彼女は生き物に好かれやすい   作:彼岸花ノ丘

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異種族帝国9

 空には、青空が広がっていた。

 暦は三月を迎え、いよいよ春も間近。降り注ぐ太陽が地上を緩やかに暖め、寒さも幾らか和らいできた。草木の蕾や芽は日に日に膨らみ、目覚めが近い事を窺い知れる。植物達の覚醒に合わせ、やがて動物達も動き出すだろう。

 生命は徐々に活動を始めようとしている。世界は少しずつ、賑やかさを取り戻そうとしている。

 そして人間の世界は一足先に、大賑わいとなっていた。

 ただし明るいものではなく、混乱と呼ぶべき状態だったが。

【現在、円盤人(ディスカー)達の円盤は太平洋上空で静止。七十二時間以上移動をしていませんが、各国政府は警戒を続けており……】

「人間はまだ観察を続けているんですねぇ。そろそろ飽きないんですかね?」

 大桐家の和室にて、テレビの報道を見ていたフィアはぽつりと自分の感想を漏らす。

 フィアの隣で同じテレビ報道を見ていた花中は、ちょっと苦笑いを浮かべつつ、アフロヘアーでなくなった自身の白銀の髪を指で弄った。

 円盤人(ディスカー)こと幼女もどき……即ちスズメバチ達は、四日前に花中達の町から移動を始めた。

 その更に一週間前から各国への攻撃も止んでいる。彼女達は攻撃停止後「おにくください。くれないとこまります」という情けない脅迫を世界各国に伝達。この声明に世界中の円盤人信奉者達(及びビビった一般人の幾らか)が様々な肉を集め、彼女達に献上した。批判も少なくなかったが、これにより超高度科学力文明による食糧強奪という、最早シュールさすら感じられる事態はなんとか回避されたのである。

 その後なんやかんや死傷者ゼロだった軍の再編が速やかに行われ、アレな事になっていた数多くの日本国民の頭も元通りになった。日本の混乱も再起した政府により速やかに沈静化。人間は『本領』を取り戻していった。

 無論ものの数時間で先進国を軒並み黙らせるほどの存在を、野放しにする事など出来ない。人類は哨戒機や人工衛星を用いてスズメバチ達の大型円盤 ― 一時取っていたスズメバチ形態から、ほんの数十秒で元の円盤型に戻った ― の動向を監視……していた最中、大型円盤は唐突に全世界に向けて「ごはんありがとー。あとはがんばるー」と通信を送り、その後移動を開始。円盤人(ディスカー)達の攻撃を受けていた各国政府は、慌てて大型円盤を追跡した。とはいえ人間による攻撃が行われる事はなく、大型円盤は悠々と飛行を続けて、僅か数時間後に太平洋上空に到達。以降活動は観察されていない。

 円盤人(ディスカー)達は何を考えているのか、太平洋上で何をするつもりなのか、どうして急に日本から去ったのか、そもそも何故日本に現れたのか、あの攻撃の理由は、そして移動間際に残した通信の意味は……

 人間達が混乱するのも無理ない事である。彼女達の行動は、人間からすればあまりに謎が多いのだから。だからこそ、花中は引き攣った笑みも浮かべてしまう。

 何しろスズメバチ達の謎移動を促したのは、自分が伝えたアドバイスなのだ。

「あはは……人間の方は、ちょっと痛い目に、遭ったからね。もしまた動いたら、怖いから、目が離せないの」

「ふーんそんなもんですか。敵意がないのは分かったのですからそんな面倒なんて止めてしまえば良いのに。人間というのは無駄な事をするものですね」

「……向こうの、説明不足もあるけどね」

 言葉足らずなスズメバチ達に自らの事情を分かりやすく説明するのは難しいだろうが、という前置きを花中は頭の中でしておく。自分が彼女達の事情を『世界』に向けて話せれば、この()()な行為をなくせるだろうが……生憎花中にそこまでの権威はない。

 スズメバチ達は食糧を求めて、人間社会にやってきた。

 つまり食糧さえあれば、人間社会と接触する必要はない。そこで花中が彼女達に提案したのが自給自足の方法……つまり農業のやり方だった。元々野生生物であるスズメバチ達にとって、食べ物は外から採集してくるもの。加えてミュータント化によって高度な知性と技術を一気に獲得した結果、食糧生産技術の発達を経ずに工業化を成し遂げてしまった。故に農畜産を知らないと考えたのだ。

 推測は正しかった。スズメバチ達は農業も畜産も知らなかったのである。花中は家にあった『初心者向け』の園芸本と、彼女達にとって畜産となるであろう昆虫の『飼い方図鑑』を渡したところ、スズメバチ達は大喜び。本を持って円盤内に引き籠もる事一週間……ついに農業を実用化したのか、町から去って行った。

 彼女達はもう、人間社会と触れ合う必要はない。このまま大海原のど真ん中で暮らし、地上に来るのは巣や発明品の素材を集める時ぐらい ― 農業を実用化したのなら、その必要もないかも知れない ― だろう。人間社会との接触は皆無となり、不理解からのすれ違いもゼロになる筈だ。

 距離を置いた関係になるのは、花中としては寂しい事だと思う。けれども人とミュータントの大々的な接触は()()()ではこれが初めて。いきなり何もかも上手くいく訳がない。むしろ一時壊滅的被害が生じたとはいえ、人的な損失がないのは幸運といえた。それこそ彼女達にはその気になれば人類をものの数時間、いや、数分で死滅させるほどの力があるのだから。

 互いの事を少しずつ理解していき、少しずつ歩み寄っていけば良い。何処まで近付けるかは分からないが、滅ぼし合う関係ではないのだから時間はあるのだ。ゆっくり進めていけば良い。

 そして、仲良くなった暁には……

「……んふふ」

「おや? 花中さん何やら嬉しそうですね。どうかしましたか?」

「ん。ちょっとね、想像したら、楽しくなってきて」

「? そうですか」

 よく分かりませんけど花中さんが楽しそうだから別になんでも良いですね……きっとそんな風に思ってるであろう、フィアの横顔を見ながら花中は想像を膨らませる。

 ミュータントの出現は、人の世を揺るがすものばかりだと思っていた。事実スズメバチ達も一時人の世界を滅ぼしかけている。だけど同時に、可能性も示してくれた。

 スズメバチ(ミュータント)達だって完璧じゃない。惑星の気候さえも操作する技術力を持ちながら、農業という人間にとっての『当たり前』が存在していなかった。驚異のテクノロジーを有していながら、自力で冬を乗り越える術を持っていなかったのだ。

 それが人間の一言だけで変わった。もう彼女達は誰かに頼らないでも生きていける。冬の寒さに怯える必要はなく、永久の安息と恒久の繁栄を得たのだ……人間の知識によって。

 自分とフィアのような、個人の関係だけじゃない。種族として人間とミュータントが共に歩む道もあるかも知れない。仮に人間ではその共存の道を歩くだけの力がなくても、人間の子孫、何時か生まれるかも知れない人間の『ミュータント』なら或いは――――

 例え人の世は終わっても、人の子が続いていく道はある筈。そんな小さな、だけど確かな期待を、花中は抱く事が出来た。

「おっとそろそろ六時じゃないですか。殲滅魔法少女ジェノサイドちゃんが始まるのでチャンネル変えますねー」

 そんな花中の気持ちなど露知らずなフィアは、自分の見たい番組に無断で変えようとする。花中としてもニュース自体はもう見飽きたものなので、特段止めはしなかった。

 一分ほど流れたCMの後、なんやかんや毎週聞いているオープニング曲が流れる。幼女向け番組としては些か荘厳にしてバイオレンス。なんでこれ夕方六時に放送してるの……? という疑問を抱かない訳でもない、小難しい歌詞が続く。尤もそれは色々面倒な事を考えてしまう『大人』の理論なのかも知れない。少なくとも隣に座るフィアは、頭空っぽにして子供のように楽しんでいる様子だった。

 かくして六時三分頃になって、ようやく本編スタート。可愛らしい顔の女の子が「えぇーっ!? KKK団が国会議事堂を占拠!?」という色んな意味で続きが気になる台詞を発した

 直後に、アニメ映像が実写に切り替わる。

 最初、花中はそういう『演出』だと思った。しかしすぐに実写映像の真ん中に映る女性が、このチャンネルのテレビ局の専属アナウンサーだと気付く。

【臨時ニュースをお伝えします】

 そして無慈悲に告げられる、女性の言葉。

 臨時ニュースによりアニメ放送が中断となった、決定的証拠だった。

「ぐわぁーっ!? 何故ジェノサイドちゃんが別番組にぃ!?」

「お、おち、落ち着いてフィアちゃん……」

 荒れ狂うフィアを宥めようと、花中はテレビに掴み掛かるフィアの背中を優しく撫でる。

 同時に抱くのは、違和感。

 『殲滅魔法少女ジェノサイドちゃん』のテレビ局は、余程の事がなければ番組を中断しない事で有名だ。この局がアニメ放送を中断したら、それは人類滅亡の危機であると冗談交じりに言われるほどに。

 果たしてどんなニュースが流れるのだろうか? 興味を抱いた花中はテレビに耳を傾ける。

【日本時間十七時三十分頃、太平洋上を浮遊していた円盤人の大型円盤が動き出したとの情報が、米国国防省より明らかにされました】

 故にテレビからの言葉は、一言一句聞き逃さなかった。

 ……聞き逃さなかったので、花中は固まった。

【大型円盤は現在、日本に向けて進路を取っているとの事。日本政府は先程緊急の対策本部を立ち上げ、自衛隊も動員体勢を……】

「あん? 円盤って事はあの虫けら共ですか? 成程奴等の仕業ですかじゃあ遠慮なくボコボコに出来ますねぇ……!」

 報道を聞き、フィアは怒りと闘志を燃え上がらせる。どうやらこちらはやる気満々らしい……花中は逆に戸惑ったが。

 何故スズメバチ達は日本に向かっている? 彼女達には基礎中の基礎ではあるが農業技術を伝え、食糧問題は解決した筈。もう人間のところにやってくる必要なんて……

 スズメバチ達の意図が分からず、花中は掴み掛かったままのテレビを今にも壊しそうなフィアを引き留める事も忘れて立ち尽くす。そうしているとテレビ報道は新たな情報を語り始めた。

【なお、報道機関には円盤人からのものと思われる通信が届いています。内容は『上手くいったからお礼にいきます』との事。現在この通信が政府機関に届いているのか、本当に円盤人からのものなのかは調査中です。詳細が分かり次第、お伝えしたいと思います】

 あっさりと、この事態の原因を。

「(あ、そうですか。上手くいったからお礼ですか……)」

 そういえばあの子達、栄養交換の生態があるからかお礼の概念があったなぁ……今更ながら思い出す彼女達の『生態』に、花中は思わず苦笑い。そして両手で頭を抱えて蹲る。

 人間とミュータントは共に歩んでいける。

 けれどもその道のりは、人間にとっては少々賑やかな事になりそうだと花中は思うのであった。




なお、絶対的脅威の出現により、人類の結束が一層強まった模様。
なんや、ええ奴やんか!(雑頭)

次回は今日中に投稿予定です。

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