彼女は生き物に好かれやすい   作:彼岸花ノ丘

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大桐玲奈の襲来11

 昨晩の花中は、落ち着けない夜を過ごした。ミィから栄の危険性を伝えられ、母への想いからフィアに『栄の捕獲』を頼んだがために。

 花中はフィアがどれほど強いか知っている。しかし栄がどれだけ強くなったかは分からない。

 ミィの話では、栄は既に何人かの人間を襲い、吸収したとの話だった。人間を吸収した理由は、恐らくエネルギー補給……獲得したエネルギーを力に変換出来るなら、大幅なパワーアップを果たした可能性もある。もしかすると栄の力は、フィアよりも大きくなっているかも知れない。

 フィアちゃんなら大丈夫。そんな想いの影で、不安がチクチクと心を突いてくる。本当に大丈夫だろうか。フィアちゃんの事だから危なくなったら逃げると思うが、ちゃんと逃げられるだろうか。ママは無事だろうか。他の人達は大丈夫だろうか……

 様々な考えが過ぎり、その日の眠りを妨げた。とはいえ人の身体というのは、基本的には毎日の睡眠を欲するもの。深夜を過ぎ、夜明けが迫るほど眠くなる。自室のベッドの上で座っていたのも良くなかった。一度傾き、ぱたりと横になった瞬間強烈な睡魔に襲われ――――

 何時の間にやら朝が来ていた。

 カーテンに覆われた窓からやってくる朝日で、花中はパチリと目を覚ます。カーテン越しでも日射しは十分に眩く、外の天気が快晴だと窺い知れる。大変良い天気だ。心地良い一日になりそうだ……等と普段は思うところである。

 しかし今日は違う。

 花中は、フィアと母の無事を確かめたかったのだ。なのにそれを確かめる前にうっかり眠ってしまったのである。

 つまり()()()()()訳で。

「ふぃ、フィアちゃ」

 反射的に花中は一番の親友の名を呼び、何時の間にか被っていた布団を蹴り上げながら跳び起きて、

「はいなんですか?」

「んぎゃあああああああああああっ!?」

 目を開けた瞬間眼前にその親友の顔が現れたので、町中に轟くほどの悲鳴を上げてしまった。

 驚きで心臓がバクバクと脈打つ花中の前で、大切な友達――――フィアはこてんと首を傾げる。その姿は一見して無傷で、昨日までと何も変わらない。恐らく睡魔に負けた自分に布団を掛けてくれたのは、フィアなのだろうと思う。何故布団の上で正座しているのかは謎だが……大方早起きしたので花中の寝顔を観察していようと思ったとか、そんな程度の理由に違いない。

 つまりは何時も通り元気で暢気なフィアである。友が無事帰ってきていた事に、花中は瞳が潤んでくる感覚を覚えた。

「ふぃ、フィアちゃん……! 無事だったんだ……!」

「ふふん当然です。あの程度の雑魚に負けるほど軟弱ではありませんよ。まぁあの人間は中々歯応えがありましたから遊び相手には丁度良かったですけどね」

 胸を張って自慢するフィアの言葉に、虚勢は感じられない。少なくともフィアとしては、栄は()()()()程度の強さでしかなかったのだろう。

 ホッと、花中は安堵の息を吐く。尤も安心はあまり長続きしない。

 フィアが無事なのは ― 不安になっていたのはこの際置いておくとして ― 予想通り。しかしまだまだ安否の気になる人達がいる。

 母と栄の二人だ。

「あの、夢路さんと、ママは……?」

「んー? ゆめじってのはあの妙な人間の事ですか? あの人間なら別の人間達に連れていかれましたよ」

「別の、人間?」

「ええ。まぁ何処の誰かも知りませんけどね。アイツ自身ちゃんと捕まると言ってましたから目的は達成しましたしあの時は夜遅くになっていたので眠くて眠くて話の途中で帰っちゃったんですよねぇ」

 目許を擦り、当時の気持ちをアピールするフィア。

 要約するに、謎の人間達に栄は連れていかれたが眠かったので追求もせず帰ってきた、という事らしい。

 人間的には肝心なところで帰るとは。我が友の自由気儘ぶりに花中はちょっとだけ張り詰めていた気持ちが弛んだ。とはいえ『怪物』が関係しているのなら、ただの警察や自衛隊が現れたとも思えない。考えられる『組織』はただ一つだけ。

 なら、訊くべき相手はフィアではない。

「……ママは、家に居るのかな」

「ええ居ますよ。今はリビングです」

「……ん、分かった。えと、一緒にリビング行こ。あと、ありがと。お願い聞いてくれて」

「いえいえこの程度お茶の子さいさいですよ」

 花中の手をそっと掴み、フィアは心底嬉しそうに微笑んだ。ぎゅっと強く握り返して、花中も小さく微笑む。

 しっかり手をつないだ花中とフィアは一緒に自室から出る。階段を下りた花中達は真っ先にリビングへと向かった。尤も、階段からリビングまでの距離は三メートルもないが。

 辿り着いたリビングの中央には、見慣れた『人影』が二つ。一つは何時も通り喪服のように真っ黒な格好をしたミリオン。

 そしてもう一つは、キャリーバッグの中にぐちゃぐちゃと荷物を押し込んでいる母・玲奈の姿だった。

「ママっ!」

「あら。花中、おはよう」

 思わず呼べば、玲奈はすぐに振り返って笑みを浮かべてくれた。フィアの時と同じく、何時もとなんら変わらない笑顔だ。傍に居たミリオンが「私には何もないのかしら?」とおちょくるように言ってきたので花中は慌ててミリオンにも朝の挨拶をし、それから改めて自分の姿を愛でるような目で見ている玲奈と向き合う。

 無意識に力強く握り締めていたフィアとつないでいる手が、一気に弛む。ひとまず『最悪』は避けられたのだと、花中はようやく実感が持てた。

「良かった……ママ、帰ってきてくれた……」

「当たり前でしょ? ママは無敵なんだから!」

 想いが口から溢れれば、玲奈は小さな力こぶを作って反論する。

 普段なら、無敵なら部屋の片付けぐらいちゃんとしてよねー……なんて嫌味の一つでも返すだろう。

 しかし今日は、その言葉の重みが違う。母や父の仕事がどんなものか知ってしまえば、それがどれほどの強がりで、儚くて、強い想いのもとで語られた言葉なのか分かる。

 こうして再び顔を合わせる事が、如何に奇跡的なのか。

「あと、ごめん。ちょっと急な仕事が入っちゃったから、もう戻らないといけないの」

 そしてこの別れが、どれだけ恐ろしいものであるのか。

 花中は、全て知ってしまった。

「……夢路さんを、捕まえたから?」

「ありゃ、フィアちゃんから聞いたの?」

「うん。捕まったって事しか、聞いてないけど……」

「ええ、その通り。こっぴどくやられたからか、素直に拘束されてくれたわ。フィアちゃんのお陰よ」

「ふふーんこの私からすれば造作もない事でしたがね」

「ほんと、助かったわ。あなたのお陰で、花中どころか全人類が救われたんだから」

 胸を張って誇るフィアに、玲奈は感謝の言葉を伝える……社交辞令や小さな気持ちではなく、とても強い感情のこもった口調で。表情も、思い詰めるようだ。

 ごくりと、花中は息を飲む。

 フィアと栄の戦いがどんなものだったのかは分からない。もしかするとテレビや新聞で昨夜の戦いについて報道されていて、そこから推察出来るかも知れないが……今の段階でも、予想ぐらいは立てられる。

 きっと、()()()()()の手には負えない戦いだったのだろう。

 今の夢路栄の力を察し、ぶるりと花中は身体が震えた。フィアがどれだけ痛め付けたかは知らないが、仮に今なら人間でも殺せるぐらい弱っていたとしても、生きているのならいずれは回復する筈。元の力を取り戻せば ― 或いは既に取り戻している可能性もゼロではあるまい ― 、人間が施した拘束など簡単に抜けてしまうだろう。

「お陰で、あの子との面談もスムーズにいきそうよ」

 そんな怪物と母が『対面』しようとしている。

 不安になるなという方が無理な話だった。

「ママ、夢路さんと会うの……? その、だ、大丈夫、なの……?」

「勿論……と言いたいけど、それで納得はしてくれないわよね。花中ももう、立派な大人なんだし」

「……………うん」

 こくりと、花中は頷く。子供というのが親の言葉を頭から信用する者を指すのなら、確かに花中はもう立派な大人だ。自分で考え、そこから導き出した答えと親の言葉が違うなら、不審とまではいかずとも疑問を抱ける。

 一人の大人となった娘を前にして、玲奈は心底嬉しそうに微笑んだ。その笑みに、小さな寂しさも含ませて。

「絶対、とは言えないわ。拘束に使っているのは私達の組織が開発した特殊なロープだけど、あれじゃあ今の栄にとっては安物の紙テープで縛り上げているようなもの。ちょっと力を込めれば簡単に脱出されるでしょうね」

「そんな……」

「でも、ほぼ大丈夫って言って良いんじゃないかしら。さっきも言ったけど、フィアちゃんにこっぴどくやられて、今じゃすっかり大人しいの。それにもしも逃げるつもりなら、今頃とっくに逃げてるでしょうね」

「……話をする気はある、って事?」

「私はそう信じてる。あとこれは主観的な意見だけど、あの子本人は悪い子じゃないのよ……悪い子じゃなかったから、こんな事になったのかもだけど」

 何か思うところがあるのだろうか。玲奈が浮かべた寂しげな表情の意図は、花中には分からなかった。

 とはいえ『主観』以外の話については、特段おかしなところもない。百パーセントの安心は無理でも、九十九パーセントほどの納得はしても良いと思える。不安は残るが、これぐらいならなんとか我慢出来そうだ。

 あとは、自分の『ワガママ』な気持ちの問題だけ。

 花中はフィアから手を離す。つないでいた手が解け、フィアがちょっとだけムスッとしていた。少しだけ申し訳ないが、我慢してもらう。

 今は、母の温もりを覚えておきたい。

 花中は玲奈にぎゅっと抱き付いた。玲奈は振り解く事もなく、花中をそっと抱き返す。匂い、感触、温かさ……全てを、花中は自分の身体と記憶に刻み込んだ。

 やがて花中の方から、玲奈と離れる。

「……お仕事頑張ってね、ママ」

 そしてこの言葉を伝えた。

 母は何を思ったのだろうか。自分の気持ちは伝わったのだろうか。いくら親子でも、花中と玲奈は『他人』だ。他人の心は覗けない。

 けれどもこの瞬間に限れば、しかと伝わったに違いないと花中は信じる。

「ええ、頑張ってくるわね!」

 玲奈が浮かべた満面の笑顔と、力強い言葉。

 今の花中が見たくて、聞きたかったものを、玲奈はちゃんと与えてくれたのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――という感じでね、もうほんと可愛いの! 最高! うちの子ほんと最高よ!」

 そのような展開で交わされた家族の団らんをべらべらと喋り終えた白衣姿の玲奈は、酔っ払い以下のだらしない表情を浮かべていた。

 玲奈が今居る場所は、愛娘の自慢話をするには似付かわしくないというのに。

 此処はコンクリートの壁に覆われた、殺風景な場所だった。正方形をしている部屋の床と天井の四隅には、合計八つの監視カメラが備え付けられ、死角なく部屋を見張っている。天井には大きなライトが三つあり、うち一つだけが煌々と白い光を放って部屋を照らしていた。部屋と外界の境にあるのは鋼鉄製のドアで、今はしっかりと閉じられている。

 そして部屋の一部に金属製の柵が置かれ、牢獄を作り上げていた。

 その牢獄の中には、一体の怪物の姿がある。

 夢路栄()()()生物だ。その姿はフィアと戦った時――――今から二日前のものよりも禍々しく変貌していた。服を纏っていない体躯は僅かながら巨大化し、一・八メートルと大柄な男性並になっている。髪の毛は四本の角のような塊になり、背後へと伸びていた。目は黒目が肥大化し、表情や視線を物語るために必要な白眼が消えている。手足には鋼鉄製の拘束具があったが……監獄の隅には、壊れた拘束具が山積みにされていた。

 おぞましいその外見は、人間と呼ぶより悪魔と呼称する方が正確だろう。目の当たりにすれば一般人は恐怖を覚え、聖職者ならばガタガタと震えながら失禁するかも知れない。

 尤もその恐ろしい顔に今浮かんでいるのは、怒りや狂気ではなく、とても人間味のある呆れ顔だったが。

「……あなた何しに来たんですか」

「何って、娘の自慢話?」

「アホですか? あなたやっぱりアホですよね? なんで怪物相手に娘自慢してるんですか!?」

「アホって何よ!? 私の子、すっごい可愛いじゃない! 見たでしょ!? あの可愛さを後世に伝えないなんて、正しく人類文明の損失だわ! 出来る事なら世界中の通信網をハッキングし、娘の写真を全世界のPCのフォルダに送信したいぐらいよ!」

「なんか真顔でとんでもない事言ってるんですけどこの人ぉーっ!?」

 監視カメラを見つめながら、栄は困惑しきった顔で己の意見をぶつける。今頃カメラの向こうに立つ監視員達は、無言で栄の叫びに対し頷いているに違いない。

 玲奈はぷっくり頬を膨らませ、不満を露わにした。まるで、旧友との飲み交わしを楽しむように。緊張感のない玲奈の姿を前にして、栄は大きなため息を吐いた。

 すると室内にちょっとした風が吹き上がる。玲奈が着込んでいる白衣が、バタバタと音を立てた。

 次いで部屋を照らしていたライトの光が、白から黄色へと変化する。

 玲奈は素早く片手を上げ、手首を横に振る。しばらくするとライトの色は、黄色から白へと戻った。

 栄は呆れたように肩を竦める。

「ため息一つでこの過剰反応です。息苦しいったらありゃしない」

「みたいね。ちょっと警戒を緩めるよう進言しとく?」

「……あまり私に入れ込まない方が良いですよ。どうせ私との対話だって、あの事態に対する責任だとかなんだとかじゃないですか? やり過ぎると却って評価が下がりますよ」

 窘めるように栄が語ると、玲奈はくすりと笑った。折角の忠告を笑われ、栄は拗ねるように唇を尖らせる。

「うん、何時もの栄ね。優しくて、人の心配ばかりしてる」

 その拗ねた顔も、褒められた途端そっぽを向いてしまうのだが。青白い顔がほんのり赤らんだように見えるのは気の所為か。玲奈は一層気分を良くする。

 ニコニコ微笑む玲奈に、再び顔を合わせた栄は疲れたように肩を落とした。

「あの『化け物』が、集合的意識に飲まれていた私をボコボコにしてくれましたからね。主軸だった柱がへし折られたお陰で我を取り戻すとか、なんの皮肉なんだか」

「お陰で話しやすくて助かるわ。なんかこう、変に高次元な精神体になってても困るじゃない? 今日は何を食べたいって聞いて、果てなき命の子らがどうたらこうたら言われても意味分かんないもの」

「あー、なんかそんな怪物がいるって話は聞いた事あります。人間が用いるあらゆる言語で応答してくれるのに、何言ってんだかさっぱり分からないってやつ」

「そーそー。ま、その所為で上層部があなたに期待してる訳なんだけどね」

 何気なく、話の中で語られた玲奈の言葉。

 その言葉に、栄はぴくりと口許を震わせる。

 そう、まるでその言葉がスイッチだったかのように、全てが切り替わる。

 場の空気も、玲奈の纏う雰囲気も。

「上層部としては、あなたの得た身体能力に興味があるみたい。あなたは人間と同じ言葉を話し、同じだけの知能がある。つまりコミュニケーションが可能。だとすれば、あなたの力を解明するのは、暴れ回る怪物に注射器を突き立てるより容易い……そんな感じの思惑ね」

「ご苦労な事で。この力を解明したら、今度は兵隊の量産化ですかね?」

「恐らく、それも視野に入ってるとは思うわ。むしろ本命かも」

「……笑えない冗談ですね」

「生憎うちの職場は昔からユーモアが足りないの」

 玲奈の言葉に、栄は息を詰まらせるように口を噤み、ゆっくりと吐息を付く。今度は、室内に風は吹かなかった。

「この牢屋は私の脱走防止に努めているというポーズじゃなくて、奪還に来た奴等を検知するためのものですか」

「そういう事。サンプルを手放したくないのもあるし、下手に過激な組織に渡って、万一実用化されて()()()()に勤しまれても困るのよ」

「成程」

 ぽつりと呟いて、栄は嘲笑うような鼻息を吐く。

「なんとまぁ、無駄な努力をしているようで」

 そして心から見下した感想をぼやいた。

 玲奈は栄の言葉を否定しない。玲奈自身、栄と同じく上層部の狙いが『無駄な事』だと思っているのだから。

 確かに栄の力は凄まじい。ほんの数人分のエネルギー補給で、銃などで武装した兵士数十人分の戦闘能力を得られる。百人を超えればちょっとした怪物級の戦闘力だ。

 もしもこの原理を完全に解明し、尚且つ副作用を抑える事 ― 例えば人間以外の、量産が容易な豚や牛でエネルギー補給を代替するなど ― が出来れば、怪物級の戦闘員を大量に用意出来るだろう。

 怪物が世界中で出現し、その生態解明と『封じ込め』が重大な課題となっている昨今、強大な力が欲しくなるのは自然な考え方である。実際強化兵士の存在は、怪物対策であれば大いに役立つ筈だ。

 怪物対策であれば。

「……フィアでしたっけ。あの怪物の名前は」

「うちの娘の友達を怪物呼ばわりしないでくれる? あと、組織では変異性通常種と呼んでるわ。あの子達はミュータントって名乗ってるけど」

「じゃあミュータントで良いですよ。私はあのミュータントと戦っています。いや、戦いと呼べるほどのものじゃありませんが……だからこそ分かるんです。アレは、人類全員が怪物になったところで手に負えるものではない、と」

「奇遇ね。私も同じ意見よ」

 玲奈は栄の言葉に同意する。

 玲奈もまた、栄とフィアの戦場の『目撃者』だ。

 あくまで遠くから見ていたイメージだが……フィアからは、最後まで真剣味を感じられなかった。栄も、フィアはあくまで遊びのつもりで戦っていたと語る。

 人智を超え、怪物を超えても、ミュータント(フィア)に『死力』を尽くさせる事は叶わない。それがあの戦いに関わった二人が出した結論だった。莫大な資金と時間を投じて人類強化について研究したところで、得られた成果は役に立たないという認識でも一致している。

 だが、

「それでも、私は研究するけどね」

 導き出した結論は違っていた。

「あなたの身に起きた事象を研究すれば、寄生蜂の生理作用の解明に役立つかも知れない。生理作用が分かれば、そこから寄生蜂が生態系に与える影響を更に深く理解出来るかも知れない」

「仮に既知以上のものが得られなかったなら?」

「『現在最有力の仮説は恐らく間違っていない』事を証明する、重要な研究となるわね。それにその可能性はかなり低いわ。人間に寄生可能な事、標本状態からの蘇生……これまで想像もしなかった未知の現象が、あの一日でこれでもかというほど起きていたんだから」

 玲奈はキッパリと、己の信念に従った答えを返す。

 上層部の意向など関係ない。

 自然の摂理を解き明かし、この世界の『ルール』を知る。ルールが変性しているというのなら新たなルールを知る。そして適応するために何が何が必要なのかを考える。それこそが人類の明日を切り拓く方法だと玲奈は信じていた。

 加えて、強い兵士を量産するよりも――――そっちの方がわくわく出来る。

 生命の進化は常に行き当たりばったりだ。今の環境に適したものが繁栄し、未来の環境に適していたものが大量絶滅を生き残る。それは両立するかも知れないし、或いは成り立たないかも知れない。

 強靱な軍隊を作る事と、世界のルールを理解する事。人類が未来永劫存続するための方法がどちらなのかなんて、その時が来るまで分からない。どちらでも良いかも知れないし、どちらも間違っている可能性だって十分にある。

 だったら、より自分がわくわく出来る方を研究したい。例え自分のプランでは何も救えず、『終わり』が来ようとも、満足して死ねるように。

 それが玲奈の正直な気持ちだった。

「さぁて、そろそろ本題といきましょうか。血液サンプルから取ってみても良い?」

 何処からともなく取り出した一本の注射器を持ち、玲奈は栄に尋ねる。

 その顔に浮かぶのは、子供のように純粋な笑み。

「……どうぞご自由に。そんな細い針が刺さるかは分かりませんけどね」

 そんな顔を見せられた栄は肩を竦めながら、玲奈の方へと自らの腕を差し出すのであった。




という訳で今回はフィア無双でした。
怪物相手になら楽勝なのです。怪物相手なら。

次回は今日中に投稿します。

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