彼女は生き物に好かれやすい   作:彼岸花ノ丘

173 / 232
異種族帝国6

 遙か彼方に浮かぶ、巨大な円盤。

 マーブル模様が表面に刻まれたそれは、相変わらず都市の上空を浮遊している。円盤らしくぐるぐると回転を続けているが、音は一切聞こえてこない。何かが聞こえてくる時というのは、円盤側面のハッチが開き、塔や円盤が射出される時だけ。

 さながらその姿は、普段は玉座に座るだけだが、何かしらの指示を出す時だけは声を発する『君主』のよう。

 偉大にして強大なる君主を、花中は五十キロ以上離れた位置から眺めていた。場所は町から外れた位置にある小高い丘。辺りは開けた原っぱで、季節的に今は茶色い枯れ草がカーペットのように地面を覆っている。ぴゅーぴゅーと吹きすさぶ風を遮るものはなく、服の外にある手足や顔に痛みにも似た冷たさを感じさせるだろう……本来ならば。

 今はフィアが展開している水球の中なので、風が花中の身体を虐める事はない。むしろ水球を形成している水はほんのり暖かく、中の気温はとても居心地が良い水準だ。冬服一枚で過ごせる。

 それでも巨大円盤を見ていると様々な事を感情が込み上がり、花中は寒さに震えるかの如く、抱き締めるように自分の服を握り締めた。

「いやーそれにしても待つというのは暇なものですね。しりとりでもしますか?」

 ちなみに水球の側に立つフィアは暢気なもので、花中が抱く緊張感の一パーセントも共有してなさそうだが。脳天気な友達からの誘いに、花中は苦笑いを返す事しか出来なかった。

 幼女もどき達の『倒し方』は思い描けている。

 というよりそれ以外の方法で勝つのは、実質無理だと花中は考えていた。幼女もどき達の力は絶大だ。フィア曰く個々の力はフィアやミリオンほどではないようだが、相手は膨大な数の兵力を有している。総戦力として考えた場合、もしかすると一昨年地球を襲来した異星生命体や、その異星生命体を撃破したアナシスに比類するかも知れない。

 如何にフィア達でも、真っ向勝負では勝ち目がない相手。それはフィア達も ― フィアは大変不本意そうだったが ― 認めるところだ。故に勝機があるのはただ一点のみ。

 代表者たる『お母様』との直接対話に持ち込み、和解する事。

 無論これは簡単な話ではない。そもそも現状巨大円盤に近付く事すら難しいのだから。近付いたところで、力尽くで円盤の装甲をぶち破るには最低五分は掛かる……いや、母船の装甲がそこらの機械と同等の強度とは考え難い。下手をするとフィアの力では破壊不可能という事もあり得る。やはりこちらも正面突破は無理だ。

 やるならば搦め手しかない。

「はぁい、お待たせー」

 考え込んでいると、正面から声がした。ハッとして顔を上げると、花中の目の前で、何時の間にか現れたミリオンが手を振っている。

 とはいえ彼女が急に現れるのは何時もの事。花中は驚かず、すぐに身体を前のめりにしてミリオンに顔を近付ける。

 ミリオンには頼んでいた事がある。その答えを聞きたかった。

「あっ、ミリオンさん! えと、頼んでいたものは、用意、出来ましたか?」

「バッチリよ。ま、お代の方は誤魔化したけどね。人類のために私のポケットマネーを使う気はないし」

「う……で、ですよね……後で、支払い、しとかないと……」

「あのタヌキ共に請求しときゃ良いのよ。この国の危機を救うんだし、費用対効果としては格安なんだから通るでしょ」

 花中が胸を痛める中、ミリオンはけらけら笑いながらそう答える。確かにその手があったなと、花中はしかと覚えておく。人類文明を守るのは大事だが、家計を守る事も同じぐらい大事なのだ。

 ともあれ作戦に欠かす事の出来ない物資の準備は出来た。後はこれを活用した『策』を行うのみ。

 のみ、なのだが……問題はまだある。

「問題は、誰がこれを運び込むのか、よねぇ」

「そう、ですね」

「んー? 私かあなたがやれば良いのでは?」

「それじゃあ実働部隊がいなくなっちゃうかもでしょ。大体セキュリティ的に一番厳しいと思われる場所よ。運び込もうとする人員のチェックは念入りにする筈」

「一回信用してくれれば、あの感じからして、あとはとんとん拍子で、進みそう、なんですけど……」

「「うむむむむ」」

 花中とミリオンは腕を組み、唸ってしまう。

 尤も、本当は案がある。ただ、いまいち信用出来なくて、不確定なのでやりたくない。『知的』な花中達は確実な方法を好むのだ。

 しかし他に案がないのだから、どれだけ不確かでもやるしかない。

「やっぱり、あの子を使うしかないか」

「ですね」

「……むぅ」

 大きなため息を吐く、一人と一体。息ぴったりな姿は如何にも仲良しこよしのようであり、フィアは拗ねるように頬を膨らませた。

 頭脳担当である二名の気苦労など、全く汲みもせずに――――

 

 

 

 桁違いに優れている身体能力。

 シンプル故に、他のどんな力とも対抗出来る能力だ。屁理屈を捏ねたような能力で身を守ってる相手なら、それを上回るパワーで殴ってしまえば勝てる。小難しい理論の攻撃は、鍛え上げたボディと根性で耐えれば良い。とても分かりやすく、そして強い力と言えよう。

 しかし弱点がない訳ではない。

 あまりにも強力な搦め手相手の時だ。こうなるとシンプルさは仇となる。何しろ殴るか蹴るかしか戦いの選択肢がない。水分子を固定化したり、DNAを抽出したり、粘液からある種の酵素を分離したり……こうした『特殊能力』を要求される対処は真似出来ないのだ。ましてや空から降り注ぎ、目を閉じていても効果がある光なんてどうやって防げば良いのか。

 つまり、

「うんたかたったー♪ うんたかたったー♪」

 ミィは、大型円盤が放った『幼児化する光』の影響をもろに受け、ちょっとばかりアホになっていた。

 暢気な歌を歌いながら、ミィは森の中を歩く。冬だけに森を形成する木々は葉を全て落としていたが、森の中は明るくない。何しろ今は夜中であり、その上星と月の光を頭上の大型円盤が遮ってしまっているのだから。周りに立ち並ぶ木々は、輪郭すら闇の中に溶け込ませている。

 人間ならば一歩踏み出すにも勇気のいる暗闇だ。しかしミィの歩みは止まらない。阿呆になろうとも猫を止めた訳ではないのだ。ミィにとって、この暗闇を見通すぐらい造作もなかった。

 そんなミィは、ただ森の中を散歩しているだけではない。

 大きな台車も引いていた。台車の大きさは縦がざっと五メートル、横も三メートルはあるだろうか。そして台車の中には大量の『粉』のようなものが山盛りに積まれている。『粉』といっても湿気を吸ってどっしりとしたそれは、重さにしてざっと十数トンはあるだろう。如何に台車があるとはいえ、人間ではとても一人では運べない重量だ……尤も、ミィにとっては指先で持ち運べる程度だが。

 ミィの足取りは軽く、台車と共にどんどん森の奥へと進んでいく。そうして歩いて行くと、やがて森の奥に光が見えるようになった。

「あー、あれかー」

 光を見付けたミィは、躊躇いなくその光にどんどん近付いていく。

 間近まで迫れば、光の中に何匹かの幼女もどき達が居ると分かった。その光が空に浮かぶ巨大円盤の底より降り注いでいる事も。幼女もどき達はぺたんと座っていたり、ごろごろ寝転がったりしていたが、接近するミィの姿を見て一斉に立ち上がる。

「だめー」

「ここからさき、つーこーどめー」

 次いでミィに『警告』を飛ばしてきた。

 頭の中が幼児化しているミィは、彼女達の警告に素直に従って立ち止まる。幼女もどき達はミィのすぐ近くまで寄り、されど間髪入れず台車の中身に気を取られた。

 そして一匹の幼女もどきが台車によじ登ると、中身である粉を指先で触り、ぺろりと一舐め。

「おさとうだー!」

 粉の正体が、砂糖であると気付いた。

「おさとう!?」

「こんなに!?」

「えっとねー、あたしの友達がね、プレゼントだよって、渡してくれたのー」

「「「わーい!」」」

 ミィの説明に、幼女もどき達は両手を広げて大喜び。

「こんなにたくさんのおさとう、なんねんぶんあるんだろう……」

「だいしゃ、あっちまでもってきてくれる?」

「いいよー」

 幼女もどきのお願いを受け、ミィは幼女もどきが示した場所……円盤から降り注ぐ光の中心に台車を運んだ。

 すると台車は、ふわりと浮かび上がる。

 まるで風船のように自然な、だからこそ不自然な浮かび上がり方だった。台車は落ちるどころか浮上する速さを加速させていき、あっという間に空の彼方まで行ってしまう。

 最後に辿り着いたのは、空を覆っている巨大円盤の底。

 台車がやってくると、円盤の底の部分はパカッと開いた。台車は開かれた穴に吸い込まれて格納。円盤の底が閉じる。

 どう見てもアブダクションされている光景なのだが、それを気にする知能の持ち主は此処には居ない。

「ありがとう! こんど、おれいするねー」

「わーい」

「あと、こんどあそぼうね!」

「うんっ!」

 交わされるのは幼女の楽しげな会話。なんの悪意も裏もない、純朴で無垢な心の通わせ合い。

 当然、彼女達のお喋りはこの場に居る者にしか届かない。

 届かないのだが――――

 ……………

 ………

 …

「こ、心が、痛い……!」

 花中は、すっかり心を痛めていた。

「こら、声を出さない。まだ相手の『巣』に入り込んだだけ。多分異物や老廃物の排出機構もある筈だから、今バレたらぜーんぶ台なしになるわよ?」

 そんな気持ちも、現状は許してくれない。ミリオンは小声でお説教をし、傍に居るフィアは何も言わずに黙っている。花中はフィアが作り出した水球の中で猛省し、小さく項垂れた。辺りは真っ暗闇なので、ミリオンとフィアにその姿は見えていないだろうが。

 さて、花中達は今何処に居るのか?

 答えは幼女もどき達の母艦と思しき飛行物体――――巨大円盤の内部だった。とはいえこれは正確な言い方ではない。もっと詳細を語るなら、()()()()()()と言うべきか。

 つまり花中達は、ミィが運んできた台車の中に潜んでいたのだ。

 幼女もどき達はジュースや肉類を求めていた。しかしその場で消費する事はなく、必ず持ち帰る……クラスメートの一人が話していた内容だ。恐らく手に入れた物資は一度巣に持ち帰り、均等に配分されるのだろう。社会性のある生物ではよくあるルールだ。

 つまり巨大円盤には、獲得したものを運び入れるための搬入口がある筈。

 花中の予想は見事的中した。とはいえ自分達がそのまま近付くのは勿論、変装したところで搬入口から『巣』の中に入れてくれるとは到底思えない。一応フィアとミリオンの能力で臭いを消し、姿を隠したが、ぽつんと置かれた台車を中に引き入れるほど幼女もどき達も無防備ではないだろう。

 故に花中は無垢な心の持ち主となったミィを唆し、ミィを介して無邪気な幼女もどきを騙すしかなかった。基本善人である花中の心を締め付けるには十分な『悪事』である。

「……もう外に出ても良いわね」

 尤も、心を痛めている時間もない。

 外を ― 微細な個体を介して ― 感知していたミリオンが合図を出した。作戦は既に進行し、第二段階へと移っている。今更躊躇したところでどうにもならない。もうやるところまでやるしかない。

 花中は隣に潜むフィアの手をぎゅっと握り締め、作戦開始の合図を送る。

 花中達が居るのは砂糖の中だ。真っ暗で何も見えない。

 けれども花中には見えている。

 自分が手を握り締めた瞬間、フィアの顔に獰猛な捕食者の笑みが浮かんだところが。

「ふっははははははっ! ようやく私の出番ですねぇ!」

 フィアは高笑いと共に、砂糖の山を吹き飛ばす! 開けた視界。花中を包み込む水球の表面には外の景色が映し出される。

 砂糖と共に花中達が連れ込まれたこの場は、壁と床にマーブル模様の六角形のタイルが敷き詰められていた。広さはざっと測れば、ごく一般的な広さであろう大桐家のリビングとほぼ同じぐらい。

 そして周りには、驚いたように目を丸くしている幼女もどきが二匹居た。恐らく運び込まれた砂糖の『検疫』をしていたのだろう。

 フィアはすかさず側に居た二匹の幼女もどきの頭を両手で掴み、

「ふんっ!」

 躊躇いなく彼女達を投げ飛ばした!

 二匹の幼女もどきの身体は宙を舞い、壁に激突。六角形のタイルで敷き詰められた壁は大きく凹み、幼女もどき達の身体は壁にめり込む。

 激突時に鳴った音は激しく、金属がひしゃげるようなものだった。壁にはヒビが入り、極めて硬質な素材で出来ている事を物語る。もしそんな壁にめり込むような勢いでぶつけられたなら、人間では呆気なくあの世に旅立っているに違いない。

 だが、幼女もどき達は違う。

 壁にめり込んでいる彼女達は一瞬の怯みもなく、痛みを感じた素振りすらなく、無感情な顔を花中達に向けてきた。

「……てきせいせいぶつかくにん」

「しんにゅうしゃけいほうはつれい」

 無機質な宣告。ぽつりと呟くような言葉に、彼女達の『巣』は反応する。

 壁や床を形成しているタイルがぱかりと開き、そこから幼女もどき達が続々と現れた。町を徘徊しているのとは違う、アーマーで身を固め、槍で武装した『戦闘員』達だ。

「さぁどんどん出てきなさい! 最近雑魚ばかりで物足りなかったのです! 最後までこの私を楽しませられますかねぇ!?」

「ふぃ、フィアちゃん! 思いっきり、暴れちゃって! あ、でも、出来れば、殺さないようにね!?」

「努力はしましょう!」

 本当に努力する気があるのか、甚だ怪しい好戦的な返事と共にフィアは駆ける。

 親友の杜撰な答えを不安に思う花中だったが、それも仕方ないと思う。相手はミュータントであり、フィアと同格だ。本気を出しても勝てるか分からない相手に、手加減などすれば返り討ちに遭う。全力で挑み、その末に命を奪っても、それを批難するのは傍観者のワガママでしかない。

 花中の気持ちなど興味もないフィアは、努力すると言った側から幼女もどきの一体に渾身の蹴りをお見舞いする! 蹴られた幼女もどきの身体はくの字に曲がり……しかし吹き飛ばされない。

 反撃とばかりに、槍をフィアに突き刺そうとしてくる! 槍はよくよく見れば黄金に輝き、ドリルのように回転していた。中世的な装備ではない。何かしらの超科学を用いて作られた、驚異的な破壊力を秘めた近接戦闘武器だ。

 フィアの本能はこの武器の危険性を瞬時に察知したらしい。迫り来る武器の先端を、フィアは素早く手を伸ばして掴んだ。

 瞬間、まるで金属同士が激しくぶつかり合うような、ギャリギャリという高音が鳴り響く。槍の回転が止まる気配はなく、数秒と音は鳴り続けた。

 そしてついに、フィアの手が弾けるように粉砕される。

 同時に槍も握り潰した。フィアは獰猛な笑みを浮かべながら手を再生させ、槍を破壊された幼女もどきは後退。床のタイルがパカッと開き、退却する。陣形の穴は他の個体がすぐに埋めた。

 驚くべきは幼女もどきが繰り出した槍の威力。今のフィアは水爆の直撃さえ耐えられるインチキ強度を持っているのに、それを数秒で粉砕するとは。

 フィアは未だ笑みを浮かべたまま。余裕を崩していないので、本気を出せば先の槍ぐらいは耐えられるかも知れない。そう、本気を出せば、だ。

 本気を出した状態では、安全のため花中を水球で包んでおく、なんて事を考えておく余裕なんかない。

「花中さんちょっと狭いですが我慢してくださいねっ」

 フィアは花中の了解を待たずして、花中を包んだ水球をそのまま自身の『身体』に統合。水球を取り込んだ分だけ肥大化したフィアの『身体』は、めきめきと音を立てながら変形していく。身に纏うドレスは形を失い、手足は膨らみ、顔が異形に変わり果てる。

 数秒もすれば、そこに金髪碧眼の美少女の姿は影も形もない。代わりに現れたのは、白銀に輝く体長三メートル近い体躯を有す魚面の怪物だ。

【今の私は先程までより優しくは出来ませんよォォォォッ!】

 怪物と化したフィアは地獄の釜を彷彿とさせる、おどろおどろしい咆哮を上げる。

 次いで起こすは、突撃。

 陣形を組み、待ち構えていた幼女もどき達の中へと突っ込んだ! 幼女もどき達は素早く槍を構えるが、フィアは最早槍など見向きもしない。容赦なく振るわれたフィアの豪腕が幼女もどきの一匹を叩き潰した。ぐしゃり、という音と共に床が凹み、幼女もどきの頭も粉砕――――まるで割れた土器のように破片が舞う。

 仲間がやられた。されど幼女もどき達は動揺するどころか、規律ある動きを開始する。一斉に、槍をフィアに突き立ててきたのだ。数秒掛かりとはいえフィアの手を粉砕した攻撃が、何十と襲い掛かる。

 だが、フィアの『身体』は揺らがない。

 何しろ今日のフィアは準備万端。その身を形成するのは、十万トンを超える膨大な水なのだから。数多の経験を積み、大きく成長した今のフィアは、この程度の攻撃で揺れるほど華奢ではない。

 それどころか背中側から生えてきた無数の水触手が槍に巻き付き、彼女達の武器を余さずへし折ってしまう。武器を失って後退を始める幼女もどき達だったが、怪物と化したフィアは尾ビレで彼女達を薙ぎ払う。人間の姿をしていた時の蹴りを一匹で受け止めた幼女もどき達は、敢えなく十数人ほど纏めて吹き飛ばされた。

 劇的なスピード、不動のガード、そして桁違いのパワー。

 これが今のフィアの『本気』だ。いや、これすらも本気の一端に過ぎないと見るべきである。確かに自らの内側に招き入れた事で、今のフィアは花中の身の安全をほぼ考えなくて済むようになった。しかし花中はただの人間なので、空気のあるスペースは必要であり、その分の意識をフィアは残さねばならない。本当の意味での全身全霊には、未だ及んでいないのだ。

 ましてや作り物の顔に笑みを浮かべるなど、余裕がなければ出来やしない。

【こんなもんじゃ準備運動にもなりませんねぇ! もっと出てきなさい! 全員纏めて相手をしてあげますよォ!】

 フィアの挑発と侵攻は止まらない。そして止まる気のない無法者を、住人達は許さない。

 吹き飛ばされた幼女もどき達はすぐさま起き上がり、再びフィアの前に立ち塞がる。何度やられようとも怯まず、続々と増える仲間と共に、進撃するフィアを追い駆けた。無論フィアはこれを迎え撃ち、戦場は流れるように移動していった。

 ……つまるところフィアと花中が運び込まれたこの場から、幼女もどき達は姿を消した訳であり。

「ほっ。どうやらみんな行ったみたいね」

 今になって台車の中から悠々と降りたミリオンへの()()()は、一切なかった。

 ミリオンは念のためと言わんばかりにわざとらしく辺りを見渡し、それからさらさらとその身を崩していく。空気の中に溶けていくミリオンは、くすりと笑みを零す。

「さぁーて、件のものは何処かしら。種からして食べ物を備蓄するようなタイプじゃないけど、幼稚園児並の頭があって、これだけの集団なら多分何処かに……」

 そして小声で独りごちながら、その『何処か』へと向かうのだった。

 ……………

 ………

 …

 幼女もどき達の防衛力は、花中達の想定を上回るものだった。

 素の壁や床は六角形のパネルで敷き詰められているが、このパネルは『武器』にもなった。フィアが進む先でふわりと浮かび上がり、なんと先端からビームらしきものを撃ってきたのである。

 エネルギー照射による発熱・気化……要するに焼き切る事を目的としたレーザーやビームの類は、怪物と化したフィアの表層部分で全て弾かれた。しかし完璧とはいかず、当たる度に微かな湯気が漂う。

 湯気が立つという事は、僅かとはいえフィアの『身体』が削れているという事だ。

【小賢しいっ! この虫けら共がッ!】

 フィアとて黙ってやられはしない。腕を伸ばして浮遊するパネルを掴むや、そのまま握り潰して破壊。構わず前進を続けた。六角形のパネルは何層にも重なり、フィアの行く手を遮るが……フィアはこれを体当たりでぶち破る。

 パネルだけではフィアを抑えきれないと判断したのか、ある程度進むと今度は別の攻撃が加勢してきた。

 開かれたパネルの奥から、巨大な六角形の柱が射出されたのだ。それも目にも留まらぬ超高速で。

【ぐぬっ!?】

 柱が頭に激突し、フィアは大きくよろめく。弾かれた柱は空中でぐるんと一回転するや、まるで引き寄せられるようにまたフィアの下へと飛んでくる。

 柱は一本だけではない。続々と出現し、フィアに打ち付けられた。

 我慢ならないとばかりに柱を捕まえるフィアだが、フィアがいくら握り締めても柱は中々壊れない。パネルよりも強度は上のようだ。しかしフィアが諦めずに力を込めると、ぴしりぴしりと少しずつひびが入る。

 あと少しで壊れる――――と思われたが、フィアの忍耐が切れる方が早かった。フィアは癇癪を起こしたように、柱を振り回し始めたのだ。迫り来る新たな柱を掴んでいる柱で打ち返し、周りを囲うパネルを殴って粉砕していく。

 武器として使われた柱は、数度『仲間』を殴りつけたところで眩く光り……爆発した。

 自爆だ。そして爆発の瞬間凄まじい速さでパネルがフィアを囲うように展開。生じた爆風が広がらないよう押さえ込む。柱の爆発は凄まじく、太陽のような高熱がフィアを焼き付くさんとした。

【邪魔ァ!】

 だが、フィアは健在。

 焼き尽くされるどころか、怪物の姿を寸分も揺らがせていない。パネルを拳でぶち抜き、穴を押し広げ、包囲網から這い出す。

「ふぃ、フィアちゃん、大丈夫?」

【ふふーんなーんにも問題ありません! さっきの爆発は中々のものでしたが未だコンディションは万全です!】

 フィアの『内側』に身を隠している花中が尋ねても、フィアは元気よく返事をしてくれた。親友の健在ぶりに安堵した花中は、少し思案を巡らせる。

 フィアの内側に居ても、花中の前には外の光景が見えている。フィアがわざわざ外の光を此処まで届けてくれているお陰だ。そのためどんな戦闘が繰り広げられていたか、よく見えている。

 フィアの暴れ方は、蹂躙としか言いようがないものだった。しかしそれは幼女もどきが思いの外弱かった、という事を意味しない。

 幼女もどき達のテクノロジーは、やはり圧倒的なものである。例えばパネルによるビーム攻撃。フィアは能力により、自身を包み込む水の分子そのものを固定化している。これにより数万度もの高熱にも平然と耐える事が可能だ。プラズマ化すらも防ぐ力であり、至近距離で水爆が炸裂しようとも無傷で耐えるインチキ防御であるのだが……パネルが繰り出したビームは、僅かとはいえこれを打ち破った。水爆をも超える高熱を当てたのか、はたまたビームになんらかの効果を持たせたのか。いずれにせよ人間には、最早原理を想像する事さえ出来ないだろう。やはり人が勝てる相手ではない。

 何より恐ろしいのは、未だ幼女もどき達の底が見えないという事。他にどんな兵器を持ち合わせているか、分かったものではない。長期戦は危険だろう。

 だからこそ花中は最深部……幼女もどき達の大切な『お母様』が居そうな場所を目指しているのだが。フィアには事前に目的地を伝えてある。なので今はそこを目指して突き進んでいる筈だが、到着まであとどのぐらい掛かるだろうか。いや、その前に大凡の位置を知りたいところだ。

 フィアの野生の勘なら、それを把握出来ているかも知れない。

「フィアちゃん。今、どの辺りか、分かる?」

【さぁ?】

「そっか、分かんないんだ……え?」

 試しに訊けば、フィアからはなんとも頼りない答えが返ってきた。一瞬納得しかけた花中だったが、その言葉の意味を理解して顔を青くする。

 つまり、今何処に居るか分かんないって事?

「え。えと、迷った、の?」

【というより迷わされています。方角がよく分かりません。電磁波とかそんなのが滅茶苦茶になっているかと】

 疑問を追求すると、フィアはそのように説明する。

 得られた回答は疑問を解消するものだったが、同時に花中は己を迂闊さを呪う。相手は超科学力の持ち主。生物の感覚器を狂わせるぐらい、お茶の子さいさいのだとしてもおかしくない。

 加えて内部は自由に動き回るパネルによって作られている。目視では分からないぐらい緩やかなカーブを作られでもすれば、感覚が狂った状態では曲がっている事など気付けまい。

 恐らくこのまま直進しても――――

【んおっととと】

 考え込んでいた花中の耳に、フィアの緊張感に欠ける声が聞こえた。なんだと思い前を見て、花中はビクリと身体を震わせる。

 辿り着いたのは、満天の星空が見える場所。

 まるで窓でも開くかのように動いた巨大円盤の壁の外は、野外だった。どうやら巨大円盤内の一番外側まで来てしまったらしい。

 そして此処まで誘導された今こそ、幼女もどき達にとっては千載一遇のチャンス。

 花中は恐る恐る背後を振り返る。その視界に映るのは……音もなく現れていた無数の六角形パネルと柱、武装した幼女もどき達。他にも見た事のない虫型ロボットや、浮遊する小さな球体などもいた。

 集結した戦力。彼女達がどんな攻撃を仕掛けてくるかは不明だが、()()()()()は予想が付く。

 自分達を外に叩き落とすつもりだ。

「ひっ……!」

 花中は思わずフィアの中で身を震わせる。

 仮に叩き落とされても、フィアの能力ならば余裕で着地出来るだろう。花中自身もフィアの力で守られる。

 しかし一度でも外に出されたら……その後は?

 幼女もどき達はちょっとばかり脳天気だが、『お母様』を守る事に関しては真剣だ。侵入経路を特定し、セキュリティを強化する筈である。砂糖と共に忍び込むプランが使えるのは恐らく一回だけ。二回目以降の策なんてない。

 その上今はミリオンが、平行して『別作戦』を行っている最中だ。もしも自分達が外に追い出されたら、次はミリオンが標的となる。彼女も外に追い出されたら、もう再侵入は不可能だろう。

 この『作戦』が成功するには、自分達とミリオンがほぼ同時に目的を達する必要がある。そしてこの作戦が失敗すれば……もう次の案はない。幼女もどき達の攻撃は止まらず、人類文明の滅亡が現実のものとなるのだ。

【花中さんご安心ください】

 震える花中だったが、それを宥めるようにフィアが言葉を掛けてくる。

 掛けられた言葉にあるのは、揺らぎない自信。何時もとなんら変わりないフィアの精神力が、花中の落ち着きなく揺れる心を支えてくれる。身体の震えも収まった。

【ここまでは私の作戦通りです】

 ましてやこの状況を想定していたと言われたなら?

 ああ、なんと心強い――――と感じるのが普通だろう。が、花中はさぁっと顔を青くした。カタカタと再び身を震わせ、心がそわそわと揺れ動く。

 期待していないのではない。『戦闘』におけるフィアの瞬間的な判断力は、自分なんかでは足下にも及ばないほど優れているのだから。

 だけど、何度もその判断力を見てきたからこそ知っているのだ。

 こういう時のフィアの作戦は、大体人間から見ると無茶苦茶である事を。

【ふふふふふ。外側まで追い詰めたのは失敗でしたね。お陰で外の景色がよく見えます……えーっと方角的には大体こっち側ですかねー】

「あ、あの、フィアちゃん? 何、してるの?」

【んー? 何って円盤の中心を探っているのですよ】

 少しずつ『身体』の向きを変えるフィアに花中が尋ねると、フィアは能天気な声色で答えてくれた。成程、確かに中心の位置をしっかりと把握するのは大事だ。何処が中心か分からなければ進むべき方角も分からない。逆に方角さえ分かれば、後は徒歩でのんびりと進めるだろう。

 では。

 何故フィアの『身体』からギチギチと、運動エネルギーを貯め込むような音が聞こえるのだろう?

「……フィアちゃん、あの、何を、するつもり?」

 花中は思いきって尋ねてみる。するとフィアの『身体』は自信を示すように胸を張り、

 すぐさまその身を傾け、獲物を狙う猛獣染みた姿勢を取った。

【道に沿って進むと感覚を狂わされて中心に辿り着けないみたいですからね。最初から真っ直ぐ中心を目指します】

 そして告げるは、実にシンプルな作戦。

 友が何をするつもりなのか、花中は大体理解した。とても良い作戦である……人間である自分の心身に大変な負担を掛ける以外は。

 残念ながら花中の親友は、その辺の気持ちを察してくれるタイプではない。

【それじゃあイキマスヨオオオオオオオオオッ!】

 だから達観しようとして、されどフィアが動き出すのはそれよりもずっと早かった。

 全身に貯め込んだ運動エネルギーを用い、フィアの『身体』は一瞬にして加速する! 分子固定の能力も応用した極限の『バネ』は、刹那の時間でフィアを超音速に到達させた。当然生じるGは凄まじく、人間如き身では痛みを感じるまもなくぺっちゃんこだが……そこは水を操る能力で、血液を操作して細胞を補強しているので問題ない。

 滅茶苦茶な速さでかっ跳ぶフィアを止めようと、パネルや柱、幼女もどき達が集まる。だが大質量と超音速を得たフィアの『身体』は、それ自体が質量兵器。核すら通じぬであろう装甲をフィアは体当たりでぶち破り、塞がれた行く手をこじ開ける!

 あらゆる邪魔者を跳ね除け、真っ直ぐ突き進んだフィアの『巨体』はいよいよ壁に迫るが――――止まる気はない。

【グガアアアアアッ!】

 ケダモノの咆哮を上げながら、フィアは壁をも突き抜ける!

 通路など関係ない。投じられる戦力など見向きもしない。がむしゃらで一方的な猛進は、最早誰に求められない。

 進み、ぶち抜き、蹴破り、殴り倒し……そうしていくと段々と、景色が変わってきた。六角形のパネルが敷き詰められているのは変わらないが、色合いが少しずつ濃くなっている。まるで大事なものを守るため、より硬度が高い、より高コストの材質で作られているかのように。

【グッ……グウゥゥッ! ヌウウッ!】

 事実フィアの進撃は、少しずつそのペースを衰えさせていく。一つの壁を破るのに一回の体当たりでは足りなくなり、拳でヒビを入れねばならなくなり、渾身の蹴りを入れねば破れなくなり……

 辿り着いた壁の色がどす黒くなった時、最早フィアの打撃でもビクともしない。

【っだぁぁぁっ! なんなんですかこの壁は! このっ! このこのっ!】

「フィアちゃん……!」

 叫びながら蹴りを何度も入れるが、それでも壁は砕けない。打撃を加える度に衝撃波が発せられ、フィアの一撃に手加減がないと分かる。

 一体この黒い壁にはどれだけの強度があるのか。水爆すら通用しない装甲を、一撃で叩き割るような拳に平然と耐えるなんて出鱈目にもほどがある。

 フィアにこの壁は破れるのか。破ってくれるのか。

 期待と不安から、花中はぎゅっと握り拳を作る。身体がふわふわと熱くなる。そして口がそわそわと動き……言わずにはいられない。

「フィアちゃん……頑張って!」

 応援の言葉を。

 一瞬フィアの動きが止まった。それからフィアは怪獣染みた自身の『顔』に獰猛な笑みを浮かべる。

【ふ……ははははっ! 期待されたからには応えるとしますかね! コイツらの親玉にお見舞いしようと思っていた技ですがまぁちょっと早めの披露でも問題ないでしょう!】

 フィアは高笑いと早口と共に、ぐるんぐるんと片腕を回し始める。

 花中には分かる。その腕に大量のエネルギーを貯め込んでいるのだと。

 春先での戦い……オオゲツヒメ相手に喰らわせた超音速パンチと同様の原理だ。内部にバネ状構造を形成し、そこに運動エネルギーを貯め込む事で膨大な瞬発力を生み出す。壁際まで追い詰められた際の突進も、この原理を利用していた事だろう。

 しかし今回のは、あの時の比ではない。

 どんどんどんどん、フィアは腕を回し続ける。ほぼノーモーションで音速の数十倍に達するほど効率的なバネを、何十回と回し続けているのだ。ギチギチ、ギチギチ。フィアの『全身』から歪な音が鳴り始める。

 否、それどころの話ではない。『身体』の表面が、僅かながら赤色に光り始めているではないか。『身体』を形成している水分子が発熱している? 生成した運動エネルギーを、熱という形としても貯め込んでいるのだろうか。だがフィアは能力により、今や水分子の固定化すら行える。生半可な熱量では加熱など出来ない。

 つまりミュータントの防御をぶち抜くに足る、莫大なエネルギーがフィアの『身体』に蓄積したという事。

【さぁてそれじゃあ……ブチカマシテヤリマスカアァァァァァァァッ!】

 力を蓄積させたフィアは、叫びと共に黒い壁へ体当たりを喰らわせた!

 全身の水分子に蓄えた熱……粒子の運動エネルギーさえも動員し、フィアという大質量は流星を超えた速さで壁と接触。余りにも膨大なエネルギーの激突は、接触時に変換された熱により周辺大気が瞬間的に千度を超えるまで加熱するほど。人智をどれだけ集結させようとも、この一点突破のエネルギーには足下にも及ばない。

 恐るべきは、この宇宙規模の破壊力に壁が一瞬でも耐えた事だろう。もしも人類が持つ全兵器をこの壁の前に積み上げ、一斉に起爆したとしても、きっとこの壁はビクともしない。それほどまでに非常識な硬さだったのだ。

 しかしフィアの力に耐えられたのは、ほんの一瞬だけだ。

【ゴォアッ!】

 フィアが駄目押しとばかりに力を込めれば、ついに黒い壁は砕け散った!

 壁は文字通り粉々となり、粉塵と化して辺りに舞う。とはいえフィアの放った運動エネルギーの大半を受け止めるという役目は果たし、フィアは壁があった場所から数歩前に進んだだけ。

 お陰で、勢い余って飛んでいき……()()()()()飛び越してしまうという間抜けな失態は避けられた。

「ここ、は……」

 花中はフィアの内側から、周囲を見渡す。

 黒い壁の先にあったのは通路ではなかった。黒い六角形のパネルがドーム型に組まれた、巨大な部屋である。目視での測定ではあるが、ざっと半径三十メートルはありそうだ。しかしこれだけ広いのに、中に置かれているものは一つ……中央に配置された、豪勢な玉座のみ。豪勢といっても普通の椅子よりちょっと大きいぐらいで、直径六十メートルのこの部屋からすればあまりにちっぽけな『インテリア』である。

 そしてこの部屋に居るのは、その玉座の中心にぽつんと座る者のみ。

「……あれー? おきゃくさまー?」

 侵入者を見ても暢気なままである、『お母様』の姿があるだけだった。




お母様、ついに登場。
いや、映像では二話から出てますが。

次回は8/16(金)投稿予定です。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。