彼女は生き物に好かれやすい   作:彼岸花ノ丘

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異種族帝国2

 大きさは、ざっと十数キロはあるだろうか。

 少なくとも地平線の彼方まで、それは空を覆っていた。辛うじて視界内に弧を描く縁が見えたのでこれが円盤型の物体だと判断出来たが、見えなければ『天井』とでも認識したかも知れない。これだけ巨大ならば確かに辺りが夜のように暗くなるのも頷けるというもの……存在自体が非常識だ、という点に目を瞑ればだが。

 空飛ぶ超巨大円盤。

 それこそがこの辺り一帯から太陽を覆い隠した元凶であり、今、花中達の頭上に陣取るものの正体であった。

「な、なな、何これぇっ!?」

「あらあら、間に合わなかったわね……今のところ、どんな感じかしら?」

「特に何も。存在感はあるので不愉快ですがヤバい気配はないですね。個人的には叩き落としたいですがそれはそれで面倒そうですし放置でも良いかと」

「さかなちゃんもそう言うなら、まぁ、それで良いかしらね」

 動揺する花中を余所に、傍に立つミリオンと花中を抱き上げているフィアは淡々と話を交わす。何を知っているのかと二匹に問い詰めたくなる花中だが、止めておいた。会話の雰囲気からして、『野生の勘』で存在こそ察知したが、正体などは分かっていない様子だからだ。

 何より話を訊くのは後でも出来るし、知ったところでただの人間である自分には彼女達の『手伝い』すら満足に出来ない。それよりも情報収集を優先しようと、花中は頭上の円盤を観察した。

 しかし見れば見るほど謎だ。

 流石に宇宙人の乗り物(UFO)が地球に来たとは考えていない花中だったが、無意識に円盤はとても機械的なものだと思い込んでいた。事実表面の装甲は研磨されたように滑らかで遠目には凹凸など見られず、照明らしき赤い明滅や出入り口のような切れ目など機械的要素が多々確認出来る。

 だが一点……表面に描かれた紋様だけは違う。暗くてよく見えないが、装甲の色合いは基本的に黄土色で、そこに複雑怪奇な模様が刻まれていたのだ。所謂マーブル模様と呼ばれる類のものなのだが、何故機械的要素の強い円盤にこんな不規則な模様があるのかさっぱり分からない。人間的なデザイン感覚ではとても歪な組み合わせに思え、謎に感じる。

 飛行原理も理解出来ない。見える範囲で火を噴いているエンジンなどは確認出来ず、プロペラなども存在しないようだ。そもそも現代科学でこれほどの巨大物体を浮かせようとすれば相応の浮力が必要になり、その浮力を発生させれば反作用により地上では台風すら生温い爆風が吹き荒れる筈である。しかしながら現実の地上は穏やかそのもの。いや、無風と呼ぶべきか。一体どのような原理であの円盤が浮いているのか、全く分からなかった。

 加えて耳を澄ましてみても駆動音は聞こえず、何処が動力源なのか見当も付かない。フィアのような人外の聴力ならば何か捉えている可能性はあるので、後で訊いてみようと花中は考える。

「大桐さん、どうし――――ひぇっ!? 何あれぇ!?」

「うわぁ、マジモンの異星人?」

 そうして円盤についての見識と疑問を深めていたところ、背後から聞き慣れた悲鳴と、のんびりした声が聞こえてきた。振り向けば、そこには仰け反って驚く晴海と加奈子の姿が。一足先に外へと出た自分達を追い、空を見上げているところを真似したのだろう。

「お、大桐さん!? な、何あれ!?」

「わ、わたしにも、さっぱり……」

「いやー、いきなり暗くなったから何かあったのかと思ったけど、思ったより凄い事になってるね。宇宙戦争の前触れかなぁ?」

「なんでアンタはそんな落ち着いてるのよ!? あ、あ、あんな、円盤なんて……!?」

「大丈夫大丈夫。侵略に来る宇宙人って割としょーもない弱点あるから人間でも勝てるって。何故か人類程度のコンピューターウイルスが効いたり、細菌に感染して死んだり、水に弱かったり」

「それ全部映画の話でしょ! ふざけてる場合!?」

 慌てふためく晴海に対し、加奈子はのほほんとしたまま。人喰いイノシシと対決した事で肝が据わったのか、あまりの非現実さに呆けているのか、元々こんな性格だったか……③かな、等と過ぎった考えを花中は頭の隅に寄せておく。

 加奈子の能天気さに当てられ、少しだけ頭が冷めた。花中は一呼吸入れて自分の気持ちを整え、改めて考えを巡らせる。

 確かにあの巨大円盤の正体は謎だ。可能ならばその正体や目的を知りたいし、そのための思考に没頭したい。だが、何よりも優先すべき問題があるではないか。

 円盤の真下にいる、自分を含めた人間達の安全だ。

 円盤の出現により、恐らくこの辺り一帯の地域はパニック状態に陥っているだろう。脇見運転や混乱により、事故も多発していると思われる。死傷者の数が数千を超えてもおかしくない……尤も、こんなのはまだまだ序の口。

 最悪なのは、この円盤が何かしらの『攻撃』を仕掛けてきた場合である。攻撃といってもビームなどで撃たれるだけでなく、例えば故障などで円盤そのものが墜落してくる場合も含む。要するにありとあらゆる危険な事態だ。

 町を覆うほどの円盤である。何処にどんな『攻撃』をしてくるか分かったものではない。この状況で全ての人々を助ける方法があるとすれば、それこそ町の人間全員をごっそり動かす以外にないだろう。

「み、ミリオンさん。あの、もしもの時、町の人全てを避難させたりは……」

「私は無理。そーいう力業は得意じゃないもの。この学校の生徒が生き埋めになるのを防ぐ、ぐらいは出来るけどね」

「なら、フィアちゃんは?」

「んー……やってやれない事はないですが多分何百人か溺れ死なせるかも知れません。それで良ければやりますが」

 念のため友達二匹に尋ね、返ってきた答えに花中は表情を強張らせる。予想していた通りの答えだ。どちらも人間には為し得ない、頼もしい力であるが……全てを守りきる事は出来そうにない。

 いや、そもそも本当に危険な時、フィア達は己の身を守る事を優先し、見知らぬ人間達など無視するだろう。無論それは悪い事ではなく、むしろ一部でも守ってくれる事に感謝すべきだが――――事の顛末次第では、大勢の人々が命を落とすかも知れない。

 ごくりと、花中は息を飲む。晴海や加奈子達人間以外の、フィアやミリオンも警戒心を高めている。果たしてあの円盤はなんなのか、どのような目的があるのか、どれほどの武装を積んでいるのか……あらゆる未知が花中の心の中に不安として根付く。

 そしてそんな時に、ズドンッ! という爆音が聞こえたら?

「きゃあっ!?」

「ひぃっ!」

 花中と晴海は思わず悲鳴を上げ、

「え、あ。ごめん。なんか驚かせちゃった?」

 物音がした場所から、謝罪の声が聞こえてきた。

 あれ? と思い花中は顔を上げ、声がした方を見れば……ぽりぽりと頭を掻く、ミィの姿が。彼女の足下には小さなクレーターが出来ていて、今し方起きたであろう衝撃の大きさを物語る。

 どうやら先の爆音は、ミィが着地した際のものらしい。大方離れた場所から文字通り跳んできたのだろう。彼女の身体能力と体重ならば、クレーターを作るぐらい造作もないのだ。

「おっ。ミィちゃんだ。やっはー」

「あ、み、ミィさん、でしたか。良かった……」

「お、驚かさないでよ。何処行ってたの?」

「あー、ごめんごめん。上の奴の大きさ測ってた。走った距離でざっとね」

「えっ? 大きさが分かったの、ですか?」

「うん。直系十五キロぐらいかなぁ。いやぁ、こんなにデカい相手は初めてだね」

 訊けば危機感のない口調で、ミィはさらりと答えてくれた。途方もない円盤のサイズに花中は驚くのと同時に、円盤について調べてくれたミィの事を頼もしく感じる。

 それに走り回って調べたのなら、此処以外の情報についても詳しく知っている筈。町の様子や人々の状況、それに円盤がなんらかの行動を起こしていないか。知りたい事は山ほどある。

「あの、ミィさ――――」

 故に花中はこれらについて尋ねようとし、

 背後で再び鳴った土石が飛び散る音に、全身を強張らせた。

 ……ミィは、未だ花中達の前に居る。

 だから彼女がジャンプして移動したり、地団駄を踏んだ訳ではない。なのに背後でそうした音がしたという事は、別の何かが()()()()()という事。

 花中は、錆び付いたブリキ細工のようにぎこちなく背後へと振り向く。

 背後には、今までなかった筈の、一本の塔が立っていた。

 塔は高さ三十メートル近い、巨大な代物だった。黄土色の装甲に、複雑怪奇なマーブル模様が刻み込まれている。色合いや紋様は如何にも自然なもののように見えるが、しかし装甲に刻まれた『ライト』的なパーツは電子的輝きを放ち、形状は工業製品のように整っていた。まるで人工物と天然物の混ざり物のような見た目だ。デザインは無骨なもので、軍事兵器のような勇ましさと野蛮さも感じさせる。

 奇怪にして不可思議、歪にして不自然。これと似たようなものを、花中は既に見ている。だが、あくまで憶測だ。故に花中は事実を見極めようと、空を見上げる。

 花中の目に映ったのは、巨大円盤の下側数十ヶ所がハッチのように開き、そこから続々と塔が落ちてくる光景だった。

「な、な、え、ぇっ!? 何!? 何これ……!?」

「花中さんどうします? この塔はっ倒しておきますか?」

 驚きで慌てふためく花中に、フィアは指示を請う。花中も心情的には塔をはっ倒したいところだが……円盤がなんのためにコレを落としてきたのか分からない。下手に攻撃して、向こうに敵対の意思を示すのは正解なのだろうか?

 花中が迷いから答えを出せずにいる間も、円盤は塔を落とし続ける。高さ三十メートルもあるため、遠くに落ちたものもよく見える……結果、町中から塔が生えている光景を確認出来た。落とされた塔の数は何十なんてものではない。何百すらも超えているのではなかろうか。

 やがて塔達は、一斉に先端から光を放ち始めた。

「ひっ!? な、何!?」

「……あれ? もしかして攻撃される感じ?」

「ちょ……こ、こんな状況で攻撃されたら……!」

 晴海と加奈子の不安の声が、花中の心を揺さぶる。花中にもこの塔の光が何を意味するか分からない。分からないがために怖い。

「どうします? やっぱはっ倒しておきますか?」

 怖くて堪らないからフィアのこの短絡的な言葉に花中は思わず頷きそうになり、

 その返答をする前に、塔は一際強烈な閃光を放った。

「きゃあっ!?」

「わひゃあっ!」

「ひっ!」

 花中は身体を震わせ、反射的にフィアにしがみついた。晴海と加奈子も、一番近くに居たミィの傍に身を寄せる。人間達はガタガタ震える事しか出来ない。

 閃光は太陽よりも眩しく、ぎゅっと瞼を閉じている花中の視界が痛いぐらい白く染まる。途方もないエネルギーだ。もしかすると熱的な攻撃か。不安から花中は一層強くフィアの身体に顔を埋めた。

 ……が、何時まで経っても、何も起こらない。

 あまりにも何も起こらないので、人一倍臆病な花中でも我に返る事が出来た。無意識にフィアの胸元に埋めていた顔を離し、恐る恐る塔の方へと振り返る。

 塔の先端は未だ光を放っていた。ただしその光は集束され、空へと向かっている。花中は光が進んでいる方向へ少しずつ視線を動かし――――

 巨大円盤の真下に映る、間抜け面を目にした。

「……はい?」

 思わず、拍子抜けした声が漏れ出る。

 町中に打ち込まれた塔全てが光を放ち、その光は円盤の下で大きな映像となっていた。どうやら塔の正体は投映機の類だったらしい。軍事兵器のような見た目をしながら、あまりにも平和的な代物である。

 しかしこうした印象が頭から消し飛ぶインパクト……円盤下に映し出されたものに比べれば、塔のチグハグぶりはまだマシだ。

 映像には、一人の幼女っぽいものが映し出されていた。ぽい、としたのは、どう見ても人間の幼女ではないからである。頭が大きくて身体が短く、三頭身ほどしかない。目はビー玉のようにくりくりしていて、鼻や唇の類は確認出来ない。髪は黒くて、顔立ちはどことなくアジア人っぽいが、こんな ― 花中ですらそう思うほどの ― 間抜け面のアジア人などいない。腕は短く、アレでは顔すら洗えまい。足も短く、人間の二歳児の方が遥かに運動能力が高いと容易に想像が付く。

 全体的に幼女をデフォルメしたような、緩くて可愛らしい『デザイン』だ。悪く言えば、子供の落書きっぽく見える。

 一応当人もその辺りの事を理解しているのか、豪勢な装飾の施された椅子に座ってふんぞり返っている。威厳を出そうとしているのだろう。しかし椅子は背丈に対してあまりに大きく、尊大さよりもちんちくりんな印象に拍車を掛けていた。衣服もフリルやらキラキラ光る何かを付けて、頭には王冠を被って『豪華さ』を演出しているが……偉そうに見せたいという気持ちがひしひし感じられ、逆に威厳が感じられない。むしろそうした無駄な努力が可愛らしく思えてきた。

【おかーさまー、もーうつってるよー?】

【え? そーなの? はやくいってよー】

【これ、ちゃんとうつってるの?】

【あ、こらー。かめらのまえにこないでよー。おかーさまうつらないじゃん】

【ねー、ごはんまだー? おなかすいたー】

【いまからよういするのー!】

 そして間抜けなのは見た目だけでなく、声や仕草までもだった。緊張感のない声が流れ、映像には新たな幼女っぽい頭が出現。カメラを小さな手でぺたぺたと触り始めた。それを咎める者が現れるも、今の話と関係ない声が混ざる始末。誰かのお説教が始まり、椅子に座っていた代表らしき子がおろおろし始める。

 映像が始まって間もない、本題に至っては始まっていないのに、何もかもがぐでぐでになっていた。

「……何、あれ」

「さぁ? フィアちゃんやミィちゃんのお仲間とか?」

「……流石に、アレと一緒にされるのは心外なんだけど」

 花中ですら恐怖を忘れて呆けるほどのほんわかムービー。晴海達が何時までも震えている筈もない。呆気に取られた晴海の問いに加奈子が答え、ミィが心底不愉快そうに否定していた。ミリオンは無言で映像を観察していたが、その顔に緊張感はない。むしろ呆れている様子だ。

 恐らく町中の人間が今の自分達と同じ状況だろうと、花中は察する。全員が呆けて棒立ちすれば、事故もケンカも起こらない。円盤出現時の混乱はきっとこの瞬間に全て治まっただろう。

 それは良いのだが、しかし彼女達は何者なのだろうか? あの姿がきぐるみの類でない事は、言葉に併せて精巧に動く口、細かな感情を表す指の仕草などから察せられた。CGという線も、現実味のある質感からして違うだろう。だとすると本当に映像通りの、ちんちくりんな姿をしている『生物』という事になる。

 とりあえず彼女達は、幼女もどきと呼ぶ事にしよう。

 画面内の幼女もどき達は、ドタバタわーわーと可愛らしい一悶着を経て、ようやく一人だけが画面に残る。王冠を被った彼女はこほんとわざとらしく、大人の真似をするような可愛らしい咳払いをしてから、能天気な声で話し始めた。

【えーっと、はじめまして、にんげんたちー? いまから、えっと……こちらのー、ようきゅうを、つたえます】

 ……ちなみに演説内容は暗記しておらず、カメラの傍にカンペが用意してあるらしい。目線がカメラの正面を向いていないのでバレバレだ。

 おまけに普段敬語を使っていないのが明らかな、辿々しい話し方。あまりの可愛らしさに花中達人間はすっかり打ちのめされていた。花中は頬が弛み、晴海もだらしなく笑みを浮かべ、加奈子はなーんにも考えていない顔で、幼女もどきの演説を生温かく見守る。

【わたしたちの、ようきゅうは、あまーいじゅーすです。あと、おにくもあるとうれしいです。いじょう、ようきゅうおわり。おへんじ、まってます】

 しっかりと演説を完遂した時、花中達人間は自然と拍手していた。幼稚園のお遊戯会が成功したような、そんな褒め方だった。やがて映像はぷつりと途絶え、塔の光も消えていき、再び円盤の下にある町は夜のような暗闇に閉ざされてしまう。

 ――――さて、何時までものほほんとしていられないなと、花中はようやく正気に戻る。

 あの幼女もどきの正体については、今の演説で大凡見当が付いた。

 音もなく浮遊する円盤なんてものは、現代科学ではその技術を解析する事さえも不可能だろう。どれだけ高度な科学力と技術力が必要か、そもそも人智の及ぶ代物なのかも分からない。それほど高次のテクノロジーの集合体でありながら、関係者の知能は幼稚園児レベル。あまりにも技術と知能が噛み合っていないように思える。宇宙人に地球人の常識が通じるとは思わないが、いくらなんでもチグハグ過ぎだ。

 通常なら、こちらを騙すための演技と疑うだろう。しかし花中は知っている。この世には「なんとなく」で一グラム当たり六×十の二十三乗個の水分子をトン単位で操ったり、「良い感じ」に分子を振動させてプラズマ化させたり、「気合い」で数千トンの質量を平然と受け止めるような生物が存在する事を。

 即ちミュータント。

 彼女達ならば、幼稚園児並の知能とSF映画級の技術力が共存してもおかしくない。恐らくあの円盤は、なんらかのミュータントがその能力によって建造したのだ。先の幼女っぽい姿も、フィア同様『入れ物』に過ぎないかも知れない。先の放送が『誰向け』のものか判然としないのも、これで説明が付く。きっと彼女達は人間の社会形態がどんなものか、あまりよく分かっていないのだ。だから広域放送を行い、誰かが返事してくれるのを期待しているのだろう。

 そして彼女達は、人間にジュースとお肉を要求している。

「いやー、可愛かったね」

「ほんとほんと。お肉は今じゃ高級品な上に品薄だから難しいけど、人工甘味料の安いジュースならあたしのお小遣いで買えるし、うちに来たらいくらでもあげちゃうわー」

「晴ちゃん、小さい子には結構甘いよねー」

 加奈子と晴海は先の演説を好意的に、というより微笑ましく受け取っていた。恐らく町の人々も大半は同じ意見だろう。可愛くて無垢なものに擦り寄られ、ついつい甘やかしたくなる気持ちは花中にも分かるものだ。

 されど、花中は思う。

 あの幼女もどきは恐らくミュータントだ。つまりどれだけ知能があろうと、どれだけ愛くるしくても、本質的には『野生動物』である。

 ならば、彼女達が求めるまま食べ物を与える事は正しい行いか? 花中には、到底そうは思えない。なんとかお断りする方向で話を進めるべきではないか――――

【あ、そうだ。いいわすれてたー】

 等と考えていた最中、不意に幼女もどきの声が町中に響いた。

 突然の声に驚いたのも束の間、塔達が再び閃光を放つ。円盤の下に現れる幼女もどきの映像。先程までと同じく、無垢で、可愛らしくて、間の抜けた顔がどアップで映し出されていた。

 あまりにも子供染みた映像に、花中は先程まで抱いていた警戒心が一気に弛むのを感じる。正直、今この瞬間に「じゅーすちょーだーい」と言われたら、なんの躊躇いもなくあげてしまうだろう。可愛いは最強なのだ。

【えっとね、みんなおなかすいてるから、じゅーすとおにくはすぐにほしいです。だからいまからとりにいきます】

 そんなこんなで再び人間達のハートをガッチリ掴んだ幼女もどきは、拙い言葉で話しながら、何時の間にか手許にぶら下がっていた紐をくいっと引っ張る。

 すると、円盤からうにょんうにょんと奇妙な音が鳴り始めた。

 如何にも空飛ぶ円盤らしい、不可思議な音。果たして何が起きるのだろうか? そんな期待を感じさせてくれる。警戒心なんてものはすっかり失われて……

 円盤下部のハッチから小型円盤が発進しても、「あら可愛い」としか思えなかった。

 ――――尤も、小型円盤の数が数個から数十、数百から数千となるに従い、そんな感想は徐々に消えていったが。

「……え? えっ」

「いや、ちょ……これは……」

「流石に多いなぁ」

 花中だけでなく、晴海と加奈子も戸惑いの声を漏らす。されど人間達の意見など無視するかのような円盤の大編隊は、ひゅーんひゅーんと奇妙な音を奏でながらゆっくりと降下していく。

 何千と現れた小型円盤の殆どは町に降りたが、一つだけ花中達の前にやってきた機体があった。小型円盤と言っても、目の前にやってきたそれは高さ一メートル横幅十メートルほどの大きさがある。デザインや色合いは空を覆う巨大円盤とほぼ同じで、正しく『子機』の様相だ。

 やがて小型円盤は脚のようなものを出さないまま、平らな底をそのまま地面に着ける形で降り立ち、動かなくなった。奇妙な音は聞こえなくなったが、アイドリング状態なのか、本当に停止したのかは分からない。なので花中は注意深く観察していたところ、不意に円盤が、まるで貝のようにぱかりと上下に開いた。

 そして中から現れたのは、先程塔が映し出した映像の人物と瓜二つな幼女もどき。

 しかし映像で喋っていた当人ではあるまい。何しろ円盤の中には、同じ顔の幼女もどきが十人以上乗っていたのだから。着ている服は幼稚園児の制服のような、シンプルで可愛らしいもの。王冠も被っていない。

 身長六十センチほどの彼女達からすれば五十センチ未満の段差でも一苦労の筈。ところが幼女もどき達はするすると、まるで段差などないかのように歩いてみせた。手を使ってよじ登ったのではない。()()()()()()()、その短い足では上れないであろう段差を易々と越えたのだ。

 何か騙し絵を見せられたような不可思議な歩行術に花中が困惑する中、能天気で警戒心がない幼女もどき達は、全員が円盤から出ると花中達に歩み寄ってきた。フィアやミリオン、ミィの傍にも幼女もどきはやってきたが、フィア達は逃げる事も攻撃する事もなく、おとなしく囲まれる。

 可愛らしい見た目だが、同じ顔が十を超えて並ぶと流石に不気味だ。花中はフィアにしがみつき、晴海は加奈子に身を寄せ、加奈子はミリオンの袖を摘まむ。ミリオンとミィ、フィアは淡々と幼女もどきを見下ろした。

 すると幼女もどき達は一斉に笑みを浮かべる。

 ぞわりと、花中の背筋に悪寒が走る。その笑みがどういう意味のものか分からない。仮に戦意の表れだとすれば、このままフィア達と戦いになる可能性もあるだろう。幼女もどき一匹当たりにどれほどの力があるか分からないが、もしも彼女達が想像通りミュータントだとすれば、フィアと一対一で渡り合えても不思議ではない。二対一なら圧倒し、三対一なら瞬殺する可能性だってある。正に最悪の状況だ。

 彼女達が要求したジュースや肉があれば、ここまで恐怖はしなかったかも知れない。持っている鞄の中にお弁当箱は入っているが、残念ながら今日はヘルシーな野菜やイモ系ばかり。焼き魚は入っていたが、恐怖に慄く花中にそれを肉の代用品として出すという考えは浮かばない。

 もしも要求を断ればどうなるのか……

 ごくりと、花中は思わず息を飲む。すると幼女もどき達はまるで花中の恐怖が高みに達したのを待っていたかのように、一斉に大きく口を開けて――――

「「「「とりっくおあとりーと!」」」」

 声を揃えて、そう伝えた。

 ……とても元気な声だった。幼稚園児達に向けて先生が「今日はなんの日ですかぁー?」と訊いたかのような元気さである。お陰で今の今まで抱いていた後ろ向きな気持ちは遙か彼方に吹き飛んだ。こんなに明るく声を掛けられたなら、ちゃんと返さねば失礼というものである。

 しかし花中は黙って考える。

 「ハロウィンは十月のイベントで今は二月なんですけど」とか「ごめんなさい渡せるものは持ってないんです」とか、色々言いたい事はあるが……しかしそんなのは些末な問題だ。彼女達ミュータントは『人間の知識』を持ち、この言葉を伝えれば甘いお菓子をもらえる事を知っているのだ。幼女もどき達は、一部のピースが欠けた知識を実践しているに過ぎない。

 問題は、その知識への理解度。

 人間なら常識がある。しかしミュータントにあるのは人間の常識ではなく、その種が持つ常識だ。だから所謂「お約束」というものが分からない。

「えっと、その……お菓子をあげなかったら、どうなりますか?」

 故に花中は尋ねる。

 幼女もどき達は、まさかそうくるとは思わなかったのか、仲間同士で顔を見合わせる。特に会話はない。しかし息ぴったりに微笑み、合わせるように再び花中と向き合う。

「「「「いたずらしちゃうぞー!」」」」

 そして全員同時に、とても楽しげにそう答えてみせた。

 ついでに何処からともなく取り出した、超技術の結晶体らしき謎道具を構えながら。見た目はオモチャの銃……特撮番組に出てくる『光線銃』のような代物だ。

 ごくりと、花中は息を飲んだ。

 ミュータントとの対話。それ自体は花中にとって初めての事ではない。むしろこの地球上の誰よりも経験し、幾度となく切り抜けてきたと言える。

 故に花中は、己の言動が如何に重大なものか知っている。彼女達がほんの少し機嫌を損ねるだけで、この町にいる人間全てが虐殺されてもおかしくない。ミュータントの身には、それを可能とするだけの力があるのだ。もしかすると今構えている光線銃は、一発で都市を吹き飛ばすような超兵器かも知れない。

 ましてや相手が十数人もの大所帯となれば尚更である。例えフィアとミリオンとミィが傍に居ても、数の上では向こうが上。警戒を緩めれば、その瞬間に喰われてもおかしくない。

「お、大桐さん。えと、どうしたら、良いのかしら……?」

「流石にこれはヤバくない?」

 晴海と加奈子が不安そうに尋ねてくる。円盤から降り立った、謎の人員に取り囲まれているのだ。怖い……とまではいかずとも、困惑する気持ちは当然のものであろう。

「ねーねー、じゅーすないのー?」

「おにくはー?」

 そして人間達の不安など露知らず、幼女もどき達は両手を伸ばし、ジュースと肉類を要求してきた。大変可愛らしい。警戒心が一瞬で打ち砕かれ、甘やかしたいという想いにより心がぐらぐらと揺れてしまう。

 しかし花中は踏ん張った。

 ここで安易に彼女達の要求を飲むべきではない。如何に知的な存在であろうとも、彼女達の本質は野生動物なのだ。餌を与えれば人間社会に居着いてしまうかも知れない。不用意に居着けばトラブルも増え、それが悲劇の引き金となる可能性もある。

 何故菓子と肉を求めるのか、その後どうするつもりか。せめてそれぐらいは確かめねばなるまい。

「えっと、その、すみません。その前に少しお話しを」

「ないならいたずらだー!」

「えっ」

 なので花中は対話を呼び掛けたが、相手は想像以上に短絡的だった。

 幼女もどきの一匹は手にしていた光線銃の引き金を引いた。すると光線銃の先から稲妻のような光がジグザグ飛行しながら飛んでくる。何故光線が目視可能な鈍足で飛ぶのかとか、真っ直ぐ飛ばないビームなんてどう考えても欠陥品じゃんとか、色々ツッコミどころ満載な攻撃は、何故か銃口の狙い通り無事花中の頭に命中。

 ボンッ! という音と共に、花中の白銀の髪は一瞬でボンバーなアフロヘアーに変化した。

 ……わさわさと、花中は自分の頭を触る。アフロヘアーらしい、とてもふかふかとした感触だった。

「って、なにこれええええええっ!?」

「おーそんな効果だったのですか。無視して正解でした」

 驚愕と困惑する花中の横で、フィアが暢気に独りごちた。大変まったりとした警戒心のない語りだったが、放置出来ない言葉がある。

「フィアちゃん?! む、無視したの!? 今の攻撃防ごうと思ったら防げたの!? なんで守ってくれなかったの!?」

「いや無害そうだったので面白そうだし良いかなぁと」

「良くないよ何一つ!?」

「おまえたちもだー!」

「ぎゃーっ!?」

「おー、すっげー」

 友達の裏切り行為に憤る花中だったが、その間に今度は晴海がターゲットになった。ボンッ! と音を立てて晴海も見事なアフロヘアーに。加奈子も同じくやられて、何故か楽しそうだった。

 ちなみにこの光線、本物の毛しか効果がないらしく、フィアとミリオンは喰らっても平然としていた。幼女もどき達は不思議そうに首を傾げ、つまらなさそうに唇を尖らせる。

「おっと、あたしはそんな髪型勘弁だから、逃げさせてもらうね」

 そしてミュータントの中で唯一効きそうなミィは、さっさと逃げ出した。

「じゃあ、わたしたちかえるねー」

「こんどあったら、じゅーすちょーだーい」

「おにくもほしいのー」

「ばいばーい」

 今居る全員に光線を当て、満足したのか。幼女もどき達は手を振りながらお別れを告げる。困惑する人間達に代わりフィアとミリオンが手を振り返し、幼女もどき達はそそくさとこの場を後にした。尤も円盤には乗らず、駆け足で校門から外に出ていくのだが。

 校庭に残されたのは、アフロとなった人間三人と人外二匹。ついでに謎テクノロジーの塊である円盤が一隻。

「……まぁ、可愛いもんじゃないかしら? みんな、よく似合ってるわよ」

「うぅ……なんとか、直せないでしょうか、これ……」

「あたしも、これで教室に戻るとかちょっと……」

「私はこれでも良いよー」

「じゃあ、はなちゃんと立花ちゃんの髪は直してあげる。髪の分子をちょいっと並び換えたり熱したりすれば、簡単に直毛に出来るから」

 いじける人間二人を見かねてか、ミリオンはくすくすと楽しげに笑いながら花中達の髪を触る。さらりととんでもない事を言っているミリオンだが、彼女は分子レベルの『構造物』であり、尚且つ高熱を操る能力がある。分子レベルの操作などお茶の子さいさいだ。

 だから花中は安堵し、恐らく晴海も同じ気持ちだから安心したように息を吐いたのだろう。

 ……ところが何十秒待っても、中々髪は真っ直ぐにならない。まだかなと思いながら待っていた花中だったが、ミリオンの顔が少しずつ険しくなるのを見て不安になる。

「……なんて事……!」

 やがてミリオンは驚きの表情を浮かべながら、花中達の髪から手を離した。まだ、髪の毛は一本も直っていないのに。

「えっと、ど、どうしたの、ですか?」

「……髪の毛一本一本に、電子的なコーティングがされているわ」

「へ?」

「この電子的なコーティングにどの程度の強度があるかは分からないけど、かなり強力なものよ。破壊を試みたけど、ビクともしない。しかもなんらかの方法で固定されているのか、出力が減衰する気配もないわね」

 ぶつぶつと、難しい言葉を呟くミリオン。彼女が何を言いたいのか、よく分からない。晴海もキョトンとしており、花中も言われた事を頭の中で繰り返しながら考える。

 やがて至った結論は、あまりにも馬鹿げていた。馬鹿げていたが……しかしながら否定しきれない。そう、一億トンの水を易々と操りながら、水分子の崩壊を『気合い』で抑え込んでしまうのがミュータントという存在なのだ。

 髪の毛一本一本に()()()()()()()()()()()()事がどうして出来ないと言えるのか。

「……………」

 花中は何気なく、頭上を見上げた。

 すると今まで空を覆っていた円盤が、どんどんと透けていくところを目撃した。色が薄くなるにつれて地上には太陽の光が届き、明るくなっていく。数十秒もすれば巨大円盤の姿は完全に見えなくなり、地上には冬の日射しが存分に降り注いだ。

 しかし巨大円盤は何処に行ったのか?

「……こ、こう、すーっと、飛んでいった訳じゃ……」

「いえまだ上に居ますね気配がありますから。ですがかなりうすーい感じです」

 花中が現実逃避気味に呟いた言葉を、フィアは即座に否定する。答えは分かっていたが、花中はがっくり項垂れた。

 迷彩だ。それもただの光学迷彩ではない。全長十五キロメートルにもなる物体を完全に隠し通し、『神の杖』すら察知するミュータントの感覚さえも欺きかけるほど高性能な技術が使われている。

 ――――フィア達はこれまでに二度、強大な科学力と対峙した。

 第一にタヌキ達が用いる『先進科学』。現代兵器を蹂躙する事も可能なテクノロジーだったが、フィア達はこれを易々と踏み抜いた。今の科学などお呼びでないとばかりに。

 第二にアルベルトが用いた『未来科学』。人類が遙か五百年後に手に入れる筈の技術は、フィア達に辛酸を舐めさせた。だがそれを乗り越えたフィア達に与えられたのは、五百年後の力すらも子供扱いする不条理な能力。未来の力さえも成長したフィア達にとっては敵にならなかった。

 現代はおろか、遙か未来の技術さえも及ばない。では、英知の結晶である科学の力では、フィア達が振るう野生の力には勝てないのか? その通りだと花中は思っていた……今日この時までは。この瞬間、ただ一つだけ、及ぶものがあると気付かされた。

 それは()()()()()()()()()()()()()()()

 人類では決して辿り着けない『超科学(不条理)』がこの世界に君臨したのだと、花中はようやく気付いたのだった。




はい、そんな訳で今回の相手は『インチキ超科学』です。
最早常識も理論も投げ捨てた奇跡のテクノロジー。
SFは理屈っぽいのが好きだけど、不条理科学も割と好き。

次回は明日投稿予定です。

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