寒い。
すごく寒い。
ものすごく寒い。
彼女は震えていた。今まで暮らしていた場所が、考えられないほど冷え込んできたがために。
ちょっと前までの此処は、もっとポカポカしていて、過ごしやすい場所だったのに。感じた事のない寒さに彼女は戸惑いを覚える。それになんだかお腹も空いてきた……お腹が空く? なんだそれは。これまで生きてきて、一度も空腹を覚えた事がない彼女は、その感覚にも困惑した。
どうしてこんなに寒いのだろう?
なんで急に寒くなったのだろう?
どうやったらお腹がいっぱいになるのだろう?
彼女は悩んだ。このような問題に遭遇したのは初めてで、解決策など何も知らない。彼女の周りに居る無数の仲間達も同じ悩みを抱えていたが、しかし彼女達には仲間と会話をするための声帯もなければ、自分の意見を伝えるという事を考える知能もない。だから常に一匹だけで全てを考え、孤独ながら必死に思考を巡らせ……どれだけ小さな脳みそを働かせても、結局何も分からなかった。
けれども彼女達は理解していた。このままでは自分は死んでしまうと。温かくてお腹の膨れる場所に行かねばならないと本能が命じていた。
だから彼女は考える事もなく動き出した。
彼女は群れのリーダーという訳ではない。そもそも群れというものを、彼女達は分かっていなかった。彼女が誰よりも先に動いたのは、単に彼女が真っ先に本能的な危機感を覚え、本能の命令に従って動き始めたというだけの事である。
他の仲間達がまるで彼女に続くかのように動き出したのも、あくまで自らの本能が結論を出したのが彼女より少し遅かっただけに過ぎない。しかしあたかも彼女の後を追うかのように、誰もが同じ方角を目指して進み始めた。
彼女達の本能が訴えていた。あっちに行けば良い。あっちに行けば、此処よりは少し温かな場所に辿り着けると。
旅路は決して優しい道のりではない。
ある者は寒さに耐えきれず力尽きた。
ある者は疲れ果てて動けなくなり、他の仲間に突き飛ばされて挽き肉と化した。
ある者は道に迷い、孤独の中終わりが来るまで彷徨い続けた。
次々と仲間が脱落していく。しかし彼女達にとって仲間とは、『同種』以外の何ものでもない。どれだけたくさんの仲間が命を落とそうと、親や兄弟が力尽きていこうとも、彼女達はそこになんの感傷も抱かない。抱く必要もないのだ。
彼女達は進む。
進んで、進んで、進み続けて……やがて彼女達は眩い『光』と遭遇した。
彼女達は知らない。自分達がどんな存在であるのかを。
彼女達が辿り着いた場所に棲む、知的な生き物達も知らない。彼女達がこれまで何をしていたのかを。
誰一人として知らなかった。
彼女達の旅路が、終焉の序曲である事を。
第十八章 語らない予兆
次回は終わりの始まりです。
いえ、ジョークとかではなく。
長かった本作も、そろそろ終わりの時が近付いています。
次回は9/13(金)投稿予定です。