彼女は生き物に好かれやすい   作:彼岸花ノ丘

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異種族帝国4

「なんかさー、最近色々きな臭いよねー」

 お昼時を迎えた教室にて、お弁当の具を箸でつつきながら、加奈子はそんなぼやきを漏らした。

 加奈子の言葉に、最初に反応したのは晴海。椅子とお弁当箱(及びお洒落な風呂敷)だけを持って加奈子の机までやってきていた晴海は、納得するようにこくりと頷いた。

「あー、確かにね。反異星人団体が最近、みょーに過激なんでしょ?」

「そーそー。ま、過激と言っても宇宙人に何かする気はなくて、宇宙人と仲良くしてる人への攻撃を強めるとかなんとか」

「アイツ等の言う宇宙人と仲良くしてる人って、直接のつながりだけじゃなくて、その影響で増えた観光客とかも含むんでしょ? あたし達も何時標的になるのやら」

「怖いですよね……」

 加奈子と晴海の会話に、傍で共にお弁当を食べていた花中も混ざって同意する。三人の女子高生は、女子高生なりに世の中に憂いを覚えていた。

 ……全員アフロヘアーな所為でいまいち真剣味が出ていないが、こればかりは仕方ない。やる気になれば全人類を抹殺出来るミリオンすら歯が立たない、幼女もどき達のトンデモ科学に巷の美容室や整髪料如きが敵う筈もないのだ。

「ま、過激化した原因はどー考えてもはなちゃん達だと思うけどね」

 そうした締まりきらない話の中、アフロヘアーではないミリオンが淡々と指摘する。その指摘が図星だったので、花中は苦笑いを浮かべた。

 商店街に現れた、過激な反異星人思想の持ち主をミィが倒してから早三日。

 陰謀論に囚われている彼等は、ますます思想を過激化させていった。どうやら思想を同じくする仲間が『同志』の活躍を撮影していたらしく、ミィに倒される瞬間を記録してネットに投稿したのだ。曰く同志の逮捕には異星人の技術が使われた、突然気絶するなどあり得ない、やはり宇宙人はこの町を支配している……同志の不自然な倒され方が、彼等の疑心に火を付けた。勿論ミィは『宇宙人』の手下などではなく、ただ友達(花中)を助けようとしただけなのだが、目視不可能な速さで動き回る生物の存在に気付けというのは酷な話である。

 そしてこれが問題を大きくした。

 仮に通報により駆け付けた警察が彼等を逮捕しても、同志達は「政府機関も異星人に乗っ取られた!」と主張しただろう。けれども撮影された映像は極々普通の逮捕劇となり、異星人の関与なんて何処にも見られない。動画が投稿されても大半の人には笑われ、何事もなく忘れ去られた筈だ。

 だがミィが同士を倒した事で、『突然人が倒れる』という奇妙な映像が出来上がってしまった。異星人が自分に反発する思想を取り締まろうとしている……その主張がそこそこ『現実味』を帯びてしまったのである。動画を投稿した反異星人団体の勢力はこの三日でかなり拡大し、今やちょっとしたニュースだ。

「ああん? あなた花中さんが悪いと言うつもりですか?」

 こうしたミリオンの言い分が悪口に聞こえたのだろうか。ドスを利かせた声で威圧するフィアだったが、ミリオンは何処吹く風。肩を竦めるだけだ。そのつもりだけど? と言わんばかりに。

 ……もしもミィが助けに来なければ、あの男はフィアと自分を襲っただろうと花中も思う。そしてフィアは間違いなく反異星人思想の男をボコボコにする。可憐な見た目の少女が、ナイフを持った男を一方的に嬲り倒すというのも、それはそれで不自然だ。動画が投稿されたなら、なんやかんや騒ぎにはなりそうである。

 あの場で花中が反異星人団体を直に見ようとした瞬間、この結末は避けられないものとなったのかも知れない。

 だとすれば「見に行こう」と言った自分こそが元凶なのだと、花中はそう思ってしまうタイプの人物。そして事態を招きながら何も出来ない自分に嫌悪し、俯いてしまう。

「あーあ。宇宙人なんだからさ、人間の頭の中覗き見て、こう、びびびーっとビームで危険思想の持ち主全員撃ち抜いちゃえば良いのに」

「最早ただのディストピア社会ね、それ」

 そんな花中の考えなど露知らず、加奈子は明るく過激な解決策を提案し、晴海からツッコミを受けていた。あまりにもアレな考え方に、花中も思わず笑いが噴き出す。

 お陰でちょっと元気が出てきた。

 問題は山積みだが、きっと解決出来る時が来るだろう。自分の力が必要なら、幾らでも貸そう。きっと、幼女もどき達と自分達は仲良く出来る……商店街の人々が共生していたように。

 前向きになった花中は、何の気なしに窓から外を見上げる。広がる冬の青空はまるで今の花中の気持ちを表すように爽やかで、

 唐突に現れた巨大円盤により訪れた闇は、数十秒前の花中の気持ちと同じぐらいの暗さを町に与えた。

「……っ!? え、円盤!?」

「へ? え、嘘!?」

「なんだ? どうした?」

「きゃっ!? え、円盤が……」

 最初に気付いた花中に続き、晴海やクラスメート達が次々と声を上げる。皆が一斉に押し寄せ、窓際がクラスメートで埋め尽くされてしまう。窓から少し離れていた花中達は出遅れ、クラスメート達の後ろから外を眺める形となった。とはいえ相手は町をも覆う巨大円盤。最前列でなくともその姿は丸見えだ。

 円盤は以前現れた時と変わらぬ姿を保っている。大きさも同じだろう。複雑怪奇なマーブル模様も健在。駆動音も聞こえてこない。恐らくは先日現れ、その後光学迷彩で姿を消していた、あの巨大円盤だと花中は思った。

 しばらく漂うだけだった円盤だったが、やがて町中に生えている塔から光が照射。映像が円盤の底に映し出される。

 映像に現れたのは、今や町の何処でも見掛ける幼女もどきだった。王冠を被った個体で、初遭遇時に映像で映されたのと同じ個体だと推測される。

【……ねー、これもうつながってるー?】

【たぶん】

【だいじょうぶじゃない?】

【ちじょーぶたいから、みえてるってれんらくきてるよー】

【じゃあ、だいじょうぶだよ】

【わかったー】

 そして今回も、映像開始後にぐでぐでとしたやり取りが交わされていた。何故事前にテストをしておかないのか。恥の概念がないのか、隠し事などないのか、はたまた演技か……

 呆れる花中を他所に幼女もどき達は一通りの確認を終えたのか、やがて一瞬の沈黙が流れる。その静かさの中で映像に映る幼女もどきは頭の王冠の位置を整え、真っ直ぐカメラを見ながら語り始めた。

【えっと、にんげんたち、げんきにしてますか。わたしたちは、げんきです。おにくとじゅーす、ありがとうございます】

「あ、ちゃんとお礼言うんだ」

「あれ、知らない? あの子達、食べ物あげると必ずありがとうって言うんだよ。その場で食べる事はしないで必ず持ち帰るし、結構お行儀良いよね」

「おい、お前宇宙人に餌やってんのかよ」

「そうだけど何? アンタ反異星人なの?」

 幼女もどきの言葉で、クラスメート達はほっこりしたり、苛立ったり、軽蔑したり。短い話の一つで、集団の結束が揺らぐ。それだけ異星人の存在が身近であり、尚且つ人間にとって大きなものとなった証だった。

【おかげで、たくさんのかぞくがおなかいっぱいになりました。わたしたちは、ごはんをもらったら、おかえしするのがるーるとなっています。ですので、なにかおかえしをしたいとおもいます】

 そんな人間達の事をどれだけ理解しているのか。幼女もどき達は淡々と話を進めた。またしてもクラスメート達がざわめく。

 勿論花中も驚きと興味を抱いた。今までもらう一方だった幼女もどき達が、何かを渡そうというのだ。向こうとしても、人間との関係を重視しているのかも知れない。

 幼女もどきの正体がミュータントだと思っている花中にとって、これは大きな希望だった。ミュータントは知恵こそ人間並だが、大半が人間に無関心、或いは敵対、はたまた利用対象……という具合に、お世辞にも友好的ではなかった。しかし幼女もどき達は食糧に対するお礼を考えているという。

 もしかすると人類とミュータントの間に、前向きな関係が築けるかも知れない。ミュータントが未来の生態系を支配する種だと思っている花中は、これが人類の命運を左右するとても大きな分岐点になると感じた。自然と身体は前のめりになり、幼女もどきの話に耳を傾ける。

 ――――花中は夢中だった。

【わたしたちは、にんげんのことをよくしりません。だから、なにをすればよろこぶかわからないので、さいきん、ちょっとしらべていました】

 前向きで、明るくて、無邪気な幼女の語る言葉に。

【そうしたら、にんげんどうしのけんかがおおいことにきづきました。けんかはだめです。たまに、かぞくでけんかしているにんげんもいます。かぞくでのけんかは、もっとだめです】

 本当に悲しそうに語るその気持ちに、共感の念すら抱いてしまう。

【だから、わたしたちはみんながなかよくなることをぷれぜんとします】

 故に、幼女もどきのこの言葉にも警戒心などなく、ただただ不思議なプレゼント内容に首を傾げるだけ。

 巨大円盤の下部から『何か』が現れても、その気持ちは変わらなかった。

「……………え?」

 呆けたように、花中は声を漏らす。

 巨大円盤から現れたのは、三角錐のような形状の物体だった。マーブル模様なのは円盤や塔と変わらないが、色合いがやや黒ずんでいて他と異なる。赤く光るラインが何本も表面を走り、多大なエネルギーが行き来していると察せられた。雰囲気の違いは用途の違いからくるものだろうか?

 果たしてこれはなんなのだろう? 相手はフィクションすら凌駕する超科学の持ち主。形から用途を想像するのは難しい。

 ただ、初見の印象を正直に語るなら。

 まるで『砲台』のような気が――――

「むぅ。これはいけない」

「え?」

 ぼんやりと見ていた花中は、不意に背後から抱き締められた事で一瞬戸惑う。

 その一瞬のうちに、花中に抱き付いたフィアは水の膜を展開。次いで花中と自分をぐるりと囲う。花中と自分だけを、分厚く頑強な水球に取り込んだのだ。

 何があったの? その一言を伝えれば、フィアはつらつらと全て答えてくれただろう。しかしそれは叶わない。

 尋ねるよりも前に、巨大円盤の下部から眩い光が放たれたのだから。

「ぇ――――っ!?」

 反射的に驚きの声を漏らした花中だったが、その驚きは次の瞬間には別のものへと切り替わる。水球が、まるで黒塗りされたかのように真っ黒になったのだ。

 外の様子が見えず戸惑う花中の耳に、クラスメート達の小さな声や息遣い、机を蹴飛ばしたような音が届く。けれども悲鳴はない。

 時間にして、五秒か、十秒ぐらいか。決して長いとは言えない時間で、水球の色合いが変化した。再び透明になり、外の景色が見えるようになったのだ。次いで水球はどろりと溶け落ちるように崩れ、花中の周りから失せる。水球の中でもずっと花中の傍に居たフィアは、安堵したような忌々しげなような、複雑な感情を臭わせる鼻息を吐いた。

 一体、何が起きたのだろうか。

 花中はきょろきょろと辺りを見渡した。クラスメート達は、特に倒れていたりする事はなく、大半が棒立ちしている。座っているのは、光が放たれる前から座っていた人……晴海や加奈子ぐらいだ。細かな違いはあるかも知れないが、大凡光が放たれる前の光景と変わっていない。

 巨大円盤は何をしたのか? ひょっとして、強い光でみんなを驚かせただけ?

「えと……あの、何が、あったのですか……?」

 花中はおどおどと、晴海と加奈子に尋ねる。すると晴海と加奈子は花中の方へと振り向いた。

 勿論二人の動きは驚くようなものではない。しかし円盤からの光という異常事態の後に初めて見られた、友人達のごく普通の仕草だ。何も変わっていない。それが花中の心に安心を与え、

「「んー、わかんなーい」」

 息の揃った能天気な言葉が、花中の心を揺さぶる。ぞわりとした悪寒が、全身を駆け巡った。

 なんだ、今のは。

 否、加奈子だけなら問題ない。彼女は普段から、こう言うのも難だが、余程の事態を前にしても能天気なのだ。しかし晴海は違う。もっと常識的で、警戒心の強い性格だ。異常事態を分からないの一言で終わらせる性格ではない。

 何かがおかしい。

「そ、そう、ですか。えと、その、何が起きたのか、とか」

「えっとねー、ぶわーって光が出てー」

「眩しかったー」

 花中が尋ねると、加奈子が答え、晴海が感想を述べる。いくら能天気な加奈子でもここまで危機感がないとは思えないし、晴海だったら加奈子を窘めながらちゃんと説明する筈だ。二人とも、何かがおかしい。

 ――――いや、おかしいのは本当に()()()()

 不意に脳裏を過ぎった言葉が、花中を行動に駆り立てる。席から立ち上がり、花中は教室内を見渡す。

 クラスメート達は全員無事だ。少なくとも、見た目においては。

「眩しかったね」

「うん」

「そーいえば、僕達なんかケンカしてなかったっけ?」

「してたっけ?」

「うーん。気のせいかも」

「そっかー」

「あはははは」

 聞き耳を立てれば、聞こえてくるのは楽しげで仲の良い会話だ。クラスメート同士が仲良くしているのは、とても良い事だと花中も思う……その組み合わせが、『異星人に食べ物を与えた女子』と『反異星人思想持ちの男子』でなければ。

「おやおやこれは予想外な状況ですねぇ」

「ほんと、まさかこんな事が可能とはね」

 一層戸惑いを強める花中。その傍でフィアと、そしてミリオンが話をしている。

 何時もと変わらぬ話し方をする二匹に、花中はすぐに詰め寄った。

「あ、あの! 何が、起きたの!?」

「さぁ? 私はヤバい気配を感じて花中さんと自分の身を守っただけです。光がヤバいと思ったので完全遮光にしましたが正解でしたね」

「私は特に何も。危険は感じなかったから……だけど、これは中々厄介な事態ね」

 フィアは誇らしげにするばかりで特段今の状況に関心がないようだが、ミリオンは少なからず危機感を覚えたように答える。花中の気持ちは、ミリオンに近かった。

 あくまで推論だ。もしかしたら本当は大した事のない、安全な状況かも知れない。されど悪い方へ悪い方へと考えてしまう花中の脳が導き出したのは、ある最悪の事象。

 ()()()()()()()だ。

 光を目の当たりにしたクラスメート達の知能は、著しく低下しているとしか思えない。それもただ知識が減るというものではなく、危機感や不安の感情が消える形での低下である。成程、危機感も不安もなければケンカなど起きず、誰とでも仲良く出来るだろう……それ以上の大問題を引き起こしてる点に目を瞑れば。

 恐らく今ならお菓子の一つでも持って誘えば、晴海も加奈子も簡単に誘拐出来てしまう筈だ。危機感がないために、酷い事をされるなんて考えも付かないのだから。勿論これは大問題で、なんとかしなければならない事案である。だが、『人類社会』としては些末事でしかない。

 本当の問題は、この災禍が何処まで広がったのか。

 フィアが感じ取ったように、円盤から放たれた光がこの状況の原因だとしたら? あの光は、一体何処まで広がった? 学校周辺だけ? それとももっと広範囲?

 もしもこの光が何処かの、原子力発電所や化学工場にまで及んでいたら――――

「み、ミリオ」

「はなちゃん、心配はいらなそうよ。まぁ、余計不安になるかもだけど」

 すぐに事態の把握をしたい。故に花中は広範囲の探査を得意とするミリオンに頼もうとしたが、そのミリオンは窓の方を……巨大円盤を指差す。

 振り向いた花中の目に映るのは、巨大円盤から様々なものが降下する姿。

 巨塔や小型円盤だけではない。浮遊するボールのような球体、二足歩行の巨大ロボット、遠くて分からないが鳥の群れのような小型の何か……多種多様なものが、一斉に地上に降りてきた。それらは満遍なく、地平線の先まで広がっていく。

 塔は再び光を放ち、巨大円盤の底に映像を映し出す。勿論現れるのは、王冠を被った幼女もどきだ。

 彼女の表情は変わらない。無垢で、愛らしくて、何も考えていなくて。

 故に、

【えっとね、みんながなかよくなるため、わたしたちみたく、ぼんやりしたきもちになってもらいました。にんげんのどうぐは、ぼんやりつかうのはあぶないので、みんなとめておきます。あんぜんなものにこうかんするまで、ちょっとまっててねー】

 その言葉が、背筋が凍るほどに恐ろしかった。

 ……………

 ………

 …

 昼休みが終わるよりも前に、花中は学校を抜け出した。

 本来ならあと十分もすれば午後の授業が始まるのだが、今日に限れば欠席の心配はない。覗き込んだ職員室では、教員達がかくれんぼをして遊んでいたのだから。下駄箱で堂々と上履きを脱ぎ、靴へと履き替えた花中は、フィアとミリオンと共に校舎から出る。

「……やっぱり、スマホは、付かないみたい」

 その際自身のスマホを見たが、画面は真っ暗なままだった。電池切れを起こしていない筈のそれは、何をしてもうんともすんとも言わない。

 被害はスマホだけではない。職員室のテレビや時計、火災報知器まで止まっている。それどころか職員室内にあった年代物のストーブ……マッチ棒で着火するタイプという極めて『原始的』な一品だ……すらも機能を停止していた。

 電子機器を片っ端から止めていくだけならまだ理解出来る。例えば送電を止めたり、高高度で核爆発を起こしてEMP攻撃を仕掛けたりすれば、人間にも『模倣』可能なのだから。しかし一体どうして電子部品など欠片も積んでいない、原始的ストーブまでもが機能停止しているのか。

 疑問の答えは、ミリオンが知っていた。

「室内だけじゃないわね。校舎の外にも『ナノマシン』が散布されてるわ」

 どれだけ量産してるのやら。そうぼやきながらミリオンは肩を竦める。あたかも、なんて事もないかのように。

 無論、なんて事もない、なんて話の訳がない。

 ナノマシン。それは文字通りナノ単位……十万分の一ミリ単位の大きさの、超微細マシンである。巨大円盤はこのナノマシンを大量に散布し、空気中に満たしていた。そしてスマホやストーブなどの中に侵入し、その機能を止めてしまったのである。

 当然空気中を飛び交うナノ単位の機械など花中(人間)の目には見えないし、破壊する方法なんて隙間なく爆風で吹き飛ばすぐらいしか思い付かない。もしも幼女もどき達が世界中にナノマシンを散布すれば、人類は一瞬にして全ての英知を失うだろう。抗う術などない。

 これだけでも絶望的だが、恐ろしいのはナノマシンだけではない。

「……ちょっと、暑いです」

 花中は制服の上着を脱いで、ワイシャツ姿になる。今は二月後半で寒さもピークの筈なのに、何時の間にか肌が汗ばんでいた。いや、上着を脱いだだけでは、少し物足りない。

「花中さん暑いなら少し冷やしましょうか?」

「……うん」

 フィアの提案にこくりと頷き、花中は首筋にフィアの手を当ててもらう。ひんやりとした冷たさが心地良い。

 それほどまでに『外気』が暖かくなっていた。

「平均気温が上昇してるわ。しかも町中で、かなり急激に……どうやら、あの球体が原因みたいね」

 ミリオンが指差したのは、巨大円盤から出てきた球体。校庭にも一つ浮かんでおり、ふわふわと周囲を散策するように動いている。大きさは一メートルほどで、表面に描かれたマーブル模様がなければくるくる回転していると分からないぐらい完全な球形をしていた。

 機械音もなく浮遊するところは確かに謎だが、しかしただ浮いているだけにしか見えないのも事実。アレが一体気温にどのような影響を与えているのだろうか?

「えと、ストーブみたいに、熱を発して、温めているの、ですか?」

「違うわ。あの機械の一定範囲で、粒子運動が()()()()()()。この意味、分かるでしょ?」

 花中の質問に答えるミリオン。だが、花中の頭は、その回答をすんなりとは受け入れられない。

 粒子運動を制御している? それも遠隔で?

 出鱈目にも程がある。温度とは物質を構成する粒子の運動量の事。あの球体がその運動量を本当に制御しているとすれば……この町の気温は()()()()()()上下しない事になるのだから。昼も夜も、火災も冷風も、雨も快晴も関係ない。一度と気温が変わらない、完全な気候のコントロールが出来てしまう。

 この技術を応用すれば、世界各地で猛暑や寒波、それらに付随する大雨や暴風を引き起こせるだろう。いや、もっと直接的に人体そのものを高温にして発火させる事も可能な筈だ。空気を構成している酸素や窒素と同じものが、人体を形成しているのだから。

 人間の『知性』を失わせる光、人類の英知を尽く無効化する小型機械、環境すらも制御する技術……ありとあらゆる力が、その気になれば人類を一瞬で滅ぼしてしまうもの。そして彼女達はその力を振るい、一つの町を完全な支配下に置いてしまった。

 幼女もどき達に人類をどうこうする気があろうとなかろうと関係ない。どのような思惑でこの事態を引き起こしたかも、最早些末事だ。このまま幼女もどき達が活動を続け、人類にこの『プレゼント』を渡し続ければ、やがて人類文明は終焉を迎えるだろう。

 なんとかして、彼女達を止めなければならない。例え神にも値する技術力と戦う事になろうともだ。

「……ミリオンさん、能力は、使えますか?」

「頑張れば。でも普段の八割ぐらいの力しか発揮出来そうにないわ。どうもコイツらのテクノロジー、粒子操作系に特化してて、私だと相性悪めな感じね」

「ふふん惨めなものですねぇ。まぁ花中さんにはこの私がついていますからあなたがどれだけ貧弱になろうと関係ありませんが」

 正確な現状分析をするミリオンに、フィアは上機嫌な笑みを浮かべながら花中に抱き付く。

 普段と寸分変わらぬフィアの自信が、不安と恐怖に支配された花中の心を支えてくれる。人間には為す術もない力だが、同じミュータントであるフィア達にとっては『対等』でしかない。

 きっと、まだ勝機はある。

「それで花中さん。これからどうするおつもりですか? というより私は花中さんが何を慌てているのかよく分かっていないのですが」

 決意を固める花中にひっついたまま、特段考えもしていないだろうフィアが疑問を口にする。しかしその疑問は大事なものだ。未だ花中の胸にあるのは、「なんとかしないと」という曖昧なもの。具体的な方針を決めねばなるまい。

「……まずは、話し合いをしよう。多分、悪い子達じゃ、ないから、話せば、人間が困ってるって、分かってくれると思うし」

「そうですか。でしたらあそこに居る奴等に話し掛けてはどうですか? どうせどいつもこいつも変わらないでしょうし」

 今し方思い描いた考えを花中が言葉にすると、フィアはおもむろにある場所を指先で示した。

 見れば、数匹の幼女もどきがとことこと校庭を走り回っている。鬼ごっこでもしているのか。なんにせよ、方針を決めた傍から相手が見付かるのは幸先が良い。

 ……ただ、これから自分が人類の命運を左右する話し合いをすると思うと、ちょっと不安になってきたので。

「うん、そうする。えと、フィアちゃん。手を、握っててくれる?」

「勿論構いませんよ」

 花中のお願いに応え、フィアがぎゅっと手を握ってくれる。これで勇気は百倍……元がちっぽけなのでさして大きくなってはいないが、前に踏み出すぐらいは出来るようになった。

 花中とフィアとミリオンはとことこ歩き、遊んでいる幼女もどき達に近付く。幼女もどき達は花中達に気付くや、遊ぶのを止めて向こうから駆け寄ってきた。能天気な ― 恐らくは作り物の ― 顔にわくわくした笑みを浮かべている。

「あ、あの」

「にんげんだー」

「ねーねー、ぷれぜんと、きにいってくれたー?」

「けんかなくなったでしょ?」

「これでみんななかよくあそべるねー」

 声を掛けようとした花中の言葉を遮り、幼女もどき達は自分の喋りたい事をお構いなしに語る。

 一瞬その勢いに押されてしまう花中だったが、どうにか踏み留まる。言葉通りに受け止めれば、彼女達はあくまで好意からこの『プレゼント』を行ったのだろう。なら迷惑だとハッキリ伝えれば、それで取り止めてくれるかも知れない。

「あ、あの……えっと、ぷ、プレゼントしてくれるのは、嬉しいですけど……でも、みんなの頭を、その考え方を変えてしまうのは、良くない事です。人間的には、ですけど」

「えっ、そうなの?」

「しらなーい」

「じゃあ、にんげんこまってる?」

「でもみんな、たのしそうだよ?」

「それは、あなた達が頭の中を弄ったからで……その、止めてもらう事は出来ませんか?」

「やめられる?」

「おかーさまがやってって、いったことだし……」

「かってにやめたらおこられちゃうよ」

「おこられるの、いやだー」

 説得する花中の前で、幼女もどき達は頭を抱えたり、悲しむような顔を見せる。どうやら『お母様』なる相手が彼女達の頂点……集団のまとめ役らしい。

 母親が群れを纏めるというのは、生物界では珍しい話ではない。ハイエナのように雌がリーダーを担い、リーダーの長女が後を継ぐという種も存在する。

 彼女達もそうした生態の持ち主なのかも知れない。だとすると彼女達『子供』は末端に過ぎず、『お母様』が群れの全権を握っているという事もあり得る。その場合『子供』の幼女もどきをどれだけ説得しても無駄というものだ。母親との直接的な面会が必要である。

「えっと、では、あなた達の『お母様』に、会わせてもらう事は、出来ますか?」

 花中は幼女もどき達に尋ねる。勿論いきなり会わせてくれ、というのは失礼だと思い、出来るかどうかから質問してみた。

 その結果は、花中が思っていたものとは違った。

 幼女もどき達が、一斉にその顔を無表情なものへと変えたのだから。

「……おかあさまに、あいたい?」

「え? えと、そうですね。出来れば、ですけど」

「だめ」

「おかーさまにあうのはだめ」

「あわせない」

「あわせない」

 あくまで穏便に。そうしたつもりだった。

 しかし幼女もどき達は、拒絶の眼差しを花中に向けてくる。敵対的な意思、なんて生ぬるいものではない。本能を剥き出しにした、絶対的な拒絶を感じた。

 何故、そこまで『お母様』との対談を拒否する? 母親に誰とも会わせるなと命じられているのだろうか?

「……花中さん向こうはやる気みたいです。今のうちに潰しておきますか?」

 困惑する花中に、フィアが物騒な進言を耳打ちしてくる。先手を打つという事はしたくないが、フィアが幼女もどき達の『敵意』を察知したのだ。あちらがやる気であるという忠告は聞き入れるべきだろう。

 とはいえ、じゃあ戦おう、などと即座に好戦的考えを抱く花中ではない。ひとまずここは退き、双方共にクールダウンさせてから慎重に接しようと考える。

「ふぃ、フィアちゃん。大丈夫、やらなくて良いよ……えっと、わ、分かりました。お母様には、会わせてくれなくて大丈夫です。その、今回はこれで」

 だから花中は、一旦この話を撤回した。

 撤回したのに。

「おかーさまにあうのはだあれ?」

「わたしたちだけ」

「わたしたちとこどもたちだけ」

「あわせちゃいけない。まもらないと」

 幼女もどき達は止まらない。

「まもるのがわたしたちのしごと」

「わたしたちのしめい」

「おかーさまにはあわせない」

「あいたいやつはどうする?」

「はいじょ」

「はいじょ」

「はいじょ」

「はいじょ」

「えっ? え、は、はいじょ? ……排除?」

「ちっ!」

 幼女もどき達の言葉の意味を理解した、その瞬間フィアが花中を自分の背後へと引っ張り、

 幼女もどき達の指先から、光の弾丸が飛び出した。

 光はフィアが振るった腕と接触し、バチンッ! と激しい音を鳴らす。あたかも電気がスパークしたかのような破裂音。光は粉々に砕け、空気に溶けるように消えていく。

 幼女もどき達が何をしたのか? 花中にはさっぱり分からない。しかしこれまで繰り出してきたどのテクノロジーとも、毛色が異なるのは分かる。

 そしてその光が、酷く攻撃的なものである事も。

「もくひょうはいじょ」

「けいかいはつれい」

「ようちゅうたいしょう」

「せんとうけいぞく」

 幼女もどき達の言葉遣いは一変し、攻撃性を剥き出しにする。先程まで見せていた無邪気さは何処にもなく、純粋な殺意を露わにしていた。

 そして子供程度でしかないと思わせた、知性すらも光らせる。

「もくひょうせんとうりょくがいさんれべるすりー。たいおうれべるすりー、はつれい」

「ああん? あなた達何を言って――――っ!?」

 幼女もどき達の言葉に反応するフィアが、不意にその声を詰まらせた。刹那、フィアは花中の目には捉えきれないほどの速さで身体の向きを変え、前傾姿勢へと移行する。

 何処からともなくやってきた『巨大レーザー』がフィアを直撃したのは、それから間もなくの事だった。

 レーザーを放ったのは、町に立つ無数の巨塔の一本。

 地上に落とされたあの塔達はただの投映機ではなく、強力な戦闘兵器だったのだ。哀れフィアは顔面からレーザーを受ける羽目に。

 されどこのまま大人しくやられるフィアではない。

 表層の水分子配列を変え、鏡のようにしているのだろうか。フィアに命中したレーザーは、弾かれるように斜め上へと飛んでいったのだ。そしてそのまま空へと向かうレーザーは巨大円盤を直撃……かと思いきや、突如として()()()。レーザーは町の何処かに落ち、爆炎を上げた。

 光線が曲がるというのは、アニメや漫画ではよく見られるシーンだ。しかし現実で光の軌道を捻じ曲げるには、見えない反射板を無数に設置するか、空間そのものを歪めるしかない。ナノマシンがレーザーを反射しているのか、それとも巨大円盤周辺の空間がおかしくなっているのか。いずれにせよインチキ染みた科学力がなければ不可能な現象である。

 なんにせよ巨大円盤は難を逃れたが、攻撃が直撃しかねない状況は幼女もどき達の警戒心を引き上げるには十分なもの。

「……もくひょうきけんど、れべるふぁいぶへひきあげ。かんぜんはいじょをじっし」

「ふんっ! やる気になりましたか。ですがこの私に勝てると思わない事ですねぇ! 貴様等のような虫けらなど五分で叩き潰してやりますよ!」

 ぼそりと呟く幼女もどきの言葉に、フィアは好戦的な言葉を返す。両者共に戦う気満々だ。

 対する花中は背筋を凍らせる。

 レーザーを撃ってきたのは、投映機として使われていた巨塔だった。だとすれば気候制御装置やナノマシンなどにも兵器としての機能があるかも知れない。いや、そもそもあれらが持つ機能をちょっと過激にすれば、それだけで人類文明を滅ぼせるというのは先程考えていた話だ。フィア達ならば幼女もどき達相手に互角と考えていたが、それは向こうから見ても同じ事。力関係で圧倒的優位という訳ではない。

 そして此処は巨大円盤の直下にして、塔、ナノマシン、気候制御装置に囲まれた――――言わば敵陣のど真ん中。いくらなんでも形勢が不利過ぎる。

「ふぃ、フィアちゃん! こ、ここは、退却! 退却して!」

「んぁ? ……今良いところなんですけど」

「はなちゃんを巻き込むつもり? 流れ弾一つで、はなちゃんなんかバラバラだと思うけど」

 花中のお願いに不平を漏らすフィアだったが、ミリオンからの忠告で口を噤む。不埒者を叩き潰したいが、花中の身を危険に晒すのは不本意なのだろう。

「あと、流石にアレ全部を五分で片付けるのは無理でしょ」

 そして決め手となったのは、ミリオンの一言。

 巨大円盤下部の至る所が開かれ、中から無数の……数千、数万もの幼女もどきが、直接降下していたのだから。

 やがて着地し、花中達を取り囲んだ増援達は、これまで町で見掛けた幼女もどきとは身形が違った。頑強なアーマーのようなもので身を包み、槍のような武具を持っていたのである。背中には光の羽のようなものが生え、一部は飛行までしていた。

 恐らく彼女達は戦闘部隊。地上に降下した幼女もどきと異なり、()()()()()()()存在なのだろう。

「……確かにあれは面倒そうですね」

「でしょ? 分かったならさっさと撤退よ。私が周りの奴等を吹き飛ばすから、はなちゃんをよろしく」

「あいあいさー」

 青ざめる花中の傍で、ミリオンの言葉に同意したフィアは興醒めだと言いたげに肩を竦める。

 直後、フィアの『身体』から大量の水が溢れ出す。溢れた水は花中とフィアを包み込み、巨大な水球へと変化。

 そしてフィアが準備を終えたのを見届けたミリオンは、パチンと指を鳴らし――――自身の能力で周辺の大気を加熱した。

 水球に守られている花中は感じられないが、その瞬間大気は数百度もの高温に達する。気候制御装置の出力を凌駕した温度変化は、膨張した大気という名の爆風を生み出した。人間ならば皮膚が焼け爛れ、四肢が吹き飛ぶ破滅的現象。幼女もどき達はこの爆風を平然と耐えたが……周囲を漂うナノマシンは、一機残らず吹き飛ばされる。

 これで目は潰した。逃げ隠れるなら今がチャンス。

 ミリオンの攻撃後フィアは水球をドリルのように回転させ、素早く地中に潜り込んだ。ミリオンは姿を霧散させ、大気に溶け込む。

 幼女もどきに囲まれてからここまで、一秒と経っていない。

 刹那のうちに逃げ果せた花中達。幼女もどき達はフィアが開けた大穴へと駆け寄り、穴の中を覗き込む。しばし穴の中を見続けた彼女達は、やがて互いの顔を見合ってこくりと頷く。

「……もくひょうとうそう。つうじょうけいかいにいこう」

「はーい、おつかれー」

「おつかれさまー」

 そして彼女達はフィア達を追う事もなく、再び能天気さを振りまくのだった。




敵意はないけど迷惑じゃないとは言っていない。

次回は明日投稿予定です。

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