加奈子が全面的に悪いという点に目を瞑れば ― 、花中にも分からないでもない。

 同時に、何故こんな温度になっているのかと疑問を抱く。

 通年通して約四十度である天然のお湯が、ほんの数時間で七度以上上がるなどあり得るのだろうか? あるとしたら原因はなんだ? 考えてみれば、花中はその答えをすぐに見付ける事が出来た。

 源泉内で起きた大地の破壊。そこから噴き出した『靄』のようなもの。

 恐らくあの『靄』は超高温の、それこそ百度を超えるような熱水だったのだ。周りのお湯との温度差で、靄のような揺らめきが見えたのだろう。量もかなり多かったがために、源泉の温度が急上昇したに違いない。

 ――――では、『しらせ様』はどうしてそんな高温の熱水の噴出口に、自ら飛び込んだのか?

 集団自殺? 馬鹿馬鹿しい、動物はそんな事をしない。レミングの集団自殺すら映画撮影のためにやった大嘘なのだから。『しらせ様』はなんらかの、少なくとも彼等にとって少なからずメリットがあったが故に、熱水へと突入した筈なのだ。

 考える。あらゆる知識を寄せ集め、花中は『しらせ様』について思考を巡らせる。熱水に突入したのは、熱水が彼等にとって必要なものだからと考えるのが自然。つまり彼等は、熱水の存在が生存上重要な因子となっているに違いない。

 熱水といえば、極限環境生物が思い付く。そうした環境に棲む細菌は熱水に含まれる硫化水素などを分解してエネルギーを得て、エビや貝はこれらの細菌を食べて生きている。特にチューブワームという生物はこのような環境に良く適応し――――

 ハッと、花中は目を見開いた。

 脳裏を過ぎった可能性が、ピースのように当て嵌まる。そうだ、もしも彼等がチューブワームと同じなら……歯がない事も、ろくな攻撃性がない事も、ただただ泳ぐだけなのも説明が付く。

 生態の謎はほぼ解けた。だが、故におぞましい発想が脳裏を駆け抜けていく。

 もしも『しらせ様』が想像している通りの生態を有していて、その生態の維持に必要なのが『アレ』だとして……彼等の生息地に起きている変化についても、あくまで想像とはいえ見当が付いた。しかしもしもその考えが事実なら、これは人間にとって一大事である。

 『しらせ様』は教えていたのだ。人類に強烈な警告を。

 地震も、地盤沈下も、崖崩れも……全てがちっぽけに思えるぐらいの大災厄の予兆を()()()()()のだ。

「だ、旦那さん! あ、あの、ちょ、町長さんに、お話、出来ませんか!?」

「え? 町長にですか? いや、まぁ、私も町の住人ですし、嫌われてもいないと思うので、会おうと思えば会えるかも知れませんが」

 どうして会いたいのか? 至極尤もな疑問を表情に浮かべる勇。その『当たり前』が酷く焦れったい。花中は大きく口を開け、

 声は発する前に止まった。

 大地が、大きく揺れ始めたがために。

「わ、わっ!? また地震!?」

「ひぇっ! しかもなんか大きい!」

「はいはい、落ち着いて。ほら、私に掴まりなさい」

 襲い掛かる大地の揺れに慄く加奈子と晴海を、ミリオンが優しく迎え入れる。花中も反射的にフィアに抱き付き、勇とミィはその場にしゃがみ込んで揺れに耐えようとした。

 しかし揺れは何時まで経っても収まらない。いや、それどころかどんどん強くなっていく。

 やがて旅館全体が軋む音を立て、隆起が起きているのか温泉の石床が割れ始めた。

「ちょ、なんか滅茶苦茶凄い事なってないこれぇ!?」

「あらあら。震度六弱はありそうねぇ……まだ強くなるわよ、この地震」

「ま、まだ強くなるの!?」

 恐怖に震える晴海の声。花中に至っては声も出ず、フィアにぎゅっと抱き付く事しか出来ない。

 ミリオンが予言したように、揺れは更に強くなる。旅館の一部が崩落したのか、メキメキという音が聞こえてきた。人外三匹は相変わらず平然と立っているが、勇はもう尻餅を撞き、ひーひー言いながらその場で這いつくばっている。もしもフィアが居なければ、貧弱な花中は今頃地面を転がっていたに違いない。

 ミリオンが語った時本当に震度六弱だったなら、今の揺れは震度六強だろうか。

 この時をピークにして、揺れは徐々に収まっていった。十数秒もすれば建物から音はしなくなり、平穏が戻る……身体は未だ揺れているような気がして、花中は立ち上がれなかったが。

「っ! 加奈子! 大丈夫か!?」

 その点、勇は強かった。

 すぐに立ち上がった彼は加奈子の下へと駆け寄り、無事を確かめようとする。加奈子は珍しく青くなった顔を、素直にこくりと頷かせた。

 勇は晴海と花中の無事も確かめ、フィア達にも同じ事を問う。三匹とも問題ないと答えた。花中達すら怪我をしていないのだ、フィア達が負傷などしている筈もない。

「わ、私は旅館内を見てきます。皆さんは此処に居てください――――早紀! 早紀、大丈夫かっ!」

 最後に花中達を露天風呂に留めさせると、妻の名を呼びながら旅館内に戻っていく。本当は一刻も早く妻の下へ向かいたかったのだろう。その動きは中年男性のものとは思えぬほど機敏だった。

 勇の姿が見えなくなってしばし経ってから、晴海と加奈子がため息を吐く。ようやく安全が戻ったのだと思ったのだろう。

 花中も、地震の危機は去ったと思う。ほんの数分早くこの地震が起きていたなら、間違いなく晴海達と共に安堵の息を吐いていた。だが、今は吐けない。

 花中は気付いたのだ。この地震もまたちっぽけな予兆に過ぎないのだと。

 『しらせ様』がそれを知らせてくれたのだから。

「フィアちゃん! 調べてほしい事が、あるの!」

「ん? 花中さんの頼みでしたら大体なんでもしますけどでも何を調べれば良いのです?」

「兎に角深い場所! 最低でも、さっきの源泉の、もっと地下深くまで!」

「はぁ。それぐらいでしたらお茶の子さいさいですので構いませんが」

 何故そんな場所を調べるのか、あまり分かっていないままフィアは湯船へとすたすた歩く。フィアならば『(お湯)』を能力で制御し、地下深くまで『手探り』で状況を把握してくれる筈だ。何処まで深く調べられるかは分からないが、かつてフィアは半径数十キロの海域を探知し、生命の有無を調べた事がある。昔よりも大きく成長したフィアならば、更に遠くまで感知出来ても不思議はない。

 だからフィアならきっと見付けられる筈だ……『しらせ様』が伝えてくれた予兆の正体を。

「はなちゃん、何か気付いた感じ?」

「え? さっきの地震、なんか変なところあったの?」

 花中の言動を見て、ミリオンはその意図を察した。ミィも同じく見ていた筈だが、地震そのものに『異常』を感じなかったのかキョトンとした様子である。

 しかしそれは花中が鋭く、ミィが鈍いという事を意味しない。むしろミィやフィアが気付かなくてもなんら不思議ではないのだ。何しろ地震そのものには、おかしなところなどない筈なのだから。

「花中さん花中さん。ちょっと大変そうですよ」

 ミィからの問いに答える前に、フィアが早歩きで湯船から花中の下へと戻ってきた。普段の彼女らしい、ちょっと気の抜けた早口だが……生半可な異変では『大事』と受け取らない彼女が大変と口走る。それだけで事態の深刻さを察するには十分だ。

「えっ、何々? なんかヤバそうな感じ?」

「大変って、何かあったの?」

 かれこれ二年以上友達をしている晴海と加奈子も、フィアの言葉の意味に気付いたのだろう。落ち着きを取り戻した二人の顔が、再び不安の色に染まる。

 されどフィアからすれば花中以外の顔色など興味の対象外。無視して花中の傍まで近寄ると、許可ももらわず花中をひょいっと抱き上げた。

「じゃあ出来るだけ遠くに逃げるとしますかね」

「「「「「待って」」」」」

 そして予想通り自分と花中だけで行動しようとしたので、フィア以外の全員に止められる。花中以外の言葉などどうせ聞いていないだろうが、花中にも止められたフィアはぷくりと頬を膨らませた。

「むぅ。花中さんはこの辺りがかなり危ないって分かってる癖に」

「分かってるから、止めてるの」

「というか、フィアでもヤバいって思うぐらいヤバい何かが起きてるの……?」

「いえ私は別に平気ですけど花中さんが巻き込まれて怪我とかしたら大変ですので。ガス系は知らぬ間に来そうですからねぇ」

「ガス?」

 フィアの言葉に一瞬眉を顰めたミリオン。しかし聡明な彼女は、その言葉の意味をすぐに理解した。

 フィアは花中の期待に応えたのだ。この町の地下で起きている、『しらせ様』が町に現れた原因を見付けるという形で。

「恐らく近々この町の近くにある火山が噴火します。下手すると日本中が灰塗れになりそうなぐらいの大噴火が」

 この町の地下に存在する、大量のマグマを――――




今回の敵:巨大噴火。
さて、ただの噴火ですかねぇ?

次回は明日投稿予定です。


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