彼女は生き物に好かれやすい   作:彼岸花ノ丘

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輪廻拒絶10

 ――――加奈子がパーティーを開く数日前、人食いイノシシが襲撃したその日の深夜。

 ミリオンは、人食いイノシシの亡骸の前に立っていた。

「ただの獣が図に乗って……と言いたいけど、そういう訳じゃないんでしょうねぇ」

 ミリオンは独りごちながら、イノシシの死体に手を触れる。指先に数千度の熱を集め、プラズマカッターを生成。銃弾や化学薬品さえも防ぐ表皮をプラズマ化させて切断し、中身を露出させる。

 そして自ら作り出した傷口を通って、死体の中に『自身』を何体か送り込んだ。

 ミクロの世界を直に観測出来るミリオンには、加奈子達人間では調べるのに時間が掛かるか、或いは断定出来ない事象も即座に確認する事が出来る。

 例えばこの生物が元々はただの、ごく普通のイノシシであるという事。

 例えばこの身体には薬物や施術などの、人為的改造の形跡が見られないという事。

 例えば細胞の作りが、まるで単細胞生物が群れているかのように不均一である事。

 そしてほんの僅かではあるが、DNAが細胞ごとに異なる変異を遂げている事だって、数十秒で把握出来た。

「……成程、やっぱり元凶はコイツらと。これは本当に面倒ねぇ」

 ミリオンはぽつりと弱音を独りごちる。

 ミリオンは知っている。この世界の遺伝子(DNA)達には自我があると。その自我が極めて利己的で、自己の増殖に傾倒している事も。かつて戦った、DNAの生みの親であるRNA生命体が教えてくれたがために。

 推察するにこのイノシシは『変異前』に、なんらかの理由から死にかけた、或いは死んだのだろう。DNA達からすればこれは危機だ。自分達を運び、保護する乗り物が壊れようとしているのだから。このままでは自分達は過酷な外界へと放り出され、巨大マシン(バクテリア)の餌となる。つまりは『死』という訳だ。

 だからこれを防ごうとした。

 DNA達は生存方法を模索し、結果肉体を強引に変化させたのだ。相当無茶な試みだったに違いない。数億年掛けて得られた効率的かつ安定的な肉体を、即興かつ大胆に弄くり回すのだから。下手をすれば、いや、きっと九割以上の確率で失敗し、精々蠢く肉塊にしかなれなかった筈である。

 しかし偶然にも成功してしまった。

 成功したは良いが、やはり無茶だったのだろう。エネルギー効率があまりに悪かった。だから常に獲物を捕食し、エネルギーの摂取を行うよう変異したのだ。そして一度死から蘇生した事で、DNA達は蘇生方法を学習した。これにより生命活動が停止しても、何度も『再起動』を行えるようになり、それがあたかも不死身のように見えたのだ。

 とはいえエネルギー効率の悪さは改善出来なかったようで、最終的にエネルギー不足で活動停止に陥った……というのが此度の事象の流れかと、ミリオンは推察する。

 原因は理解した。ならば次に考えるべき問題は、何故このような生物が()()()()()、だ。

 奇跡的な出来事なのは間違いない。しかしこうして現実に起きた以上、起こり得る出来事だというのも間違いないのだ。そしてイノシシという、そこそこの個体数を誇る生物で起きたなら……どうしてイノシシ以上の個体数を誇り、常にその活動が観測されている、ブタやウシなどの家畜、犬猫などのペット、そして人間でこの現象が確認されていない?

 考えられる理由は三つ。一つ目は『世界の支配者』が完璧に隠滅しているから。二つ目は極めて稀なため、畜産を始めた数千年間、偶々人間の目に触れる事はなかったから。

 三つ目は、今回が世界初の出来事だから。

「(RNA生命体が言っていたわね。DNAの活動は自分が抑え付けていたって)」

 その気になれば、たった三億年で現代の生態系を構築出来たという存在。その存在を抑え付けていたものは、もういない。ミリオンが倒してしまったのだから。

 DNA達は今や自由だ。何をやろうと邪魔する者はいない。ミュータントという魔物を幾らでも作り出せる力を使えば、人間が数十万年を掛けて積み上げた常識、そして世界の『ルール』なんて鼻で笑いながら粉砕出来るだろう。

 即ち『死』という絶対のルールさえも、今やこの世界から消えてしまったのだ。キリストの復活は平凡となり、神の裁きによる終末さえも一休みでしかない。

 愛しき人が棺からむくりと起き上がるという奇跡が、奇跡ではなくなるのだ。

「……あの人の遺骨にDNAを残しておいたら、蘇ったりしてくれたのかしら」

 ぽつりと独りごちた後、ミリオンは首を横に振る。

 それはとても魅力的な事に思えたが、蘇った『あの人』がこのイノシシのような狂った怪物となるのは見たくない。苦しみ、藻掻き、最後は飢えながら死ぬなんて、そんな苦しみは与えたくない。しかも自分には『あの人』の介錯なんて出来ないのだから、二人揃って苦しみ続ける事になる。想像しただけでも嫌になる地獄だ。

 それでもきっと、選べるなら選んでしまうのだろうが。

 ……遺骨にDNAが残っていない今、もしもを考えても仕方ない。もっと前向きな事を考えようと、ミリオンは思考を巡らせる。

「うん。はなちゃんがなんらかの要因で死んでも、肉体さえ残っていればなんとかなる可能性があるのは吉報よね。伝達脳波が出るなら、実質的には死体だとしてもなーんにも問題ないし」

 その結果出てきた答えが、これだった。

 結局のところ彼女は、自分の愛しい人以外にはさして興味がないのである。例えそれがもう一年半近い付き合いがある『友達』だとしても。

「うんうん。良い事を知れたし、偶には外出しておくものね……さて、コイツから調べられるのはこんなもんかしら」

 一通りの調査を終えたミリオンはくるりと踵を返し、イノシシに背を向けたままその身を霧散させていく。急ぐものでもないので、ゆったりと。

 その最中に、ふとミリオンは工場の窓を眺めた。

 此処は二階だ。窓とミリオンの距離は遠く、そこから見えるのは遠方の景色のみ。しかし微粒子の集合体であるミリオンは、その身を構成する個体の一部を窓際まで飛ばし、外の景色を()()()()

 故にミリオンは気付いた。この工場に近付く、防護服や迷彩服、白衣で身を固めた集団に。彼等の着る衣服が、先日戦ったアスクレピオス社とは異なるデザインである事も見えている。

 果たして彼等が何者なのか? それはミリオンにも分からない。

 分からないが、しかし()()()()()

「……さぁて、人間にこの秘密が解けるかしら。ちょっとお手並み拝見といきましょうか」

 くすりと笑いながら、ミリオンはその身を消した。

 人の目には見えないほど薄く、薄く広がりながら――――




び出ました謎集団。
この世界秘密結社多過ぎ? いえいえ、ヤバい生き物を世間から隠すためには、このぐらいたくさんの人達が暗躍しませんと。

次回は今日中に投稿します。

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